銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

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 12世紀、イングランドはコヴェントリー城下にひとつの高札が掲げられ城内に住む町民が続々と集まった。多くの者は文字を読めなかったから交易商人のアダムスが読んで聞かせた。
 
 来週の金曜の昼、空砲を合図に、次の空砲が鳴るまでの間、戒厳令を敷く。城内の何人も家の外に出てはならない。また窓や戸を固く閉ざして決して通りを見てはならない。これは税を2割に下げるとの王の約束を引き出すため王妃ゴタヴィアがひとときの犠牲になるのである。これが守られれば税は2割に下げられる。

 それを聞いて皆がざわめいた。わからん。王妃の犠牲とはどういうことだ。わからんがそれで税金が半分になるなら嬉しいが。わからんな。
 そこで知恵者の年長の爺が解説してみせた。
「皆の者。これは姫様のわしらへの慈悲じゃ。
 さすが姫様じゃ、父王や王子たちは惨い末路となったが、他所から押しかけた新王と政略結婚させられてもわしらのために王に意見して酷くなった税を正そうというのじゃ。そのために姫様がどんな犠牲を払うかはわからんが、ここはありがたく承り、間違っても外に出たり、通りを見たりしてはならぬぞ」
「おお、そういうことか」
 町の衆は口々に言った。
「姫様は小さい頃から城民思いの優しいお方だったものねえ」
「二日酔いで道端に倒れてた俺に小さい手で水を飲ませてくれたもんさ」
「さいつは放っておいてよかったのに」
「なんだと」
「とにかくありがたいことだ」
 皆はようやく高札の意味を納得したのだった。

 ◇

 しかし、生来のひねくれ者の武器商人トーマスだけはたいした中身のなさそうな戒厳令を守る気などなかった。それより王妃ゴタヴィアが払う犠牲とは一体何なのかが気になって仕方なかった。
 トーマスはその夜、城の衛兵が出入りする酒場に行った。衛兵はいつでも王の近くに控えているので、王と王妃がした約束について知っている可能性が高い。言い渋る衛兵にトーマスは金貨をたっぷり握らせて王妃の約束を聞き出すことに成功した。
 王妃が税を半分にしてほしいと言うと、王は王妃にそなたが白昼に全裸で馬に乗り城内の通りを一周するなら税を半分にしてやろうと無理難題を吹っかけたのだ。そこで頭の良い王妃は王に承知してみせるや、戒厳令の高札を立てるように指示したという。

 トーマスは目を輝かせてにやにやとした。
 小さい頃からなんにでも興味を持ったゴタヴィア姫は毎日館を抜け出しては、いろんな店を覗いて歩き、お供の執事は花束はもちろんチーズややっとこや金床や車輪をねだられてそれを引きずって帰る姿がよく見られたものだ。
 ゴタヴィア姫は家具を商っていたトーマスの父の店も訪れたことがあった。黄色いドレスに長い髪の姫は額に飾りのように渡した細い三つ編みの下からつぶらな青い瞳でトーマスを見つめそれから父に向かって言った。
「小さな宝石入れが欲しいのだけどありますか?」と言った。
 父はぶっきらぼうに答え、付け足した。
「ありませんな、お姫様にはお気の毒ながら」
「そう。では他所で探してみます、ごきげんよう」
 その時、みっつ年下の姫の愛らしい表情にトーマスはひと目惚れした。その直後、トーマスは父に仕入れてあげてよと進言したが、儲けが少ないと却下されたのだった。それからトーマスは毎日店を掃除してまた姫が来ないかと待ち受けたが結局、ゴタヴィア姫がトーマスの店に来たのは最初の一度きりで、十年後、父が死に武器商人に鞍替えしたトーマスの店を姫が訪れることは完全になくなった。
 そしてコヴェントリー城は戦争に敗れて、姫は命を助けられた代わりに大王の息子である城主のお妃にされたのだ。

 あの王妃ゴタヴィアが昼日中にすっぽんぽんになって馬にまたがり城内の通りを一周するというのだから、これはどんな手を使っても見たいものだ。
 しかし、王妃の裸を覗こうにも家にいれば妻子がいるし、店にいれば手代も丁稚もいるからそれは無理なことだ。

 ◇

 思い余ったトーマスは、ふたつ山を越えた森に住む錬金術師ハウヘルの家を訪れた。といっても実際に金を造ったという噂は一向に聞かず、どこぞの国の王の一族を毒殺したとか、その隣の重臣や愛妾を毒殺したとか、魔女を遣って教皇をたぶらかしているのだとかよくない噂はいくらでもあるという曰く付きの老人である。
 ドアをノックすると、トーマスは用心棒の大男にいきなり引きずり入れられて、胸に翼と蛇の絡みついた杖の図柄の服を着たハウヘルは白い眉を吊り上げて脅かした。
「よく来たな。まさか無事で帰れるとは思ってないだろう、腎臓のひとつは置いてゆくんだろうな」
 トーマスは慌てて言った。
「師よ、実は師にしかできない事を依頼しに来たのです。金は家が一軒建つぐらい払いますので、腎臓は取らずに帰してください」
「ふむ。で、どのような事だ?」
「透明人間になりたいのです」
 トーマスが縋るような視線を向けて口から搾り出すように言うと、ハウヘルは一瞬息を止めたかと思うや一気に哄笑した。
「カハハハハ、本気で言っておるのか?」
「はい、透明人間になりたいのです」
「透明人間になってどうするというのだ?」
「そ、それは、その見たいものがあるのです」
「カハハハハ」
 ハウヘルの哄笑に次第に失望の念を濃くしながらトーマスは尋ねた。
「やはり無理でしたか?」
 するとフウフウと息を整えながらハウヘルは言った。
「無理とは言っておらんぞ」
 トーマスは顔を強張らせたかと思うと見る見る紅潮させた。

 ◇

 城の中庭で号砲が鳴り響いた。
 城中の町並みは王妃の戒厳令を守って固く門戸も窓も閉ざしていた。
 そこへ館の門が開いて、白馬が一頭撥ね上げ橋を渡って町のメインストリートに向かって歩み始めた。白馬には長い髪の王妃ゴタヴィアが全裸でまたがっている。
 だからといってどこからも野太い叫びが上がることもない。
 全ての城民は家や店の奥で、減税のためになにかの犠牲になるという民思いの王妃に感謝を捧げている筈だ。その犠牲が全裸で馬に乗り通りを一周する辱めだということすら知らないでだ。ただ一人の例外、トーマスを除いては。
 透明人間となったトーマスは馬から数歩離れた横から王妃ゴタヴィアを見上げていた。
 王妃の顔は極限の羞恥のために赤く染まり、全裸になって形も露な乳房を長い髪だけが風にそよぎながら隠している。
 トーマスはなんて美しいんだと思いながら、王でさえこの昼の強い日差しの中で妃の裸身を見ることはできないのだ。今、この瞬間の地上に降臨した美神の如きゴタヴィアの姿は私だけが見ているのだと感慨に耽った。しかしその感激も通りの半ばまで来ると半減した。こんなことをしたところで王妃が自分の物になるわけでもない。
 トーマスは呟いた。
「ゴタヴィア、私はあなたを好いていたんだ。どうせ身分違いの叶わぬ恋だったが、あなたは私のはつ恋のひとだった」
 元より実体を持たない透明人間の声がゴタヴィアに届く筈もなかった。
 ゴタヴィアは頬を染め無言のまま馬に身を預けて進むだけだ。
 馬が帰りの道の半ばに差し掛かるとトーマスはいよいよ溜め息を吐いた。
「ああ、このひとときに王を出し抜くため、そのためだけに私は透明人間になってしまったのだ。そしてもう元の体に戻ることは死ぬまでできないんだ」
 錬金術師ハウヘルによれば霊体と肉体はおおむね分かちがたく結びついているが、梟の秘薬により昼と夜の感受を逆転させ、蛇の秘薬で恐怖を克服し、霊体と肉体の32対のつなぎめを霊剣で切断すると霊体は肉体から離れて自在に移動できるのだと言う。そしてトーマスはその術を受けたのであった。そしてトーマスの肉体は錬金術師の家の傍の小屋のに安置されて最低限の水と栄養で生きている。
 満足と後悔がないまぜに胸にこみ上げて、トーマスは涙を浮かべながら館の撥ね上げ橋の手前ではつ恋の人裸の背中を見送った。

 それから数日は自分の家ですごしてみたが、元より妻子が透明人間の自分に気づく筈もなく家族が行方不明で騒ぎ出すのを見届けることしかできなかった。

 気がつくと、トーマスは王妃の部屋に忍び込んでいた。そこにはもはや邪な心はなく、愛しいひとの側にいたいという心のみであった。王妃ゴタヴィアは傍らのテーブルにチョコレートを入れたかごを置いていて、気が向くとそれを実に美味しそうに口に運んで嬉しそうな表情をした。それはトーマスの一番好きな表情だった。それを眺めるためだけにトーマスは王妃の部屋に通うのだった。
 
 ◇

 領民のために勇気を示した王妃ゴタヴィアに王も敬意を表し、その後の夫婦仲は良かったという。透明人間として生きたトーマスも十数年後肉体の病死と共に無事に死んだ。

 あれから何世紀の時が過ぎ、ある男が何かに惹かれるように自分の店のチョコレートに馬に乗った全裸の貴婦人のマークを刻印したということである。ひょっとすると彼はトーマスの生まれ変わりだったのかもしれない。  了



節分にあたり、明けましておめでとうございます!
バレンタインも近いということで、チョコレートの小話をお届けしました?

馬と美女だけで萌えますが、さらに全裸ときたら殿方には萌え尽きそうな話ですな。
覗き見しようとする野郎の部分は後世の付け足しらしいが、この全裸の王妃が馬で一周した部分は実話らしいのです。領民のために全裸で馬に乗ったのは13世紀のイングランドのゴダイヴァ夫人と伝えられています。

godavia

チョコレート通の貴方ならゴディバを知ってる筈。そう、ゴディバの袋や箱に描かれているマークをよく見ると馬にまたがった長い髪の女性で、服を着ていないのがわかると思います。店主はこの歴史上の王妃の自己犠牲の精神に打たれて社名とマークにしたらしい。つまり、ゴディバとはゴダイヴァの英語読みなんです。しかし、社名はともかく、マークまで裸の絵にするとはやっぱり覗いてた男が転生したのかなと思いたくなります(…いや、単なるスケベか、笑)

尚、著作権の切れた古い絵をネット使用するのは問題ないそうです。念のため。
http://www.h6.dion.ne.jp/~em-em/page123.html



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コメント

あけましておめでとうございます。
福は内~ 鬼は外~
St.Valentine's Day!
えーと もう何か忘れてないかな。
ゴディバのマークの由来に、殿方のヨロコビと
美しい王妃の思いやりを絡ませて一つのお話に
仕上げたのですね。
チョコレートが影の主役っていいですね。
もし 私が全裸で馬に乗ったら町民総出で
「税を払うからやめさせてくれ!」って言われると
思う・・・。うぅ。

  • 2011/02/03(木) 19:04:09 |
  • URL |
  • もぐら #8tY9vXl2
  • [編集]

◆もぐら様 おめでとうございます!

恵方巻きはしましたか? 私の地方ではマイナーなのでしませんけどね。

それにしても簡潔にして素晴しい「まとめ」で、噴き出してしまいましたよ。

最後の文はそんなことないと思いますが、勘違いが得意の某総理の耳に入ると実現させられそうですよ。

  • 2011/02/03(木) 23:40:26 |
  • URL |
  • 銀河径一郎 #7VZ5bVfM
  • [編集]

おには~そと…ではなく、あけましておめでとうございます。
すごく面白いお話でした。
全裸の王妃が、まさか実話とは思いませんでした。そこに透明人間を組み合わせるあたり、やっぱり男子ですなあ~(笑)
ゴディバのマーク、よく見てみよう。

  • 2011/02/04(金) 16:59:03 |
  • URL |
  • りんさん #-
  • [編集]

◆りん様 福は内、おめでとうございます。

王妃が全裸で通りを一周なんて事態になって、男たちが部屋の奥でおとなしく感謝の祈りを捧げていたとはどうにも思えませんねえ(笑)

覗き屋を英語でピーピングトムというらしいですが、その起源をこの時にこじつけてるようです。

  • 2011/02/04(金) 19:24:54 |
  • URL |
  • 銀河径一郎 #7VZ5bVfM
  • [編集]

お久しぶりです。
寒い寒いと言っていたのに、いつの間にか立春ですね。

王妃の裸を見るために命がけの決断をする男の姿がユーモラスで哀愁を感じますね。
ゴディバの店主が覗き男の生まれ変わりかも?という注釈も面白かったです。

ピーピングトムの逸話が覗き屋の起源なんですね。
日本語の「デバガメ」と同じですね(笑)

  • 2011/02/05(土) 02:54:35 |
  • URL |
  • ia. #DQukzmQA
  • [編集]

◆ia. 様 ありがとうございます。

更新しない間に立春間近(^^;
恵方巻きは食べましたか?

そうなんです。「透明人間なんて薬を飲んでる間だけで後は元に戻るんだもんね」という安易な発想はつまらんと思ったので、こうしてみました。

私はゴディバを検索してて偶然ゴダイヴァ夫人のwikipediaに辿り着き初めて知ったんですよ。

  • 2011/02/05(土) 14:20:24 |
  • URL |
  • 銀河径一郎 #7VZ5bVfM
  • [編集]

こんばんは♪

お見舞いコメント、有難うございますm(_ _)m
あけましておめでとうございます。
あ、恵方巻きは食べました。

件の王妃の話は知ってましたが、チョコレートのゴディバに繋がっていたとは。
透明人間……最早戻る事も出来ぬ覚悟とは。いやらしさはなく、寧ろ切なさを感じますね。

  • 2011/02/05(土) 23:13:07 |
  • URL |
  • 巽 #jdMQ17Ic
  • [編集]

おとこって…

その心意気には敬意を表しますが
女の私からすると何ともあほらしい。。。。
性差でしょうねえ

今後は…
ゴディバのチョコレートを見るたびににやにやすることになりそうだ。

  • 2011/02/06(日) 17:48:50 |
  • URL |
  • つきみぃ #UyDaNXrA
  • [編集]

◆巽様 ありがとうございます。

この話ご存知でしたか、博識ですね。

戻れない覚悟で変身したからには、よっぽどの思い入れ=幻想的憧憬があったんでしょうな。

◆つきみぃ様 ありがとうございます。

いやいや、敬意なんて表していただかなくても(笑) 単なるバカものです。
その前にゴディバのチョコの包みににやにやしてる男がいたら要注意ですよ(笑)

  • 2011/02/06(日) 19:03:39 |
  • URL |
  • 銀河径一郎 #7VZ5bVfM
  • [編集]

実話でしたか~

初めてお聞きいたしました。
でも、素敵な物語ですね!
そんな素敵なお姫さまがいたなんて、さすが、イギリス! 紳士・淑女の国。
そして、その初恋のお姫さまの裸を一目見たいという理由で人生を投げ出す男のサガ、というのか。
悲しくも壮絶に美しい余韻が残りました。
そして、その絵が素晴らしい~!!

  • 2012/01/20(金) 13:50:23 |
  • URL |
  • fate #-
  • [編集]

◆fate様 ありがとうございます。

素直に信じがたい話ですが、適度の飛躍が真実っぽいんですよね。王との仲は良かったようです。

>そして、その絵が素晴らしい~!!

私もこの絵には萌えました(笑) へたなポルノよりはるかに美しいです!

  • 2012/01/21(土) 02:17:00 |
  • URL |
  • 銀河径一郎 #7VZ5bVfM
  • [編集]
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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    『地球人も宇宙人』。
    写真はッシェル・ポルナ
    レフの真似です

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