銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

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[短編小説] 自首

 1

 警察署の正面玄関。夜の八時をまわり、立哨する警官もなくひっそりとしている。
 鷹木はドアを開けると、カウンターで隔てられた中を見回した。
 数人の警官が何やら机に向かっている。そのうちのニ十代後半の一人がこちらを見てゆっくりと立ち上がった。
「どうしました?」
「その、自首をしたくて」
 自首という言葉で、他の席の警官も一気に立ち上がった。ここで気が変わりでもしたら追いかけようということなのか。
 鷹木は笑みを噛み殺しながら言う。
「三課の牛場刑事を指名できますか?」
 そう言ってしまって、指名じゃキャバクラみたいかとまた笑みが浮かびそうになる。
 牛場刑事は以前逮捕された時にいろいろ話を聞いてくれた刑事で、その後も葉書をくれ、出所時にも世話になった。
「とにかく、そっちへまわってくれますか。」
 警官はやはり鷹木の気が変わらないか警戒してるような目つきで言った。
 
 すぐに三十歳そこそこの刑事が降りてくると、取調べ室に入れられ、椅子に座らせられた。
「牛場刑事はまもなく来る」
「ありがとうございます、前に牛場さんにお世話になった鷹木です。
 失礼ですが、お名前は?」
「湯木沢だ。
 三課でいいんだな?」
 つまり自白したい事件は盗犯だなという確認だろう。
「はい」
 まもなくドアが開いて、鷹木より四つ年上の四十ニ歳の牛場刑事が入ってきた。しかし、髪に白髪が混じり見た目は五十近い。中肉中背の鷹木よりも腹が出ているが、肥満というほどではない。
「なんだよ、呼び止められて来たら、お前、鷹木か。
 もうこういうところで会わない約束じゃなかったか?」
 牛場刑事が言うと鷹木は頭を下げた。
「すみません」
 牛場がスチール机の向かいに座ると同時に、湯木沢刑事も脇の長机に向かって着席した。
「まったくだ。
 ま、やっちまったものは仕方ない、自分から出頭した分進歩したととるか。」
「すみません」
 牛場刑事は、そこからゆっくりとした調子になって聞く。
「その後、どうだ、手かがりは掴めたか?」
「ああ、ないですね」
「俺もお前の母親のこと、気にはかけてるんだがな」
 牛場刑事は残念そうに呟いた。
「ありがとうございます。
 実は、シバさん」
 そこで、鷹木は牛場刑事を通称で呼んだ。
「俺にも、血を分けた家族みたいなものがいるんですよ」
 牛場刑事は目を斜めに動かした。
「うん?他に兄弟でもいたか?」
「いえ、そうじゃないんですが。
 こんな俺が家族みたいなものじゃ、あっちも迷惑するだろうから、ここでびしっと足を洗う決心をしたんです」
「ほおー」
 牛場刑事の頬に微笑が浮かぶと、鷹木はその「血を分けた家族みたいなもの」との出会いを告白を始めたのだった。

 2

 侵入して十数分、獲物は主寝室の黒いタンスの中から唐突に現れた。
 引き出しを下から順に開けてゆくと、上から二段目の中に、小さなジュエリーボックスがいくつも入ってる。
 試しにひとつを取り出し、小さな引き出しをスライドさせると、大粒のルビーやエメラルドのヘッドをつけたネックレスがぞろぞろと出てきた。
 アタッシュケースの容量を考えたら、全部は無理だな。
 鷹木は黒いベルベットの大きな布を広げると、上物だけをチョイスして並べる。
 次のジュエリーケースは指輪だ。ネックレスを並べた部分の上に布を折り、その上に今度は上物の指輪を少し間をあけて置いてゆく。
 次のジュエリーケースは腕時計だ。
 欲張ってはいけないぞ。
 自分に言い聞かせながらも、高級時計を並べる顔はほころんでいる。
 
 と、その時だ。
 何かのスイッチの音がした。いや、少し離れたところで車のドアをそっと開ける音だ。
 この稼業をしてる者は音には敏感だ。
 警察か?
 違うかもしれないが、躊躇なく撤退にかかる。
 鷹木は素早く布をたたむと、アタッシュの底板の裏にしまった。
 それから足音を立てぬように階段をおりると、死角の多い側のサッシに腰をつけると、素早く短靴の踵を覆っていた胴だけのソックスをふくらはぎにしまい、覆面を内ポケットにしまい、予定通り、塀に飛びつき隣家の敷地にいったん降り、さらに奥の家へつながるフェンスに登り、向こう側に降りる。
 そこは安っぽいアパートの通路だ。
 鷹木は手袋をここで取り、スーツの左右のポケットにしまいながら、弱い近視のメガネを押さえて、道への出口で両脇に注意を配った。
 いかん、道の右側四十メーター先に刑事らしき背広姿だ。
 これ以上間隔を詰められたらまずい。ここで潜むのは危険だ。

 鷹木は覚悟を決めて、道に出て左へ折れる。
 刑事が急に道に現れた自分をどの時点で見つけるか。
 1秒、2秒、3、4、
「あ、君、ちょっと。」
 かなり後ろで声がする。
 こっちはダッシュして、一旦、右折。
 や、ヤバッ。
 前方五十メーターにも刑事らしき背広姿。
 鷹木はすぐに左側のマンションに入り、そこは塀を飛びついて、隣の敷地へ。
 こうなると塀を使ってハードル競走をしているようなものだ。
 いくつかハードルをまたいだ鷹木はワンルームマンションの庭に入ると、手袋をつけて一番奥の部屋の手すりを越えた。但し、まだつま先立ちだ、そのまま踵にソックスのカバーをおろす。
 中は暗く、気配がない。誰もいないようだ。
 ようし、夕方までここで時間をつぶそう。
 鷹木はガラスを切る特殊カッターを取り出そうとして苦笑した。
 無用心だな、おかげでこっちは楽だが。
 サッシがロックされてないのだ。
 鷹木はそっとサッシを開き、靴先の砂を落として室内に入りカーテンを閉じた。

 3

 鷹木は小さなテーブルにひじをついて、室内の壁に貼られた写真や、角に吊るされた千羽鶴や、ベッドに並ぶぬいぐるみを眺め、住人は女子大生だなと考えた。
 次の瞬間、ベッドの熊のぬいぐるみがぴょこんと動いて、鷹木は焦った。
 続く瞬間、若い娘の声が響く。
「おじさん、私の足長おじさんでしょ?」
 ベッドからパジャマ姿の女が降りてきた。
 鷹木は唖然とした。
 明らかな侵入者である自分に対して、おじさんと親しげに笑顔で語りかけてくる女。
 鷹木は暴力は使わない主義だし、脅すための凶器も持ってない。
 だからこそ、そういう場面に出くわさないように細心の注意を払い、侵入時には覆面をしている。しかし、今は絶対無人だと決めつけて、覆面をしてなかった。
 うかつだった。
 だが、もしかしたら、頭の相当、弱い女かもしれない。
 鷹木は手で鼻と口を覆い、二十歳すぎに見える女の出方を観察した。
「ちょうど、足長おじさんの夢を見てたの。だから、すぐにそうだってわかったわ。」
 鷹木としては答えようもない。
「おじさんのおかげで私、こんなに元気になれたんですよ。
 ありがとうございました。」
 女はペコリと頭を下げた。
 顔を上げると、鷹木を見る目が潤んでいる。
 鷹木は、こいつは本物のバカかもしれないと思いつつ、ここはヘタに否定しない方が騒がれないと踏んだ。
「いや、たいしたことしてない。」
「ううん、おじさんは私の命の恩人だから、本当にありがとうございました。」
 女はもう一度お辞儀して、思い出したように、
「お名前は、高田さんですか?」
「いや、鷹木……、」
 鷹木はうっかり言いかけた。タカという音だけでも合っていたのはすごいと思ってしまったのだ。
「夢の中ではそんな感じだったので、そうか、タカギさんかあ。
 私は鞍川詩織です。」
 鷹木は千羽鶴にちらりと視線を投げかけた。
「鞍川さん、病気は大変だったみたいだね?」
 詩織は「ええ、ほんとに」と微笑んで言った。
「何度もくじけそうでした。死んだ方が楽かと何度も思いました。
 だけど、タカギさんの骨髄のおかげで命を拾いました。
 こうして、一人で下宿もして、少しずつ普通の生活になれて、毎日たいした痛みもなく呼吸できるだけでも嬉しくて嬉しくて。
 ぽかぽかのお陽さまを浴びて、そよ風を感じて、お散歩するだけでも幸せで幸せで。
 みんな、タカギさんのおかげですよ。」
 鷹木は詩織の言葉に、気になることがあった。
「そんなことないよ、君が頑張ったんだよ。
 手術はいつ頃?」
「一年半前の五月です」
 その答えは鷹木を驚かせた。
「ほんとに?」 
「ええ、あ、今、何か淹れますね、コーヒー、お茶、紅茶、ココア、何がいいですか?」
「じゃあ、コーヒーを。」
「砂糖とクリームは?」
「うん、両方抜きで。」
 詩織は立ち上がって、小さなキッチンでお湯を沸かし始めた。
 鷹木はそっと靴を脱いでアタッシュの上に置き、立ち上がって、壁に貼られている応援の手紙らしいものをざっと眺めた。
「この壁の手紙は?」
 詩織はドアの向こうから首だけ出して、
「うん、高校の時のクラスメートとかから貰った手紙、私の宝物ですね。」
 すぐ、またキッチンに引っ込んだ。
 鷹木は悪いと思ったが机の引き出しをそっと引いて、中から手帳を見つけて、プロフィールページを覗いた。
 名前鞍川詩織 年齢19歳 誕生日10月15日 天秤座 血液型O型 身長159cm 体重 kg
 鷹木はホッとした。

 実は鷹木は骨髄ドナーに登録していたのだ。
 鷹木は幼い頃に父親と弟を交通事故で亡くし、それから2年後、母親に捨てられ、施設に預けられて育った。だから鷹木は自分の中に流れている血こそが母親につながる唯一の手ががりのように感じて、それでドナー登録を早い時期にに行っていたのだ。もちろん、それで本当の母親に会える確率など、大海から自分の吐いた唾を探すようなものだということは、十分わかってはいたのだが。
 そして1年半前の五月、適合者がいるのでと連絡を受けた時は、ほぼあり得ないと思いつつも、一瞬、心がときめいた。
 担当した医師からは、基本的に移植希望者の情報は教えられないが、年齢からしてあなたの母親ではないのは確かだと告げられて採取を受けたのだった。
 その後、移植を受けた者からの手紙が骨髄バンク経由で二度、届いた。しかし、規則で相手方も名前や病院名等の個人情報に関わる内容は書かないと決められているので、それはただ感謝の言葉が何度も繰り返されているだけの文面であった。ただ手紙の字はどうみても少女の手によるものだった。
 鷹木には、そういう過去があったので、もしかしたら、その時、骨髄を提供した相手の部屋に、偶然、今、忍び込んでしまったのかと思いついたのだが、詩織の血液型はO型で、鷹木のB型と違っていた。
 そうわかると、鷹木は少しだけ落胆している自分に気付いて苦笑した。
 それにしても、突然、上がりこんでる自分に対して、詩織は少しもおかしいと思わないのだろうか。おかしいと思わないとしたら、おそらく夢の中でやりとりがあって、現実と連続しているのかもしれない。
 しかし、夢と現実が連続していると思うこと自体がおかしい。それはどういうことが惹き起こしているのだろう?
 例えば、高熱などで意識が朦朧として、混濁している……、
 
 4

 その時、キッチンでドスッと音がした。
 鷹木はドアを開けると、コーヒーのドリッパーを手にしたまま倒れている詩織を見つけた。床には豆が散乱している。
 やっかいなことになったぞ。
 鷹木はそのまま詩織をひきずるように室内に入れて、額に手をやり、かなりの熱があるのを確かめると、ベッドの枕を頭にあてがい毛布をかけてやった。
「おい、大丈夫か?」
 声をかけても返事はない。今度は名前を呼んでみる。
「詩織ちゃん、大丈夫か?」
 しかし、返事はない。
 できれば放り出したいところだが、どうやら重い持病のある娘となれば、盗人にも五分の魂がある。
 鷹木は詩織のかかりつけの病院を知ろうと、薬の袋か診察券を探した。
 すぐに冷蔵庫の上のかごに薬袋がまとまってるのを見つけた。
 それから、バッグの中から学生証を見つけ出した。
 どうやら、今は21歳らしい。住所がはっきりした。
 鷹木はベッドの脇にある電話で、薬袋の病院に電話をかけた。

《もしもし、今ですね、お宅の患者の鞍川詩織が急に倒れまして、担当医の方にアドバイスをいただきたいんだが》

《お名前をもう一度いただけますか?》

《名前が、鞍川、詩織です》

 まもなく担当医が電話に出た。
《恐れ入ります、そこは学校ですか?》
 
《自分の部屋です、コーヒーを淹れてて、急に倒れたんです。》

《意識はありますか?》

《呼んでも答えないんです》

《熱はどうです?》

《かなりあるみたいです》

《呼吸は苦しそうですか?》

《ええと》
 鷹木は詩織の胸がゆっくりと上下しているのを見た。
《呼吸は落ち着いてますね》

《顔色はどうです?》

《うーん、少し赤いですかね》

《わかりました、彼女には特殊な持病がありますので、他の病院に行くよりも、当病院に来ていただいた方がいいと思います、申し訳ないですが、お願いします》

《わかりました、あのタクシーでもいいですか?》
 鷹木がそう聞いたのは、救急車だと記録が残りそうで嫌だったからだ。

《ええ、タクシーでもかまいません、よろしくお願いします》

《わかりました》
 待てよ、結局、タクシーも呼んだら記録が残るか。
 鷹木は呟いて苦笑しながら、携帯で近くのタクシー会社の電話番号を調べた。

 まもなくタクシーが到着したらしく、クラクションが鳴った。
 鷹木はサスペンダーでアタッシュを背中にぶらさげ、パジャマの上にジャンパーを羽織らせた詩織を抱き上げると、廊下に出た。
 すると、あろうことか、廊下で制服警官二人が部屋の住人と話をしてる。
 ち、ついてない。
 まあ、制服ならまず俺の顔は知らないだろう。
 鷹木は覚悟を決めて詩織を抱いたまま、歩き出した。
 警官はちらりとこちらを見た。
 胸の鼓動が急激に高まる。
 警官を通り越して、鷹木は出入り口のガラス扉に向かって早足で進んだ。
 すると、警官らしい足音が鷹木を追いかけて来る。
 気付かれたのか?
 胸の鼓動は異常に高まった。
 次の瞬間、警官は鷹木を追い越すと、出入り口の扉を開いて鷹木にうなづいた。
 そうか、自動ドアでなかったので、気を利かしてくれたのだ。
 おかげで寿命が十五分ぐらい縮まったぞ。
 鷹木は「どうも」と警官に言って、外で待っているタクシーに乗り込んだ。

 5

 鷹木はタクシーが来たところまで話すと、喉が渇いてしまった。
「すみません、水をもらえますか」
 そう言うと、湯木沢刑事が立ってドアを開けて声をかけ、まもなく制服の警官がみっつの湯飲みを持ってきた。
「すまんな」と牛場刑事は礼を言ったが、口はつけない。
「ありがとうございます」
 鷹木は番茶をすすると話を再開した。
「私はタクシーの中で眠るように自分に寄りかかっている詩織を眺めながら、愛しい感情が湧いて来ることに驚きました。
 赤の他人である。何の関わりもない、ニ十近くも歳が違う娘です。
 しかし、普通に生きるという、一般人からしたらなんでもない低い目標のために、精一杯戦ってきたであろう勇敢な娘なんです。
 そして、苦しみの果てに勝ち取った、息をする幸せ、散歩する幸せをかみしめる娘です。
 私は、今まで自分など死んでもいいと思ったことは幾度もありました」
 鷹木は牛場刑事を見つめた。
「しかし、生きたいという気持ちに正面から取り組んだことなど一度もありませんでした。
 だから、素直に感動したんですよ。
 偉い娘だなという尊敬と、この娘のために何かしてやりたい、という気持ちが湧いてきました。
 もちろん、よこしまな下心などありませんよ。
 私は医者に会ったら自分にできることを聞いてみようと考えました」
 牛場刑事はこめかみを指で掻いて平坦な口調で言った。
「そこで、お前は、偶然に出会ったその娘を自分の家族と思うことにしたわけだ」
 牛場刑事が勝手に納得すると、鷹木は「いや」と言い返した。
「偶然じゃないんですよ」
「では、どういうことだ?」
「きっと私と詩織は磁石のように引き合ったんですよ」
「しかし、お前と血液型は違ったんだろう?」
 牛場刑事は腕組みをした。

 そこで鷹木は大きくうなづいて続けた。
「ええ、病院で詩織はいろいろ検査されたようですが、そこで意識を回復して私をおじさんはどこ?と探したようです。そのためか私は、主治医からも叔父と思われて診察室に通されたのです。
 医師は私に言いました。
『危惧するようなGVHD由来の炎症ではありませんでした。』
『はあ、それじゃあ大丈夫ですね?』
『今は落ち着いてきました。念のため、このまましばらく経過を見ますが』
 そこで私は何気なく聞きました。
『詩織の骨髄提供者はどこの誰なんです?』
『いやあ、ドナーの個人情報は骨髄パンクが管理していて、私どもは医学的なデータ以外は関知しないんです。』
『そうですか、たしか一年半前の五月で、相手はO型ですよね?』
 私は詩織の話と手帳を思い出しながら言いました。
『ええと、相手はたしか、ABO型は、』
 医師はカルテをひっくり返して言いました。
『B型の36歳の男性ですね』
『エッ!』
 私はびっくりしました。
 B型の36歳なら、まるで私です。
 医師は笑って言いました。
『ああ、一般の方は誤解されてるんですよ、骨髄移植の場合は赤血球のABO型ではなくて、白血球のHLA型で適合を判定するんです。』
『それではまずいんじゃ?』
『もちろん、B型血をO型の人に輸血してはまずいんですが、移植の場合、自分の血液が病気でだめだから全部殺して、ドナーの血液に入れ替えるのだと思ってください。正確に言うと頭の中等は自分の血液型がずっと残りますが、骨髄で作られ循環する血液はすっかりドナーのABO型に入れ替わります。詩織さんの場合なら、もう少しすると、この36歳の男性のB型にすっかり変化してゆきます』
 医師の言葉に、私は不思議な感動に震えました。
『では、一年半前、ドナーになったB型の36歳男性は何人ぐらいいますかね?』
 医師は面白いクイズでも解くように言った。
『B型の確率が0.22ぐらいかな、提供者の年齢が18歳~55歳とすれば、36歳である可能性は37分の一の0.027、男性だから単純に半分0.0135、それでもって一年半前の5月にどれぐらいの骨髄移植があるか、おそらく日本全国で10件もないでしょうし、そもそもHLA型の適合する確率をかけなきゃならない、これが大きくて500分の一から数万分の一です。
 ということは、面倒な計算をするまでもなく一人ですよ』
『つまり一年半前、ドナーになったB型の36歳男性は一人だけだろうと?』
『ええ、そう思います』
 私はいよいよ感動に胸を熱くしてしまいました。
『実は私、一年半前に骨髄を提供したんですよ、それは詩織の命を助けたんですね?』
『本当ですか?
 すごいな、兄弟なら確率は四分の一ですが、親子でも他人並みにガクッと適合の確率が落ちてしまうんです。ですから、奇蹟的な確率です』
『そうなんですか』
『ええ、たしかに詩織ちゃんはあなたの骨髄のおかげで助かったんですよ。その後もとても順調にきてます。私からも、ありがとうと言わせて下さい』
 医師は嬉しそうに言った。
『私でも、私の血でも、役に立ったんですね』
 私はそこで涙をぼろぼろと、こぼし……」
 鷹木は言いながら思い出したらしく、頬を伝う涙を手で拭いた。
 牛場刑事も目頭を押さえた。
「母親に捨てられ、それ以外にこの世との繋がりなどないと思っていた私の血が、見知らぬ娘を救い、その娘の体の中を満たし元気にしているんですよ。
 それがどんなに嬉しいことか、他人には決して想像もできないでしょう。
 そればかりか、私と同じ血液型になると言うんですよ。
 詩織は、私にとって、同じ血が流れている、家族のようなものなんです。
 そうとわかったら、詩織のためにも盗人稼業なんかしてられません。
 だから自首しに来たんです」
 牛場刑事は大きく何度かうなづくと、笑って言った。
「じゃあ、鷹木よ、お前の人生最後の取調べを始めようじゃねえか。」       了

 


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コメント

作者より

骨髄移植に詳しい方には途中でネタバレですね。すみません。
あと、言うまでもないと思いますが、確率の計算とか突っ込まないで下さい。

  • 2007/12/21(金) 20:25:32 |
  • URL |
  • 銀河系一朗 #-
  • [編集]

最近読んだ横山秀夫の作品にやはり泥棒家業の主人公がでてくるんですよ。ふつうだったらそんな主人公に思い入れなんてできないですよ。職業が犯罪に繋がっているんですから。でも彼はその主人公を魅力的に書いていたんですね。このお話もそうです。
その後の二人がどうなったとか書いてないところも、こちらの想像力を膨らますことができて嬉しいし、何よりラストの牛場刑事のセリフが効いてます。

  • 2007/12/22(土) 00:05:06 |
  • URL |
  • つる #-
  • [編集]

◆つるさま ありがとうございます。

そうですか。横山秀夫の泥棒の話が読みたくなりました。褒めていただいて嬉しいです。

  • 2007/12/22(土) 14:04:12 |
  • URL |
  • 銀河系一朗 #-
  • [編集]

すごく良い話ですね。鷹木さんは、根は良い人なんでしょうね。
彼はきっと本当に更生するんだろうなと思いました。

  • 2007/12/22(土) 17:16:55 |
  • URL |
  • 七花 #-
  • [編集]

◆七花さん ありがとうございます。

そうですね。彼は更生できると感じてもらえれば、作者として嬉しい限りです。

  • 2007/12/22(土) 20:32:50 |
  • URL |
  • 銀河系一朗 #-
  • [編集]

でも、本当。
骨髄バンクに提供する人少ないよね。
シンもしてないし。
鷹木さんはえらいよ。本当。見習わないとなぁ。
病院にいく機会があったら、勇気をだして。。。
あ、その前によく調べてからにしよ。

  • 2007/12/23(日) 09:40:24 |
  • URL |
  • 見習猫シンΨ #ap6q.jK2
  • [編集]

◆見習い猫シンΨさま ありがとうございます。

私もまだです。普通の献血で皮下出血して痛い思いしてから、どうもいかんです。体調よくなったらしないとな。

  • 2007/12/23(日) 19:45:20 |
  • URL |
  • 銀河系一朗 #-
  • [編集]

いいはなしですね~。

実は、いずれ私もちょっと移植のお話を囲うと思っていますので、いろいろと参考にさせていただくかもしれません。
パクリになら無い程度で(笑)

応援ポチット

  • 2007/12/28(金) 23:16:55 |
  • URL |
  • 奈緒 #-
  • [編集]

◆奈緒さま ありがとうございます。

移植の話って今の長編の次にですか?楽しみにしてますよ!
私も、これは調べものの途中で思いついた話で、もうひとつあるんですよ。

  • 2007/12/29(土) 13:14:01 |
  • URL |
  • 銀河系一朗 #-
  • [編集]

こんにちわ

こんにちわ。
こちら曇っていますが暑くはないです。
読ませていただきました。
銀河系一朗さんのお人柄なのでしょうね。
優しいお話ですね。
鷹木さんは盗っ人の美学をもってますね。
だからこのような自首もしたのでしょうね。
前途が明るい道であることを祈ります。

  • 2009/06/02(火) 15:34:13 |
  • URL |
  • KOZOU #-
  • [編集]

◆ KOZOU様 ありがとうございます。

作品イコール人柄ではないと思いますが(^^;
骨髄移植で血液型も変わると知って驚いて
書いてみました。

  • 2009/06/04(木) 00:03:31 |
  • URL |
  • 銀河系一朗 #7VZ5bVfM
  • [編集]

牛場刑事、この作品でしたね。
これ、以前にも読ませてもらったんですが、このボリュームですごく内容の濃い話ですね。
鷹木の泥棒としてのプロ意識、少女のひたむきさ、牛場刑事の人間味など、細部にわたって読み応えたっぷりでした。
「半落ち」より、こっちのラストのほうが好きです(^^

いつも楽しませてもらってありがとうございます。

  • 2009/11/18(水) 01:15:27 |
  • URL |
  • ia. #-
  • [編集]

◆ia. 様 ありがとうございます。

ia. さんのお褒めに調子こいて読み返したら、たしかに中身濃いですねえ。書けば書けるじゃないか俺、と驚いた(爆)
というかia. さん記憶力よすぎですね。いろんな小説たくさん読んでるのに、刑事の名前を覚えてるなんて。羨ましいです!

  • 2009/11/18(水) 02:05:46 |
  • URL |
  • 銀河径一郎 #7VZ5bVfM
  • [編集]
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“あなたの体は、悲鳴を上げています” たとえば、うつ状態が長く続くと、下のような「カラダの症状」が出てきます。 生理不順 睡眠障害 頭痛 体調不良 食欲異常 慢性疲労 なぜ心に問題が生じると、体にも異常が出てくるのか。 それは、ストレスによって、脳の神経伝

  • 2007/12/23(日) 09:15:55 |
  • 時給百円未満,短編小説 自首
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  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    『地球人も宇宙人』。
    写真はッシェル・ポルナ
    レフの真似です

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