銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

 ある晩、車で帰宅途中、僕が小さな川にかかるもどり橋にさしかかった時のことだ。
 欄干によじ登る女性の影が月光に浮かんだ。
 身投げだ。間違いない。
 僕は急ブレーキをかけ車から飛び出た。

「だめだ」
 欄干に駆け寄った僕は昔、何かの映画で観たように、その彼女の頬をひとつぴしゃりと打って、彼女の肩を引き寄せて助手席に押し込んだ。
 僕は映画のタイトルを思い出そうと考えながら車を再び走らせた。
 彼女は頬を押さえて泣くばかりだ。
 僕はその映画のタイトルを思い出すのをあきらめて言った。
「あそこはいつもは水深が10センチぐらいしかないんだ。
 あそこに飛び込んだら、溺れる前におでこが割れて死んでしまうよ。
 それでもよかったのかい?」
 僕は笑いながら言ったが、残念ながら彼女は笑ってくれなかった。
 どうしてだよ、このジョークがわからないとは。
 僕はこれが暗澹たる思いってやつかなと考えてみた。

「もっと深い川に連れていってください」
 彼女が言うと、僕はすぐに返した。
「深川鍋食べに連れてって?」
「あの、ダシャレ系は苦しいので許してください」
「うん」
 僕は頷いてストレートに訊いた。
「じゃ、身投げなんて非日常的な事を試みたのはどんな理由で?」
 すると彼女は俯いて告白した。

「私、オオカミ女なんです」

 僕は息を呑んだ。
 そういや今日はたしか満月だ。かなり手強いぞ。
「わかった。シェーバーと脱毛クリームを買って、ホテルに篭ろう。オオカミの毛が生えてきたら僕が片っ端から剃ってあげるよ、そしたら君はオオカミにならない」
 僕は力強く言ったが、彼女はやはり笑わずに弱々しく頭を横に振った。
「そんなのいいです。やっぱり、私のウチに連れてって下さい。それからひと晩だけそばについていて下さい。図々しくてごめんなさい」
 僕はどう答えていいかわからず黙り込んだ。

 ◇

 彼女の部屋は20分ほど走ったところのマンションの最上階だった。
 彼女は鍵を開けると、歩きながら上着を廊下に脱ぎ捨て、ブラウスを脱ぎ捨て、スカートを脱ぎ捨て、パンストを脱ぎ捨てて、バスルームに入った。
 僕は奥の部屋に入った。ベッドをよっつぐらい置けそうな広さのワンルームで、僕の部屋よりずっと家賃は高そうだ。
 僕は緑のソフアに座って借りてきたライオンのように吼えてみた。

 しばらくすると彼女はバスルームのドアをちょっと開けて言った。
「すみません、バスタオルを取ってもらえますか。あとバスローブも。窓の反対、一番隅のドアを開けるとありますから」
 
 バスタオルをターバンのように巻いてバスローブをまとった彼女は焼きうどんを作ってくれた。彼女は化粧を落としたのにも拘らず、車で俯いていた時より綺麗に見えた。
 二人でソフアに並んで黙って食べた焼きうどんは塩分が濃すぎた。でも僕は文句も冗談も言わずに、彼女の涙の味のような焼きうどんを食べた。
 それから僕はビールを、彼女は白ワインを飲んだ。
 そして彼女が僕に言った。
「変なことしたいなら12時までに終わらせてください」
 そして彼女はソフアにもたれて眠ったように見えた。
 しかし、変なことなんて言われたら変なことはしづらいという事を僕は初めて知った。 そういうつもりなら彼女はこう言うべきだった。
 自殺未遂記念に欲望のお祭りをしましょ。但し12時までね。
 
 彼女の寝顔を見ながら僕の胸の中で悪魔と天使が口論した。
 12時と区切るのは、やはりその時刻からオオカミに変身するに違いない。そしたら下手すると俺は食べられてしまうかも。だとしたら思い残すことがないよう、今のうちにこの世最後のスケベなことをしとくべきじゃないか。
 何を下劣なことを考えてるんだ。この女性は身投げするほど苦しんでたんだぞ。今もその苦悩は終わってないんだ。女性の感情の起伏に付け込んでスケベなことをするなんて漢として最低だよ。
 いやいや濃厚なスケベが女の心を癒すこともあるんだよ。
 アホこけ、そんな癒しなんか要らんわい。
 しかし俺の観たエロビデオは必ずスケベするぞ。
 お前のエロビデオのせいで真面目な男まで獣扱いされるんじゃい。

 結局、悪魔と天使の議論が延々と続くまま、時刻が12時5分前になったので、僕は彼女をお姫様抱っこしてベッドに寝かせた。
 そして「もうオオカミになってもいいよ」と囁いた。
 窓からは満月の光が差し込んで彼女の頬を照らし涙が光った。
 たぶん、彼女はずっと寝たふりをしていたのだろう。
 僕はそこでじっと彼女がオオカミ女に変身する瞬間を待ち受けた。
 しかし、なかなか彼女の頬には毛が生えなかった。
 満月の前を時々雲がよぎるので、彼女の頬は暗くなったり、明るくなったりした。
 僕はそれを眺めていた。
 
 どれぐらいたったろう。
 気がつくと僕は眠り込んでしまったようで毛布をかけられていた。
 まだ外は夜が明ける直前ぐらいの紺色の空だ。
 ベッドを振り返ると彼女の姿がない。
 まさか。
 僕はいやな予感がして部屋の窓を開けてみた。
 どうやら彼女は落ちてなかったし、箒も掃除機も落ちてなかった。
 僕はほっと溜め息を吐くと冷蔵庫を開けて、野菜&果物ジュースを飲んだ。
 それからソフアにかけてふだんは見る筈もない早朝のテレビをつけた。
 男の司会者は、ここでニュースを伝えてもらいますと言い、報道フロアの嶋野さんと呼びかける。
 女性アナウンサーが映ると僕は息が詰まった。
 それはここの住人の彼女だった。
「はい、政府は人事の難航していた行政監督会議の議長に嬉々打参議議員、嬉々打参議院議員を内定した模様です。
 赤ちゃん用品大手ベビー本舗と葬儀業大手のラストセレモニーが合併を発表しました。これにより文字通り揺りかごめから墓場、揺りかごから墓場までの総合企業になるものと思われます。
 新宿区西新宿の路上で元プロレスラー繁た茂、繁竹茂さんが殺されていた事件で、警視庁捜査一課第二強行犯捜査二課、強行犯捜査二係は彼女子プロレスラーメガトンヒップこと深水沢静江を殺人容疑で逮捕しました。
 今入っているニュースは以上です」
 男の司会者は笑顔で言う。
「昨日は三日連続で5回噛んでオオカミ女になって取り乱してたのに、今朝は噛んでも、なんだかさばさばしてますねえ、嶋野さん」
「オオカミになってもいいと言われて気が楽になりました」
「そんなこと言ったのは誰です?」
「知らないひとです。ですけどたぶんいいひとです。きっと、とても」
 そう言って嶋野香穂は微笑んだ。昨夜から僕の見た中で一番のいい顔だった。

 僕は大きなあくびをすると、もうひと眠りしてから仕事に向かった。
 途中、もどり橋を見ると欄干は陽光を受けて輝いていた。    了 



 今日はシリアスに攻めてみました ←(どこがや?)
 だって、会話も普通だった ←(どこがや?)
 最後は笑かそうとしてない ←(判断基準違うで)

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コメント

こんばんは♪

オオカミ女(笑)
噛みまくるからオオカミ女ですか(^^;)
「オオカミになってもいい」……誤解しまくりのその言葉でも、彼女は癒されたのですね(^^)

しかし、茂竹氏、一体どんな殺され方をしたら、そんな所にそんな遺留品が……(笑)

  • 2009/11/02(月) 23:22:37 |
  • URL |
  • 巽 #jdMQ17Ic
  • [編集]

◆巽様 ありがとうございます。

愚かさは最上の愛に連なるのです。誤解は十戒より実用的(笑)
しかし、最後のニュースはインパクト強すぎて壊してますね、抜いてしまおうかな(^_^;

  • 2009/11/03(火) 00:45:46 |
  • URL |
  • 銀河系一朗 #7VZ5bVfM
  • [編集]

そっちの噛む!!やられました(;^_^A

男子、部屋に上がってそこで躊躇する物なんですか?
男心ってのはいつになっても…難しいですな(^^ゞ

  • 2009/11/03(火) 17:02:47 |
  • URL |
  • つきみぃ #mAqm4Uc6
  • [編集]

◆つきみぃ様 ありがとうございます。

ええ、こっちの噛み噛みです(笑)
普通の時と違い、自殺未遂ですからね、それに狼かもしれないし(^_^;

  • 2009/11/03(火) 20:53:48 |
  • URL |
  • 銀河系一朗 #7VZ5bVfM
  • [編集]

うわっ!こっちの「オオカミ」でしたか。
ウソツキの「オオカミ少女」かと裏読みもしたのに。
それにしてもすごい噛みっぷりですね。
きっと男性司会者は笑いを大噛み殺していたことでしょう。(←なんだ、それ?)

  • 2009/11/03(火) 22:38:38 |
  • URL |
  • ia. #-
  • [編集]

◆ia. 様 ありがとうございます。

そうなんです。ウソツキじゃなくて残念!^^

男性アナは知的と言われないが女性アナは知的な印象があるというのが不思議ですね(^_^;

  • 2009/11/04(水) 01:58:56 |
  • URL |
  • 銀河系一朗 #7VZ5bVfM
  • [編集]

わたしも騙されました。
ただの変身じゃないとは思ったけど
「変身」にこだわってしまった。

この主人公の「僕」、
かなり好感度高いです。

  • 2009/11/05(木) 01:30:46 |
  • URL |
  • つる #-
  • [編集]

◆つる様 ありがとうございます。

お、この話は皆さん、騙されてくれたようですね(笑)
好感度高いなら作者の実話、好感度低いのは飲み屋で聞いたヨタ話ということにしておきますかね(笑)

  • 2009/11/05(木) 01:43:53 |
  • URL |
  • 銀河系一朗 #7VZ5bVfM
  • [編集]

このショートの存在を知らずに、私は偶然同じような書き出しでショートを作っていたのですねw

オオカミ……かぁ。すっかり騙されたし、ショートの見本って感じ。

勉強しようっと。汗

  • 2009/11/21(土) 22:40:11 |
  • URL |
  • たろすけ(すけピン) #rFJbKIhU
  • [編集]

◆たろすけ(すけピン)様 ありがとうございます。

書き出しが同じとは、たろすけさんとは相通じるところがあるのかもしれませんね!
オオカミはポイントゲッターみたいです(笑)

  • 2009/11/21(土) 22:52:14 |
  • URL |
  • 銀河径一郎 #7VZ5bVfM
  • [編集]
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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    飛べなくても頭が悪くても
    地球人も宇宙人だ(笑)

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