銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

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十三 広忠の改心

 その朝も、広忠は無言のかぐやに給仕され朝飯を食べてから猟に出掛けた。
 実は朝飯を終えた時、土下座してでもかぐやにあやまろうかと思ったのだが、あと、わずかというところで果たせなかったのだ。
 秋空は青、雲は白にくっきりと晴れ渡っていたが、広忠は暗欝たる黒雲を背負った気分で山に分け入り獣道を歩いた。
 この日の広忠は。麓で鹿が角を鳴らす音にも、枝を渡る猿に驚いた雉子が立てるけたたましい羽音にも見向きもしなかった。いつもなら二十間先の茂みの奥に猪が潜んでいても野生の勘で見抜ける広忠だが、今日は五間先を鹿が横切っても目に入らないのだ。
 広忠はただひたすらにかぐやのことを思っていた。
 かぐやの明るい微笑み、かぐやの澄んだ声、かぐやの柔らかな体がなけれぱ、己れの膂力によりこの世の富を全て手にしたとしても、広忠は生きた心地がしないのだ。
 広忠を受け入れてくれるかぐやが傍らにいてくれるからこそ、盗みがばれて叱られることさえちょっとした愉しみだった。しかし、この数日間、かぐやは笑みも見せず口すら聞いてくれず、広忠の分厚い胸の内はずっと凍える思いだった。
 なんとかしてかぐやとの仲を元に戻したいものだと考え考え歩くうち、広忠は昼を過ぎる頃には山をふたつ越えて街道に突き当たった。

 道端の石の上に腰をおろし、かぐやが無言で渡してくれた握り飯を喰らっていると、都の方角から馬に乗ったいい身なりの男が下男に手綱を引かせてやって来るのが見えた。
 反射的に広忠はその気を起こした。
 少しばかり面白いことを働くか。
 もちろん、大金を捲き上げて高価な絹を買ったところでかぐやが喜ぱないのははっきりしているのは、広忠にもわかっていた。
 しかし、うまい菓子とちょいと小奇麗な小袖でも土産にして謝ったならば、かぐやも受け取って仲直りしてくれるのではないか。
 それくらいの土産ならこの三日の稼ぎを貯めたと言って信じてくれるに違いない。
「そうしよう、俺もうまい酒にごぶさたしてるしな。」
 広忠は握り飯をゆっくりと食いながら待った。

 山鳩の絶え間ない鳴き声に、郭公が合いの手を挟む中、次第に獲物達が近づいてくる。
 広忠は獲物に己れの鋭い眼を見せぬよう反対の方角に顔を向けて待った。
 さっきまでかぐやを思いながら衰えていた五感は、今や研ぎ澄まされている。
 俺が迫ると下男は刀を抜くかもしれないが、その時は石で刃を折ってやろう。
 駆け逃げたら馬の首の後ろに飛びついて首を折ってやろう。
 主人は黒面広忠と知ると真っ青になって命請いするだろうが、俺が僅かばかりの金で許してくれたら狐にばかされたような顔をするに違いない。
 はっははっ、愉快だ。

 笑みを噛み殺すと、獲物達は間近に迫っている。
 広忠は足元の石をそっと掴むと、気合いを入れて立ち上がろうとした。
 その時、三十間先のひとつの木の脇を何か小さなものが落ちるのが、広忠の目に捉えられた。
 なんだろう。
 次の瞬間、額を一滴の汗がたらりと流れた。

 広忠は、はっと悪夢を思い出した。
 瞼の奥で、かぐやは両手をつき「これでお暇いたします」と宣言する。
 広忠は慌てて首を振った。
 そうだ、もしこの悪事がばれたら、かぐやは呆れ返って俺と別れる気を起こすやもしれない。
 いや、きっと別れると言い出すに違いない。
 それはまずい、どうしてもまずい。
 確かにちょいと他人を殴りつけて金品をせしめるほど面白い仕事はないが、今の俺にはどんな悪事の楽しみよりもかぐやの笑顔の方が大事なのだ。

「あの糞坊主の予言通りには運ばせんぞ。」
 広忠はそう叫ぶと、木の脇を落ちたものを確かめようと立ち上がった。
 そしていい身なりの男一行の先を横切る形で、脇の林に入り何かが落ちたあたりをゆっくりと探した。
 小さい何かは意外にもあっさりと見つかった。
 なぜなら、それはぴいぴいと必死に親を呼んでいたからだ。
 広忠は近くの杉の、十間ほどの高さの枝に巣を見つけた。
 これが堅い地面ならひとたまりもなかったところだったが、いくつかの違う草や羊歯が葉を重ね合わせ、落ちてきたカケスの赤子を柔らかく手渡ししたから無事だったのだ。
「よかったのう。
 お前、まだ目も開いておらぬのか。」
 広忠の手のひらにすくわれたカケスの赤子は広忠を親と思ったか、ますますぴいぴいと声を上げる。広忠は赤子の愛らしさに微笑んだ。
 カケスの赤子を握り飯を入れてきた布にそっと包み、よじ登る邪魔にならぬよう首のうしろにくくりつけ、広忠は木をよじ登った。
 そしてカケスの巣に赤子をそっと戻すとまた微笑んだ。
「お前もわしやかぐやのように親とはぐれるところだったのだぞ。
 これからは気をつけよ。」
 広忠は生まれて初めて味わう爽快な喜びにひたった。
 そして物心ついて以来いつも自分を支配してきた悪の心を、すっかり捨て去る決心をした。
 広忠は大声で叫んだ。
「よし、かぐや、決めたぞ。
 今こそ誓うぞ。
 この広忠、生涯二度と悪事は働かん。」
 カケスの赤子は何事かと驚いて黙り込んだ。
 広忠が振り返って見遣ると、いい身なりの男一行は道の遥か先をのんびりと去って行った。


 f_02.gif プログ村


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コメント

もう本当に悪事は働かないと誓えるんでしょうか?広忠の優しい反面を垣間見た気がします。
ですが、このいい身なりご一行様がなんか引っかかります。

  • 2007/12/15(土) 21:56:23 |
  • URL |
  • 舞 #mQop/nM.
  • [編集]

おお、カケスの赤子が何かを暗示してるようにも思えます。
ご一行さまにとりたててもらえますように。

  • 2007/12/16(日) 00:31:18 |
  • URL |
  • つる #-
  • [編集]

◆舞さま ありがとうございます。

広忠の改心を信じたいですね。物語もそろそろおしまいです。

◆つるさま ありがとうございます。

カケスのかよわい赤子はきっと広忠に自分の赤子を想像させたのではと思います。

  • 2007/12/16(日) 11:38:39 |
  • URL |
  • 銀河系一朗 #-
  • [編集]

む。
馬上の影は「かぐや」という言葉に反応したのでしょうか?

いや!!そうに違いない!!・・・・・多分(笑)

それはともかく・・・・・・・。
*<(*⌒∇)/☆【MERRY X'MAS】☆\(▽⌒*)>*

応援ポチット

  • 2007/12/24(月) 23:23:26 |
  • URL |
  • 奈緒 #-
  • [編集]

◆奈緒さま ありがとうございます。

深い読み、どうなりますか。顔文字メッセ、ありがとうございました(*⌒▽⌒)/゙゙゙゙

  • 2007/12/25(火) 09:46:49 |
  • URL |
  • 銀河系一朗 #-
  • [編集]
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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    『地球人も宇宙人』。
    写真はッシェル・ポルナ
    レフの真似です

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