銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

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 我々はイルカに学ぶべきだと言うと、「イルカごときについて力説する奴は……」と、眉をひそめるひとがいる。

 残念ながら、勘違いしているのはあなただ。
 私はイルカについて「力説」しているのではなく、人類について力説の反対である「反力説」をしているのだ。
 利己的で、戦争に反対しないという形で戦争を肯定し、目の前の環境破壊にすら目を閉じ、耳を塞ぎ、その日、その日を刹那的に過ごしている人類。

 しかし、イルカは共同で子育てをする。
 そのことだけで、利己的な人類よりはるかに優れた存在だ。
 なぜなら、そこには人間の場合はまだお題目にすぎない、「共生」という生き方がすでに具現化されているからだ。

 人類よ、謙虚に学ぶがいい。

 人類にとってイルカがどんな存在であるかを確かめる、面白い方法がある。
 パソコンでメモ帳でもワードでも開いて、ローマ字変換(多数派ですね)、大文字ロックで日本語標準のキーボードから、いるかと打ってみてほしい。
 その際、ローマ字ではなくひらがなを探して拾って打ってほしいのだ。
「 い る か 」
 はい、変換の必要はない、答えが打ち込まれましたよ!
 その答えが何を意味するのか、考えてみることだ。
 私たちは言霊の幸はふ国にいるのだから。
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 橋西春彦は金融大手日光ソデアル証券総務部の二十代半ばの社員である。

 その春彦がサンフランシスコ支店に出張を命じられた。
 バブル時に勢いで出店してしまった会社のお荷物のサンフランシスコ支店とはいえ、周囲は、特に女性社員はうらやましがることしきりである。
 しかし、出張といっても、その実体は、ワンマンで派手なパフォーマンスが大好きな五屋社長について行って、クラーク上院議員に、土産としてガラスケースに入った京人形を渡すだけの仕事である。
 そんなもの運送屋に頼んで、現地のスタッフにさせればよさそうなものだが、現地支店に打診したところ、プレゼンター、およびその補助は労働契約項目にないと総スカンをくらい、結局、本社在籍者で一番仕事を抜けても支障のない春彦が抜擢されたのだ。
 いや、こういう場合、抜擢とは決して言わないだろうが……。

 サンフランシスコに着いて、リムジンに乗り込んだ五屋社長は、カエルのように広い唇を舌なめずりしながらシステム手帳に目を通し、運転手に言った。
「よし、レッツゴーだ」
 京人形のガラスケースを抱えた春彦が慌てて言う。
「あの、秘書の山本さんを待たないんですか?」
 秘書課から同行してきた山本がまだ乗り込んでない。
 すると五屋社長はこともなげに、
「あいつか、やつは、税関でまごまごしたから、クビにした」
「え、そんな」
 春彦は驚いた。
 つい、さっきまで飛行機のシートで彼と談笑して「本当に、お前は俺の最高の右腕だよなあ」と激賞していたばかりである。
 大体、社長の性格は噂も耳にしていたし、想像はついていたが、ここまでひどいとは。
 春彦は開いた口を、ゆっくりと閉じた。

「お前さ、日本の相場を逐一チェックしておけよ。
 うちは情報が命なんだから、俺が日本の相場状況を知らないで済まされないだろう?」
「は……」
 春彦は唖然とした。
 アメリカと日本の時差はほぼ半日、日本の株式市場が忙しく動いている時、こちらは真夜中なのだ。
 それを逐一チェックなどしてたら、寝る間がなくなる。
 このワンマン社長はそんなこともわからないのである。
 しかし、春彦は、ここでムキになって反論するほどバカではない。
「わかりました、チェックします」
 早速、本社ディーリング部にメールを入れ、山本秘書が解任されたこと、社長が判断すべき相場の緊急事態にはすぐ携帯電話を鳴らすようにということ、特に問題なければ相場の節目毎に携帯にメールを送るようにということを頼んだ。

「ところでお前さ、金ある?」
「なんの金ですか?」
「滞在費だよ、トラベラーズチェックは出金係の山本のサイン済みで使えないからくれてやった。
 俺、プラチナカードと日本札しかないんだよな」
「はあ、じゃあどこかで両替しましょうか?」
「お前、証券会社のCEOがいきあたりばったりで両替したらおかしいだろ。
 レートを見て有利な時を見極めて両替しなきゃ笑われるぞ」
 誰がそんなのいちいち笑うんだよと思ったが、それを言い返しては放火魔に灯油を与えるようなものだ。
「じゃあ、どうします?」
「こっちの支店で都合つけてくれよ」
「わかりました、本社に電話して話を通します、携帯を貸してもらえますか」
 春彦は社長の携帯から総務部秘書課長に電話した。

(お疲れ様です、橋西です)

(やあ、橋西君、山本君のことはディーリング部から聞いた。
 もちろん想定内だけどね)

 突然の解雇が想定内ってどういう会社だよ、と思いながら春彦は言う。

(それでですね、トラベラーズチェックを山本さんにあげて、手持ちがないので、サンフランシスコ支店から滞在費もらえるようにかけあってほしいんです)

(わかった、なんとかできるだろう。
 すまんが社長の世話を頼むよ)

 春彦は、本社からの連絡を受けた支店からドル建ての滞在費を受け取り、ホテルへのチェックインも無事済ませた。
 それから五屋社長にお供して、日本レストランに入った。
 メニューを見ながら五屋社長は言う。
「俺はこっちにするしかないな、殿様コース」
 そして春彦に言う。
「お前はこっち食べてみろよ、忍者コース。
 何が出てくるんだろうな」
 五屋社長は楽しそうだが、春彦は忍者という名前だけでうんざりした。

 やがて運ばれてきた殿様コースは、丸く盛りあがった豆腐に金箔をちらし、昆布で作ったちょんまげを乗せ、隣に太刀に見立てた天ぷらが立っている。稚拙なビジュアルだけの料理だ。
「見ろよ、豆腐の下からステーキが出てきた!」
 五屋社長はご満悦である。
 忍者コースはというと、人参、大根を手裏剣の形にカットしている。
 竹の皮に見立てた包みを開くと、中から紅鮭、ぶり、鯛の切り身がみっつ並んでいる。
 サンフランシスコまで来て趣味の悪い日本料理を食べさせられた春彦は、ホテルの部屋に帰ってからカップラーメンを食べて、口直しした。
 

 翌日の昼はいよいよ、日本の経済誌の記者、カメラマンと合流し、クラーク上院議員に会うために出かけた。

 場所はコンベンションセンターを見下ろすガラス張りのVIPルームだ。
 本当は、五屋社長としては、映画俳優であり、州知事でもある有名人に会って自説をぶって経済誌に大きな記事を出したかったらしいが、相手にされず、アポイントが取れなかったのである。

「はじめまして、ミスター・クラーク。私は日本で最も有名な証券会社のCEOです」
「ようこそ、ミスター・ゴヤ」 
 カメラマンに握手の写真を撮らせて、春彦がガラスケースに入った京人形を上院議員に手渡す。
 おそらく、ここが今回の会談の頂点だった。

 和やかな雰囲気で二人が席に着くと、まず、五屋社長が得意そうに英語で言う。
「わが社は日本で最もたくさんのアメリカ市場参加者がいる証券会社だ」
 クラーク上院議員は嬉しそうにうなづいて、
「それは素晴らしい、実は、私の友人たちも日本への投資に興味津々だ」
「日本のどんな分野に投資するつもりだ?」
「いろいろあるが、一番の関心は金融、不動産だ」
「ほおー、例えばどんな会社の株を買うつもりか?」
「あなたの会社なんかにみんなの興味が集まっているよ、
 あなたの顧客は利子の殆どつかない国債をありがたがって買うんだから、我々の債権を証券化してちょっと利子をつけたらどんなに飛びつくか。
 それを思うと私の友人たちは夜眠れなくて、昼寝ばかりしているよ、ハハハ」
 上院議員のジョークに釣られてカメラマンが笑ってしまった。
「それで、ミスター・ゴヤ、いくらぐらい出せば、君の会社は私の友人の買収に応じてくれる?」
 五屋社長の眉と頬が痙攣しているのが見えた。
 いきなり初対面で買収しようと言われたら、どこの社長でも穏やかではいられまい。
 まして、自分のお山は世界一のお山と勘違いしている大将五屋社長が相手である。
 むっとした五屋社長は春彦に日本語で、つまらないテレビコマーシャルとして有名な台詞『日光せずして結構言うな』を英訳してやれと命ずると席を立ってしまった。
 春彦は愛社精神を発揮して英訳して、上院議員と握手して別れた。
 
 ホテルに帰った春彦は、五屋社長のスイートルームに呼ばれた。
「俺は本社の用事で、今からすぐ帰らなきゃならないんだ。
 そこでお前に頼みがあるんだが」
「なんでしょうか?」
「実は娘の真嵯魅に土産を約束してたんだが、それを買ってやってほしい」
 五屋社長はテーブルの上に百ドル札のひと束を置いた。
「難しいですね、僕が選んで気に入るかどうか」
「大丈夫だ、毛皮のコートなら、狸でも狐でも喜ぶから。
 俺はいつもそうしてる」
 春彦は噴き出しそうなのをこらえて、
「では毛皮のコートならなんでもいいんですね、わかりました」
「うん、あと、お前も土産買うだろ。
 これはそっちの足しにしてくれ」
 五屋社長はそう言うとさらに百ドル札の束を置いた。
 たぶんこれを断ると怒り出すと感じた春彦は素直に受け取った。
「ありがとうございます」
「お前の名刺くれる、忘れるといけないからな」
 もちろん出発前には橋西と自己紹介していたのだが、終始お前としか呼ばないのだからたいしたものである。
 春彦は名刺を渡して、社長の部屋を後にした。


 仕事のなくなった翌日、春彦はチェックアウトを済ますとチャイナタウンに出た。
 見慣れたハンバーガー大手のMのマークがついている「麦当労」に入って、日本のそれよりふたまわりも大きいハンバーガーと、4倍ぐらいの量のポテトチップスを食べると、通りを歩きながら、土産について考えた。
 会社には定番のギラデリチョコを買って済ませよう。
 両親や、妹の千夏には何か食器でも買うか。
 社長の娘真嵯魅は毛皮だ。
 彼女の由加里には社長からもらった金で何かふんぱつしよう。

「ちょっとアンタ」
 おかしな発音の日本語で呼び止められて、ふと足が止まった。
 見ると、店の出入り口の隣に木製の椅子を出して、黄土色のチャイナ服の男が座って手招きしていた。
「アンタ、土産、買いたいたろ?」
「どうかな」
 春彦は警戒して言った。
「毛皮のコート探してるなら、滅多に手に入らないチン品あるね」
 春彦は少し気になって答えてしまう。
「ふーん、見るだけならいいか」
 そう言ってみたものの、入り口にはいきなりクマの手の剥製があり、店内に入ると棚に漢方に使う植物の枝やら、水牛の角やら、亀の甲羅がずらりと並ぶ、ちょっと怪しい店である。

 チャイナ服の男は店の奥にいったん引っ込み、毛皮のコートを持って出てきた。
「これ、全世界にイッコしかない、グレムリンの毛皮のコートある」
 それは全体が白っぽい短い毛で、ところどころに薄茶色の部分があり、その模様がいいアクセントになっている。
 裏地はシルクで縫製も悪くなさそうである。
 グレムリンというのがどういう動物かわからないが、どうせ狸でも狐でもいいと言ってた社長の娘への土産である。
「いくら?」
「1万ドルね」
「じゃ貰おう。
 他になんかいい土産ある?」
「そう、プラントもののバッグなんかとうね」
「ああ、見せて」

 チャイナ服の男は今度は大きな黒いバッグを持ってきた。
「これは高級品ね、造りもしかりしているし、プラント保証書もあるね」
 春彦はバッグを手に取った。長さは50センチくらいあり、大きめだ。
「これはいくら?」
「1万ドルね」
「こっちも1万ドルか、高いな、ふたつも買うんだから値引きしなよ」
「ためため、うちは値引きしないね」
「そんなんじゃ買わないよ」
「わかった、値引きの代わり、アンタの運命見てやるあるよ」
「そんなのいらないよ」
「けちけちしない、とうせ2万ドルもらったんたから、ぽんと買うよろしい」
「なんで知ってるんだ?」
「たまって座ればぴたりと当たる!
 私、この宣伝文句、三千年使ってる占い師か本業あるよ」
 春彦はなぜか男の言葉に呑み込まれるかのようにコートとバッグの代金を払った。

 占い師は竹ひごを取り出し、波打つように操り、文鎮を並べて言った。
「アンタ、毛皮渡す、その娘、文句言って、バッグがほしい言うね」
 春彦はめまいを覚えた。
「勘弁してくれよ」
「しかし、アンタ、バッグは1万と引き換えに言うと、その娘、喜んで手を打つね」
「じゃあちょっと儲かるんだ」
「たけと、アンタの会社、もうタメね。
 アメリカの会社に乗っ取られるある」
「困ったな」
「タイジョウプ、アンタ、その前にクビね」
「それは、大丈夫と言わないんだよ、日本語勉強しなよ」
 春彦はがっかりして、コートとバッグを抱えて、残りの土産を買い空港に向かった。

 帰りの空港で社長の娘真嵯魅から携帯にメールが入った。

(ちわ~、まさみんだよ、パパからハッシーがお土産持ってくるって聞いたよ)

 おいおい、いきなりハッシー呼ばわりのタメぐちメールかよ。

(そいでね、成田は何時かな?
 まさみん、明日ひまなので、迎えに行っちゃうのだー(^o^)/)

 春彦は溜め息を吐いて返事をする。

(はじめまして、橋西です。
 成田は明日の朝9時30分の予定です)

(それでは明日、まさみんがお迎えに上がりますわ(*.*)ゞ)


 空港に着いた春彦はアイシャドウをばっちり入れた背の高い美人に声をかけられた。
「橋西さんですね」
「ええ、あなたは?」
「やだあ、昨日メールいたしました、真嵯魅ですわ」
 春彦はエッと驚いた。
 あのカエルの唇の社長からこんな美人が生まれるとは想像できなかった。
「VIPルーム取ってありますから」
 そう言うと真嵯魅は空港の特別室に春彦を引っ張った。
 
 ソフアに腰をおろした春彦は、覚悟を決めてグレムリンのコートを取り出した。
「社長からお嬢様は毛皮がお好きと伺ったものですから」
 真嵯魅は毛皮を受け取ると微笑んだ。
「素敵な柄じゃない、こういうのもいいわ」
 春彦は内心ヤッタと思った。
 あれはやはりインチキ占い師だったな。
「で、ハッシー、これはなんの毛なの?」
「ああ、お嬢さん、グレムリンて知ってます?」
 それを聞いて、真嵯魅の表情が険しくなった。
「知ってるわよ、映画でしょ、DVDで見たわ。
 水をかけると繁殖して暴れて大騒ぎを起こすの、冗談じゃないわ」
「ちょ、ちよっと待って下さいよ、それは映画の話ですよね。
 まさか、実際にそんなことになるはずないでしょ」
「……だと思うけど、なんか気分よくないわ」
 春彦はやっぱり占い師の言葉は当たっていたと考え直した。
「あ、そっちの包みは何よ?」
「これは僕の彼女にあげるものです」
「だから何なの?」
「彼女に約束したバッグなんです」
「私、バッグがいい」
「だめですよ、そんな、子供みたいなこと言わないで下さいよ」
「いやあ、まさみん、バッグにするう」
 春彦は抵抗をあきらめ、占い師の言葉を思い出した。
 春彦が思い切って1万と引き換えという条件を出すと、真嵯魅はあっさりと受け入れた。


 春彦は由加里の部屋を訪れてグレムリンのコートを渡した。
「そのコート、水につけると駄目かもしれない、グレムリンの毛皮なんだよ」
 春彦が言うと、由加里は聞き返す。
「何、グレムリンて?」
「うん、水をかけると繁殖して暴れて大騒ぎを起こすらしい。
 なんか昔、そんな映画があったんだってさ」
「ふうん、でもいい柄じゃない。
 グレムリンなんて嘘に決まってるわ」
「でも気をつけて」
「わかってるって、ありがとう、ハル君」
 由加里は春彦にキスした。


 そして、事件は一週間後に起きた。

 夜、春彦が携帯に出ると、
「ギャヤアーッ、助けてーッ」
 スピーカーが壊れるかと思うほどの悲鳴が聞こえた。
 ま、まさか、コートを濡らしたら、グレムリンが本当に出たのか!
「おい、由加里、大丈夫かあ?」
 春彦が叫ぶと、
「ギャアー、違う、真嵯魅よーッ、助けてー」
「えっ、どうしたんです」
「バッ、バッグー、バッグにワッ、ギャー、来ないでー、ワックスかけたら、ワニが、ワニが出てきたのーッ、ギャアーー、助けてー」
「そこの住所は!?」
 春彦は急いで警察と消防に連絡を取った。
 そして溜め息を吐いた。
 なるほど、これでクビになるわけだ。


 あれから1年が過ぎた。

 春彦はサンフランシスコのチャイナタウンを訪れていた。
 しかし、店は以前のままにあったが、あの占い師の姿はなかった。
 代わりに中年の女性がなまりのある英語で答える。
「あの人は数年に一ヶ月ぐらい現れるだけだよ」
 春彦はがっかりした。
「そうですか。
 あの人のアドバイスのおかげで、僕はクピになっても大丈夫だったんです」
「そうかい」
「あの人の言う『大丈夫』がもし本当だとしたらって考えて、彼の言う1万の単位は円じゃなくて、株なんじゃないかって気付いたんです。
 買収が本当に実現したら日光ソデアル証券の株は一気に跳ね上がり、1万株はひと財産になりますから。
 ただ、まさか真嵯魅さんがそんな条件飲むとは思わなかったけど、試しに言ってみたら、予言通りあっさり受けてくれた。
 彼女も父のワンマン経営にはあきあきしてたようで。
 おかげで、僕はその時の利益を元手に、世界各地で土産物屋を展開しているんです」
「よかったね、あの人の言葉を信じることができる人は幸運に巡りあえるのさ」
 中年女性にそう言われて春彦はうなづいた。
「ところで、珍しい腕時計あるよ、インディージョーンズがしてた腕時計だよ、1万5千ドルで売ったげる」
 春彦はにやにやして言った。
「ふーん、見るだけなら」             《了》


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※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。



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 §4

「アンタ、今いる世界は、パラレルワールド、多次元宇宙のひとつあるね。
 これは作り話ちかう、物理の話あるね。
 アンタ、多次元宇宙わかるか?」
「おぼろげです、文系経済学部出ですから」
「宇宙の材料、物質、時間、意識、あるね。
 これを混ぜて練って、たんこにして、細長く延ぱしてゆき、折ると宇宙、太い二本の麺になるあるね。
 これをさらに延ばして折ると四本の麺、さらに延ばして折ると八本の麺、さらに延ばして折ると十六本の麺。
 こうやって宇宙増えてく、はい、多次元宇宙てきるね」

 まじか。
 拓也はめまいに襲われた。
 三百万で麺の話か。

「さて、この麺を波動というお湯で茹てるあるね。
 茹てる時、かきまわし方が悪いと麺同士がたまにくっつくあるよ。
 それを箸で持ちあける。
 すると一本の麺の表面の粒のいくつか、別な麺の表面にうつったままになる。
 これか今のアンタあるね」
「はあ」
 拓也は気を取り直して尋ねる。
「それで、どうやったら、僕は、元の麺というか、宇宙に戻れるんですか?」
「心配ないね。
 宇宙の時間、直線ちかう、螺旋あるね。
 じぷんに合った場所行く。
 釣りをするつもりて待つことね。
 何十日も、何百日も、何千日も。
 何年かかろうと元の世界に戻れば前の自分に戻れるから年取る心配ないね。
 じっと心の目開いて待つと、光の束あらわれるね。
 これ、フォトンね、そこにじぷんの意識投げる。
 周波数共鳴すると、自分の描いた像と光の束、合体するある。
 それ、元の世界への扉、開くあるね。
 そしたら、そこに飛び込む。
 元の麺に戻れるあるよ」
「そう簡単に言われても困りますよ。
 もっと具体的に教えてください。
 まず、じぷんに合った場所ってどこです」
 拓也は怒りたいのを堪えて頼んだ。 
 占い師はひとしきり竹ひごをさばいて、文鎮を並べて、地図の一点を指し示した。

 §5

 指示された場所は赤坂外堀通りの日枝神社の丘を望む交差点の角だ。

 拓也はそこにあぐらをかいて座り込んでいる。
「光の束なんて、いつ現れるんだよ」 
 首相官邸にも近いせいかパトロールの警察官が歩いてくる。
 一瞬、拓也は不審がられて職務質問されるかなと考えたが、この世界の人間には自分が見えないのをすぐ思い出した。
「山王下交差点、渋滞、異常共になし」
 警察官は拓也に気付くことなく、無線で連絡を入れて通り過ぎてゆく。

 歩行者も、乗用車も、トラックも、バスも、全て拓也に気付くことなく、通り過ぎてゆくのだ。
 誰も自分の存在に気付かないのだ。
 拓也の胸には苛立ちが高まってゆく。
 こんなことしてて、本当に元の世界に戻れるのか?
 それより、自分は本当はただの幽霊になってしまっただけではないのか?
 拓也は自分の胸に触り、心臓の鼓動を確かめてみる。
 いや、生きてる。
 必ず生きて、元の世界に戻り、麻美に会うんだ。
 拓也は自分に言い聞かせて光の束が現れるのを待ち続けた。

 空に夕焼けが映えだし、拓也はうとうととしかけた。
 と、背後から声がかかった。

「とうあるね?
 釣れたかね?」

 振り向くと占い師が立っていた。
「あ、先生」
 なぜか拓也は占い師を先生と呼んでしまった。
「いいもの持ってきたあるね。
 これて、釣りをすると心か落ち着くあるね」
 そう言って占い師は一本の釣竿を拓也に渡した。
 それはかなり昔の釣り竿らしく、竹竿に竹細工の輪っかがいくつか付いていて、糸の先の釣り針はまっすぐでひっかかりがない。
 これでは本当の釣りには使えないとすぐわかる。
「これをどうするんです?」
「たから、歩道から車道に向けて、突き出すと釣りの雰囲気が出るあるね」
「だめですよ、警察官が見たら、釣竿だけ浮いてて取られますよ」
「大丈夫あるね、これも別の次元のもの、二千年前の釣竿ね。
 たから見つかる心配ないあるね」
 拓也はなるほどと思った。
「そんな古い物、どこから?」
 拓也がそう聞くと、占い師は微笑んだ。
 拓也はハッとした。
 中国を舞台にした戦国ゲームで軍師太公望のアイテムとしてまっすぐな針の釣竿があったのを思い出したのだ。
「まさか、先生は太公望じゃないでしょうね?」
「それは、とうてもいいこと、私は時代を渡り歩く流しの占い師あるよ。
 アンタ、元の世界に帰るぺきね。
 そのために、私の言ったこと信じること、それたけよ」
 拓也は感動を覚えた。
 かつての英雄軍師太公望が時代を超越して自分を助けようとしてくれているのだ。
「つまり、先生は太公望なんですね。
 わかりました、言われた通りにやってみます」

 それから来る日も、来る日も、拓也は、山王下交差点に、太公望の釣竿を垂れた。

 この異世界にいて、ただひとつ便利なのは、拓也は、食事を摂ったり、トイレに行く必要はないということだ。
 ひたすら釣りに集中する。
 次第に、行き交う車が走るというより、とてもゆっくりすべって見えるようになってきた。

 そうしているうちに、拓也はあの太公望はかつて釣りのふりをして、森羅万象の法則を観察していたに違いないということを確信した。
 そうするうちに、占い師なのか、太公望なのかわからないが、背後で誰かが見守ってくれている気配も感じるようになった。
 しかし、振り返ることはしない。
 交差点の景色の中に、それまで見えなかった光の球の跳躍が見えるようになってきたので、それを見落としたくなかったからだ。
 光の球には短い周期、より長い周期、かなり長い周期のみっつの球があり、それぞれが自分の位置に定められた方角に跳躍してゆく。
 
 背後の声が言う。 
「うむ、見えてきたな」
 地面に碁盤の目を仮想して眺めるうちに、光の球の跳躍は一定のルールに基づいていることに気付いた。
 あるところではまっすぐ次の目に進み、あるところでは斜めに進み、あるところでは桂馬飛びに進む。
 そのルールは碁盤の目の位置により決まっているのだ。
 背後の声が言う。 
「それが九星の飛泊じゃ」
 そうだ、やがて、このみっつの周期がひとつの位置で重なる時が来る。
 その時、光の束が出現するに違いない。
 拓也は確信した。
「その時に慌てぬよう、そこに投けかける、自分の意識を決めておくかよい」
 背後の声に拓也はうなづいた。
「わかりました、先生」

 §6

 それから数日が経ち、いよいよ、その時が近づいた。

 交差点の中を、好き勝手に跳躍しているみっつの光の球を眺めていると、次にみっつの球の行く先の予測が一点に絞られる。
「来る」
 呟いた次の瞬間、みっつの光の球は重なって、金色の光の束となった。

 拓也は用意していたイメージを投げかける。

 すると、行き交う車のゆっくりと見える動きの合い間に、東山魁夷の白馬が出現した。
 湖畔の林の中を進むはずの白馬は、すらりと伸びた脚をゆったりと折り曲げ、タクシーやワゴンやスポーツカーの間をすり抜ける。
「ほほう、白馬か」
 背後で声がした。
 光の束の位置はまだ離れている。
「一瞬を逃すな」
 背後の声が言うや、白馬が、光の束に入った。
 すると、交差点の中に、湖畔の木立が出現した。
 白馬はその中をゆっくりと動いている。
 今、飛び込まなければと思ったが、一瞬、脇から大型のトラックが寄ってくるのが視界の隅に入り、拓也は反射的に躊躇した。
「急げ」
 どっと拓也の背中を誰かの手が突いた。
 次の瞬間、拓也は道に飛び出してトラックの運転席をすり抜け、東山魁夷の白馬のイメージの中に飛び込んだ。

 §7

 高野拓也は、ハッ、として上半身を起こし目覚まし時計を手に取った。
 アラームが鳴り出すが、ボタンを素早く押さえつけた。
 7時40分。

 デジャヴ!

 大丈夫だ。
 俺は完璧に覚えている。

 拓也は飛び起きると、部屋を出て、隣のドアを叩く。
 ドアが開いて、迷惑そうな顔をしているアフロヘアの学生に言ってやる。
「ガスが洩れてないか見てみろよ」
 学生はちょっと引っ込み、引き返して来て青い顔をしてあやまる。
「すみません、洩れてました」
「気をつけろよ」
 拓也はそう言って自分の部屋に戻る。

 完璧だ、すべてうまくいった。
 拓也は拳を突き上げガッツポーズした。
 あの街の占い師に、三百万は払わなきゃならないだろうが、元の世界に戻れたことに比べれば高い額とも言えない。

 会社で無事、午前の会議を終えて、昼休みにコンビニに行くと、麻美にばったり会った。

「あ、高野さん」
「やあ」
 拓也は照れながら言う。
「今週の土曜日いいんだね?」
 そう言うと、麻美は耳まで真っ赤になった。
「なんか恥ずかしくて」
「恥ずかしくないでしょ。
 真面目な話だもん」
「そうね。
 だけど、もう、今からすごい緊張」
「大丈夫だよ」
 拓也は、麻美を今ここで抱きしめたいくらいだった。


 仕事を終えた拓也はまっすぐ占い師に会いに行った。
 カバンには、貯金をおろし、カードで借りて揃えた三百万が入っている。

 占い師は、あちらの世界で会った時と同じように雑居ビルの入り口に机を出し、易と書いた小さな行燈を置いて座っていた。
「先生、戻れました」
 拓也が言うと、占い師はうなづいた。
「とこかの世界て助けたかな?」
「ええ、本当に助かりました。
 これ、代金の三百万です」
 拓也がカバンから出した札束を差し出すと、占い師は笑った。
「アンタ、パカ正直ね。
 向こうの私、アンタの決意、はかるために言った値段あるよ」
「でも向こうの世界で僕に気付いてくれたのは先生だけだったんです。
 もし先生が気付いてくれなければ、僕は向こうの世界で自分の死を受け入れてた。
 先生は命の恩人なんです」
「あっちの私は助けたかもしれないか、こっちの私、そこまてしてないあるよ」
「それじゃあ僕の気がすまないんです。
 是非、受け取ってください」
 拓也が札束を押し付けようとすると、占い師はうなづいた。
「そこまて言うなら、一割たけもらうあるよ。
 この口座に入れてくれればいいあるよ」
 そう言って占い師はメモに口座の番号を書いてよこした。

 近くの銀行のATMで、メモにある口座の番号を押すと、振込み先の名前が出て、拓也は思わず微笑んだ。
 その口座名は「国境なき医師団」、つまり寄付しろというのだ。
「さすがは先生、にくいことするよ」
 拓也はレシートを受け取ると大切に財布に仕舞い込んだ。
 急いで引き返してみると、占い師は跡形もなく消えていた。

 §8

 ペンションに向かう車の中、助手席の麻美が緊張してるのがわかった。

 いつもはふざけてもたれかかるのに、今日はそれもない。
 拓也は緊張している麻美も可愛いと思った。
「あ、見えてきたよ」
 拓也が指差す木立の中に白いペンションが見えた。
 麻美が声を上げる。
「素敵ね」

 部屋に着いた麻美は真っ先に大きなバッグを開いた。
 そして中から取り出したのは、絵を描くキャンバスだ。
「はい、これ」
「え、何?」
「やだ、高野さんがキャンバスないからって、私に頼んだんじゃない」
 拓也は、麻美が何を言ってるかわからない。
 キャンバスを抱えて、どう答えたものか考えあぐねていると、麻美は窓際に立った。
「ぐずぐすしてると、ずっとできなくなっちゃいそうだから思い切って脱ぐね」
 麻美はそう宣言すると、その場で服を脱ぎはじめた。
「あ、あの」
 拓也は、服を脱ぎ、ブラジャーを取り、さらに肌を露出してゆく麻美を呆然と眺めた。

 麻美はあっという間に裸になると、そのまま窓を振り向くように横顔を見せて椅子に腰掛けた。
「こんな感じなのかな?
 よくわからないからポーズを指示してね」
「あの、……その、麻美がヌードモデルってこと?」
「ここまでさせて、今さら何言ってるの?
 あ、約束、破っちゃいやよ。
 私たち、まだキスもしてないんだから、私の体に触ったら絶交だからね」

 キスもまだって?

 拓也はめまいがした。
 きっと拓也が戻ったのは、前の世界と違うパラレルワールドなのだ。
 すっかり下心満開で来たのに、全裸の麻美を見せつけられて、指も触れられないとは。
 これじゃあ、まるで拷問だ。
 たしか、犬神ってやつは、飢えてる犬の目の前に食べ物を置いて、じらしたあげくに作るのだと何かに書いてあったな。

「先生、話が違うよ。
 犬神になっちゃいそうだよ」
 拓也が呟くと、天から小さな笑い声が響いた。
「ハハッ、それくらいの微妙な違いは大丈夫、じぷんの工夫て思い通りにするよろしいね」
 そういえば、今度の世界は、体が物を突き抜けるようなおかしなことはない。
 みんなが僕に気付いてくれたし、買い物もできたし、車も運転できた。
「わかりましたよ、この世界で生きてみます」
 拓也はあきらめて呟いた。
 
 キャンバスに間に合わせのボールペンで麻美の絵を描き終えたのは深夜だった。

 それから別々に風呂に入り、ベッドに入った拓也は、隣のベッドの麻美に、パラレルワールドの不思議な体験を話して聞かせた。

「不思議な話ね」
 麻美はありきたりな感想を言うが、拓也は強調する。
「いや、本当に僕の身に起きた話なんだよ。
 たぶん、今はね、パラレルワールドに行きやすい時期なんだよ」
「そうなの?」
「うん、ところで、麻美は釣りは得意?」
「したことないわ」
「そう、残念だな。
 それじゃあ、もしパラレルワールドに行ったら、元の宇宙に戻るのは難しいよ」
「やだ、戻れないの?」
「うん、たぶんね。
 明日、起きたら、その世界がパラレルワールドかもしれないよ。
 だから、朝、麻美が僕の腕に抱かれていても、慌てたり、怒ったりしちゃだめだよ。
 今の僕がそうしているように、今の宇宙を受け入れるんだ。
 わかった?」
「なんだか、ずるい」
 麻美が闇の向こうで微笑んだような気がした。
「僕のこと、嫌いかい?」
 返事は返らない。
 拓也は思い切り直接的に言う。
「僕は麻美を愛しているんだ」
 しかし、返事の代わりに、かすかな寝息が聞こえてきた。
「ああ、元の麺に戻りたいよ」
 拓也は呟いた。
 
 §

 あれから一年が経って、僕には、宝と呼べる絵がふたつある。
 東山魁夷の白馬のリトグラフと、妻をモデルにした一度きりのヌードデッサンだ。  《了》



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※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。


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  §1

 朝の陽がぽかぽかと射し込み、夜中に冷え切っていた室内が快適な温度になった。
 ベッドの中の温度も寒くなく、かつ熱すぎず、絶妙な状態。
 気持ちいい、これなら昼まで寝てられそうだ。

 もちろん、会社がなければだ。

 高野拓也は、ハッ、として上半身を起こし目覚まし時計を手に取った。
 アラームが鳴り出すが、ボタンを素早く押さえつけた。
 7時40分。

 今日だけ、もうちょっとだけ。
 拓也はアラームを8時にセットし直して、ふたたび毛布にくるまった。

 幸せな記憶が蘇る。
 そうだ、昨夜は、ついに麻美に旅行の約束を取り付けたのだった。

 高野拓也と倉沢麻美は同じ会社の販売部と総務部だ。
 総務部の麻美が、会社近くのコンビニで、社内で使うティッシュやゴミ袋などをひとかかえ買っているところに、偶然、出くわしたのが始まりだ。

 拓也が麻美のしていた社の名札を見つけて声をかけた。
「会社の総務のひとだよね?
 持つの手伝うよ」
「あ、すみません。
 事務ものは総務部で通販に発注するんだけど、こういう日用品はなくて」
 そうして微笑んだ麻美に拓也は一目惚れした。
 一緒に歩きながら麻美はさりげなく拓也に尋ねる。
「高野さんの、趣味って何?」
「趣味すか、うーん、これ言うと、暗いって言われて印象よくないんすよね」
「そんなふうに言うと余計気になる」
「絶滅危惧趣味と友人にからかわれてるんだけど」
 麻美は笑顔で言った。
「自分が好きならいいじゃないですか」
「実は、俺、絵を見るのが好きなんすよ」
 拓也が言うと、麻美は声を上げた。
「えー、絵を」
 拓也が笑って返す。
「あ、今の、もしかしてシャレ?」
「シャレじゃなくて、私も絵が好きなの!」
「うそっ?
 じゃあ二人とも絶滅危惧趣味かあ」
「そうね」
 そう笑い合って二人は一気に親密になった。

 以来、付き合いは半年ほどになる。
 デートは大体、近場のいろんな美術館がスタート地点。
 食事や買い物はおまけという感じ。
 キスや抱擁は重ねてきたが、裸で確かめ合ったことはまだなかった。

 そこで昨夜、拓也は思い切って旅行に誘った。
 本当は直接会って誘いたかったが、携帯電話にした。
 会って誘うとこっちも緊張しそうだし、それ以上に電話の方が麻美も答えやすいかという考えもあったからだ。
 
(もしもし、拓也です)

(こんばんは、どうかしたの?)

 そう切り返されて、一瞬答えに詰まってオウム返し。

(どうかしたって?)

(ついさっきメールしたのに何か特別な用ができたかなって)

(あ、そうなんだ。
 今度の土曜日、また美術館どうかなって)

(もちろんオーケー!
 予定空けて待ってました。
 なんて美術館?)

(東山魁夷だよ。
 場所はさ、信州なんだけど、土曜の午後行って、日曜の午後帰るってのはどう?)

 ちょっと沈黙。

 拓也の頭の中で、(近くの湖にきれいなペンションあるらしいんだよ)という台詞と、(なんなら日帰りにしようか)という台詞がぶつかって、そのせいか心臓が高鳴った。

(ど、どうかな?)

(わかった)

 そう返事されて、反射的に確かめようとオウム返し。

(わかったって?)

(お願いします)

 その返事に、拓也は胸を熱くして答える。

(うん、近くの湖に画伯がスケッチした場所があって、湖畔にきれいなペンションがあるらしいんだ)
 
 携帯電話を切った後、拓也は何をどう喋ったか覚えてなかった。
 ただ手元のメモには、出発の時間と場所、そして湖の絵と朝日の絵が鉛筆で何重にも描かれていて、拓也は自分で苦笑したのだった。


  §2

「いっけねえ!」
 拓也は跳ね起きた。
 目覚まし時計を振り返ると、時刻は既に9時40分。
 どうやら8時のアラームで起きられなかったようだ。
「やっちまったあ」

 まだ意識が朦朧としている。
 急いで背広を着て、ドアから飛び出した時、いつもと違う何かが視界の隅に入ったのだが、そんなことにかまってる暇はない。

 拓也は走って駅に駆け込み、電車に飛び乗った。
「早くしろ」
 思わず叫んでしまい恥ずかしくなったが、他の乗客は聞かぬふりをしてくれた。
 まずいぞ。
 今日は会議が9時半からだったのに、しかも俺が資料を揃えて説明する予定だったのに、課長かんかんだろうな。
 始末書じゃ済まないかも。
 拓也は見えないバーベルでも担いでるかのように気が重かった。

 電車から飛び降り、駅から飛び出し、会社に駆け込む。
 エントランスホールに入った拓也はエレベーターの上行きのボタンを押す。
 しかし、ボタンは点灯せずドアが開かない。
 最近、エレベーターの故障がニュースになるくらいだ、きっと故障なのだろう。
「なんだよ」
 次の瞬間、エレベーターはドアを開けることなく上階に迎えに行ってしまう。
「なめてんのかよ」
 ひとり呟いて、それにしてもついていないな、と拓也は思った。

 そこへ、顔の見覚えのある支店の営業マンが来て、ボタンを押すとすんなり上行きのボタンが点灯した。
「あの、今朝の販売会議、どうなったか知ってますか?」
 拓也は恥を覚悟で聞いてみたが、営業マンは一瞥しただけでドアに向き直った。
 シカトかよ、やっぱりやばそうだ。
 エレベーターが降りてきて、ドアが開き、取引先の客が降りると、拓也はブスッとした営業マンと共に乗り込んだ。
 
 結局、営業マンとはひとことも話をせずに、エレベーターから降りた拓也はオフィスに入った。

「すみません、おそくなりました」
 声をかけて入ってゆくと、オフィスはまったく反応がなかった。

 誰も自分を振り向かない。
 拓也はいよいよ低姿勢で課長のデスクへ歩いてゆく。
 その途中、誰もが拓也と視線を合わすのを避けているように感じる。
 ようやく課長のデスクの前にたどり着き、
「すみません、課長、おそくなりました」
 そう言ってみたが、課長は黙って書類に目を通している。

 針のむしろってやつだ。
 確かに自分の落ち度であり、弁解のしようもない。
 すると課長は拓也が昨日書いた書類に目を落とし、
「高野君か、そこそこ仕事はできたのになあ」
 そう言うと、ハアーッと大きな溜め息を吐いた。
 まるで拓也を追い払うかのようではないか。
「あ、あの、そ」
 拓也は言いかけたが、課長の重苦しい雰囲気に耐えかねて、自分の席に戻って叱られるのを待つことにした。

 しかし、デスクに来ると、どういうわけか自分の書類や私物の文具もすでに片付けられてさっぱりとなくなっている。

「普通、一回の遅刻で、ここまでする?」
 自分はわざと周囲に聞こえるように言って見回した。
 しかし、みんな自分の仕事から顔も上げない。
「そりゃ僕が悪いよ、会議をつぶしたんだから。
 だけど、取り引き先に迷惑かけたわけでも、会社の金を使い込んだわけでもないよ。
 いきなり、ここまでするかよ?」

 拓也がさらに見回すと、先輩の北岡小枝子が花瓶を持って歩いてきた。
 白いユリと白いトルコキキョウの地味な花だ。
 どうするのかと眺めていると、そのまま拓也のデスクに置いた。
「あ、あの北岡先輩、なんですか?」
 拓也が当然、投げかけた疑問に、北岡は答えず、黙って花に向かって合掌したのである。

「やだ、その花、辛くなっちゃう」と隣の席の会田優実。
「何もしなかったら、可哀相でしょ」
「それはそうだけど。
 そうだ、昨日、欲しがってたチョコ、高野君にあげる」
 会田はそう言ったのにもかかわらず、拓也に渡すのではなく、チョコを花の脇に置く。
 いや、供えるという雰囲気。

 これってもしかしてお葬式というイジメだ、と拓也は合点して思い切り大きな声で、
「ふざけるのもいい加減にしろよな」
 怒鳴ってやった。
 
 ところが、普通ならそうなる筈の、声にびっくりするという反応が誰にも現れない。
「俺もやつの好きだった順天堂DSのソフトあげよう」
 仲の良かった飯島直樹までが近寄ってきて脳年齢判定ソフトを供えて手を合わせる。

「おい、お前までか」
 拓也は飯島の肩を掴んだ。
 しかし飯島は何も反応しない。
 さらに飯島が振り向いてゆくと、拓也の手は飯島の胸をすり抜けたのだ。

「エーッ」
 拓也は声を上げたが、飯島の表情は何も感じていない。
 拓也の存在自体を感じないようなのだ。
 そして、拓也が椅子を持って引こうとしても動かない。
 引き出しの取っ手に手をかけても動かない。
 思い切って手を突き出すと、拓也の手は引き出しの中に音もなく食い込んだ。

「アーッ」
 拓也はゾッとして声を上げた。
「俺はまるで、ただの影だ」

 拓也はその場に尻餅をついた。
 アドレナリンが一気に噴き出す。
「うそ、うそだー!
 これって、夢だろ?
 ほら、こうやってつねれば、」
 拓也は自分の頬をつねってみた。
「全然感じない!
 つ、つまり、だから夢だ!
 しかし、まわりが現実的すぎる」

 拓也の動揺をよそに、飯島が言う。
「こんなことになって、やつの彼女も可哀相だよな」
 北岡が続ける。
「ああ、総務の倉沢麻美さん、真っ青になって病院に行ったって」
 拓也は悪寒に襲われた。
「そんな!」

 飯島が言う。
「まさかな、隣のガス爆発でころっと死ぬとは思わないもんな」
 拓也は蒼白になった。

「俺が死んだ?」

「ひどすぎるよ」
「8時頃っていうから、一人で朝食でもとってたんだろうね」
 拓也はきっと夢なんだと言い聞かせながら、自分に反応しない、妙にリアルで隙のない周囲を恨めしそうに見渡した。

 §3

 拓也はふらふらと会社を出て、歩きながら考えた。

 この現実は何かの悪夢なんだ。
 そう、夢なんだ。
 現実であるわけがない。
 自分がガス爆発で死んだ?
 そんなこと、おかしいじゃないか。
 だって俺はここにいる。
 背広だって着ているし、腕時計だってしてる。
 しかし、思い出してみると、本当に着たものか、記憶がない。
 これも自分の一部の幻影なのかもしれない。
 そう思って腕時計を街路樹にあてて押してみると、それはあっさりと街路樹の表面を通過し、手首の中心までめり込んだ。
 そんな馬鹿な!
 違う、俺は生きてるんだ。
 
 拓也は自分の胸に触ってみた。
 すると、確かに心臓の鼓動を感じることができる。
 ほら、心臓だって動いているし、少し透き通ってしまうが、しかし、生きてるぞ。
「俺は生きてるんだー」
 拓也は叫んだが、通りをゆく誰も振り返らない。
 
 麻美が向かった病院に行けば事実がわかるかもしれない。
 しかし、俺がここにいるのに、事実って何なんだ。
 仮に病院の霊安室に俺の死体があるとしても、この俺は生きている。
 もし、そこへ行ったら、どちらかの事実に一方が吸い込まれるような気がする。
 そして、吸い込まれるのは、たぶんこっちの俺だ。
 拓也は病院には向かわず、解決策を求めて彷徨うように歩いた。

 たしか「ゴースト」て映画があったな。
 殺された男が霊媒師の助けで犯人を暴く。
 しかし、霊媒師なんて役に立たない。
 俺が幽霊だと決め付けられるだけじゃないか。
 あの映画も結局男は死を受け入れるのだ。

 俺の場合は幽霊と違う気がする。
 この事態をどう説明する。
 
 と、その時、声がかかった。
「そこのお兄さん、死相か出てるあるね」
 
 振り向くと、雑居ビルの入り口に机を出し、易の小さな行燈を置いて、黄土色のチャイナ服を着た中年の占い師が座っている。
 占い師は片手を上げて、手招きした。
 今日、初めて人に認められた。
「見えるんですね?」
 拓也は嬉しくなって駆け寄った。
「朝から誰もこの僕を認めてくれないんです。
 そして会社で、僕がガス爆発で死んだと聞いたんです。
 これって一体、どういうことですか?」
 拓也が聞くと、占い師は丸い目で見つめた。
「大事なことわかるか?」
「なんです?」
「アンタ、今、私にお金、払えない。
 私、教える、私、教え損ね」
「ああ、そういうことか」
 拓也はちょっと失望した。
 拓也の存在が透き通るように、拓也の身につけているお金も彼には届かない存在なのだ。
 しかし、占い師は続ける。
「まあ、困ったひと救うのか、私のしょうぱいね。
 つけにしといてあけるね。
 払える状態になったら、アンタ、私のところに来て、お金払う、いいね?」
「あ、ありがとう。
 で、いくら?」
「アンタ、これとても難問ね。
 たから、高いあるよ。
 そうね、三百万て、とうか?」
「ボッタクリだよ」
「ポッタクリ、ちかう、ちかう。
 三百万、たった車一台の値段ね、これであなた、元の世界戻れるかもしれない。
 タタみたいな値段ね」
「俺の貯金ぶっとんで、ちょっと借金しなきゃならないんだよ」
 そうは言ったものの拓也がこの世界で頼れるのは、このインチキ臭い占い師だけなのだ。
「でも仕方ない。
 いいよ、それで教えて」
「契約成立あるね」
 占い師は嬉しそうに拓也と握手した。

 (パラレルワールド 後編 に続く)

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  §1

「では、本日の講義はここまで」
 白衣に口髭をたくわえた天野酉彦教授が演壇で宣言するとともに、短いベルが鳴った。
「次回はユングの元型について話します」
 天野教授が軽く礼をして、チョークのついた指を濡れタオルで拭き、テキストを閉じていると、2回生の畑野めぐみが歩み寄って言った。
「あの、教授、ご相談したいことがあるんですが」
「なんです?」
「見てほしい写真があるんですけど」
「じゃあ部屋で見ましょうか」

 教授室の応接セットに腰を下ろすと、めぐみは一枚の写真を取り出しにかかる。

「私のスナップ写真なんですけど、隣に二ヶ月前に自殺した親友の顔が浮かんでいるみたいなんです」
「やはり、その手の話ですか。
 どうも、そういう相談が多くてね、皆さん、私を霊能者と誤解してませんか?」
 天野教授が言うと、めぐみは思わず謝った。
「す、すみません」
 天野教授は手を振って、
「いや、霊能者じゃありませんが、そういう話は好きなんですね、これが」
 教授の笑顔に、沈みかけためぐみの顔にさっと明るさが戻った。
「役に立てるかどうか、わかりませんが聞かせてもらいましょうか」
「ありがとうございます」
 めぐみは教授の手に問題の写真を渡した。
「この前、高校時代の友人四人とパーティーをしたんです、その時のスナップ写真なんです」

 三人の女性が並んでいる写真の中央で、めぐみが笑っている。
 頬の横に右手で二本指を揃えて斜めに立てている。

 その反対の肩の上から画面の左端にかけ黄色い雲のような線が走り、その下に青灰色一色の小さい顔があった。
 左下の輪郭がぼやけているものの、目が大きく、鼻が通って、唇に適度の厚みがあり、かなり美人だ。髪が少し目にかかり、めぐみの二本指と似た感じで右手のひと差し指を斜めに立てている。

 あまり気持ちのいい写真ではないが、教授はしばらくじっと眺めてから、おもむろに口を開いた。
「それで、君の名前は?」
「畑野めぐみです」
「で、親友の名前は?」
「谷崎さよりです。
 さよりは大学は違うんですけど、高校からの親友なんです」
「なるほど。
 その彼女が二ヶ月前に自殺した?」
「はい、そうなんです」
「新聞とかに出ましたか?」
「いえ、その日は他にも大きい事故がいくつかあって、さよりのことは出てませんでした」
「そうですか。
 で、どういう自殺かわかりますか?」
「睡眠導入剤らしいです」
「理由に心当たりはありますか?」
「それがわからないんです。
 前日は普通にメール来てて、悩みがどうという感じはなかったんですけど。
 遺書は確かにさよりの字だったらしいです。
 その写真、どうでしょう、何か私にメッセージがあるんでしょうか?」
 めぐみがそう尋ねると、天野教授は苦笑した。
「私は霊能者じゃないですから、これだけではなんとも。
 もう少し資料を集めてもらいましょうか」
「はい、何を集めたらいいですか?」
「まず、高校の卒業アルバム、高校以降で、さよりさん以外でもかまわないから、あなたと友人が映っている写真を全部」
「アルバムと写真ですね、わかりました」
「それから、自殺した部屋はわかりますか?」
 天野教授が尋ねると、めぐみは「はい」とうなづいた。

  §2

 天野教授は翌日の午後、不動産屋に電話して、さよりが自殺したという部屋に案内してもらった。
 それは住宅街にある鉄筋コンクリートの四階建て賃貸マンションで、エントランスホールに鍵がないタイプだ。
 最上階にエレベーターで上がる途中、天野教授が聞く。
「このマンションは学生が多いんですか?」
 小柄な三十代女性の不動産営業ウーマン間崎はうなづいた。
「そうですね、八割は学生さんかな、ああ教授の大学の生徒さんもいたと思いますよ。
 あとは若いお勤めの方。
 ここは全部ワンルームですから」 
 エレベーターを出ると廊下を歩いて、403号室の前で立ち止まった。
「こちらになります、どうぞ」
 間崎は鍵を開けると、教授にスリッパを揃えた。
「ああ、どうも」

 天野教授は洗濯機、キッチンのスペースを抜けて、内ドアを開けた。

 七畳ぐらいだろうか、何も置いてないフローリングの床はきれいに磨かれて、窓には灰色のカーテンが半分だけ閉じていた。
 天野教授はデジカメを取り出して床の写真を撮った。
「何か調べるんですか?」
「ええ、ちょっと原因が気になったもので。
 ここは、しばらく借り手がないでしょうね」
 天野教授がなにげなく言うと、間崎が否定した。
「皆さん、そう言うんですが、割引しておくと、それでも構わないと入る方も現れるんですよ」
「そうですか」
「それに今回は、睡眠導入剤で部屋はまったく汚れてないので、来年の春前には埋まってると思いますよ」
「自殺があったことは説明はするんでしょ?」
「ええ、もちろん、重要事項の説明は義務ですから。
 隠して契約しても、後で近所から噂で聞きつけたりすると、場合によってはこちらが慰謝料まで請求されかねないですからね」

 天野教授はうなづいて、玄関を指差した。
「ところで、事件が判明した時、玄関の鍵はかかってましたか?」
 間崎はうなづく。
「ええ、学校から無断欠席で親御さんに連絡が入り、そこで親御さんから私どもに電話が入ったんです。
 そして、私が親御さんを連れて鍵を開けて入ったんです」
「自殺なんですね?」
「ええ、ちょっと臭いがしましたが、きれいに寝ていましたよ。
 美人さんだったし、人間てこんなに静かに死ぬものなのかあと思いました。
 遺書も机に乗ってましたから、警察もすぐ自殺と断定したようです」
 天野教授が聞く。
「どんな感じの遺書です?」
「私はちらっと見ただけで、中身は読んでませんけど。
 でも原稿用紙にきれいな字で書いてありましたよ。
 親御さんが読んで泣いてました」
「そうですか」

 天野教授はサッシを開けようとして、その指を止めて考え込んだ。
「この鍵はかかってましたか?」
「さあ、どうだったかしら、臭いがしたんで私が開けたと思うけど、そういうのって反射的にしてるでしょ、鍵がどうだったかまでは覚えてませんね。
 警察のひとにもそう答えたんです」

 天野教授はサッシを開けると、バルコニーの写真を撮った。
 そしてバルコニーの手すりから身を乗り出して周囲を見回した。
 マンションのすぐ前は車一台が通れる狭い道で、マンションと一戸建ての住宅が密集しているが、こちらが北側にあたるためこちらを見通す窓は少ない。

 天野教授は鼻柱の上を親指でつまむようにして考え込んでから、言い放った。
「一週間以内にもう一度来ることになると思います。
 その時、またよろしくお願いします」
 営業ウーマンは驚いた顔をした。
「何か問題がありましたか?」
「いいえ、わかりません。
 わかりませんから、もう少し資料を整理して、特別捜査官を連れてきます」
 営業ウーマンはぽかんと口を開いて聞いた。
「大学に特別捜査官がいるんですか?」
「まあね」
 天野教授は謎めいた笑みを浮かべた。

  §3

 大学の部屋に戻った天野教授は、昼休みにめぐみが持って来てくれたスナップ写真とアルバムを丁寧にチェックしはじめた。
 スナップ写真の上にはハトロン紙でカバーをつけて、めぐみにサインペンで名前をふってもらってあった。

 天野教授は、ハトロン紙を何度もめくりながら、虫メガネで顔を確認したり、卒業アルバムのページをめくることに熱中していった。
 だから、めぐみが少し開いていたドアから部屋に入ってきたのにも気付かなかった。
「教授」
 そう声をかけて、めぐみは教授の手元を見て叫んだ。
「な、何、虫メガネで拡大してんですか!いやらしい!」
 虫メガネは段違い平行棒の演技をしている新体操部のレオタード姿に向けられているかに見えた。
「あ、君か、違うよ
 僕の側に来て見てくれるかい?」
 めぐみが不審がりながら教授の側に来て見ると、虫メガネが映し出していたのは、平行棒の脇でサポートしているらしいジャージ姿の女性の小さな顔だ。
「あ、すみません、あっちから見たら角度がちょうど、その」
「ええ、これは?」
「これはサヤカです、そう、彼女は新体操部だったんです」
「しかし、新体操部の集合写真には映ってなかったよ」
「ええ、紗椰珂は、もともと実力あったんだけど、怪我しやすいコで、2度も大会の前に捻挫しちゃって。
 それがよっぽど悔しかったらしく、最後の大会途中で退部したんです。
 だから集合写真にはいないんですよ」
「なるほど、そういうことか」
「その紗椰珂さんはあの写真のパーティにも来てましたね?」
「ええ、あの心霊写真自体には映ってませんけど」
「そうでした、他のスナップには映ってたから、あの心霊写真は紗椰珂さんが撮ったということですね。
 あの写真をパーティーに来たひとたちに見せたんですか?」
「ええ、喫茶店に集まって、みんなにまわして見せたんです。
 キャーキャーて大騒ぎでした」
「美由紀さんも?」
「ええ」
「紗椰珂さんも」
「ええ」
「祥子さんも」
「ええ」
「なるほど」
 天野教授は納得すると、別な質問をした。
「それで、さよりさんだけど、彼氏はいたのかな?」
「そうですね、大学入ってつきあったのは、二人いたけど、一人は数ヶ月、二人目は半年ちょっとかな、長続きしなかったです。
 で、死ぬ一ヶ月くらい前に新しいひとに告白されて、つきあい始めたようなことを喋ってました」
「そう」
「だけど、そっちはあまり深い付き合いにはなってないと思いますよ。
 だからそういう面で自殺するような悩みはなさそうでした」
「相手の名前はわかりますか?」
「ええ、メールに書いてたから、ちょっと見てみます」
 めぐみは携帯を開くと、メールの受信箱から、さよりからのものを何通か開いて言った。
「あ、ありました、柿島龍、リュウてひとです、電化工大の2回生です」
「じゃあ、ここにメモしておいてください。
 そのひとに会ったことは?」
「いえ、ありません」
 天野教授はうなづいて、めぐみに提案した。
「じゃあ、来週の月曜の午後、さよりさんの部屋で、お別れ会をするからと前のパーティーのメンバー集めてください。
 月曜の午後なら、みなさん都合つけやすいでしょう」
「ええ、いいですけど、それで?」
「集める時に、こう伝えてください。
 犯人がどうというわけじゃないんですが、心霊写真の謎解きをしてあげます、と」
 めぐみは驚いて聞き返した。
「犯人て、さよりは自殺なんですよ」
「とにかく、犯人がどうというわけじゃないと言ってほしいんです。
 もしかしたら誰かの意識を揺り動かすかもしれない」
「それって、誰かが殺したってことですか?」
「いえ、わからないから、もしそういう結論になる時に備えて、心の準備をさせてあげたいんです」
 めぐみは不安を抑えて「わかりました」と答えた。

  §4

 月曜日の午後5時すぎに、さよりの自殺した部屋に、天野教授と、のぞみ、美由紀、紗椰珂、祥子、それに部屋の管理者である不動産屋の間崎が集まった。

 折りたたみの低いテーブルが運び込まれて、ケーキと紅茶がセットされ、みんなはそのまわりに座った。
 天野教授が宣言する。
「では、さよりさんのお別れ会を始めましょうか。
 ケーキの好みが合うかわからないけど、まあ、食べてみて」
 しかし、みんなはケーキに口をつけたものの言葉は発しない。
 そこで、めぐみが何か言わなきゃと口火を切った。
「ほんとに、さより死んだんだよね」
 すると祥子が言う。
「不思議な感じだよ、つい、この前まで買い物行ったり、冗談言ったりしてたのにね」
「うーん、いまだに信じられない」と美由紀。
「ほんとにね」と紗椰珂。

 おもむろに天野教授が口を開いた。
「今回、私は心霊写真の謎解きに呼ばれたわけですが、なぜ、さよりさんが死んだのかということについて、私なりに調べてみました」
 美由紀が思わず聞いた。
「で、わかったんですか?」
「それがね、確信できる答えにはまだ到達できていないのです」
 落胆した雰囲気が広がった。

「意識について、まず私の学説を説明しておきます。
 この学説は、めぐみ君も私のゼミは聴いてないから初めてだと思うが」
 めぐみは「はい」とうなづいた。
「意識の第一原理は『あらゆる物や空間は、そこに起きた出来事を記憶できる』ということだ。
 厳密に言うと、記憶するのは物や空間自体ではなくて、そこに重なっている意識の素粒子である記憶意識という意識の最小単位に記録するんだ」
 女子大生は首を小さく傾げ、間崎が呟いた。
「難しいお話ですね」
 天野教授はうなづいて続ける。
「次の原理はもう少しわかりやすいですよ。
 『感受性の強い人間は、見えない記憶意識に残る記憶を引き出して見ることができる』ということです。
 私は、あの心霊写真は、ここにいる誰かの感受性が無意識のうちに記憶意識にアクセスして、その像をカメラの中に重ねて映し出したと考えています」
「じゃあ、あの心霊写真は、ここにいる誰かが無意識に映し出したんですね」
「そういうことになるね」
 天野教授がうなづくと、紗椰珂が質問した。
「あの写真のさよりは、誰かを陥れようとしてたとかいうこと?」
「そんなことはないよ。
 霊は死ねば一瞬で別の世界に行く。
 意図があるように思うのは、この世の人間の意識の方だ」
 
 その時、玄関がノックされて、二十代後半の女性が入ってきた。

「先生、遅くなりました」
 顔立ちは小さく、目が黒くしっとりとして和風な雰囲気がある。
 淡いグリーンのスーツを着ているが、両手に白い手袋をしているのが異様に目立つ。
「ああ、みんな、柴崎智美さんです。
 間崎さん、彼女が例の特別捜査官ですよ」
 間崎は「はあ」としか答えられない。
「柴崎さんは感受性が非常に強いんです。物に触れるだけで、そこに残されている記憶意識を読み取ることができるんだ」
 天野教授が言うと、柴崎智美も補足した。
「ええ、私、鏡台に残る昔のひとの意識を読み取って、想像妊娠してしまい、危うく本来の自分を占領されそうになって、それは大変だったんです」
 めぐみが言う。
「うわ、なんか怖いですね」
 みんな、智美の話に圧倒されていた。
「そこを先生に助けていただいて、だから先生は恩人なんです」
 そこで智美はみんなが気にしている手をさすりながら言った。
「今は先生の指導で、ふだんは物の記憶にアクセスしないように、この手袋を条件に自己暗示をかけているんです」
「それじゃあずっと手袋してなきゃならないんですか?」
「大変でしょ?」
 みんなが言うと智美は微笑んだ。
「家の中とか、会社とかはしてないんですよ。
 困るのは、うっかり殺人事件のあった場所とかに入ると、感じてしまうんですよね」
 みんなが息を呑んだ。

 天野教授はさりげなく女子大生四人の顔を見渡し、智美に告げた。
「じゃあ、柴崎さん、そこのサッシの手前で始めてみてください」
「わかりました」

 みんなが注目する中、柴崎智美はサッシの手前で正座して、手袋を外した。
 そして、智美はサッシの取っ手に手をつけてしばらくそのままでいた。
 誰も何も話さない、異様な沈黙の時間が過ぎた。

 やがて、突然、智美がサッシの取っ手に触れたまま、泣き出した。

「ごめんなさい。
 ごめんなさい」
 智美は読み取った意識を説明する。
「ごめんなさいって意識が溢れて、脱出する前に、ここでしばらく泣いたんです。
 膝をかかえて、声を殺して、膝に涙がどんどん溢れました。
 夕方、さよりさんの部屋を訪問して、すきを見て、冷蔵庫のウーロン茶にあらかじめすり潰した睡眠導入剤を入れておいたんです。
 ただそれに致死量溶かすのは無理だと実験で知っていたので、一旦部屋を後にして、鍵のかかってない窓から侵入した私は、意識の朦朧としているさよりさんに、気付けの薬と言ってさらに睡眠導入剤を飲ませたんです」

 美由紀が疑問を投げかける。
「でも遺書があったわ、ご両親もさよりさんの筆跡だって」
「あれは決行の一週間前、私がノートに書いた小説なんです。
 さよりさんに読むように押し付けておいて、翌日、大変なのと電話したんです。
『賞に応募するのに1ページ抜けてたの。
 締め切りに間に合わなくなるよ。
 すごく急ぐの』と言って、さよりさんに原稿用紙に問題の1ページを今すぐ清書して速達で送ってくれるように頼んだんです。
 さよりさんはなんの疑いもなく清書して送ってくれた。
 そこで、私はその原稿用紙と睡眠導入剤を持って、」

 智美が言葉を続けようとしたその時、
「もうやめてよ」
 突然、紗椰珂が怒鳴って、部屋の空気がびりびりと震えた。
「そうよ、私よ、私がさよりを殺したのよ」

 みんなが呆気に取られた。
「紗椰珂ちゃん?」
「嘘でしょ?」
 紗椰珂は肩を震わせて泣き出し、俯いたまま喋った。
「だって、だって、リュウ君がさよりの写真見て、気に入ったから紹介しろよってしつこく聞くからいけないの。
 うまく告白できなかったけど、私だってリュウ君を誰より愛してたのに。
 いつもいつも、これからって時になんでこうなのよ?
 部活だってがんばったのに、受験だってがんばったのに、私だってきれいになろうと努力したのに、なんでこうなのよお?」
 そう言うと、紗椰珂は号泣を始めた。

  §5

 警察に出頭する紗椰珂に付き添った帰り、めぐみは天野教授に聞いた。

「教授はみんなを集める前から殺人と思ってたんでしょう?」
「うん、遺書を原稿用紙に書くなんて不自然だろう」
「紗椰珂だと思ってたんですか?」
「侵入するには新体操やってて身軽い紗椰珂さんは可能性あるとは少し思ったが、でも実際、誰かはわからなかったよ。
 証拠はもうないだろうから、柴崎君の読み取りを本人が認めてくれるかどうかにかかっていた。
 だから連絡にあたり、君に、犯人がどうのという言葉をわざと言ってもらったんだ。
 もしかして犯行がばれるのではという不安、そしてあきらめの心の準備がないと、突然始まった柴崎君の記憶の読み取りに対してもその場の意地で隠し通す可能性が高まる」
「なるほど、さすが心理学の教授ですね」
 めぐみは感心して天野教授を見た。
「彼女、どうなるんですか?」
 めぐみは刑罰の重さを聞いたつもりだ。
「一生かけて、さよりさんに仲直りしてもらえるようあやまるんだよ。
 それしかないじゃないか」
 天野教授はそう答えて寂しそうに笑みを浮かべた。        《了》

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※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。


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  §3


 夕焼け空が映り、カメラが下を向くと郊外の駅にズームインしてゆく。
 通勤電車が着いて、ホームに人々の忙しい歩みが捉えられる。
 ホームを歩いてゆくサラリーマン風の男に焦点が合う。
 顔は顎までしか映っていない。
 まずまずの演出だ。この映像を作るだけでもかなり金がかかったろう。
 感心している暇もなく、伴野秘書の「お願いします」という小声がかかった。
 私は覚えている冒頭を話し出す。

「私は市岡政雄、生まれは新潟の豪雪地帯です。
 高校までは田舎で過ごし、青稲田大学文学部を出て、現在45歳。
 中堅の広告会社で企画部門に勤めています。
 知り合った当時、取り引き先のデザイン会社で事務をしていた妻の宏美はひとつ下の44歳です。
 今は家にいて、ちょっとしたイラストの副業をしています。 
 長男の翔也は18歳。
 大学受験が控えていますが、こういうと親バカですが、私に似ず成績が抜群なので、東大合格も間違いないです。
 長女の優菜は16歳。
 こちらはおっとりしてマイペース、ディズニーランドが大好きで年に何度もせがまれたのですが、最近は友達と行くのでこっちは楽になりました。

 まあ、ごくありふれた家族と言えるかと思います。

 振り返ると、なぜ文学部に進学したのか、今では自分でもわからないのですが、私は文学というものの力を異常に過信していました。
 もっとも中学の頃は医者になろうと思っていたのです」

 ここで映像は、病院でてきぱきと指示を出して手術を執刀している医師の姿に切り替わった。
「医者という職業のいいところは、人を助けるという行為が明解にわかることです。
 自分が治療し、病人が治る。
 この単純明解さ、しかも感謝される。
 しかし、ふと思ったのです。
 世の中で苦しんでいる人は、病気の者とは限らないのです。
 いや、むしろ、病気より他の理由で苦しんでる数の方が多いに違いない。
 そういう多種多様な苦しみを癒すには何が必要かと考えた時、私は心の持ちように働きかける文学という力に希望の光を見出したのです。
 その辺が今思うと非常に短絡的なのですが、
 とにかく、私は高校の頃には文学部に志望を変えていました」

 映像は青稲田大学のキャンパス風景に切り替わる。
 パソコンの画面に小説を打ち込む男の後ろ姿。
 学生たちが教室、階段、ゼミの部屋、いろんな場所で議論をしている。
「文学部に入った私は自分の創作活動に打ち込んだり、仲間と議論をしました。
 しかし、世間を唸らせる発想や、強烈な体験があるわけでもない私の創作は、むしろ古臭いものだったように思います。それでいて、神話の力やおとぎ噺の力を取り戻そうとするアジテーションみたいでもありました。
 仲間たちとの議論は、どういったハナシが受けるかとか、簡単な新人賞の取り方みたいな手前勝手なものが多かったのですが、ある時は『飢えて死ぬ子供の前で文学は無力か?』というサルトルの命題についても熱く論じ合ったのです。
 結局、大学で私が得たのは、創作を通じて親交を暖めたFという友人と、四季の数と同じくらいの新人賞に落ちた回数と、実を結ばない議論の記憶の断片ぐらいだったように思います
 広告会社に就職すると、就職しても書くぞという決意はあったものの、次第に執筆に向かう時間は減ってしまいました。」
 
 映像は、夜、残業している男の姿を映し出す。表計算の数字がスクロールしてゆき、評価を打ち込む男の手元がアップになる。
「就職して間もない頃、私にとって一番ショックな出来事が起きました。
 大学時代一緒に議論し、互いに創作を励まし、互いの一番の読者だったFが、何の前触れもなく、自殺してしまったことでした。
 Fは私にとって最高の読者だったのに、病んだ現代人を救うのだと嘯いていた私の小説は彼の心を少しも救えなかったのです。
 仮に私の小説が賞を取ってベストセラーになっていたとしても、ひとの生き死ににとって文学も医学と同じぐらい無力なのだ、これが現実でした。
 やはり、もっと強い力が、権力さえも掌握する力がなければ、ひとを救うことはできないのだ、そういうあきらめにも似た感情が強まり、私は書くことをやめたのです。
 しばらくした頃、取引先で事務をしていた宏美と次第に深い仲になり、結婚しました」

 映像は、若い夫婦が赤ん坊をあやしている場面になった。
 赤ん坊ははやされて笑い、はいはいをして笑い、少し大きくなって、つかまり立ちして尻餅をつき、よちよちと歩いて鳩を追いかけ、はばたきに驚いて泣き出す。
「まもなく、長男の翔也が生まれました。
 それまで想像もつかなかった喜びでした。自分の生命を引き継いでいる、この小さい生命が次第に成長してゆく楽しみ。
 その後、妹の優菜も生まれましたが、私は長男の翔也がものごころ付きはじめると、少しずつ自分の描く夢をこの子に託したいと思い始めたのです。
 それは、翔也を人格者として育て、政治家として出世させ、権力の座につかせ、世の中を救うような大人物にする。
 そうです、これが私の最大の夢なのです」

 映像は田舎の豪雪の様子に切り替わった。
 雪が屋根を覆いつくし、一階部分は雪の階段を降りないと辿り着けない。その階段の段差すら埋めようとする雪を、背中の曲がった老女がスコップで掘り起こしている。
「私は正月に里帰りした折、幼稚園児の翔也に(どうしてあのおばあちゃんの背中は丸いの?)と尋ねられて、(雪おろしが大変だから曲がったのんだよ、可哀相だね)と言ってやります。
 すると翔也は(そうか、可哀相だね)と言います。
(この雪おろしの作業で毎年何人かの人が死んでいるんだよ。
 お前はいっぱい勉強して、こういう人を助けてあげる大人にならなければならないよ)と教えてやります。
 すると翔也は(うん、僕が助けてあげるよ)とうなづきます」

 映像が夏の田園地帯の風景になる。
「盆休みで帰省した時、私は小学生の翔也に山脈を指差しながら、おらが土地の総理について話してやります。
(昔、この山脈を削って豪雪をなくそうと演説した政治家がいたんだ。その人は総理大臣になって日本全国に道をいっぱい作った。そういう政治家になってみんなを幸せにするって素晴らしい仕事だろ。お前もたくさん勉強すれば、そういう偉い政治家になれるよ)と導いてやります。
 すると翔也は(僕、偉い政治家にるよ)と宣言して、私を感動させます」

 映像が詰襟の学生服を着た男子中学生になる。
「私は中学生の翔也に教えます。
(官僚を最も完璧に操縦したのがおらが土地の総理なんだよ。彼は全ての数字を暗記して手順を示して官僚を従わせた。ただ、彼にも誤りはあった。賄賂は絶対にいけない。そのせいでそれまでの功績にまでケチがついてしまった。
 それから、利益誘導型の政治も間違いだった)
(利益誘導型って何?)
 翔也が尋ねると、私は答えてやります。
(自分とつながりのある人に優先して仕事をまわすことだ。それは不公平だし、仕事をもらった人もいろんな面でできない人間になってしまう)
 私が答えると翔也はうなづきます」

 映像がアイビー風のワッペンのついたカーディガンを着た男子高校生になる。
「私は高校生の翔也の意見を聞いてます。
(調べてみると、今、外国為替市場には実際に貿易で必要な額の二十倍以上の想像を絶する資金が動いてるんだよ。
 それは一国の政府の力では歪んだレートを維持できないことを表わしている。実際イギリスの中央銀行はジョージ・ソロスの売り浴びせに屈服して変動相場制に移行したんだから。
 ところが、日本は今も何も考えてないんだよね、ただ円高の時だけ米国債だけを買って売りもしないんだから。
 経済だけじゃない、環境問題だって相当に深刻だよ。温暖化が進めば大変な事態になるのに、手ぬるい対策しかないんだからさ。
 これからは、持続可能な再生産型の経済と環境に、政治が導いてゆかなければならないと思うんだよね)
(お前ならきっとできるよ)と私は励ましてやります。
 すると翔也は(うん、僕が総理大臣になれば楽勝だね)と言います」

 映像は銀杏並木を映し出す。
 かつては学生運動の砦だった安田講堂の下を息子と父親が歩いている。
「私は誇らしい気持ちで東大生となった翔也を眺めて聞きます。
(進路はどうするつもりなんだ?)
(うん、ステップとして官僚になって政務次官になるか、政治家の秘書になるのが一般的だけど、この間のニューヨークの弁論大会で1位になったから、アメリカのCNNを受けないかって誘われてるんだ、アンダーソン・クーパーとかカッコイイよね。
 あっちで修行して、日本でキャスターになって、選挙に出るってのもありかなって。
 結局、どのステップも時間をかけなきゃいけないけど。
 父さん、どう思う?)
(父さんはアメリカのことはわからないな、お前の判断力を信頼してるから、好きな道を行けばいいじゃないか)
(ありがとう、父さん)
(優秀な息子で鼻が高いよ)」

 映像は30歳ぐらいの翔也がキャスターとして大臣に質問をしているところだ。
「大臣は翔也の質問に真正面から答えず、言います。
(これからは、そういうことも含めて、改革案を検討していこうと、)
(ちょっと、あなた)
 翔也がキレた、私はまずいと思って缶ビールを握り締めて心の中で言ってやります。キャスターが感情的になってはいけないぞ。
 しかし、続く翔也の言葉は落ち着いていました。
(私は、あなたのコメントいただくために命かけてます。あなたも政治生命かけて答えてください。
 質問は簡単な二択です。その時点で、大臣は事実を知っていたのか、知っていなかったか、どちらなんですか?)」
(それはですね……)
 大臣は汗を拭って答えた
 映像は新聞の紙面に切り替わる。翔也に知らなかったと答えた哀れな政治家が解任された記事だ。

 映像はフラッシュが煌めく記者会見の模様だ。
「翔也は、深々とお辞儀をして挨拶します。
(これまで番組を応援してくださった皆様には大変心苦しいんですが、この政治状況は外から批判しているだけでは改善されないと思い、今週をもちましてキャスターを降板させていただき、選挙に立候補いたします)

 映像は同じようにフラッシュが煌めくが、今度は当選風景だ。
 それも今までの日本の選挙では見たことがないような広いホールを貸しきった当選報告会だ。
「翔也は、深々とお辞儀して、会場をゆっくりと見渡して、口を開きます。
(当選した今、はっきりとここで言わせていただきます、私は無力です)
 意表をついた第一声に、会場が水を打ったように静まり返る。
(応援してくださった皆様の後押しがなければ、私は何もできないんです。
 当選したからそれで終わりじゃない、これは皆様の最初の一歩です。
 どうか、最後までご支援をお願いします。
 日本を皆様の力で、私を使って、皆様の力で、よくしてください、これが民主主義なのです。)
 詰めかけた支持者から歓声と拍手がドッと沸きます。」
 
 映像は総理官邸の階段の記念撮影だ。
 一番下の段の中央の位置に立つのは、今の私と同じぐらいの歳の翔也だ。
「総理大臣となった翔也は国会の演壇で話しかけます。
(国民の皆様には、現在直面している状況が今までの報道以上に危機的であることを認識していただきたいのです。
 私は、環境破壊、劇的な環境崩壊からわが国と世界を守ること、グローバルな流れの中で経済や福祉を失速させずに持続再生型に転換させること、よりクリアーで効率的な行政システムに移行させること、同時にみっつの舵をとらなければなりません。
 これらの課題を解決するため、全ての国民の皆様の率直なご意見とご協力をお願いいたします)
 議場の議員から一斉に拍手が沸き起こり、翔也は顔をひきしめてうなづきます。
 私はテレビ中継を見ていて、涙ぐんでしまいます。
 まさか、翔也が、本当に総理大臣となり、天下、国家のために奮励邁進するとは。
 それは夢であったのに、翔也は私の期待に見事と応えてくれたのです。」

 映像は拍手の鳴り止まない議場をゆっくりと映し出した末に、フェードアウトしてゆく。

 私の脇でパンパンという小さな拍手が起きた。
 本津賀文麻呂の拍手だ。
 自分の息子を総理大臣にしたいなどという親バカの夢に、この大富豪が本当に喜んでくれるとは思ってもみなかった。
 私はさっきの握手で、会長が拍手することがどんなに大変かを推察できたから、会長が本当に私の夢を喜んでくれたのだと納得した。

「だんだん、だんだん、えがったわ」

 本津賀文麻呂がうなづいて言うと、隅に控えていた伴野秘書が近づいてそっと会長の頬を拭った。
 メイドがカーテンを開けて、室内が明るくなってくる。

「市岡さん、あなたの息子さんが総理大臣になって、この国のために働いてくれたら素晴らしいですな。
 私も政治家の端くれでした。ですから、選挙にいかに金がかかるかはよう知っとります、 あなたの夢の実現のために値段は多めにしておきますから、翔也君を必ず総理に育ててくださいよ」
 本津賀文麻呂は再び手を差し出し、私は両手でしっかりと握った。
「はい、きっと」
 本津賀文麻呂は力強い目で私を見ると、もう一度うなづいた。
 
 私は伴野秘書に一階の部屋に招かれ、書類を手渡された。
「電話でお話したように、個人で受け取ると、贈与税で半分取られてしまいますので、この書類に従って、まず受け渡しのための法人をお作りください」
 私は時々メモしながら、受け取り口座の作り方を学んだ。

 そして、最後に、私は尋ずにおられなかった。
「それで、下世話な質問ですみません、一体、いくら、いただけるんでしょうか?」
「ええ、おめでとうございます、7本です」
 私は7という数字だけで舞い上がった。
「えっ、7軒分ですか?」
 私の言葉に伴野秘書は微笑んだ。
「いえ、7本は7億です」
 私はめまいがしそうだった。
 息子を総理にしたいという夢の話が7億になったのだ。
「そんなに?」
「会長にも優秀な息子さんがいたのですが、十九年前、これから党の中堅になろうという時に交通事故で亡くされまして。
 おそらく、ご自分の夢を、市岡様の夢に重ね合わせたのではないかと」
「なるほど、それで」
「いや、私としたことが余計なことを申しあげてしまいました。今の失言、秘匿してください」
「はい、もちろんです」
「私も市岡様の夢、楽しみにしております」
「ありがとうございます」


  §4

 私は夢を売ったことは翔也が東大受験が終わるまでは家族には秘密にしておくことにした。

 すでに7億の選挙資金があるなどと言ったら、おかしな動揺をきたして、合格確実の判定を続けている東大入試に落ちてしまっては本末転倒だと考えたのだ。
 しかし、そのことは隠せても、私の不自然ににやけた顔は家族に気付かれてしまう。
 
 その日曜の夜は、私がリビングのソフアで新聞を読んでる横で翔也も優菜もそれぞれの雑誌を読んでいた。
「やだ、お父さん、何ニヤニヤしてんの」
 新聞から目をあげてボーっとしているところを優菜に指摘された。
「えっ、そうか」
「そうだよ、キモイよ」
「ごめんこめん、ちょっと頭の中で将来のこと考えてたんだ」
「あ、もしかして、私のウェディングドレス姿?
 早すぎだって、あたし、まだ高校一年だよ。早すぎ」
「そういえば、優菜は幼稚園の頃、お父さんのお嫁さんなるって言ってたなあ」
 私がからかうと、優菜はムッとしてキッチンに駆け込み、奥で「お母さん、お父さんがイジめるう」と言ってる。
「ばっかみたい」
 翔也がつまらなさそうに言う。
 テーブルの週刊誌をぱらぱらとめくる翔也に、私は言ってみる。
「気分転換なら、丁度、今、人気のドラマやってるみたいだぞ」
「いいよ、そういうの、つまらないんだよね」
「どうだ、受験の方は?」
「別に、予定通りだよ。もういくつやっても、本番も模試も変わりない。
 僕の受験道は完成した」
「お前はたいしたやつだよ」
「父さんさ」
 急に言われて、翔也を見つめた。
 翔也がいつになく笑顔なのは、私の顔がにやけていたせいだろう。
「うん?」
「やっぱ、いいや」
 翔也がテーブルに置いてあったクッキーをつかんで、自分の部屋に戻る後ろ姿に、私は、そっとつぶやく。
(総理大臣になれよ)


 ついに翔也の入試が今日終わる。それは翔也にとって合格という意味だ。
 私は夕食に間に合わせるため、いつもより早めに仕事を切り上げて家に帰った。
 今日は受験をねぎらう夕食の席で、政治団体の口座残高を見せるつもりで通帳も用意してある。

 私が一番最後にテーブルにつくと、宏美が言う。
「今日は翔也のご苦労さま会だから、翔也の好きなヒレカツなの」
「うん、うまそうだな。
 翔也の受験が終わったということは合格したみたいなもんだ、まずは乾杯」
 私と宏美はビール、優菜がオレンジ色の炭酸、翔也がミネラルウォーターを手に乾杯を交わした。パチパチと拍手で区切り、食事に移る。
「いただきます」
「いただきまあす」
 ヒレカツを口に運びながら私が言う。
「今日は、父さん、ちょっと発表があるんだ」
 すると翔也も
「僕も発表がある」
「そうか、じゃあ、翔也からしろよ」
 翔也は箸を置くと、何枚もの紙をまとめてテーブルの上に広げた。
「東大入試だけど、予備校の模範解答と合わせてみたら、正解率98.7パーセントだった」
「すっごーい」
 宏美と優菜の声が揃い、拍手が起きる。
「えらいな、どれどれ見せてみろ」
 私は赤ペンで採点されてる用紙を手に取って眺めた。
「ほおー、丸ばかり……」

 私の目が釘付けになった。
 そこには受験番号の欄と名前の欄が鉛筆で埋められてる。
 数瞬、何がおかしいのか理解できなかったが、そのまま声が出た。
「これは、これは、どういうことだ?
 お前の名前と番号が書いてある、この入試問題は?」
「あ、気付いた?
 へへ、これ、本物だよ」

 急にめまいがした。

「お兄ちゃん、本物って、どういうこと?」
「つまり、ささーと答えを書いて、そのまま持って出たんだよね、全教科」
 震えがきた。
「ま、まさか」宏美の声が上擦る。

 それはつまり答案を提出してないということだ。
 それはつまり不合格ということだ。
 それはつまり……、

 私は思わずテーブルを拳で叩いた。
「全てぶちこわしじゃないか?」
「まあ、冷静に、冷静に」
 翔也は悪びれもせずに言う。
「お前あ、何を考えてるんだ?」
「これは受験道に対する、僕なりの美しい到達点なんだよね」
「ふざけるな!」
「イチローって野球選手じゃないんだよね。
 剣術家が剣の道を究めるように、彼は野球の道を究めてるわけ。
 じゃなきゃ、あんな弱いチームでやってられないでしょ。
 あらゆる投球から体の反応だけで美しいヒットを打つことが彼の剣の道なんだよ。
 僕も受験を究めるということで、全ての教科を規定の半分以下の時間で書き上げ、この正解率に到達したんだよ」
「くだらん、お前、自分のしたことがわかってるのか?」
「普通、わかるでしょ」
「お前はみんなに将来、総理大臣になるって言ったじゃないか」
「それは言ったことあるけど、昔だよ。
 優菜に、お父さんのお嫁になるって言ったぞって、いいがかりつけるのと同じだ」
「昔じゃない、高校3年になってからも言ったぞ」
「だから高校がもう昔なの。
 進路に変更はつきものでしょ」

 そこで私は政治団体の口座残高を開いてテーブルに叩きつけてやる。

「これを見てみろ」
「何?」
「みんながお前に期待してるんだ、その証しだ」
「なにこの残高? 万、十万、百万、千万、 
 げっ、7億?」
「7億ーッ」
 宏美が「ちょっちょっと、どうしたの?」と聞く。

「お前を総理大臣にって山陰の本津賀って大物がポンと出してくれたんだ。
 わかってるのか、その期待を?高校3年のお前に選挙費用7億だぞ」
「バッカじゃないの」

 鈍い打撃音、私は反射的に翔也を殴っていた。

 翔也は頬を押さえて、私を睨んだ。
 いや、哀れむような色も混じっていたかもしれない。

 大きな音を立てて、翔也はドアから出て行った。

「あなた、どういうことなの?」
 私は真っ白な頭に思考を無理やり流し込んでやる。
「うむ、この前、山陰の大物に夢を話した。そしたらその大物は翔也を総理にする夢にポンと出資してくれたんだ。
 私立受験はもうできないのか?」
「今からじゃ、いいところはないわよ、だから私が言ったでしょ」
「まあ、あいつは確信犯なんだ、私立を受けてても意味ないだろうがな」
 しかし、頭の中は再び真っ白になってゆく。
 私の壮大な夢を、能力は十分足りているはずの翔也が踏みににじってゆくというのか?
 
 宏美は自殺まで心配して、警察に届けた方がいいと言ったが、私は不要だと答えた。
 殴られて萎むようなしおらしい人間なら、受験の答案を出さずに帰るなどという大胆な犯罪を起こす筈がない。そう、これは犯罪なのだ。
 それにやつの頭の回転はこちらよりずっと上なのだ、殴られることも想定内で、訳のわからないことをする大馬鹿者だ。

 そう言ったものの、私は暗い町を駆け巡って翔也の姿を探し続けた。
 Fのことが脳裏に浮かんできたからだ。
 やつも頭の回転は抜群だったが、私の意表を突いて事を起こした。まさか翔也に限って、そんなこと。
 こっちの心臓が破裂しそうなほど走ったところで翔也の居所がわかった。
 妻と優菜が同級生に電話してあたるうちに、(ああ、来てますよ)と返事があったのだ。
 私はホッとして帰宅した。


  §5


 その電話が入ったのは、出社して2時間ほどした時だった。

「市岡様、お久しぶりでございます」
「ああ、伴野さん、その節はお世話になりました。
 本津賀会長はお元気ですか?」
「はい、おかげさまで、元気になさってます。
 これも市岡様の夢を聞いて、生きる張り合いが出たのかと」
 私は青くなった。
 その会長が、もし翔也が東大受験をボイコットしたと知ったらどうなるだろう。
「いや、それは」
 私が言いよどんでいると、伴野秘書が用件を伝える。
「実は、今日、お電話いたしましたのは他でもありません。
 会長が急に会いたいと申されまして、お忙しいとは思いますが」
「そうですか、しかし、今日はちょっと仕事が詰まってまして」
「では明日いらしてください、チケットは都内からバイク便で今夜届くように手配いたします」
「わかりました」
 私は受話器を置きながら覚悟した。
 行けば必ず翔也がどうしているか必ず尋ねられるだろう、そうなったら正直に話すしかない。
 夢の実現性に重大な障害が生じた以上、あの金は返すしかない。
 それが筋だろう。
 それを聞いて会長がふさぎこむかもしれないが、なんでもないふりをして騙すのは正義に反する。
 いや、その辺はまず伴野秘書に話してみよう。
 金は返してもらうが、会長には嘘をついてほしいと頼まれるかもしれない。
 私は暗澹たる思いに浸った。
 せっかく手に入れた大金だが、仕方ない。
 こうなると、翔也のことでなく、別な夢で、たとえばインカの遺跡を撮影旅行したいという夢で応募しておけばよかったか。
 そんなことを考えてから、私は自分の発想を笑った。
 息子を総理大臣にしたいという話だからこそ、本津賀会長は買う気になったのだ。
 私は大きく溜め息を吐いた。


 飛行機を降りると雪が降り出した。
 リムジンの中で、私は伴野秘書には全てを話した。

「そんなに思いつめないで下さい。
 会長は度量の大きい方ですから、返せとは仰らないです」
 しかし、伴野秘書の言葉に納得できるわけがない。
「それでは私の気持ちが収まらないんです。
 それに会長に息子のことを聞かれたらどう答えたらいいんです?」
「心配なさらないでください」
「お願いします、私は嘘をつくのも、会長に心労をかけるのも避けたいんです。
 伴野さんからうまく伝えていただけませんか」
 私にできることは伴野秘書にすがるだけだ。

 本津賀の大きな屋敷にも雪が降り積もっている。
 旧首相官邸そっくりの階段を上がり、廊下を抜けて部屋に入ると、本津賀会長が嬉しそうに手を差し出した。
「久しぶりですな」
「またお目にかかれて光栄です」
「少し顔色が冴えないようですな」
「あ、ええ、ちょっと飛行機が揺れまして」
 会長はちらっと窓に目をやり、
「市岡さんの田舎とこっちでは雪はどうです?」
「雪の量は、やはり私の田舎が上のようです」
 私はようやく少し微笑を浮かべた。

「市岡さんの息子さんですが」
 私はハッとして、ちらりと伴野秘書を見やった。
 すると伴野秘書が言う。
「会長、市岡様様は、息子さんが東大受験に答案を提出しないでボイコットしたことで、ずいぶん心を痛めておられます」

 私は焦った、そんな言い方では会長にショックを与えてしまうじゃないか。
 木津賀会長はただ目を閉じて聞いている。

「それで、息子を総理大臣にする夢の実現性がなくなったから、お金を返そうと仰られて、まったく正直な方です」
 すると木津賀会長は目を開いて笑った。
「ハハハッ、本当に気持ちのよい方ですな。
 あれは夢を聞いた代価です、夢が実現するかまでは条件にしてません。
 どうしても邪魔なら、どこかに寄付されれば済むことじゃ」
 私はどう答えてよいか言葉が浮かばなかった。
 しかし、木津賀会長は微笑すら浮かべていた。
「市岡さん、息子を総理大臣にするというあんたの夢、そして私の夢は壊れたのかもしれまませんな。
 夢がすべて叶うわけではない、そんなことはあなただってよくご存知でしょうが」
「会長にあれほどの援助をいただいたのに、申し訳ないのです」
「しかし、あなたと私の夢は、まだ終わってないようじゃ」
 木津賀会長が目配せをすると、次の間のドアが開いた。

 私が振り向くと、翔也が照れくさそうに入ってきた。

「翔也、なぜここに?」
 木津賀会長が答える。
「昨日の朝、一番の便で、東京から飛んで来ての」
 私は翔也に問いかける。
「どうしてここがわかったんだ」
「本津賀さんて言えば保守党で有名だよ、すぐ調べがつくさ」
 本津賀会長が笑う。
「翔也さんは私に受験をボイコットしたことを詫びてくれましてな。
 そして、総理大臣にはなりたくないから金は返すと」
「そうですか、会長、愚かな息子を許してください」
 私は頭を下げた。
「いやいや、それがまだ続きがあるんだで、さ、翔也君」

 翔也は、私のすぐ前に歩み寄って言った。
「俺ね、冬休みに、子供の時のノート探して、物置をひっかきまわしてたんだよね。
 そしたら、父さんの書いた小説がさ、出てきたんだ」

 私は「あ」と息を洩らした。

「なんか、最初はSFだったり、おとぎ話風だったりなのね。
 だけどしまいに大上段に振りかぶって、ああだこうだって説教が入って、なんかもうダサダサなんだな、これが」
 私は赤面する。
「けど、少し我慢して何篇も読んでるとね、なんか心が落ち着いてきて、楽しいの。
 あれえ、親父ってけっこうジャブだけのボクサーのふりして、実は空手の七年殺しぃみたいな、ちょっとした文章の魔術師じゃないのって、すげー感心したんだ。
 父さんは親友が死んで小説やめちゃったみたいだけど、それっておかしくない?
 医者がたまたま患者が一人死んだからって、医者やめないでしょ、普通」
「あ、あのな」
 私が反論しようとして言葉を捜すうちに、翔也が続ける。
「こんなに面白いのにもったいないでしょ。
 だからさ、俺、そん時に、政治家はもうやめて、親父の夢継いで小説家目指したるって、決心しちゃったんだよね」

 急に何かがこみ上げて声が出なくなった。

「いいじゃん、小説。たかが小説、されど小説。
 小説だって奇跡のひとつぐらい、誰かの心に起こすかもしれないよ」
 本津賀会長が笑う。
「どうじゃ、あんたとわしの夢はまだまだ続いてゆくんだで」

 私は不覚にも息子の前で涙をこぼしていた。
 雪がやみ、窓一面から目眩い光がこぼれてくる。         《了》



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※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。


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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    『地球人も宇宙人』。
    写真はッシェル・ポルナ
    レフの真似です

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