銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

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 なにやら巷でお題話が流行っているそうだ。
 お題はタイム、スリップ、タクシーの三っつで、この単語を含んだ小話をアップすると、大人でも子供手当てがもらえるらしい。真偽のほどはわからないが書いてみる。



 その夜、川瀬のタクシーはいつものように駅のロータリーで客待ちをしていた。

 そこへワインレッドのドレスを着たローファーシューズの女が大きなスポーツバッグを提げて乗り込んできた。
 運転手の川瀬は目尻を下げて聞く。
「どちらまで?」
 ところが女の声はどぎつく荒んでいた。
「あいつんち、住所はここ!」
 女は住所を書いた紙切れを投げつけてきた。川瀬はびっくりして口を開いた。

「お客さん、落ち着いて。ちょっと  タイム、 タイム」
川瀬はそう言って宥めるが、女は スリップ の紐が肩から落ちるのも構わず叫ぶ。
「とっとと行ってよ。客を運ぶのが タクシー の仕事でしょ」

 川瀬は諭すように言った。
「いけないよ、そんなことを考えちゃ。落ち着いて考えなさい」
「ふん、運転手なんかに私の考えてることがわかるもんか」
 女は川瀬の顔から目を逸らした。
「その様子を見ればわかりますよ。住所のメモを投げつける様子。ドレスに不釣合いな靴とバッグ。何より貴方のその表情はまるで鬼か何かが執り憑いているようだ」
 川瀬は女を睨んだ。
「とにかくその住所に行ってよ」

 川瀬はゆっくりした口調で続けた。
「バッグの中は着替えだろ? おそらく彼に貰ったドレスを着て、着替えの中に挟んである包丁で彼を刺してしまうつもりなんだ。
 返り血を浴びたドレスを着替えるか、その上に着込むかして犯行現場を離れて、彼の返り血にまみれたドレスを捨てるところまでは考えた。
 だけどそこまでなんだ。
 その先は何も考える余裕もないんだ」
 女は目を閉じた。

「あんたは悪くないんだ。きっと悪くない。悪いのは彼の方なんだろ?」
 女は唇を噛んだ。

「だけど、そのバッグの中身を使ったら、悪くない筈のあんたの方が、悪い筈の彼よりも悪くなるんだよ。そういうのはおかしいよ」

 おもむろに女は唇を開いたかと思うと叫んだ。
「いいから行って、とりあえず行って」
「それでは私が悪事に加担することになるかもしれない、別料金だよ」
「いいわよ」
 女はバッグを開けると帯のしてある札束を川瀬に投げつけた。
「仕方ないな」
 川瀬は女の寄越したメモを開くとカーナビに住所を打ち込んだ。

 ◇

「お客さん、着いたよ」
 川瀬が声をかけたが、女はシートに寄りかかったまま眠っていた。

「お客さん」
 川瀬がもう一度言うと女はようやく目を開いた。涙でファンデーションが少し流れている。
「いけない、ちょっと寝ちゃった。ようし、降ります」
 女は重大な決意を思い出したらしく言ったが、川瀬が引き留める。
「だいぶ時間を置いたんだから、もっと冷静に考え直したらどうです?」
「だいぶってほんのちょっとの間、うとうとしただけでしょ」
 女が言い張ると川瀬は頭を左右に振った。
「いいや、もう三年ほど冷却期間を走ったんだよ」
 女は一瞬、口を開けて固まったが、すぐに笑い飛ばした。
「からかわないで。さ、お金は払ってあるんだから早く降ろしてよ」
 そう言われて川瀬は渋々、ドアを開けた。

 女がスポーツバッグを持って降りると、川瀬も車から出て追いついた。
「どうしてそんなに止めようとするの?」
「そりゃあ、見過ごすのは心が咎めるからね」
 女は早足で目の前のマンションに入り、その後ろから2メートルほど置いて川瀬が続いた。

 女は彼の部屋のドアの前に辿り着くと、スポーツバッグからタオルを取り出して川瀬を睨み背側の腰の高さに右手をまわした。その手はタオルと共に包丁を握っていた。
 川瀬は止めようという気持ちはあっても、へたに動けば自分も被害を受けると感じて何も出来ない。   
 女は左手でチャイムを鳴らしつつ、手出しするなと言いたげに川瀬を一瞥した。
 室内で足音が近づいてくる気配があり、川瀬は唾を飲み込んだ。
 飛びつくか?
 いや、危ないぞ。
 今、女が玄関の内側に気を取られている隙に、右手を押さえつければ包丁を取り上げ女を押さえ込む可能性は7割ぐらいあるだろう。しかし、後の3割は自分が怪我を負わされ下手をすれば殺されるかもしれない。
 ドアのノブが内側から回される。
 川瀬は息を張り詰めた。
 もう無理だ。自分は殺人の傍観者になるしかない。
 ドアが開き出し、それを女の左手が加速し、女の右手が背中から右脇に動き刃先が光に煌めいた。
「あっ」
 出て来た人物が発した声は女性のものだ。さらに言うなら女と全く同じ声だ。
 二人の女は時間が止まったかのように顔を見合わせた。
「あなたは誰ですか?」
「あなたこそ誰?」
 そう問いかけ合った後で二人は双子のように声を揃えて言った。
「須木谷有紀だけどあなたは?」
「て、どういうこと?」 
 そこで川瀬が解説してやる。
「二人はどちらも須木谷さんです。こちらのドレスの方は3年後の未来からやって来た貴方ですよ。一方、貴方からしたら、こちらは3年前の貴方だ。わかりましたか?」
 二人の有紀は同時に言い返した。
「全然」
 
 三人はタクシーの車内で話し合った。
「で、仮に運転手さんのタクシーが過去に片道限りで人を運ぶとしたら」
 過去の有紀が川瀬に聞いた。
「過去にこうして二人でずっといるってこと?」
「いえ、それは私も興味あって今まで過去に届けた人間が過去の自分とどうなるのか観察してみたことがあってね。そういう二人でも何かの拍子に、一瞬で二人は一人になってしまうんだよ」
「本当に?」
「ああ、私が目撃したんだから間違いない。二人が半透明になったかと思うと中間地点で一人になった」
 川瀬は力強く頷きながら述べた。
「それはきっと原因があるんでしょ?」
「そうよ、原因がなきゃおかしい」
 後部座席の二人の有紀に問いただされて運転席の川瀬はたじたじとなった。
「いやあ、俺はただの運転手だから、原因まではわからんよ」
「それじゃあ困る。私は私だけの方がいいわ。こんなカズの嘘にコロリと騙されるような私なんていらない」
「そっちこそ、カズ君を殺そうだなんて信じられない。サイテーっ! 未来のあんたはとっとと消えてよ。今のままじゃ、私もだけど、周りも混乱しちゃうよ」
 川瀬はイライラして叫んだ。
「だから、然るべき時が来ればひとつになるんだよ、きっと」
 そう言いながら相反する思いを抱いた二人が一緒になるとは思えなかった。

 ◇

 タクシーのパワーウィンドウを降ろして、川瀬は一人になった有紀に挨拶した。
「じゃあ、俺はこれで戻るよ」
「ええ。運転手さん、ありがと」
「何が?」
「何がって、運転手さんが未来の私をこっちに連れて来たおかげで、未来の私は人殺しにならずに済んだんだから」
「なあに人助けなんてつもりはないんだ。単に儲かる副業だ」
 そう言う川瀬を有紀はにやにやしながら見詰めて言った。
「とにかくありがと」
「じゃあ、俺はこれで戻るわ」
 川瀬はウィンドウを上げかけて止めた。
「ところで俺にはよくわからんが、正反対の気持ちの過去の君と未来の君が合体して大丈夫か?」
「うーん」
 有紀が返答に困ると、川瀬はウィンドウを閉めてタクシーのエンジンをかけた。
 
 タクシーは15メートルほど進むとそこでスリップして進まなくなった。そして次第に透き通ってゆく。

 有紀は透けてゆくタクシーの運転手に向かって小さく呟いた。
「大丈夫。殺したいほど愛しているから」       了




これは舞さんのオリジナルから始まった自然発生的(?笑)企画に参加した話で、実際のところ、お題の決まりはありません。どちらも力作揃いですよ!


 『タイムスリップタクシー』 by 舞さん 
 『タイムスリップタクシー』 by ia. さん
 『タイムスリップタクシー』 by 七花さん
 『twitterショート140字×3【タイムスリップタクシー】』 by矢菱虎犇さん
 あの車を追って!(タイムスリップタクシー) by りんさん
 『タイムスリップタクシー』 byヴァッキーノさん
 『タイムスリップタクシー』byたろすけ(すけピン) さん
 『タイムスリップタクシー 親心』 by舞さん
 『タイムスリップタクシー Singer』 by鈴藤由愛さん
 『タイムスリップタクシー』 by keita2さん

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コメント

タクシー解体しましたね~

すごいですねぇ!
銀河さんにかかると、こんなにロジカルな面白さなんですね。
冒頭からいきなりタクシー解体しちゃうんだもの!言葉だけじゃなくて、これまでのタイムスリップタクシーの概念も。
ビックリしました!
タイムスリップタクシーの連作にまた新しい風が加わりました!

  • 2010/06/14(月) 20:53:16 |
  • URL |
  • 矢菱虎犇 #-
  • [編集]

むむむ!

最初は、タイムスリップタクシーって
お題だったの?
と、思って、この人はどう話を進めていくんだろうってハラハラしながら読みましたけど
オムニバスっぽく話がポンポンと進んで、
タイムスリップする話になったので、
そうきたか~!
と唸りました。
パズルが出来上がった時のような、爽快感です。

  • 2010/06/14(月) 21:20:27 |
  • URL |
  • ヴァッキーノ #-
  • [編集]

どもー。
冒頭の「大人でも子供手当てが~」の文章で笑ってしまいましたよ。私も欲しいぞ、手当て。

今回のタクシーは、過去と未来の本人同士が出会うお話ですね。
相反する「殺したい」と「愛してる」の感情が一つになったのが、「殺したいほど愛してる」なんですね。
言われるカズ君は怖いかもしれない……。

私は昔の自分に会ったら色々と説教しそう。泣きながら。

  • 2010/06/14(月) 22:15:13 |
  • URL |
  • 鈴藤 由愛 #-
  • [編集]

ぷぷっ。三大噺に進化してる(笑)
「友達の友達から聴いた話だけどー」みたいな。
子供手当てをもらうと、もれなく税金が倍になるという噂もありますね。

展開が読めなくてハラハラしました。面白かったです!

  • 2010/06/14(月) 22:47:22 |
  • URL |
  • ia. #DQukzmQA
  • [編集]

◆矢菱虎犇様 ありがとうございます。

もともとひねくれ者なので、ひねって入ってみました(笑)
エディターで文字を打ってる時はタイム、スリップ、タクシーがきれいに並んでたんだけど、アップしたらずれてしまいました(^^;

◆ヴァッキーノ 様 ありがとうございます。

惑わせて申し訳ないですm(__)m
仮に過去に行って自分に出会うとして、行った後の未来は突然の不在になるのか、などと悩みは尽きませんな(笑)

◆鈴藤 由愛様 ありがとうございます。

そうです、好きな時と嫌いな時が出会えるんだから話はヤヤコシクなりますね!
うっと、最後の1行が重そうです。 ふぁいとー、今の自分!

  • 2010/06/14(月) 22:54:08 |
  • URL |
  • 銀河径一郎 #7VZ5bVfM
  • [編集]

こんばんは♪

おー。面白いですね。
相反する感情を持った、二人の自分……。でもそれは決して反するだけではなく、それぞれの感情を内包して……。
不思議なタクシーですね^^

  • 2010/06/14(月) 23:43:25 |
  • URL |
  • 巽 #jdMQ17Ic
  • [編集]

◆ia. 様 ありがとうございます

そうなんですか、税金倍?
子供店長が大人になったらどうなるのかとても気になりますね?
展開は読めないですよ、書いた本人が読めてないんだから(笑)

  • 2010/06/15(火) 01:06:18 |
  • URL |
  • 銀河径一郎 #7VZ5bVfM
  • [編集]

◆巽様 ありがとうございます。

実際にこんなことが起きたら、大パニックになりそうです(^^;

失敗したことをやり直せるなら乗ってみたい(笑)

  • 2010/06/15(火) 01:40:23 |
  • URL |
  • 銀河径一郎 #7VZ5bVfM
  • [編集]

コメントありがとう

私のブログに訪問いただき、ありがとうございました。
タイム・スリップ・タクシーって言葉遊びみたいですね。お話もドキドキしました。
「殺したいほど愛してる」にゾッとしました。

  • 2010/06/15(火) 17:50:42 |
  • URL |
  • りんさん #-
  • [編集]

はじめまして。
読み手専門のもぐらと申します。
すごいですね。
名探偵さんのような運転手さんと最後のオチ
が好きです。
みなさんの作品も読ませていただいてますが
十人十色でおもしろいです。
ありがとうございました。

  • 2010/06/15(火) 17:55:48 |
  • URL |
  • もぐら #8tY9vXl2
  • [編集]

◆りん様 ありがとうございます。

ご訪問&コメありがとうございます。
ええ、前に言葉を与えられて書くお題話の企画もやらせてもらったんですが、面白いですよ!
最後の台詞に反応してもらえてよかったです。

◆もぐら様 ありがとうございます。

運転手とオチを気に入っていただけて嬉しいです!
ほんとにいろいろな趣向の話が揃って、どれも楽しかったですね。また寄ってください!

  • 2010/06/15(火) 18:49:06 |
  • URL |
  • 銀河径一郎 #7VZ5bVfM
  • [編集]

 お題で出されてこんだけユーモアに描けるのはやっぱりすごいなぅ。
 タイムスリップするタクシーと最後のオチがグッドグッドー!

  • 2010/06/17(木) 00:12:15 |
  • URL |
  • 節 #Tf9aLMeg
  • [編集]

◆節様 ありがとうございます。

ほんとのお題はタイトルが「タイムスリップタクシー」なんですよ。そういや、テレビでタイムスクープハンターてのもありましたな。
オチが気に入ってもらえてよかったです!

  • 2010/06/17(木) 01:10:49 |
  • URL |
  • 銀河径一郎 #7VZ5bVfM
  • [編集]

先が読めない展開で
ビックリしました。
そうくるか、って感じで。
ラストの一言が効いてますね。

こちらからもリンクさせてもらいました。

  • 2010/06/17(木) 02:47:34 |
  • URL |
  • keita2 #-
  • [編集]

◆ keita2様 ありがとうございます。


いえいえ、展開は keita2 さんの方が衝撃的でしたよ☆
ラストの一言は自分でも面白いかなと思ってます。

リンクもありがとうございます。

  • 2010/06/17(木) 14:40:02 |
  • URL |
  • 銀河径一郎 #7VZ5bVfM
  • [編集]
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  • Author: gingak
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    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    『地球人も宇宙人』。
    写真はッシェル・ポルナ
    レフの真似です

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