銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

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 翌日、朝早くから佐成は松丸の住む五条界隈の住人から話を聞き込んだ。
 この時代、下級官吏たちは小さな家を貸し与えられているのだが、そこでの松丸は親孝行な息子と大層評判がよかった。

 佐成は松丸の二軒隣に住む縫殿寮に出仕する女から話を聞くことが出来た。
「ああ、検非違使庁の松丸さんね、一度結婚したけど、可哀想にまもなく病で妻を亡くして、ずっと独り身なんですよ。しょっちゅう親の好きな甘葛(あまかずら)の餅を買ってきてたようです」
「そうですか、この頃、気のついた事はありませんか?」
 佐成が訊ねると女は答えた。
「そういえば、昨日の仕事帰り、立ち話した時に高価なお香の匂いがしてましたよ」
「高価なお香?」
「ええ、私は仕事で貴びとの衣を直すこともあるんですが、貴びとの衣はきつくお香を焚いて香りを染みつけてありますから、知ってるんです」
「それはつまり?」
「身分の高い方と会っていいことがあったんじゃないですか。あら、いやだ、私が言ってたなんて打ち明けないで下さいよ」
「それはもちろん。私が聞いてまわってることも内密に頼みます」

 佐成は女に礼を述べて、急いで検非違使庁に戻った。
 松丸の巡回する受け持ちが五条から九条の東側であることを確かめると、少志の橘明史に嫌味を背中に投げつけられるのも構わず再び町に繰り出した。
 内裏から少し離れた松丸の受け持ちに貴びとの館はそれほど多くはなかった。
 しかし、聞き込みを始めても、検非違使の下っ端の松丸など相手にしそうな貴びとの館はなさそうだった。
 佐成が歩き疲れた頃、六条のあたりで門の壊れた貴びとの館があった。中を覗いていると通りがかった男に声をかけられた。
「何をしてんだ?」
「いえ、ここは誰の館かと思って」
「諸倖中納言様だった」
「だったというと?」
「知らねえのか、半年も前にあの悪半月に押し入られて皆殺しだ。今じゃ誰も住んでないよ」
「そうなのですか」
「おっと、板でもかっぱらおうと思ったなら来るのが遅すぎだ。もう床板も壁板も残ってないぜ。こんな祟りでもありそうな館にいるのは狸か狐だ。化かされないうちに帰った方がいいよ」
 男はそう言って去って行った。

 佐成は門の中に踏み入ってみた。なるほど男の言った通り館の建物は柱と屋根だけになっていて、内側まで雑草が背丈を伸ばしている。
 たしかにこれでは人は住めないだろう。
 そう考えて立ち去ろうとした佐成の耳にかすかな女の声がした。
 佐成は東の対屋の方にそっと近づいた。

「少丞(しようじょう)が命を捨ててはならぬ、生きようとすれば御仏の救いは必ずあると申した通りになりましたね」
「勿体ない。私は当たり前のことを申したまで」
「少丞、あの殿方のくれた甘葛の餅はまだありますか?」
「はい、悠子(ゆうし)様」
「少丞もひとつお食べ」
「ありがとうございます。美味しうございます」
   
 佐成がそっと窺うと、柱と雑草の中に筵を敷いて、姫と侍女が座っていた。
 姫の服は萌葱色、浅葱色と重ねた襟の上に山吹色の野に梅が咲いた季節外れの表衣だったが、瓜実の顔は深雪の白さに、丹花のような唇、蝶舌のような睫毛、長い髪は漆の反物のように黒く輝いている。このような廃屋に絶世の美姫がいるというのは怪かしかも知れないと思いながら佐成は思い切って声をかけてみた。
「そこのお方。私は検非違使庁の案主佐成と申します。お話を聞かせてください」

 ◇

 悪半月の晒し首もあと一日で終わりとなった昼に松丸は検非違使庁に呼び返された。
 松丸はさては手柄の昇進の話だなと思った。看督長に出世すると噂が流れているらしいから松丸は有頂天だった。
 しかし、松丸は今までは許されていた板の間に入ることを許されず、廊下でいかつい放免に両脇をつかまれて平伏するしかなかった。
「松丸、そなたの手柄について佐成案主が詮議いたす。正直に申し述べるがよい」
 大尉の文室房善はじめ、少尉、大志が見守る中、少志の橘明史が苦虫を噛んだような表情で言うと、松丸は青ざめた。
 悠子から佐成が来たことは聞かされていたが、悠子が秘密を洩らす筈がなかった。

 佐成が言う。
「松丸、今一度訊ねる。お主が悪半月の晒し首を守ったというのは真か?」
「ま、真にございます」
 佐成は頷いて次の質問をした。
「さて、このところお主は廃館に通っていたようだな?」
 松丸はそれは隠さずに認めた方がよいと考えた。
「はっ、ご明察にございます」
 そこへ放免に腕をつかまれて山吹色の表衣の悠子が連れて来られて、廊下の松丸の隣に座らせられた。
 松丸は驚いて悠子を見詰めるが、悠子は目を逸らして松丸の顔を見ようとしない。
「松丸、お主の通う相手はその女だな?」
「はっ」
「悠子とやら、そなたはこの松丸を夫とするのだな?」
 佐成が訊くと悠子は首を横にした。
「め、滅相もない。怖くて断れないだけです」
「な、何を急に、しかと俺と言い交わしたではないか」
 松丸は仰天した。あの廃屋ではまずかろうと言うので昨夜からは松丸の家に住み始めたばかりだったのだ。

「ふむ。悠子、そなたは松丸にいつ知り会うた?」
「三日前の夜でございます」
「どこでだ?」
「六条河原にございまする。恥ずかしながら、わらわはさる少納言の妻でしたが、夫は二ヶ月前に失脚させられて今より十日ほど前に亡くなり、後ろ盾を失くして夫の葬儀も出来ぬまま食べる物もなくなり途方にくれておりました。そこで入水でもしようかと連れの少丞と夜の河原を歩いていたところを松丸に見つけられたのです」
 悠子は目を伏せたまま淡々と述べた。
「最初は、見張りの小屋に雑炊があるので差し上げようと言われて救われた心地でおりましたが、小屋まで一緒に来ると検非違使のお仲間は皆殺しになって、晒し首は既に奪われて台の上になかったのです」
 松丸は慌てて叫んだ。
「この女は気がふれております。女の申すことは出鱈目です。悪半月の晒し首はそれがしが見事に守り通したではありませぬか」
 佐成は松丸を「そなたは黙っておれ」と叱りつけた。

「悠子よ、話の続きをしてくだされ」
「それは申すも怖ろしいことでございます」
 悠子は袖を顔に運んで涙を拭う仕草をした。
「この松丸はわらわに向かい『そなたの夫は葬儀も挙げてないと申したな。その遺体をわしの出世に役立てよう。その代わりわしはそなたの夫となり一生そなたの面倒をみよう』と、悪鬼でさえ考えつかぬ怖ろしいことを持ちかけたのです」
 佐成はもちろん、上役たちは凍りついた。

「ち、違います。この女の言うのは嘘にございます」
 松丸は叫んだが放免が「黙れ」と脅す。
「悠子よ、続けてくだされ」
「わらわは恐ろしさのあまり断ることが出来ずにいました。そこへもう一人のお仲間が門の外から戻って来たのです。この松丸はこの仲間が生き残ってはまずいと考えたのでしょう。『松丸、お主を探しておったのだ』と笑いかけるお仲間を、まこと悪鬼のように松丸はあっという間に太刀で刺して前のめりに倒れるのをさらに斬ったのでございます」
 佐成は頷いた。
「松丸、この女の言い分は蓑丸の死体の様子と合致いたすぞ。蓑丸は小屋から遠いところで小屋に向かってうつ伏せに倒れて、抜刀はしておらず、胸から腹にかけて刺し傷と斬り傷がついていた。相手がお主なら蓑丸が抜刀するはずもない。油断しているところをお主が刺して斬ったのであろう」
「ち、違います。聞いてくだされ」
「ま、少しも言い分を聞かぬのも片手落ちゆえ、申してみよ」
 佐成が許すと、松丸は必死に述べた。

「晒し首を奪われてすっかり落胆してるわしに、この女が悪鬼のように囁いたのです。
 今でも耳の中に残っております。この鬼女はこう申しました。
『わらわによい考えがあります。わらわの殿の首を代わりにあの台に乗せなされ。もう蛆も湧いて顔もわからなくなっておるゆえ、顔が違うぞと上役にばれる心配もいりませぬ。そなたが一人で首を守り通したことにすればよい。さればそなたは出世でき、さらにわらわも手に入れるのですよ、ほほほっ』
 そう言ってこの女はわしの手を襟の合わせの奥に誘ったのです。わしは惚けたようになり気がつくとこの鬼女を抱いていました。
 まっことこの女こそ鬼女にございます。
 それから向こうから蓑丸が声をかけて歩いてくるとこの女がまた囁いたのです。
『一人も生き残ってはなりませぬ。さりげなく近寄り刺してしまいなされ。お前とわらわののためですよ』
 全てはこの鬼女の自分が生きるためだけの悪しき入れ知恵だったのです。わしはどういうわけか、ふらふらと鬼女の言うーわれるままのことをしてしまったのです」
 佐成と上役たちはいよいよ凍りついた。


 真実の経緯が松丸と悠子のどちらの言い分に合うかは知る術もない。
 ただ事実として松丸が無関係の殿の首を身代わりに出世を企んだことは明らかになった。
 まもなく松丸の首も晒し台に乗せられた。     了




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コメント

こんばんは♪

結局どちらの言い分が真実かは不明の儘ですか?
しかしどちらにしても生きる為、出世の為、恐ろしい事をしたものですな。

  • 2010/07/01(木) 22:33:06 |
  • URL |
  • 巽 #jdMQ17Ic
  • [編集]

そうか。
被害者が刀を抜いていなかったから、顔見知りの犯行だと考えたわけですね。
どちらが嘘をついているのかわからないというラストが深いですね。
昔の物語ってこういうおどろおどろしい余韻を残すんですよね。
いいなぁ、これ。
楽しみに待っていた甲斐がありました♪

  • 2010/07/02(金) 01:48:21 |
  • URL |
  • ia. #DQukzmQA
  • [編集]

◆巽様 ありがとうございます。

>結局どちらの言い分が真実かは不明の儘ですか?
そうみたいです。たぶん落胆していた松丸には急な発想は無理な筈で、悠子がそそのかしたのだろうと推察できますが。

切羽詰ったところで人の良心が負けたお話ですね。

◆ia. 様 ありがとうございます。

>どちらが嘘をついているのかわからないというラストが深いですね。
芥川「藪の中」を原作にした黒澤映画「羅生門」の感じですね。

期待していただいてなんとか応えられたようで嬉しいです!

  • 2010/07/02(金) 12:50:47 |
  • URL |
  • 銀河径一郎 #7VZ5bVfM
  • [編集]

計画的にしろ、唆されたにしろ、どっちが真実でも晒し首。
まさに自業自得そのものですねぇ。
女は怖いよ!

  • 2010/07/11(日) 05:57:17 |
  • URL |
  • 節 #Tf9aLMeg
  • [編集]

◆節様 ありがとうございます。

>まさに自業自得そのものですねぇ。
そうなんです。結局、実行犯は松丸ですから罰を受けるしかない。ま、設定通りなら2年ちょっと後だったら死刑は停止されて晒し首にはならなかったんだけれど。

  • 2010/07/11(日) 20:31:15 |
  • URL |
  • 銀河径一郎 #7VZ5bVfM
  • [編集]
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gingak
  • Author: gingak
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    (ケイイチロー・ギンガ)
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    『地球人も宇宙人』。
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    レフの真似です

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