銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

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 その日、僕は叔母に呼び出されて、紅葉狩りの運転手を
仰せつかった。
 紅葉狩りと言っても殊更郊外に出かけるわけではない。
今は市の管理下にある豪商別邸の庭園がライトアップされ
るのを俳句の会のメンバーと観に行く、のだそうだ。
「助かったわ」「コーちゃん、ありがと」
 型通りの礼を寄越すお客様達を降ろした後、僕は離れた
場所に点在する駐車場を探し出し徒歩で別邸に戻る。
「もっと厚いコートかダウンでもよかったな」
 空気の肌寒さに独りつぶやいていると前方に赤頭巾みた
いな被り物をつけた女性が先を急いでいる。
 ダウンジャケットに赤い頭巾みたいな被り物だが、ズボ
ンは薄手っぽくて、靴はなんと地味な長靴だ。雨でも雪で
もないしマジックで番号の書かれた長靴はなんだ?

 やがて豪商別邸前の賑やかな明かりにその女性も吸い込
まれてゆく。
 僕も入場料を払い、結構な人数で混雑している豪商別邸
に上がった。
 ここは北前船で財をなした豪商が客をもてなすためと火
事の際の避難の目的で建てたらしく、庭の石などは権力を
失った大名家から買い取った物も多いらしい。

  ◇

 叔母達は二階の広間に上がっているに違いなく、僕は避
けるように一階の小さな部屋でこそこそと時間を過ごした。
それから喉の渇きを覚えて、抹茶の飲める一階の広間に歩
いて入った。
 すると畳の上に件の赤頭巾さんがいて僕は息を呑んだ。
 彼女はすでに赤頭巾を後ろに払い除けていたのだが、そ
の頭には髪が殆どなかった。歳は二十代半ばだろう。熱心
に窓の外のライトアップされた紅葉を凝視めている。
 彼女の周囲の畳は人がよけるように空いていた。せっか
く美しい紅葉を見に来たのに、彼女のまばらな頭髪が視界
に入っては哀れを覚えて思い出に傷が付くというのだろう。
おそらくは抗がん剤の影響だねと訳知り顔で目を伏せなが
ら遠ざかった者も一人二人ではなかろう。

 しかし僕は彼女の隣に座った。偽善者なんだろと問われ
れば、きっと堂々たる偽善者だと答える。それでも見なか
ったふりをして距離を置く常識人よりずっと誇りがある。
 もっとも、彼女と一瞬目が合って動じることなく余裕で
微笑を浮かべたつもりの僕だったが実際の反応は違う。

 彼女の目は素晴らしくきらきらと輝いていて、それは眩
いほどで僕は圧倒されたのだ。

 ライトアップによって闇夜に紅葉の美しさを引っ張り出
した、現代でしかありえないコントラストの鮮烈さを目の
当たりにした彼女は感動を大声で叫んでいるかのようだ。
 なんて美しいの! こんなに素晴らしい景色初めて!
 
 僕は思いがけず真実を悟った。
 つまり、美というものは万人に平等だなんてありがちな
法則は嘘っぱちで、ある人は普通の人の何十、何千倍、何
億倍の感度でその美の絶対や永遠を感じ取り、心を熱く震
わすことができるのだ。

  ◇

 赤頭巾さん、今夜のここの紅葉は全てあなたのものだ。
 僕はそう言う代わりに誘った。
「よかったら抹茶を呑みませんか」
 赤頭巾さんは一瞬驚いて「私、持ち合わせが」と言った。
 
 やがて抹茶が和菓子を添えて運ばれて来た。
「こんな時間に紅葉が見れて、抹茶まで頂けてびっくり」
 赤頭巾さんは目を細めた。
 僕は隣の料亭の冷抹茶を語ろうとして口を噤んだ。すぐ
そこは天国地獄通りだ。赤頭巾さんを近づけてはいけない。
 無言のまま和菓子を食して抹茶を飲み干すが、一期一会
という言葉が頭の片隅でぐるぐるしてる。
 それに抗うように聞いてみる。
「僕は古河紘一です。君の名前は?」
「私はクリスマスローズです」
 これは想定外もいいところだ。
「はあ?」
「今の時期は新たな葉を成長するために古い葉をすべて切り
落とすんです」
 赤頭巾さんは微笑んで自分の頭を指差した。
「そして冷たく凍える冬でも花を咲かす」
 赤頭巾さんは微笑んで立ち上がり赤頭巾を被った。
「病院を抜け出して来たんです、大冒険!」
「ああ、なるほどそれで」
 あの長靴かという言葉は飲み込んだ。

 玄関を出たところで赤頭巾さんは振り返った。
「御馳走様でした。もしよかったらクリスマスに今度は私が
奢ります、あ、彼女も連れて来て下さい」

  ◇

 ひと月と一年が過ぎたクリスマス、閉館を告げられ僕は広
間を立った。
 悲しくないといえば嘘だが、クリスマスローズはきっとど
こかで咲いているし、あの夜の赤頭巾さんの目は永遠の美を
宿していた。だから大丈夫だ、きっと。    了






このお話は二年ほど前に実際に目撃した事を元に書いたもので、
某有名人とはまったく無関係です。

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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    『地球人も宇宙人』。
    写真はッシェル・ポルナ
    レフの真似です

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