銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

 †††
 
 その朝、芥川の隣の部屋で窓の外を監視していた林田はアパルトメントに近づく人影を発見した。一瞬、林田に緊張が走る。
 その男は芥川の部屋をさりげなく見上げた後、頭を掻いた。
 林田は殆ど聞き取れない声で鳶松に報告した。
「鳶さん、中戸です」
 電話もない部屋に連絡するため、本庁捜査1係の若手刑事が駆けつけてきたのだ。

「鳶さん、大変です」
 入ってきた刑事が小声で言うのを、鳶松は黙って手帳を指差して筆談にしろと合図した。
《例の法医学助手五棟の許婚が殺されました》
 中戸の書いた文を見て、鳶松と林田の目が一気に大きく開き、手帳と鉛筆を奪って訊ねる。
《手口は?》 
《首に前と同じ小さな傷。失血?》
《いつだ?》
《昨夜十時~零時》

 鳶松は唇を噛んだ。
 芥川はずっと在室してたから本ボシではないということになる。
 その時、隣の部屋から本をトンと置く音がした。
 それにしても一睡もしないで本を読み続けるとは呆れた人種もいたものだ。さすが帝国大学生になるとやることが度を外れてやがる。
 仕方ない、ここは疑いの晴れた芥川に挨拶して引き上げるか。
 鳶松はそう決めて、いったん静かにアパルトメントから引き上げて、中戸は車をまわすために先に去り、鳶松と林田はわざと靴音を響かせて、アパルトメントの中に戻り、芥川の部屋をノックした。
 当然のことながら、五棟の許婚が殺されたことを告げ、心当たりはないか訊ねることになる。
 返事がないので鳶松はノックを重ねたが、またも居留守だ。
「芥川さん、いるんだろ?」
 鳶松がドアノブをまわすと、ドアはあっさりと開いた。
「芥川さん、無用心だな、ちょっと事件があってね、話を聞きたいんだ出てきてくれないか」
 しかし、部屋は静まり返っている。

 鳶松は奥の部屋を覗き込んで、息を呑んだ。
 後ろから林田が声を上げた。
「鳶さん、これは!?」
 奥の部屋の文机の脇にはひと抱えほどのかごがあり、中で白い鼠が針金でできた円筒を回転させている。
 その円筒の回転軸には天井に並ぶ滑車に連なる紐が巻きついていて、その滑車の先の紐はまた急降下して、文机の上の分厚い本の表紙を持ち上げつつあった。
「やられた、逃げられた、林田、本庁に連絡、鑑識係を呼べ」
「やつが本ボシですか!」
「おそらくそうだろう、急げ」
 そう言って鳶松は飛び出してゆく林田を見送ると鼠を振り向いた。
 どうやら、円筒は鼠が紐を巻ききったらしく、もう回転しなくなった。
 鼠は動かない円筒の中でしばらくもがいていたが、もういかんともしがたいと悟り興味を失ったか、はたまたもう少し面白いことを発見したのか円筒から飛び出てしまい、かごの床やら側面をしばらく駆け回った。

 鳶松は手袋をはめて芥川の文机の引き出しを開いた。
 中にあるのは万年筆に、インクの壺、書きかけの原稿用紙、タバコがひと箱、マッチもひと箱、虫眼鏡、便箋、紐で閉じた手紙の束。
 鳶松は手紙の束を開いて、差出人の名をざっと調べた。しかし、そこに阿南真登子、木野みすずの名はなかった。
 鳶松がふとかごに目を戻すと、鼠が再び円筒に入るところだ。
 鼠の頭脳の中で果たして回転の方向が記憶認識されているかはわからないが、今度は先ほどと逆方向に回転させようとした。そうすると、引っ張られていた紐が開放されて、2寸ほど持ち上げられていた本の表紙が落下してバタンと音が響いた。
 こうして鼠が運動することにより、紐は巻き取られ本の表紙を持ち上げたり下げる仕掛けになっていたのだ。
 鳶松は溜め息を吐いて再び文机の奥を調べ始めた。
 
 帝国大学に出勤した天野は、法医学部に電話を入れて、今日、五棟は検視当番だったが、さすがに休みを取り在宅していること、許婚の木野みすずの遺体解剖は教授の執刀で行われる予定だと知った。
 昼すぎに講義を終えた天野は、急いで小石川の五棟の家を訪れた。
 門の前には警視庁の車が止まり、制服の警察官が二人立哨している。
 天野が門の中に入ろうとすると、警察官が呼び止める。
「なんの用か?」
 天野は山高帽を持ち上げて会釈した。
「私は帝国大学の同僚で天野助教授と申します。五棟君と話があるのだが取り計らってもらえませんか?」
 天野から名刺を受け取った警察官は敬礼を返した。
「聞いてきますので、暫くお待ちください」
 まもなく警察官と共に刑事らしい男が出て来た。
「五棟様は居間にいるので、居間においで下さい。他の部屋は鑑識がまだ済んでませんので立ち入らぬようお願いします」
 そう言う刑事に案内されて、居間に通されると、五棟耕三は畳にあぐらを掻いてうなだれていた。
「五棟君、この度はとんだことで、ご愁傷様です」
「これは天野助教授」
 天野が山高帽を抱えて正座すると、五棟も正座で向き合った。
「わざわざご足労、すみません」
「突然だったから、五棟君はさぞかし辛いだろうが、どうぞ気を強く持ってください」
「ご心配、ありがとうございます」
 そこで五棟はしばらく沈黙したが、不意に思い出したように話し出した。
「自分が田舎にいた時です」
「はい」
「風呂はいつも使用人の与平が炊いてくれてました。
 ある晩、風呂がぬるくて格子窓に顔を出して「おい、与平、ぬるいぞ」と怒鳴ったら、与平の代わりに女学生ぐらいの娘が釜炊き口にいたのです。
 それが泣きそうな声で「ただいま」と言って、懸命に竹筒に息を吹き込んでくれて…。 どうやら与平が寝込んでしまい、代わりに娘が風呂炊き番をしたようです。
 風呂はなかなか温まりませんでしたが、私はその時、みすずを見初めたのです。
 以来、ずっと私についてきてくれたのです。
 親には使用人の娘などと叱られましたが、私には一番の相手だったのです。
 まさか、こんなことになるとは…」
「そうでしたか」
 天野は逡巡しつつも、これは今のうちに聞いたこ方がよかろうと決意して訊ねた。
「こんな時にこんなことを聞くのはずいぶんと憚られますが、朝、警視庁から連絡があって小耳にはさんだものですから」
「はあ、なんですか?」
「その、みすずさんの首にも前の阿南真登子さんと同じような傷があったとか?」
 すると五棟は目を閉じてうんうんと頷いた。
「ええ、ありました。
 ええ、そっくりでした、阿南さんの時と殆ど同じ傷でした」
「そうですか。するとこれは同じ犯人による連続殺人という可能性が高いですな」
「まあ、そうかもしれませんね」
 五棟はそう言いながらも半ば放心しているようであった。
 天野は吸血鬼という単語を喉まで浮かべかけて、慌ててそれを飲み込んだ。五棟に以前、厳しく叱られたのを思い出したからだ。
 
(吸血鬼ドラキュラ9につづく)



 ↓ おひとつ、お好みを、ポチお願いします
 f_02.gif プログ村

  ホーム トップへ
このページのトップへ

FC2Ad

Information

gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    飛べなくても頭が悪くても
    地球人も宇宙人だ(笑)

    ↓よろしければ、おひとつ、ポチお願いします

Calendar

11月 « 2008年12月 » 01月
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -

 

新着はこちら!New!

全小説 ツリーリスト

最近いただいたコメントなど

アクセスカウンター

リンク

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文:

twitter小説

月別アーカイブ

ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

ブログ内検索

RSSフィード

最近のトラックバック