銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

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 広告会社に入ってまもない頃、僕はクライアント企業の協賛した招待試写会の受付を手伝った。
 当選ハガキと引き換えにチラシを渡すだけで会場の映画館スタッフだけで足りる仕事だった。
 ただロビーで先輩がお得意企業の人間に素早く駆け寄り挨拶する時に「あそこでモギリをしてるのがうちの新人の北丈です」と話して、いかにもうちの会社がちゃんと仕事をしてると見せるためだけに僕はいた。
 僕は「残業代は出るんでしょうね」と聞いて先輩に頭をはたかれた。
「これは接待の一部。どこの会社が接待に残業代出すんだよ」

 僕は憂鬱な顔をしていたと思う。
 しかし、まもなく先輩が挨拶しに近寄った相手の顔を見た時、僕は嬉しくなって駆け寄った。
「渡辺さん、お久しぶりです!」
「やあ、キミはたしか北丈君」
 ブラウンのジャケットを着た相手は目を細めて僕に微笑んだ。
 先輩は少し不機嫌になった。
「お前、渡辺さんを知ってるのか?」
「ええ、僕は渡辺さんのお化け屋敷でバイトしたことあるんです」
「なんだ、そういうことか」
「キミは広進アドに入ったのか、やあ元気で何より」
 渡辺さんは僕の手を取って握りしめた。
「じゃ、渡辺さん私はこの辺で」
 先輩は僕に相手を任せてどこかに行ってしまった。 

 ◇

 僕が渡辺さんの夏季限定のお化け屋敷でバイトしたのは3年前の夏のことだった。
 大学生のうちに思い出になるバイトをしたくて、念願のお化け屋敷で働いたのだ。
 まあ、念願というと大げさすぎるけど、竹柵で仕切られた通路の内側から怖がる観客を眺めるというのは面白い体験だった。

 具体的に言うと僕は小さなお堂の扉に潜み、観客が通りかかるや、レバーを引いて油圧で扉を回転させて登場する。
 ちょうど小学生ぐらいの姉弟ペアが曲がり角に来たのが鏡に見える。こちらは暗がりになってるので観客からこちらの様子がばれる心配はない。
 僕は姉弟ペアがお堂の灯篭に浮かぶ蝶の影絵に気づいたのを知る。
「わっ、蝶が動いた」
「ば、馬鹿ね、ただの影絵よ」
 姉が言うのと弟が泣き出す声が重なる。
「怖いよ~、もう帰ろうよ~」
 弟は泣きながら主張する。そこで僕はレバーを引いた。
 バタン!
 扉が回転して、僕の登場だ。
 緑と赤のスポットライトが白い三角の額烏帽子をつけた僕の顔を照らし出す。
 僕は「ギャーッ」と言いながら溺れた時のように手をもがいた。
「ギャアアアア」
 姉弟は僕の声の数倍の声量で悲鳴を上げた。
 そして走り去ろうとするのだが、弟の足がすくんだらしい。
 姉は僕をちらりと見てきつく目を瞑り、弟を叱った。
「逃げるよ」
 ようやく姉弟は揃って奥へと駆け出し、僕は苦笑しながら見送った。

 姉もおそらく僕がバイトの人間ということは頭では理解してるだろう。
 ただ頭でわかっていても、観客の殆どはお化けが出たら吃驚しようという、僕らお化けにとって非常に協力的な態度を取ってくれる。中には片目をつぶったままとか、指で目を覆って隙間からこっちを見るという可憐な鑑賞態度の客もいるし、その期待だけでも僕らお化けとしては存在価値を認められて悦に入るわけだ。

 その日も遅番のバイトを終えた僕はいつものように控え室で冷えたドリンクを飲む。バイト中はトイレにいかないように水分を控えるので、どうしても終わると水分補給したくなるのだ。
 控え室は井戸で幽霊をやってる女の子とふたりだけだ。もう一人技術というと大げさだが、風を吹き出したり、火の玉を飛ばしたり、こんにゃくを観客の顔の辺りにぶら下げるなど機械仕掛けのタイミングを調整するバイトもいるのだがそいつはさっさと帰ってしまうし、社長の渡辺さんは売り上げの計算と設備の点検補修が忙しく滅多に顔を見せない。 テーブルの向かいの井戸の幽霊役、女子大生香織はドリンクを飲みながら言った。
「今日、男が逃げたカップルいたでしょ」
「そう? 俺のところでは逃げてなかったけど、あの妙に反応が早かった髪染めてた男のことかな?」
「それそれ。男って馬鹿ね。彼女にいいところ見せて、ついでにどさくさまぎれに普段触れないところを触ろうとか考えてんでしょ」
 僕は抗議するのも変だと思い「あははは」と力なく笑った。
「彼女を放って逃げるんじゃ、あのカップルはもう終わりだな」
 香織は男を厳しく断罪した。
「それにしても私にあんなに怯えなくてもいいじゃない」
 僕は内心笑った。どうやら男が自分に対して過剰に怯えたのが許せないらしい。
 香織は右の眉のあたりから頬にかけて爛れて目が潰れた特殊メークの皮をつけて、古い井戸から油圧でスーッと上がり「恨めしや~」と呻くのだ。僕も一度見たが、お堂の僕よりずっと怖い印象だった。
「そりゃあんな不気味なメークつけてれば誰でも怖がるよ」
 僕がフォローしてやると、香織は頷いた。
「それはそうだけど。素顔じゃ男どもが擦り寄ってきてお化けにならないもん」
 僕が突っ込みの言葉を捜しているうちに、香織は「じゃあまた明日」と言って帰ってしまった。

 ◇

 翌日、僕は大失敗してしまった。
 夕方近くちょうど客の流が途絶えたところで中学生ぐらいの女の子が一人でぽつんとやってきた。普通、女の子の客は誰かと組んで入るものだから珍しいなと思った。
 そこで僕はタイミングを取ろうとして慌ててしまった。女の子が急に小走りで過ぎようとしたからだ。
 扉はまわったが僕は扉についてる握り棒を掴みそこねていて、遠心力に振り回されてお堂の庭のセットに落ちて、何本か立っていた卒塔婆をなぎ倒した。
「痛ーえ」
 僕が思わずぼやくと、女の子はしゃがみ込んで僕を指差して笑った。
「あははは、お兄さん、ドジだな」
 女の子は太極拳で見かける黄色い上着に黄色いズボンという変わった格好に頭の左右で髪を丸い球に丸めてピンクのリボンで結っていた。

「ごめんよ、今、やり直すから」
 僕が場違いな謝罪をすると、女の子は頷いた。
「今度はちゃんとしてね」
 僕は慎重にレバーを引いて、扉の回転とともに現れて、「ぎゃー」と悲鳴を上げて溺れるようにもがいた。
 もっともどんな顔のお化けが出るかばれてるのだから、女の子が驚くことはない。
 女の子はパチパチとお世辞みたいな拍手を寄越した。
「お兄さん、今度はよかったよ」
「どうも」
「じゃあがんばってね」
 女の子はそう言って立ち去った。 

 その日の仕事が終わり、僕は表の自販機でドリンクを買おうとして小銭入れを落としたことに気がついた。
 もしかしたら扉に振り落とされた時かもしれない。当然仕事中は幽霊の着物だが、着物の下はコットンパンツを穿いていて、小銭入れはそのポケットにあったのだ。
 僕はお化け屋敷の中に入って、お堂の庭のあたりを探した。
 すると思った通り、小銭入れが落ちていた。
 それを拾って帰ろうとしたところ、通路にまた太極拳風の服の女の子がいた。
「やあ、まだいたの?」
「うん」
「家に帰らないの?」
「ここが家だよ」
 僕は「ここが?」と聞き返しかけて思いついた。
 もしかしたら社長の渡辺さんの一人娘が中学生と言ってたからそれかもしれない。ちょうど中学は今日から夏休みの筈だ。女の子の服は中国のゾンビであるキョンシー役などで出演するためじゃないかと考えて納得した。
「キミはもしかして渡辺さんの娘さん?」
「あ、そう、渡辺葉奈、葉っぱの葉に奈良の奈」
「やっぱり。じゃあずっとここにいるんだ」
「うん、でもここのお化けは全然怖くないから大丈夫だよ」
 葉奈はそう言って笑い、僕も返した。
「だね。じゃあまた明日」
「うん、またね」
  
 ◇

 翌日も葉奈は暇な時間にやって来て、僕のつまらない演技に拍手をくれた。
「じゃあ今日は私の芸を見てくれる」
「うん」
 僕が頷くと葉奈は「じゃ始めるね」と言った。

 葉奈はピョンと跳ぶと両手を水平に開いて竹柵の太さ3センチほどの横棒の上にぴたりと止まった。それから片足を後ろに撥ねあげたかと思うと背中を逸らしてYの字の形になって静止した。
 なんて柔らかい体なんだろうと僕は感心した。 
 そして葉奈はそのまま足の付け根を中心にして前方に一回転し、それをさらに二回、三回と連続してゆく。
 平均台でもそんな回転したらすごいだろうが、葉奈が足をついているのはそれよりも狭く丸まった竹だから驚異的な技だ。
 僕は思わず拍手していた。
 葉奈は今度は逆の後ろに向かってトンボ返りするように回転して元の位置に戻り、左足で体を支えたまま右足を背後の宙に下げてお辞儀した。
 僕は「すごい」と叫んで拍手した。

 だがピョンと床に下りた葉奈は満足いかなかったように小首を傾げた。
「どうかした?」
 僕が問いかけると、葉奈は独り言のように言った。
「ちゃんとできるんだけど」
 そして葉奈は僕に挨拶もせずに通路の先に消えた。
 それからも毎日、葉奈は僕の前で演技を成功させたが最後はやはり浮かない顔で帰って行った。

 こうして大学の夏休みが終わる頃にその年の営業は終わった。

 ◇

「あのお化けのバイトは面白かったです」
 僕が言うと渡辺さんは思い出したように言った。
「そうそう、キミと同じ時期にバイトしてた女子大生いたろ」
「あっ、香織さん?」
「その彼女ね、今年もやりたいって言って来てくれてね。助かるよ」
 僕は噴き出しそうになった。怖がる客には文句言ってたくせに、結局、お化け役が好きなんだなあ。
「もうキミには頼めないのが辛いところだが」
「夏の頃は案外暇になってるかもしれませんからその時は」
「何言ってるんだよ」
 渡辺さんは僕の冗談に笑った。

 不意に渡辺さんは横を向いて、ロビーから近寄ってきた女子高生に手を振った。
「紹介するよ、娘の芳美だ」
 女子高生は笑顔で「こんばんは」と挨拶を寄越す。
 僕はゾッとして蒼ざめた。

 じゃあ、あのお化け屋敷で俺が会ってた葉奈は誰なんだ。
 あそこに住んでると確かに言ったのだ。

「どうしたんだ、北丈君、顔色が悪いぞ」
 僕はわなわなと唇を震わせてたが、なんとか渡辺さんにお化け屋敷の中で葉奈に会っていたことを告げた。
 すると渡辺さんは娘にあっちで待ってなさいと命じて僕に向かって声を潜めた。
「偶然だよ。その娘の苗字は私と関係はない。
 あそこの場所は夏場以外はスケートリンクやサーカスを興行してるだろう。
 キミが見たのはきっとサーカスの娘だよ」
「サーカスの?」
「ああ、たしか5年ぐらい前に8メートルの高さの綱渡りの練習中に落ちて運悪く命綱も外れて、首の骨を折って亡くなった娘がいたらしい」
 
 僕は話を聞きながら悪寒に背筋ががくがくとしていた。
 とその時、すっかり忘れていた葉奈の声が囁いた。
「ちゃんとできるんだけど」

 僕はいよいよ悪寒が全身を震わすのをただ耐えるしかなかった。   了





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コメント

こんばんは♪

お化け屋敷に本当の幽霊ですね(^^)
悪い霊でなくて何より(?)

やはりああいう場所には、寄って来るのでしょうかね?

  • 2010/08/12(木) 22:27:51 |
  • URL |
  • 巽 #jdMQ17Ic
  • [編集]

◆巽様 ありがとうございます。

そうです、お化け屋敷に本当の幽霊という安易な設定(笑)

実際はどうですかね。反応が賑やかすぎて本物には落ち着かない?気がします(^^;

  • 2010/08/13(金) 00:11:08 |
  • URL |
  • 銀河径一郎 #7VZ5bVfM
  • [編集]

こんばんは。
お盆にぴったりの怪談ですね。
背中がゾクッとしました。
だけど何だろう。この女の子の幽霊が、可愛く思えてしまいました。
霊になっていることに、気づいていないみたいな無邪気な感じがよかったです。

  • 2010/08/14(土) 23:33:23 |
  • URL |
  • りんさん #-
  • [編集]

◆りんさん ありがとうございます。

そうですね。この幽霊は誰かに祟ろうというつもりはなくて、なぜ死んだのか納得がいかないだけなのかもしれませんね。
楽しんでもらえたようでよかったです!

  • 2010/08/15(日) 11:11:53 |
  • URL |
  • 銀河径一郎 #7VZ5bVfM
  • [編集]

怖くて哀しいホラーですね。
ポップな青春小説の雰囲気もあって、とても面白かったです。

  • 2010/08/16(月) 02:05:23 |
  • URL |
  • ia. #DQukzmQA
  • [編集]

↑ 禁止ワードに引っかかったせいで、そっけないコメントになってしまいました。
時々あるんですよね。
思いがけない言葉で拒否されちゃうことが。
もちろん卑猥なことを書いたわけじゃありませんよ(笑)

  • 2010/08/16(月) 02:09:24 |
  • URL |
  • ia. #DQukzmQA
  • [編集]

◆ia. 様 ありがとうございます。

禁止ワード、すみませんでしたm(__)m
以前うるさかった書き込みに対処するためバイトという言葉を禁止にしてたようです。

楽しんでもらえて、嬉しいです!

  • 2010/08/16(月) 07:57:37 |
  • URL |
  • 銀河径一郎 #7VZ5bVfM
  • [編集]

せつない霊ですねぇ

お化け屋敷って舞台から、もう誰がお化けなんだろうなんて思いながら読んじゃったんですけど、さらりとせつない終わり方がとっても印象的でした。ディテールが鮮やかに描かれてるので場面を見えてくるみたい!

  • 2010/08/16(月) 12:52:44 |
  • URL |
  • 矢菱虎犇 #-
  • [編集]

◆矢菱虎犇様 ありがとうございます。

お化け屋敷でありながら幽霊との直接対決?はなしになってしまいました。
恨みを持つ幽霊というのは受けはいいんでしょうが、むしろ納得、受容ができずに幽霊化してる方が多そうな気がします。
ディテールを褒められるなんてこそばゆいですよ(^^;

  • 2010/08/16(月) 18:53:29 |
  • URL |
  • 銀河径一郎 #7VZ5bVfM
  • [編集]
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gingak
  • Author: gingak
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    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    飛べなくても頭が悪くても
    地球人も宇宙人だ(笑)

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