銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
このページのトップへ
十四 あらたなる約束

 夕闇が静かに山々を呑み込もうとしていた。

 広忠は猪を二頭肩にかけ雉子を五羽背負いながら、身も浮き上がる心地で家路を急いだ。
 今日は、カケスの赤子を救い、また悪事をやめることを誓った。
 思い返せば、他の生き物を救い、他人のために己れを抑えたのは生まれて初めてだ。
 それがこのように清々しい気持ちになれるとは考えもしなかった。
 かぐやの喜ぶ姿を思い描きながら、どうして俺は今までこの簡単なことに気がつかなかったのだろうと広忠は不思議に思った。
 かぐやは最初に何が欲しいと尋ねられた時から、広忠に悪事を止めることを願っていたのだ。
 それを長い月日を重ねないと成し遂げられなかったのは、いつも広忠が悪の出来心に負けてきたからだ。
「弱いのう。」
 広忠は己れが膂力はあっても、実は心の弱い男だということをようやく認めると、苦笑いを満面に押し広げてどっと大笑いした。

 駆け込むように家に入った広忠が、獲物を土間に投げ出すと、かぐやは戸を開けて微笑んで出て来た。
「お帰りなさい、今日は真面目に働きなされましたね。」
「かぐや、口を聞いてくれるか?」
「はい、私とて黙ってるのは辛うございます。
 広忠様が真面目に働いてくだされば黙っておられましょうか。」
「実は今日は良いことをしたのじゃ。」
 広忠は足を洗うのも忘れ、板の間に上がってかぐやの手を両手で包んだ。
「はい。」
「街道のあたりで、間抜けな面の金持ちが馬に乗ってやってきたのだ。
 俺は、つい、ちょっとこづかい稼ぎをしようかと思いたった。」
「まあ、それのどこが良いことなのです?」
 かぐやはまた怖い顔になったが、広忠は急いで続ける。
「いや、そうではないのだ、聞いてくれ。
 ふと、向かいの林で小さなものが落ちるのが目に入った。
 それから、ここで悪事をしては、かぐやに捨てられると思った。
 そこで俺は、追いはぎはやめて、向かいの林で落ちた小さいものを探しに行って、そいつを見つけたのじゃ。
 なんだと思う?」
「さあ、なんでしょう?」
「カケスの赤子じゃ、俺の親指ほどの赤子がぴいぴい鳴いておった。
 俺は近くの杉に巣を見つけて、よじ登ってカケスの赤子を返してやったのだ。」
「それは、それは、良いことをなさいましたな。」
 かぐやは目に涙を浮かべて、手の甲で拭うようにした。
「おう、俺も気持ちがよかった。俺が助けてやらねば親にはぐれたまま腹を空かせて死んでただろうよ。それを俺が助けてやったのだ。
 それから俺はもうひとつ良いことをしたのだ。
 今までしようという気持ちはあっても出来心に負けてかなわなかったことじゃ。
 わかるだろう?」
 広忠が聞くと、かぐやは察しがついたとみえ、いよいよ涙を溢れさせて声も出せずにうなづいた。
「かぐやにずっと頼まれていたことじゃ。
 俺は、二度と悪事を働かんと誓ったのじゃ。」
「ぉおぉぉ」
 かぐやは声にならない声を上げて、そのまま広忠の胸に顔を埋めた。
 広忠は、今までは、胸のうちに、かぐやと不釣合いだというわだかまりがあった。しかし、今、そのわだかまりがかぐやの涙ですっかり溶けてゆくような気がした。
「かぐや」
 広忠もかぐやの背中をやさしくさすって言う。
「ははは、そんなに泣かなくてもよいではないか。
 さては、かぐや、よほど俺が悪から足を洗えぬと思っておったな。」
「ち、違います、嬉しうて、」
 かぐやの嗚咽はしばらくやまなかった。


 それから、広忠とかぐやの生活は前にもまして喜びに溢れていた。
 広忠はかぐやと屋敷の庭に畑を作り始めた。
 力仕事なら広忠にはたやすいことだ。屋敷を流れる小川から水撒き用の小さな水路を通した。
 そして、広忠が畝を作ると、かぐやが種を蒔いてゆく。
「よい畑ができたの。」
「ええ、手前が大根。池に近いあたりが茄子、塀の近くは芋がなりましょう。
 食べきれない分は行商の方にお願いして都で売れば、お金になりますよ。」
「そうか。かぐやはおつむがええのう。」
「広忠様、ほんに悪事をやめてくださり、ありがとうございました。」
「うん、悪事などなさずとも、このように楽しく暮らせるのじゃ。もう考えも起きんようだ、ははは。」
 かぐやは嬉しそうに広忠を見つめた。しかし、不意に涙を溢れさせる。
「どうした、かぐや。」
「父上、母上のことを思い出したのです。今頃、どうなされているでしょう。」
「ああ、かぐやが月に行ったと信じて、思い出語りなどしてるだろうな。
 あれは、こうするしかなかったんじゃ。」
 広忠はかぐやの肩を抱き寄せた。
 


 f_02.gif プログ村


  十四 あらたなる約束 中編 へ 

  姫盗り物語 目次へ 

 ホーム トップへ

このページのトップへ

コメント

 しかし、この家ってドス利かせて勝手に使わせてもらってるんだよねぇ?
 幸せ気分になる前にそこらへんどうにかしろと広忠に小一時間説教…

 空き家に上がりこんでは生活する放浪少女が出る映画を思い出しました(なんだか忘れた…)

  • 2007/12/16(日) 19:36:20 |
  • URL |
  • ぬこ #Tf9aLMeg
  • [編集]

◆ぬこさま ありがとうございます。

その辺は現代の感覚を持ち込んでも、まるで違いますからね。一般農民は奴隷に近い状態、それに胡坐をかく貴族階級。単純に金を蓄えて家を建てて偉いと言われる時代とは違うようです(苦笑)

  • 2007/12/16(日) 20:01:38 |
  • URL |
  • 銀河系一朗 #-
  • [編集]

そうそう~このまま悪事から足を洗ってね。
でもなんだかかぐやさん、里心がついちゃったようですが『帰りたい~』なんて言い出さないことを祈ってます。

  • 2007/12/16(日) 23:43:28 |
  • URL |
  • 舞 #mQop/nM.
  • [編集]

「北風と太陽」を思い出しましたね。時間はかかったけれど広忠の心境の変化に無理がないし、とても気持ちが良く読める章でした。こういうのいいな。
そして女はすぐ泣きます。ここも無理がない。

  • 2007/12/16(日) 23:59:34 |
  • URL |
  • つる #-
  • [編集]

◆舞さま ありがとうございます。

さて、そのかぐやが何かたくらんでるかもです。

◆つるさま ありがとうございます。

心境の変化に無理がないと言っていただけ、大変嬉しく思います。しかし、泣くのは理由が隠れていたりです。

  • 2007/12/17(月) 11:10:27 |
  • URL |
  • 銀河系一朗 #-
  • [編集]

何を決意するにも、きっかけってやっぱり、必要ですよね~。

果たして、あの馬上の人物と二人の行く末にはどんな関係が!?

応援ポチット

  • 2007/12/25(火) 22:33:37 |
  • URL |
  • 奈緒 #-
  • [編集]

◆奈緒さま ありがとうございます。

馬上の人はそんなに気になりますか?振り返ったのが余計だったかな。

  • 2007/12/25(火) 23:09:47 |
  • URL |
  • 銀河系一朗 #-
  • [編集]
このページのトップへ

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

このページのトップへ

トラックバック

FC2Ad

Information

gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    『地球人も宇宙人』。
    写真はッシェル・ポルナ
    レフの真似です

    ↓よろしければ、おひとつ、ポチお願いします

Calendar

05月 « 2017年06月 » 07月
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

 

新着はこちら!New!

全小説 ツリーリスト

最近いただいたコメントなど

アクセスカウンター

リンク

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

twitter小説

月別アーカイブ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

最近のトラックバック

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。