銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
このページのトップへ
 †††

「いい加減に吐けや」

 警視庁の取調べ室に、鳶松の怒鳴り声が響いた。
 背筋を伸ばして椅子にかけている芥川は、静かな表情で、まるで無声映画でも眺めるような目を鳶松に向けている。
「阿南真登子と木野みすずを殺したのはお前だろう」
 鳶松は机をどんと叩いたが、芥川は微塵も動揺せず、ゆっくりと口を開いた。
「冷静に考えてみれば結論は明らかです。
 私が殺人犯ならば、警察が張っている部屋に暢気に帰ってくることなどあり得ないでしょう」
 脇の机で書記を務める林田が、反論を期待して鳶松を見つめる。
「ふん、まあ、普通はないわな。普通はな。
 だが、お前は普通ではない。堂々と現れて我々に挑戦してるんだろうが」
 芥川は苦笑する。
「そんなに怒ると、逆に内包する論理の破綻を強調してしまいますよ。モルモットの仕掛けで欺いたことはさっき謝ったのだから、私には残る一点の非もない。そもそも、あの状況で隣で聞き耳を立てられていたら不快です、誰にも抜け出す権利はあるのです」
「権利があるかどうかは裁判官が決めるんだ」
 芥川はふっと息を噴き出した。
「今のは暴論です。
 私は犯罪者の心理がどうなのか推理することは興味がありますが、犯罪を為すことにはまるで欲求がないのです。
 そもそも私には不在証明があります。みすずさんが殺された頃はずっと神田のカフェーで友人の堀井と飲んでいたのだから」
「カフェーの人間は覚えてないそうだ。その友人の足取りもまだつかめんのだぞ」
「おおかた、どこかの友人の部屋に転がり込んで寝込んでしまったのと推察します」
「その不在証明も鼠の工作じゃないのか?」
 芥川は質問には答えず、目を瞑るとじっと黙り込んでしまった。
「おい、答えろ」
 芥川は閉じていた目を開いて鳶松を見ると言った。
「ちょっと今、頭の中で執筆中なのです。静かにしておいてください」
「ふざけるなよ、こっちは取り調べで尋問してるんだ」
「取り調べの手順が極めて非効率的ですな。
 先刻、既にし終わった質問を、また私に質問しても全く意味がないでしょう。
 新規の質問以外は私に聞かせないでください。それとも先刻の質問をご自分でお忘れですか?」
 鳶松は「おのれー」と呻いて、新たな質問をひねり出そうと考え込んだ。
 
 芥川の頭の中では、刑務所の話が閃いていた。
 その刑務所は、恐怖政治下の某国で実際は罪のない人間が政治犯として収容されており、権力を握る強者でありながら、実は失脚の恐怖に慄く政治家は、さらに多くの人数を政治犯として送り込もうとしている。しかしもはや刑務所の収容人数を超えているので、そのままでは収容できないし、国際社会の非難も高まる中、なかなか死刑にもできない。そこで食事に毒を混入して隠密に囚人の間引きを行っている。
 隠密にといっても囚人の間ではすでに毒殺の噂が広まって、毎日、今日は何号室と何号室が死んだと伝言ゲームのように伝わっている。
 
 扉の差し入れ口から持ち上げた皿の中にはほとんど無色のスウプが六分目ほどまで入っている。
 味つけは塩だけで、玉葱とじゃが芋の細切れがいくつか沈んでいる。
 傷だらけのスプーンでスウプをすくった私は、透明なスウプを見つめて、普段なら殆ど感じられない筈の薄い香りが、今や強烈な味覚の予感となり鼻腔をくすぐるのを感じる。
 朝と夜だけの粗末な食事をすでに四日間絶食しているせいで、嗅覚が異様に昂じているのだ。
 ごくりと唾を呑み込み、私は口を開いてスプーンを歯の直前まで進めた。
 しかし、その刹那、はたと怖れが雷光のように後頭部から口へと突き抜けた。
 この中に毒が溶けているかもしれぬ!?
 口まで運びかけたスプーンを、私は床に叩きつけると扉の対極の壁に寄り添い、頭を壁に打ち付けた。
 祈るためのクルスまて取り上げられ、このまま毒殺されるか、餓死するか?
 主よ、何ゆえに我にかくなる試練を与えたもうや?
 私は涙を流して小さな窓を通して曇り空を見上げた。
 私は激しい空腹のためにうとうとと夢に入り、小さな食堂に腰掛けていた。
 そこには一人の女がいて、私は問いかけたる
「あの方はおられないのですか?」
 するとかの女は首を横に振った。
「あの方はもういないのです」
 それからかの女はスウプを口に運んだ。その女性は私に向いて「なぜ食べぬのですか?」と問いかけた。
「死ぬかもしれぬのです」
「信じればよいではないですか」
 ああ、マリア様、あなたの許しがあったとしても、私はあの方の許しがなければ食することができないのです。
 法王もいまだあなたへの信仰を認めていないのです。
 私が口には出さずにそう思うとマリア様は微笑んだ。
「食べなければ死ぬのですよ。信じてお食べなさいな」
 その時、扉の上部の覗き口が開いて、看守が怒鳴った。
「こら、食器を戻しておけ」
「あ、今すぐ」
 私は床にあった皿に駆け寄り両手で持ち上げるとスウプを一気に飲み干した。
 命がさざめいた。
「大丈夫だ、生きる、俺は生きるぞ」
 私は涙を流しながら大笑いを始め、看守の怒鳴り声と私の笑い声がしばらく鳴り響いた。

 鳶松は、芥川が話作りに没頭してる間に新たな質問を発したようだ。
「えっ?」
 芥川はふっと鳶松を向き直り「もう一度お願いします」と頼んだ。
「つまりだ、お前が犯人でないとするなら、誰が犯人だと思う?」
 芥川はさっきまでの沈んだ表情から一転してきらきらとした目で頷いた。
「犯人はおそらく」
 鳶松と林田は同時に「おそらく?」と聞き返した。
「吸血鬼ドラキュラです」
 鳶松はがっかりして言い返した。
「吸血鬼ドラキュラに関して、お前は信じてないようだと天野助教授が言ってたぞ」
「もちろん僕は信じてません。しかし、犯人はどうでしょう?」
 芥川はそう言うと乾いた笑い声を漏らした。

(吸血鬼ドラキュラ10につづく)





 ↓ おひとつ、お好みを、ポチお願いします
 f_02.gif プログ村

  ホーム トップへ
このページのトップへ

コメント

こんばんわ。
あれ?芥川が犯人を指摘?これは面白そう。
展開に幅があって楽しいです。
芥川の妄想ストーリーも雰囲気があって、本格的に読みたくなりますね。
でも未だ真相は全然わからないです(^^;
きっと殺された二人の共通点が鍵になりますよね。
私も頑張って推理しているんだけどなぁ。

  • 2009/01/19(月) 00:51:50 |
  • URL |
  • ia. #-
  • [編集]

うーん。芥川は犯人じゃないのか。それとも読み手を錯乱させる手法なのか。わからないわ。芥川が頭の中で執筆した話と、彼の最後のセリフが意味深なんだけど、そこから先が見えないのよ。もうこうなったら、犯人探しはやめて、素直に読んでしまおう。

  • 2009/01/19(月) 01:00:57 |
  • URL |
  • つる #-
  • [編集]

◆ia. 様 ありがとうございます。

今になって、前にこのシーン入れときたかったりしてます。ウィンナーコーヒーとかね(笑)
二人の共通点、うまく書けるといいけど。

◆つるさま ありがとうございます。

あの小話は独立したものと考えてもらった方がいいかもしれません。主人公は牧師なの設定なんだけど、わからないですよね(汗)


  • 2009/01/19(月) 22:14:39 |
  • URL |
  • 銀河系一朗 #DhVq6Ht6
  • [編集]
このページのトップへ

コメントの投稿


管理者にだけ表示を許可する

このページのトップへ

トラックバック

FC2Ad

Information

gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    『地球人も宇宙人』。
    写真はッシェル・ポルナ
    レフの真似です

    ↓よろしければ、おひとつ、ポチお願いします

Calendar

08月 « 2017年09月 » 10月
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
- - - - - 1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30

 

新着はこちら!New!

全小説 ツリーリスト

最近いただいたコメントなど

アクセスカウンター

リンク

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

twitter小説

月別アーカイブ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

最近のトラックバック

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。