銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

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 街の裏通りにあるさびれた駐車場に忍び笑いの声が響いていた。。
 黒っぽいヘルメットを被った小学生が、さまざまな色の服を着た同級生達に
ぐるりと取り囲まれていた。
「おい忍者、その汚いヘルメット取ってみろよ。過保護な親だ」
 その子はいるかいないか気配がしないことから忍者とあだ名されていた。
「許してくれよ」
 忍者がそう言って逃げようとするが囲みには隙がなく、その子は突き飛ば
されて後退する。
「お前、さっきから何、やってんだよ、はあ?」
 ヘルメットで相手が誰かも見えない忍者は無駄と知りつつ聞く。
「なんで僕をいじめるの?」
「忍者さ、勉強もスポーツもできねえだけじゃなく掃除もできねえんだもの、
親も嘆くぜ、あ、もちろん忍術もな」
「何の役にも立たないってこと」
「マジむかつくんだよな」
 いじめっ子達の円陣が狭まり、蹴りがあちこちから飛び出してくる。

 忍者はその場にうずくまって動けなくなった。

 一瞬、いじめっ子達に緊張が走ったが、すぐに誰かが薄ら笑いを浴びせた。
「死んだふりなんかしてもバレバレだ。鼻息で雑草の切れ端が揺れてるぜ」
「忍者失格じゃん、使えないなあ」
 どっと哄笑が上がりまた誰かが蹴ってきた。
 忍者は地面に突っ伏したまま昔見た夜明けの記憶を思い起こしていた。
 真っ黒な空が紺色に変わり東の空がピンクに染みてくる。
 やがて水平線にガラスがオレンジ色に溶けたような塊が現れる。
 朝靄が熱に吹き飛ぶと黄金のレーザービームが三百六十度に放たれた。
「ほうら太陽だぞ」
 忍者は「うん」と頷いて父を振り返った。
 そうなのだ、あの時は父がいたのだ。
 どこで父とはぐれてしまったのか忍者は覚えていなかった。 
 いじめっ子達に蹴られてついさっき記憶をなくしたのかもしれない。
 その時、誰かが笑いながら言った。
「お前、親に捨てられたんじゃないの?」
 忍者は咄嗟に「違うよ」と反論した。
 しかしもしかしたら父に捨てられたのが真実なのではないのか。
 それを自分に偽る防御のために無意識に記憶を無くしたと思い込んでいるのかもしれないと気づいた。
「そんなことないよ」
 忍者は必死で叫んでいた。


  ◇


 商店街を小走りしていた小学生が向こうから駆けて来る婦警を呼び止めた。
「裏の駐車場で忍者て呼ばれる子がいじめられてるんだ。すぐ行って助けて」
 婦警は困った顔で言った。
「今すぐ商工会議所に行かなきゃならないの。代わりの人をすぐ呼ぶから」
 婦警が携帯を取り出そうとすると。小学生が露骨に非難した。
「へー、おまわりさんのくせにいじめを無視するんだ。失望した~」
「私は格好は婦警だけど県警広報課だから仕事の担当が違うの……」
 小学生は度の強い眼鏡を指でキリッと持ち上げた。
「ますます失望。担当が違っても人間としていじめを看過ごしてはいけないでしょ」
 すると婦警は携帯をピシャと閉じて宣言した。
「行くわ。行けばいいんでしょう」
 眼鏡の小学生は嬉しそうに頷くと婦警の手を引っ張って走り出した。

「でもどうして忍者なんだろ?」
 走りながら婦警が呟くと眼鏡の小学生は呆れた顔をして答えた。
「いじめでつけるネーミングなら、いるかいないかわからない奴て意味でしょ」
「ああ、なーるほど」
 婦警が感心すると眼鏡の小学生は返した。
「お姉さんね、もっと現場に出て世の中を学ばないと」
 婦警は思わず「すみません」と小学生に謝っていた。


  ◇


「見えてきた。ほら、あの汚い駐車場だよ」 
 ひび割れたアスファルトにコンクリートのタイや止めがある。
 そこに放置されたタイヤがぽつぽつと並んでいるだけのスペースを見渡した婦警は呟いた。
「いじめっ子はいないね」
「いるじゃん、あれだよ」
 眼鏡の小学生は指に力を込めてタイヤ達を差し示した。
「ここはルンバの墓場なんだ。次々と型落ちのルンバを捨てるようになって、
噂を聞きつけて家出したルンバも集まるようになって……」
 眼鏡の小学生に解説されて婦警が近づくと、さっきまでタイヤと見えていたのはほこりで煤けたルンバだとわかった。
「ほら、円陣を作って真ん中の子を小突いていじめてるだろう」
 婦警は子供の妄想に苦笑した。
「じゃあ眼鏡君はルンバの心がわかるのね?」
「家電の心をわからずして家電を使うべからず。うちの家訓だよ」
「歴史のなさそうな家訓だけど」
「とにかく円の真ん中の忍者って子を助けてよ」

 婦警は笑いながら「任せといて」と言って駐車場に踏み込んだ。
 薄汚れたルンバたちは動いていた。
 婦警が電源はどうしてるんだろと見渡すと片隅に屋根のついたスペースがあり、そこに充電器があって納得した。
 婦警は眼鏡の小学生に聞こえるように声を上げながら円陣の中に進んでゆく。
「警察よ、友達をいじめちゃだめでしょ」
 もっともルンバたちは婦警を気にするでもなく小さく動き続けている。
 ルンバに小突かれている忍者は一人だけ筒形の角が取れて丸みがかっていた。
 婦警はその形に見覚えがある気がした。
「わかった。取っ手の取れたフライパンがひっくり返って本体に被さってるんだ」
 眼鏡の小学生もおそるおそる近寄って見た。
「お姉さん、フライパンを取ってあげて、そしたら忍者は普通のルンバに戻れるよ」
 婦警は「きっとそうだね」と微笑んだ。

「さ、忍者君、その重いフライパンを取ってあげるよ」
 忍者は自分に投げかけられた優しい声の方角に目を向けた。
 視界はまだ真っ暗だ。 
 婦警はかがんで忍者君のヘルメットみたいなフライパンを取り除いた。

「わっ!」「えっ!」

 忍者は婦警と小学生とルンバ達の姿を見回した。
 フライパンから解放された忍者君は小学生と婦警の予想を超えた存在だった。
 円形の骨組みの中に四分の一の小さな円形の骨組みが四つあり、それぞれにプロペラがついて回転しているのだ。
 もしかしたらルンバ達は忍者が異物だと知って本当にいじめてたのかもしれない。
 忍者はブーンと唸りを上げて、二メートルほどの高さに舞い上がった。

 体が浮いている!
 忍者はそのことに驚きながら婦警と小学生とルンバ達を見下ろした。
 その高さでホバリングしながら忍者のレンズは小学生と婦警の顔をしばらく映していた。
「見つけたぞ、戻っておいで」 
 お父さんからの無線が忍者の耳に届いた。
「うん」
 忍者は再び上昇を始めるとあっという間に街の建物より高くなり、青い空の点となってしまった。
 
「ねえ、こんなこと言っていいかな?」
 婦警がこらえきれずに小学生に話しかけた。
「なんだか知らないけどお手柄の婦警さんに発言を許可するよ」
 婦警は照れ笑いして言った。
「忍者だけにドローン! なんちゃって」
「おやじギャグかッ」
「とにかく忍者君は『みにくいルンバの子』だったのよね」 
 小学生と婦警は頬に風を感じながらしばらく空を見上げていた。   了





久しぶりの小話です(笑)
婦警はドラマ「64」美雲巡査長のイメージでどうだろ?



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玉音放送の原盤がようやく公開されましたね。
今まで「耐えがたきを耐え、忍びがたきを…」のところだけが有名でしたが、全文を聴くと時を越えていろんな思いが浮かびます。

正式な原文は国会図書館やWIKISOURCE 日本語版「大東亞戰爭終結の詔書」で見れます。
ここでは原文を読みやすいひらがな句読点にして、その後に現代文訳をつけてみました。

ひらがな句読点による原文



朕深く世界の大勢と帝國の現状とに鑑み、非常の措置を以て時局を收拾せむと欲し、茲に忠良なる爾臣民に告ぐ。
朕は帝國政府をして米英支蘇四國に對し其の共同宣言を受諾する旨通告せしめたり。
抑ゝ帝國臣民の康寧を圖り萬邦共榮の樂を偕にするは、皇祖皇宗の遺範にして朕の拳々措かざる所、曩に米英二國に宣戰せる所以も亦實に帝國の自存と東亞の安定とを庶幾するに出て、他國の主權を排し領土を侵すが如きは固より朕が志にあらず。
然るに交戰已に四歳を閲し、朕が陸海將兵の勇戰朕が百僚有司の勵精朕が一億衆庶の奉公各ゝ最善を盡せるに拘らず、戰局必ずしも好轉せず世界の大勢亦我に利あらず。
加之敵は新に殘虐なる爆彈を使用して頻に無辜を殺傷し慘害の及ぶ所、眞に測るべからざるに至る。而も尚交戰を繼續せむか終に我が民族の滅亡を招來するのみならず、延て人類の文明をも破却すべし。斯の如くむは朕何を以てか億兆の赤子を保し皇祖皇宗の神靈に謝せむや。
是れ朕が帝國政府をして共同宣言に應せしむるに至れる所以なり。
朕は帝國と共に終始東亞の解放に協力せる諸盟邦に對し遺憾の意を表せざるを得ず。
帝國臣民にして戰陣に死し職域に殉し非命に斃れたる者、及其の遺族に想を致せは、五内爲に裂く。且戰傷を負ひ災禍を蒙り家業を失ひたる者の厚生に至りては朕の深く軫念する所なり。
惟ふに今後帝國の受くべき苦難は固より尋常にあらず。
爾臣民の衷情も朕善く之を知る。
然れども朕は時運の趨く所、堪ヘ難きを堪ヘ忍ひ難きを忍ひ、以て萬世の爲に太平を開かむと欲す。
朕は茲に國體を護持し得て忠良なる爾臣民の赤誠に信倚し常に爾臣民と共に在り。
若し夫れ情の激する所濫に事端を滋くし、或は同胞排擠互に時局を亂り、爲に大道を誤り信義を世界に失ふが如きは朕最も之を戒む。
宜しく擧國一家子孫相傳ヘ、確く神州の不滅を信じ、任重くして道遠きを念ひ、總力を將來の建設に傾け、道義を篤くし志操を鞏くし、誓て國體の精華を發揚し、世界の進運に後れざらむことを期すべし。
爾臣民其れ克く朕が意を體せよ。

御名御璽

昭和二十年八月十四日




現代に訳するにあたり、当時の昭和天皇の立場から「朕」はよく見かける「私」ではなく「余」とした方が雰囲気が保てると考えました。
 国体は言い換えが困難な言葉なのでそのままとしました。たぶん軍部、学者、国民、天皇など立場が違うとその意味も違っていたのではないかと思われます。
 なぜ過去には公開されずに今年になって公開されたかと考えると、昨今の独裁暴走的な政治に対する天よりの戒め、昭和天皇が軍部の暴走を止められなかった後悔を繰り返すまい、風化させずに語り継いでいくべしという天の意志が働いてるように思います。


現代文訳



 余は深く世界の大勢とわが帝国の現状とを思慮し、非常の措置で時局を収拾しようと決心し、ここに忠実かつ善良なあなたがた臣民に伝える。
 余は帝国政府が米、英、中、ソの四ケ国に対して、それらの共同宣言を受諾することを通告せよと命令した。

 そもそも帝国臣民の平穏安寧を図り、東アジア諸国の繁栄を皆と喜び楽しむことは代々天皇が伝えてきた理念であり、余が常々大切にしてきたことである。
 先に米英二国に対して宣戦した理由も、真に日本の自立と東アジア諸国の安定を強く願うことから出たもので、他国の主権を排除して領土を侵すようなことは元より余の望むところではない。
 しかしながら交戦から四年を過ぎ、我が陸海将兵の勇敢な戦いも、我が多くの公職者の懸命な仕事も、我が一億臣民の奉仕もそれぞれ最善を尽くしたにもかかわらず、戦争の状況は必ずしも好転せず、世界の大勢もまた我国に有利ではない。
 そればかりか、敵は新たに残虐な爆弾を使用して、全く無実の市民までをも殺傷し、悲惨な被害がどこまで広がるか予測すらできない。
 それでもなお戦争を継続するならば、ついには我が民族の滅亡を招くだけでなく、ひいては人類の文明をも破壊してしまうだろう。
 このようなことになれば、余は一体どうやって未来の億兆の民族の子供を守り、代々の天皇の御霊に謝罪できるだろうか。
 これこそが、余が帝国政府に対し共同宣言に応じるよう(降伏するよう)命じた経緯である。

 余は、日本と共に終始東アジア諸国の解放に協力してくれた同盟諸国に対しては遺憾の意を表せざるを得ない。
 帝国臣民であって戦陣で戦死した者、公務にて殉職した者、戦災に倒れた者、さらにはその遺族の気持ちに想いを寄せると、我が五体を引き裂かれる思いである。
 また戦傷を負ったり戦災を被って家業を失った人々の再起について、余が深く心を痛めているところである。
 考えるに今後帝国の受けるべき苦難はきっとはなはだ過酷なことだろう。
 あなたがた臣民が(降伏を)悲しむ心も余はよく理解している。
 しかしながら、余は時局情勢の行方を受け止め、耐えがたい思いを耐え、忍びがたい思いを我慢して、永遠に続くこの世を守るために、(降伏して)平和な時代を開こうと決心したのである。

 余は、ここに国体を維持でき、善良なあなたがた臣民の忠誠心を信頼し、常にあなたがた臣民と共に過ごすことができる。
 もし感情の高ぶりからむやみに事件を起したり、あるいは仲間を陥れたりして互いに世情を混乱させ、そのために正しい道を踏み外して世界の国々から信頼を失うようなことは、余が最も強く戒めるところである。
 ぜひとも国を挙げて一家の子孫にまで語り伝え、誇るべき自国の不滅を確信し、復興の責任は重くかつ道のりは遠いことを覚悟し、総力を将来の建設に傾け、道徳と正義を常に心がけ清らかな心を堅持し、誓って国体の精華を発揚し、世界の進歩に遅れを取らぬよう決意しなければならない。
 あなたがた臣民は、全て余の意を理解し行動せよ。




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 1666年秋の夕刻、オランダの都市デルフト。
 街の石畳の道を早足で通り抜ける一人の男がいた。
 つばの大きな黒い帽子を被り、広がった襟を出したキルティングのプールポアンを着て、四角い形の布を脇に抱えている。

 男はファン・ライフェンの館まで辿り着くと扉を激しく叩いた。ファン・ライフェンは醸造業を営んでいる名士だが、頭の回転がよく先を読むのに長けて投資でも大成功している。
 召使は覗き窓から男が当主の雇う画家だと確かめるとかんぬきを抜いて扉を開いた。
 男は召使に挨拶もせずに玄関の間から大声で主人を呼んだ。
「ピーテル。ピーテル」

 まもなく奥からビロードのプールポアンに黄色いインド更紗のガウンを着流した当主が笑顔で現れた。
「おお、我が礼拝する朝日、ヤン・フェルメールよ。大声を上げて歌の練習でも始めたか?」
「大変なことになったのです」
 そう言うフェルメールのいつもは赤みを帯びた顔が今日はやや青白い。
 当主はめざとくフェルメールの抱えたキャンバスに目をくれた。
「完成したのか?」
「ええ。この絵のために妻と大喧嘩したのです」
「ここで立ち話もなんだ。奥へゆこう」

 奥の部屋の壁にはフェルメールの絵が数点飾られている。それだけではない。フェルメールの殆どの作品はここの当主が買い上げている。
 二人は大きなテーブルで向き合った。
「さあ、その絵を見せてくれ」
 フェルメールはキャンバスを何重にも覆っていた布を解いて当主に絵を渡した。
 縦四十四センチ、横四十センチほどの四角いキャンバスから鮮やかに少女の肖像が浮かび上がった。

 黄土色のジャケットを着て体の正面を横に向けたた少女は耳に大きな真珠のイヤリングをしている。頭には千夜一夜物語に出てきそうな青いターバンと薄黄色のターバンを二重に巻いて後ろに垂らしてこちらを振り向いている。よく見ると真珠は窓と白い机の光を反射して輝いている。


真珠の耳飾りの少女_Jan_Vermeer_van


「おお、素晴らしい。これは今までない構図だ。しかもこんなに大きく顔を描くなんて初めてだな」
 当主が呟くのをフェルメールが遮ろうとする。
「それがピーテル」
「しばらくお前は黙って私にこの素晴らしい絵を鑑賞させてくれ」
 フェルメールが黙り込むと当主は絵をしげしげと眺めた。

 何よりも少女の表情が素晴らしかった。
 名前を呼ばれて振り向いた瞬間のようだ。
 不思議なことに動きと静止の両方の表情が矛盾なく再現されている。

 眉毛の形は今まさに画家に焦点を合わせて瞳を開いた影響で弧を強く残している。
 そして少女のこちらをまっすぐ凝視める瞳の中に宿る強いハイライトの光点に、こちら側にいる画家への尊敬がこもっている。
 いや待てよ。尊敬だけではないかもしれぬ。
 そうこれは愛情だ。この瞳の視線には一本の熱い恋心が貫かれているのを感じる。
 開きかけた唇のつややかな光は画家と接吻したことがあるに違いない。
 白い歯の表面は濡れてなんともコケティッシュではないか。
 当主はこの娘にモデル代は渡しても手は出してなかったが、まるでこのモデルが自分の恋人であるかのような気分にさせられる。

 さすがはフェルメール。
 これは噂に聞くモナ・リザを超える史上最高の美人画に違いない。
 当主は満面に笑みをたたえて少女の表情をしげしげと眺めていた。

 が、やがて大きく溜め息を吐いた。フェルメールの事情が飲み込めたからだ。
 そしておもむろにフェルメールに言う。
「この絵は思い入れが強すぎるのだ」
「そんなことはないと思うが」
「これを見た奥方が嫉妬して逆上するのは当然だ。お前とモデルの秘め事が暴露されてるじゃないか」
「まさかそんなこと」
 フェルメールは信じられなくて言い返した。
「お前は自分の画力の凄みがまだわかってない。俺にだけ正直に言え。この娘と寝たんだろ?」
「いや」
 フェルメールは唾を飲み込んだ。
「嘘を吐くな。この女の目と唇はお前との秘め事を心待ちにしてるじゃないか。寝たよな?」
 何度も質されては最大のパトロンである当主に嘘は吐けなかった。
 ゆっくりと頷きながらフェルメールはモデルのロッタとアトリエで繰り返した秘め事の数々を思い返してしまった。最初は妻の外出時に合わせたこっそりとしたものだったが、いつしか毎日の日課のようになりロッタをアトリエに泊めたこともあった。裸のロッタをカメラ・オブスクラで投影したこともある。もちろん絵には描かなかったが、フェルメールの脳裏にはロッタの美しい姿が焼きついている。しかし……。

「ああ、ピーテル、お願いだ助けてくれ」
「このモデルと妻のどちらが大事なのだ?」
「それは妻だ。今も身ごもってるんだぞ」
「やれやれ」
 当主は溜め息を吐いた。この時、34歳のフェルメールには九人の子供がいた。その上、住まいは妻の母の実家だ。それら全てを捨てて娘と駆け落ちなんて本当のひとでなしでなければできる筈ない。

 当主は顎を撫でてしばらく考え込んでから言った。
「奥方にはこの絵は私に依頼されたものの習作、トローニーだと言うんだ、そうだな、モデルの印象を薄めるためにこの眉は消してしまえ」
 トローニーとは想像で描いた頭部像のことで特定の人物ではないという意味になる。
 フェルメールは反論する。
「いや、ロッタがアトリエに入ったことは妻も知ってるんだ」
「召使には金を掴ませて、モデルが入ったのは最初の頃の数日だけでしたと証言させるんだ」
「そんな細工で信じてくれるか?」
「信じてもらわなければお前が困るだろうが」
「それは難しい」
「それから同じ構図でもう一枚トローニーを描くんだ」
「なんでまた?」
「私の依頼する作品の習作だ。次は実の娘に似せるんだ」
「娘に?」
「うむ。私の依頼する構図は美しい少女を一心不乱に描く芸術家の絵だ」
「ははあ、この絵は依頼ではなかったことにするわけか」
 当主は頷いた。
「ようやくわかってきたな。最初はモデルを雇ってこの習作を描いたが、どうもイメージに合わないのでモデルを娘に変更したと言うのだ。その後に本番の依頼作を描くという話の流れだ。説明できるだろ」
「うん。この絵はもともと重要じゃないことにするんだな」
 ようやくフェルメールの顔に赤みが戻った。


少女


 こうしてフェルメールは「真珠の耳飾の少女」と同じ構図の「少女」を自分の娘に似せて描いたのである。
 だから「少女」はあどけなさいっぱいで、コケットな「真珠の耳飾の少女」と対照的な出来栄えなのだ。




 それから一年後、フェルメールはもう一人の実の娘に本格的にモデルをさせて画家自身の後ろ姿を取り込んだ「絵画芸術」を描いた。
 妻もたいそう喜んだのだろう。
 この絵だけはフェルメールの死後も最後まで手元に置いていたという。
 こうしたストーリーを仮定して見ると「絵画芸術」は妻への謝罪と絵画への献身を誓った傑作と思えてくる。

絵画芸術の賞賛2_Jan_Vermeer_van_Delft_011


 自分の美術館の目玉にしようとあのヒトラーが略奪ではなくきちんと対価を払って購入したという「絵画芸術」にはこんな秘密があった、……のかもしれない。 了





久々の名画シリーズ(笑)です。
フェルメールの画集を見てたら「真珠の耳飾りの少女」の構図やトリミングがそれまでと明らかに違うことに気付いて妄想をたくましくしてみました。(画像はクリックで拡大可)



おまけの謎解き

「絵画芸術」でモデルは芸術の暗示たるラッパと歴史の暗示たる書物を持ち、視線を下に落として口には微笑みを浮かべています。

絵画芸術_少女拡大

なぜ微笑んでいるかというとテーブルの上の石膏マスクが父の顔だからなのではないか?

1656年頃描かれた「取り持ち女」の左端の男がフェルメールの自画像と言われてる。
ぼやけて申し訳ないが左がその部分のアップだ。

フェルメール比較


右に10年後に描かれた「絵画芸術」のテーブル上の石膏マスクの向きを揃えて並べてみるとどうだろう。

マスクは上からの角度になるので鼻の形は違って見えるが、10年の経過も考慮に入れつつ、唇の口角の上がり方や、すぐ隣の頬の肉付き、唇の下の顎がやや盛り上がっているところなどよく似ている。

というわけで「絵画芸術」の微笑するモデルはフェルメールの実の娘なのだと推理します。



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 出雲の船通山を望む斐伊川のほとりに村主を勤める家があった。
 村主といってもこの時代は皆貧しく塀もない大きめの小屋のような造りだ。障子などもないから朝の訪れは夜の間閉じている板の隙間から漏れる日差しと鶏の声によって知れる。
 
 早起きのクシナダ姫は一番鶏が鳴く前に布団代わりの薄い布をたたむと、板をあげて支え棒で固定し窓を開いた。
 朝靄が次第に透き通って船通山の向こうに朝日が昇る。それを眺め、雀たちがさえずり出すと挨拶するように歌うのが日課なのだ。
 
 まもなくクシナダ姫の次に早起きの隣家の叔父が棚田に向けて出てゆくのが目に入り、姫は挨拶の声をかけた。
「叔父さん、おはようございます」
「おう、いつも早起きだのう」
 叔父は笑いかけたが、その顔は見る見る凍り付いた。
「叔父さん? どうしたの?」
 しかし叔父はクシナダ姫には答えず玄関の戸板を叩き叫んだ。

「大変じゃ、壁に白羽の矢の立っとるが」

 クシナダ姫は目の前が真っ暗になった。
 白羽の矢が立つとは生け贄を出す家の壁に文字通り白い羽のついた矢が打ち込まれることだ。
 それは昨夜の長老だけの寄り合いでクジ引きにより決められたに違いなかった。
 白羽の立った家は村を守るために娘をヤマタノオロチの生け贄として差し出さなければならない。この習わしは祖父の代より古くから続く絶対の掟なのだ。
 クシナダ姫には四人の兄と三人の姉がいたが、三人の姉はほぼ一年おきにヤマタノオロチの生け贄として差し出されていた。
 そしてクシナダ姫が大好きだった大きい兄も姉を守ろうと許婚の男と組んでヤマタノオロチに刃向かったが巨大な牙にズタズタに噛み砕かれて死んでいた。
 去年は別の家に白羽の矢が立ちクシナダ姫は姉たちを亡き者にした恐ろしい運命から解き放たれたと安堵していたのだが、やはり悪夢のような運命はまだ続いていたのだ。 
 クシナダ姫は姉の形見の萌黄色の着物を取り出し抱いて泣いた。
 
 父親と叔父はひそひそと話し込み、母親はクシナダ姫の様子を見にやって来た。
「クシナダよ、こらえて務めを果たしておくれ。お前を守ってやれない私らをどうか堪忍しておくれ」
 父母は何も悪くない。
 そうしなければ恐ろしいヤマタノオロチはもっと多くの村人を襲い村は滅んでしまうに違いない。
 それでもクシナダ姫は母にひとこと言わなければ気が済まなかった。
「母様はひどいよ。私もお姉たちも生け贄にするために産んだだけじゃないの」
 母親は胸を押さえ突っ伏して号泣した。
「堪忍しておくれ、堪忍しておくれ」
 クシナダ姫はすぐに後悔した。
 一番苦しい思いをしてるのは間違いなく母親なのに、自分の感情に任せた言葉で母親の心の傷をさらに開いて塩を塗り込んでしまった。
「母様、ごめんなさい」
 向こうの部屋から急に父親の嗚咽が漏れてくる。

 クシナダ姫はいたたまれず台所に降り箸を掴んで外に駆け出た。

 恐ろしいヤマタノオロチや、母親を苦しませた自分の感情や、娘を理不尽に奪われる父親の悲しみや、そういった全てのものから逃げ出したかった。
 足は自然と斐伊川に向かった。
 小鳥たちはいつものように競うようにさえずりを聞かせたが、今日のクシナダ姫の耳には入らない。
 クシナダ姫にあるのはすぐに全てを消してしまいたいという思いだけだ。
 斐伊川の流れに足を踏み入れ、数歩進んだ。
 ひやりとした冷たさからも逃げ出したくなる。
 だがここで箸で急所を突けば血が失せて逃げる心も遠くなり死ねるだろう。
 クシナダ姫の目から大粒の涙がこぼれ落ち、流れはきらきらと輝いた。

 その時、声が響いた。
「馬鹿なことはよせーっ」

 岸辺に叔父が駆けて来て思いとどまるように訴える。
「お前の苦しいのは当然だ。わしも自分の娘も生け贄に出したからわかる。
 可愛い姪っ子までこんな酷い目に会わせたくない。
 しかし生け贄を立てねば村は怪物に皆殺しにされる。
 お前のお父もお母も自分が死ぬより辛い血の涙を呑んでお前に役目を果たしてほしいと思っているんだ。どうかこらえてくれ。
 酷なことは承知だが、もしここでお前が死ねば今年はまだ生きられた筈の別の娘にも白羽の矢が立ち死なねばならぬ。
 そして悲しむ家族がふたつに増えるのだぞ。堪えて役目を果たしてくれ。
 この通りじゃ、頼む」
 叔父は岸の地べたに頭をすりつけ、その背は小刻みに震えている。
 クシナダ姫は箸を川に投げ捨てて涙を拭いもせず岸に向け歩き出した。
「頭を上げてくだされ。他の娘に迷惑かけるわけにいかぬ。こんな役目はうちだけでえっぱいや」


 ◇


 高天原を追放されたスサノオは出雲に辿り着き斐伊川に沿って歩いていた。

 空気は澄み切っていて気持ちがよく、畑仕事をしている老人は朗らかに笑みを寄越す。
「よい天気で。お見かけしないですが、どこからおいでましたか?」
「うん、遠いところから旅して来たのだ」
「それはご苦労さまです」
「この辺で見所はなんだ?」
 スサノオが問うと老人は腕組みした。
「さて。そうですな、秋に野だたらいうて鉄を取る野焼きをやりますがあれは珍しい見ものかと。中にはヤマタノオロチの目のようで恐ろしいと言う者もおりますが」
「ヤマタノオロチ?」
「川上の村に出るという大蛇の怪物で、その姿を全部見て無事に帰った者はおらぬという言い伝えにございます」
 スサノオは興味を持った。
「ほお、そのヤマタノオロチ、わしなら倒せるかのう」
「なるほどあなた様はご立派ですが、ヤマタノオロチは頭から尻尾が山から谷まで届くほど長く、その上その頭が八つあると言い伝わっておりますでの。今まで何人もの力自慢が返り討ちに遭うてますのや。触らぬ神に祟りなしと申します。はい」

 老人と別れてしばらく行くとスサノオは斐伊川の川面に箸が浮いているのを見つけた。
 貴重な箸をうっかり流すことはまずない。おなごは箸で死ぬという話は聞いた覚えがある。
 胸は急に早鐘のように拍を打ちスサノオは箸を拾い上げ駆け出した。


 ◇


 スサノオが駆けてゆくと立ち話している中年の男二人に出くわした。下流の老人と違いその表情は暗く声は低い。
「おい、この辺りでついさっき入水した娘はおらぬか?」
 スサノオが息を切らしつつ問いかけると男たちは棒のようになって頷いた。
「あ、はい」
「いるのだな?」
「はあ、入水しかけたらしい娘はおりますで」
「今朝、白羽の矢が立ったんで、可哀想にヤマタノオロチの生け贄になりますで」
「無事か?」
「と思います。濡れた着物で叔父と泣きながら家に戻るのは見ましたで」
「よし、案内いたせ」


 ◇


 家の中からは母親と娘が泣いている声が聞こえて来た。
「白羽の矢が立ったという家はここか?」
 スサノオが呼びかけるとまもなくして主が現れ泣き腫らした目で頭を垂れた。
「いかにも当家でございますが、あなた様は?」
「わしはスサノオと申す。仔細を聞きたい」
 立派な体格でこの辺りでは見かけない髷を結い、胸には美しい勾玉をして凜々しい目をしているスサノオはひと目で高貴な者とわかる。
 主は断れずにスサノオを家に上げた。

 主は自分の娘たちは次々にヤマタノオロチの生け贄になり今回は末娘を差し出さねばならないことを打ち明けた。

 聞き終えたスサノオはずっと伏せて控えているクシナダ姫に言った。
「娘よ、箸を落としたであろう」
 スサノオが懐から箸を差し出すとクシナダ姫は驚いた。
「これも縁だ。そなたの名は何という?」
 男が娘に名を尋ねることが求婚であった時代のことだ。

 クシナダ姫は頬を染め、父親は聞き返した。
「我が娘を妻にと仰られるのは光栄ですが、娘が生け贄になるのはもはや動かせない掟なのです。どういうおつもりですか?」
 スサノオは宣言した。
「わしがヤマタノオロチを退治してやるというのだ」

 主は頭を左右に振った。
「お気持ちはありがたいことながら、過去に何人もの屈強な男がヤマタノオロチに立ち向かいましたが、あっという間にオロチに蕪でも食らうように噛み砕かれて果てたのです。この娘の一番上の兄も姉のために命を落としましたで。それでは娘の悲しみが増えるばかり、お助け無用にございます」
「地上の男たちはそうであろうともわしは負けぬ。わしは伊邪那岐尊イザナギの息子、須佐之男尊スサノオノミコトである。必ずやヤマタノオロチを倒し、娘を妻としよう」
「こ、この国を作られた神様の息子……」
 主も妻も驚きに打たれて平伏し、クシナダ姫が顔を上げて答えた。

「私はクシナダでございます」
「よい名じゃ」
「この地の棚段になった稲田の珍しい様子を見ていて奇稲田姫と名づけました。スサノオノミコト様、ふつつか者でもったいない限りですがなにとぞよろしくお願いいたします」
「うん、クシナダ姫は愛らしゅうて気に入った」
 スサノオとクシナダは笑みを交わした。
「早速、めでたい祝宴を手配せねばなりませぬが、やはりあの怪物のことが気にかかります。大丈夫でしょうか?」
「うむ。頭が八つもあってはいかにわしとて簡単に退治することは難しい」
「それでは困ります」
「慌てるな。幸いわしには力だけでのうて知恵もある。知恵も使えばよいのじゃ」
「はあ」
「閃いたぞ。よいか、特大の大瓶を八つ作らせ強い酒を満たすのだ。ヤマタオロチにも酒をふるまってやる」
「酒をですか?」
「うむ。最もやっかいなのは八つの頭に休みなく攻めかかられることだ。だが、八つの頭を酔わせてしまえばそんな器用な攻撃はできまい。酔いつぶれた頭からたやすく仕留められる」
「さすがはスサノオノミコト様。ヤマタノオロチを退治していただけば我が家だけでなく村中の皆が助かります」


 ◇


 ついにヤマタノオロチがやって来る日となった。
 戸締りをした家のまわりには強い酒をなみなみと注いだ大瓶を八つ、間隔を開けて置いてある。その匂いが鼻につく。
 少し離れた広場には御幣をかけた舞台が設けられているが、着物を着ているのは藁人形だ。
 スサノオはクシナダ姫を背負い呪文をかけると姫の姿はスサノオの髪に刺した櫛にしか見えなくなった。そして大瓶を見渡せる茂みの陰に身を潜めた。

 雲が青空を覆い隠すとやがて小さな地響きが起こり、遠くの森で木の枝が次々と折れる音がした。
 生ぬるい風が吹いてそれは異様な匂いを運んでくる。
 黒褐色の大きな頭の大蛇だ。赤い目は輝き、開いた口から大きな牙が見え、赤い長い舌がはみ出てチロチロと空を舐める。
 大蛇は三つ、五つ、七つと数を増やす。
 スサノオが囁く。
「オロチの頭が八つ揃ったぞ。クシナダ、声を出すなよ」
 酒の匂いに釣られてオロチの一頭が大瓶に頭を近づけ、舌で味見してから更に口を近づけて吸った。
 それを見てさらに一頭、もう一頭が別の大瓶に口をつけた。

「わしとクシナダの祝宴の酒だ。たんと呑んで酔いつぶれるがよい」
 五頭のオロチは大瓶に口をつけて動かない。
 後の三頭は生け贄が気になるらしく舞台のある広場に首を伸ばそうとする。
 しかし五頭が酒に夢中のために引っ張られて進めない。

 仕方なく三頭の一頭も大瓶に口をつけた。
 そうこうするうち最初に口をつけたオロチの頭は大瓶の奥深くまで酒を飲み進め、大瓶の中に頭を突っ込んだままいびきをかき始めた。
 さらに一頭、もう一頭が大瓶に頭を突っ込んだまま酔い潰れていびきをかく。
 スサノオはクシナダに囁いた。
「しっかり掴まっておれ」

 スサノオは茂みから出ると大瓶に頭を突っ込んだままの一頭のオロチに駆け足で近寄り、剣をふりかざすと素早く斬り下ろした。
 分厚い鱗と骨の音なのだろう重い音を立てて、オロチの頭に連なっていた長い首だけが地面に落ちた。
 スサノオは素早く隣の大瓶で酔い潰れているオロチに駆け寄り、そちらも切り落とす。
 こうして、あっという間に四頭のオロチは酔い潰れたまま首と離れて息絶えた。

 次の大瓶から酒を呑んでいたオロチの頭がスサノオに振り向き襲いかかるように大きく開いた口の牙を伸ばしてくる。
 だが酔っているせいか動きは速くない。
 スサノオはオロチが迫ったぎりぎりのところで横跳びに避けて鋭く首を切り落とした。

 残るは少し酔っている一頭としらふの二頭だ。

 しらふの一頭が猛然とスサノオめがけてきた。
 スサノオは逃げるように木立ちに向かい、そこでオロチをからかうようにおいでおいでと手招きした。
 怒ったオロチはいよいよスピードを上げてスサノオめがけて突進する。
 オロチが残り腕の長さほどに迫った。
 剣を口にくわえ背を向けたスサノオは両手を伸ばして柿の木の太い横枝を掴み、それを軸に大車輪に回転してオロチの突進を交わした。
 次の瞬間、スサノオはオロチの後ろ頭に飛びつき剣を振り上げる。
「どうだ、後ろ頭にまたがられてはお主の牙もただの飾りだ」
 スサノオはそのままオロチの後ろ頭に斬りつける。
 だが同時に酔ったオロチがスサノオに襲いかかってきた。
「左!」
 クシナダの叫びにスサノオはしらふの頭を切り落とすや、体を沈めて剣を左に振り上げた。
 スサノオの頭は酔ったオロチの大きな口の中にほとんど収まりかけていた。
 しかし、スサノオの剣は上顎の内側からオロチの頭を外まで突き刺していた。
 スサノオはオロチの口をこじ開けるように払いのけ笑った。
「クシナダ、声を出してはお前がここだと悟られてしまう」
「すみません」
「いやお前のおかげで助かった、礼を言うぞ」
「もったいない、それよりあと一頭います」
「一番イキのいい奴が残ったか。困ったな」
「どうかされました?」
「今の一撃で剣先と刃がこぼれてきたのだ。このままではあいつの分厚い鱗と骨を斬れない」
「どうしましょう?」
「案ずるな、なんとかするさ」

 しらふのオロチはスサノオを見て大きな口からよだれを垂らして襲いかかってくる。
 スサノオは素早く駆けて大瓶の前に立った。
 オロチが牙を剥いて口を伸ばす。
 牙が届くと思われた瞬間、スサノオは真後ろに跳躍して大瓶の背後に隠れた。
 大瓶が凄まじい音を立てて割れ酒が飛び散った。

 クシナダ姫は勝ったと思った。
 しかし、オロチはよほど石頭なのか首を左右に振ると再び牙を剥いた。
「堅い大瓶に激突してもびくともしないとは」
 刃こぼれのある剣ではオロチの目以外には通用しないだろう。今は大瓶に激突させて相手の勢いを削ぐしかない。

 スサノオは大瓶を盾に戦いを繰り返したがオロチの勢いは少しも落ちなかった。
 そしてとうとう大瓶はひとつになった。

 スサノオは最後の大瓶を背に跳躍してオロチを激突させた。
 しかし大瓶が砕けるや、オロチの牙が襲いかかる。
 もはやこの辺りに大瓶より堅いものなど見当たらない。
 スサノオは跳びはね必死に走りながら武器になるものはないかと見回した。

「スサノオ様、あそこで何か光っています」
「うむ。確かめよう」
 スサノオは木立の間を走り抜け淡い光に近づいてその正体を見た。
「オロチの尻尾だ、それも死んだやつの。中に光る何かがあるのだ」
「スサノオ様、オロチがもうそこまで来てます」
 スサノオは淡く光る尻尾をねじ回して柔らかい腹を切り裂いた。
 すると中からまばゆい光と共に見事な剣が現れた。
「ありがたい」
「後ろ!」
 クシナダ姫が叫んだ瞬間、スサノオは剣を鞘から抜きざま後ろに突き上げた。
 オロチの鮮血が一直線に飛ぶ。
 それを追うようにオロチの頭がふたつに割れて撥ね飛ばされた。

 スサノオは剣を押し戴いて鞘に収めた。
 これが天叢雲剣であり、後に草那芸之大刀と呼ばれることになる。

 スサノオはクシナダ姫を背中から下ろすと微笑んできつく抱きしめた。
 クシナダ姫の目からこぼれるのはもはや悲しみの涙ではなく喜びの涙であった。
 

 スサノオはクシナダ姫を妻とし出雲須賀の地に移り住み次の歌を詠んだといわれる。

  八雲立つ 出雲八重垣 妻籠みに 八重垣作る その八重垣を






今回は件の精華女子高校吹奏楽部CDから樽屋雅徳氏作曲『斐伊川に流るるクシナダ姫の涙』を聴いて書きました。
これはとても日本の物語をイメージしやすい楽曲で、例えば「もののけ姫」の映画をあてても驚くほど簡単にフィットしますが、今回は楽曲タイトルに沿って幼心に聞いたヤマタノオロチ退治を文章に起こしてみました。

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私の箱推しグループのCDです!


 AKB?

 ノー!


 ももクロ?

 ノー!


 ↓ これです



seika_cd

 精華女子高吹奏楽部の「熱血!ブラバン少女」です ^_^

 オリコン週間ランキング クラシック部門第一位だそうです!(2/21追記)

 2012年の所ジョージさんの番組マーチングの旅で精華女子の活動が取り上げられ
そこそこ人気化したようですが、その時の私は青春してるねえと思いましたがファンと
いうほどにはなりませんでした。

 そして昨年の所ジョージさんの吹奏楽の旅では精華女子は密着取材対象ではなか
ったために全国大会で金賞を取った演奏がほんの50秒ほど流れたのみでした。
 しかし、その響きの美しさは他校と段違いで演奏後のお客の拍手も盛大でした。

 まもなくネットを検索するうちに噂を見つけました。
 精華女子の金賞受賞曲『フェスティヴァル・ヴァリエーション』に対する大会審査員
の採点内容は満点だったらしいということです。
 普通の高校は銀賞と金賞のどっちになるかでハラハラしてるのに、精華女子は
満点取るか取らないかというレベルにあったわけです。

 早速、全国大会のDVDを取り寄せてみた私はさらに驚きました。

 他の高校は見るからに緊張が顔に出ていて、指がもつれそうなほど震えていたり
するんですよ。彼らが最も試される舞台ですから無理ないかもしれません。
 しかし、それではどんなに譜面通りに吹けてもコンクールの演奏止まりです。

 ところが精華女子は違いました。
 演奏中も部員達の中に口元に笑みがいくつもあるんです。
 こんな風に演奏してる人間が楽しそうに笑みをたたえていたら、さらにその演奏も素
晴らしかったら聴いてる方もうきうきしてさらに楽しく聴けるのは当然のことです。
 それはコンクールの演奏を超え、聴く者を感動させる本物の演奏に飛躍します。

 個々の技術で言えば九州の精華女子吹奏楽部よりも上手な音楽エリートは東京や
大阪の強豪校吹奏楽部に何人もいるでしょう。
 しかし、音楽の評価基準は様々な聴衆の主観にありますから技術が全てではないです。
結果としては精華女子の演奏の方が聴衆にも審査員にも感動を与えてくれたのです。

 何がこの差を生み出すのか考えてみましたが、精華女子の部員達には、休みは年
一日だけと噂される厳しい活動に素直についてゆき、それを楽しみに変える程の実直
さがあるように察します。
 そして最近では清々しいほど古風な学校の伝統と彼女達に浸透している「人間に
必要なのは愛だけで~す」という可愛らしい合言葉も彼女達の演奏の見事な調和に
寄与していると思われます。
 そして経歴からプロオーケストラのいい面も悪い面も体験したであろう顧問藤重先生
の方針、個性を生かし人間力を高める指導も大きな役割を果たしている筈です。
 彼女達はあえて毎年難曲に挑戦し、同時に半分体育会系ともいえるマーチングで
体力を鍛えぬかれ、狭い部室でハーモニーを揃えまくり、顧問のすごい叱咤を浴び
て曲の完成度を上げて来たのです。
 そんな彼女達にとって全国大会は緊張の場などではなく、一年の努力のお披露目を
する晴れ舞台であり、いつの間にか自分達の努力の蓄積が高みに達しているのを
実感しながら最高の演奏が楽しめる場所なのかもしれません。

 エリートを集めた強豪校に敵愾心を燃やすこともなく、精華女子は控えめに笑みを
浮かべながら自分達の最高の演奏を楽しみ、そのことによってお客にも感動を湧き起
こせたのです。
 精華女子は高校生でありながら最高の感動を与えられる領域に達しているのです。

 
 このCDは昨年の多忙なスケジュールを縫ってホール録音された全17曲が収められ
てます。

 全国金賞の『フェスティヴァル・ヴァリエーション』は今回は時間制約がないため
10分近いノーカット版で、大会時のさらに上を行く究極の演奏を楽しめます!
 手元にあるシエナウィンドオーケストラのCD版と聴き比べましたがやばいです。

 プロは譜面通りに吹きますね。つまり個々が譜面通りに吹けば足し算でいい演奏に
なる筈という譜面信仰による分業的演奏です。宗教でいう原理主義ですね。
 それはへたをすると自分の譜面は吹けたから後はお前らの責任だろみたいな連鎖
になってしまう。しかし音楽というものは個々の部品を組み立てて完成するもので
はない筈です。
 私の耳には精華女子の方がチームワークの取れた熱いハーモニーを鳴らしていて、
バランスが絶妙で、ヴィヴィッドで躍動感溢れる豊かな演奏に聞こえました!


 他にもオリンピアーデ、トランペット吹きの休日、シンフォニア・フェスティバ、
グリーンスリーブス、斐伊川に流るるクシナダ姫の涙、銀河の伝説、アルメニア・
ダンスパート1など、ブラバンの名曲やマーチングの得意曲などどれも素晴らしい
演奏ばかりでおすすめです。

 いっそのこと義務教育の教材として配布してもいいかもしれない。高校でこんな
すごい演奏ができるんだと知って音楽の道に目覚めたり、言語の違いを超える音楽
のメッセージの豊かさに気付いたり効用は計り知れない。

 現在オリンピック真っ最中で私もそれなりに感動しながら見ています。が、しか
し勝ち負けにこだわり、メダルの色や数を競い、いつの間にか政治家に利用され、
果ては国威高揚の道具にされがちなスポーツからは残念ながら平和は生み出しにく
いのが現実ではないでしょうか。

 素晴らしい音楽にこそこの世に調和と平和を生み出し広める力がある。これから
はスポーツよりも音楽に重きを置くべき時代に入ってるのではないか。
 そんなことを予感させてくれる精華女子ブラバンの素晴らしいCDでした!




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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    『地球人も宇宙人』。
    写真はッシェル・ポルナ
    レフの真似です

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