銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
このページのトップへ
「1Q84」のBook3を読みました。

 今回は普通は読書時に抱かない興味、つまりそもそもBook2で完結だったのか?それともBook3は予定通りで、あざとい姑息な演出が行われたのかというあたりも気になって確かめてみたくてって、なんだかトータルですっかり新潮社の戦略に乗せられているようで悔しいんですが(笑)、ひとことで言えば2で終わるよりはずっとよかったです。

 Book2の終わり方はどうみても肝心の天吾と青豆の関係が未消化ですし、他にもいくつか疑問が残っていましたが、Book3では疑問のひとつである方向の過ちが是正されたし、後でまた触れますが、求められる終わり方に到達したと思えました。 
 やはりBook3まで当初の予定通りだったように思います。

 そもそも村上春樹の主人公は、初期の作品から体育会系とは対極の独特の比喩表現を持つ内省型人間で、ひけらかすわけではないがぺダンティックな性向があり、時折言及される本や曲や商品の固有名詞はむしろ逆に主人公の感じるリアリティの根拠の薄さを印象付けるところもある。なぜか権力者から恫喝されて、慎重に歩みを進めつつも、いつしかこの世界と少し違う世界に迷い込んで戻って来るのに苦労するという印象です。つまり実用性の乏しい男なわけで、女性読者がファンになるにはちょっと壁があるのかもしれない(笑)

 ミステリーとは若干違うと思いますし、ネタバレは気にせずに書くので未読の方のために以下は反転表示しておきます。 読みたい方は以下の部分をマウスドラッグ等範囲選択して見てください。

ここよりBook1からBook3までのあらすじ


 1984年の東京。スポーツインストラクターをしている青豆というヒロインが渋滞する首都高から徒歩で地上に降りるところから話が始まる。青豆が急ぐ先はホテル。そこで青豆は従業員のふりをして有能なビジネスマンかつDVの加害者でもある男を暗殺する。
 もう一人の主人公天吾は予備校の数学教師であり同時に小説家志望。新人賞の下読みもしている彼はふかえりという少女が小説の新人賞に応募してきた「空気さなぎ」という話に惹きつけられ編集者に強く推す。すると編集者も強く惚れ込んでおり天吾にリライトさせ新人賞を取らせるという陰謀に加担するよう迫る。
 天吾は10歳の時にクラスの嫌われ者だった青豆と教室で手を握り合い、以来互いの気持ちは知らぬまま強い恋心を持ち続け、性体験を重ねた今も互いを恋慕い、なおかつきっかけもなく互いの居場所を探そうともしていなかった。
 一見、二人のしていることは接点がなさそうだが、いつのまにかカルト教団の心臓部を脅かすことになり、離れ離れのまま非常に危険な状況に追い込まれる。
 新人賞の陰謀加担への態度を決めかねたまま「空気さなぎ」のリライトに着手した天吾は「空気さなぎ」の独特な引力に取り込まれ、ふかえり本人と接して承諾を得ていよいよ危険な事態に巻き込まれてゆく。
 一方、青豆は記憶と事件の相違からこの世界が自分の知っている1984年と違う1Q84年なのだと悟る。
 青豆は影の仕事の雇用主である柳屋敷の老婦人から信者の娘をレイプしているカルト教団のリーダーの暗殺という難易度の高い仕事を打診され、失敗した場合に備え拳銃で死ねるように訓練を始める。
 いよいよ暗殺実行の時が訪れ、筋肉のストレッチという名目で教団のリーダーに接した青豆は彼が青豆の暗殺の意図を予知していること、また放っておいてもまもなく彼が死ぬことを知るが、彼すら操るリトル・ピープルという存在がいるのだと明かされる。青豆はリーダーに、彼を殺して天吾を救い自らは怒り狂う教団に殺されるか、リーダーを見逃し一瞬の死より辛い死に至らせその間に青豆が助かり天吾がリトル・ピープルたちに殺されるかという二者択一を迫られ、青豆はためらいなく天吾のためにリーダーを殺す。
 ちょうどその頃、天吾の部屋をふかえりが訪れ、リトル・ピープルが騒いでいる、お祓いが必要だと告げられ、気がつくと天吾は全く欲情のない状態でふかえりと性交してしまっていた。
 暗殺を終えた青豆は柳屋敷の用意したアジトに隠れる。そしてある夜、部屋から見下ろせる児童公園の滑り台に思いがけなく天吾の姿を発見するが、教団の追っ手を考えると飛び出してゆけない。
 青豆は再び首都高を訪れ非常階段が消えているのを確認、もはや二人揃い無事な世界に戻ることはできないのだと悟り拳銃で自殺しかける。 
 教団の意向で青豆の事前調査を担当していた牛河は、失敗を挽回すべく柳屋敷に目をつけるが警備の厳しさに調査を断念。青豆の過去を洗ううちに小学時代天吾と同級だったことを突き止め、天吾と同じアパートの一室を借りて見張ることにする。
 そして滑り台で空をじっと見詰める天吾の姿に不審を抱いた牛河は自分もその滑り台に乗り月がふたつあるという衝撃的な事実にうろたえる。
 自殺を思い止まりアジトに戻っていた青豆は検査薬を送ってもらい見に覚えのない妊娠という事実に戸惑う。それはリーダーを暗殺したあの夜、超自然的に起きた妊娠なのだと確信、その相手は天吾しかあり得ないと信じ、生まれてくる生命を天吾と共に守ることを決意する。
 柳屋敷から不審者の情報を得ていた青豆は牛河の姿を滑り台に目撃し、危険を承知でその後をつけて、牛河のアジトである天吾のアパートに辿り着く。しかし、天吾は父が亡くなったために千倉の病院に向かっており不在だった。
 それ以上留まることは危険と判断した青豆は柳屋敷に報告、柳屋敷のボディガードタマルが牛河を始末する。
 危険の芽がつまれて、晴れて青豆と天吾は20年ぶりに再会、再び首都高の非常階段へと足を運び、1Q84年から脱出して結ばれるのだが、そこは1984年とは少し違っていた。



ここでBook3までのあらすじ終わり

インタビューの中で作家自身は

作家の役割とは、原理主義やある種の神話性に対抗する物語を立ち上げていくことだ

http://www.yomiuri.co.jp/book/news/20090616bk02.htm
と述べているが、これは政治的、軍事的な勢力、あるいは圧倒的なクォンティティーを形成する原理主義に対抗する物語ということかと推理します。
 
 実際のところ、この物語が成功している理由は、むしろ物語がノスタルジックな魔法昔話に回帰していることに対する大衆の支持でないかと私は思います。
 C・G・ユングは集合的無意識や元型を提示しましたが、物語にも集合意識レベルで共有されるアーキタイプが存在すると私は考えています。それはロシアのウラジーミル・プロップが「昔話の形態学」で提示した昔話の構造、31の機能と重なってきます。
 ためしにこの「1Q84年」の構成要素をチェックして、後ろにプロップの決めた記号を印してみます。但しこの作業はたいていの作品の場合に時系列の前後関係が崩れる部分が避けがたく出現します。
またここもネタバレですので反転表示にしておきます。



 主人公は青豆と天吾の二人です。
 主人公は互いに会うことを禁じています 禁止(γ)
 ふかえりの「空気さなぎ」のリライト小説が世に出ることで、リトル・ピープルの存在に大衆の意識が開かれて、ふかえりと天吾がマークされる。探り出し(ε)
 物語の進行と共に主人公は互いを思い出し、会おうとする 違反(δ)
 青豆に教団の情報入手を依頼されたあゆみが殺される 加害(A)
 教団のリーダーにレイプされた娘が保護される 仲介あるいはつなぎの段階(B)
 老婦人と青豆は教団のリーダー抹殺を決意 対抗開始(C)
 青豆はリーダー暗殺に向かう 出立(↑)
 ふかえりの「空気さなぎ」のリライトを迫られた天吾が悩む 贈与者の第一機能 試練(D)
 そしてリライトという陰謀参加を決意する 主人公の反応(E) 

 ここで超人間的な存在である「ふかえり」は、実は人物ではなく魔法の手段、呪具の役目を果たしていることがわかるでしょう。
 天吾はふかえりと欲情なしに性交する 呪具の贈与・獲得(F)
 
 青豆はリーダーに接近し、会話を通して対峙 闘い(H)
 青豆はリーダーを暗殺する 勝利(I)
 青豆は謎の妊娠をする 標づけ(J)
 青豆は老婦人に暗殺成功を報告 不幸・欠如の解消(K)
 青豆は安全なアジトに辿り着く 帰還(↓)
 牛河は柳屋敷を調査、その後、天吾を監視する 追跡(Pr)
 青豆は柳屋敷に牛河目撃を報告 牛河は殺される 救助(Rs)
 天吾が父の葬儀から帰る 気づかれざる到着(O)
 牛河の遺体について教えられた教団は青豆の安全を保障する代わりに
 教団への協力を要請 不当な要求(L)
 青豆は教団の要請を断る 解決(N)
 天吾と青豆が20年ぶりに再会 認知(Q)
 予想に反し相思相愛だと知り、天吾は青豆が自分の子を妊娠してると知る 正体露見(Ex)
 二人は首都高の非常階段を通って、空に月がひとつしかないのを確かめ
 1Q84年から脱出したと知り、月の見えるホテルで結ばれる 結婚・即位(W)



 ここで構成要素の分類終わり

 どうです?
 31ある機能の相当数がこのようにきれいに収まると、この「1Q84」はプロップの手がけた魔法昔話に見事に回帰したと言ってもよさそうです。そしてそのことは村上春樹の執筆の努力と名誉を汚すものではありえないと私は思います。月がふたつあるという時点でそれは魔法の世界であるわけだし、Book3で登場する安達看護婦の秘密やNHKの集金人の正体も魔法の世界ならではです。
 我々にとって「1Q84」は心地よい魔法物語の魔力を再び教えてくれたのです。
 いや、そんな難しい話は抜きに、小学生の時のいじめられっ娘が優しかった男の子に恋して、20年経て(暗殺稼業に身をやつし、欲望に任せて男漁りしようと)なおかつ純粋な気持ちを持ち続けてハッピーエンド風?なところまでこぎつけるというのは、(あり得ないと思いつつも、だからこそ魔法物語として)感動させずにおかないのですよ。それこそが求められる形なのだと思うのです。
 
 えっ、それでBook4はあると思うかって?
 あなたもかなりしつこいですね(笑)
 最後はたしかに含みを持たせてますが、4の前の3も鼎の安定した数字ですからね。
 空気さなぎ、リトル・ピープルについては別の作品で明らかにされてもいいし、もうよろしいのではないかと思います。




 尚、当方は世情に疎い創作サイトですので、議論風のコメントはどうぞご自分のサイトか、然るべき場所でお願いいたします。

 ↓ おひとつ、お好みを、ポチお願いします
 プログ村

 ホーム トップへ



スポンサーサイト
このページのトップへ
 一日の講義の終わっためぐみ、美由紀、祥子はいつものように特殊行動心理学天野教授の部屋に向かった。もちろん勉強のためではない。いわばその日一日の勉学のほんの僅かの疲れを癒し、とりとめもない話題のおしゃべりを楽しむための小さな喫茶店。それが彼女たちにとっての教授室の役割だ。
 当の天野教授はたとえ締め切りの迫った論文を抱えていても嫌な顔も見せず、集まってくる教え子たちをとっておきのコーヒーや紅茶で暖かく迎えてくれるのだ。甘党の教授が彼女たちの持参するスイーツに期待している側面ももちろんあるのではあるが……。

 ◇

 その日も三人娘と教授は応接セットのソフアにかけてドイツ風シュトーレンケーキとディンブラの紅茶をいただいて至福の時を過ごしていた。

「教授、私、時々ザッピングしないと落ち着かなくて、いいですか」
 そう言って教授に答える暇も与えずに祥子がソフアの向かいにある大型液晶テレビのリモコンスイッチを入れた。 テレビ画面にテレビショッピングがふたつ続いた後に、ニュースの映像が入った。

 どこかのお城の石垣が映った。
 祥子はそこでチャンネルを止めた。
 手前に八分咲きぐらいの大きな一本桜があるが、カメラはそれに視線を止めることもなく手前のガードレールに寄って下を俯瞰した。テロップに転落事故で男性死亡と出る。
『昨夜7時頃、柏葉市内に住む北橋拓矢さんの運転する乗用車がガードレールを突き切り転落し、北橋さんが死亡しました』
 30メートルはある潅木の茂る土手の地面を削って転がったのだろう。その一番底で車がひっくり返って車体の裏側を向けている。テロップに死亡北橋拓矢さん(26)と出る。
『現場は柏葉城の桜門手前の見通しのよい道路で二ヶ月前も婦人警察官の運転するパトカーが接触事故を起こしていました。警察では北橋さんが運転を誤って転落したものと見て捜査をしています』

 すると美由紀が「教授」と言って立ち上がった。
「私が調べて来ます!」
「へっ」「えっ」「何を」
 突然の調査宣言に他の三人が首を傾げると、美由紀は手で空気をぶって言った。
「教授、照れなくても私も同じ気持ちですってば。以心伝心、私と教授の間にはピッと一瞬で通じるものがあるんです」
 美由紀得意のおこがましい決め付けではあるが、しかし以前ほどアタックすることはなくなった。なぜならアタックする度に天野教授は亡き奥様の話で防御に入り、美由紀の勝ち目がないのがわかってきたからだ。
「美由紀、どういうこと?」
 めぐみが訊いた。
「教授はこの事件には興味深い謎があるって思ったのよ。教授、そうですよね?」
 天野教授は「えっ」と唸りかけて「まあ、そうかもしれませんね」と微笑んだ。実際はそうでなくても、教え子が手を上げたら認めてあげる度量の広いところがあるのだ。
 そこで美由紀は照れ笑いを浮かべた。
「えへへ、つきましては教授、調査費をカンパいただけると嬉しいんですが」
「あ、ええ、面白いネタを探してきてください」
 天野教授は背広の内ポケットから財布を取り出すと、樋口一葉の肖像付き紙幣を美由紀に渡した。すると美由紀は左手で紙幣を受け取るやサッと右手で敬礼した。
「はっ、明日は柏葉市の事故現場に調査に赴きます。めぐみ、祥子は代返等の後方支援を要請します。
 万が一、成果が上がらなかった場合は、残念土産としてご当地の柏餅を仕入れて、泣く泣く帰って来る所存であります」
 なあーんだ、狙いは調査より柏餅かい。美由紀を除く三人は納得して頷いたのだった。

 ◇

 翌日の午後、美由紀から天野教授の研究室に電話が入った。
『あ、教授ですか。がっかりです』
 美由紀の声のテンションは低かった。
『どうしました?』
『この柏葉市は昭和になってから命名されたらしくて、あの城も20数年前に町おこしで建てられたんです、石垣も中はコンクリートですって』
『そうでしたか』
『そんなわけで、ご当地に美味しい柏餅があるわけでもないんです、はあ』
 美由紀の深い溜め息に天野教授は苦笑した。
『まあ、そんなにしょげなくても』
『ただですね』
 美由紀の声にいつもの張りが戻った。
『例の事故現場で二ヶ月前に事故を起こしたという婦人警察官に話を聞きました』
『ミニパトに乗ってる婦警をよく捕まえましたね』
『それが彼女内勤になってたので』
『ほう』
『あなたの事故はどうして起きたのかと聞くと答えは単なる注意力散漫ですと。しかし、唇が突き出し、表情に拒否反応がありました』
『なるほど』
『そこで、今回の死亡事故の原因をどう思うかと訊ねたところ絶句、激しい視線の揺れ、伏し目。そして現在捜査中ですからと力ない答え。しかし、顔面は蒼白。
 これは絶対怪しいと思って、もうちょっと調べたら思いがけないことに突き当たりました』
『なんです?』
『今回の死亡者北橋拓矢と婦人警察官諸郷佳恵子は中学の同級生なんですよ』
『ふうむ。それは興味深い一致ですね』
『はい、教授、私、どうしましょうか?』
 そう聞かれた天野教授は謎解きの興味を抑えられなくなっていた。
『調査を続行して下さい。正式に調査費を出します。こっちも明日、智美君を連れてそちらに向かいます』
『わかりました、面白くなってきましたね』

 ◇

 天野教授は智美と事故現場に着いた。事故で突き破られたガードレールはまだ工事が間に合わないためか黄色と黒の工事中の看板が工事用ロープで四枚つなげられていた。交通量はさほどない。
「じゃあ、このあたりから始めてもらおうか」
 天野教授が言うと、智美は白い手袋を外して残ってるガードレールに触れた。
 天野教授の理論によると人間の意識はあらゆる物質や空間に記憶されている。めぐみの姉の智美はその記憶を読み取る特殊能力を持つ、天野教授の調査の切り札なのだ。
 智美は事故の被害者の記憶に触れてそのまま口にする。
「ま、まさか、桜の呪い、う、わあああ、エスティングィッシュト」
 勢いよく突っ切ったせいか、残存している記憶も一瞬だったようだ。
「ふむ、桜が?」
「桜というのは人の名前です。たぶん中学生ぐらいじゃないかと思います」
 天野教授は道の反対側の石垣の手前にある一本桜を指差した。
「あの桜も探ってもらえるかい」
 智美はうなづいて反対側のガードレールを乗り越えて桜の幹に手を伸ばした。
「きれいな桜ねえ。きれいだわあ」
 智美は何度も何度もそう呟いた。
「たくさんのひとがこの桜を愛でてます。悪意や恨みの記憶はないようです」
「そう、それはよかった」
 天野教授が安堵するのを、智美が遮った。
「あ、ちょっと、桜なんてこの世になければいいのに。中学生ぐらいの女の子が恨むように投げかけた記憶です。
 でもここで死んだというわけではなさそうです」
「ふうむ、とすればこでいわゆる幽霊を見たわけではないかもしれないね」
「ええ、そういう重い波動は感じません」
 その時、天野教授の携帯電話が鳴った。天野教授は険しい表情で美由紀からの報告を受けて電話を切った。
「残念ながら桜さんは3年前に自殺していたよ」
「そうでしたか」

 ◇

 天野教授、智美、そして美由紀は帰宅する婦人警察官諸郷佳恵子を呼び止めて喫茶店に入った。
「単刀直入に聞きます。あなたたちは桜さんをいじめていたんではないですか?」
 天野教授の問いかけに諸郷佳恵子は「そんな」と口ごもり俯いた。
「私たちは別にあなたを罰しようというわけではないんです。ただあなたには真実を告げる義務はあるように思うのです。いかがです?」
 うなだれていた諸郷佳恵子は意を決したように顔を上げた。
「自分を弁護するわけではないんですが、決してあからさまな暴力を桜ちゃんに加えたことは一度もないんです。ただ」
「ただ?」
「なんというか彼女は容姿とか、その名前負けしているので、からかわれることはあったんです」
「ふむ。軽い気持ちでからかっても相手は想像以上に傷つくことがありますよ」
「ええ、今は冷静にそう思います。だけど当時はみんな中学生です。深く結果を考えることができなかったんです」
「それでいいというわけでもないでしょうが、ま、話を進めてください」
「私たちの世代の時はちょうどあのお城は距離的に手軽な遠足場所だったんです。それで男子の誰かが『桜が死んだらあの門の桜の下に埋めてやる』って言って、そしたら私の近くにいた北橋君が『桜はいい肥料になりそうだ』と悪乗りして」
 美由紀が「ひどい」と吐き捨てた。
「ほんとにひどい、恥ずかしい話です、でも聞いていた殆どみんなが笑いました。私もです。ああ、あの時、桜ちゃんはどんなに傷ついたか」
「言葉だけで十分な致命傷を与えることがありますから」
 美由紀が怒って言った。
「はい、思い返すと怖ろしさに今も震えるんです。すみません、こんなこと言っても取り返しもつかないけど。ごめんなさい。桜ちゃん、許してください」
 諸郷佳恵子は頭を垂れて、涙をこぼした。
 言葉による暴力から8年も経って桜がどのような経緯で自殺に至ったかは知る由もなかった。天野教授は思い直して言った。
「あなたの思いが桜ちゃんに届くといいですがね。ところでどうして今頃になってあなたは桜ちゃんに怯えたんです」
「ええ、去年の暮れ頃、卒業から十周年ということで同級会をやったんです。こういう点も恥ずかしさで一杯なんですが、私を含め誰も桜ちゃんのその後どうしたなんて興味もなかったんです。だけど女子の誰かが桜は2年前に自殺したんだってと呟いて、一気にみんなの酔いが醒めたんです。それで二ヶ月前に桜門に差し掛かった時、私はひどい暴言に笑い桜ちゃんをみんなで傷つけたことを思い出し、すまなさで頭が一杯になって気が付くとガードレールに接触していました。
 おそらく北橋君もあの桜を見て、罪の意識で一杯になったんだと思います」
 天野教授、智美、美由紀は大きく頷いた。
「なるほど。そういう理由だったんですね」
 諸郷佳恵子は縋るような視線を寄越した。
「私みたいな者が警察官をやってていいんでしょうか?」
 すると天野教授は頷いて言った。
「あなたが桜さんのことを思い出し、誠実に警察官の仕事をするなら、それが一番の罪滅ぼしになるかもしれませんね」
 諸郷佳恵子は「ありがとうございます」と言って肩を震わせたのだった。   了

 



 ↓ おひとつ、お好みを、ポチお願いします
 プログ村

 ホーム トップへ




このページのトップへ

FC2Ad

Information

gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    飛べなくても頭が悪くても
    地球人も宇宙人だ(笑)

    ↓よろしければ、おひとつ、ポチお願いします

Calendar

03月 « 2010年04月 » 05月
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
- - - - 1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30 -

 

新着はこちら!New!

全小説 ツリーリスト

最近いただいたコメントなど

アクセスカウンター

リンク

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

twitter小説

月別アーカイブ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

最近のトラックバック

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。