群馬の住宅地の脇の林から、その石室が発見されたのは偶然だった。
たまたま近所で大学の調査隊が既に発掘済みの古墳実地調査に来ていた。
そこへ近所の子供がやってきて調査隊の大学生といろいろ話してるうちに、そういえば近くに大きな石があるんだよと言い出したのだ。
「どれぐらいの石?」
「うんとね、たぶん自動車ぐらいあるかもな。だけどちょっとしか見えないよ」
「そりゃ大きいね、どんなとこにあるの?」
「丘みたいな林に小さい洞窟があってね、その中」
「その林の前になんとか古墳て看板あるんじゃないの?」
「僕もそうかなと思ってぐるりと回ってみたけどなかった。
でも狭いから小さい子供じゃなきゃ入れない。もっと大きい洞窟もあるんだよ、そこの方が面白いよ」
「地図でわかるかな?」
「うーん、うーんとね、この神社の二股の道をこういって、だからここらへん」
子供の指し示した地点に既知の古墳情報はない。
考古学科の塚階丈士は突然、震え出した。
もしかしたら未発見の石室かもしれない。
だとしたら、これは大発見になるかも。
「そ、そこへ、す、すぐ案内してくれるかい」
急に声のうわずった塚階を不思議そうに見あげながら、子供は「うん」とうなづいた。
町の全面協力の元、発掘隊が組織された。
まわりの土を掘り起こして石室の外観が露わになると、風雨を避けるためすぐにテントで覆われ発掘作業が進められた。
石室の蓋のわずかな隙間からファイバースコープが入れられてゆく。
隊長の酒糟教授を始め、隊員らは息を呑んでモニターを見守った。
高松塚のような彩色壁画があったら……。
そう思うと隊員たちの心は躍った。
まもなくモニターに内壁が映し出された。
残念ながら彩色壁画は見当たらない。が、その代わり横書きの仮名文字が見えた。
いつみきとてか と読める。
「おお」「やった」
隊員たちから、どよめきが上がる。
隊員の中でひそひそと会話が交わされる。
「いつ見きとてかと言えば」
「みかの原わきてながるる泉河いつ見きとてか恋しかるらむ」
「百人一首にもある、藤原中納言兼輔ですか」
「それじゃ時代が違うだろう、でも後から書かれたかな?」
隣の壁面にも仮名文字があった。考古学の知見に従い正しく並べるとこうなる。
さくいかわす はまたのそ いつみきとてか
「ちょっと言葉がわかりませんね」
「まあ、その辺は後からゆっくり考察すればいいんだから」
酒糟教授がなだめた時だった。
ファイバースコープが底面に向きを変えて、美しい着物をまとった子供らしき姿が見えた。
頭部から目にかけ髪が伸び、顔は閉じた目から下、鼻、口が見えているが性別は少女のようだが断定はできない。着ているのは鮮やかな赤色に竹色の何かのシルエットが繰り返されて、襟の合わせが中央ではなく、横になっている。平安より前かもしれない。
「すごいミイラだ、生きてるみたいだ」
「こりゃマスコミに受けますよ」
「君、ちと不謹慎だよ」
そう注意する酒糟教授も満面の笑みで、まんざらでもないようだ。
その日の夕方、モルタルの現地事務所で会見が行われた。
「本日、八万町発掘調査隊は五万塚古墳の石室の内部にカメラを入れ、その内部に着物をまとった少女と見られるミイラが非常に良好な状態で保存されていることを確認いたしましたのでお知らせいたします」
酒糟教授の説明に一斉にフラッシュが瞬く。
「残念ながら非常に細いファイバースコープによる撮影のため、画像が不鮮明であることをご了承下さい」
酒糟教授が助手にパネルを掲げさせると、またフラッシュが瞬く。
「このように生身と見間違うほどの保存状態です」
同時に記者席に写真と仮名文字のテキストが配られた。
「この壁の仮名文字ですね、さくいかわす はまたのそ いつ見きとてか
どういう意味ですか?」
「これは、えー、これにつきましては鋭意解読作業中です」
酒糟教授の説明にまたフラッシュが瞬く。
これを受けて、【石室から美少女ミイラ発見 いつ見きとてか、と太古のロマン】という見出しでニュースが、全国紙の一面を飾り、世界中に配信された。
遡 隠れる
小学三年生の畑乃葉月はよく友達たちと一緒に外で遊んでいた。
学校が終わるとすぐ塾に行くか、家に帰ってゲームする都会の小学生と違い、このあたりでは、いまだに外の遊びが健在だ。
高学年の男子小学生は広場でスポーツに夢中だが、女子とそれにつきあわされる低学年の男子グループは、縄跳び、ケンケン、缶蹴り、隠れんぼ、一輪車などで遊ぶ。
その日の午後も、いつものように近くの公園に仲間が集まる。
「葉月ちゃん、今朝の地震怖かったね」
葉月は一年上の結衣に言われて軽く受け流した。
「ああ、あれね、震度5でしょ、もうびっくりして飛び起きた」
本当は今朝、学校でクラスメートが話してて、心の中で「えっ?」と叫んだのだ。
その時からうまく話を合わせたのである。
そこへ同級生の羽生卓斗が顔を突っ込んで来る。
「畑乃は熟睡してたんじゃないのか?」
くっ、当たってるよ。
それだけに、葉月はムキになって言い返した。
「失礼ね、そういう自分こそ、オシッコちびったんじゃないの」
「ばかこけ」
また喧嘩が始まろうかという時に、リーダー格の関口優美が宣言する。
「縄跳びしよっか」
皆が一斉に同意して、大きな縄跳びが始まった。
「一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、十一、」
誰かが引っかかって、溜め息が上がる。
葉月は天を仰いだ。
空にはまた長い雲が縞模様に並んでいる。
気を取り直してまた跳びはじめる。
「一、二、三、四、五、六、七、八、九、十、十一、」
いいところでまた低学年の女の子が引っかかってしまい、面白くなくなってきた。
「缶蹴りしようよ」
またリーダー格の関口優美が言い出して、缶蹴りを始めることになる。
ジャンケンで、卓斗が鬼に決定した。
葉月はやったと思った。
葉月につっかかってくるのは葉月が好きだからなのだが、葉月は卓斗の気持ちに全く気付いていない。いや、当の卓斗も気付いていないのかもしれない。
絶対に蹴って、ずっと鬼にしてやるんだから。
葉月にはこの時に使おうと先週誰もいない時に目をつけていた狭い洞窟があった。公園の裏手の林の中にあり、体を寝せた状態でしか身を忍ばせるスペースはないが、公園の鬼の動きを見通せる絶好の位置なのだ。鬼が公園の向こうの駐車場やら自販機に遠征したら、一挙に飛び出して缶を狙えるはずだ。もっとも最初にこちらに近づいてこられたら身動きは取れないし、洞窟といっても奥行きはないから、じっと見つめたら葉月の顔や洋服がばれる怖れはあるのだが。
葉月は予定通り小さい洞窟に、その体を滑り込ませた。
鬼の卓斗はまだ缶のところでうずくまって数を数えているようだ。
しかし、予定と違うことをひとつ発見した。
洞窟の背面である大きい石の上が、まるで蓋がずれたように少し開いていたのだ。
実際、それは石室の巨大な石蓋が夜明けの地震でずれたのだ。
石蓋自体の厚みがかなりあったので、葉月は隙間から中を覗き込んだ。
しかし、暗くてよくわからない。
ただ、この石の中に隠れれば、鬼の卓斗からはまず見つからないだろう。
よし、しばらく中に入って、後から缶を蹴りに行くのが安全だ。
葉月は石室の中に潜り込んだ。
しばらく石蓋の隙間に頭を出していたが、洞窟の入り口より高いので、公園は見通せずつまらない。
葉月は石室の中で膝を抱えるようにして座った。
石蓋の明かりだけが頼りだが、その明かりも洞窟の影からの明かりだから薄暗い。
カビ臭い匂いが最初は気になったが、同時に何か甘い匂いもした。
しばらくじっとするうち、葉月はうとうととして夢を見た。
かがり火が焚かれている。
布の腰を紐で閉じただけの古代服の男が剣を持って、ダンスをしているようだ。
いや、ダンスではない、
剣の先には濃い緑の大蛇の大きな頭が口を開いたり、閉じたり。
男に噛み付こうとしているのだ。
男は剣を突き出すが、次の瞬間、大蛇の頭が隣にもうひとつ現れる。
さらに大蛇の頭がもうひとつ。
みっつ頭の大蛇だ。
もうだめだ。
男は大蛇に食べられるしかない。
目をつぶりたいが、つぶれない。
男が振り向いて、こちらに逃げようとする。
逃げ出すふがいなさと、大蛇の恐怖に引き攣った男の目が見えた。
た、卓斗だ!
男の顔は卓斗だ。
涙があふれた。
卓斗の体は大蛇の口にはさまれてしまった。
バカ!
最初から逃げればいいのよ!
戦って勝てばなんだっていうの。
葉月は走って逃げ出した。
大きな屋敷の中に入ったが、みっつ頭の大蛇は中まで入って来た。
もうだめだ。
今度は私が食べられるしかない。
そう思った時、不思議なことが起きた。
大蛇のみっつの頭同士が戦いを始めたのだ。
怖かったけど、大蛇の頭の下を駆け抜けて、山を走った。
やがて、海が見えた。
潮騒の音がした。
そこで葉月は夢から、本格的な眠りに落ちてしまった。
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