銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

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 有紀は、家に眠る骨董品を有名な鑑定家に鑑定、値付けしてもらうという、人気番組の公開録画に出場した。

 司会者が有紀の持ち込んだ陶磁器の鉢を見ながら聞く。
「これはどういうお宝なんですか?」
「ええ、丁度、家の近くに、珍しく金魚売りが来たんで、娘と一緒に見に行って、買おうとしたんです。
 その時に、いろいろあって、金魚売りの方がこの鉢をくれたんです」
 あれは不思議な出来事だった。
 あの出来事に秘められた真実を知りたい、それが今回応募したひとつの理由だ。
 鑑定家が鑑定を始めると、有紀はあの金魚売りと会った日を思い返していた。

  ▼ 

 有紀は2歳になる娘優衣と昼食を済ませると、エアコンのきいた部屋で昼のテレビ番組を観ていた。
 サイコロを転がして出たテーマについて、ゲストに呼ばれた芸能人が体験談を語るというバラエティー番組だ。
 ハハハッ
 テレビの収録スタジオの笑い声と自分の笑い声がだぶって、それが収まった時、不意に物売りの声が小さくした。
 夏にこの街で物売りと言えば、竿竹売りぐらいだ。もちろん、あれは竿ではなく台を押し売りされたり、安い竿は錆びるからと結局、高い竿を奨められたり、竿を切ってサイズを合わせる工賃がぼったくりだったりする。
 しかし、この時、耳に飛び込んできたのは竿竹売りのスピーカーの声ではなく、肉声だった。
 有紀は慌てて、テレビのボリュームを落として、物売りの声を確かめた。

 えー、金魚~、ええ、金魚~。

 金魚売りだ。
 金魚売りの生の声なんて、生まれてこの方、聞いたことなんかない。テレビドラマの時代劇で数回聞いた気がするだけだ。
 珍しいことがあるものだ。
「きんぎょって?」
 優衣が尋ねたので、有紀は答える。
「小さくて真っ赤なお魚だよ」
「ポニョ?」
「ポニョじゃないけど、ポニョの種類かな。
 ちょっと行って見せてもらおうか?」
「うん!」
 有紀は金魚売りのもの珍しさに優衣の手を引いて、外に出た。

 すると、アスファルトの上を、時代劇から飛び出してきたような、紺色の法被にさらしの股引姿で、ねじりはちまきをした金魚売りのお兄さんが天秤棒を担いで近づいて来る。

 えー、金魚~、ええ、金魚~。

 その声のなんともいえないノスタルジックな響きが一瞬暑さを忘れさせてくれる。

「金魚ですか?」
 有紀は、こんなに珍しい金魚売りに会えたんだから一、二匹は買ってもいいやと思いながら、声をかけた。
「へい、金魚でござい」
 三十歳くらいに見える金魚売りのお兄さんは天秤棒から下げた寿司桶みたいな桶を地面にそっと降ろし、桶の蓋に乗っている奥行きのあまりない円筒の木製枠にガラスをはめた金魚鉢みっつごと蓋をずらした。
 すると桶の中を金魚たちが気持ち良さそうに泳いでいる。

「わあ、ポニョだ、ポニョだあ」
 優衣は大喜びだ。
 有紀は財布を開きながら言った。
「ひとつ、いえ、みっつもらおうかしら」
「ご内儀、お好きなやつを指差して下さい」
「じゃあ、この大きいのと」
「御目が高いね」
 金魚売りのお兄さんはそれを素早く陶器の鉢ですくう。
「あと、こっちの、とこっち」
 金魚売りのお兄さんは三匹の金魚を陶器の鉢ですくった。
「この金魚箱はいらねえかい?」
 立派な木製の金魚鉢はかえって高いに違いない。たしかスーパーでプラスチックの水槽があったような気がする。あの方が絶対に安い。主婦の直感がそう判断した。
「金魚箱はよかったわ」

「へい、では金魚みっつで、五十文いただきやす」
 そう言われて、有紀は戸惑った。
 五十文というのは五十円というわけではないだろう。それでは安すぎる。とすると五十文は五百円のことだろうか。
 有紀は財布から五百円玉を出して、金魚売りのお兄さんに渡した。
 すると、金魚売りのお兄さんの顔が曇った。
「ご内儀、からかっちゃいけませんぜ。
 こんなニセの銀貨でたぶらかそうとは、立派なご内儀のすることとも思えません」
「じゃあ、お札で」
 有紀が千円札を出して渡すと、金魚売りのお兄さんの顔がますます険しくなった。
「ご内儀、こんな紙切れでごまかそうってのかい?
 耳を揃えて五十文払ってもらおうじゃねえか」
 真剣に怒る様子は冗談とも思えない。

 有紀は自分の思いつきを頭の中で言葉にしてみて、眩暈のようなものを感じた。
 まさか、この金魚売りのお兄さんは今のお金を知らないのではないのか。この、どこからみても時代劇としか見えない格好はいったいなんだろう。
 もしかしたら、この金魚売りのお兄さんは何かの間違いでタイムスリップしてきたのではないだろうか。そう考えると一応の納得がいくのだが……。
 だとして、どう応対したら、怒りを収めてくれるのだろう。

 有紀は懸命に考えて切り出した。
「あいにく五十文がなくて、申し訳ないけど、お米か何かで払うってことにできませんか?」
 すると、険しかった金魚売りのお兄さんの顔が穏やかになった。
「まあ、たまたま、手持ちがねえってのは俺も覚えがあるからな。
 かまわねえぜ、ご内儀、米を持ってきな」
「ありがとうございます。
 今すぐ、お持ちしますから」
 有紀は優衣の手を引っ張って、家の中に駆け込み、ストッカーから米を四合ほどタッパーに入れて金魚売りのお兄さんのもとに戻った。
「これぐらいでいいですか?」
「おう、こりゃあ五十文じゃ多すぎやしねえかい?
 じゃあ、こっちもその鉢をつけてやろうじゃねえか」
「それじゃあ悪いわ。
 金魚より高いじゃないですか?」
「いいってことよ。
 おう、娘子、おっかさんの言うこと聞いて、金魚を大事にするんだぞ」
 金魚売りのお兄さんはそう言って優衣の頭を撫で、桶に蓋をして、天秤棒を担ぎ上げた。
 
 えー、金魚~、ええ、金魚~。

 そう声を上げながら、ゆるい坂道を登ってゆく金魚売りのお兄さんの後ろ姿は、アスファルトから昇り立つ熱のゆらぎにゆらめいて、だんだん小さくなってゆく。
 有紀が金魚を抱えたままずっと金魚売りのお兄さんの後ろ姿を見送っているので、優衣が飽きて肘を引っ張った。
「ちょっと待ってよ」
 一瞬、優衣に振り向いて言い聞かせて、視線を戻すと金魚売りの姿は跡形もなく消えていた。

 今の金魚売りは夏の昼下がりの幻だったのか?
 いや、金魚と金魚を入れたきれいな絵柄の鉢は有紀の手の中にちゃんとある。
 やはりあの金魚売りは江戸時代からタイムスリップして現れたのか?

  ▼ 

 鑑定家の中乃島清助は、有紀の持ち込んだ鉢をルーペで眺め、裏返し、軽くはじいて音を聞いて真剣な表情だ。

 司会者が間を埋めるように問いかける。
「お米四合でこれが高価だったら、嬉しいですね。
 だけど、こういうパターンはだいたい偽物なんですよね」
「え、ええ」
 司会者の突っ込みにたじたじとなりながら有紀はボードに希望価格を書き入れた。

 有紀が8万円と書いて掲げたボードが、アシスタントの手で中乃島清助に渡され、鑑定値段が書き入れられて、有紀に見えないように裏返して渡される。
「ここでまっすぐ上げて下さいね、時々、途中でひねって逆さにされる方がいますので、まっすぐ上にお願いします。さあ、いきますよ」
 司会者の「さて、鑑定結果はいくらだったでしょう。せーの、ジャカジャン」という掛け声がかかる。
 有紀がボードを頭上に掲げると、会場から「オオーッ」とどよめきが上がった。

「100万円~ッ!」
 司会者の声も興奮気味だ。
 いや誰よりも有紀が興奮している。お米四合が100万円に化けたのである。
 中乃島清助の解説も熱を帯びている。
「これは江戸初期、1650年頃の初代柿右衛門の有田焼の鉢に間違いございません。
 磁器といえば中国の景徳鎮が世界的に有名なんですが、17世紀に入ると政治的混乱によりヨーロッパに輸出できなくなってしまったんです。
 そこで1659年、有田の美しい色絵磁器を中国磁器の代替に輸出したんです、それが大変な好評を博して有田焼は世界的に有名になるんですね。
 この鉢は小ぶりですが、その当時の色をしっかり残してますねえ。
 いやあ、素晴らしいものを見せてもらいました」
 司会者が有紀にマイクを向けた。
「すごいことになりましたね、今のご気分は?」
 有紀は答えた。
「また金魚売りのお兄さんに会って、もうひとつ鉢をもらいたいです」
 さすが主婦である。あの金魚売りがタイムスリップしてきたかなんて、もうどうでもよかった。   了
 



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コメント

すごく面白かったです。
不思議で、情緒があって、それなのにテレビ番組という枠の中という設定なので違和感なく読めました。
最後の奥さんの言葉が可愛らしいですね。
よくこんな素敵なお話を思いつくなぁ(^○^)

  • 2008/08/05(火) 22:20:45 |
  • URL |
  • ia. #-
  • [編集]

登録しました

メッチャ気になるブログですぅ~♪

エイッ! お気に入りに登録 完了♪

◆ia. さま ありがとうございます。

楽しんでいただけたようで、嬉しいです!
オチが強くない話も、こういうサンドイッチの構成にすると、落ち着きますよね。

◆きよみさま はじめまして!

ご訪問&コメ、ありがとうございます!
これからもよろしくお願いします!
ちなみに、私は、加湿器の低周波で激しいめまいがした過去を持ってます(^^;

  • 2008/08/05(火) 23:05:30 |
  • URL |
  • 銀河系一朗 #DhVq6Ht6
  • [編集]

ははは、鑑定人の口上に笑ってしまった。
サンドイッチの構成の真ん中が面白かったです。金魚売とのやりとりが興味津々でした。日光江戸村でも、お土産屋さんが「はい、百万両のおつりです」とか言います。その気(江戸気分)になります。

  • 2008/08/05(火) 23:29:20 |
  • URL |
  • つる #-
  • [編集]

面白かった。
しかし、機転が利いて、米をもってきたのはえらい!
シン古銭好きなんだけど、もし、もってたら……なんか嫌だなwwwwwww
わたしたくねー。
今度会えたら、身包み剥ぎたいねwww

ところで、シンはちょっと違うオチを考えてた(笑
なんかジョークにしてみよっかなぁ。
てか、ネタだけ溜まってるや・・・・・・。

あと、気付くの遅れたのですが
裏ブログに米(笑)ありがとうです!!
凄く嬉しかったです!
ファブィファブィファブィ!

  • 2008/08/06(水) 15:12:24 |
  • URL |
  • 見習猫シンΨ #ap6q.jK2
  • [編集]

こんばんは♪
面白かったです^^
奥さん奥さん、真実よりお金ですかい(笑)
金魚売りかぁ。ノスタルジックでいいなぁ。
そしてまた「♪ポ~ニョポ~ニョポニョ」が頭の中をグルグルし始める……v-520

  • 2008/08/06(水) 18:52:15 |
  • URL |
  • 巽 #jdMQ17Ic
  • [編集]

◆つるさま 毎度ありがとうございます。

江戸村で百万両はまだいいですけど、その辺の八百屋、ラーメン屋で、おつりの単位が百万円なのはちょっと、ぬか喜び感の方が強い!

◆見習い猫シンΨさま ありがとうございます。

江戸時代の人と話してみたいですね。
たぶんテンポは違うけど七割ぐらいの内容は理解できそう。

◆巽さま ありがとうございます。

昔の物売りはのんびりしてていいですね!
巽さんも、私同様、リフレイン症候群ですか。けっこう多いみたいで安心したw

  • 2008/08/06(水) 20:13:25 |
  • URL |
  • 銀河系一朗 #DhVq6Ht6
  • [編集]

鑑定団。リアルですねぇ(笑)面白かったです。これも好みのお話だなぁ。最近の系一朗さん、好調な波がキテル感じですね^^ 金魚売りの兄さんのいなせなキャラも良かったですし、脱力系のオチにも笑ってしまいましたw

  • 2008/08/08(金) 09:14:18 |
  • URL |
  • レイバック #-
  • [編集]

◆レイバックさま ありがとうございます。

鑑定団は面白いですね。推理通りと意外性の宝庫!いなせな江戸っ子の時代は案外暮らしいいみたいです。暑さも今ほどじゃないわけだし。
オチは難しいですね(^^;

  • 2008/08/08(金) 23:24:38 |
  • URL |
  • 銀河系一朗 #DhVq6Ht6
  • [編集]

こちらでははじめまして!
いつかはブログに遊びに来て頂きましてありがとうございます!銀河系一朗さんの小説、ようやく読ませていただきました。

童話のような、仄かな不思議と洒落のきいたお話で非常に楽しかったです。
ポニョというタイムリーな単語を挟む一方、金魚売りを出すというこのギャップ、冒頭のお宝鑑定団にどう続いてゆくのか、ワクワクしながら読んでました。
また、台詞運びが素晴らしいですね!流れるような文章に引き込まれました。中島・・・じゃなくて中乃島さんのもっともらしい解説に笑いました。

他の短編も読ませていただきたいと思います。

  • 2008/08/09(土) 23:23:24 |
  • URL |
  • 詠魚 #-
  • [編集]

ご無沙汰です。
なんか不思議なお話でしたけど
最後の主婦的感覚が面白かったです。
それに陶器の解説がとっても詳しくて驚きました。

  • 2008/08/09(土) 23:59:39 |
  • URL |
  • 舞 #mQop/nM.
  • [編集]

◆詠魚さま ありがとうございます。

お褒め頂いて光栄です!
これを書く直前、詠魚さんの作品に金魚鉢があるのはちらっと目に入ったんですが、影響されちゃいけないと読まずにいたんです。
そして今読んだら全く違う方向の幽霊のお話でしたが、びっくりしました。
これこそユングの言う集合的無意識のなせる技です!私の天野教授シリーズも同じ考え方ですよ!

◆舞さま ありがとうございます。

主婦感覚、面白かったですか?舞さんにそう言っていただいて嬉しいです!
陶磁器の解説はwikipedia頼みです(^^;

  • 2008/08/10(日) 10:30:07 |
  • URL |
  • 銀河系一朗 #YS3Z5NF6
  • [編集]

不思議テイスト! イェース!
最後がちょっとだけもの足りなかったけど、
面白かったです。

  • 2008/08/22(金) 19:44:38 |
  • URL |
  • 火群 #WzzJX4NY
  • [編集]

◆火群さま ありがとうございます。

そうなんですよね、ラストがちょっと軽くなってしまって……暑さのせいにしておきたい(^^;

  • 2008/08/22(金) 20:57:28 |
  • URL |
  • 銀河系一朗 #DhVq6Ht6
  • [編集]

面白かったです!

面白かった~
タイムスリップ・・・?
夏の暑さ、蝉の鳴き声、キンギョの赤さ、お兄さんのいでたち、
そんなものがイメージとして膨らみました。

100万円と出て「もうひとつ金魚鉢をもらいたい」という主婦の気持ちがオチとしても良かったです。

リンクさせていだたいて
またお邪魔しますv-410

  • 2008/11/24(月) 11:04:32 |
  • URL |
  • 菜の花子 #xdgqG2FI
  • [編集]

◆菜の花子様 ありがとうございます。

面白かったですか?楽しんでいただけて嬉しいです。またお越しください!

  • 2008/11/24(月) 23:13:29 |
  • URL |
  • 銀河系一朗 #YS3Z5NF6
  • [編集]

こんにちわ(*^_^*)

こんにちわ(*^_^*)
今日はこちらちょっと曇って風が強いです。
おもしろかったです(*^_^*)
いなせなお兄さんが出てきてどうなるんだろうかと思いましたが、やはり不思議なお兄さんなのですね。
それにしてもキップがいい、ほれぼれしますね。
優衣ちゃんもかあいいですね。そしてさすがお母さん、しっかりしてます(*^_^*)

わたしこちらへのリンク、トップページではないところにしていましたね。
訂正させていただきました。

  • 2009/05/13(水) 16:17:14 |
  • URL |
  • KOZOU #-
  • [編集]

◆KOZOU様 ありがとうございます。

そういえばちょっと変わった登場人物多いかもです(^^;
KOZOUさんが楽しんでくれてよかったです!
お宝鑑定団は好きなんですよ、テレビ東京にしては珍しくオリジナルな名番組ですよね。
リンクもありがとうございました!

  • 2009/05/14(木) 01:51:09 |
  • URL |
  • 銀河系一朗 #7VZ5bVfM
  • [編集]
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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    飛べなくても頭が悪くても
    地球人も宇宙人だ(笑)

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