銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

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 昨日、140万人が集まった会場で、宣誓を行い就任した新大統領は翌日、朝早くから執務室に出勤した。

 デスクには前任大統領からの置手紙がある。
 とんでもない秘密が書いてあったらどうしよう。
 大統領は少しドキドキしながらそれを開けた。
 前の国防長官が就任翌日か翌々日に大きなクライシスがあるだろうと予言していたからだ。
 おかげで昨日はどんなクライシスがあるのか考えて、心配が次々と沸いてきて、まったく眠れなかったのだ。午後には軍幹部と面会する予定なので、その場で、前任者が残した非人道的な秘密命令でも明かされるのではないかというのが一番の不安だった。しかし、シークレットサービスを通じて諜報組織に探りを入れさせたが、それらしき匂いもないと言う。
 置手紙をそっと開いてみる。
《親愛なる大統領 派手に演出すると私のように国民の支持を得られるよ、へへへ!
 鷲の絨毯の下に粉が撒いてあるけど、私の秘密の呪術パウダーだから触らないで!
 引継ぐことは他に何もなし。神の加護を!》
 やつが呪術に凝ってるのは知っている。どうってことはない。
 大統領はその手紙をゴミ箱に捨てようと思ったが、後々、チャリティーオークションに出して高く売った方がいいかもしれないと考え直して引出しの奥にしまった。

 そこへ気心の知れた大統領首席補佐官が顔を見せる。
「ハーイ、大統領、世界の大国と中東の紛争国に電話で挨拶する時間だよ」
「うん、わかってる」
 受話器を持ち上げると、既にダイヤルをオンラインにした交換手がどこの誰が出ると伝えてくれる。そうして次々と相手に挨拶する。
 緊張したのは中東の国だ。
 もし敵国を核攻撃するので黙認しろなんて切り出してきたら、どう返答しようかと思ったが、それもなかった。
 フーッ。
 電話を終えた大統領は溜め息を吐いた。
 背中にはたっぷり汗をかいている。
 しかし、主席補佐官は休みを与えてくれない。

「10時からはありがたい市民との握手会の予定だ」
「わかってる、何人だっけ?」
「200人だ」
「ボディーチェックは大丈夫なんだろうな?」
「もちろん、気になるのか?」
 もしかしたらクライシスとは自爆テロみたいなことかもしれない。しかし、そんな弱気な面を見せるわけにはいかない。
「いや、シークレットサービスを信頼してる。聞いてみただけだ。
 それにしても200人だと一人1分で3時間かかるな」
「だから一人15秒ですませてくれ、後の予定がつかえてるんだ」
「オーケー、任せてくれ」 
 大統領が笑みを返すと、そこへ次席補佐官が駆け込んできた。
「大統領、財務長官から緊急の電話が」
「一体、なんだ」
 大統領は椅子にのけぞって受話器を取り上げた。

《やあ、新しい椅子の調子はどうだい?》
《大統領、緊急に命令をいただきたいのです》
 大統領の顔から血の気が引いた。
 こいつか、この電話がクライシスなのか?
《どういうことだ?》
《時間がないので手短かに言います。いろいろな銀行企業に対する救援策で、わが国庫の資金が不足しそうなのです。
 もちろん輪転機はありますから、いくらでもドル紙幣や国債を刷ってお金を産み出すことはできますが、前任者がすでに沢山刷ってます。これ以上刷ると流通量が増えすぎて、わが国は急激なインフレに陥るでしょう》
《エコノコミック・クライシスか!》
《ええ、そこで前の財務長官は本日指定期日のオプションを大量に買い込みました。東部標準時10時丁度に、ドル円が90円ジャスト以上なら国庫に3000億ドルが入ります》
 大統領はめまいがした。
《そしてその中の200億ドルでドル円を買い、ユーロドルとポンドドルを売り、ドルのレート全体を押し上げます。たぶんドル円は一気に100円まで上がるでしょう。これは株価にも良い影響を与えるでしょう》
《もし90円未満だったら?》
《オプションは紙くずになり、収入はゼロ、掛け金は丸損です》
《アンフェアだ。政府にインチキ博打をしろというのか?》
《インチキ博打ではなく、コールオプションです》
 大統領は声を荒げた。

《そういう金融商品がそもそもの今回の経済危機の始まりじゃないのか。わかってるのか?》
《しかし、GMやシティが資金を欲しがってきたように、財務省にもFRBにも資金が必要なのです。ここは一度だけ、オプション価格を強硬に守るよう指示してください。すでにディーラーたちの準備はできてます。一気に91円近くまで押し上げれば強力な売りの邪魔が入っても90円を守れます。そうすれば国庫に自動的に3000億ドルが入るのです》 
 大統領の脳裏に、ふと家族の顔が浮かんだ。
《いや、だめだ、国家が為替操作をすることはダーティーだ》
《これはあなたの罪でも不名誉でもない、前任者の仕組んだことを追認するだけです、ノーの答えはあり得ない。大統領、ご決断を》
 大統領はしばし沈黙した。今の国家財政に3000億ドルは貴重だ。
《時間がありません》
 時計は9時55分を指している。
《大統領、今すぐ、ご決断を》
 催促されて、大統領は口を開いた。
《ノーだ!》
《3000億ドルを捨てるのですか?》
《ノーだ!
 もう、この件で二度と報告するな》
 大統領は受話器を叩きつけた。
「一人にしてくれ」
 大統領は補佐官二人が去ると、一人、窓枠に両手を大きく広げてつき、芝生を眺めおろした。

 大統領には優秀な息子がいた。これが小学生のくせに、素晴らしいトレードの才能のある子供で、綿密な分析を行った末、ドル円の適正価格は60円ぐらいと結論づけて父親にいろんな経済用語を駆使して説明していた。そして、今まで貯めた全財産の1000ドルでドル円を全力売りしていて、そのPC画面を、このところ毎日、自慢そうに父親に見せていたのだ。
 もし、ドル円が100円になったら、息子の1000ドルは跡形もなく吹っ飛んでしまう。そんなことになったらショックで息子は才能も自信もダメになってしまうに違いない。


 大統領は呟いた。

 初日に家族と国家を天秤にかける決断を迫られるとは、大統領がこれほどまでに過酷な仕事とは想像もしなかったよ。    了






 この話はフィクションであり、実在の人物、組織とはまったく関係ございません。

※但し、今月21日にはドル円90円の巨大コールオプションがあり、2000億ドル(日本円だと18兆円ですよ!)の夢が紙くずになったというのは事実のようです。誰が買っていたかは謎であります。
 金額的に並のヘッジファンドとは思えず、もしかしたらあの政府自体が、と発想してみました。
 そう考えると、可能性はありそうです。そして他国の為替操作を非難する大統領の正義感が、自国の前任者の陰謀を突っぱねた可能性もあるかも…、うーむ。


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 †††

「いい加減に吐けや」

 警視庁の取調べ室に、鳶松の怒鳴り声が響いた。
 背筋を伸ばして椅子にかけている芥川は、静かな表情で、まるで無声映画でも眺めるような目を鳶松に向けている。
「阿南真登子と木野みすずを殺したのはお前だろう」
 鳶松は机をどんと叩いたが、芥川は微塵も動揺せず、ゆっくりと口を開いた。
「冷静に考えてみれば結論は明らかです。
 私が殺人犯ならば、警察が張っている部屋に暢気に帰ってくることなどあり得ないでしょう」
 脇の机で書記を務める林田が、反論を期待して鳶松を見つめる。
「ふん、まあ、普通はないわな。普通はな。
 だが、お前は普通ではない。堂々と現れて我々に挑戦してるんだろうが」
 芥川は苦笑する。
「そんなに怒ると、逆に内包する論理の破綻を強調してしまいますよ。モルモットの仕掛けで欺いたことはさっき謝ったのだから、私には残る一点の非もない。そもそも、あの状況で隣で聞き耳を立てられていたら不快です、誰にも抜け出す権利はあるのです」
「権利があるかどうかは裁判官が決めるんだ」
 芥川はふっと息を噴き出した。
「今のは暴論です。
 私は犯罪者の心理がどうなのか推理することは興味がありますが、犯罪を為すことにはまるで欲求がないのです。
 そもそも私には不在証明があります。みすずさんが殺された頃はずっと神田のカフェーで友人の堀井と飲んでいたのだから」
「カフェーの人間は覚えてないそうだ。その友人の足取りもまだつかめんのだぞ」
「おおかた、どこかの友人の部屋に転がり込んで寝込んでしまったのと推察します」
「その不在証明も鼠の工作じゃないのか?」
 芥川は質問には答えず、目を瞑るとじっと黙り込んでしまった。
「おい、答えろ」
 芥川は閉じていた目を開いて鳶松を見ると言った。
「ちょっと今、頭の中で執筆中なのです。静かにしておいてください」
「ふざけるなよ、こっちは取り調べで尋問してるんだ」
「取り調べの手順が極めて非効率的ですな。
 先刻、既にし終わった質問を、また私に質問しても全く意味がないでしょう。
 新規の質問以外は私に聞かせないでください。それとも先刻の質問をご自分でお忘れですか?」
 鳶松は「おのれー」と呻いて、新たな質問をひねり出そうと考え込んだ。
 
 芥川の頭の中では、刑務所の話が閃いていた。
 その刑務所は、恐怖政治下の某国で実際は罪のない人間が政治犯として収容されており、権力を握る強者でありながら、実は失脚の恐怖に慄く政治家は、さらに多くの人数を政治犯として送り込もうとしている。しかしもはや刑務所の収容人数を超えているので、そのままでは収容できないし、国際社会の非難も高まる中、なかなか死刑にもできない。そこで食事に毒を混入して隠密に囚人の間引きを行っている。
 隠密にといっても囚人の間ではすでに毒殺の噂が広まって、毎日、今日は何号室と何号室が死んだと伝言ゲームのように伝わっている。
 
 扉の差し入れ口から持ち上げた皿の中にはほとんど無色のスウプが六分目ほどまで入っている。
 味つけは塩だけで、玉葱とじゃが芋の細切れがいくつか沈んでいる。
 傷だらけのスプーンでスウプをすくった私は、透明なスウプを見つめて、普段なら殆ど感じられない筈の薄い香りが、今や強烈な味覚の予感となり鼻腔をくすぐるのを感じる。
 朝と夜だけの粗末な食事をすでに四日間絶食しているせいで、嗅覚が異様に昂じているのだ。
 ごくりと唾を呑み込み、私は口を開いてスプーンを歯の直前まで進めた。
 しかし、その刹那、はたと怖れが雷光のように後頭部から口へと突き抜けた。
 この中に毒が溶けているかもしれぬ!?
 口まで運びかけたスプーンを、私は床に叩きつけると扉の対極の壁に寄り添い、頭を壁に打ち付けた。
 祈るためのクルスまて取り上げられ、このまま毒殺されるか、餓死するか?
 主よ、何ゆえに我にかくなる試練を与えたもうや?
 私は涙を流して小さな窓を通して曇り空を見上げた。
 私は激しい空腹のためにうとうとと夢に入り、小さな食堂に腰掛けていた。
 そこには一人の女がいて、私は問いかけたる
「あの方はおられないのですか?」
 するとかの女は首を横に振った。
「あの方はもういないのです」
 それからかの女はスウプを口に運んだ。その女性は私に向いて「なぜ食べぬのですか?」と問いかけた。
「死ぬかもしれぬのです」
「信じればよいではないですか」
 ああ、マリア様、あなたの許しがあったとしても、私はあの方の許しがなければ食することができないのです。
 法王もいまだあなたへの信仰を認めていないのです。
 私が口には出さずにそう思うとマリア様は微笑んだ。
「食べなければ死ぬのですよ。信じてお食べなさいな」
 その時、扉の上部の覗き口が開いて、看守が怒鳴った。
「こら、食器を戻しておけ」
「あ、今すぐ」
 私は床にあった皿に駆け寄り両手で持ち上げるとスウプを一気に飲み干した。
 命がさざめいた。
「大丈夫だ、生きる、俺は生きるぞ」
 私は涙を流しながら大笑いを始め、看守の怒鳴り声と私の笑い声がしばらく鳴り響いた。

 鳶松は、芥川が話作りに没頭してる間に新たな質問を発したようだ。
「えっ?」
 芥川はふっと鳶松を向き直り「もう一度お願いします」と頼んだ。
「つまりだ、お前が犯人でないとするなら、誰が犯人だと思う?」
 芥川はさっきまでの沈んだ表情から一転してきらきらとした目で頷いた。
「犯人はおそらく」
 鳶松と林田は同時に「おそらく?」と聞き返した。
「吸血鬼ドラキュラです」
 鳶松はがっかりして言い返した。
「吸血鬼ドラキュラに関して、お前は信じてないようだと天野助教授が言ってたぞ」
「もちろん僕は信じてません。しかし、犯人はどうでしょう?」
 芥川はそう言うと乾いた笑い声を漏らした。

(吸血鬼ドラキュラ10につづく)





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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    飛べなくても頭が悪くても
    地球人も宇宙人だ(笑)

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