銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

 †††

 女学生、痰をば詰めて死せるか

 帝都日々新聞に小さく出ている、昨日日曜の朝、自室で寝た姿で死んで発見された女学生の死亡をめぐる記事を、漆原宮貴子が指差して言った。
「天野様、この記事を見ましたか?」
「今、初めて見ました。これが、どうかしましたか?」
 天野辰彦は電磁場相研究の援助者である漆原宮(うるしばらのみや)家の館に寄宿していた。
 それが今朝早く、相思相愛の仲である令嬢貴子によってドアを叩かれ、起こされたのである。
「この死んだ被害者ですが、私の同級の阿南真登子(あなんまとこ)さまなんです」
「それはそれは……。
 貴子さんの年齢で同級生が亡くなるとは思いもよらないことでしょう。
 ご愁傷様です」
「私は、ただ級友の死が受け入れがたいだけでなく、この新聞の書く死因はおかしいと思うのです。
 真登子さんは毎週、薙刀の稽古をされて、私などよりずっと活発な方ですもの。
 かような、あたかも老いた病人のような死因はあり得ません。
 天野様、なんとかして下さいまし」
 たしかに同級の友人の訃報を新聞記事で知り、死因に疑いを持つのは無理からざるところだが、しかし、何も私を叩き起こさなくてもよさそうなものだ。
 朝食にはまだ早いテエブルに組んだ手をつき、天野辰彦は恋人のいつもの調子の要求に辟易していた。
「そう言われても僕は一介の学者ですよ。
 加うるに、専門がだいぶんに違うではありませんか」
「一介の学者ですって?
 帝国大学物理学助教授ともあろう方が、このようないい加減な死因を看過してよろしいと言われますの?」
「僕などより、警視庁の刑事局長の叔父上に頼まれたらいかがです。
 叔父上なら専門でしょう」
「もちろん叔父にはすでに電話で頼んでありますわ。
 夕方には見えると思います」
 貴子はじっと天野を見つめた。どうやら叔父上も叩き起こされた口のようだ。
「や、そうでしたか、これは恐れ入りました」
「しかし、警察が本気になってくれるかどうか。
 今のところ、この記事では事件ではなく自然死とされてるようです。
 ここは是非とも天野様にも協力いただいて、叔父を説得していただきたいのです」
 ここまで詰め寄られてはうっちゃりは望むべくもないので、
「わかりました。
 といっても私はかかる方面の知識が不足してますから、帝国大学の法医学教室にでも行って、そちらで話を聞いてくるとしましょう」

 †††

 帝国大学医学部の学舎に入った天野辰彦は山高帽を持ち上げて、受付に座る事務方の男に会釈した。
「物理学教室の天野辰彦と申します。
 法医学教室の教授にお会いしたいのだが」
「これは、ご苦労様でございます。
 法医学教室は右手の突き当りを曲がって一番奥になります。
 不在の場合は解剖中かもしれませんので暫時お待ちください」
 解剖という単語に天野は寒気を覚えつつ、平気で微笑を浮かべる受付の男に「ありがとう」と礼を述べて歩き出した。
 
 廊下を進むと突き当たりになにやら貼り紙をしている白衣の男がいた。
 天野は近づいて、その文面を覗き込んだ。


 世界犯罪小説案内 
 
 横行する残虐な犯罪を客観にて描く西洋の犯罪小説を
 紹介せる、世界法医学者必携の小冊子なり
 
         帝国大学犯罪小説倶楽部篇


「ほお、なにやら面白そうな冊子ですな」
 天野に声をかけられた白衣の男はびっくりして振り返った。
「やあ、突然、声をかけられて驚きました。
 そうです、文学部に芥川辰之助という小説好きがいまして、そいつと倶楽部を興したのです。
 ようやく、いくつかを翻訳したので、その告知です」
 横に分けた前髪の先が上向きに巻いている白衣の男が説明してくれると、天野は山高帽を取って会釈した。
「初めまして、私は物理学教室助教授の天野辰彦です。
 あなたは?」
「私は法医学教室の助手、五棟耕三です。
 天野助教授はどちらに御用です?」
「丁度、法医学教室に行こうとしていたのですよ。
 五棟君、案内してくれませんか?」
「お安い御用です」
 五棟は廊下を歩き出しながら尋ねる。
「しかし、物理の助教授が法医学とはかなり分野が違いますね?」
「ええ、知り合いが帝都日々新聞の記事を見て、同級の女学生の死因がおかしいと言い出したんです。そこで基礎知識を仕込みに来たのです」
 天野が説明すると、五棟は眉間に皺を寄せた。
「帝都日々新聞ですか、あそこは若い女性が死ぬとなんでも記事にするのです。
 ところがむさ苦しい人足の、頭と胴と足が百間ずつ離れて見つかったってなかなか記事にならぬのです」
「なるほど、そうでしたか」
 次第に濃くなる消毒のアルコオルの匂いに息を詰めて、天野は尋ねる。
「こちらに検分にまわされてくる数はどれぐらいあるんです?」
「東京市と近辺の殺人事件はすぐまわってきますが、まず、不自然な死に方だと病院から警察に連絡が入り、警察が事件と睨めばこちらにまわってきます。
 週にしたら数件というところですか」
「その程度ですか?」
「普通はそうです。
 ただ、満月の頃は事故も事件も増えるような気がします」
「ほお、それは興味深い。
 満月は人間の注意力や感情に影響するのですか?」
「残念ながら、因果関係は証明されてないようですが。
 ああ、こちらです」

 五棟が真鍮のノブをまわしてドアを開けると、そこは机が並んだ教室だった。
 学生たちはノートを見ながら班ごとに相談しているようで、教壇の上に白髪を後ろに撫でつけた人物が書物に目を通していた。
 五棟が天野に手のひらを向けて、教授に紹介してくれる。
「教授、こちらは物理学教室の天野助教授です。
 なんでも、帝都日々新聞の記事を見て、女学生の死因に疑問を持たれたとか」
「初めまして、天野辰彦と申します。
 これから警察の幹部の方に死因の見直しをお願いしなきゃならないのですが、なにぶん門外漢なものですから、基礎知識を知りたいと伺った次第です」
「帝都日々の記事ですか、遺体の名前は?」
 被害者という言い方ではなく、遺体と呼ぶあたりが法医学の流儀なのだろう。
「ええと、たしか阿南真登子とか」
「あなん?
 林田君、さっき警視庁から連絡があったやつじゃないかな?」
 教授が教壇の脇にいた助手を振り向いて尋ねると、助手は嬉しそうに答えた。
「たしかそうです、発見が昨日で、いったん自然死と思われたのが、警視庁が不審を持ったらしいです。遺族も納得いかなかったようですぐ合意した模様です。
 もう着く頃ですよ」
 天野は驚いた。貴子に電話で迫られた刑事局長がすばやく手回ししたのだろう。
「丁度、実物を見ながら説明できますよ」
 教授に言われた天野は蒼ざめた。そんなつもりで来たわけではないのだ。
「いえ、私は知識だけで結構で、」
「ははは、大丈夫、遺体はもう死んでます。襲いかかったりしませんから、安心して見物して下さいよ」
 教授の声に、教室の学生たちまでが揃って笑った。
 天野はここから逃げ出せないかと真剣に考えた。
 
 †††

 教室のすぐ隣が解剖室だった。
 大きなテエブルが解剖台とすぐ知れた。
 脚に小さな車輪がついた簡易ベッドがテエブルに寄せられ、布を被った遺体が学生たちの手でテエブルに移される。
 天野はまわりを学生たちに囲まれ、目だけはきつく瞑って、解剖台に乗せられた阿南真登子の遺体を見ないようにしていた。
「天野さん、だいぶ死後硬直が進んでいるが、きれいな遺体ですよ。ほら、大きな外傷はなさそうだ」
 声に目がうっかりうすく開き、教授が遺体の腕を持ち上げて観察してるのが見えた。
「お、これはなんだ?小さな傷がうなじの付け根にあるぞ」
 助手と五棟が覗き込むのを見て、天野はまた目をきつく瞑った。
「虫に刺された傷に似てますね」
「あ、教授、3センチほど離れた背側にも同じ傷があります」
「ふうむ、天野さん、これは一見虫に刺されたようにも見えますな。その虫が毒を持っていたかもしれません。
 早速に内臓を切り開いてみましょう」
 教授がそう宣言するや、天野は「いや、私はここで失敬」と叫び、ドアに駆け出した。

(吸血鬼ドラキュラ2 に続く)




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コメント

こんにちは♪
お。天野辰彦助教授ですね^^
然もドラキュラとは! 続きが気になります。
でも解剖シーンは私も逃げる!(笑)

  • 2008/08/13(水) 17:10:35 |
  • URL |
  • 巽 #jdMQ17Ic
  • [編集]

◆巽さま ありがとうございます。

そうです、大正時代の爺様の方(笑)
冒頭、咳痰をば詰めはてつ、として、さすがにやりすぎだとやめました(^^;
解剖は魚ぐらいならいいけど、大きいのはね。

  • 2008/08/13(水) 22:20:12 |
  • URL |
  • 銀河系一朗 #DhVq6Ht6
  • [編集]

どこかで見た二人だと思ったら、「見世物小屋」の方たちですね。
今回の連載は大正浪漫ですか。
しかもミステリアスな香りが。
お耽美な展開を楽しみにしています♪

  • 2008/08/13(水) 23:48:45 |
  • URL |
  • ia. #-
  • [編集]

丁寧な導入部ですね。もうすっかり天野助教授と一緒になって、ビビってます。タイトルに「吸血鬼」を謳ってあるから真相は別のところにあるのかな。続きが楽しみです。

  • 2008/08/14(木) 21:02:06 |
  • URL |
  • つる #-
  • [編集]

◆ia. さま ありがとうございます。

はい、大正ローマンでございます(笑)
ハハ、お耽美はちょっと苦手だから、期待しないでください。柔道、マラソンみたいになるから。

◆つるさま ありがとうございます。

まだ続きが書けてません。
すっかりお見通しですか?じゃ、つるさんに書いてもらおうかな^^

  • 2008/08/15(金) 00:52:25 |
  • URL |
  • 銀河系一朗 #DhVq6Ht6
  • [編集]
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gingak
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