銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

 †††

 C51型蒸気機関車に牽引された特急1・2列車が、岡山駅に到着したのは深夜の2時すぎであった。
 闇に灰色の煙を上げて走り去る列車を眺めて、天野助教授は「ご苦労さま」と声をかけてやった。
 東京を出発したのは朝の8時すぎであったから、わずか18時間ほどで東京山口間を駆け抜けたことになる。さすが特急列車である。もちろん単なる列車であるから愛称などないわけだが、できれば愛称をつけて呼んでやりたいぐらいだ。蒸気機関車の黒い姿から「燕」などという名前も似合いそうではないか。(*1) 

 そんなことを考えながら、もぎりの駅員一人が立つだけの改札を抜けて、静まり返った構内を歩いてゆくと、脇の方から背広の男が歩み寄り声をかけた。
「失礼じゃけど、帝国大学の天野助教授様じゃろうか?」
 天野助教授より十歳ばかり年上と思われる男は地元のなまりでそう訊ねた。
「はい、あなたは?」
「お迎えして宿まで案内するようにと命ぜられた岡山警察署の志垣とええます。警視庁から署に電話をいただいたそうで」
「屋敷で宿の手配は任せてくれと言われたのですが、あなたが案内してくださるんですか、これはご丁寧にありがとう」
 
 駅前の通りを渡ると、寝静まっている一角に大きな提灯がぼんやり灯ってる旅籠と思われる造りがあった。
 志垣が引き戸を引いて「お連れしたよ」と声をかけながら中に入ると、番頭風の男が立ち上がった。
「けーは、志垣ん旦那」
「こちらが帝国大学の天野助教授様だ」
「へい、ようこそお越し下さいました、遅くにご苦労様でございます。
 さ、どうぞこちらにかけてください」
「夜遅くにすみませんな」
「それは列車の都合、夜分の物騒にかこつけて、迎えを志垣の旦那に任せて、こちらこそえらい手抜きでございまして」
 天野助教授が上がり縁に腰かけると、まだ十三歳ぐらいの小僧さんが桶に張った水で天野の足を拭ってくれた。
「これは気持ちいいですな、生き返った心地だ」
 部屋に通された天野助教授はずっと列車の堅い椅子に掛けていた疲れからすぐに眠り込んだ。

 翌朝、まだ眠気が残る中、仲居の姉さんに起こされて朝食を済ますと、すぐに志垣が尋ねてきた。

「どうです、ちーとは疲れは取れましたか?」
「ぐっすり寝ましたから、どうやら疲れは抜けました」
「ほんなら、出かけますか」
「どちらへ?」
「例の、椿姫じゃけど、どうも署内にそういう学問のある者がおらんのです。その方面に詳しい郷土史研究家にご案内しますけん」
「これはお手配、感謝いたします」

 志垣の運転する岡山県警の車で辿り着いたのは、庭に見上げるほど高い松のある屋敷だった。
 廊下をコの字にめぐって玄関から一番遠い座敷の引き戸を開くと、まるで蟻塚が何十個も並ぶように本が積みあがった向こうに郷土史研究家の頭が見えた。
「先生、帝国大学の天野助教授様をお連れしましたけん、お頼み申します」
 志垣が告げると、積み上げた書物から頭を伸ばして眼鏡をかけた男がうなづいた。
「どうもはじめまして、河野です、あちこち、積みあがっておりじゃが、倒さんよう来てつかあさい」
 天野助教授は積みあがった本塚にぶつからぬように用心して、文机に向かう河野のそばに辿り着いた。
「このたびはお世話になります」
「県警より連絡つかあさったのじゃけど、椿姫っちゅうんは、どっかで一度見たような記憶しかのうて、いろいろ書物をひっくり返して探していじゃが」
「はい」
「いまだ姫の名は出てこんですじゃ」
「お手数かけますな」
「いや、すぐに答えられず、すまんことじゃ」
 しかし、そう言ったきり郷土史研究家は口を閉じ、延々たる沈黙が始まった。時々、書物をめくる音だけが響く。天野助教授も手に取ってみたが、数式に染まった頭では残念ながら古い書を読みくだすのは覚束ない。

 一時間ほど経ったところで、郷土史研究家はおもむろに訊ねた。
「鶴姫ではないんじゃな?」
「そうではないのです」
「鶴姫のこたー、よう聞かれるんじゃ。
 伊予の大祝氏は神職の家柄じゃったが、戦ん時にゃー陣代を立てて戦っとった。
 そけー周防の大内氏が瀬戸内海に侵攻して来た。
 最初は鶴姫の兄安舎が陣代となり守ったが、二度目の侵攻にゃー次兄の安房が陣代となり守ったもんの命を落としてしまう。
 ほんで三度目の侵攻では16歳の鶴姫が鎧をつけて陣代となり際どいところまで押し込まれたが、なんとか撃退した。
 じゃけどな、鶴姫は戦で死んだ兄と恋人を思い、18歳で後を追ってしまう。
 悲しい話じゃろうが」
「なるほど」
「わが恋は 三島の浦の うつせ貝 むなしくなりて 名をぞわづらふ
 鶴姫辞世の句じゃが」
「はあ、しかし、私が知りたいのは椿姫なのです」
 そう答えながら、天野助教授は、椿姫こそが事件を解く鍵に違いないと思ったことに自信を失くしかけてきた。
 直感が外れたのかもしれない。みすずさんの日記に、椿姫の記述を見つけた瞬間、納得の予感があった。みすずさんが椿姫になりたいと書いた言葉と事件の連関を保障するものは何もないのだ。

「さて、他にゃ何か手がかりはないじゃろか?」
「他と言われても、椿姫ということ以外は。五棟男爵との関わりでは何も出てきませんか?」
「五棟男爵だと、そりょーさきー言わなきゃ、回り道じゃ」
 そう言われて天野助教授は慌てた。よくある伝言の間違いだろう。
「それも既に言ってったのですが」
「初耳じゃ、とにかく大事な手がかりじゃ」
 郷土史研究家は突然立ち上がると積みあがった本塚のひとつを抱え込むように崩しては文机の上に移して開き始めた。

 それからまもなくして、唐突に郷土史研究家が叫んだ。
「あった、あった、これじゃ」
 思わず身を乗り出した天野助教授に郷土史研究家が講釈する。
「五棟男爵は遡ると毛利家の家臣なんじゃ。
 信長から強敵の毛利攻略に当てられた秀吉は天才的な城攻めで、味方の損害を最小限に抑える戦略を取ったんじゃ。どげーな戦略かわかるかね?」
「いえ、さっぱり思い浮かびません」
「兵糧攻めじゃ。
 五棟宣明は鳥取城への兵糧中継地にある照葉山城を守っとった。

 羽柴秀吉、照葉山城を囲む。毛利氏の将五棟宣明、果敢に討ち出しては返すも、羽柴秀吉、少しも慌てず。やがて照葉山城の息を止めたり、すなわち水断ちの術なり。

 武田信玄にゃー山堀り人足で組織した部隊があり、敵城の井戸の水脈を断つのを得意としとった。秀吉にこれをやられたわけじゃ。
 人間は水がなければおえんからね。たとえ米があっても煮炊きもできず、水もなけりゃー、そうそう我慢できるもんじゃねー。攻める方は楽じゃけど、攻められる方は惨い餓死地獄じゃ。
 
 五月十日、羽柴秀吉、城より出たる五棟宣明を討ち取る。五棟宣忠、周防に逃れる。一女椿姫これより先に捧げ死す。
 
 椿姫は最後の攻撃の前に死んでいたようじゃ」
「それは、どういうことですか?」
 天野助教授は、これより先に捧げ死す、という言葉の意味を想像しながら言った。

(吸血鬼ドラキュラ12につづく)




(*1)特急1・2列車とは1等2等のみの特急列車。列車に愛称が付けられたのは、昭和4年の3等車なしの上級特急列車「富士」と3等車のみの特急列車「櫻」が始まり。「燕」は翌年。

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コメント

山口の郷土史研究家の登場で、話に厚みがでたから面白いです。史実を取り入れるのって大事なのね。ほんでもって、ますます展開が読めないです。
真ん中らへん、天野助教授と郷土史研究家のやりとりで、椿姫と鶴姫が逆転していてわかりづらかった箇所がありました。みすずさんのあたり。

  • 2009/06/04(木) 01:16:37 |
  • URL |
  • つる #-
  • [編集]

◆つる様 ありがとうございます。

隆慶一郎さんなんかは史実とフィクションをうまく組み合わせて、面白い時代小説家ですね!
あきゃー、混乱してました、お粗末でした。
ご指摘、感謝ですm(_ _)m

  • 2009/06/04(木) 05:52:38 |
  • URL |
  • 銀河系一朗 #7VZ5bVfM
  • [編集]

そろそろ核心に迫ってきてますよね。
ドラキュラ伝説に日本の伝奇まで絡んでくるなんて、面白すぎです。
もう一度読み返してみたけれど……ああ、もしかして私の推理、間違ってる?
思った以上に奥が深い事件みたいでワクワクです☆

  • 2009/06/05(金) 03:50:02 |
  • URL |
  • ia. #DQukzmQA
  • [編集]

◆ia. 様 ありがとうございます。

悪く言うと、散らかってますが、はてさて、どうなりますか?
ia. さんの推理は今日はちょっと透視できませんが、単純な殺人でもなさそうです(^^;

  • 2009/06/05(金) 23:36:15 |
  • URL |
  • 銀河系一朗 #7VZ5bVfM
  • [編集]
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