銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

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 天野助教授が神田から帰るや、執事に「お客様がお待ちです」と応接室に通された。何事かと入ると、貴子と中年の男が振り向いた。
「天野様、こちらは警視庁の鳶松(とびまつ)様です」
 すると開襟シャツを着た男は腰を浮かせて胡麻塩頭を下げた。
「はじめまして、警視庁捜査一係の鳶松と申します」
 鳶松は癖なのか天野を見つめると強く瞬きした。
「じゃあ、殺人事件と決まったのですか?」
 天野が訊くと、鳶松は慌てて手で宙を裂くよう。
「まだです。死因もはっきりしないうちに捜査は異例のことです」
「では貴子さんの叔父上が?」
 天野が言うと貴子が頷いた。
「ええ、鳶松様が叔父の部屋に呼ばれて直々に頼まれたそうで」
「そのことですが、私が動いていることは口外無用に願います」
「心得ました」
 天野が納得すると、貴子が説明する。
「叔父は私が心配してると察して、天野様と入れ違いに鳶松様を説明によこしてくださったのです。
 それから、鳶松様はいろいろ調べに出かけられて」
「そうですか。ああ、それは私の作った名簿の写しですね」
 テエブルの上の紙片を指差すと鳶松は頷く。
「ええ、天野様の推理はご令嬢から聞きました。
 あれが殺しで、冊子の話を真似た可能性が高いなら、犯人は冊子を読んだものの中にいるに違いない。
 私も同じ意見です。この名簿は役に立ちそうですな」
 鳶松はそこで手帳を開いた。
「とりあえず画家の山川芳円について調べてみましたが、作品はあまり他人様にこれだと見せられるような代物じゃありませんでした」
 鳶松は古い日付の東京日々新聞を開いて挿絵を見せた。
 亭主、不義密通の妻を斬りつけると記事の題がある横に、男が刀剣をふりかざし、布団の上で女が血を噴き出して腸のようなものまで出かかっている禍々しい絵である。
「こういう絵を得意としているようです。
 あと、カンバスに描いた絵もあるようですが、昼間の明るい窓辺で腰巻一枚の女が乳を出してるような破廉恥極まりない絵ですぜ」
 鳶松が言うと、貴子は急に染まった頬を押さえた。山川に面と向かって言われた時は気丈に拒絶できたが、こうして違う人間に客観的に言われてみると、そんなモデルをしたわけでもないのに、恥ずかしくなるから不思議だ。
 天野はそれを見てかすかに笑い、鳶松は慌てた。
「あ、これはご婦人の前で失礼しました」
 貴子は平静を装った。
「かまいません。
 それで山川芳円さんについて他には何かわかりまして?」
「住まいは本郷区谷中の小さな借家です。妻はなく、賄いのため近所の婆様が朝と晩に通っています」
 天野と貴子は続きはあるのかと、じっと鳶松を見つめる。
「私の勘ですがね、山川芳円はちと匂いますね。
 こいつは人間に対して常人の感覚と違うものがあると思います。具体的にどうとなるともう少し探ってみないことにはわかりやせんがね。
 あの口絵の傷とぴたりと合う傷にこだわる偏執なものがあるやもしれません。
 私の家は祖父まで五代に渡って奉行所の十手を預かってましたから、その辺りの勘は代々譲りで間違いないんで」
「ほお、それは天職の勘の強みですな」
 天野が言うと、鳶松は当然たと言う代わりに頷いたが、さらに言葉を続けた。
「ただ、もっと匂うやつが他にいます」
「どなたですの?」
 貴子は驚いたように訊ねた。
「吸血鬼の話を翻訳した芥川という帝大生ですよ」
「ほお、彼が犯人かもしれぬと?」
「ええ、普通の殺しなら包丁で刺して、それで終りです。
 しかし、今回のは血だけを抜いて殺した。
 私の経験では、こういう猟奇のなせる事件の犯人は類が決まってるんです。これは常人より想像のはなはだ強い、異常な感覚と、傲慢な思考を持つ者の犯罪だと睨みます。
 ご令嬢から聞きましたが、この芥川は普通の人間が犯罪者となる瞬間の心理に興味があると述べたそうですね」
 そこで天野が頷いた。
「ええ、私も聞きました。
 そういえば、貴子さんが帰った後に、彼は『罪と罰』を書いたドストエフスキイは犯罪者そのものだと言ってました」
「そうですか」
 鳶松は手帳に書き込んで頷いた。
「これから、ちょいと芥川の住むアパルトメントを張り込んでみようかと思います」
 天野は「アパルト?」と聞き返した。
「ええ、震災の後、お上の同潤会がモダンな鉄筋アパートメントを建築し始めているでしょう。それを真似た民間の二階建てのモダン風長屋です。といってもこっちは肝心の造りが木造ですがね」
 そこで貴子が訊いた。
「場所はどこですの?」
「神田です」
「えっ」
 天野は驚きの声を上げ、貴子が言った。
「真登子さまの家も神田で、天野さんも調べに行きましたの」
「ええ、そこなんですよ、うまく運べば二人の接点が見つかるやもしれません」
 天野は頷いた。
「私も犯人が阿南さんをどう見つけたのか気になってました。
 同じ町内なら、偶然、見つけている可能性も高いですな」
「そうです。そろそろ帰るかもしれない頃合だ。それでは私は張り込みに行きますので、失礼します」
 鳶松はドアに歩み寄った執事より先にノブをまわし出て行った。

「ふう、これで肩の荷が下りました。専門家が動いてくれるなら、僕の推理の出番はなさそうです」
 天野が言うと、貴子が笑った。
「あら、重荷でしたの?
 てっきり熱中してるのかと思いましたわ」
「冷やかさないでください。
 しかし、芥川君が候補というのはうなづけますね」
「どうしてですの?」
「阿南さんの本棚に小説がたくさんありましたから、芥川君なら話が合うように感じたのです」
「なるほど、そういえば真登子さんは樋口一葉が好きでしたわ、机にはいつも樋口一葉の読みかけの本が乗ってましたわ」
「一葉ですか?」
「ええ」
「漱石はどうです?」
「漱石はあまり読んでませんでしたね」
 天野は「ふうむ」と唸ったが、ふと思い出したように貴子に聞いた。
「もし、真登子さんが自殺を考えるとしたら、どんな理由からでしょう?」
「女は殿方が考えるよりずっと繊細ですのよ。
 ささいなことでも、本人は悩んで思い詰めるということがありますわ」
「それで真登子さんが慕う男性はいなかったんでしょうか?」
「いないと思いますわ。
 一度、問い詰めてみたのです、そしたら真っ赤になって、そんな方がいるはずありませんと答えましたわ。
 あの真登子さんがもうこの世にいないなんて、信じられません」
 天野は貴子が視線を向けた庭を眺めながら考え込むのだった。

(吸血鬼ドラキュラ6 に続く)




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コメント

とりあえず画家と文士が容疑者なんですね。
whoも気になるんですが、whyが全然わからないんですよね。
漱石にどんなヒントが?
あと、ときどき貴子さんの言葉に女性心理の説明が出てきますよね。
あやしい...。

  • 2008/09/10(水) 01:25:07 |
  • URL |
  • ia. #-
  • [編集]

いよいよ天野教授の推理が始まりそうですね。

樋口一葉と夏目漱石になんか共通項でもあるんだろうか。

  • 2008/09/10(水) 01:46:53 |
  • URL |
  • つる #-
  • [編集]

◆ia. さま ありがとうございます。

ええ、とりあえずですね(^^;
うん、亡くなった真登子さんに何があったか、
考えると眠れなくなります。

◆つるさま ありがとうございます。

ようやく説明がひと通り済んだし、推理して
みてください。
漱石と一葉はあまり共通なさそうですが(^^;

  • 2008/09/10(水) 21:45:48 |
  • URL |
  • 銀河系一朗 #DhVq6Ht6
  • [編集]
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gingak
  • Author: gingak
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    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    飛べなくても頭が悪くても
    地球人も宇宙人だ(笑)

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