銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

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丑の刻参り



 その日の昼下がり、天野教授の部屋を、地味なスカートと白いブラウスに黄色のカーディガンを羽織った事務の有森朋子がノックして入ってきた。
「天野教授、お客様なんですけど」
「うん」
 白衣をひっかけた天野教授は立ってコーヒーをドリップしているところだ。
「よかった、まだお昼寝の時間かと心配してたのですが」
「たった今、起きたところです」
 そこで有森朋子は教授に歩み寄り、耳元に囁いた。
「警察の方を廊下に待たせてるんです、くれぐれも大学に迷惑かけないようにして下さいと事務局長から伝言です」
 天野教授は微笑んで、コーヒーカップを持ち上げた。
「飲んでゆきますか?」
「いえ、私は」
「おいしい豆が入ったんですよ、事務局長には監視のために同席したと答えればいい。
 それにあなたもどんな話か興味津々でしょ?」
 朋子の顔に笑みが広がった。

「どうです?」
「おいしい!」
 教授の隣の席に腰掛けた有森朋子が言うと、向かいのソフアに座った戸山と名乗る刑事も頷いた。
「こんなおいしいコーヒーは久しぶりですよ。いや、思いがけず美味しいコーヒーにありつけました。ごちそうさまです」
 天野教授はコーヒーの秘訣を明かす。
「おいしく淹れるコツは、熱しすぎず、ゆっくりと、ですよ」
 戸山刑事は五十歳ぐらいで、体型もむっくりとして、笑みを浮かべると人当たりがよさそうな印象だ。笑いながら警察手帳を出されても刑事とは信じられないだろう。
「それで今日、伺ったのは、他でもありません、ちょっと厄介な相談なんです。
 私の課は生活安全課でして、まだ事件にならない相談が多く持ち込まれるんです」
「なるほど」
「そのやっかいな相談というのが、これです」
 戸山刑事は小さなビニール袋を天野教授の前に差し出した。
 ビニール袋には長さ2センチから3センチほどの釘がと十数本ぐらい入っている。そして釘の一本一本にセロテープで日付がつけてある。
「苦情を申し立てた主婦によると、朝目覚めたら、パジャマ、肌着の下、胸の上に、この釘があったというのです」
「気持ち悪い」
 朋子は乗り出してた上半身を、思わず引いた。
「実は前から隣の主婦が、財布の中身を抜いたのはお前だろうと言い張り、勝手に呪ってやると言われ困ってると申し立ててまして、これは今日は持って来なかったのですが、呪い殺してやるという趣旨のチラシも郵便受けに入ってたんです」
「やだあ、怖い」
「申し立てた、まあ、被害者と言うと大げさですが、被害者は、私の課に相談に来た後、監視カメラを玄関に設置しまして、映像を確認したところ、侵入した姿は映ってませんでした」
「玄関以外から侵入したという可能性は?」
 天野教授が尋ねると戸山刑事は首を右に振った。
「前面は高さ2メートルの石塀、側面と背面は高さ1.5メートルのブロック塀が囲ってます。隣の主婦が側面の塀から侵入しようとしたら、踏み台が必要になりますが踏み台やその痕跡は見当たらなかった。特に、帰る時は、相手の敷地に残る踏み台を簡単には片付けられませんからね」
「ふうむ」
「それで課内では被害者の狂言説も飛び出したのですが、課長のお子さんがこちらの大学生でして、天野教授が難しい事件を解決してると聞いて、ご意見を伺いに来たわけです」
「ちょっといいでしょうか?」
 有森朋子が刑事と教授双方に発言の許可を求めた。
「どうぞ」と言ったのは戸山刑事だ。
「教授は事件を解決してるんではなく、解説してるだけですよね」
 朋子が事務局の意見を述べると、天野教授は笑みを浮かべた。
 最近、大学にも天野教授による心霊写真の鑑定や原因不明の病気の理由を問い合わせてくる例が少しずつ増えて、事務局は対応を決めたところなのだ。
「ああ、そうです、今のが大学と私の公式見解です。
 面白い事件は大好きなんですが、あまり相談が集まっても対応できませんからね」
 戸山刑事は「ええ、ええ」と頷いた。
「そこで、この釘なんですが、どう思われます」

 教授はトレードマークの髭をそっと撫でおろすと、言った。
「ちょっと開けて並べてもいいですか?」
「えっ、ええ、指紋は取れませんでしたから構いません」
 天野教授は念のために白い手袋をして、ビニール袋から釘をあけて、大判の紙の上に、一本一本、丁寧に釘の頭が手前になるように横に並べた。
「日付順に並べました、よく見て下さい」
 続いて、教授は、釘の手前に厚手の定規を置くと、釘の頭に均等に力がかかるようにそっと押して揃えた。
「あ、きれいに並んだ」
 朋子が言うと、戸山刑事が言った。
「ああ、それは署でもやってみました」
 釘の先端は、左端の2センチぐらいから、右端の3センチまで、ほぼ一直線になった。
「それで、製造元とかはわかりましたか?」
「いや。そこまではわかりませんでした。案外釘のメーカーは多いんですよ、最近は海外からも入ってるようで」
「私が思うに、この品質は一定に見えます」
「ええ」
「そして長さも日付につれて、1ミリ以下の刻みで長くなってる」
「ええ」
「ひとつの釘メーカーで、長さをこんなに細かく分けて市販するでしょうか?
 犯人の側にしても、わざわざ日付をおって、一本一本少しずつ長いものを用意して置くのはかなり面倒ですよね」
 天野教授がそう言うと、戸山刑事が息を呑んだ。
「うかつでした、1センチの幅にこんなに細かい種類があるというのもおかしな話だ。
 それでは、どういうことなんですか?」
 すると天野教授はあっさりと答えた。
「ええ。もしかしたら、これは物質化現象かもしれませんね」
「エッ」と朋子。
「ブッシツカゲンショウ?」と繰り返したのは戸山刑事。
「そうです、この場合、この釘のわずかずつの巨大化は、物質化現象という説明が一番わかりやすいと考えます。
 犯人がだんだん物質化に慣れるに従い、釘が大きくなってきているんですよ。
 しかし、物質化にはそれなりの意識の集中が必要と考えられます。それは通常の意識の範囲を超えた集中です。それを可能にするのは……」
 教授は言葉を切って、戸山刑事の目を見つめた。戸山刑事は目をぱちくりとした。
 教授は眼鏡を押さえて言った。
「それは、現地を見てから、慎重に考えさせてください」
 戸山刑事は唾を飲み込んだ。
「わかりました、案内します。ただ知り得たことは全て外部に極秘にして下さい。それから署内も他の部署には秘密にしたい。うちの課長はいいですが、他の部署は頭の堅いやつも多いですから」
「ええ、心得ました」

 2

 晴れたのどかな昼下がり、一台の乗用車が住宅街に駐車していた。
 運転席にいるのは生活安全部の若手刑事矢原、後部座席に並んでいるのは戸山刑事と天野教授である。さすがに今日は教授も白衣は脱いでいる。
 戸山刑事が前方の家を指で差し示す。
「右手の、あの白っぽい壁が被害者波多野順子の家、奥の庇が赤く見えるのが加害者と思われる雨海重子の家です。
 パトロール等で差し掛かった際は、双方の家を観察するように管轄の警邏隊、派出所には通達してありますが、今のところ何事もありません」
「それで年齢はいくつです?」
「えー、波多野順子が54歳、雨海重子が67歳です。
 波多野順子は夫と息子の三人暮らし、雨海重子は夫は既に他界して一人暮らし。たまに嫁いだ娘が顔を出すようです。
 身長は波多野順子が157センチ、雨海重子が150そこそこ。
 体型は両者共に、ややころっとしてますが、太ってるという程ではない」
 天野教授が矢原刑事に尋ねた。
「矢原さんは実際に会いましたか?」
「ええ、両者共に」と矢原刑事は唇に笑みを浮かべた。
「印象はどうです?」
「うーん、波多野順子は普通のおばさんですよ。
 最初は警戒してたけど、親しくなると冗談とばして笑わせるぐらい。
 雨海重子はやはり警戒心が強い感じです。
 僕は、逆にあっちが悪いんじゃないかって態度で聞いてやるんですが、表情の堅さが変わらない。普通、共通の敵を持てばもう少し心を覗かせると思うんですが、それがない感じですね」
「なるほど」
「天野教授、どうです?」
「そうですね、僕も会ってみたいんですが、いいですか?」
「会うんですか。
 警察に協力してるとか言わないで下さいよ」
「まさか、言いませんよ」
 そこで天野教授は真顔で尋ねた。
「僕はセールスマンで言うと何のセールスですかね?」
「先生がセールスマンですか?」
 戸山刑事は唸って考え込んだ。
 矢原刑事は笑いながら「わかりました」と切り出した。
「天体望遠鏡。これしかないと思いますよ」
 今度は戸山刑事が笑って手を叩いた。
「うん、こりゃあイメージは、ぴったりだな」
 天野教授は照れて髭を撫でた。


 f_02.gif プログ村

丑の刻参り 後編 に続く 

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コメント

こんばんは。
天野教授にあまり馴染みのないわたしなのでこれからじっくり拝見していくことにしますよ。、
それにしても長く主婦業やっていますが天体望遠鏡のセールスマンにお目にかかったことはございませんことよ。(笑)

  • 2007/12/29(土) 22:26:45 |
  • URL |
  • つる #-
  • [編集]

◆つるさま ありがとうございます。

ま、その辺は、もの珍しさ狙いです(笑)

  • 2007/12/29(土) 23:11:41 |
  • URL |
  • 銀河 系一朗 #-
  • [編集]

 今日は天野教授を脳内で水谷豊にして読んでみました。
 中々、悪くないなあと思ったのは自分だけか…(キャラ違ったらすいません)
 とぼけた感じの教授なイメージ

 そんなわけで、今年最後のコメントです。
 また、来年もお世話になります。

  • 2007/12/30(日) 14:12:01 |
  • URL |
  • ぬこ #Tf9aLMeg
  • [編集]

◆ぬこさま ありがとうございます。

相棒の水谷豊ですね。外見はかなり違いますが、うん、台詞運びとか、態度とか、似てるところもいろいろありますね。
良いお年をお迎え下さい。来年もよろしく!

  • 2007/12/30(日) 21:06:31 |
  • URL |
  • 銀河+系一朗 #-
  • [編集]
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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    『地球人も宇宙人』。
    写真はッシェル・ポルナ
    レフの真似です

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