銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

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 僕の住むアパートの近くにさほど大きくない喫茶店がある。僕がたまに使う喫茶店は駅近くのビルに入ってる大手のコーヒーショップだから、そこはいつも素通りしていたのだが、たまたま少し開いていた窓から漂う香りに惹かれて、気がつくと僕はその喫茶店のドアを押していた。
「いらっしゃいませ」
 カウベルの響きと重なってレジにいた女の子が挨拶を寄越したが、僕は女の子よりも店内の椅子を見渡して、窓際の空席に一直線に進んだ。
 少し離れた席で話し込んでいる二人の主婦を一瞥してから正面を向くと、さっきのレジの女の子がお冷のコップとおしぼりをトレイに乗せて近づいてきた。たぶん大学生のアルバイトなのだろうと考えが出かかった瞬間、彼女の顔を見て僕は凍りつきそうだった。
 彼女の顔はとても蒼ざめていて、生気がなかった。
 僕は思わず瞼を閉じて、心の中にまさかと呟いて、それからもう一度開いた。
 すると、彼女の顔色は普通の健康なものに戻っていた。
 一瞬の錯覚だ。
 僕はそう自分に言い聞かせたものの、すぐに、いやもしかしてさっきの顔は俗に言う死相ってやつじゃないのかという考えが浮かんだ。
 彼女はお冷とおしぼりをテーブルに置いた。
「あ、コーヒーね」
 僕が言うと、彼女は笑顔でうなづいた。
「かしこまりました」
 その笑顔はこっちが最初、彼女の蒼い顔にギョッとしたためもあって、とても可愛らしく見えた。

 僕はコーヒーをゆっくり飲むと、レジで彼女に金を払って店を出た。

 ◇

 問題は翌朝に起きた。
 僕のアパートの部屋には神棚がある。現代、賃貸に住んでる独り者はまず神棚なんて置かないが、僕は信心深いのだ。
 口をゆすいだ後、朝日の差し込む中、神棚に向かい手を合わせるのは当然の日課だ。
『神様、今日も清清しい一日の始まりをありがとうございます』
 そう感謝の言葉を念じた時、突然、神棚のあたりから男性らしい声が響いた。
『あの娘を口説け!』
 びっくりした。
 なにしろ僕の守護神はずっと女性の声だったのだ。
 その落ち着きのある女性の声は僕の財布がピンチの時は突然、番号を教えてくれて、その通り馬券を買ったら130万の大万馬券が当たっていたこともある。信心深い僕にしたら当然の報酬ではあるが。
 しかし、今、聞こえているのは男の声だ。
 きっと、この声はお札をもらった神社ではないローカルな神様だな。
 もちろん、神様の言葉だからおろそかにはできないだろう。
『あの娘ってのは誰です?』
 僕が心の中で訊き返すと、神様は答えた。
『……ゆかだ』
 苗字は聞き取れなかったが名前がユカなんだろう。しかし、どこの誰かはわからない。『どこのユカさんですか?』
『……』
 返事はない。これは女の神様と交信する時もままあることだ。こちらの質問に対して時代とか次元に合う説明ができないのだろうと僕は考えている。
 僕はふと昨日の喫茶店のウェートレスを思い浮かべた。
『あの娘ですか?』
『そう、口説け!』
 神様の声はそう言って途切れた。
 僕は困って溜め息を吐いた。現在、恋人はいないから条件的にはオーケーなのだが、こっちは彼女よりひとまわり上の30代のフリーターだし、容姿もパッとしないし、口説いてすんなり行くとは思えない。

 それでもその日の帰りに喫茶店に寄るとユカは昨日と同じように僕を迎えてくれた。
 僕はコーヒーをスプーンで(参ったなあ)と繰り返し呟きながらかきまわし続けて、やがて飲み干すと、レジに立った。
「600円のお返しになります」
 ユカは微笑んで僕にお釣りを返した。
 僕は意を決して頷き言った。
「ありがと。ところで僕とつきあってもらえませんか?」
 するとユカの表情が強張った。
「す、すみません」
 ユカはそのまま頭を下げた。
 やっぱりなと思いながら僕はアパートに帰った。

 ◇
  
 翌日もいつものように、神棚に向かい手を合わせた。
『神様、今日も清清しい一日の始まりをありがとうございます』
 そう感謝の言葉を念じて
『あの娘はダメでしたよ』
 そう報告すると、また、男性の神様が言った。
『あの娘を口説け!』
『いや、もう振られたんですよ』  
『あの娘を口説け!』
 しつこい神様だなと思いつつ、僕は訊ねる。
『口説いたらうまくいくんですか?』
『あの娘を口説け!』
 たくっ、神様は気楽だよな。口説いて恥をかくのはこっちなんだぞ。
 僕は文句を言ってみた。 

 その日の帰りも僕は仕方なく喫茶店に寄った。ユカは一見自然に僕を迎えてくれた。
 そしてユカがコーヒーを運んで来た時、僕はまた口説いてみた。
「見た瞬間、なんかピンときたんです。僕とつきあってください」
 ユカの表情が強張り、キッチンにいたマスターらしき男が近寄って来た。
「あんた、本人に断られたんだから潔く引き下がりなよ」
「僕にも事情があるんです」
「事情も含めて呑み込みなよ」
 僕はすごすごとアパートに帰った。

 ◇

 しかし、翌朝も男の神様は『口説け』と言ってきた。
 さすがに僕も苛立ち紛れに言い返した。
『あなたも神様ならこういう結果の伴わない推奨はやめてください。僕にはなんのメリットもないじゃないですか』
『口説け』
『やれやれ。文句を言っても通じないのか』

 その日は昼休みにラブレターを書いて、それを帰りに渡した。
 その夜、携帯に非通知の着信があった。
『もしもし』
『お手紙読みました。だけどごめんなさい。彼氏が、ちょっと前から付き合いだした彼氏がいるんです』
『そうでしたか、すみませんでした』
『ごめんなさい、さよなら』
 電話はぷつりと切れた。

 ◇

 翌朝、振られたもことを報告すると、今度は神様は『ご苦労』とひとことだけ言ってよこした。
 僕は納得のいかないまま、もうその喫茶店に寄ることもユカに会うこともなくなった。 
 ◇

 それから1ヶ月ほどした日曜の朝のことだ。
 僕は女の神様から聞いた番号をマークシートに書き込み、競馬場で馬券を買うという簡単な仕事をするために歩いていた。
 警報を鳴らして遮断機をおろしている踏み切りに差し掛かった時、丁度、踏切の向こう側にユカの泣き顔があった。それは同時に夜叉のような怒りの表情も湛えていた。
 そして、線路を睨みつけている。
 なぜか突然にユカの置かれた状況が手に取るようにわかった。
 土曜の昨夜は男友達と飲んでるからと言われて会えなかった彼氏の部屋をユカは早朝に訪れたのだ。すると、その部屋には知らない女が寝ていたのだ。
 あの表情は初めてかもしれないユカの真剣な恋が踏みにじられた悲しみと怒りだ。そして激情をどうやら線路にぶつけて終わらせようとしているのだと悟った。それで最初、彼女の顔に死相が見えたのかもしれない。
 僕はユカの視界に入ろうと真正面に屈んだ。
 ユカはまもなく僕に気づいたようだ。
 目が合った。
 ユカの目に映る僕はしつこく迫って振られても平気で生きている神経の太い男だ。
 それ以上説明する言葉はいらなかった。
 ユカは小さくうなづくとおそらくユカの手で投げ倒されていた手前の地面の自転車を引き起こしてまたがると、僕を振り向いて小さく会釈して、走り去った。
 そうだよ、ひとつ恋に裏切られたぐらいで死ぬことなんてないんだ。
 
 ◇

 その日、部屋に戻った僕は神棚に二礼二拍手一礼して言った。
『神様、人助けはわかりますけどね、僕の心を勝手に弄ぶのはいただけない。この貸しは大きく返してもらいますよ』
 Don't恋 超常恋愛  了




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コメント

神様は、きっとその貸しに対して、大きく返してくれますよ。読後にそう思いました。
神様が照れ屋なのかな。人助けになるからなんて言えずに、結局『口説け!』『わかりました!』の繰り返しになったのかもしれませんね。

銀河さん、面白い話をもっとたくさん読ませて下さいよww

  • 2010/03/10(水) 18:42:18 |
  • URL |
  • たろすけ(すけピン) #rFJbKIhU
  • [編集]

理不尽な(笑)
まあ、神様ですから人助けに
何の関係もない人間をかり出すのもありかな~

ニヤって笑いました。
次は大笑いのをお願いします☆☆

  • 2010/03/10(水) 20:56:47 |
  • URL |
  • つきみぃ #UyDaNXrA
  • [編集]

こんばんは♪

神様、それならそうと……言ってたら、彼も対応もちょっと違って、結果も変わってたか(^^;)
男の神様は寧ろ、彼女の守護だった?
二股掛ける様な男の所為で命投げ出すなんて、勿体無いよ~☆

  • 2010/03/10(水) 23:15:15 |
  • URL |
  • 巽 #jdMQ17Ic
  • [編集]

◆たろすけ(すけピン)様 ありがとうございます。

神様からのお返しが気になります(笑)
口説き文句は手を抜いてすみません。こんな言葉で口説けたら、それ以外の要素のおかげでしょう。

◆つきみぃ様 ありがとうございます。

神様は世間の常識を超えたところにいるようですね(^^;
大笑いって、レッドカーペットの芸人ではないんですけど、書けたらということで(爆)

  • 2010/03/10(水) 23:19:54 |
  • URL |
  • 銀河径一郎 #7VZ5bVfM
  • [編集]

◆巽様 ありがとうございます。

あ、そうだよな、最初から教えてくれれば(^^; でも、それだと演技になり嘘っぽかったかもです。神様はあくまでも間接的に助けたかったのか?

  • 2010/03/10(水) 23:29:48 |
  • URL |
  • 銀河径一郎 #7VZ5bVfM
  • [編集]

「上田先生!」
タイトルを見て思わず叫んでしまいました(笑)

この神様、口数が少なくて誤解されるタイプなんだろうなぁ、でも口数の多い神様ってイヤかも、などと妄想しながら読みました。
久々に銀河さんのダジャレオチを読んでほっこりしました。
ツイストするストーリーもオシャレ♪
満点大笑いでしたよ~!

  • 2010/03/20(土) 22:53:59 |
  • URL |
  • ia. #p/BNYTvc
  • [編集]

◆ia. 様 ありがとうございます。

そう、タイトルだけ、まるっと上田先生です(笑)
楽しんでもらえたようでよかったです(^^;

  • 2010/03/21(日) 03:23:43 |
  • URL |
  • 銀河径一郎 #7VZ5bVfM
  • [編集]
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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    『地球人も宇宙人』。
    写真はッシェル・ポルナ
    レフの真似です

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