銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

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スーパースティション(迷信)

 1

「なんだい、キッチンのあれ?」
 和香奈がテーブルに朝食の皿を並べていると、秋人が英字新聞を読んだまま聞いた。
「あれって何です?」
 和香奈が聞き返すと、秋人は顔を上げてキッチンのグリル脇のタイル壁を指差した。
「ほら、あそこに紙が貼ってあるだろ」
「ああ、あれですか」
 それは和香奈が家からもらってきた護符だ。
「あれは実家に伝わる竈(かまど)の護符です。江戸時代からずっと家を守ってくれた霊験あらたかな護符を写したものなんです。
 ほら、江戸時代は火事が多かったでしょ、うちは旗本で商人町じゃなかったからまだ火事に遭うことはあまりなかったらしいんですが、それでも、一度、門まで燃え落ちてもう駄目だという時があったらしいの。でも台所に火が移るという時に、急に風向きが変わって助かったんだそうです。
 あれを貼っておけば火事に遭わずに済むって母が言って、菩提寺のお坊さんに頼んで写してもらったんです。」
 和香奈は得意になって説明したが、秋人は鼻から息を吐いた。
「ふっ、原始的なオカルト、まじないじゃないか。
 もう少し理性的に考えてごらん、あの紙切れと火事が発生しないことの間には、なんら因果関係はないんだよ。火事になる時は紙切れを貼っていてもなるし、統計的に考えても、紙切れを貼ってなくても火事に遭わない家の方が圧倒的に多いはずだ、そうだろ?」
 秋人は体を起こすと、和香奈を上から見下ろした。
 和香奈にしたら、都心一等地の最高級マンション『狸穴ヒルズ』にある、自分たち新婚家庭の大事なお城を守るつもりで貼った護符なのだ。
「でも、万が一の時、神様やご先祖様が守ってくれるような気がしたから」
「そういうの、迷信だから。
 君は、いや、君に限らず、女の多くはそういう傾向がある、雑誌やサイトに載ってる占いなんか真に受けるんだから、明らかな欠点だね。
 君は由緒ある伊修院家の嫁になったんだから、これからは常に理性的に判断することを覚えてほしい。いいね?」
 秋人に言われると、和香奈は仕方なく小さく頷いた。
 さらに秋人は和香奈をたしなめる。
「よくごらんよ、あの迷信の紙切れのせいで、特注した十センチ角80万のタイルがつくるプローニュの模様がぶちこわしじゃないか。
 君は伊修院家の嫁であると同時に、高級美食倶楽部『アスタナインテン』CEOの妻でもあるんだから、もっと美的センスも磨いてくれよ。
 あの紙切れは今日中に外しておきなさい、いいね」
 秋人はそう言ってまた英字新聞に目を戻した。が、まもなく、さすがに言い過ぎたと思ったらしく「もちろん紙切れがいけないんであって、君を嫌ってるわけじゃないよ」と付け加えた。しかし、視線は英字新聞から一センチと上げはしなかった。
 夫の冷たい言葉と態度に、和香奈は心の中で凍えるように感じた。

 和香奈の実家は、徳川家康三河時代からの旗本だった。父は普通のサラリーマンになりきって、そうでもないのだが、祖父母はまだ武家の誇りと伝統を強く守っていて、和香奈の躾けも時代錯誤のような琴、お茶、生け花等の習い事から、日常のしきたり、武家の娘の心得としてなぎなたも教わり、果ては匕首による自害の仕方まで説明されたのだ。
 もちろん、和香奈だって馬鹿らしくて稽古事は形をなぞってただけだが、ただ古くても美しいものはあると感じたのも確かだ。
 それがたとえば、今回の護符だ。
 非科学的でも、守ってくれるものを信じるだけなら生活の邪魔にはならない。
 それを秋人は気に入らないと言うのだ。
 秋人の伊修院家は公家の末裔だが、三、ニ代前がうまい具合に商売に長けていた。だから激動の時代を巧みに乗り切って、今は不動産とレストラン経営で都心にビルをいくつも構えて、名を知られている。
 そこへ和香奈の祖母が見合いの写真を持ち込んで、とんとん拍子に結婚まで至ってしまったのだ。

 2

 タイルの護符を外せと言われた和香奈だが、完全に外すのは気がひけて、キッチンの上の棚の中の側面に貼り付けておいた。これなら目障りにはならないから大丈夫だ。
 和香奈は毎晩、心を込めて料理を作り秋人を迎えるのだが、レストランの経営が仕事であるので、どうしても帰宅時間は9時、10時、場合によっては深夜のこともあり、せっかく用意した夕食に箸もつけないこともある。
 その日は、運良く10時前に帰ってきたので、和香奈は嬉しくなって秋人に料理を出した。
 しかし、秋人は業界誌の記事に没頭していて、笑顔を用意して待ち受ける和香奈に見向きもしない。
 和香奈が声をかけた。
「秋人さん、どうですか?」
「うん?」
「お料理、お味はどうですか?」
 秋人は驚いたような顔をした。
「あ、評価が必要なの。
 うーん、このピクルスは日本的でいいんじない」
 和香奈は呆気に取られた。糠漬けの漬け物をピクルスなんて呼ぶのは初めてだ。
 そこで和香奈は少しムキになった。
 秋人がカボチャの煮付けを口に入れるのを見て、和香奈が聞く。
「秋人さん、そのカボチャの煮付けはどう?」
「うん……」
「ホクホクで柔らかいでしょ」
 和香奈が微笑みかけると、秋人は箸の先をじっと見て言った。
「ああ、パンプキンね、柔らかいけど、少しパサパサしてるね。クリームソースでもかけてほしかったな。」
 和香奈は驚いた。
「ク、クリームソースですか?」
「ああ、君の料理は和風ばかりだけど、僕は子供の時から、お抱えのシェフが作るフランス料理ばかりだったから、舌がそれに慣れちゃってるみたいでね」
「そうだったんですか、すみません、それは知りませんでした。
 じゃあ、私もこれからは頑張ってフランス料理を出すようにしますね」
 和香奈は秋人が喜ぶように精一杯、言った。
 しかし、秋人は興味なさそうに言う。
「いや、無理しなくていいよ」
「いいんです、秋人さんに喜んでほしいから」
 和香奈は秋人に笑顔の返事を期待したが、それはなかった、その代わり、
「いや、いいんだよ、料理でこき使うために、君と結婚したんじゃないからね。
 料理なんて、金を出して、コックを雇えば済むことだから」
 和香奈は胸のあたりを風が吹き抜けるのを感じた。
 和香奈はもともと料理好きなのだ。結婚したら、ダンナさまや生まれてくる子供たちに料理を「美味しい」と褒めてもらうのを生きがいにしようと、ずっと思い描いてきた。しかし、秋人は和香奈に料理なんかしてほしくないと言うのだ。

 3

 一週間ほどした午後、和香奈が三十畳のリビングに掃除機をかけていると、玄関チャイムが鳴った。
 モニターに映ったのは着物姿の白髪の女性だ。年齢は60代ぐらいだ。
「はい、なんでしょうか?」
「秋人坊っちゃまにこちらで家事をするように言われた梅でございます」
 和香奈はロックを解除して、梅さんを玄関に迎えた。
 梅さんはドアが開くなり、宣言します。
「今日からお手伝いとしてこちらに住み込むことになりました。若奥様、よろしくお願いします」
 和香奈はびっくりした。
「私は全然聞かされてませんけど」
「やはり若奥様一人では料理や掃除、洗濯が大変らしいと、秋人坊ちゃんが仰られて、私を呼んだのです。
 私は秋人坊ちゃんの乳母となって以来30年近くお仕えしてきましたが、本当に秋人坊ちゃんは子供の頃からおやさしくて、思いやりがあって、ええ、若奥様はずいぶんな幸せ者ですわ」
 そう言うと、梅さんはさっさと部屋にあがり、後ろから本家の運転手の方がボストンバッグを運び込んだ。
 和香奈は毎日きちんと掃除していたし、洗濯だって、アイロンかけだってきちんとしていたつもりだ。料理だって、秋人の好みのフランス料理を出してきた。
 それもいやいやではない、楽しんでやってきたのに。
 和香奈は、寝室に入るとこっそり泣いた。

 午後三時、早めに買い物を済ませた和香奈は、大型のフランス料理の本数冊と首っぴきで、晩の料理作りにとりかかった。
 そして若干の試行錯誤を入れて、四時間後に料理はほぼ完成した。
 その頃、自分用に占拠したゲストルームで荷物の整理をしていた梅さんがキッチンを覗きに来た。
「若奥様、今夜は坊ちゃまに何をお出しになるんです?」
 和香奈は弾む声に自信を込めて言った。
「仔羊のスープリヨン風と、平目のムニエルニース風なんです、梅さん、ちょっと味見して下さい」
 しかし、梅さんは急に眉をしかめて言った。
「やだ、秋人坊ちゃんは平目はお嫌いなんですよ」
 和香奈はびっくりした。
「あの、魚はなんでも食べると聞いてたんですが」
「大体はね、ただ平目は別、たぶんカレイも駄目。
 小さい頃は召し上がっていたんです。しかし、中学の時に図鑑で平目の写真をご覧になり、目が中心線の片側に二個あるのは、シンメトリー的に美しくないと仰って、以来、生理的にも受け付けなくなってしまったんです」
 和香奈には、そんな理由はおかしいと言い張る余裕はなかった。
「どうしましょう?」
「もう七時、これから他の材料で料理するにしても、秋人さまのご帰宅に間に合わないかもしれませんよ。
 とにかくお屋敷に電話してみます」
 梅さんはリビングの電話を取ると椅子にかけて、ひそひそ声に時々笑いを交えて、しばらく電話した。
 キッチンに戻った梅さんは和香奈に言った。
「お屋敷のシェフに無理を聞いてもらえそうです」
「梅さん、ありがとうございます」
「若奥様、もし主婦業が無理なら早めに言って下さいね。その方が坊ちゃまだって、切り替えができるでしょうし……」
 和香奈が嫁失格だと言わんばかりだ。
「だ、大丈夫です、私、頑張りますから」
 和香奈は言ったが、梅さんの目は冷ややかだった。
 
 夜、二人きりになれたところで、和香奈は秋人に「どうして梅さんを呼んだんです?」と尋ねた。
「ああ、君にはフランス料理は大変そうだから。
 それに、洗濯や掃除だって大変だ。最初のうちは新婚だからね、二人きりの方がいいかと思ったから、梅を休ませていたんだ。予定通りのことだよ。
 君は伊修院家の妻にふさわしい教養を積み、いつも綺麗に化粧して着飾っていれば、それだけでいいんだ」
 和香奈は言い返した。
「でも、私は秋人さんのために、料理とか家事をしていると楽しいんです。気に入らないところがあれば努力して直しますから、家事をさせてください」
 秋人は声を荒げた。
「そんなのは貧乏所帯のすることだよ。
 家事なんかする暇があったら、君は文化芸術に目を向けなさい。
 今はまだ落ち着かないから招待も外出もしていないけど、そのうち、上流階級のいろんな客とつきあうようになる。
 その時、会話を楽しめるように教養を積んでおかないと、寂しい思いをするのは君なんだぞ。
 家事は梅に任せりゃいいんだ。体力的にできない部分は本家のメイドが手伝いに来るから何もしなくていい。君は美術館を巡ったり、ブランド品を買いあさって必要な知識を身につけるんだ。いいね?」
 秋人はそう言うと自分の唇で和香奈の唇を塞いだ。



 f_02.gif プログ村

スーパースティション 後編 に続く

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コメント

こんにちは~♪
いいとこのお家はいろいろ大変なんですね。銀河さんもそういうお宅のご出身なんじゃないかしら?(文章が知的だからそう思った)
この後、迷信がなにか絡んでくるんですね。楽しみにしてま~す☆

  • 2007/12/24(月) 23:17:37 |
  • URL |
  • 七花 #-
  • [編集]

◆七花さま ありがとうございます。

残念ながらいいとこではありません(笑)続きをお楽しみに!

  • 2007/12/25(火) 09:30:11 |
  • URL |
  • 銀河系一朗 #-
  • [編集]

う~ん。
和香奈がかわいそうですね~。

こうも、頭ごなしでは正直このさきやっていけそうにないですよね。

どこかで割り切って、この生活を受け入れるのも手ですけど・・・・・。

何か楽しみを見出せないと、死んだような毎日にいったい何の意味が・・・・・・。

応援ポチット

  • 2008/01/03(木) 16:49:15 |
  • URL |
  • 奈緒 #-
  • [編集]

◆奈緒さま ありがとうございます。

和香奈と秋人、根本的な部分が合わないのかもしれませんね。さて、それを乗り切れるか。次回、謎の占い師も登場しますが、秘薬なんてなさそうです。

  • 2008/01/03(木) 22:17:33 |
  • URL |
  • 銀河系一朗 #-
  • [編集]
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  • 2007/12/24(月) 19:28:09 |
  • 不動産探検隊,短編小説 スーパースティション 前編
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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    『地球人も宇宙人』。
    写真はッシェル・ポルナ
    レフの真似です

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