姫に問い詰められた広忠は出任せを言った。
「あ、いや、これは盗んだものではない。そ、そう、都で買うたものじゃ。」
「そうですか。
ならば、絹を買った代金はどこで手に入れました?」
「そ、それは、蒔絵などを売ってだな、」
「では、その蒔絵の代金はどこで手に入れました?」
「そ、それはだ、そう、刀などを売ったのだ、」
「では、その刀の代金はどこで手に入れました?」
姫がしつこく問い質すので、広忠は言い逃れをあきらめて開き直っだ。
「もうよい、ああ、たしかにその絹は盗んだものじゃ。
そんな恐い顔をするな。」
姫は真正面から広忠を睨んでさらに詰問する。
「そなたは物を盗むだけでなく、もっとひどい、口に出すのも憚かられることをなすとか、人づてに聞きました。」
「それは向かってくる者から身を守るためじや、好きでしておるのではないぞ。」
「そなたの親がそなたの悪事を知ったらなんと思われることでしょう。親の心を考えてみたことはないのですか?」
「ふん、親など知ったことか。
俺はな、生まれて間もなく、その親の手で川に流されたんじゃ。
それがどういう運のめぐり合わせか、川下で橋のたもとにひっかかり、線香臭い糞坊主に拾われて育ったんじゃ。」
広忠が身の上を明かすと姫は「えっ」と言ったきり絶句した。
「だからのう、俺には殺してやりたい親はいても、人並みに慕い慕われるような親はいねえんだ。」
広忠はそう言って、唾を吐き捨てた。
姫は衵(あこめ)の袖を目元に運んだ。
「そなたには、そのような辛い出来事があったのですか、」
姫は広忠の身の上につまされて涙声になっていた。しかし、続く姫の言葉は意外なものだった。
「実は、かく申す私も、捨て子なのです。」
姫がそう打ち明けると、さしもの凶悪強盗広忠もあっと息を呑んだ。
「ほ、本当かよ?」
「はい、先の都遷りの頃、長岡京の朱雀門(すざくもん)の脇に置かれていたそうです。
それを郡の御用で、門の新京移築に来た養父が見つけてくださったのです。
養父は四十路になりながら、子供に恵まれずにおりましたから、私のことを神よりの授かりものと思いなし、喜んで引き取り育ててくださいました。
その時、私の傍らには手鏡ひとつと、着物の内には砂金もあったそうです。」
姫が言うと、広忠は愛しい姫の生い立ちにうなづいた。
「それはきっと高貴な奴が、訳ありで捨てたんだな。」
「今は、この丹波の山に住んでおりますが、養父はもともとは讃岐の豪族の出でしたから、その流れの女神様の名を勿体なくも私につけてくださり、母様は私を我が子のように大事に育ててくださいました。
おかげで、今は立派な殿からもいろいろとお誘いいただくのですが、呑気にかまえるたちの私は、まだどなたもお迎えしていないのです。」
通い婚の時代であるから、姫が家にこもっていても夫がいないとは限らない。今の姫の言葉で、広忠は安堵して喜んだ。
だが、次に口をついたのはふてくされた言葉だ。
「なるほど、捨て子は捨て子でも、悪がきは悪の道、姫の出は姫の道、運命は変わらぬもんだな。」
「そのような言い方はよくありません、
運命の惨い仕打ちがそなたを悪の道に導いたので、本当のそなたの心根は清いのです。
そなたも悪事を慎み、ひたすら魂を磨けば必ずや尊い人物になれるのです。」
姫は涙声にカを込めて諭した。
【故事メモ 朱雀門(すざくもん)】
中国の風水に則り、大内裏の王城四守護として東西南北に青竜・白虎・玄武・朱雀を配した。
大内裏の南にあたる門が朱雀門である。朱雀門をさらに南下した端が羅城門(羅生門)。
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