銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

 弘仁七年(816年)、都の人々は悪半月という強盗団への恐怖に震えていた。

 一味の手口は月が半月になった頃、薄闇に紛れて屋敷に押し入り家人を殺めては金品を奪うという凶悪なもので、人々の心が休まる夜がなかったのである。
 もちろん都の治安を預かる検非違使(けびいし)は威信をかけ巡回と探索を重ねた。
 その結果、皐月に入って一味が密かに集う廃屋を探り当てて急襲、頭領の息子一太を始め殆どが斬り殺され、頭領の悪半月は捕らえられた。
 早々、死刑と沙汰が決し悪半月は六条河原の刑場に引き出された。
 それまで恐怖に慄いていた都の衆は、一転、物見高い野次馬となって様子を見物に押しかけた。

 ◇

 悪半月は竹を組んだ囲いの中に立てられた肩の高さの杭に縛り付けられている。
 そこへ検非違使別当(べっとう)藤原秋種の別当宣を携えた騎馬の使者が到着する。
 その様子を検非違使庁の事務方である案主(あんじゅ)の佐成は備忘録の紙に墨を節約して細かな文字で記していた。佐成は下書きに紙と墨を浪費しているといつも上司の少志(しょうさかん)の橘明史に嫌味を言われている。しかし、佐成は一行の記録でもつぶさに備忘録を取ってからでないと間違いが入り込みそうな気がしてやり方を改めることはなかった。
 赤狩衣の大尉(たいじょう)文室巻房が使者から別当宣を畏まって受け取った。別当の命令である別当宣は政治の介入を避けるため天皇の宣旨に準ずるとされていた。大尉の文室巻房は別当宣を青狩衣の少志の橘明史に渡す。少志の橘明史は別当宣を声高に読み上げて掲げて見せる。
 そこで赤狩衣に白衣、布袴という装束で髭面にの看督長(かどのおさ)の惟近が「承って候」と立ち上がると、見物衆が閻魔が地上にぬっと出て来たようだと囃す。

 看督長は部下の火長、放免どもに向かって白杖をどんと突き鳴らした。
 すると放免の一人が悪半月の背後に立ち、太刀の鞘を払って、ええいと刀身を水平に振り抜いた。
 あっという間に悪半月の頭は胴から離れて、見物の衆の中から悲鳴が上がる中、二間ほど先の地面に落ちて、さらに転がって止まった。
 別な放免が首を拾い上げると水ですすぎ、胸の高さほどある晒し台に乗せて、僧が読経を上げた。
 処刑を目の当たりにした都の衆は、胸に残る後味の悪さを今夜からは枕を高くして眠れるという言葉で糊塗して三々五々帰って行った。
 案主の佐成は処刑の有り様を備忘録に書き留めると大尉の文室巻房、少志の橘明史、看督長の惟近に従って六条河原を後にした。
 首の警固のために残された火長二人と、放免ども六人はお偉方が立ち去るや、見張り二人を残し、晒し台から十間ほど離れた掘っ立て小屋にこもって酒盛りを始めた。

 ◇

 悪半月が処刑されて四日目の早朝。警固の交替のための火長二人と放免六人、そして何事もつぶさに見ないと記録できないという信念を持った案主の佐成が六条河原の刑場を訪れた。
 霧の漂う広い河原を放免が弓の弦をひょんひょんと鳴らし味方が接近する合図を送りながら、竹組の囲いに近づいた。
 何事もなければ囲みの中からも同様に弓を鳴らして答える筈だった。
 ところが弓の音は聞こえて来ない。
「どうしたあ」
 火長の村地が怒鳴った。
「昨夜、悪半月の残党が来た」
 その声は火長の松丸だった。
「なんだと」
 一行は慌てて囲いの中に駆け込んだ。
 
 松丸は抜き身の大刀を構えて晒し台の前に立っていた。
「お主、怪我は?」
 村地が訊くと、返り血が袖から袷に残る松丸が答えた。
「俺は掠り傷よ。だが蓑丸と手下どもは皆揃って殺られたわ」
「なんと!」
「首は?」
「一時奪い合いになって地面に落ちたが、なんとか取り返した」
「おお、それはよう守られた」
 佐成は晒し台の首に目をやった。
 取り合いになり地面に落ちたためだろう、顔面の表皮が崩れて惨たらしい有り様の上、目の辺り、口の辺りには既に蛆が何百と湧いてざわざわと這って、元の顔を思い出させるのも難しい有り様だ。
 村地が松丸に言う。
「松丸殿、もう刀は仕舞ってよいぞ」
「うむ、そうだな」
 松丸は地面に落ちていた鞘を拾うと刀を収めた。

 佐成は少し離れたところに倒れている蓑丸と二人の放免の死体を改めていた。
 晒し台のそばに倒れていた放免二人はどちらも抜刀していたが、おそらく石礫でも投げつけられたのだろう、顔にひどい痣がありそこから血を流していた。それでひるんでしまったのだろう。袈裟懸けに斬られていた。
 蓑丸は放免よりは小屋から遠いところで小屋に向かってうつ伏せに倒れていたが、抜刀はしておらず、ひっくり返すと胸から腹にかけて刺し傷と斬り傷がついていた。

 佐成は備忘録に記すと松丸に向かって言った。
「松丸、詳しく話をしてくれぬか」
 佐成は事務方とはいえ位は火長の松丸より上だから松丸は畏まって答えた。
「は、佐成様。昨夜、いつものように常に二人の見張りを立て、残りの者は小屋に控えておりました。
 だいぶ夜の更けた頃、ミミズクの鳴く声がしました。私は嫌な予感がしたので太刀に手を伸ばして、そっと小屋を出たのです。
 すると篝火の明かりの中で見張り番たちが「やっ」と叫び太刀を抜くのが見えました。 そこへ黒い衣の影が斬り付けてたちまち二人は倒されたのです。
 私は太刀を抜いて二人に駆け寄りながら黒衣と斬り合いましたが、奴らは何人もいて小屋で眠っていた手下どもは助けに来るどころかそのまま斬り殺されたようでした」
 そこで佐成は小屋へ歩いて行き莚を持ち上げて覗いた。
 小屋の中は、いかつい顔の放免どもが四人、寝込んでいるところを斬り付けられたらしく抵抗の様子もなく血の海に倒れていた。佐成は再び備忘録に様子を記した。
「松丸、話の続きじゃ。それでどうした?」
「はっ、私が黒い衣とやり合ううちにそいつは手負いとなり逃げたのですが、別の者が晒し台の首を取ろうとしましたので私は慌ててそいつに斬りかかり、そいつは首を地面に落としたのです。
 私は夢中で首を拾って奪い返し、それから夜が明けるまでずっと叫びながら太刀を振り回し続けたのです」
「なるほどな。それで蓑丸は見かけなかったのか?」
「はあ、その時は。先ほど空が白み始めてあちらに倒れてる姿を見つけました。
 おそらくは一番初めに声を立てる間もなく殺られたのでしょう」
「なるほど。それではこれよりわしと共に検非違使庁に赴き、仔細を申し述べるがよかろう」
「はっ。佐成様、それがしに何かお咎めがございましょうか?」
「いや、その方の言い様の通りならば、これを咎めるというより、首を守った褒美があるかもしれんな」
 佐成がそう言うと、松丸はようやく顔を緩めた。
 
 ◇

 佐成から悪半月の残党が晒し首を奪い返しに襲撃してきたとの報告を受けた検非違使庁は上を下への大騒ぎとなったが、松丸が首を守り通したと知ると一様に安堵した。そして早速篝火を増やすように決めて、警固をもう一隊増員派遣した。

「さて、松丸」
 少志の橘明史が廊下に控えている松丸に向けて言った。
「仲間を斬られる中、首を守り通したその方の働き、真にあっぱれである。きっと褒美を取らせるであろう」
 松丸はうやうやしく頭を垂れた。
「ははあ、有りがたき幸せ」
「さぞかし疲れたであろう。今日はさがって休むがよい」
「ははあ」
 松丸の後ろ姿は無事に首を守り通した誇りと褒美を約束された嬉しさに小踊りするかのように廊下の先に消えた。

「丁度、看督長の席がひとつ空いておる。松丸に与えてもよいと思うが」
 大尉の文室房善が少尉、大志たちに提案した。
「それは丁度よいですな」
「今回の手柄にぴったりな恩賞と思います」
 一同は口々に賛成したが、末席の地位の佐成が口を開いた。
「畏れながら、松丸に褒美を授ける前に吟味すべきことがございます」
 直属の上司である少志の橘明史が聞き返す。
「それはいかなる仔細じゃ?」
「いささか様子に腑に落ちぬ点があるのです。それがしはしばらく調べさせていただきたいと考えます。何卒、お許しくださいますよう」
「お主は松丸が自分を飛び越えて出世するのを妬んでいるのではないのか?」
 橘明史が嫌味を言ったが、佐成は堂々と言い返した。
「念を入れて調べるだけです。それで疑いの余地がなければ松丸に看督長なり、少志なりに出世いただいて結構にございます」
「ふむ、勝手にするがよい。但し、いつもの仕事も滞りなく片付けよ」
「では然るべく」
 佐成は平伏した。   

六条河原で 下 につづく 



 今回は時代推理物。平安時代は弘仁九年(818年)に嵯峨天皇が死刑判決が出ても停止するようにして以後保元の乱までの338年間死刑が行われなかった。その直前の話です。

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 水曜日、沢内愛美の誕生日がやって来た。
 カイワレ君が席にランドセルをかけると、教室の隅で女子が沢内愛美を囲んでいた。
 クラスの中でも男子並みに声が大きい厚川留美が「私も用が済んだら必ず愛美の誕生パーティーに行くからね」と言っている。
「ありがと、私、みんなにクッキー焼くから」と愛美の声が聞こえた。どういうわけか愛美の声は小さくてもカイワレ君の耳に届くのだ。
 そこへ猫じゃらし君が入ってきて、いきなりカイワレ君の肩を叩いた。
「よ、緊張すんなよ、きっとうまくいくって」
「な、何が?」
 カイワレ君が聞き返すと、猫じゃらし君は声をひそめた。
「沢内にプレゼント渡して告白すんだろ」
 カイワレ君は頷いた。
「あ、ああ。き、緊張なんかしてないよ」
「顔と声がもう緊張してんだよ。どこで渡す?」
「夕方、沢内の家に行って渡す」
「まあ、がんばれよ。大丈夫、俺がついているから」
「猫じゃらしもついて来てくれるの?」
「そうじゃない。離れたとこから見えないパワーでカイワレを応援するってことだ」
「う、うん」
 そう言いながら少し心細く思うカイワレ君であった。

 ◇

 カイワレ君が沢内愛美の家に着きチャイムを鳴らすと、愛美の母親らしきおばさんが玄関を開けてくれた。そしてカイワレ君を見て娘の同級生と悟ったのだろう親しそうに声をかけてきた。
「まあ、いらっしゃい」
 女子クラスメートたちの靴で踏み場もない玄関のスペースを見ながらカイワレ君は挨拶した。
「あのう、僕、同級生の櫛田です」
「ああ、あなたが櫛田君。いつも愛美がお世話になってます」
「いえ、お世話はしてないんですけど。あの、これ、渡したくて」
 カイワレはちらりと手の紙袋を見せた。
「まあ、誕生日プレゼントかしら、喜ぶわ。上がって渡す?」
「いえ、ここでいいです」
「そう、そうね。パーティーは女の子ばかりだから男の子一人じゃあ困るわよね。じゃあちょっと呼んで来るわね」
「はい」
 カイワレ君はここは愛美の吐いた息が濃いんだなと思って深呼吸した。そこへ現れた愛美はピンクの裾が広がったワンピースに、ほんのりと口紅をしているらしく唇がいつもより赤かった。
「櫛田君、お手紙どうもありがと」
 愛美はいきなりそう言ったが、カイワレ君は戸惑った。
「手紙って?」
「朝、うちのポストに入れてたでしょ」
「いや、手紙なんて。あっもしかして」
 カイワレ君はすぐに猫じゃらし君の仕業だと勘付いた。そんなことをするのはやつしかいない。
「じゃあそれきっと猫じゃらしのやつが僕の名前で置いてったのかもしれない」
「そうか! 猫じゃらしね。猫じゃらしはクラス中の女子に告白してるからね。学年の半分の女子は告白されたって噂だよ」
「へえー」
「そんなひとに告白されても誰も嬉しくないって」
 愛美は笑った。
「変だと思ったんだ。どっかで聞いたようなセリフばかり並べたラブレターでさ。櫛田君てそういう感じじゃないもん。それにプレゼント渡す時、言えないと困るからとか書いてあってさ。それも変でしょ」
 まったく、猫じゃらしときたら。カイワレ君はありがた迷惑って言葉がぴったりくる場面を初めて知った。
「じゃあその手紙はなかったことにしといてくれる」
「ええ」
「で、これ、誕生日プレゼント、受け取ってくれる?」
 カイワレ君はスーパーの小さな薄茶色の紙袋を差し出した。
「それって、スーパーで鯛焼きとか入れてくれる袋」
 愛美の声と目に落胆の気配が見えたので、カイワレ君は焦った。
「い、いけなかった?」
「ううん、いいの。ありがと」
 愛美は紙袋を受け取ると、作り笑顔を見せた。   
「あの鉛筆なんだ。本当は花束も買ったんだけど。俺、おっちょこちょいで枯らしちゃって。あの、俺は、ま、まな……」
 カイワレ君は告白しようとしたが、愛美は急いで言った。
「じゃあさ、私、みんなが待ってるから戻るね。櫛田君ありがと」
「あ、ああ。じゃあ」
 カイワレ君が仕方なくその場で手を振ると愛美は奥に消えた。
 すると奥の部屋から厚川留美の大きな声がした。
「カイワレ、まさかプレゼント持って来たの」
 カイワレ君は聞き耳を立てたが、愛美の声は聞こえなかった。
「え、忘れ物を届けに来たの、紛らわしいわね」
 女子たちが一斉に笑った。カイワレ君のプレゼントがちゃんとしたものなら愛美は皆に見せたのかもしれない。しかし、つまらない鉛筆だったから恥ずかしく感じて皆に隠したのだろう。
 カイワレ君は肩を落として、そっと玄関から出た。
 
 ◇ 

 その夜、猫じゃらし君からカイワレ君に電話があった。
『どうだったよ?』
 カイワレ君は少々自棄になって猫じゃらし君に言った。
『どうもこうもないよ。猫じゃらしが変な手紙入れるから白い目で見られたぞ』
『それはな、沢内のやつ、照れてるんだよ』
『おかげで俺のプレゼントまで忘れ物だって言われたんだぞ』
『それはカイワレの力不足だろ』
『……それもあるかもしれないけど』
『ま、しょげるなって』
『ひとつわかったよ』
『何が?』
『猫じゃらしは誰にでも好きだって言ってるみたいだな、女子にすごく評判悪いぞ』
 カイワレ君が言うと、珍しく猫じゃらし君はしょんぼりと言った。
『はあ、今さらおとなしくするのも変だしな。とにかくがっかりすんなよ。女子はいっぱいいるんだから』
『そこが俺と猫じゃらしで違うところなんだよ』
『とにかく、また学校でな』
『うん』 
 受話器を置いて5秒もしないうちにまた電話が鳴った。
 カイワレ君は受話器を上げるなり言った。
『なんだ、まだ何か言いたいのか』
 すると耳に聞こえてきたのは愛しい声だ。
『私、沢内愛美』
 カイワレ君はびっくりして電話に頭を下げた。
『あ、ごめん、猫じゃらしかと思った』
『うん。櫛田君、今日は誕生日プレゼントをどうもありがとう。鉛筆の箱を開けたら1本足りなくて、そこに手紙が丸めて入れてあったよ』
 愛美の声にカイワレ君はホッとした。忘れ物扱いされてもう捨てられたかもしれないと心配していたのだ。
『うん』
『手紙読んだよ。なんかとっても嬉しかった。櫛田君はいい人だなあって感動した』 
『ほんと?』
 言いながらカイワレ君はにやにやして急に顔がゆるんだ。
『うん。今まで男子からもらった手紙で一番よかった』
『ほんと?』
『これからもっていうか、これからはもっと仲良くしてね』
『うん』
 心の中でやったあと思った。
『うんだけ?』
 愛美にそう聞かれてカイワレ君は慌てて言った。
『す、好きです』
『ありがと。私もたぶん好き』
 カイワレ君は『あっ』と言ったきり嬉しさで固まって電話が切れた後もずっと受話器を握り締めていた。 

 ◇

 電話を切った愛美は再びカイワレ君の手紙を読み返した。


 沢内愛美さんへ。

 こんちは、櫛田悠樹です。

 11歳の誕生日、おめでとう! 

 ほんとは愛美さんんに似合うもっときれいなものを贈りたくて日曜日に花束を買ったんだけど、保存の仕方を知らなくて枯れてしまったんだ。

 で、鉛筆になったんだ。

 猫じゃらしのやつが愛美さんもシャープペンだからだめだと言ったけど、僕はだから鉛筆は使わずに取っておいてもらえそうだって考えました。でも鉛筆でゴメンナサイ。

 沢内愛美さんのことは2年生の時に廊下で電気の工事をしてた時に一人しか通れる幅がなくて、隣のクラスだった沢内愛美さんが笑顔で道を譲ってくれました。

 で、僕はその時の愛美さんの優しい笑顔がひと目で好きになってしまいました。

 それでクラス替えで一緒になりたいと思ってたら、5年で同じクラスになれて、僕はすごく幸せです。

 で、僕はこれからもずっと愛美さんのことを好きでいます。

 選び直したプレゼントはスーパーの文房具売り場を探してたら、この鉛筆がいいなあと思いました。

 だってちょうど12本だから、1年1本として今までの11年分の愛美さんの誕生日のお祝いになると思ったんだ。

 で、今回は11本。来年の誕生日にはもちろんもう1本、鉛筆を贈ります。

 そうやって僕は毎年毎年、愛美さんの誕生日に鉛筆を贈ります。

 だから愛美さんも使わないでとっておいてください。

 僕はこれからもずっと愛美さんのことを好きでいます。

 よかったら、いつか愛美さんも僕のことを好きになってくれたら、嬉しくてきっと僕は空も飛べると思います。

 PS. 鉛筆のHBはハッピーバースディのつもりです。   

  



カイワレ君の手紙でスピッツの「空も飛べるはず」を思い出しました。懐かしい方もいるんじゃないかな。






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 なにやら巷でお題話が流行っているそうだ。
 お題はタイム、スリップ、タクシーの三っつで、この単語を含んだ小話をアップすると、大人でも子供手当てがもらえるらしい。真偽のほどはわからないが書いてみる。



 その夜、川瀬のタクシーはいつものように駅のロータリーで客待ちをしていた。

 そこへワインレッドのドレスを着たローファーシューズの女が大きなスポーツバッグを提げて乗り込んできた。
 運転手の川瀬は目尻を下げて聞く。
「どちらまで?」
 ところが女の声はどぎつく荒んでいた。
「あいつんち、住所はここ!」
 女は住所を書いた紙切れを投げつけてきた。川瀬はびっくりして口を開いた。

「お客さん、落ち着いて。ちょっと  タイム、 タイム」
川瀬はそう言って宥めるが、女は スリップ の紐が肩から落ちるのも構わず叫ぶ。
「とっとと行ってよ。客を運ぶのが タクシー の仕事でしょ」

 川瀬は諭すように言った。
「いけないよ、そんなことを考えちゃ。落ち着いて考えなさい」
「ふん、運転手なんかに私の考えてることがわかるもんか」
 女は川瀬の顔から目を逸らした。
「その様子を見ればわかりますよ。住所のメモを投げつける様子。ドレスに不釣合いな靴とバッグ。何より貴方のその表情はまるで鬼か何かが執り憑いているようだ」
 川瀬は女を睨んだ。
「とにかくその住所に行ってよ」

 川瀬はゆっくりした口調で続けた。
「バッグの中は着替えだろ? おそらく彼に貰ったドレスを着て、着替えの中に挟んである包丁で彼を刺してしまうつもりなんだ。
 返り血を浴びたドレスを着替えるか、その上に着込むかして犯行現場を離れて、彼の返り血にまみれたドレスを捨てるところまでは考えた。
 だけどそこまでなんだ。
 その先は何も考える余裕もないんだ」
 女は目を閉じた。

「あんたは悪くないんだ。きっと悪くない。悪いのは彼の方なんだろ?」
 女は唇を噛んだ。

「だけど、そのバッグの中身を使ったら、悪くない筈のあんたの方が、悪い筈の彼よりも悪くなるんだよ。そういうのはおかしいよ」

 おもむろに女は唇を開いたかと思うと叫んだ。
「いいから行って、とりあえず行って」
「それでは私が悪事に加担することになるかもしれない、別料金だよ」
「いいわよ」
 女はバッグを開けると帯のしてある札束を川瀬に投げつけた。
「仕方ないな」
 川瀬は女の寄越したメモを開くとカーナビに住所を打ち込んだ。

 ◇

「お客さん、着いたよ」
 川瀬が声をかけたが、女はシートに寄りかかったまま眠っていた。

「お客さん」
 川瀬がもう一度言うと女はようやく目を開いた。涙でファンデーションが少し流れている。
「いけない、ちょっと寝ちゃった。ようし、降ります」
 女は重大な決意を思い出したらしく言ったが、川瀬が引き留める。
「だいぶ時間を置いたんだから、もっと冷静に考え直したらどうです?」
「だいぶってほんのちょっとの間、うとうとしただけでしょ」
 女が言い張ると川瀬は頭を左右に振った。
「いいや、もう三年ほど冷却期間を走ったんだよ」
 女は一瞬、口を開けて固まったが、すぐに笑い飛ばした。
「からかわないで。さ、お金は払ってあるんだから早く降ろしてよ」
 そう言われて川瀬は渋々、ドアを開けた。

 女がスポーツバッグを持って降りると、川瀬も車から出て追いついた。
「どうしてそんなに止めようとするの?」
「そりゃあ、見過ごすのは心が咎めるからね」
 女は早足で目の前のマンションに入り、その後ろから2メートルほど置いて川瀬が続いた。

 女は彼の部屋のドアの前に辿り着くと、スポーツバッグからタオルを取り出して川瀬を睨み背側の腰の高さに右手をまわした。その手はタオルと共に包丁を握っていた。
 川瀬は止めようという気持ちはあっても、へたに動けば自分も被害を受けると感じて何も出来ない。   
 女は左手でチャイムを鳴らしつつ、手出しするなと言いたげに川瀬を一瞥した。
 室内で足音が近づいてくる気配があり、川瀬は唾を飲み込んだ。
 飛びつくか?
 いや、危ないぞ。
 今、女が玄関の内側に気を取られている隙に、右手を押さえつければ包丁を取り上げ女を押さえ込む可能性は7割ぐらいあるだろう。しかし、後の3割は自分が怪我を負わされ下手をすれば殺されるかもしれない。
 ドアのノブが内側から回される。
 川瀬は息を張り詰めた。
 もう無理だ。自分は殺人の傍観者になるしかない。
 ドアが開き出し、それを女の左手が加速し、女の右手が背中から右脇に動き刃先が光に煌めいた。
「あっ」
 出て来た人物が発した声は女性のものだ。さらに言うなら女と全く同じ声だ。
 二人の女は時間が止まったかのように顔を見合わせた。
「あなたは誰ですか?」
「あなたこそ誰?」
 そう問いかけ合った後で二人は双子のように声を揃えて言った。
「須木谷有紀だけどあなたは?」
「て、どういうこと?」 
 そこで川瀬が解説してやる。
「二人はどちらも須木谷さんです。こちらのドレスの方は3年後の未来からやって来た貴方ですよ。一方、貴方からしたら、こちらは3年前の貴方だ。わかりましたか?」
 二人の有紀は同時に言い返した。
「全然」
 
 三人はタクシーの車内で話し合った。
「で、仮に運転手さんのタクシーが過去に片道限りで人を運ぶとしたら」
 過去の有紀が川瀬に聞いた。
「過去にこうして二人でずっといるってこと?」
「いえ、それは私も興味あって今まで過去に届けた人間が過去の自分とどうなるのか観察してみたことがあってね。そういう二人でも何かの拍子に、一瞬で二人は一人になってしまうんだよ」
「本当に?」
「ああ、私が目撃したんだから間違いない。二人が半透明になったかと思うと中間地点で一人になった」
 川瀬は力強く頷きながら述べた。
「それはきっと原因があるんでしょ?」
「そうよ、原因がなきゃおかしい」
 後部座席の二人の有紀に問いただされて運転席の川瀬はたじたじとなった。
「いやあ、俺はただの運転手だから、原因まではわからんよ」
「それじゃあ困る。私は私だけの方がいいわ。こんなカズの嘘にコロリと騙されるような私なんていらない」
「そっちこそ、カズ君を殺そうだなんて信じられない。サイテーっ! 未来のあんたはとっとと消えてよ。今のままじゃ、私もだけど、周りも混乱しちゃうよ」
 川瀬はイライラして叫んだ。
「だから、然るべき時が来ればひとつになるんだよ、きっと」
 そう言いながら相反する思いを抱いた二人が一緒になるとは思えなかった。

 ◇

 タクシーのパワーウィンドウを降ろして、川瀬は一人になった有紀に挨拶した。
「じゃあ、俺はこれで戻るよ」
「ええ。運転手さん、ありがと」
「何が?」
「何がって、運転手さんが未来の私をこっちに連れて来たおかげで、未来の私は人殺しにならずに済んだんだから」
「なあに人助けなんてつもりはないんだ。単に儲かる副業だ」
 そう言う川瀬を有紀はにやにやしながら見詰めて言った。
「とにかくありがと」
「じゃあ、俺はこれで戻るわ」
 川瀬はウィンドウを上げかけて止めた。
「ところで俺にはよくわからんが、正反対の気持ちの過去の君と未来の君が合体して大丈夫か?」
「うーん」
 有紀が返答に困ると、川瀬はウィンドウを閉めてタクシーのエンジンをかけた。
 
 タクシーは15メートルほど進むとそこでスリップして進まなくなった。そして次第に透き通ってゆく。

 有紀は透けてゆくタクシーの運転手に向かって小さく呟いた。
「大丈夫。殺したいほど愛しているから」       了




これは舞さんのオリジナルから始まった自然発生的(?笑)企画に参加した話で、実際のところ、お題の決まりはありません。どちらも力作揃いですよ!


 『タイムスリップタクシー』 by 舞さん 
 『タイムスリップタクシー』 by ia. さん
 『タイムスリップタクシー』 by 七花さん
 『twitterショート140字×3【タイムスリップタクシー】』 by矢菱虎犇さん
 あの車を追って!(タイムスリップタクシー) by りんさん
 『タイムスリップタクシー』 byヴァッキーノさん
 『タイムスリップタクシー』byたろすけ(すけピン) さん
 『タイムスリップタクシー 親心』 by舞さん
 『タイムスリップタクシー Singer』 by鈴藤由愛さん
 『タイムスリップタクシー』 by keita2さん

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JAXAの小惑星探査機「はやぶさ」が地球に帰還、再突入しましたね。
NASAのサイトで生中継をチェックしようとしてたけど重くて繋がらず、
翌朝おきてからビデオを観ました。

予定より大幅に遅れて、一時は帰還は絶望と言われた、この日本的な
計画が大成功した模様です。(6/14 サンプルは未確認)
イオンエンジンなんてのがあると知ったのも「はやぶさ」のおかげ、
その技術を最大限に発揮し、エンジン故障や通信途絶のトラブルを
なんとか乗り越えて、天涯孤独の一人旅を無事成し遂げた「はやぶさ」
に健気な命を感じてしまうのは日本人ならではでしょうか。

スタート後しばらくして画面右側にちらちらと映る点です。


最後、2メートル弱の本体はこのビデオにあるように美しい閃光を発
して燃え尽きながら、小さな文福茶釜型のカプセルが地上に帰還。
軽量ゆえの高性能と脆さ、自らの犠牲をものともしない涙ぐましい使
命感に、日本の誇る悲劇の名戦闘機兼特攻機「零戦」に重ねてしまう
のは私だけではないだろう。
スタッフの皆さんに拍手を送ります!



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 この時代の小学校は土曜日も午前中授業があった。その授業が終わって、カイワレ君と猫じゃらし君は一緒に下校した。

 道を歩きながら猫じゃらし君が尋ねた。
「それで、どうだ、沢内にやるプレゼントは考えたか?」
 カイワレ君は俯き加減で答える。
「うーん、考えたけどわからないんだよ」
「素人はこれだ。しょうがないなあ」
「猫じゃらし君の案は?」
 カイワレ君が尋ねると、猫じゃらし君は言い返した。
「馬鹿、俺のプレゼントじゃないんだぞ。俺はお前の言った案をそれいいぞとか、だめだめとか判定する係だよ」
「えー、この前、猫じゃらし君も『俺も考える』って言ってたよ」
 カイワレ君が非難すると、猫じゃらし君はとぼけた。
「そうだったかなあ。それよりカイワレはひとつぐらい思い浮かんだだろ?」
「うーん。テレビでさ、花束をプレゼントして喜んでたからそれはどう?」
 カイワレ君が言うと、猫じゃらし君はフンと鼻を鳴らした。
「悪くはないけど補欠だな。ちゃんと告白できればいいけど、カイワレはポンと渡して帰って来そうだ」
「うーん」
 カイワレ君は猫じゃらし君の想像がぴったり当たりそうな気がして唸った。
「そしたらただ誕生日に花をくれた男子だけで終わってしまうじゃん」
「じゃあ何がいいの?」
「まだ日にちはあるんだからよく考えろよ。明日、またいつもの広場で会おうぜ」
「わかった」
「じゃあな」

 ところが家に帰るとまもなく猫じゃらし君から電話がかかってきた。
「俺だよ、真岡。実は明日、家におばあちゃんが来ることになったんだ。それを迎えに行くから明日はカイワレに会いに行けないんだ」
 カイワレ君は慌てた。
「ちょっとぐらい会えるだろ?」
「朝、迎えに行ってそのまま皆で温泉とか入って、帰って来るのは夜になるから会えないな」
「そんな、プレゼントの相談する約束だろ?」
「ごめんな。そういう事情だから、またプレゼントはまた月曜話そうぜ。まだ日にちはあるから焦るなって」
 カイワレ君はハアと溜め息を吐いて電話を切った。

 ◇

 月曜日の放課後、猫じゃらし君はカイワレ君に尋ねた。
「さっきもう買ったって言ってたけど、どんなプレゼントを買ったんだ?」
「うん。スーパーマルカクに花屋があるだろ。あそこに行ってどんな花があるか聞いたんだよ。そしたら店のお姉さんがいくら予算があるかって聞いてきたから二千円て答えたんだ。そしたらお姉さんがあちこちから花を抜いてまとめて見せてくれた。赤やピンクに黄色が混ざってよく見えたんだ」
 猫じゃらし君は「あーあ」というように口を開けた。
「それからお姉さんが彼女にプレゼントするんでしょ。きっと気に入ってもらえるよって言ってくれて」
「それでもう買ったのか?」
「うん」
「生ものなのに?」
「え、生ものって?」
「だって渡すのは水曜なのにもう買ったらぎりぎりかもしれないぞ」
「そうなの?」
「根っこから切ってあるんだからだんだん萎れてくるんだよ」
「どうしよう?」
「どうしようもないよ。まさか水に重曹なんて入れてないだろな?」
「何、ジューソーって?」
「それを水に加えた方が長持ちするって噂があるけど、ウソなんだよ」
「大丈夫、水なんかに入れてないから」
 カイワレ君の言葉に猫じゃらし君はびっくりして叱った。
「お前、花は水につけなきゃ枯れるだろ」
「……そうなの、どうしよう?」
「とにかく様子を見に行こう」
 猫じゃらし君とカイワレ君は駆け出した。猫じゃらし君には四歳上の姉がいるから花のことも知っていたが、カイワレ君は男兄弟の長男でその方面には疎かったのだ。

 二人はマンションのカイワレ君の部屋に入った。
「どれだよ」
 猫じゃらし君が言うと、カイワレ君は壁際の引き戸を開いた。そして中からガンダムのプラモデルの大きな箱を取り出す。
「この中だよ」
 箱の蓋をそっと開けると、中に透明のセロハンシートに包まれた花が現れた。
 その花は色褪せて無残にしぼみ、葉も茎も緑の生気を失い萎れていた。 

 重苦しい沈黙がしばらく流れ、猫じゃらし君が励ますように言った。
「枯れたものは仕方ないよ。また別のプレゼントを考えよう」
「う、うん。でもお金がもう4百円ちょっとしかないよ」
 そう言うと猫じゃらし君はポケットから百円玉をひとつ出しカイワレ君に手渡した。
「ありがと」
「もっと助けてやりたいけど、俺んちもケチだからお年玉もみんな銀行に預けられて、自分で使えないんだ、わるいな」
「ううん、5百円で買えるものもあるよね」
 カイワレ君が言うと猫じゃらし君は小さく唸った。

 ◇

 火曜日の昼休み、大胆にもカイワレ君と猫じゃらし君は学校を抜け出して、スーパーマルカクに向かった。
「早く、早く」
 スーパーの入り口に辿り着いてカイワレ君が急かすが、猫じゃらし君は脇腹を押さえて歩くペースだ。猫じゃらし君は足が遅い、というか持久走が苦手なのだ。
「慌てるなよ」
「慌てろよ」
「なんだ、TVSラジオの車が止まってるぞ」

 猫じゃらし君は急に元気を回復してスーパーに駆け込むと、スペースに二十人ほどの主婦たちが集まっていた。
 その中にホームベースのような形の顔をした毒ハブ四太夫がマイクを持って下駄を履いて立っていた。
「こっちのお母さんね、顔が火照って真っ赤だぜ。焼き場の帰りかい?」
 その場に爆笑が起こり、言われた主婦は毒ハブにいじられて「やだあ」と手を振り下ろす。
「友達の骨拾って勝ったと思ってんだろ」
「そんなの違うったら」
「お母さんにいい言葉、教えてやるよ、美人薄命。友達の勝ちだ、ガハハハ」
 主婦は毒ハブの肩を叩いた。
「痛えよ、このババア、どいつもこいつもダボハゼみたいな顔しやがって」
 それにまた皆が爆笑する。

 そこで毒ハブは主婦たちの後ろから覗いているカイワレ君と猫じゃらし君を見つけた。
「あらら、こんな時間にガキがいやがるよ」
 毒ハブはカイワレ君と猫じゃらし君に二三歩近寄って言った。
「おい、学校はどうした?」
「ちょっ、ちょっと急用」
 猫じゃらし君が答えた。
「くそガキめ。おおかたこの辺のババアの失敗作だろ、ガハハハ」
 場に湧く爆笑から逃げるように、カイワレ君と猫じゃらし君は売り場に入った。
 
 それからしばらく売り場を早足で見てまわったが、5百円という予算ではなかなか買えるプレゼントは見当たらなかった。
 カイワレ君は文房具のコーナーで商品を眺めるうちに鉛筆に目を止めた。
「鉛筆はどう?」
 カイワレ君が言うと、猫じゃらし君は鼻を鳴らした。
「フン、鉛筆なんて喜ぶはずないだろ。皆たいていシャーペン持ってるよ。沢内だってたしかそうだ。今時鉛筆なんて嬉しがらないよ。他の物にしろよ」
「そうか、でも時間もないからこれでいいや」
 カイワレ君が言うと、猫じゃらし君はへそを曲げた。
「人が親切で教えてやってるのに。勝手にしろ」
 カイワレ君は1ダースの鉛筆の箱をひとつ手にしてレジに向かった。

カイワレ 4恋文 につづく



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 職員室に入るとユーレイ先生は机で何か書いていた。猫じゃらし君はユーレイのそばに辿り着くと神妙な面持ちになった。その一歩後ろにカイワレ君が立つ。
「九重先生」
 猫じゃらし君が声をかけるとユーレイ先生が、そしてそのひとつ向こうの席のテング先生もがこっちを振り向いた。
「僕はまた猫じゃらしで女の子をくすぐりました。ごめんなさい」
「あら、そうなんだ、いけないな」
 ユーレイ先生は椅子を回転して、猫じゃらし君に向き直った。

「ごめんなさい。もうしませんから許してください」
 猫じゃらし君はそう言って謝るとこっそり肘でカイワレ君の脇腹を突いた。
 カイワレ君はちょっと猫じゃらし君をいじめてやろうと考えていた。そこでカイワレ君は右手のひらを胸の高さに上げて、あたかもカンニングでもするかのように覗き込んだ。いや、セリフは覚えてるからその振りだけだ。
 カイワレ君はわざと棒読みでつっかえながら言った。
「ほ、本人もだいぶ反省してるし、九重先生が、好き? 好きだから」
 ユーレイ先生はニヤニヤと笑っていた。
「気を引きたくて、イ、イタズラするんです。先生のび、美貌に免じて許してください」
 カイワレ君が言い終えるとユーレイ先生はまずカイワレ君に言った。
「櫛田君、ご苦労さま。無理に言わされて大変だったわね」
「いや、そういうわけじゃ」
 カイワレ君は頭を掻いた。
 続いてユーレイ先生は猫じゃらし君を睨んで言った。
「それに引き換え、真岡君は前に注意されたのに、また猫じゃらしを持って来るなんて。決まりごとや約束を守るのはとても大事なんだよ」
「はあい」
「わかった? 二度と学校に猫じゃらしを持って来たらダメだよ」
「はあい、大好きな九重先生が指切りゲンマンしてくれたら約束守ります」
「そんなの低学年じゃない。調子いいんだから」
 ユーレイ先生は笑った。
「その代わり給食の残りも食べます」
「そんなのしなくていいけど」
 ユーレイ先生は右手を差し出し小指を伸ばした。猫じゃらし君は餌に食いつく飢えたピラニアのようにユーレイ先生の小指に自分の小指を絡ませた。
「指切りゲンマン、嘘ついたら針千本飲ます。指切った」
 ユーレイ先生はスッポンのように指を離そうとしない猫じゃらし君から左手も使って指をほどいた。猫じゃらし君は自分の小指を見つめて左手で包むようにした。

 ユーレイ先生はテング先生に「ということです」と微笑みかけ、テング先生は猫じゃらしをユーレイ先生に手渡した。
「真岡君、約束守ってね」
 ユーレイ先生は、猫じゃらしを猫じゃらし君に差し出した。
「はい、先生」
 猫じゃらし君が猫じゃらしを受け取ると、隣の席からテング先生が言った。
「今度、持って来たらその指を切り落とすぞ、ハハハッ」
 猫じゃらし君は「ひゃあ」とうめいて笑ってるテング先生に頭を下げると、カイワレ君の背中を押して一目散に職員室から逃げるのだった。
 
 ◇

 校舎から出た猫じゃらし君は浮かれて言った。
「やったぞ、ユーレイと指切りしたぞ」
 カイワレ君には十歳も年上の先生を好きになるということ自体が解らなかったから、歩きながら聞いてみる。
「そんなに嬉しいのか?」
「当たり前じゃんか」
「ふうーん」
「ふうんて、カイワレだって好きな女いるだろう?」
 そう聞かれてカイワレ君の頭の中は水ピンさんの笑顔でいっぱいになった。水ピンさんというのは同じクラスの沢内愛美だ。右から流した髪が目に入らないようにいつも左のこめかみのあたりに水色のアクセントのついたヘアピンをしているので、カイワレ君は密かにそう呼んでいたのだ。

 いつの間にかカイワレ君の顔がデレーとしていたらしく、猫じゃらし君がニヤニヤしながら聞いた。
「誰だよ、親友なんだから教えろよ」
「いや、だって、本人にも言ってないのに、猫じゃらしなんかに言えるかよ」
「気の弱いお前だもの、放っておくとずーっと告白できずにいるんじゃないのか? 俺が作戦を考えてやるから言ってみろよ」
「うーん、どうしようかな?」
「大体、カイワレは俺の好きな女を知ってるのに、俺はカイワレのを知らないなんて不公平じゃんか」
 それは猫じゃらし君の惚れやすくて開けっぴろげな性格のせいであり、自分の水ピンさんへの恋はもっと強いから、簡単に打ち明けられないのだ。そうカイワレ君は思いながらも、放っておくとずーっと告白できないという猫じゃらし君の言葉が実現しそうな気もしてきた。

「いいから言えよ。もち親友だから秘密は守るぜ」
 猫じゃらし君の言葉にカイワレ君はここぞと念を押す。
「ぜ、絶対だな?」
「ああ、絶対だ」
「よし」
 猫じゃらし君は息を止めてカイワレ君の言葉を待ったが、カイワレ君は小さく唸りながら十歩、二十歩と歩くだけだ。
「おい、早く言えよ」
「言うよ」
「だから早く」
「ちょっと黙ってろ」
 カイワレ君はそう叱ると突然に二、三歩駆けて立ち止まった。そして振り向いて胸の前に上げた両手を握って小さく叫んだ。

「沢内愛美」

 猫じゃらし君はなぜか頷いた。そしてカイワレ君の顔が赤く染まっていることをけなしもせずに言った。
「なるほど。いいんじゃないの。じゃあ俺が作戦を考えてやるから」
「う、うん」
 カイワレ君はこいつは悪友じゃなくて親友なんだなと感動した。
 そこで猫じゃらし君は背負ってたランドセルを地面に置くと、中から一冊の帳面を取り出した。カイワレ君が覗くとそこにはクラスやたぶん近所の女の子の名前がずらりと並んでいた。
「なんだよ、それ」
「馬鹿だな、見ればわかるだろ、女子の誕生日の名簿だよ」
「そんなの調べてあるのか?」
「当たり前だ。父ちゃんがな冠婚葬祭は人生の基本だって言ってたんだぞ」
「へえー、誕生日って冠婚葬祭なのか?」
 猫じゃらし君はカイワレ君の勘違いを否定せず、とっておきの秘密でも打ち明けるように囁いた。
「あのな、女子ってやつは誕生日を覚えてる男の点数を五割増しにするんだ」
「へえー」
 カイワレ君は思い切り感心した。
「沢内のやつはと、おい、大変だ、来週の水曜日だぞ」
「へえ、そうなんだ」
「よし、今週中にプレゼントを考えて来週手渡しするんだ。予算はいくらある?」
「えっと、この前、ファミコンのソフト買ったから残りは二千円ちょっと」
「少ないな。まあ仕方ないや」
 猫じゃらし君はそう言うと帳面を仕舞ってランドセルを背負い歩き出した。
「プレゼントした方がいいの?」
「女子が喜ぶのは当たり前だろ。それにな」
「それに?」
「物によってはお前が告白できなくても相手に気持ちが伝わるじゃないか」
「あ、そうか」
「素人はこれだから困るよ。とにかく俺も考えるから、お前も考えろよ」
 猫じゃらし君はカイワレ君に言い放つと矢のように 走り 去っ た。
 
カイワレ 3花束は につづく



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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    飛べなくても頭が悪くても
    地球人も宇宙人だ(笑)

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