銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

 弘仁七年(816年)、都の人々は悪半月という強盗団への恐怖に震えていた。

 一味の手口は月が半月になった頃、薄闇に紛れて屋敷に押し入り家人を殺めては金品を奪うという凶悪なもので、人々の心が休まる夜がなかったのである。
 もちろん都の治安を預かる検非違使(けびいし)は威信をかけ巡回と探索を重ねた。
 その結果、皐月に入って一味が密かに集う廃屋を探り当てて急襲、頭領の息子一太を始め殆どが斬り殺され、頭領の悪半月は捕らえられた。
 早々、死刑と沙汰が決し悪半月は六条河原の刑場に引き出された。
 それまで恐怖に慄いていた都の衆は、一転、物見高い野次馬となって様子を見物に押しかけた。

 ◇

 悪半月は竹を組んだ囲いの中に立てられた肩の高さの杭に縛り付けられている。
 そこへ検非違使別当(べっとう)藤原秋種の別当宣を携えた騎馬の使者が到着する。
 その様子を検非違使庁の事務方である案主(あんじゅ)の佐成は備忘録の紙に墨を節約して細かな文字で記していた。佐成は下書きに紙と墨を浪費しているといつも上司の少志(しょうさかん)の橘明史に嫌味を言われている。しかし、佐成は一行の記録でもつぶさに備忘録を取ってからでないと間違いが入り込みそうな気がしてやり方を改めることはなかった。
 赤狩衣の大尉(たいじょう)文室巻房が使者から別当宣を畏まって受け取った。別当の命令である別当宣は政治の介入を避けるため天皇の宣旨に準ずるとされていた。大尉の文室巻房は別当宣を青狩衣の少志の橘明史に渡す。少志の橘明史は別当宣を声高に読み上げて掲げて見せる。
 そこで赤狩衣に白衣、布袴という装束で髭面にの看督長(かどのおさ)の惟近が「承って候」と立ち上がると、見物衆が閻魔が地上にぬっと出て来たようだと囃す。

 看督長は部下の火長、放免どもに向かって白杖をどんと突き鳴らした。
 すると放免の一人が悪半月の背後に立ち、太刀の鞘を払って、ええいと刀身を水平に振り抜いた。
 あっという間に悪半月の頭は胴から離れて、見物の衆の中から悲鳴が上がる中、二間ほど先の地面に落ちて、さらに転がって止まった。
 別な放免が首を拾い上げると水ですすぎ、胸の高さほどある晒し台に乗せて、僧が読経を上げた。
 処刑を目の当たりにした都の衆は、胸に残る後味の悪さを今夜からは枕を高くして眠れるという言葉で糊塗して三々五々帰って行った。
 案主の佐成は処刑の有り様を備忘録に書き留めると大尉の文室巻房、少志の橘明史、看督長の惟近に従って六条河原を後にした。
 首の警固のために残された火長二人と、放免ども六人はお偉方が立ち去るや、見張り二人を残し、晒し台から十間ほど離れた掘っ立て小屋にこもって酒盛りを始めた。

 ◇

 悪半月が処刑されて四日目の早朝。警固の交替のための火長二人と放免六人、そして何事もつぶさに見ないと記録できないという信念を持った案主の佐成が六条河原の刑場を訪れた。
 霧の漂う広い河原を放免が弓の弦をひょんひょんと鳴らし味方が接近する合図を送りながら、竹組の囲いに近づいた。
 何事もなければ囲みの中からも同様に弓を鳴らして答える筈だった。
 ところが弓の音は聞こえて来ない。
「どうしたあ」
 火長の村地が怒鳴った。
「昨夜、悪半月の残党が来た」
 その声は火長の松丸だった。
「なんだと」
 一行は慌てて囲いの中に駆け込んだ。
 
 松丸は抜き身の大刀を構えて晒し台の前に立っていた。
「お主、怪我は?」
 村地が訊くと、返り血が袖から袷に残る松丸が答えた。
「俺は掠り傷よ。だが蓑丸と手下どもは皆揃って殺られたわ」
「なんと!」
「首は?」
「一時奪い合いになって地面に落ちたが、なんとか取り返した」
「おお、それはよう守られた」
 佐成は晒し台の首に目をやった。
 取り合いになり地面に落ちたためだろう、顔面の表皮が崩れて惨たらしい有り様の上、目の辺り、口の辺りには既に蛆が何百と湧いてざわざわと這って、元の顔を思い出させるのも難しい有り様だ。
 村地が松丸に言う。
「松丸殿、もう刀は仕舞ってよいぞ」
「うむ、そうだな」
 松丸は地面に落ちていた鞘を拾うと刀を収めた。

 佐成は少し離れたところに倒れている蓑丸と二人の放免の死体を改めていた。
 晒し台のそばに倒れていた放免二人はどちらも抜刀していたが、おそらく石礫でも投げつけられたのだろう、顔にひどい痣がありそこから血を流していた。それでひるんでしまったのだろう。袈裟懸けに斬られていた。
 蓑丸は放免よりは小屋から遠いところで小屋に向かってうつ伏せに倒れていたが、抜刀はしておらず、ひっくり返すと胸から腹にかけて刺し傷と斬り傷がついていた。

 佐成は備忘録に記すと松丸に向かって言った。
「松丸、詳しく話をしてくれぬか」
 佐成は事務方とはいえ位は火長の松丸より上だから松丸は畏まって答えた。
「は、佐成様。昨夜、いつものように常に二人の見張りを立て、残りの者は小屋に控えておりました。
 だいぶ夜の更けた頃、ミミズクの鳴く声がしました。私は嫌な予感がしたので太刀に手を伸ばして、そっと小屋を出たのです。
 すると篝火の明かりの中で見張り番たちが「やっ」と叫び太刀を抜くのが見えました。 そこへ黒い衣の影が斬り付けてたちまち二人は倒されたのです。
 私は太刀を抜いて二人に駆け寄りながら黒衣と斬り合いましたが、奴らは何人もいて小屋で眠っていた手下どもは助けに来るどころかそのまま斬り殺されたようでした」
 そこで佐成は小屋へ歩いて行き莚を持ち上げて覗いた。
 小屋の中は、いかつい顔の放免どもが四人、寝込んでいるところを斬り付けられたらしく抵抗の様子もなく血の海に倒れていた。佐成は再び備忘録に様子を記した。
「松丸、話の続きじゃ。それでどうした?」
「はっ、私が黒い衣とやり合ううちにそいつは手負いとなり逃げたのですが、別の者が晒し台の首を取ろうとしましたので私は慌ててそいつに斬りかかり、そいつは首を地面に落としたのです。
 私は夢中で首を拾って奪い返し、それから夜が明けるまでずっと叫びながら太刀を振り回し続けたのです」
「なるほどな。それで蓑丸は見かけなかったのか?」
「はあ、その時は。先ほど空が白み始めてあちらに倒れてる姿を見つけました。
 おそらくは一番初めに声を立てる間もなく殺られたのでしょう」
「なるほど。それではこれよりわしと共に検非違使庁に赴き、仔細を申し述べるがよかろう」
「はっ。佐成様、それがしに何かお咎めがございましょうか?」
「いや、その方の言い様の通りならば、これを咎めるというより、首を守った褒美があるかもしれんな」
 佐成がそう言うと、松丸はようやく顔を緩めた。
 
 ◇

 佐成から悪半月の残党が晒し首を奪い返しに襲撃してきたとの報告を受けた検非違使庁は上を下への大騒ぎとなったが、松丸が首を守り通したと知ると一様に安堵した。そして早速篝火を増やすように決めて、警固をもう一隊増員派遣した。

「さて、松丸」
 少志の橘明史が廊下に控えている松丸に向けて言った。
「仲間を斬られる中、首を守り通したその方の働き、真にあっぱれである。きっと褒美を取らせるであろう」
 松丸はうやうやしく頭を垂れた。
「ははあ、有りがたき幸せ」
「さぞかし疲れたであろう。今日はさがって休むがよい」
「ははあ」
 松丸の後ろ姿は無事に首を守り通した誇りと褒美を約束された嬉しさに小踊りするかのように廊下の先に消えた。

「丁度、看督長の席がひとつ空いておる。松丸に与えてもよいと思うが」
 大尉の文室房善が少尉、大志たちに提案した。
「それは丁度よいですな」
「今回の手柄にぴったりな恩賞と思います」
 一同は口々に賛成したが、末席の地位の佐成が口を開いた。
「畏れながら、松丸に褒美を授ける前に吟味すべきことがございます」
 直属の上司である少志の橘明史が聞き返す。
「それはいかなる仔細じゃ?」
「いささか様子に腑に落ちぬ点があるのです。それがしはしばらく調べさせていただきたいと考えます。何卒、お許しくださいますよう」
「お主は松丸が自分を飛び越えて出世するのを妬んでいるのではないのか?」
 橘明史が嫌味を言ったが、佐成は堂々と言い返した。
「念を入れて調べるだけです。それで疑いの余地がなければ松丸に看督長なり、少志なりに出世いただいて結構にございます」
「ふむ、勝手にするがよい。但し、いつもの仕事も滞りなく片付けよ」
「では然るべく」
 佐成は平伏した。   

六条河原で 下 につづく 



 今回は時代推理物。平安時代は弘仁九年(818年)に嵯峨天皇が死刑判決が出ても停止するようにして以後保元の乱までの338年間死刑が行われなかった。その直前の話です。

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コメント

こんばんは♪

おお、時代物、それも推理物だ^^
遺体の様相が気になりますが、果たして……?
後半が楽しみですね。

  • 2010/06/23(水) 22:36:35 |
  • URL |
  • 巽 #jdMQ17Ic
  • [編集]

◆巽様 ありがとうございます。

かなり久しぶりの時代物、しかもマイナー時代です(笑)
はたしてどんな真相に到達できるか? うまく書けるか今のところ不安あり(笑)

  • 2010/06/24(木) 00:40:56 |
  • URL |
  • 銀河径一郎 #7VZ5bVfM
  • [編集]

面白いですね。
どうなるんだろう?
佐成さんは最初から松丸を疑っていたみたいですね。
もう一度推理しながら読み返してみます。

それにしても漢字比率が高いですね(笑)

  • 2010/06/25(金) 01:32:16 |
  • URL |
  • ia. #DQukzmQA
  • [編集]

悪党の活躍する時代物かと思いきや、メモ魔の役人の推理物だった!
時代が時代だけに佐成探偵の推理はどうなるのやら。

でも当時だって功労に対する査問官みたいな人はいたんでしょうね。詳しく調べるかはわかりませんけど。

  • 2010/06/25(金) 01:35:36 |
  • URL |
  • 節 #Tf9aLMeg
  • [編集]

ちょいムツカシイけど面白いです。
あんまり見ない時代設定なんで、
新鮮な感じがします。

  • 2010/06/25(金) 02:02:10 |
  • URL |
  • ホムラ #WzzJX4NY
  • [編集]

◆ia. 様 ありがとうございます。

>佐成さんは最初から松丸を疑っていたみたいですね

そうみたいです。何が引っかかったのか?

>それにしても漢字比率が高いですね

常用漢字増加記念です(書けなくても変換できるという追加みたいですね…笑)

◆節様 ありがとうございます。

>時代が時代だけに佐成探偵の推理はどうなるのやら

そうですね。江戸時代だって今の警察から見たらずさんな捜査。それが平安ですからね。

>当時だって功労に対する査問官みたいな人はいたんでしょうね

特別な専門官がいたかはわかりませんが、検非違使は衛門府の役人の兼任職が多かったようです。

◆ホムラ様 ありがとうございます。

>あんまり見ない時代設定なんで、
新鮮な感じがします。

せこい狙いをズバリと言い当てられてる(笑)

後の展開でどう盛り上げ(凹み下げ)るかですな。

◆2時50分に起きてサッカーW杯の中継観ました、2点差勝ちなんて夢のよう。もしかして夢? (笑)

  • 2010/06/25(金) 05:41:16 |
  • URL |
  • 銀河径一郎 #7VZ5bVfM
  • [編集]
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    飛べなくても頭が悪くても
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