銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

 §1

 市岡政雄は山陰に向かうため、ファーストクラスに乗っていた。

 当然のことながら、座席はいつも使うエコノミーより、ゆったりしていたし、機内食もグレードが違っていた。
 そしてキャビンアテンダントたちの対応が違っていた。
 国内ローカルの寂しい路線のせいか、ファーストクラスを見渡すと、客は、老夫婦がひと組、実業家らしき男がふたり、そして市岡だけである。
 そこで市岡は美人のアテンダントに突然、苗字で呼ばれて驚いた。
「市岡様、ワインのおかわりをお持ちしますか?」
 エコノミークラスでは苗字で呼ばれたことはない。
「どうして私の名を?」
「ええ、大事なお客様ですから」
 そういって彼女は名刺まで差し出すのである。
「なんなりとお申し付けください」
 その名刺には手書きでプライベートなメールアドレスまで書いてある。

 しかも、それは彼女だけでなく、入れ替わりやって来るアテンダントが揃って個人アドレスを書き込んだ名刺をくれるのである。
 しまいには、
「本津賀町に行かれるんですよね?」
 と、キスするかと思うほど私の顔に唇を接近させて、私が訪問する町を言い当てるのだ。
 ここへ至って、もしかしたら私の訪問先と理由について、彼女たちが嗅ぎつけたのかもしれないと推理した。

 私は夢を売りに行くのだ、しかも高額で。

 その地方で、かつてみっつの町のほとんどの土地を所有していたという大富豪が、私の夢を、とんでもない高額で買い取ってくれるというのだ。
 アテンダントたちが、私に親しくしようとするのは、過去に東京からファーストクラスで招待され、大金を手にした男の玉の輿に乗ったアテンダントがいたからではないだろうか。
 そうに違いない。
 そう考えると納得がゆく。
 この山陰地方行きのファーストクラスに、不釣合いの男、これが彼女らのターゲットなのだ。
 私だって独身だったら、彼女らの甘い誘いに乗せられていたかもしれない。
 しかし、私には家庭がある。
 そして私の夢も家庭に大いに関係したことだ。

 『夢買い』の話は偶然、インターネットで見つけた。
 それは体裁としては『あなたの夢コンクール』という形で、自分の夢を原稿用紙五十枚にまとめて応募し、一等賞金は50万円となっていたのだ。
 応募して半年以上過ぎて、応募したこと自体を忘れかけた頃、『あなたの夢コンクール』事務局の者という男から、先週の夜に電話があった。
 

 テレビでニュース番組を見ていると、妻の宏美が電話の子機を持って聞く。
「あなたさ、『あなたの夢コンクール』事務局って知ってる?」
「なんだ……、ああ、あれか、思い出した」
 私は、缶ビールをテーブルに置いて、食べかけのサキイカを飲み込んだ。
 妻から子機を受け取ると電話の向こうの男が言った。
「実は、あなたの夢のお話に本津賀会長が大変興味を持たれまして」
「はあ?」
「それで、正式に買い取らせていただけないかと思いましてお電話いたしました」
 買い取りという意味がわからなかったので、私は聞き返した。
「あの、一等になったんでしょうか?」
「いえ、一等は今回もありませんでした。
 しかし、会長があなたの夢は面白いと言われまして、是非、買い取らせていただきたいのです」
「夢を買い取るっていっても」
「いえ、特別なことではありません、ただ会長にじかにお会いいただいて、夢の話をたっぷりと語っていただけばよろしいのです。
 そうやって会長はあなたの夢を聞いて楽しむのです。
 ただ、こちらもお金を出す以上、独占までは無理でしょうが、なるべくあなたの夢は口外しないでいただきたいのです。
 それが買い取るという意味です」

 私は、なんだかバカらしくなって言ってやった。
「私も忙しいんですよ」
 すると電話の相手は私の答えを予期していたかのように、
「はい、当然です。
 会長は外出できませんので、1日か2日、休んでこちらへ来ていただかねばなりません。 そこで、休業補償としまして100万円を一週前にお振込みいたします。
 また往復と宿の手配等はすべて私どもでさせていただきます」
 私は驚いた。
 あの賞は、たしか賞金50万だった、それをあごあし付きで倍出すというのだ。
「もし、お仕事の都合がつけづらいということでしたら、お勤め先に、私どもから、強い要望をお願いすることも可能かと思います」
 その自信満々の台詞にまた驚いた。
 まるで政治家が私の勤務先に圧力をかけるような口ぶりだ。
「それから夢自体の買取価格なのですが、会長の感動によって若干上下いたしますが、大体、市岡様が現在お住まいの地域なら、4LDKの新築一戸建てに換算して、二軒分から五軒分の間の価格を見ていただいてよいかと思います」

「あっ」
 私は危うく子機を落としそうになった。

 夢の話をするだけで新築の家が数軒買える大金を払うというのだ。
 いまだに毎月、家のローンの支払いでこづかいも思うにまかせない私にしたら飛びつきたい話だ。
 いやいや、落ち着け、おいしい話には裏があるに違いない。
「ちょっと驚きました。
 しかし、こんな言い方失礼だが、夢にそんなお金を出すとは、信じがたいですね」
 電話の相手は落ち着き払って説明する。
「ええ、皆さん、最初はそう言われます。
 しかし、会長は名前を本津賀文麻呂と申しまして、山陰地方の名士でして、知事を二期勤め、近県二名の総理の後ろ盾もなさった実力者でございます。
 嫌味に聞こえたら申し訳ありません、会長は余っているお金がかなりございまして、老後の道楽で夢を買い取るということをなさっているわけです。
 本津賀町のホームページを検索していただきますとすぐわかると思います。
 漢字はブックの本に、津々浦々の津、賀正の賀です。
 ただ、今日はもう遅いですので明日の昼にでも、町の代表電話なり、メールをいただけますか、会長の夢の話とおっしゃっていただけば、すぐに私にまわされますので、お話を続けさせていただきます。
 また町のホームページのリンク先で本津賀町観光ガイドというサイトの企業で上から八つはすべて会長の会社ですので、そちらから連絡いただいてもかまいません」
「はあ」
 私は、それほどの名士なら、道楽で夢買いもするのかもしれないと思い始めた。
「これはオフレコでお願いしたいのですが、会長は現在、かなり体が弱っておりまして、なるべく早く市岡様に来ていただいて夢のお話をいただきたいのです。
 ここのところ、会長の楽しみはそれだけなものですから」
「……あなたのお名前は?」
「はい、会長の主席秘書官を務めております伴野と申します」
「まだ受けるとは決めてませんが、とりあえず確かめさせてください」
「はい、どうぞよろしくお願いします」
 私はきっとこの秘書は電話口で本当に頭を下げてると感じながら、受話器を置いた。

「なんだったの?」
「うん、まだよくわからないんだ」
 妻に子機を返した私は、狐につままれた気分で、とりあえずノートパソコンをつけて、本津賀町を検索してみた。
 すると、本津賀町のホームページに、確かに、町の最大の功労者として本津賀文麻呂の名前と顔写真があった。
 撮影された時は七十歳前ぐらいか、もう少し脂ぎった雰囲気かと予想したが、それよりは痩せ気味で貴族っぽい顔立ちだ。
 リンクの本津賀町ガイドに飛んでみると、本津賀文麻呂が会長となっている企業八社が『あなたの夢コンクール』の共同主催者だったことがわかった。

 まだ名士を騙る詐欺の可能性はあるが、何か提示された時点でぴしゃりと断れば、最初に振り込まれた百万はもらい得だ。

 私は、翌日の昼に本津賀町町役場に電話を入れ、伴野秘書に応諾を伝えた。

  §2

 空港に出迎えてくれたのは大型のリムジンと伴野秘書だ。

 こんなリムジンに安っぽい背広の男が乗り込めば、すぐ空港の噂になるわけだ。
 私は妙に納得して、無駄に長い車内に乗り込むと、伴野秘書は向かいに控える。
「何かお飲みになりますか?」
 伴野秘書の脇にミニバーのボックスがあるのだ。
「いや、車で飲む習慣がありませんから」
 私は気になって聞いてみる。
「あの会長さんは相当具合が悪いのですか?」
「いえ、今すぐどうということはありませんが、もう外出は週に一度ぐらい車椅子で庭のごく一部を眺めるぐらいです。
 ただ影響力の非常に大きな方ですので、外部には漏らさないでいただきたいのです」
「はい、わかってます」
 うなづいた私は、もう一度、夢の話の念を押した。
「それで、私の夢の話でいいんですか?」
「もちろんです。
 もともとあの賞は、会長がいろんな夢の話を集めるために始めたものでして、ただ最初から高額の賞金を明かしてしまいますと、賞金稼ぎのプロの方が応募してしまいます。
 会長は偽りない本当の夢をお聴きになりたいのです。
 そこでわざと低い賞金にして、会長がひとつひとつ吟味して、これはいいというものを選んで、こうしてお呼びするのでございます。
 そのため、ご疑念をおかけしたこと、大変、申し訳なく思います」
「いいえ、そういう仕組みなら、仕方ないことですね」
 私はそう言いながら、自分の夢が家何軒分に化けるかと思うと、胸が高鳴るのを押さえきれなかった。

 二十分も走って、リムジンは門番のいる門をくぐった。

 私がわりと近いんだなと思った瞬間、伴野秘書がこともなげに言った。
「あと十分ほどで着きますので」
 門から玄関まで車で十分かかるというのだから、敷地の広さは大したものだ。
 外を見るとゴルフ場がそのまま日本庭園になったような印象がある。

 やがてエントランスに着くと、屋敷は築年数は経ていそうだが、がっしりしたコンクリート造りだ。
 若い執事がドアを開き、伴野秘書に伴われて中に入ると、そこはやたら広い吹き抜けのホールで、幅が五メートルはある階段がある。
「なんか首相官邸みたいですね」
 私が言うと、伴野秘書はうなづいた。
「ええ、このホールは旧首相官邸のホールとほぼ同じ設計になってます」
 二階にあがり部屋をいくつか通り過ぎ、執事の立っているドアの前で止まり、伴野秘書が執事に問いかける。
「いかがだ?」
「はい、顔色もよく、楽しみにお待ちになっておられます」
 うなづいた伴野秘書はドアを開けて、室内に一礼して「市岡様をお連れしました」
「うん」
 小さく声が返った。

 私が室内に入ると、大きな窓を背にしてベッドから上半身を起こした本津賀文麻呂の顔があった。
 ホームページの写真より十年ぐらい老けて見える。
 鼻に細いチューブをつけているのは酸素なのだろう。
 この人物が私の夢の話を高額で聴いてくれるのだ。

 私は深くお辞儀した。
「はじめまして市岡政雄です」
「よく来てくださった」
 本津賀老人は手を差し出したが、手のひらを上に返す力はないようだ。
 私は急いで歩み寄って握手した。
 指には力がないが、見つめ返す目には力強さがあった。
 伴野秘書が素早く、私の後ろに椅子を滑り込ませ、いつの間にか現れたメイドがサイドテーブルに紅茶を置いてくれた。
「ま、おかけになって」
 私は椅子にかけて、紅茶に口をつけた。

「市岡さんの話は拝読しました。
 あれはよかった、最近の中では一番楽しかった」
「ありがとうございます」
「市岡さん、あなたは文学部だったんですな」
「はあ、取り得のないところを出てしまいました」
「いや、わしも文学部に入りたかったが、親父に政治か経済のどちらかにしろと、やりんむりん言われてな、
 わしは、(じゃなぜ文麻呂と名つけた)と食い下がったが、(文月の文じゃ)と一蹴されたでの、ハハハッ」
「そうですか」
「では、ぼちぼち、お願いしますか」
 そう言うとメイドが窓のカーテンをおろし始める。

 伴野秘書が市岡が応募した原稿を渡して囁く。
「市岡様、なるべくいただいた原稿の順序でお願いします。
 市岡様も今入ってきた側の壁をご覧下さい」
 原稿の順序ってどういう意味だと思いながら振り向くと、入ってきた壁面いっぱいに大きなスクリーンが降りている。
 映像付きで夢を語れということかもしれない。
 もちろん私にはそんな映像の用意はないから、本津賀家で原稿に合わせて用意した映像が順序よくスタンバイしているのだろう。
 原稿に一瞬目を落としたが、今さら確認する必要はない。
 何しろ家数軒分になる話なのだ、この一週間、暗唱できるほど何度も読み返して練習したから、こちらの準備も万全だ。

 部屋が暗くなると、スクリーンに映像が流れだした。      (後編に続く)


※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。


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  §1

 柴崎祐美は、教養学部の天野酉彦教授の部屋の少し開いているドアをノックした。
 数回ノックしても返事がないので、祐美はドアをそっと開けて中を覗いた。

「あのう、誰もいませんか?」
「いますよ」
「入ってよろしいですか?」
「どうぞ」
 中に入ってみると、天野教授が一人、隅にあるリクライニングチェアにもたれて昼寝をしていたようだが、組んだ手を伸ばしにかかっている。
「今、起きますから」
 口髭をたくわえた天野教授はゆっくりと上半身を起こし、チェアから降り立った。

「で、どういうご用件ですか?」
 天野教授は祐美にソフアを奨めて、自分はコーヒーメーカーに歩み寄った。
「はい、私、3回生の柴崎祐美と言いますが、ちょっと困ったことが起きて、あまりにおかしなことなので、誰に相談したらいいかもわからなくて、」
 堰を切ったように話し始めた祐美に、天野教授はコーヒーを注いでカップを差し出した。
「まあ、落ち着いて、粗茶ですよ」
「ありがとうございます。いただきます」
 祐美がコーヒーに口をつけると、天野教授はつぶやいた。
「意識はあまねく宿る」
「あ、はい」
 祐美は、天野教授が教養心理学の講義のついでに、意識はあらゆるところに在ると考えているのだという自分の仮説を紹介していたのをちらり思い出した。

「で相談とはどういうこと?」
「はい、私の姉なんですが、おかしいんです」
「柴崎……?」
「柴崎智美です、翻訳サービスの会社に勤めてます」
「それで、そもそものはじまりは?」
「はい。そもそものはじまりは、もしかしたら、他にもあるのかもしれませんが、姉が鏡台を買ったことから始まったような気がします。
 あれは八ヶ月ぐらい前の水曜日、雨の昼下がりでした。
 私が休講で早く帰ると、家に古い鏡台が届いたんです。」
「あなたの家は一戸建て、それとも」
「多摩の方の、普通の一戸建てです。」

 祐美は視線を斜め上に向け目を細めて喋り出した。
「その鏡台は、小さな引き出しの上に、縦長のすらりとした鏡が立っているようで、その上から割れぬよう梱包されていました。
 注文票のサインは姉の筆跡でした。

 姉は帰宅するやいなや、鏡台を見つけると嬉しそうに撫でていました。
『こんな古風な鏡台どうしたの?』
『先月、駅前の道具屋さんで見つけてね、会社の帰りにいつも見ていたんだ。
 それで昨日思い切って買っちゃったの』
『ふうん』
 私に続いて、母親も不思議がりました。
『智美にしちゃ、ずいぶんとしおらしい買い物ねえ』
 なにせ、日頃、日本はもっと国際化しなきゃと力説して、おへそにまでピアスをしてた姉が、その日本の古い鏡台などに興味を持つとは想像できなかったのです。
 鏡台の梱包を解くと、それは竹久夢二の絵にでも出てきそうな可愛らしい鏡台でした。
 鏡の表面を覆う布は、飴色の下半分に紅葉を散らした模様でしたが、それをめくると、裏地はいやらしいような、しつこいような朱色でした。
 私が鏡の表裏を拭いてると、引き出しを拭いていた姉が「あっ」と声を上げました。
 姉が外した引き出しの奥からまっぷたつに破られたハガキが出てきたのです。
 そのハガキ、今日、こっそり持ってきたんです。」

 祐美はそう言って、セロハンテープで一枚につなぎ合わした古いハガキをバッグから出して、天野教授に手渡した。

 ハガキの表には『配達困難に付き差戻し』とスタンプがあり、あて先は横須賀郵便局気付イ一三謄三〇二七部隊大原隊 椿木慶四郎様となっている。
 消印は19年で、月がかすれて見えず、日は17日。
 差出人は東京府目黒町の椿木みつ。
 おそらくは昭和19年に部隊にいた家族に宛てたものなのだろう。

 天野教授は裏返して文面を見た。

 拝啓 お元気のことと思ひます。
 貴方のお手製の栞、早速、使わせてもらひました。
 ■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■■■■
 こちらも晴れ空ばかりが続き、■■■■■■■■■■
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
■■、貴方の方が■■■で大変な御苦労をされてゐるの
だと思ふと汗も引ッ込み、銃後の守りを固める気持ちも
引き締まります。
 貴方の御子も私のお腹ですくすくと育っております。
まるで■■■■選手のやうにお腹を蹴りますから、男の
子にちがいありませぬ。
 早く写真をお送りしたいですが、お待ち下さい。
 最後にご武運をお祈り申し上げます。かしこ。

 何ヶ所か黒く塗りつぶされているのが、いかにも戦時中という雰囲気だ。

 天野教授は祐美に尋ねる。
「それでハガキを見て、どうなりました?」
「はい、私は、まるっきり別世界のことのようで『ふうん』と呟いただけでしたが、姉の方はハガキを読むと、ぽろぽろと涙を流したんです。
 そりゃあメロドラマでちょっと涙ぐむことはありましたが、姉は基本的に陽気で、プロレスの試合で血を流しながら戦っていても、きゃっきゃっと笑いながら観ていられる、太い神経のひとなんです。
 そんな姉が泣き出すような内容とも思えませんでした。

『どうしたのよ?』
 私がそう聞くと、姉はうつむいたまま、
『だって、この赤ちゃん、流産だったのよ』
 と、答えたんです。
『どうして?そんなことわからないでしょ?』
 私が聞き返すと、姉はムキになって、
『ハガキの破り方を見ればわかるじゃない。
 赤ちゃんを流産した後にハガキが差し戻され、自分の書いた文面の皮肉さに思わず破ったのよ。
 でも捨てることはできずに引き出しの奥にしまったんだわ。
 可哀相に……』
 言われるとそんな気もしてきますが、姉の私を睨むような視線に、なんか違和感を覚えたんです。でも、その時は、後から姉の身にあんな奇妙な出来事が起きるとは、まったく想像できなかったんです。
 
  §2

 変化は徐々に現れました。

 姉はしょっちゅう鏡台に向かうようになりました。
 勤め先が10時出社というせいもあり、それまでは朝、私が呼びにゆくと、ベッドの中で生返事してた姉だったんですが、鏡台を買った直後から、朝、私が覗くとすでに着替えて鏡台に向いてブラッシングしているんです。
『あら、祐美、おはようございます』
 姉は言葉遣いも改まり、ブラッシングする手も妙にのんびりしていました。
『どういう風の吹きまわしなの』
『どうって、髪を櫛けずるのは女の身だしなみの基本よ』
『やあね、台風なんか呼び寄せないでよ』
 私がけなすと、姉は思いがけないことを口にしました。
『ああ、早く髪を伸ばしたいわ』
 そう言ったんです。」
 天野教授はメモに書き込みながら言った。
「その言葉がどうして思いがけないんです?」
「はい、姉は中学生の時に一度だけロングにしたことがあったんですが、数ヶ月で『やっぱりショートの方がいいわ』と言ってショートカットに戻したんです。
 つまり物心ついてから殆どショートオンリーだったんです。
 その姉が髪を伸ばしたいと言い出したのは、進学や就職に迫るぐらいの人生一大転換イベントなんですよ。
 だから、私と母は、姉の様子が変わったのは、姉は恋をしたせいに違いないと話し合ってました。
 そこで私は母と姉と三人で夕食している時に尋ねました。
『お姉ちゃん、恋してるでしょ』
 今までなら『子供が何言ってんのよ』と反撃されておしまいなのに、この時の姉は慌てて箸を落としました。
『やだ、祐美、困らせないで』
 この答えに母も私も呆気に取られました。
『へえー、初めて公式発言ね。お相手は誰なの?』
 すると姉はえー、やだあ、いじわるうなどと女子中学生みたいにしどろもどろになり、最後に、
『祐美も知ってるひとよ』とだけ明かしてくれました。
 そこで私はかつて姉が話題に上げた男のひとの名前を、片っ端から言ってみたり、姉のアルバムを引っ張り出して、ひとりひとり指差して、問いただしましたが、姉は頬を染めて首を横に振るばかりでした。

 まもなく姉は、家にいる時はいつも、祖母の残してくれた着物を着るようになりました。
 さらに部屋の中も、ベッドを運び出して、フローリングの上に畳を敷いて和室に変えてしまったんです。

 母から(智美が恋をしているみたいよ)と聞かされた父は、
『智美も最近めっきり女らしくなったなあ』
 なんて笑顔で冷やかしてみます。すると姉は
『お父さんのいじわる』
 と嬉しそうに言い残し、二階の自分の部屋へ駆け上がります。
 父はテレビのリモコンを意味なく何度もひっくり返した後、大きな溜め息です。
『いよいよ、本物らしいね』
 
 それからまもなくして、姉はそれまで情熱を捧げていた翻訳の仕事をあっさりとやめてしまいました。
 かくなるうえは、今日こそ、相手の男性を連れて来るのでは、と母と私はわくわくしながら、父はひやひやしながら、毎日を過ごしていましたが、姉が相手の男性を連れてくる気配は一向になく、それどころか、自分の部屋に閉じこもりがちになりました。
 しまいには、一階に降りてこなくなり、食事に呼んでも、
『悪いけど、二階に運んでちょうだい』
 と、言うありさまです。
『お姉ちゃん、夕ご飯持ってきたわ』
 私が部屋のドアを開けると、鏡台に向かってた姉は肩だけ振り向いて、
『ありがとう』
『お姉ちゃん、どうしたの?
 全然、下に降りて来ないから、お母さんもお父さんも心配してるよ』
『心配しないでって言っといて。
 私はね、今、とても幸福なの、世界一幸福なのよ』
 姉は赤らんだ頬は、その言葉通り、私の知る限りの姉の歴史の中でもっとも美しい輝きをたたえていました。
 でも、私は何か違うものを感じていました。たとえば、よく見るとパーツの輪郭の溝があるジグソーパズルの絵を見ているような。
『そんなに閉じこもってばかりで恋人に会わないと、浮気されちゃうんじゃない?』
 私が意地悪く言っても、姉はいよいよ頬を染めました。
『うふふ、私と彼は大丈夫なの』
 微笑んで、そう言うんです。
 
 私は何かおかしいことが起きていると直感しました。

 階下に降りた私は、父と母に、姉を思い切って、精神科か心療内科に診せた方がいいのではないかと提案してみました。
 しかし、父も母もそこまで深刻には考えてくれません。
『それは祐美の思い込みよ。
 智美の顔色は私も毎日見てるけどそんな悪くないし、会話だってきちんとできているし、おかしいわけではないわ』
『そうだよ、畳の目を一日中数えたり、急に笑い出したり、石に話しかけていたりすれば別だが、そうでなければ、軽はずみな判断をしちゃいけないよ』
『智美がちょっと変なのは恋なのよ。
 恋をするとね、彼以外に会いたくなかったり、食事も喉を通らなかったり、いつもと違う感じになるのよ。祐美だって恋をしたらわかるわ』
『でも、お姉ちゃんは』
 そう言いかけたものの、私にも父母を説得するだけの証拠はなかったんです。 

  §3

 しかし、それから数週間したある晩のこと、私はついに姉の秘密を知ったんです。
 夜中の十一時頃、私はキッチンでマグカップに牛乳を注いで、自分の部屋に戻る途中、姉の部屋の扉にそっと耳をつけてみたんです。
 一瞬だけ、声がしました。
 私はドアのノブに手をかけて、姉に(何の用なの?)と聞かれた時の答えを(お姉ちゃん、牛乳かなんか飲む?)に決めました。
 思い切り開けようと思ったのに、手が震えて、私はそっとドアを開けました。
 丸い蛍光灯の内側の豆電球だけの明かりでしたが、室内は見通せました。

 たちまち、背骨が氷柱になったようでした。

 仄かに暗い部屋の底に、姉が寝ている布団があり、そのすぐ脇に、黒い庇の制帽を眼深に被り、くすんだ黄土色の軍服を着た男が正座していたのです。
 ボタンがかすかに黄金に輝いて縦に並ぶのに、十字を切るように太いベルトをしていました。
 腰に刀の柄が見えて、膝の上に握った手を置いてました。
 その手は眩しいような白い手袋をはめていました。
 私は喉がからまわりしているみたいで声が出せませんでした。

 軍服の男は、闇の底で目を閉じている姉の穏やかな顔を見下ろしていました。
 突然、白い手が闇を泳ぎました。
 その白い手は姉の布団をそっとはぐと、姉の襟合わせに伸びて、すうと滑ったかと思うと姉の胸がはだけました。
 露わになった姉の乳房を白い手がそっとつかみました。
 眩しいほど白い手でした。
 姉の顔に悦びの表情が浮かびました。

 私はやっとのことで、そっとドアを閉じて、吐くことを忘れていた息を継いで、抜き足差し足、階段を降りました。
 数瞬、目撃したことを父母にしらせるべきか迷いましたが、あの軍服はどう見ても異常です。
 私は父母の寝室をノックしました。

『お姉ちゃんのところ、男のひとが来てるの』
 私がやっとのことで言うと、母はうなづき、父は顔をしかめました。
『やっぱりこっそり逢ってたのね』
『だが俺が挨拶にゆくのもおかしいだろ』
 困り果てる父に、震える私は時々カミながら大事な点を言いました。
『それが普通じゃないんらってば、
 その男は昔の軍服を着てるの、ほら戦争映画で見るカーヒ色っての?
 あれを着て、白い手袋して、お姉ちゃんをその、あの、
 とにかく、とっても怖くて、幽霊かもひれない』
『まさか』と父母は声を揃えて私を疑いました。
 私はいやがる母を二階に引っ張って、姉の部屋のドアをそっと開けました。

 薄闇に軍服の男がまだいました。

 母は自分の口を手で押さえて声を殺しました。
 姉の着物はすっかりはだけて、軍服の男は姉の顔を覗き込むようにして、同時に白い手袋が姉のお腹のあたりをさすっていました。
 やさしい感じでしたが、見ている私は息が詰まりました。
 だって、姉のお腹は乳房に並ぶ高さに盛り上がっていたのです。

 妊娠!?
 私は衝撃を受けましたが、すぐにそれを上回る衝撃が響きました。

『みつ』
 軍服の男が姉をそう呼んだのです、そして姉が答えます、
『慶四郎さま』

 私はゾクゾクと鳥肌が立つのがわかりました。
 そうです、あのハガキの夫婦の名前です。
 私は鳥肌がいよいよ全身に広がるのを感じました。

 そこで母が反射的に『智美』と叫んで、室内に駆け込み、蛍光灯を点けました。
 すると不思議なことに、蛍光灯がまたたいて灯るのに合わせて、軍服の男は姉のお腹を撫でる姿勢のまま、すうっと透き通って見えなくなったのです。
 後には、鏡台に着物をはだけた姉の姿が映っていました。
 ここで、全てが消えてしまえば、問題はまだたいしたことなかったのです。
 しかし、軍服の男が消えても、姉のお腹は膨らんだままでした。

 翌日、母と私が姉を引っ張って、医者に診せたところ、既に七ヶ月目に入っていると言われたのでした。
 相手を問い詰めても、姉は嬉しそうに
『椿木慶四郎さまです』
 と繰り返すのみなのです。
 中絶の出来ない時期に入りながら、相手が鏡台の引き出しのハガキの人物では話の進めようもありません。
 産科医にも精神科医にも相談しても、解決の糸口すら見えないのです。
 天野教授、お願いです、私の姉を助けていただきたいんです。
 教授は心理学の教授で畑違いなのはわかってますけど、私には先生しか頼るあてがないんです」
 柴崎祐美は深々と頭を下げた。

  §4

「ふうーむ、困りましたね。
 霊能者に相談したりは?」
「はい、なんとかして、本当の相手を探し出そうとしたんですが駄目でした」
 祐美がそう言うと
「えっ」
 天野教授はびっくりして言った。
「本当の相手がいると思ってるんですか?」
 すると、祐美は少しムキになって、
「あの、姉は本当に妊娠してるんです、エコーの影を私も確認しました」
「お姉さんはずっとひきこもっていて、外と接触はなかった。
 そして、そのお姉さんが相手は椿木慶四郎だと言うなら、それがある意味で正解だ」
「それじゃあ困るんです、姉は妊娠してるんですから」

 祐美の真剣な様子に天野教授は苦笑した。
「どう話せばいいのかな、
 これから私が話すことは、あくまでも私の仮説に基づく説明になる。
 私に解決ができるとしたら、その仮説に基づく解決しかない」
「はい」
「私が超常現象にも取り組んでいるのは知ってるかな?」
「はい、教授はユングのそういう話されるからちょっと有名です」
「私は超常現象、霊的現象が起きるための基礎原理の仮説を立てている」
 小首をかしげる祐美にかまわず天野教授は話を進める。

「その第一原理は『あらゆる物は、そこに起きた出来事を記憶できる』ということだ」

「物が記憶できるんですか?」
「そうだよ、厳密に言うと、物ではなくて、物に重なっている意識の素粒子が記憶意識として記録するんだ」
「なんか難しいです」
「いや、中身の理解は今はいいよ。
 そういう仮定に基づいた時、どんな効果や実用性があるかが重要なんだ」
「じゃあそういうことで」

「そして、第二原理『感受性の強い人間は、物の記憶を引き出して見ることができる』ということだ」

「ふたつ、まとめるとどういうことかな?」
 天野教授に言われて、祐美は考えながら言った。
「えーと、簡単に言うと、物は記憶し、敏感なひとはその記憶を引き出せる?」
「その通り、私は、このふたつの原理から、幽霊がつくられると思うんだよ」
「あ、じゃあ、私が見た軍服の幽霊も」
「そう、そういうしかけだ。

 ここに鏡台がひとつある。
 鏡台には、出征する軍人と妻の、短いがゆえに濃厚な幸福とむさぼるような愛欲の姿が記憶されて、さらに、戦地の夫とお腹の子供を気遣う妻の激しい情念が刻み込まれている。
 現実の二人がどうなったかはあまり問題ではない。
 鏡台に強烈な記憶が宿ったこと、それが重要なんだ。

 やがて時が過ぎて、お姉さんが鏡台を手に入れる。
 ここでハガキの手がかりも得て、お姉さんは鏡台の記憶を次々と引き出してゆく。
 そして、鏡台の記憶にある情念があまりに激しいため、自分の気持ちとの区別がつかなくなり、お姉さんの意識と鏡台の記憶は相互に強めあう関係になる。
 お姉さんの意識と鏡台の記憶は、椿木慶四郎の姿をはっきりと映し出し始める。
 そうすると、君やお母さんまでが、お姉さんと鏡台の投影した椿木慶四郎の姿を垣間見ることができたんだ」
「なるほど」

 祐美は一時、納得したようだったが、すぐに言い返す。
「でも、お腹の赤ちゃんはどうなるんです?
 エコー検査ではっきり赤ちゃんの影が映っているのを私も見ました。
 本当に妊娠しちゃってるんですよ」
 天野教授うなづいた。
「君は想像妊娠ということを知ってる?」
「ええ、妊娠したと思い込んで、実際につわりもくるっていう……、
 でも姉の場合は想像じゃないんです、実際にエコーが」

 すると、天野教授は自分のコーヒーカップを指の爪で弾いて音を立てた。

「殆どのひとが誤解してる事実がある。
 それはこのカップのような固体はとても硬くて、しっかりしてるという錯覚なんだ。
 映画の『マトリックス』は見たかね?」
「ええ、一応」
「あの映画では現実すべてが作りものだったが、あそこまでは疑わしいね。
 しかし知覚については、実際に、作りものとまではいかないが、過剰な演出と呼べるものがあるのだよ。
 このカップが硬いというのは神経の知覚を脳がおおげさに演出しているんだ。
 物質を形どる原子の実質である核や電子は非常に小さく、原子の殆どはスカスカの空間なんだ。
 しかし、我々はスカスカとは認識しない。
 触感はしっかりとした手ごたえを返してきて、言葉は悪いが、私たちは演出された知覚に洗脳されてるんだ。

 さて、私たちの考え、思念の実体は、私の第一原理でいう記憶意識であり、物理的には電磁波としてあらわれる。
 物質の原子の実体はごく小さいので電磁波で揺り動かすことができる。
 電子レンジや、脳診断でよく使うMRIの原理だね。

 私の仮説でゆくと、今、お姉さんの思念と鏡台の記憶が互いに強め合って、お姉さんの
お腹に赤ちゃんがいるのだと思い込んでいる。
 すると、その強烈な思念に沿ってお腹の細胞の原子が揺り動かされ、胎児の形に細胞を並び替えてしまうんだ。
 当然エコーに影は出るよ。
 もし、内視鏡でも入れて確認したら、そこそこ胎児の形になってるかもしれない。
 しかし、正常な妊娠の赤ちゃんじゃない。」

 祐美は天野教授を見つめた。
「姉のために私はどうしたらいいんですか?」
「鏡台の記憶がお姉さんの意識を歪めてしまっているんだから、鏡台を処分すればいいと思うよ。
 ただ。それは私の仮説に基づいた方法だから、他の方法を納得ゆくまで試してからでも遅くはないがね」
「そうですか」
「ただ、処分といっても粗大ゴミを捨てるのとは訳が違うんだから、それなりの手続き、儀式をして、お姉さんに何が起きていたのか納得してもらう必要があるな。
 その時は私も立ち合わせてもらおう」
「はい、お願いします」
 祐美は初めて笑顔になった。

  §5

 数日後、多摩のとある寺院の本堂に、柴崎祐美とその父母、そして姉智美の姿があった。
 そして問題の鏡台も運送業者の手でこっそりと庭に運び込まれていた。
 天野教授は柴崎家族を後ろから見守っている。

 安産祈願と聞かされていた姉は読経に手を合わせていたが、柚子色の法衣をまとった僧正はひと区切りつくと振り向いて、宣言する。
「さて、柴崎智美、汝に鏡台に宿る霊が憑いておること、わかるな?」
 姉は騙されたと気付いて怒りの表情を浮かべる。
「卑怯よ、みんな、私を騙して」
 祐美は父と両脇から姉の腕をかかえて動けないようにする。
「そうじゃないの、昔のお姉ちゃんに戻ってほしいだけなの」
「私は絶対産むんだ、椿木慶四郎さまの子供、絶対産むからね」
 姉が言い張ると、母が諭す。
「それは無理なの、智美、目を覚まして、お願い」
 僧正が言う。
「さあ、庭をご覧、お主についておった鏡台の霊を一緒に成仏させてあげよう」
 庭に置かれた鏡台に、若い坊主が三人、ひしゃくで油をかける。
「ああ、私の大事な鏡台、何をするの!」
 僧正は再び読経を始める。
 若い坊主の二人もその場で読経を始め、一人が箸箱のようなものから火を投じた。
 鏡台はあっという間に火に包まれる。
「きゃー、やめてー、やめてー、助けてー」
 姉の絶叫が響き渡る。
 燃え上がる鏡台から立ちのぼる黒煙がどんどん大きくなってゆく。
「お姉ちゃん、もう少しの辛抱だから」
「智美、がんばれ、元に戻るんだぞ」
「やめてー、やめてー」
 祐美と父が懸命に押さえていたが、その時、錯乱状態の姉はとんでもない力で祐美と父の手を振り払い、駆け出す。
 廊下に飛び出るところを天野教授が捕まえた。
「離して、離して、私の鏡台よ」
 鏡台はさらに燃え上がり、炎の熱に耐え切れなくなった鏡面のガラスがパンと音を立てて割れ、地面に落ちてさらに砕けた。
「いやー、やめて」
 天野教授は姉の肩をしっかり抱いて言い聞かせる。
「大丈夫、大丈夫だよ、誰も傷つかないんだ。
 椿木慶四郎さんも椿木みつさんもあちらの世界に戻って幸せになるんだ」
「いやあああ」
 姉は嗚咽をあげるとその場にぐったりと座り込んだ。


 本堂の奥にある十畳ほどの部屋を借りて柴崎の家族と天野教授はひと休みした。
 もっとも、姉の智美はよほど疲れたのだろう、仰向けになって薄い毛布をかけられ眠っていた。
 祐美は眠っている姉から顔を戻して教授に言う。
「天野教授、なんてお礼を言っていいか」
「いや、私は何もしてませんよ」
 そう言う教授に父が深々と頭を下げる。
「本当にありがとうございました。
 おかげで娘が救われました」
「不思議ですね、あんなに大きかったお腹が今はぺしゃんこなんですから」
 母が姉のへこんだお腹を見て言うと、教授は笑った。
「私も安心しましたよ。
 妹の祐美さんには『そうなる筈だ』と偉そうなことを言ってましたが、ただの仮説ですからね、内心ひやひやしてましたよ」
 その言葉に皆が笑い出す。
 祐美がふと尋ねる。
「でも、教授の仮説だと、幽霊はいないってことでしょ。
 それって、霊魂は存在しないってことですか?」
 すると教授は「まさか」と声を上げた。
「霊魂はもっと次元の高い存在なんだよ。
 だから、死ぬと、あっという間に、高い次元に移動してこの世に残らない。
 残るのは記憶意識だけなんだ。
 それをたまたま読み取ったひとはそこに霊がいると騒いでしまうんだ。
 ま、これもまだ仮説にすぎないがね」
 教授がそう言うと、皆はまた笑った。      
 姉は穏やかな表情のまま、まだ眠っている。        《了》


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※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。


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  §1

「ふうーっ、一丁あがり。」

 木村和輝は、出来上がった広告効果分析報告書資料その9の保存ボタンを押すと、椅子に腰掛けている背中をそらし、大きく伸びをした。
「あーあ」
 その大きな声に少し離れた席の同僚が数人振り返り、小さく噴き出す。しかし、藤原麗華だけはその美しい目にきらっと怒りの色を浮かべた。

 和輝は、名前を出されたら誰もが「ああ、あそこね」とうなづく某家電メーカーの販売事業本部の大きなオフィスで入社4年目を迎えていた。
 以前は本部長の机は別室だったが、今は意志疎通のため大部屋の窓際にある。そして藤原麗華は実力で28歳にして課長に抜擢されたエリートであり、その美貌もインタビューの載った社内報がオークションで高値で売れたというので、週刊誌が取材に来たほどだ。
 
 和輝は席を立つと、部屋を出た廊下の片隅にある自販機まで行き、ホットチョコの砂糖増量、クリーム増量、氷入りをボタンで押し、完了ランプを待つ。
 そこへエレベーターから降りてやってきたのは、一期上ながら同郷ということで親しくしている香西夏実。夏実は自販機の点灯してるボタンを見て声を上げる。

「やだー、木村君、ホットチョコに砂糖入れて氷入れるの?」
 和輝は当然という声で、
「うん、ちょっと一服したい時は、これがいいんだよね」
「だって、それじゃあ砂糖溶けないでしょーが」
「その溶けないところがまたいいの」
 和輝はドアを開けて、氷入りホットチョコ満杯の紙カップを取り出した。
「木村君って、とことんマイペースだよね」
「もしかして夏実さん、俺に惚れてる?」
 夏実は和輝の痛い台詞を首を左右にふって払う。
「はぁあ、あんたって、痛すぎだわ」
 夏実はそう言ってカフェオレを手に取るとさっさとオフィスに戻り、和輝はホットチョコを手にゆっくりと席に戻った。

 和輝はパソコンのブラウザを立ち上げ、お気に入りに登録してるお笑い特選動画というサイトをクリックした。
 実はこのサイトは和輝が自分で気に入ったものをすぐ見るために自分で作ったブログなのだった。動画の入れ替えは和輝の気分次第。YouTubeeの人気動画をチェックしてさらに面白いものがあれば入れ替えるし、なければそのまま。
 現在、サイトにはみっつのYouTubeeお笑い動画がリンクされている。

 和輝は氷の入ったホットチョコをちびちび飲みながら、スタートボタンを押す。

 するとブランコで遊んでいる少年の動画が始まる。
 ブランコは前後に大きく揺れて、少年は楽しそうに笑って手を振り、カメラ目線をこちらに投げかけている。
 おそらく親が撮影してるんだろう、のどかで平和な風景だ。
 と、次の瞬間、ブランコの板の部分が抜けて、少年は激しく落下し、地面にお尻を打ちつけて大声を上げ、泣き出す。
 撮影していた親は命に別状ないから安心して、噴き出したらしく画面が小刻みに揺れる。
「クーッ、ククククッ」
 和輝はそれでも大声にならないよう気をつけ、机を叩いて自分の笑いをこらえる。
「最高、幸せ」

 次のスタートボタンをクリックすると、今度は新聞を読みながら歩いている男が映る。

 男は前方に消火栓があることに気付かない。
 ぶつかるぞと思いながら見ていると、男はこちらの期待に答えるかのように、消火栓に激しく脛をぶつけて、脛を押さえてぴょんぴょんと跳躍する。
「ヒー、フフッ」
 和輝が笑いをこらえて眺めていると、跳躍を続けた男は、ひと息つこうと思ったらしく脇の柵につかまる。
 しかし、今度は柵がいきなりあちら側に倒れて、男は向こう側に落ちてしまう。
 カメラが歩いて柵の向こうを覗き込むと、男は水溜りで尻餅をついて放心状態だ。
「シャーシャシャ、最高」 
 和輝は大声にならないよう押さえて笑いをこらえた。

 みっつ目のスタートボタンを押すと、吹き抜けから二階を撮影している。
 ターゲットの猫が二階のテーブルに乗る……。

 不意に、自分のパソコンを見ていた藤原麗華が立ち上がると、本部長の机に行き、和輝を一瞬振り返ってなにやら話しかけた。本部長がうなづくと、麗華は本部長のパソコンを操作してやる。本部長は眉をしかめた。

 その時、和輝の携帯にメールが入った。
(大奥と本部長があんたのエロ画面見てるっぽい)
 大奥というのが、女ながら権力のある麗華を差す隠語だというのは、つい最近、同僚に質問して知っていた。
 和輝は返信する。
(大丈夫です、机が離れてるから )

(そうじゃなくて、大奥は監視ソフトで見てる、閉じな)

(へえ、監視ソフトか。でもエロじゃないから、YouTubeeで息抜きですよ)

(あんたって、痛すぎだw、早く閉じろ)

 和輝はブラウザを閉じると、ちょっと背伸びして夏実の席を探し、指でOKマークを作ってみせる。夏実は目立たないよう思い切り頭を下げた。

 本部長とうなづきあった藤原麗華課長は和輝の席に歩いて来た。黒っぽいスーツに膝上10センチぐらいのミニスカート、むだにフリルのついたブラウスの前で腕組みをしたまま、和輝を睨んだ。
「ちょっと、木村君」
「はい、課長」
「会社のパソコンの私用は禁止という規則、知ってるわね」
「え、使用禁止じゃ仕事になりませんよ」
「チッ、そうじゃなくて、プライベートに使ってはいけないという規則」
「いや、知りませんでした、規則の何条ですか?」
 麗華課長は思わず「この、うすのろ」と怒りかけたが、またすぐ普通の口調に戻って
「今度、見てたら、査問にかけて、クビにしますからね」
 そう言い放つと、腕を組んだままの姿勢で自分の席に戻った。

 §2

 翌日のこと、和輝が大きなクッション入り封筒を持ってエレベーターが開くのを待っていると、開いたドアから夏実が出てきた。
「あ、木村君、どこか行くの?」
「うん、大宮支店に書類を届けに行くんだ」
 夏実はあれっと思った。
 書類は業者を使った社内便のネットワークが一日三便あるから、よほどの重要書類でなければ足で届けはしない。
 夏実は陰謀の匂いをかぎつけて、エレベーターの中に戻った。
「あれ、降りないの」
「うん」
 夏実は1階のボタンを押して、聞く。
「その書類、誰に頼まれたの?」
「藤原課長だよ」
「やっぱり」
「やっぱりって?」
「気をつけなよ、それ、大奥課長の罠かもよ」
「なんで?」
「大奥課長は、あんたを嫌いなのよ、だからあんたにミスさせてクビにしようって陰謀かもよ」
「え、そんなあ」
「気をつけてね」
 エレベーターは1階に着いて、ドアが開いた。
「ありがとう、夏実さん、もしかして俺に気があったり」
「気はないっ、シッシッ」
 和輝は追い払われるように会社を出た。

 大宮支店で和輝はちょっと心配しながら書類を差し出したが、なんの問題もなくデリバリーは終わった。
 和輝はすぐに引き返すため電車に乗った。
 
 電車は立っている人間もいたのだが、和輝は補助席に空きを見つけて近寄った。補助席というのは通勤時間帯は壁面に折りたたまれていて、時間帯がすぎると押し下げて座れるという席だ。
 そこには体格のいい、アロハシャツを着てサングラスをしたちょっと怖そうな男が一人腕組みして座っている。その左脇にどうにか一人分のスペースがある。
 和輝は空きスペースの前に立ち、座るために体をひねった。
 そして、和輝が腰をおろそうとする瞬間、怖そうな男が腰を浮かして席を壁面に押しあげ、立ち上がってしまった。
 腰の高度が下がるのに、いつまでたってもシートの感触がない。
「あ」
 代わりに硬い床の衝撃が和輝の尾てい骨を叩いた。
「イッテッテーッ」
 和輝は思わず声を上げた。
 続いて恨めしそうに怖そうな男を振り向いたが、そいつはじっと和輝を睨み返し、和輝は慌てて目を伏せた。

 その時はただの尻餅の痛みだった。

 しかし、自宅でいつものようにYouTubeeの人気の動画をチェックした時、それは新たな衝撃を加えた。

 和輝がさっき電車で尻餅をついた様子が投稿公開されていたのだ。

『今日一番不運な男』というテロップが流れて、くたびれた会社員が補助椅子にかけようとする瞬間、座っていた広域暴力団若頭補佐風の男が丁寧に椅子をたたんで立ち上がった。
 和輝が尻餅をつく映像が流れ、車内から失笑がもれる。
 和輝が怖そうな男に視線を向け、睨み返されて、慌てて俯くところまでしっかりと撮影されていたのだ。
 ショックだった。
 自分がこんな目に遭うとは思ってなかった。

 和輝は慌てて夏実に携帯でメールする
(夏実さん、YouTubeeの人気の動画に夕方話した俺の尻餅が出ちゃったよ)

(今、ノートパソコン開いてみる、YouTubeeの人気の動画ね)

(どう?)

 和輝は情けない気持ちで返信を待っていたが、まもなく

(ハハハッ、笑えるね、最高!お気に入りに入れとくね)

(そうじゃなくて、これって課長の罠かな?)

(これだけじゃあ、断言できないでしょ)

(ひどいよね)

(どうしたのよ、元気出しなさいよ)

(でも、もしかしたら課長の陰謀なんだろう?)

(あんまり、考えすぎないで)

 夏実はそうメールして、余計なこと言わなきゃよかったと後悔した。
 でも動画は何度か繰り返し見て笑った。


 §3

 翌日、和輝は藤原麗華課長から貿易関連公益法人の事務所へ行き、資料をもらってくるという仕事を頼まれた。

 そこは六本木にある巨大なビルで、メイン通路を兼ねた大きな中庭があり、脇には人工の小川の流れがあり、両脇には花壇が堤防のような感じで延びている。

 和輝が心洗われる気分でひとときベンチで休みした。
 それから仕事を思い出して歩いてゆくと、前方から黒いシャツに白いスーツをはおり、サングラスをした男が、後ろにも子分らしき影を引き連れて近づいてくる。
 一瞬、昨日の電車の男かと思ったが、体格はひとまわり小さいかもしれない。
 その代わり顎を撫でる小指の先がなかった。
 
 うわあ、どんどん近づいてくるよ。

 和輝は君子危うきに近寄らずだと、道を開けるようによけた。
 ところがヤクザも同じ分横にずれて寄ってくる。
 和輝はさらに端によけるのだが、ヤクザも端に寄ってくる、つまりどんどん和輝の正面に寄って近づいてくるのだ。
「おい、あんちゃん、ふらふらして花を踏むなよ、ボケ」
 ヤクザが足元を指さして急に怒鳴った。
 いや彼にしたら普通に喋っただけなのかもしれないが、それは和輝には、いきなり刃物を突きつけられたように響いた。
 そこで和輝は足元に迫っていた花壇にハッと気付き、踏まないよう慌てて跳ねた。
 ボチャッ。
 着地したところは小川の中だ。
 しかも小川の中は意外に大きな石がごろごろしていて、和輝はバランスを崩した。
「ア、アアッ」
 そのまま尻を小川の中に着いて、勢いよく水しぶきをあげた。

「このアホが、花には優しく水をかけんかい」

 ヤクザは和輝を叱ると、花壇の花にかかった水をハンカチで拭い始めた。
 子分たちも同じようにハンカチを取り出し、指が四本か三本しかない手で拭き始める。

「よし、だいぶいいだろ、行くぜ」
 しばらくしてヤクザが言うと、子分も揃って立ち上がった。
「都会の真ん中でも、花があると心が和むのう」
「へい、まったくで」

 ヤクザたちが完全に立ち去るまで和輝はそこから動けなかった。

 その時はただズブ濡れになっただけだった。

 しかし、自宅でYouTubeeの人気の動画を開いた時、またもや新たな衝撃に襲われた。

 和輝が六本木の中庭で尻を濡らしている様子が投稿公開されていたのだ。

 またもや、『今日一番不運な男』というテロップが流れて、和輝がヤクザにびびってよけようと、じりじり通路の端に寄り、ヤクザに怒鳴られて、跳ね上がって小川の中に尻をついてしまい、ヤクザたちが花の水をハンカチで拭いてる間中、和輝は小川につかって動けない一部始終が撮影されている。

 ショックだ。
 自分が二日続けてこんな目に遭うなんておかしい。

 和輝は急いで夏実に携帯でメールする

(夏実さん、YouTubeeの人気の動画に昼の俺のザブン事件がまた出ちゃってる)

(え、二日続けて、木村君もしかしてレギュラー?)

(勘弁してよ)

(ハハハッ、今、見てる、何、このヤクザ、笑えるね!)

(やっぱりこれっておかしいよね)

(そうね、偶然にしてはできすぎかも)

(課長の罠かな?)

(断言はできないな)

(どうして?)

(だって、木村君は動画見て笑ってたんでしょ?)

(はあ、ブログまで作って楽しんでます)

(ほうら、だから自分も同じ目に遭ったんだよ。
 因果応報って恐ろしいのよ)

(そうなのかな)

(あんまりすぐ納得されても困るけど、なんか心当たりあるの)

(いや自分のサイトで公開してた動画と似てて不気味なんで。
 ひとつめがブランコから落ちて尻餅で、ふたつめは水溜りに落ちてズブ濡れ)

(ふうん。じゃ、みっつめは?)

(テーブルクロスの端をもう一匹の猫が引っ張って、テーブルで眠ってた猫が階段から派手に落ちるんです。
 だけど俺は猫じゃないから、足とか折ってしまいますよ)

(そうか、十分、気をつけてね)

(それだけ?)

(私は陰陽師じゃないっつの)


 §4

 翌日、和輝はびくびくしながら出勤した。

 特に駅の階段は常にまわりに目を配り、足元に気を配り、一歩一歩、自分が亀になったような気分で昇り降りした。

 会社に着くと、ロビーでちようど夏実と出くわした。
「おはよう、今のところ、足は大丈夫みたいね」
「勘弁してくださいよ」
 一緒にエレベーターに乗り込むと和輝は言った。
「もし上に着いた後でエレベーターが故障で動かなくなったら、その時が一番怪しいと思うんですよ」
「そうね、その時は、いっそパラシュートで飛び降りたら」
「またまた、自分のことじゃないから、勝手なこと言うし」

 エレベーターから出てオフィスに入ると、ざわついて何か異様な雰囲気がしていた。
 見ると、藤原麗華課長のデスクを数人の黒っぽい背広の人間が調べていて、まわりを遠巻きに同僚たちが眺めている。

 夏実が同僚をつかまえて聞き出す。
「何があったの?」
「大変なのよ、大奥課長が階段を踏み外して死んだんだって」

「あっ」「えーっ」

 全身を痙攣が走った。

「それで一応刑事が調べに来てるの」
 うわの空を同僚の声が渡ってゆく。
「それって」
 和輝はハッとして言った。
 夏実も言う。
「そうよ、あんたが言ってたみっつめの動画。
 それが藤原麗華に出たのよ、彼女あなたのサイトの熱烈ファンだったりして」
「そんな」
「きっと彼女も他人の失敗を笑っていた、その報いよ」
「それじゃあ」
 和輝は急いでパソコンをつけて、YouTubeeの人気の動画を開いた。

 そこに、踊り場のドアを開けた直後らしい、赤いアイマスクに赤いコルセット、網タイツの女性が映っていた。
 さらに靴は15センチぐらいの赤いハイヒールだ。
 下にタイトルがあった。

『火災警報で飛び出し、非常階段を転げ落ちる女王様』  

 再生ボタンを押すと、女王様は踊り場で上を見上げ、次に少し身を乗り出して偶然、こちらに向いた。
 その顔がアップになる。
 それはアイマスクをしていても麗華に間違いなかった。
 和輝はマウスを持つ腕にザーと鳥肌が立つのを感じる。

 麗華女王が下を覗こうと少し動いた時、ハイヒールが階段を踏み外した。
 音もなく、ころんと体を回転させて麗華女王は下の踊り場に激突した。

 マウスを持つ手が震えて動かせなかった。       《了》
 

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※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。


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「ムコ多糖症」は、新生児約50000人に1人の割合
で発症する希少小児難病です。

遺伝子の異常により、体の中の代謝物質「ムコ多糖」を
分解する酵素がないために、「ムコ多糖」が体中に溜ま
っていくことで、様々な障害を引き起こし、その多くが
10歳~15歳で亡くなっています。

欧米では、3種類の薬が承認、使用されていますが、
日本では1種類しか承認されていない状況が続いています。

現在、生死に関わる問題のため、厚生労働省はじめ関係
各所に早期実現の要望書が次々と出されています。

(情報:ムコネットより抜粋 http://www.muconet.jp/index.html)

また「ムコ多糖症」以外にも、たくさんの子供たちが様々な病気で
苦しんでいます。なんとかこの子供たちを応援できないか。

私達にできること。

それは、ブログの日記でバトンをまわし
多くの人々に知っていただき、厚生労働省はじめ
関係各所を動かすムーブメントを作ること。

それにより、患者さんの治療が今まで以上にできるようになり
彼らが、もっと多くの、嬉しい、楽しい、大好きなことが体験
できるようになることを願って・・・。

みなさん、ご協力宜しくお願いします。 このページのトップへ
 単にイチローが好きから始まり、三文字だとケイイチロウなんかいいな、ケイは系が面白いな、ということで銀河系一朗としました(単純すぎ 苦笑)

 もう少し、かっこつけて言うと、universeのuniのように銀河が多様なのにひとつであるというメッセージもあります。

 量子論では宇宙は多次元だというのが通説らしいです。
 これはあなたには限りない選択が可能でその数だけ宇宙があるらしいです。
 ひとつの宇宙ではあなたはピンクの服を選び、もうひとつの宇宙ではブルーの服を選んでいる。宇宙はあなたの決定に左右される。
 あなたが服を選ぶことは宇宙を創っていることでもあるのです。
 なんかすごいですよね。

 あなたの隣の人も同じように宇宙を創っているので、いよいよ宇宙の姿は無限です。
 またまたすごいですよね。
 それでいてあなたと隣の人が生きている『いまの宇宙』はひとつなのです。
 私なりにまとめると、宇宙は偶然与えられてあるのではなく、みんなが意識によって、今、ひとつに作り出しているということです。

2009/11/12 ペンネーム変更追記

 銀河 径一郎 に微妙に変更しときます。

 銀河系だと、住所を宇宙から言い始める小学生のような気がしてきたので。(←気づくの遅いぞ)
 ま、たいして変化はないですが、よろしくお願いします。



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「ベーカー、いよいよ打ち上げだな、」
 このところ、少尉は会うたびに、見知らぬ相手からもそう言われて肩を抱かれたり、握手されていた。
 始めは受け答えが面倒な気分になってしまったが、しかし、その受け答えの決まり文句に慣れてくると、面倒な気分も薄らいできて余裕で微笑を浮かべて答えられるようになっていた。
「はい」と言いながら少尉は、相手の肥満した体をかろうじて包み込んでいる制服の徽章が大佐なのを見た。
「大佐、光栄です」と握手を返す。
 少しアルコールの臭いがする口を開けて、大佐は笑った。
「しかし、君の肩は少し震えているような感じだぞ。ハハハッ、」
「とんでもない。大佐、これは武者震いってやつです。」
「怖くはないのか?」
 ああ、そんなこと聞かないでくれ。怖いに決まってるじゃないか、この酔っ払い将校め。
「怖くはありません、大佐。」
「しかし、敵国を含めて、まだ誰も地球の大気に飛び出した奴はおらんのだぞ。」
「必ず成功してみせます、大佐。」
「うむ。その意気だ。お前は我が国家の誇りとなるだろう。」
 大佐は今一度ベーカーを強く抱擁すると歩き去った。

「大変だな、ベーカー、あんな酒臭い将校にハグされて、」
 背中からかけられた声に、少尉は口元をほころばせて振り向いた。
「やあ、アル少尉、まったく、僕の気持ちをわかってくれるのは太陽系で君だけじゃないかと思うよ。」
 アルはベーカー少尉と共に今度の宇宙飛行士の最終候補だったが、今回はベーカーが抜擢され、アルはバックアップ要員になったのだ。
「おおげさな奴だな。」
 アルはベーカーの手を掴むと「ちょっと来いよ」と廊下を歩いて、人気のないのを確かめ、会議室に入った。

「ベーカー、これは俺が一番乗りになれなくて悔しくて言い出す訳じゃないんだ。
 だから素直に聞いてくれ、」
 アル少尉のおかしな前置きにベーカーは身構えた。
「なんだよ、アル。」
「もし、もしもだよ、打ち上げの前に、たとえば1時間前、いや、十秒前でもいい、
 嫌な予感がしたら、遠慮しないで俺に代われよ。そういう時のためにバックアップの俺がいるんだから。」
「どうしたんだよ、急に。」
「つまりだ、お前にはちゃんと元気な親がいるだろ。でも俺には親はいない。だから万が一が起きる時は俺の方が悲しむ者が少なくてすむんだ。」
「貴様。」
 ベーカーはアルの制服の襟を掴み絞った。
「そんな言い草ってあるか。
 貴様にもしものことがあったら、俺が貴様の親の分と合わせて三人分の涙を流し、それには血が混じるだろう。
 そして、俺の嗚咽は大聖堂のステンドグラスを粉々に砕く。
 俺はお前の棺桶を殴りつけ、俺の手首はその中に落ちるだろう。
 いいか、二度と馬鹿げた話をしてみろ、貴様とは絶交だ。」
「ベーカー……、」
 アル少尉は唇を噛むようにして「すまなかった」と謝ったる
「ただ、こんな時に言うのもなんだが、
 整備の奴らはずっと徹夜続きで、目の下はおろか、唇や手まで紫がかってやがるんだ、お前も見て知ってるだろう。
 しまいにゃ、ねじを鉛筆で締めようとしてやがった。あんなやつらにきちっと整備しろって言ったって無理がある。
 この宇宙計画はここへ来て急ぎすぎてる。これはみんなが気付いてることだ。」
「アル、お前の言う通りかもしれない。
 だがな、ここで手を緩めて、敵国に先を越されたらどうするんだ。」
「それはそうだが、」
「いや、正直言うと俺には敵国なんてどうでもいい。
 俺は、小さい頃からずっとずっと憧れてきた宇宙に、一刻も早く飛び出したくてうずうずしてるんだ。」
アルはベーカーの目に期待がきらめいてるのを見ると、それ以上は何も言えずに、ベーカーの肩を抱きしめた。

 ベーカーが自分の待機室のソファで横になってラジオから流れる音楽を聴いていると、ドアがノックされて警備兵が入り、敬礼した。
「ご母堂様がご面会です。」
「ありがとう、さがっていいよ。」
 警備兵と入れ替わりに、母親のオリガが入ってきた。
「まあ、まあ、私の大事なベーカー、元気だね。」
「もちろん。お母さん、来るなら来ると連絡くれれば玄関まで迎えに出たのに。」
 オリガはベーカーを抱きしめて聞く。
「明日、打ち上げなんだってね?」
「そうだよ。」
「どうしよう、私の心臓は今からドキドキが止まらないよ。」
「ハハッ、止まったら困るじゃないか。」
「大丈夫なのかい?まだ誰も行ったことのない空の向こう側に行くんだろう?」
「もちろんだよ。いよいよ宇宙に飛び出すんだよ。宇宙は殆ど真空だから、うまくしたら宇宙の果てが見えるかもしれないんだよ。
 それはもしかしたら自分の脳を顕微鏡で見たのと一緒かもしれない。お母さん、この世で最も大きなものと最も小さなものがつながっているっていうのは、バランスのとれた美しい仮説だと思うだろ?」
「まあ、まあ、お前は子供の時からそんな難しいことを言ってたねえ。」
「うん、それを確かめられるかもしれない。偉大な美しい任務だよ。」
「おお、ベーカー、私の望みはお前にきちんと帰ってきてほしいってことだよ。
 たとえ宇宙の果てが見えなくても、帰ってきてくれればいい。帰って来れないなら最初から行かないと約束してほしい。」
「わかったよ、お母さん、約束する。」
「もし約束を破ったら?」
「天使が舌を引っこ抜く、だろ。」
「お前はいい子だね。」

 そこへドアが乱暴にノックされ開き、開発チームのカール主任が入ってきた。

「や、お取り込み中ですか?」
「いえ、母の用は済みました。帰るところです。」
 母親は「じゃあ約束したよ」と言って手を握り、一回振り向いて部屋を出て行った。

「で、カール主任、どうかしたんですか?」
 ベーカーが聞くとカールは言う。
「少尉、君の安全のことだ。
 まだ宇宙飛行士の安全対策が不十分だから、僕は、打ち上げを延期しろと、ボスに掛け合ったんだ。」
「ふー、なんかさっきからやめろって話ばかり聞かされてますよ。」
「実際、今のコックピットじゃ太陽の日差しを浴び続けたら、一時間ともたないはずなんだよ。しかし、ボスときたら、パイロットの安全のことなんか考えてないんだ。計画に危険は付き物だの一点貼りなんだ。」
「大丈夫、回転させて、太陽の輻射熱の当たる面をずらしますから。」
「それをやってもせいぜい数十分延ばせるだけだよ。耐え難い暑さに脱水ショックを起こし、君は生命の危険に陥ってしまうんだぞ。」
「ありがたくない話ですね。」
「まったくだ。私はこの問題が解決するまで君を打ち上げたくない。」
「しかし、国家命令に逆らって打ち上げを止めたら国家反逆罪ですよ。」
 私が指摘すると、カールはうなだれた。
「そうなんだ。これ以上はどうにもできない。許してくれ、少尉。」
「カール主任、気にしないで下さい。私はなんとかやりとげてみせますよ。」
「私はさっき、暇つぶし用に積まれていたマトリョーシカ人形を外して、マニュアルにない器具を取り付けた。
 操縦席の右横に青いボタンがある。
 船内の汚れた空気を圧縮してボトルに貯めているんだが、それをちょっと排出するボタンだ。これを使うと船の向きが少しずつ変えられるはずだ。」
「それはいいですね、向きが悪いとずっと地球が見えないかもしれないと心配してたんですよ。これでちゃんと地球が見えますね。」
「うむ……。ボタンはもう、」
 カールは言いにくそうだった。
「もう、ひとつある。操縦席の左横にある赤いやつだ。
 もし、コックピットの熱が君の生命を圧倒すると判断したら、私がマイクで叫ぶ。
 そしたら押してくれ。すると君の腕に麻薬が注射されて楽に……。
 済まない、少尉、私にはこんなことしかできないんだ。」
 カールは悔しさをこらえてるらしく肩をひきつらせた。
「カール主任、ご配慮ありがとうございます。
 でも僕はきっと任務を成功させ、宇宙の果てを見てやります。それから、マトリョーシカ人形ですが、僕はあまり好きじゃないから気にしないで下さい。」

 発射台を見渡す管制室に軍の将校や政府の要職が座っていた。
 スピーカーから管制官のカウントダウンが響きわたる。
「9、8、7、6、5、4、3、2、1、点火、」
 エンジンが轟音を上げ、コックピットは振動ですさまじい地震にあっているようだ。
「全エンジン燃焼、高度1メートル、3メートル、9メートル、15、31、49、65、99、」
「大丈夫か、ベーカー少尉?」
「はい、大丈夫。」
 ロケットはどんどん上昇し、雲の中に消えていった。
「高度5千メートル、成層圏を突き抜け、周回軌道に入ります!」
 管制官の声に、見守っていたお偉方から歓声が、拍手がわきあがった。
 ボスが満足そうに言った。
「よくやった。これでわが国は宇宙開発競争で敵国に勝ったのだ。」
 熱狂的な拍手が沸いた。

 しかし、カール主任の関心はコックピットの温度だ。
「ベーカー少尉、温度は大丈夫か?」
「カール主任、丁度いいですよ。重力が弱いせいか、変な感じです。」
 まもなく衛星は地球の裏側の夜の領域に入るから、寒いだろうが、熱は問題ない。
 しかし、再び昼の領域に出て、熱を浴び続けたら、その時はどうなるか。
「カール主任、ここから見る宇宙は素晴らしいです。こんなに星がはっきり見えるなんて感激ですよ。」
「了解。地球は隅に見えるか?」
「うーん、見えませんね、角度がよくないようです。」
「そうか。」
「カール主任、ちょっと寒いです。」
「うむ。ベーカー少尉、君なら耐えられるよ。」
「はい、カール主任。カメラでも持ってくればよかった。」
「ああ、うっかりしてたな、申し訳ないな、ベーカー少尉。」
「いえ、いいんです、あまりに星がきれいだからアル少尉やカール主任や皆に見せてあげたかっただけです。」
「そうか、」
「アル少尉はそこにいますか?」
「いや、飛行士はここには入れない決まりだ。」
「そうでしたね。」
 カールは時計を睨んで言う。
「そろそろ昼に出るぞ。気をつけろ。」
「大丈夫、コックピットはうまい具合に回転してます。」

 モニターに映し出された室温が次第に上がり、三十五度を超えた。
「ああ、神よ、ベーカーをお守り下さい。」
 カールは時計の針を見つめて手を組んだ。
 室温は四十度に近づく。ベーカーの体温も上昇してゆく。
「大丈夫か、ベーカー。」
「なんとか。もういいですか?」
「何がだ?」
「ボスに聞いて下さい。目的のデータは取れましたか?」
「目的!?」
「最初から私を帰還させる予定はなかったんでしょ?」
「ああ、ベーカー、お前はなんてやつなんだ。」
「カール主任、貴方だけは私のことを本気で考えてくれた。感謝します。」
「しかし、助けられないんだ。」
「どうか御自分を責めないで下さい。
 私は予定された任務は果たしたようですから、後は自分の好きな方角に飛びます。」
「なんだって?」
 室温は四十五度となり、ベーカーの体温も四十度に近づいた。
「カール主任、見えました!」
「何が?」
「地球です、さっき青いボタンで方向転換したんです。
 ああ、青くて美しい、
 あまり美しくて失神しそう、
 アル少尉にも地球は青くて美しいと伝えてください、」
「わかった、ベーカー、もう無茶するな。」
「さて、これから、百八十度、回転し、宇宙の果てに、向かいます。
 後から誰がぁ追いかけようが、最初にぃ、宇宙の果てにぃ着くのは、
 わ、私、ですよねぇ?」
 室温は五十度に近づき、ベーカーの体温も四十三度に近づいた。
「ベーカー、うんうん、そうとも、お前は偉大な先駆者だ。
 もう誰もお前に追いつけないぞ。
 もういい、赤いボタンを押せ。もういいぞ。」
 カールの目から涙が流れ落ちた。
「ありがとぅ、でももう少しぃ、宇宙の果てがぁ、見たぃ、」
「少尉、もう立派に任務をやり遂げたんだ。
 もう、ボタンを押して、ゆっくり、や、休むん、あ」
 カールは声が震えて出なくなった。
「真っ黒、いや、光がぁ、見えたぁ、光が、ぐるぐる、きれい。
 お母さんに伝えてぇ、光がきれい、天使が来たょ、神様ぁ」
「おお、ベーカー、」
 カールはこらえきれずに声を上げて泣いた。その声に管制室の皆が振り返った。
 
「カール主任、どうした?」
 大佐が聞くとカールは言った。
「ベーカー少尉が、たった今、死にました。殉職です。」
 大佐はにやにやして言う。
「それより敵国に勝利できたんだぞ。もっと喜べ。」
「ベーカーが殉職したのに笑うなんて、不謹慎だ。」
「何も泣くことないだろう。」
「あなただって、打ち上げ前はベーカーの肩を抱いて誉めてたじゃありませんか?」
「ただ犬を撫でてやっただけだぞ。牝犬が一匹、人間の進歩の犠牲になった。それだけのことじゃな……」
「なんだとお、」
 言葉が終わらぬうちに、カール主任は大佐に殴りかかっていた。
 大佐は頬を押さえて座り込み、そばにいた下士官たちが主任を押し倒した。
 大佐が罵倒する。
「貴様っ、逮捕だ、裁判で強制収容所送りにして、永久追放してやる。」
 護衛官がカール主任に手錠をかける。
「くそくらえ、お前なんかにはわかるもんか。
 ベーカーいや、クドリャフカは地球で最初に宇宙へ飛び出し、宇宙の果てを目指した英雄だ。次にどこの人間が飛ぼうが、最初に宇宙に飛び出した宇宙飛行士はライカ犬のクドリャフカだ。この歴史はもう誰にも消せないぞ。」
 叫び続けるカール主任は外に引きずり出された。


 30年後、ソ連崩壊と共に強制収容所から解放された老人は、うわごとのようにスプートニク2号の帰還について語ったという。

「スプートニクはうまくすると、宇宙の果てから戻って、地球の上空にある宇宙ステーションの真近に現れるかもしれません。」
 新聞記者が厳しく指摘する。
「しかし、スプートニク2号は落下して燃え尽きたというのが公式記録です。
 あなたの言われるように宇宙の果てにたどり着き戻ってくるなどということが起きるはずがないでしょうが。」
「私にはわかるんですよ、彼女は私の胸の中にずっと語りかけていましたからね。
 彼女は宇宙の果てを飛び回って、まもなく戻ってくる。
 あなたは、今すぐスプートニクについて記事を書き、彼女が示した勇気、果たした功績を称えるべきです。」
 記者は呆れて黙って立ち去った。

 しかし、老人は、今も、夜空を見上げては小さな船の光を探しているという。 《了》


 注 「ライトスタッフ」とは「正しい資質」、トム・ウルフの同名小説、そして同名映画で、宇宙飛行士としての正しい資質の意で使われました。
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 高天神城を攻略して勢いに乗った武田軍は、翌る天正三年五月、長篠城を攻め落とすべく、医王寺に本陣を構えた。
 長篠城を守備するのは奥平貞昌を城将とするわずか五百の兵で、総力を挙げて力攻めをすれば簡単に落とせるのだが、勝頼は家康と信長をおびき出すためにわざとゆっくり攻め立てる。

「本陣はつまらぬのう、先鋒に立って敵を討ち取る方がずっと面白い、」
 早季の隣にいた数人の馬廻り衆が小声で言うと、勝頼が聞きつけて「その者」と怒鳴った。
 当の馬廻り衆がおどおどしながら勝頼の前に跪くと、勝頼は笑って、
「総大将ともなると爺様たちがうるさくて本音も言えん、わしの言いたいことをよう言うてくれた、礼を言うぞ、」
「は、もったいなきお言葉、」
 なりゆきに息を呑んでいた一座はどっと笑った。

 そこへ『大』の旗印を背負った伝令が駆け込んで来る。
「申し上げます、吉田城の家康に動きがあります。」
「おお、近う、」
 勝頼は色めき立って声を上げ、伝令は勝頼の手前四間ほどに近寄って懐から書状を出そうとする。
 と、突然、耳を殴りつけるような銃声が響く。
 次の瞬間、伝令はつんのめって倒れた。

 煙を立てる鉄砲をおろした早季は訴えるように勝頼を見つめた。
 しかし、側にいた馬廻り衆は早季が乱心したのかと疑い、早季に飛びかかった。
「待て待て、季之助の言い分を聞け、」
 勝頼が言うか言わぬうちに、絶命した伝令の体を起こした喜兵衛が叫んだ。
「こやつ、書状の下に吹き矢を隠しております、」
 それは単なる吹き矢ではなく、毒を塗った吹き矢に違いない。
「徳川の刺客か、季之助、よう撃ち殺してくれた。
 おぬしが鉄砲でしとめねば、わしの方が命を落とすところであったぞ。」
 勝頼が紅潮した面もちで礼を述べると、まわりの者も口々に早季を称えた。
「季之助殿、どうして見抜けたのだ?」
 尋ねられた早季は返答を探しながら言う。
「足取りが怪しく思えた。」
「ほう、足取りだけでよくわかったのう?」
「それ、旗印の『大』の字もなにやら形がいびつだ。」
 風のような声で言うと、なんとか周りは納得してくれたようだ。
「それにしてもお手柄じゃ。」
「まったくじゃ。」
 しかし、早季が刺客を見抜けた本当の理由は、伝令の顔が奥平家家臣の吹き矢の名手鈴森依蔵だと思い出したからだ。

 
 五月十八日、信長、家康の連合軍は長篠城の西一里ほどの設楽原のあちらこちらに土を盛った小さな砦を作り、その前に柵をまわして布陣した。その数、二万六千。武田軍を大きく上回る大軍である。
 これを受けて勝頼は主だった武将を集めて軍議を開いた。
「山県、家康と信長が我らに討ち取られるがため首を並べたわ、どう攻める?」
 勝頼の攻撃を前提にした下問に山県昌景は一瞬息を呑んだ。
「たしかに首は並びましたが、我らの兵力は明らかに劣勢。
 しかも長篠城を包囲した砦を崩され、地形を見ましてもここの無理攻めはお味方の損が多うござろう。
 ここはいったん古府中まで引かれるのが上策と存じます。」
 勝頼はムッと唇を噛んだ。
 武田家臣にあって勇猛と名高い山県昌景が撤退を主張するとは思ってなかったのだ。
「では、馬場はどうじゃ?
 お主の手綱捌きなら瞬く間に敵の柵を倒して、家康と信長の首を狙えようが?」
 すると、馬場信春は頭を下げてから言う。
「畏れながら、確かに我が騎馬隊どもは誇れるものなれど、こたびは簡単には参らぬと思いまする。
 それというのも、徳川織田勢の用意せし鉄砲の数でございます。
 おそらくニ千丁を越す鉄砲が相手になりましょう、さすればこちらの槍、刀が届く前に何発も弾を受ける公算があります。
 ここはしかるべく城によって敵を少しずつ削いでゆかれるが上策と思いまする。」
「なんと弱気な、よいか、家康と信長が首を城の外に並べることなど、滅多に望めぬのだぞ。こちらから尾張まで攻め入れば、兵糧しかり、軍略しかり、ここよりも数段難儀いたすは必定ぞ。
 敵は広く布陣し小さき砦が頼り、戦に際して動きの鈍い陣立て、これなら数の不利は十分補えるはずじゃ。
 あやつらを倒すにはこの機会に賭けるしかない。
 内藤、そうであろう?」
 勝頼の意見は戦略的には間違っていない。勝つ可能性もあるのだ。
 それを認めて内藤昌豊はうなづいた。
「確かに御屋形様のお説はもっともでございます。」
 しかし、内藤も不安を口にする。
「しかしながら既に我が兵どもは疲れておりまする。それに比して織田の軍は着陣したばかり。いっそ早くに長篠城を落としておけば士気も高いまま戦に臨めたと思いまするが、このたびはいささか機を捉え損ねたかと思いまする。」
 信玄股肱の老将たちは揃って慎重策を進言したわけである。
 勝頼はしばし瞑目して、口を開くと一気に言った。
「そちたちの意見はわかった。
 しかし、我らは父信玄公に瀬田の橋に御旗を立てると誓ったではないか。
 この絶好の機に、みすみす古府中に引くわけにはゆかぬ。
 ここは総攻撃して、家康と信長の首を取るのだ。
 よいな!」
 勝頼は一座を見回して、一度だけ聞いた。
「意見を違える者はおるか?」
 御旗の誓いを持ち出されると、家臣は誰も反論しようとはしなかった。

 早季が喜兵衛の後姿をつかまえて言う。
「喜兵衛殿、総攻撃と決まったそうですな?」 
 振り向いた喜兵衛は「うむ」と沈んだ声だった。
「うかぬ顔ですな?」
 早季が尋ねると喜兵衛は囁くように言う。
「どうやら、これで武田の命運も極まった。」
「まるでもう負けると決まってるようではないですか。」
「季之助、戦に勝つには天の利、地の利、人の利が必要なのだ。
 ここでじっと構えておれば、そのみっつの利が生かせ、敵の兵が少し多かろうと、勝機をつかめる。
 しかし、この陣地から撃って出ればみっつの利をすべて失うであろう。
 特に人の利は今すでに崩れかけておる。」
「そんな、」
「山県昌景殿の顔を見ただろう、いつになく静かなお顔であった。あれは死を覚悟した者が見せる穏やかな顔だ。」
 早季が言う。
「ならば私が勝頼様に直訴します。
 このうえは我が身分も明かして、出撃をやめていただきます。」
「やめとけ、やめとけ、嫌われるだけだ。
 名だたる戦上手の武将、四天王が口を揃えて意見するのを御屋形様は蹴ったのだぞ。
 今更、御屋形様の幻の許婚がひょっこり名乗り出て、命を捨てて直訴したとて止められるものか。」

 早季はいよいよ心配になり、帳の外へ出て雲の間に現れた月を眺めた。
 月は戦など知らぬかのように静かだ。
 不意に隣で声がした。
「梅雨が明けてしまうと厄介だな。」
 いつの間にか横に立っている勝頼に、早季は慌てて周囲を見回し警戒した。
「危のうございます、どうか中へ、」
「晴れると敵の鉄砲隊が厄介だ。
 武田にも季之助ほどの鉄砲の撃ち手が五百もおればよいが、そうもいかん。
 あとは馬の勢いで補うしかないな。」
 早季は思い切って聞いてみる。
「陣中になお慎重論を申す者もいるようですが」
「うむ、あれらの言い分もわからんではないが、ようやく信長が出て来て、家康と首を並べておるのだぞ、この好機を見逃せようか?
 尾張にまで遠征して信長を討つはいろいろ民に難儀をかける。
 それよりは、国に近いここで討つのが最良なのだ。」
 勝頼の力強い言葉に早季は黙ってうなづくしかなかった。
 夜の闇で愛しい勝頼様と二人きり、手を伸ばせば、あの熱い胸に届くのだ。
 そう思うと早季は自分の正体を告白したい女の衝動にかられた。しかし、それを告白すれば、自分は処刑され、勝頼を守り通すという誓いは果たせなくなる。
 早季はそっと唇を噛み締めた。

 五月二十一日卯の刻、武田軍は織田徳川の柵に向かって突撃を開始した。
 左翼から山県昌景隊、右翼から馬場信春隊が攻め寄せる。
 しかし柵の百間手前で、敵の鉄砲が一斉に火を噴き、瞬く間に二割ほどが倒れた。
「うぬ、」
 戦況を眺めていた勝頼は思わず唸った。
 山県隊は、味方の屍を乗り越えて、柵の切れ目で徳川の敵と激突する。
 だが、そこまでたどり着く兵数が不利な上に手負いの山県隊は、敵を押し込むまでには至らない。
 後続隊も突撃するが、次から次へと鉄砲の威力の前に倒れてゆき、設楽原に武田軍の屍が落ち葉のように散り積もってゆくばかりだ。

 早季はいつでも射撃に移れるように立て膝に鉄砲を立てかけた姿勢で戦況を眺めていたが、悔しさに唇を噛んで勝頼を振り返った。
 最初は怒りのために紅潮していた勝頼の顔は、いまや次第に青ざめてゆく。
 山県隊が柵を越えた地点で敵に囲まれてしまった。
 攻撃に反対した山県昌景が微塵の迷いもなく勇猛に戦っているのは、勝頼にとって何よりも心強かった。その山県昌景が危ないのだ。
 勝頼は「馬引け、加勢に行く」と叫び立ち上がった。
 早季にも勝頼の気持ちが痛いほどわかった。しかし、総大将が最前線に加勢するなどというのはどの軍にあっても、ただ危険に首を晒すだけでしかない。
「殿、危のうございます。」
 早季が勝頼に飛びついて倒すのと、銃声が鳴り響くのとが同時だった。
「敵の鉄砲は狙いは正確ではありませんが、二百間先からでも撃ってきます。
 ここで万が一、殿が敵の鉄砲にやられては、私が、いえ、お家が困ります。」
 勝頼はうなずくと床几に腰を落とした。


 戦況は好転せず、『大』の旗印をつけた伝令が武将の討ち死にを報告する。
「山県三郎兵衛殿、御最期にございます、」
「なんと、」
 勝頼は手にした軍配を落としそうになった。
 早季はやるせない気持ちに包まれた。
 間をおかず、次の伝令が報告する。
「内藤修理殿、見事に討ち死になされました、」
「なんということじゃ、」
 勝頼はあおざめた顔で唇を震わせた。
 また新たな伝令が飛び込んでくる。
「真田信綱、昌輝殿、揃って御最期の由、」
 喜兵衛は兄の真田信綱、昌輝の討ち死を聞くと、思わず「ばかな」と声を上げ、悔しさに肩を震わせた。
 信長が何よりも恐れをなし、三方が原の戦いでは、家康本陣に襲いかかり、家康の肝を縮み上がらせて失禁までさせた武田の精鋭軍団が、今は無惨な敗北の坂を転げ落ちているのだ。
 早季もここまで一方的な戦になるとは考えもしなかった。

 跡部勝資が勝頼の前に平伏して言う。
「御屋形様、無念ですが、もはや勝機を失しました。
 ここは、古府中に戻り再起を図りましょう。」
「ならぬ、旗本だけでも斬り込んで、家康と信長の首級をあげるのだ。」
「お気持ちごもっともなれど堪えてくだされ。」
 勝資が涙を流すと、さらに喜兵衛も加わる。
「後日、きっと喜兵衛が信長、家康の首級をご覧に入れますゆえ、ここはお引き下され、」と訴えた。
 織田、徳川の軍勢の先端はすでに勝頼本陣に近づいて来る。
 もはや猶予はなかった。
 帷幕の陰で馬に乗った勝頼は悔し涙を流しながら織田、信長に背中を見せた。
 早季は本陣の足軽衆と共に勝頼を早足に駆けて追いかけた。

 何町か行くと、後ろから怒鳴り声が響く。
「あけい、道をあけい、」
 見ると、槍を持った騎馬が猛然と駆けて来る。
 兜や鎧からは馬廻り衆でないことは確かだが、敵か味方かもわからない。ただ味方に突いて来ないからには味方なのだろうと、皆が道を開けた。
 しかし、早季は鉄砲に素早く火縄を付けると、道の正面に立って構える。
 馬上の武者の目がカッと見開き、槍を肩の上に構えた。
 それを見届けた早季は片目で睨みつける。
 瞬間、銃声が響き渡り、武者は馬から落ちた。
 そばにいた足軽が駆け寄り、声を上げる。
「おお、この腰に畳んだ母衣は織田方だ、」
「眉間を撃ち抜かれとる、見事じゃ、」
「騎馬の前に立ちはだかるとはたいした肝っ玉じゃ。」
 みんなが褒めそやす中、早季は黙々と鉄砲の銃身を掃除し、弾を込めると風の声で言った。
「さあ、御屋形様に追いつこう」
「季之助、そこそこの武将のようだぞ、首級を持ってゆかぬのか?」
「わしの役目は御屋形様をお守りすること、首を取ることではない。」
 早季は駆け足で走り出し躑躅ヶ崎館に帰った。


 長篠の敗戦を境に武田は衰退の道を歩み始めた。
 天正五年、長篠の敗戦からの立て直しのため、長年の宿敵の上杉謙信と同盟を結ぶと、さらに北条からも氏康の娘を勝頼の正室に迎える。
 ところが翌天正六年に上杉謙信が病死、越後に御館の乱が勃発。
 当初、勝頼は北条の推す上杉景虎を支持したが、無理な要求を出され、景勝の支持にまわり、北条との関係は冷えこんだ。
 天正九年になると徳川家康が高天神城を奪還。
 天正十年には木曽義昌が謀反を起こし、勝頼は武田信豊を征伐に向かわせたが、敗退。 それに続いて飯田、大島、伊那の各城が雪崩のように敵方に落ちた。

 兄の死を受けて武藤家から真田家に戻り、家督を継いだ武藤喜兵衛こと真田昌幸は築城中の新府城で早季を呼び止めた。
「季之助、御屋形様に、危ういことがあれば、吾妻城においでくださいと、お前からも強く申し上げてくれ。
 真田には御屋形様を迎えて二年の籠城を持ちこたえる準備ができておる。」
「時が来れば申し上げますが、それはまだ先でしょう。」
「ならばよいが。とにかく、機を見て申し上げてくれ。」
「わかりました。」

 喜兵衛と別れた早季は、町の中を抜けて人のまばらな道に入った。さらに進んだところで、不意に肩をつかまれ、小屋の物陰に引き込まれた。
 早季は風の声で言う。
「なにやつ?」
 早季は武者のなりはしていても力は非力だ。人足姿の男にたやすく押し倒された。
「ふふ、俺の顔、よもや忘れてはおるまい。」
 馬乗りになっている人足姿の男の顔は泥でくすんでいたが、勝之進の声に間違いなかった。
「知らぬ、」
「ふん、男のなりをしてるのは知っているぞ。早季姫。」
「勝之進は恥を知らないのですか。」
「なんの話だ。」
「奉公人のおきよを孕ませ、祝言を上げると偽り、子供を堕ろさせたこと、私は聞いて知っています。」
「ケッ、それもそなたひとりを幸せにするために、わしが他のおなごを思い切った優しさではないか。姫は愚か者よ。」
「おきよを死なせてよくもそのような非道いこと。
 勝之進と添いたいと思うおなごなどこの世におりません。」
「俺の方こそ、おまえにさんざん恥をかかされ、もはや家にも戻れんのだ。
 今の俺の悲願はな、おまえをたっぷりと辱め、殺すことだ。」
「だ、誰か。」
「そんな風のような声では誰にも届くまい。
 今や武田は風前のともし火、そして奥平は徳川の元で朝日の勢い。あの時、俺に従い妻になっていれば、俺とお前、安楽に暮らせたものを。
 姫はまこと愚か者よ。」
「このようなことをして何が面白いのです。」
「ああ、面白いぞ。」
 勝之進は下劣に笑い、早季の袴を脱がしにかかった。
「はは、ここは娘のままじゃないか。」
「誰か、助けてえ。」
「ここは、どうして焼き潰さなんだ。
 好き者め、やはり使いたかったのであろう。」
 勝之進は劣情のたぎるまま、早季を犯そうと腰を合わせた。
 が、次の瞬間、
「ギェーッ」と勝之進は悲鳴を上げた。
 そして血のしたたる股間を押さえて、みっともなく地面をのたうちまわった。
 早季は体の奥に鋲のようなものを仕込んでいたのだ。
「いつぞやの隠し湯以来、お前が狙っているのではと備えていたのです。」
「ヒィーッ、卑怯」
 勝之進はなんとかせねばと考えるが、急所の痛みは耐えようがない。
「勝之進、覚悟。
 おきよの無念を思い知るがよい。」
 早季は懐刀を取り出すと勝之進の胸を刺した。


 天正十年三月、武田の最前線である高遠城は、勝頼の弟である仁科盛信が籠城して果敢な戦いを見せたものの落城した。
 さらに親類衆筆頭の穴山信君まで徳川に寝返り、真田昌幸の危惧はいよいよ本当になってきた。
 早季は勝頼に畏れながらと口上する。
「御屋形様、当代きっての智将真田昌幸殿が守る吾妻岩櫃城に参ること、是非、お考え下さい。
 真田の城では籠城の備えも万全に御屋形様をお待ちしていると聞きます。」 
「うむ、真田なら心強いと、わしも考えておったところじゃ。」
「そうなさいませ、きっと真田昌幸殿は御屋形様をお守りいたします。」
 勝頼の心がすでに真田に決まっていると知って早季は安心した。

 しかし、譜代武将の小山田信茂からも勝頼一行を岩殿城に招く旨が伝えられる。
 すると、周囲の者どもは、真田よりずっと古くから仕えてきた小山田を頼もしく思い、そちらに移りたいと言い出した。
 勝頼は周囲に問うた上で小山田信茂の岩殿城に移ると決めた。

 早季は慌てて勝頼に訴える。
「御屋形様、朝は真田昌幸殿の吾妻城がよいと仰せでしたが。」
「うむ、真田もいいが、小山田の岩殿城もなかなかの堅城だ。
 それにここより近いゆえ、女子の多いここはひとまず岩殿に入る。」
「しかし……、」
 早季は言いかけて言葉を飲み込んだ。
 嫌な予感がするのだ。
 各地の国人は雪崩のように寝返っている。小山田様とて安心ならない。
 しかし、根拠もなく小山田が信用できないと意見することは身分の低い早季にはできないことだ。
 勝頼は笑って言った。
「季之助、心配するな。」
 
 かくして、勝頼は小山田信茂の岩殿城に向かうことにした。
 勝頼に従う者およそ三百。しかしそのうち百人近くを女が占めていたので、実際に戦える者は二百ほどの心細さである。
 この兵力ではまともに戦うことはできない。
 なんとしても早く味方と合流して、しっかりした城に入らなければ、滅亡するしかないのだ。
 一行は笹子峠の麓に着くと、山賊が待ち構えているとの報を受け、小山田信茂の迎えの軍を待った。
 そして陽が暮れかけた時である。
 突然、茂みの中から数十の人影が現れ、小山田が人質に差し出した母など数名をさらって逃げにかかった。
「足抜けだ、小山田だ。」
 気付いたものが叫ぶと、旗本たちが追いかけて取り戻そうとしたが、道の先には既に援護の兵が配置されていて、鉄砲を撃ちかけてくる。
「おのれ、信茂まで、逆心いたせしか。」
 勝頼が怒鳴る横から、勝頼を見限った者が数十名逃げ出すありさま、武田の命運は完全に尽きていた。
 ただ早季はこの逆境にあっても冷静さを失わず、目の前の敵を確実に倒して勝頼を守った。それだけが勝頼に対する早季の愛の証なのだ。

 ただひとつ、早季にも耐えられないことがあった。
 それは夜のことだ。
 以前は秘め事は館の奥で交わされていたからはっきり聞こえることはなかったが、今は行きずりで借りた民家から、あからさまに洩れてくるのだ。
 闇の向こうで勝頼の正室、北条氏康の娘が涙ながらに訴える。
「北条が私達を見殺しにするとは非道でございます。」
「家を責めるでないぞ、我らとて北条が味方する上杉景虎を見限ったのだ。
 北条には北条の保身がある。それが乱世のならいだ。」
「殿、申し訳ございません。」
 妻の啜り泣く声に、勝頼が囁く。
「もうよい、泣くな、」
 やがて啜り泣きに、時折、甘い溜め息が混じり、やがてそれは激しい交わりの声に変わる。
「ああ、あ、殿、」
「う、うむ、」
「あれ、ひっ、」
「よい、よいぞ、おお、」
 勝頼と妻が残り少ない生命をむさぼり合う、激しい交わりの声に早季は耳を覆った。
 本来なら自分も勝頼に抱かれていたかもしれぬというのに、今の自分は醜く顔を潰して男のふりをし、警護の任務に邁進するしかない。
 早季は声を殺して泣いた。


 小山田信茂に裏切られた勝頼一行は、もはや生きる場所ではなく、死に場所として天目山を目指すことにした。
 そう知って、従う兵も夜陰に乗じて消えてゆく。
 この頃になると、山賊や忍者くずれも恩賞目当てに勝頼の首を狙っていた。
 道は日川という小さな川に沿う、馬一頭通るといっぱいの狭いもので、大軍が動くには無理がある。しかし、狙撃にはもってこいである。
 一行が移動している時、行く手の樹木の梢で影が動いた。早季がめざとく影に向けて鉄砲を撃ち込むと、ぎゃっと悲鳴が上がった。
 次の瞬間、報復のように、矢が早季の左肩を射抜いた。
 旗本頭が「敵の物見かもしれんが油断するな。」と叫ぶ。
 常に監視されていることが明らかになり、緊張は更に高まった。

 その夜、勝頼と正室北条氏、息子信勝は小さな社を宿にした。
 勝頼は最後まで従ってくれた旗本たちに声をかけてまわり、早季を見舞った。
「季之助、傷はどうだ?」
 久しぶりに声をかけられて、早季は風の声で嬉しそうに答えた。
「御屋形様、大丈夫です、」
「うむ、季之助には一度命を救われたからな、この度はわしが手当てしてやろう。」
「もったいない、」
「膿止めの薬を飲ませてやるゆえ、頬当てを取れ、」
「いえ、拙者の醜い顔、お見せできませぬ。」
「わしがかまわんと言うのじゃ。」
「なりませぬ。」
 早季が言って頭を引くのを、勝頼はさっとつかまえて早季の頭巾を外した。すると頬の下に広がる爛れの中の唇は、どう見ても女の唇だった。
「なんと、」
 勝頼が驚くと、早季は風の声で言う。
「お、お人払いを、」
 勝頼は近くの者どもに「他言無用じゃ」と言い、早季に向き直る。
「おまえは何者じゃ?」
「勝頼様に恩あるおなごにございます。真田昌幸様の計らいでこのような形でご奉公して参りました。」
 しかし、唇と風のような声だけでは勝頼の記憶を覚ますには無理がある。
「おなごの顔を潰し、喉を潰してか。
 名はなんと申す?」
「それは堪忍してくださいまし、」
 早季は答えをはぐらかしたが、勝頼は察した。
「そのようにしてまで、わしに尽くそうなどという健気なおなごはそうそうおらん。
 わかったぞ、お前は早季姫であろう。」
「……殿。」
 泣き始めた早季を勝頼はきつく抱きしめた。
「早季、よう生きていてくれた、嬉しいぞ、」
「私は謀反人の娘、どうぞ御成敗なさいませ。」
「なんの、今さら。」
「しかし、それでは示しが……。」
「明日にも滅びる武田に示しなどあろうか、早季。」
 勝頼ははばかることなく愛しい早季姫を激しく抱いた。
 口を吸われ、乳を吸われ、懐かしい吐息が早季の柔らかな体を這い、勝頼の熱い火照りが早季の熱い火照りを貫き、互いの体を溶かすようだ。
「早季、早季、もう離さんぞ。」
「殿、嬉しうございます。もはや思い残すことはありませぬ。」
 いよいよ明日は死ぬ定めの二人の交わりはひとしきり続いた。

 朝霧とともに、川上からは五百人近い人数が、川下からは信長の先鋒部隊である滝川一益率いる二千人が勝頼一行を目指して迫ってきた。
 勝頼の五十名に満たない軍勢が半日ともたないことは明らかだ。
 早季は川下から来る敵を次々と八十名も倒して怖気づかせたが、それとて数の上で圧倒的な敵には焼け石に水だ。
 土屋昌恒は道が崖に呑まれそうなところに、片手で蔓につかまり身を隠し、川上から来る敵を片手だけで次々と斬り倒した。
 早季も懸命に戦ったがやがて鉄砲の弾が尽きてしまった。
 敵も鉄砲の弾が尽きたと知ると今度は勢いに乗って突撃して来る。
 白兵戦が苦手な早季はせめて最期は鉄砲で殴りかかろうと覚悟を決めた。
「おりゃあ」
 声を上げて大男がふりかざした刀を早季は鉄砲の銃身で受け止めて返そうとする。
 しかし、上背がある大男はびくともしない。
 男は銃身越しに切っ先を伸ばして早季の胸をえぐりにかかる。
「ううッ」
 早季が力負けし、胸から血が流れた時、脇からすっと勝頼が飛び込んで来た。
「我こそ、武田四郎勝頼じゃ。」
「おう、大将とあらば、三国一の…」
 大男がむだ口をたたく間に、勝頼はたちまち大男の胴体を斬り裂いた。
 そこへ五人ほどの新たな敵が殺到したが、道が狭いために結局一人一人しか戦えない。 勝頼は五人をたちまちに斬り倒した。
「早季、」
 勝頼は胸から出血している早季を抱いて、姫の衣装櫃や武者の具足櫃を積み上げた陰に入った。
 そこは、すでに勝頼の正室と、息子の信勝が自刃して血の匂いに満ちている。
「早季、」
「勝頼、様、」
「早季、お前のことがずっと心残りだったが、こうして心から好いたお前と最期を一緒に過ごせて、わしは戦国一の果報者じゃ。」
 勝頼が笑ってみせると、早季も笑みを返した。
「私も、お傍にお仕え、本当に幸せ、でし、私は、」
 勝頼が「うむ、なんだ」と尋ねたが、早季はがっくりと力をなくし命を閉じた。
 勝頼は泣きながら早季の鎧を脱がせ、美しい着物を着せた。
「早季、案ずるな、わしもすぐ行く、待っておれ。」

 そこへ怒鳴り声と共に新たな敵がなだれ込んで来た。
 槍が一本、また一本と突き出される。
 勝頼は最初の二本の槍は切り落としたが、一本を足に受けた。
 脇差しを投げつけて槍の使い手を刺し殺したが、新たな槍が次々と押し寄せる。
「名を名乗れ、無礼者…」
 勝頼の言葉が終わらぬうちに、新たな槍が勝頼の胸を突き刺し、勝頼はその場に倒れた。

 かくして戦国最強と怖れられた武田家は消滅した。
 最期の殉死者の列に早崎季之助の名は見あたらない。       完

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 部屋に忍び込んだ勝之進はわずかな明かりに照らされた愛しい早季姫の寝顔にほっとした。だが見とれている暇はない。
 勝之進は早季姫の口を布で押さえながら肩を揺り起こした。
「うッ、」
 最初、早季姫は暴漢が忍び込み襲って来たのかと思った。 
 黒装束から目だけがぎらぎらと光っている。
「姫、殿が徳川方に付きましたゆえ、お命を救いに参りました。」
「その声は?」
「はい、勝之進が早季姫様を救い出します。」
 しかし、早季姫は首を横に振る。
「私は勝之進とは参りません。」
「ここで駄々をこねている暇はないのです。
 もうすぐ武田は姫たちを処刑に来ますぞ。」
 すでに隣の部屋で、おふうたちがばたばたと出てゆく音がする。

 早季姫は勝之進に強引に手をつかまれ、上衣を一枚被されて外へ出た。
 前方には同じように、黒装束の忍び二名に手を引かれたおふうと太刀を帯びた仙千代、虎之助の姿がぼんやりと見えた。
「さ、お急ぎくだされ、はぐれてしまう、」
 そう言って急ごうとした時、前方で
「おのれ、足抜けかあ」と声が上がった。
 次の瞬間、太刀と太刀がぶつかり、夜闇に鋼のぶつかると音と火花が散る。
「足抜けだあ」
 松明が駆け寄り、警護兵がどんどん集まる。
「いかん、姫、こちらへ、」
 早季姫の手を引いていた忍び姿の勝之進は逆の方角へ向けて走った。
 勝之進に抱きかかえられて、早季姫は雑草の茂った土塁を滑り降りて、四条通りと呼ばれた大通りを避け、野原を進んだ。

 夜が開けはじめた。
 黒衣装を脱ぎ捨てた勝之進と手下二名は、町のはずれでぎりぎりまで他の仲間を待っていたのだが、その仲間が来る気配はない。
「やむを得ん。早季姫様、まもなく出立しますぞ。」
 すると、ここへ来て落ち着きを取り戻した早季姫が平然と言い放った。
「わらわはもう逃げませぬ、自害いたします、髪を切って父上に届けてください。」
 勝之進が驚いて言う。
「何を言うのです、我ら命を捨てて姫を助けに参ったのですぞ、
 落ち合う筈のこの場に来ないからは、おそらく残りの仲間は討ち死に、おふう様たちも斬られたか、今日にも処刑されるに相違ない。
 ここで早季姫様に自害されては、すべてが無駄になるのですぞ。」
「そなたたちの申すは侍の理屈。
 私はすでに勝頼様と契ってしまったのです。
 かくなる上は自害して勝頼様にお詫びするしかない。」
 早季姫が言い張るが、勝之進も引き下がらない。
「いいえ、違います。
 まだ祝言を上げてないからには早季姫様は奥平家の者です。
 お父上は姫をこの勝之進の嫁にするとお決めになったのですぞ。」
「勝手すぎます。
 私はそなたが大嫌いです。」
「それは、あまりな言われようです。
 私は早季姫様のためを思い、ここまで来たのですぞ。
 早季姫様は父上や奥平の家が姫に与えた恩をお忘れになると言うのですか?」
 それを言われると早季姫も口が重たくなる。
「恩は、恩はたしかにあります。
 でも、どうして私を人質になされたのです。
 私とてずっと奥平のみんなと暮らしていた方がよかった、勝頼様など会わない方がずっと穏やかに暮らせたのに、」
 早季姫は涙声になった。

 そこへ一人の武士の声が割り込んできた。
「立ち聞きさせてもらったぞ、やはり奥平は徳川に寝返ったらしいな。」
「貴様、何者、」
 勝之進と手下二人は抜刀して身構えた。
「武藤喜兵衛、」
 喜兵衛は名乗ってゆっくりと刀を抜いた。武藤喜兵衛は父真田幸徳譲りの智略で武田家中には広く名を知られていた。
 実際、顔を見ればまだ二十代後半の凛々しい若武者である。
「おお、噂はかねがね聞いておる。
 会ってしまったが貴殿の運の尽き、その首、井岡勝之進が土産にいただく。」
「奥平家家臣、谷嶋五郎兵衛、参る。」
 喜兵衛に向かって若い一人が抜刀し突き進んだ。
 一瞬、喜兵衛は素早く身をひねって相手の太刀筋を見切り、斜めに動きつつ逆袈裟に斬った。
「うぎぁッ」
 間断なく次の敵に向かい、上段に振りかぶる。
「奥平家家臣、伊与田利助。」
 次の手下はそう名乗ると、喜兵衛の太刀を跳ね上げようとした。
 が、喜兵衛は素早く切っ先を引いて、隙の胴を抜いた。
 喜兵衛は勝之進に構えを向ける。

「うおッ」
 あッという間に二人の手下を斬り倒された勝之進は、精一杯の威嚇に金切り声を張り上げて剣を小刻みに震わせた。
「おのれ、おりゃあ、」
 喜兵衛は小手を狙って来た勝之進の剣先を交わして胴を突きあげる。
 それをかわした勝之進が打ち込んでくるのを喜兵衛は太刀の棟でしっかり受け止め、跳ね返すと、片手で相手が引くのを追いながら水平に太刀を振るった。
「う、おのれ。」
 勝之進は利き腕の傷口を押さえながら素早く逃げ出した。

 喜兵衛は深追いせずに、刀の血を拭い、鞘に納めながら言った。
「姫を残して逃げるとはなんとも情けない奴よ。」
 早季姫はその場に跪くと懐刀を取り出した。
「どうぞ私の最期を勝頼様にお伝えください」
 喜兵衛は早季姫の懐刀を取り上げて言う。
「おなごが死に急ぐことはない。」
「何をなさいます、そのように言われたとて、今更、契った勝頼様を忘れることなぞできません。」
「しかし生き延びられるものを、わざわざ死ぬのも理不尽ではないか。」
「いえ、死んでお詫びせねば、勝頼様に申し訳が立ちませぬ。」
「やれやれ、呆れるほど一途なことだ。
 だが、おまえが死んだとて勝頼様としてもなんの慰みにもならん。
 とすれば、それは無駄な死ではないか、どうかな?」
「それでは私の気持ちが収まりません。」
「ここで他の武田家臣に見つかってはわしとて守ってやれぬ。
 ここは、農民か、尼にでもなりなされ、真田の里ならいくらでも姫をかくまうところは世話してやれるぞ、どうだ?」
 喜兵衛が命を救ってやろうというのを、早季姫はにべもなく断る。
「そのようなことはできません。
 私の人生と命は勝頼様に捧げたのです。」
 早季姫が舌を噛みき切ろうとするのを察し、喜兵衛は早季姫の口に手拭いを噛ませた。
 いくら説得しても、首を横に振るばかりの早季姫を前に、喜兵衛は呆れながらも、しばらく考え込み、不意に口を開いた。
「心底、姫が勝頼様を慕うなら、生きて勝頼様にご奉公する策がある。
 どうする?」
 早季姫は目を輝かせてうなづいた。
 喜兵衛は手拭いを外しながら言う。
「しかし、それは死ぬより辛い奉公だぞ。」
「どのような奉公ですか?」
「うむ、姫は女を捨て、武者になるのだ。
 わしが推挙するから、武者として勝頼様の親衛隊に入り勤めるのだ。
 そして決して正体を明かしてはならぬ。
 それでもよいか?」
「はい、おそばにお仕えできるだけで幸せです。」
「そのために、まず死ぬより辛い思いをせねばならぬぞ。
 わしでも尻込みする、辛い苦しみにおなごのお前が耐えられるか?」
 喜兵衛は脅すように念を押した。
 すると、早季姫は「勝頼様のためなら、辛いことなどありましょうか」と言い放った。 
 しかし、喜兵衛の策は生半可なものではなかった。
 まず絶対に容貌が見破られないように、燃える松明をあてがい早季姫の目のまわりを潰しにかかる。早季姫は木の棒をきつく噛んだまま猿轡をされていたが、あまりの痛みに絶叫した。
 爛れた顔に水をかけながら喜兵衛が言う。
「さあ、次はもっと大変だぞ、火の点いた酒をあおって声を潰すのだ。」
「はい。」
「ただし、火が肺の臓に入ると間違いなく死ぬぞ。
 肺の臓の一寸手前で火を吐き出し、喉だけを焼くのだ。
 わしもしたことがないゆえ、ここで吐けとも教えられん。
 頼りはお前の勘だけだ。
 よいな?」
「もはや生命は捨てております。
 南無八幡大菩薩、願わくば勝頼様をお守りするために吾を生かした給え。」
 早季姫は火の点いた酒を飲み込み、絶叫した。


 一方、素早く古府中を脱出した勝之進は怒りで血管がはちきれそうだった。
「おのれ、早季め、命賭けで救い出してやったものを。
 これでは決死の救出を訴えた俺の立場がまるでないではないか。
 どんな顔で家に戻れと言うのだ。
 俺をこけにするにもほどがある。
 早季め、もし自害しておらぬならば、おまえを地の果てまでも追いかけて、思い切り辱め、地獄に送ってやるまでだ。」
 勝之進の早季姫に対する愛は、またたく間に、すっかり憎しみへと変貌していたのだ。 


 真田の里に入った早季はすでに武者姿で姫の面影は少しもなかった。
 頭巾より出した目の周りは火傷で爛れ、頭巾の下はおそらくもっと醜いであろうと推察された。もちろん長い髪はばっさりと落とし髷を結っている。
 そのうえ喉も潰れて、口から出るのは声というより鏑矢がたてる風音のようだ。
 また胸には汚れたさらしをきつくまいて乳房の膨らみをつぶしてあったし、素手で樹木を叩き、棒で素手を叩かれ、白魚のような手を醜い豆だらけの拳に変えていた。
 もはや、この醜い武者が早季姫と見破る者はいまい。
 喜兵衛が言う。
「早季殿、ここで、お前は勝頼様の親衛隊にふさわしい技を身につけねばならない。
 といっても、もともと非力のお前がにわかに鍛錬したとて、速さと力が必要な剣は不向きじゃ。」 
 早季は目に不安を露わにして聞く。
「ではどうすればよいのですか?」
 喜兵衛がうなづいて言う。
「鉄砲じゃ。あれならば非力なお前でも大男を倒せる。
 つまり、勝頼様の役に立つということじゃ。」
 早季は頭巾の下で笑みをこぼした。
「わかりました。きっと鉄砲の名手になるよう精進いたします。」
「うむ。それから名前だが、早季ではまずい。
 これからは、そうだな、早季の字を姓と名に入れて早坂季之助と名乗るがよい。」
「はい、早坂季之助。
 いい名ですね、ありがとうございます。」
「うむ、せいぜい励めよ。」
 
 喜兵衛が兄の真田昌輝の屋敷を不意に訪れると、兄は驚いた。
「昌幸、いつの間に帰った?」
「兄上にはお変わりなく。」
「おお、そこが取り柄じゃ。
 しかし、一体、どうしたのじゃ?
 その者は?」
「他でもありません。
 これは顔や腕に傷を受けて外されたのを貰い受けた早坂季之助なる者です。
 こやつに鉄砲を仕込んで頂けませぬか。」
「なんだ、それだけのためにわざわざ来たのか?」
「はい、この者ならきっと勝頼様をお守りするに違いないと見込みました。」
「始めから御屋形様に推挙するつもりか。
 昌幸、さては何か企んでおるな?」
「はははっ、何も。
 ただ御屋形様をお守りする心意気は、武田家中でもこやつの右に出る者はなかろうと思います。それだけは私が証文を書きます。」
「そうか、あいわかった。」
 真田昌輝は早坂季之助を引き受けた。


 そして一年あまり、真田の里で鉄砲を仕込まれた後、勝頼に謁見して、念願叶って親衛隊となったわけである。
 その夜遅く、早季は、信玄が開いたという隠し湯に入った。
 全裸になるのは危険だから、汚れたさらしを巻き、褌をしたままだったが、それでも早季は愛する勝頼のそばにいられるようになった安堵に包まれていた。
 決して名乗ることは許されない。
 しかし、早季は勝頼のために生きているというだけで喜びが膨らむのを感じていた。
 湯船につかり三日月を見上げているうち、ふと誰かが覗いているような気がして振り向くと岩の向こうに黒い影が動いた。
「誰だ?」
 早季の風のような小さな声に、黒い影は問いには答えず、岩場をこちらに向かって近づいて来るようだ。
 早季は恐怖を感じて湯船から上がりかけた。
 そこへ漢詩を吟ずる新たな声が近づいてきた。
「お、そこにいるのは季之助か、どうだ湯は?」
 声の主は喜兵衛だ。早季はほっとして人差し指で黒い影のいたあたりを示した。
「あそこに怪しい人影が。」
 早季のかすれた声に喜兵衛は振り向いたが、影は見当たらない。
「うん、今は誰もいないようだが。」
 早季は喜兵衛と離れたくなくて言った。
「喜兵衛殿、背中を流します。」
「いや、それはちとまずかろう。」
「流させて下さい、今一人で出て行きたくないのです。」
「ふむ、そういうことなら甘えるか。」
 喜兵衛は早季に背中を流してもらい呟いた。
「こうしておると、この世に戦などないような気がしてくるのお。」
「はい、戦さえなければ、この世は楽しいでしょう。」
「まったくだの。
 お主も辛かろう。」
「……。」
 世が世なら、醜い武者の季之助は、きらびやかな装束に身を包み、勝頼の子を抱いて微笑む側室早季姫であったに違いないのだ。
 喜兵衛は話を変える。
「ところで、さっきの人影だが心当たりでもあるか?」
「なんとも言えません。
 しかし、もしかしたら勝之進ではないかという気がするのです。」
「勝之進と言うと、わしが傷を負わせた奥平の者だな?」
「はい。
 勝之進は、昔、熱心に言い寄ってきたのですが、とんでもない見下げた男なのです。」
 季之助は昔語りを始めた。
 
 梅の蕾がほころろびはじめ、作手の里にも春の足音が聞こえてきた。
 井岡勝之進は、普請役の上司にあたる奥平久右衛門の家を訪れて、話しこんでいた。
 そこへ、突然、若い女の声がした。
「父上、ただ今、帰りました。」
「うん、和尚になんぞ言われたか?」
 すると、襖が開いて、早季姫が部屋に入ってきて、勝之進に気付いて詫びた。
「すみません、ご来客とは知りませんで。」
 そういうと早季姫はすぐに襖を閉めて下がった。
 勝之進は一目惚れした。
「殿、今の姫はどなたでございます?」
「あれは娘の早季じゃ、」
「お美しゅうございますな。」
「わしの娘とは思えんか?」
「いえ、そのような、」
「かまわん、わしも妻も、猪が蝶を産んだようなものじゃと思っておるに。
 ところがこの蝶、もう年頃というのに色気より食い気で困るわ。」
 そこで勝之進は自分にも勝ち目はあると知り、それから頻繁に久右衛門邸を訪れるようになった。

 そしてある晩、父が早季に言った。
「早季、勝之進がな、お前を嫁に欲しいと申してきおった。
 勝之進は見処のある男だ、わしは悪くない話だと思うが、どうだ?」
 早季姫の方は寝耳に水の話で、返答に困った。
「私は嫁入りなどまだ考えておりません。勝之進様のことも好きとも嫌いとも思っていませんでした。
 時をかけて考えさせていただくことはできませんか?」
「こういうことは勢いで決めるものじゃ、まったくおまえは悠長で困る。」
 時をかけてと言われた勝之進はいよいよ熱心に邸に通うようになり、早季も次第に勝之進の良さを認め始めた。
 桜が咲き揃うと、早季は親と連れだって花見に出かけ、勝之進も同席した。
 親たちは頃合いを見て早季と勝之進を二人きりにした。
「今日はずいぶん目の保養になりました。美しい桜に、美しい早季殿。」
「まあ、お上手なこと。」
 早季は笑った。
 こんなに熱心だし、父母も認めている相手だ。早季の心は傾きかけていた。
「早季殿、だいぶ時をかけて考えていただいたと思うが、そろそろ良い返事をいただけませんか?」
 早季は桜の花を見上げて、良い答えを返そうと口を開きかけた。
 その時、偶然、一枚の花びらが舞い降りて早季の唇に貼り付いた。
 早季は花びらを指に取って眺めた。花びらが早季の答えを塞いだように感じて少し嫌な気分がしたのだ。
 と、勝之進の方も「まだですか、ではもう少し待ちましょう」と話を切り上げた。

 それから五日ほどして、勝之進の家の下女が早季に会いに来た。
 早季は勝之進が恋文でもよこしたのかとときめいたのだが、様子が変だった。
「私が早季ですが、何か。」
「姫様にこんなこと申し上げるのは筋違いだとわかっとります。
 だども、私の仲間のおきよのことだに。私ら身分が身分だから泣き寝入りするしかないんけど、けんど、あんまりおきよが可哀想だに。」
「はあ、」
「おきよは勝之進様に口説かれて、いい仲でした。」
 早季は胸騒ぎを覚えた。
「去年の春からす、それで勝之進様の子を身ごもったんだに。
 けんど、勝之進様に、子供はまたいくらでも作れる、来年早々にはおきよの親にも話して祝言を上げるからと言いくるめられて堕ろしただに。」
 早季はぶるぶると震え出した。
「しかし、年が明けても、勝之進様は何も言ってこないばかりか、何かにつけて、おきよを避けるようにしなさるだに。
 いえ、姫様が悪いなんて言うつもりはこれっぽっちもねえですだ。
 たんだ、おきよは勝之進様に捨てられたんす。
 ついこの前、桜が散る中、おきよは首をくくって死にましただ。」
 その気なら武家は側室を何人も持てる時代なのである。にもかかわらず、想いを通じた女に嘘を吐き、腹の子を堕ろさせ、逃げまわる卑怯は許されるものではない。

「その話を聞いて、私の初恋もその桜とともに散ったのです。」
 早季が話し終えると喜兵衛はうなづいた。
「勝之進とやら、それだけの男だったか。」
 

 天正二年五月、武田軍は徳川領に攻め入り、高天神城の攻略にとりかかった。
 その本陣の帷幕の中で、早季は弾込めした鉄砲を上に向けて右手で支え、火を灯した火縄を左手に捧げた姿勢で控えていた。
「家康は武田が怖ろしくて動けないようだ。」
 床几に腰掛けた勝頼は脇に控えていた土屋惣蔵昌恒に話しかけた。
「御意、このまま指をくわえて城を見殺しにしては国中の土豪どもの心も家康から離れるでしょう。
 我らが駿河、三河を切り取るのも時間の問題かと思いまする。」
「うむ、ここを落としたら、次は寝返った奥平の長篠城を攻め落とすぞ。
 つまらぬ謀反を起こした奥平を、わしは絶対に許さん。」
「お館様との縁談を前に裏切るなど、まことに愚の骨頂でございますからな、」
 その言葉に勝頼はいよいよ強く歯ぎしりした。
 広場を挟んで見つめていた早季は、勝頼が自分のことを思い出して怒りをつのらせているのをひしひしと感じた。
 殿は私との仲を残酷に裂かれたことで今も怒りをたぎらせている……。
 できることなら、今ここで自分が無事であると明かしたい。
 しかし、早季が名乗り出たら勝頼は早季の処刑を命じる他ない。仮に早季自身が処刑の苦しみを耐えられても、処刑を命じる勝頼の苦しみは延々と終わらないだろう。
 早季はうつむいて頭巾の中で唇を噛んだ。

 高天神城はひと月で落城した。             

 (下編に続く)


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   姫の本懐


 天正二年五月、武田家奥近習の武藤喜兵衛は、一人の武者を伴い本拠、躑躅ヶ崎館を訪れた。武藤喜兵衛という名は、智謀の武将として有名な真田昌幸が、信玄の命令により武藤家を継いだ時に貰った名である。
 もっとも、この時、武田信玄は一年前の春に病没しており、武田家は家督を相続した諏訪四郎勝頼のもと体制の立て直しを計っていた。

 喜兵衛は武田家の棟梁である武田四郎勝頼に謁見した。
「喜兵衛、いかがした?」
 勝頼は笑みを浮かべて聞いた。信玄存命中に、知略迷うたる時は武藤喜兵衛の意見を聞くがよいと申し渡されていたから、勝頼は喜兵衛を信頼していた。
 喜兵衛は後方に控えている武者を振り返り口上する。
「これなる早坂季之助なる者、いささか鉄砲の腕が立ちます。願わくば勝頼様護衛の役に加えていただきたく参上いたしました。」
「そうか。早坂季之助とやら、面を上げよ、」
 季之助は久しぶりに勝頼の凛々しい顔を見て、滲み出る涙をこらえた。
 小柄な季之助は灰色の頭巾で忍者のように顔を覆っていたが、目のまわりが火傷で爛れているのが見てとれた。
「うむ、その傷は、いかがした?」
 勝頼の問いに季之助はすぐ声が出ず、代わりに喜兵衛が答える。
「先の箕輪攻めの際に受けたもの、いささか声も聞き苦しいことをお許しください。」
「なんの、名誉の負傷の聞き苦しいことがあろうか。
 喜兵衛の推挙とあらば、わしも心強いわ。
 季之助とやら、せいぜい奉公してくれ。」
 勝頼の目に優しい光が宿ったのを見て、季之助は喜びに震えた。
「もったいな、お言葉、い、命に賭けて、と、殿を、」
 気持ちの高ぶった季之助の舌がもつれると、喜兵衛が助け舟を出した。
「はは、こやつ、無類の感激屋でございまして、前々よりお屋形様の近習になりたがっておりました、必ずや殿をお守りすることと思います。」
「うむ、頼んだぞ、季之助、」
 季之助は「はは」と言って平伏してさがったが、その目から涙がしたたり落ちていた。 それには深い訳があった。


 話は一年ほど前にさかのぼる。
 信玄は「人は城 人は石垣 人は堀」を標榜し、みずからの本拠である躑躅ヶ崎館を堅固な城には構えなかった。その方針を勝頼も踏襲した。
 その館は、敷地の中は用途により、いくつかの曲輪(くるわ)に仕切られており、その敷地の一番奥に人質曲輪があった。
 文字通り人質のための敷地であり、その館には、忠誠の証として諸将、土豪から差し出された人質達をまとめて住まわせてある。
 作手に勢力をなした奥平家からも人質四人が従者とともに入っていた。
 奥平貞能の側室おふう、二男仙千代、奥平勝次の五男虎之助、奥平久右衛門の娘お早季である。嫁入り前の早季姫は色は淡雪のように白く、腰に届く髪は漆黒の美しさ、瞳はつぶらで大きく、口は小さく、なかなかの美姫である。
 早季姫とおふうの方はさまざまなことを語り合い、軟禁生活の寂しさをまぎらわしていた。
「今朝、作手のお城から文が届きましたの、」
 おふうが言うと、早季姫がうなづく。
「それはようございました、おふう様は心待ちにされてましたものね。」
「早季様にも聞かせてあげます。
 おふうには息災であるよう聞いて安心いたした。何かと心寂しいこともあろうが、お早季と手を取って耐えてほしい。夏にはそちらに行けるであろうから、おふうも逢うのを楽しみにしておられよ。」
「まあまあ、おのろけの文を、ご馳走様です。」
「まだ、続きがあるのです、よろしいですか、お聞きなさい。
 かつて時期早々と断られた勝之進が久右衛門殿へ早季を嫁にとまた申し入れたようだ、久右衛門殿も今度は前向きに考えておるらしい、お早季に申しておくがよい。
 ほうら、早季様もそろそろですよ。」
 おふうがからかうと、早季は急に目に怒りの色を浮かべた。
「嘘です、私は勝之進など、絶対いやだと父上に申し上げてあるのです。」
「そう。では早季様はどんな殿御が好きなの?」
「そんなことまだ考えたこともありません……、」
「では会ってみたい殿御は誰?」
「若殿の武田勝頼様はどんな方でしょう、」
「たぶん蛸のような顔ですよ。
 私は信玄様の顔を一度だけ見たことがありますが、恐ろしい大蛸のようでした。」
「まあ、大蛸ですか。
 では若殿は蛸なのですね、私は蛸は苦手です。」
「早季は蛸が嫌いですか、それでは仕方ありませんね。」
 おふうはしばらく思案して言った。
「では決めました。
 早季様は徳川の狸殿の嫁にやるとしましょう。」
 おふうが悪戯っぽく言うと、早季は手を振って、
「そ、それだけは堪忍してくださいませ。」
 十七歳の二人は屈託なく笑い合った。

 ある晴れた日の午後、早季姫は人質曲輪の裏庭、味噌曲輪につらなる草むらを歩いていて、びっくりした。
 草むらの中に殿方が仰向けに倒れているのだ。
 早季姫は急いで駆け寄る。
「どうなさいました?」
 おそるおそる声をかけたが、返事がない。
「大丈夫でございますか?」
 早季姫は慌てて殿御の肩を揺すって声をかけた。
「大丈夫ですか、どこか苦しいのですか?」
 すると殿御は目をこすりながら、
「うるさいな、なんじゃ、」
 と、体を起こした。
 ひとが心配して声をかけたのに「うるさい」とはとんだ挨拶だ。
 早季姫は怒りを込めて、精一杯の小言を返した。
「このようなところで昼寝など、私はてっきり死人かと思い肝を冷やしました。」
「うむ、許せ、棟梁など継いだばかりに昼寝する場所までなくしたのじゃ。」
「と、棟梁と言われますと、まさか、」
 早季姫は男の風貌をじっと見つめた。
 蛸とは似ても似つかぬ美男子で、目から鼻に抜ける凛々しい武者ぶりは相当の家柄と見えた。
「武田の若殿、御屋形様?」
 思わず呟いて早季姫は羞恥に染まって襟を手で重ね押さえて土下座した。
「とんだ御無礼をいたしました、」
「かまわん、起きたとたんに叱られ、母に逢うたような心地がしたわ、」
 そう言って勝頼は笑った。
 母湖衣姫は勝頼の幼い頃に亡くなっていたから、勝頼には精悍な表情とは裏腹に母への強い思慕がいつもあったのだ。
 もっともそんな心根をうっかり口に出した勝頼は慌てて言った。
「いや、姫はそれよりずっと若く美しいな、気を悪くするな、」
「も、もったいないお言葉で、」
 早季姫は平伏したまま言った。
「姫は、名はなんと言う?」
「奥平久右衛門の娘、早季と申します。」
「ほおう、奥平の娘か、もう一度顔を上げて見せてくれ。
 さっきは寝ぼけてよう見えなんだわ。」
「御屋形様にお目にかけられる顔ではありません、」
 早季姫が言うと、勝頼はなんとしても顔を見てやろうと言いつけた。
「よし、では目覚めに茶を一杯持って来てくれぬか。」
「か、かしこまりました。」
 早季姫は急いで人質の館に戻ると、おふうやお付きのものに茶をいれてくれるように頼んだ。
「どうしたのです、そんなに慌てて?」
「味噌曲輪の近くで武田の御屋形様に所望されたのです。」
「武田の御屋形様ですって」
 部屋中に緊張が走った。
「まずいお茶をいれて、お手討ちにでもされたらかなわないわ。」
「そんな、おふう様。
 おまき、そちまで逃げるのですか……、」
 皆に口々に断られ、仕方なく早季姫は自分でお茶を点てて戻った。

 早季姫はうつむいたまま茶碗を運び、勝頼の前に差し出す。
「私が点てましたので、お口に合いますかどうか。」
「ほう、姫自ら点てたのか、馳走になる。」 
 勝頼は茶碗をまわすと一気に飲み干した。
「うまい、毒味役抜きの茶は格別じゃ、」
 そう言われて早季姫はようやく自分のうかつさに気づいて震えた。
 こともあろうか、人質の自分が武田の棟梁に毒味抜きで茶を献じたのだ。
 早季姫は慌てて勝頼の手から茶碗を取り上げて、真剣な口調で言った。
「大事なことに気がつかず申し訳ございません。
 もしもの時は、私ごときではなんの足しにもなりませぬが、御屋形様のお供をいたします。」
 早季姫は底に残っていた茶の粉を指ですくい口にふくんだ。
「ふっ、なんとも面白いことをする姫じゃ、」
「何とぞお許しを。」
「それに麗しい顔もしっかり見届けさせてもろうたわ」
 早季姫の美しい顔立ちと、けなげな心に、勝頼はたちまち惚れてしまった。
 その時の勝頼には正室がなかった。
 以前、迎えた正室は遠山夫人は信勝を産んでまもなく亡くなっていた。
 しかも政略結婚により迎えた織田信長の養女であったので、勝頼の気持ちに淡白なところがあったのだ。
 しかし、早季姫は違う。
 正真正銘、勝頼自ら気に入った相手なのだ。

 これより勝頼は足繁く人質の館に通うようになった。
「早季殿、そなたの茶を飲みたくなった。点ててくれ。」
 そう言って勝頼が奥平の部屋を訪れると、他の者は気を利かせて外へ出た。
 最初は戸惑っていた早季姫だったが、今では勝頼の来訪が嬉しくてたまらない。
「私の茶がよいなどと言う方は若殿様がはじめてです。
 おふう様や奥平の皆には一度も誉められたことがございませんのに。」
「ふむ、それは、かの者たちが、わしのように早季殿に惚れてないからだろうて。」
「あ、それは…」
 私の茶がまずいということですねと笑って言い返そうとしたところを、早季姫は勝頼にきつく抱きしめられた。
「御屋形様、」
「早季殿、わしは本気でそなたに惚れたのだ。わしの妻になってくれ。」
「私は人質の身です。」
 早季姫は勝頼に唇を奪われた。
「構わぬ、わしの母上も人質に来て、父上に見初められたのだ。
 これが武田流らしい。
 早季殿はわしをどう思う?」
 早季姫は顔を真っ赤に染めて答えた。
「私も、私も勝頼様をお慕い申しております。」
「よし、では早々に祝言をあげよう。
 よいな?」
「はい、嬉しゅうございます。」
「早季は美しいのう、わしはもう我慢できぬ。」
「あ、それは堪忍、」
 勝頼は大胆にも早季姫の着物の中に手を入れて、二人は燃える想いを結び合ってしまった。
 
 翌日、勝頼は補佐役である跡部勝資を呼び出した。
「御屋形様、何用にございましょう?」
「いや、たいしたことではない。
 奥平が人質に差し出しておる姫に早季という者がある。」
「は、それが何か?」
「勝資、鈍いのう、わしが用もなく、わざわざ姫の名など挙げるわけなかろう。」
 跡部はハッとして問い返した。
「さては、お気に召しましたか?」
「うむ、あれを正室にしたいと思う。
 さよう取り計らえ。」
 跡部は武田の惣領ともあろう者が人質に惚れるとは軽率なことだと思ったが、勝頼自身、信玄が人質湖衣姫に生ませた子であるのだから、それを非難して思い止まらせることはできるはずもない。
 しかし、正室というのは難点がある。戦国大名にとって正室は戦略の駒であり、個人の意思よりも家の戦略を優先すべきなのである。
「畏れながら、正室はちと考えものでございますな。
 わが武田家は信玄公亡き後、四方から狙われております。正室は今後、有利な同盟関係を結ばんとする時のためにとっておくのが肝要かと考えます。
 武田家の惣領として、そこは堪えていただきたく思います。」
 跡部の言葉は勝頼の想定のうちだった。
「ふむ、やはりそうか。
 しかし、側室ならよいだろう?」
 跡部は平伏して述べた。
「はは、側室ならばようございます。
 まことによき姫を選ばれました。
 このところ、奥平には徳川の調略の手が伸びておるとの噂があります。
 そこを突いて強引に承知させ、奥平の服従を堅めましょう。」
「うむ、それはよい考えじゃな。
 なるべく早ういたせ。」

 武田家は早速、長坂長閑斎を奥平家に使者として送り、早季姫を勝頼の側室に召し上げる旨を伝えた。
 しかし、奥平家には、つい先日、徳川家からも、家康の娘の輿入れと領地の拡大を約束する宛行状が届けられていた。
 そこで、奥平家では密かに一族の主だった者から意見を集め、武田と徳川を天秤にかけた。

 元亀四年七月、徳川家康は悠々と長篠城へ向け軍を進めてきた。
 この動きに対して、長篠城と並ぶ最前線の作手城の城主であった奥平はなんの手も打たずに家康の軍勢を見送ってしまう。
 これで、奥平家が徳川の調略に傾きつつある疑いが強まった。
 八月、武田勝頼は、すでに作手城に軍監として派遣していた初鹿野伝右衛門を、城の本丸に移らせ、さらに厳重な監視体制を取った。

 その夜、武田の本拠、躑躅ヶ崎館は、雲の切れ目から覗く三日月におぼろげに照らし出されていた。
 黒い忍び装束に身を固めた井岡勝之進は八名の手下に囁いた。
「皆の者、これより城内に忍び込む。」
 奥平家の方針が徳川につくと決まると、勝之進は人質救出のため躑躅ヶ崎館に侵入することを直訴し、一族が作手城を脱出するのと同時に人質を救出するよう命令されたのである。
 躑躅ガ崎館は、あえて本格的な築城を施さず、高い城壁の代わりに土を盛った簡単な土塁で囲まれている。
 そのため、侵入は容易だった。

 早季姫、今、救い出してやるぞ。
 勝之進は愛しい姫を思い浮かべ土塁をよじ登った。
その時、早馬が大手門にたどり着き、声を張り上げるのが聞こえた。奥平家の謀反の知らせが届いたのかもしれない。
 勝之進は「皆の者、急げ」と囁いた。

 深夜の館に慌ただしい足音が行きかい、まもなく跡部勝資が勝頼の寝所に駆け込んだ。
「おやすみのところを失礼つかまつる、御屋形様、一大事にございます。」
 勝頼は太刀を掴みながら起き上がった。
「入れ!」
 険しい顔の跡部勝資が戸を開けて、勝頼のそばに近寄った。
「何事じゃ?」
 勝頼には一大事がいかなるものか想像もつきかねた。
「奥平家、謀反にございます。」
「な、なんだと、奥平が。」
 勝頼は目の前が真っ暗になった。
 奥平の謀反により、勝頼と早季姫の婚儀は雲散霧消になる。
 いや、それどころか勝頼は奥平の人質全員の処刑を命じなければならない。
 そもそも謀反に際して処刑するというのが人質を取った目的なのだから、婚約者の早季姫とて例外にはできない。
 初めて心の底から愛し契った早季姫を、裸に剥いて磔にし、見物人の興味本位の卑劣な視線に晒すのだ。
 そのうえ槍で突いて殺さなければならない。
 それは、まさにこの世の地獄だった。
「ま、まことなのか?」
「作手城軍監、初鹿野伝右衛門殿よりの早馬にございます。
 奥平は一族揃い作手城を捨てて徳川方に走ったよし。」
「なんと……、」
「残念でございますが、至急、奥平の人質を牢に入れねばなりません。」
 跡部の声が非情に響いたが、勝頼は首を振った。
「それは待て。」
 跡部が声を荒げる。
「御屋形様、お気持ちはお察しいたしますが、早季姫様のことも諦めていただかぬば、家臣に示しがつきませぬぞ。」
 跡部の言うのは正論であって、選択肢は他にないのだ。
 勝頼はうなづくしかなかった。
「うむ、助けよと言うのではないのだ。
 せめて今晩は牢に入れず、そのままゆっくり休ませよというのだ。
 無論、警護は固くしてだ。」
 それが武田家の当主としての勝頼が、裏切り者の娘となった早季姫にしてやれることの全てだった。 

 (中編に続く)


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   4 第四木曜日

 その夜は残業のため、電車を乗り継いで部屋の最寄り駅に着いた時は十時をまわっていた。コンビニで週刊誌を立ち読みしていると、伸吾からメールが入った。
(お疲れす。これから、ジュンち、寄ってもいい?)
(おお、歓迎だよ!但し、ビール持参のこと。)
(了解しますた)
 携帯をしまって、ビールのつまみを選んで、レジに持ってくと、後ろから缶ビールを半ダース持った伸吾が肩を叩いた。
「二人とも店内でしたね。」
「糸電話圏かよ。」
 顔を見合わせて笑った。

 肩を並べて歩きながら、伸吾は奈緒美からプロポーズのことは聞いてないのだろうかと想像を巡らせた。もっとも、伸吾も奈緒美も揃って、三年以上、準一に深い関係を感じさせなかったのだから、想像してもわからないのが本当のところだ。
 準一は質問をぶつけてみる。
「なんでさ、この前、急に奈緒美とのことを告白してくれたわけ?」
「うーん、俺もずっと前から言った方がいいとは思ってたんすよ。奈緒美もこそこそするのが嫌なら、男同士で言うべきよ、私は、受け身なんだからねって言うし。」
「そう言われたらそうか。でも、俺、全然気付かなかったなあ。」
「すんません。」
「別にあやまらなくてもいいけどさ。」
 準一はそう言いながら、今は自分がプロポーズのことを隠してる後ろめたさを感じた。 しかし、まだ返事をもらってないプロポーズのことを伸吾に話すのもおかしな話だ。
「で、質問の答えに戻ると、ほら、ラジオで老人の話を聞いたからですよ。漱石のこころみたいな話。あれで話そうてモティベーションが高まったんですよ。」
「うん。」
 そう考えると、あの鈴木老人のおかげで、伸吾は俺に奈緒美との深い関係を告白し、俺は奈緒美を独占したくなってプロポーズしたわけだ。これは鈴木老人に感謝することになるかもしれないな。
 準一は自然と微笑が浮かぶのを感じた。

 部屋の中で缶ビールを飲みながら、とりとめのない雑談を交わすうちに、ラヂオの時間を思い出したのは、なんと伸吾の方だ。
「あ、あの爺さんの話の時間じゃないのか?」
「おお、そうだ、出だしが三分くらい欠けたかな。」
 準一はそう言いながら、ラヂオの電源プラグを入れた。

『その朝は早くに空襲警報がありましたが、空振りのようで、みんなほっとして普段通りに朝食を済ませました。
 芙美子の父は出勤し、芙美子は母と台所で後片付けをしておりました。
 もうみっつになる娘は芙美子に近づいて言います。
「おかあさん、真実子、朝顔にお水あげるう。」
「そう、頼んだわ、偉いわね。」
 芙美子は娘を誉めて、じょうろに水を、幼な子ですから、いくぶん少なめに汲んで渡してやります。
 母が微笑で言葉を送ります。
「こぼさないように気をつけてね。」
「はあい。」
 娘はじょうろを大事そうに両手で抱えて、縁側から庭に降りました。
 地面から家の庇に渡した針金に沿ってすくすくと蔓を伸ばした朝顔の根元に水を注いでやります。蔓は五本ぐらいでしょうか、紫の花はすでに熱暑にそなえてしぼんだものもあり、ピンクの花は今がさかりといっぱいに開いていたりとさまざまです。
 娘は花を数えはじめましたが、そこへ丸をふたつよっつ並べた白い花がひらひら、ひらひら、どうやらそう見えたのはモンシロ蝶で。
「おかあさん、来て、来て、蝶ちょだよ。」
 なあに、蝶自体は珍しくもありませんが、娘がはしゃぐ様子が愛らしくて、芙美子はにっこり、足早に縁側から降りようとします。
 その時、私は冷たいいやな風が吹き抜けたのを感じて「中にお入り」と声をかけます。
 しかし、芙美子と娘はモンシロ蝶に気をとられています。
 私はもう一度大きな声で「いい子だから、中にお入り!」
 娘は私の方を振り返りました。
「おかあさん、お父さんが呼んでるよ。」
 娘の言葉に芙美子がアッと口を開いて何か言いかけました。
 その瞬間、パアァッと太陽が何個も現れたような強烈な光。
 芙美子はびっくりしながらも、咄嗟に娘をかばおうと覆うようにします。
 ほんの数歩あるこうとして、今度は凄まじい突風が隣の屋根を、塀を、そして芙美子と真実子を吹き飛ばしました。
 一瞬のうちに、家中のガラスが割れ、タンスが倒れ、壁が抜け、まるで一瞬のうちに竜巻が来たようでした。
 台所の母はなんとか無事でしたが、妻は顔から胸と手足にかけて、娘は頭から背中、手足にそれはひどい火傷で……。』

 その時、部屋のチャイムが鳴らされた。
 準一がドアを開けると、奈緒美がさっさと入ってしまった。
「伸吾が来てるんだ。」
 準一は困った顔をしたが、奈緒美は気にならないようだった。
「あ、そうなの。お邪魔しまあーす。」
 奈緒美は部屋の中に入ると、伸吾に挨拶した。
「ここで会うのはすごい久しぶりね」
「うん、ちょっとジュンと飲んでたんだ。」
 奈緒美はすぐラヂオの放送に気付いて「ああ、この前の続きね」と言った。

『結局、娘の真実子は十日後に、芙美子は二ヶ月後に亡くなりました。』
『それは、なんとも痛ましいことですね。ご愁傷様でした。』
 伸吾が奈緒美に「奥さんと娘さんが原爆で亡くなったんだよ。」と補足してやる。
「そう。可哀相だね。」と奈緒美。

『酷すぎますっ。
 何の罪もない、妻と子供が、あんな姿にされ、痛みの限りを味わされて、救う術もなく、命を奪われるなどあってはならんことです。
 早期終結の手段などという理由で正当化されてはならない、これは人間性に対する、生命の尊厳に対する重大な罪SINであります。』
 鈴木老人が今までにない激しい口調で怒りをあらわにした。
『原爆投下の罪はSINでありますから、刑罰によって裁いても足りません。
 原爆に加担した全ての人間が魂の眼でその罪の重さをはっきりと認めて悔い改めねば、被害者の無念が晴れることはないのです。』
『まったく仰る通りです。
 鈴木さん、今日が最終回なのですが、ご自分の人生を振り返って、何が一番心に残っていますか?。』
『それはたった今、申しました、芙美子と娘を原爆で惨い殺され方をしたこと、それを守ってやれなかったことです。』
『やはりそうですか。想像を絶する出来事でしたね。
 しかし、逆に、嬉しかったことはありますか?どうでしょう?』
『娘が生まれた時も嬉しかったのですが、忘れてならないのは水谷に危ういところを救われた時です。
 あの時は、敵がまさに私の機を落としにかかり、最期を確信しておりました。それを水谷が颯爽と救ってくれた。
 いや、眩しかったです、水谷が神仏に見えましたね。』
『喜怒哀楽の怒りと喜びが片付きました。さて哀は何でしょう?』
『それは水谷の細君であった芙美子に軍人の覚悟を笠にきて卑劣な形で関係を強要したことです。
 芙美子は私を赦し、結果的に娘も生まれ、芙美子と家庭の幸せを手に入れることができましたが、それはたまたまの結果です。
 原爆とは違いますが、あれは私の重大な罪SINであります。』
『なるほど。それで最後に楽しみが残りました。これはなんでしょう?』
『振り返るといろんなことを学びました。
 水谷には万事を楽観する心と命を顧みず友を救う偉大な心を教えられました。
 芙美子には私への赦しを通して、生命に対する無私の愛の深さを知り、次の生命を守り育てる女性の偉大さを教わりました。また親からも同じように、愛の深さを教わりました。
 そのおかげで、一見、実りのないように見えた私の人生も、掛け替えのない価値ある人生だったと言い切れます。
 すべてがおおいなる生命の学びのためであったとわかった今、すべての思い出をしっかりと噛みしめることができるのです。これが人生というものの最大の楽しみではないでしょうか?』
『なるほど。素晴らしい言葉をいただきました。』
『ちょっとよろしいですか?』
『はい。』
『先週、聞き逃した方がいるので、肝心のところを繰り返させて下さい。』
『どうぞ。』
『昭和十九年、六月十九日の朝、自分は空母瑞鳳から二百キロ爆弾を積んだ戦闘爆撃機に乗り込んで出撃しました。

 やがて目標に近づくと、敵のヘルキャットの編隊が舞い上がってきました。
 隊長機から「敵機を振り切り、目標を攻撃せよ」と突撃命令が出ます。
 敵の機銃は、線香花火のように煌めき、それを見た自分は、縁日の境内を歩いていた記憶を蘇らせました。
 メンコ、ビー玉、ハッカ飴、綿飴、飴細工、お面、輪投げ、金魚掬い、いやあ、これから戦闘だというのにおかしな映像ばかり浮かんでくるのです。
 そんなことでは操縦はいい加減なのだろうといわれると、これが信じられないくらい巧みで、右に、左に、横すべり、急降下、反転上昇と、敵機の包囲をみるみるくぐり抜けて、敵空母を視界に捉えました。
 前方にいた僚機が無線で告げます。
「敵空母レキシントン級、補足す、安田少尉、突撃する!」
 自分も遅れてはならじとばかり、
「目標レキシントン級空母、鈴木少尉、突撃する!」
 そう無線で叫んだ時にはもう体当たりも覚悟です。
 操縦桿をガッと握って、俯角四十度、スロットルは全開のまま、機体が空気の抵抗で激しく振動して、風切り音がギーンギーンと響きます。
 敵空母と駆逐艦の機関砲と機銃から、物量にものをいわせた銃弾の帯が舞い上がってきます。 
 高度四百切ったところで、前方をゆく安田少尉機のさらに手前で、敵の弾が炸裂し、安田少尉機があっという間に火を吹くのが見えました。
「こいつら、新型信管だ!」
 自分は部隊に通報するつもりで叫び、落ちてゆく安田少尉に目礼を送りました。
 しかし、ここまできたら、運を天に任せて降下を続けるのみです。
 敵の銃弾がバッバッと至近距離で炸裂し、機体に傷がつくのがわかります。
 高度二百でついに主翼の前で炸裂した弾に、燃料タンクが引火してしまいました。あっという間に紅蓮の炎が操縦席のまわりを包み、足元から火がまわります。
 火傷のため痛いはずなのですが、痛いというより熱い感覚がじくじくと上がってきます。
 どうせ墜落するなら、敵空母の甲板に体当たりしたかったのですが、機首が下がってしまい、同時に、操縦桿も効かなくなってきます。
 自分は敵空母の甲板を横目で睨み、どんどん近づく海面を見つめました。
 火傷はどんどん広がり、自分は口の中で「熱う、熱う、熱う」と繰り返しています。』
 話を聞いてるうちに準一は、本当に火傷を負って熱いような気がしてきた。
『しかし、頭の内側には、妻芙美子や娘真実子、父、母、義父母、兄、妹、水谷との思い出の場面が次々と浮かびます。よく死の直前に記憶が走馬灯のように駆け巡ると聞いてましたが、まさにその通りでした。
 ふと計器の表示が目に入り高度1メートル、目を瞑った瞬間、意識は肉体からサッと離れました。すると、海面に自分の飛行機の破片と飛行服が散っているのが見えました。
 しかし、これで終わったんだから、仕方ないと思い、苦しさや未練はあまり感じませんでした。それから目をまたたく瞬間に自分は広島の家に戻っていました。
 芙美子は母と縫い物をして、まだ小さい真実子は小さな黒板にいたずら書きのようなことをしております。
 自分は「芙美子、真実子、お母さん」と声をかけてみましたが、妻も母も気付きません。ただ真実子は私の気配を感じたらしく、ふと天井のあたりを見上げました。
 なんとか自分の肉体の死んだことを知らせようと、自分は念を込めて、仏壇の位牌を倒すことに成功しました。
 すると真実子が「父さん、帰ってきた」と無邪気に言い、芙美子は青ざめた顔で胸を押さえました。』
 準一は伸吾と奈緒美と顔を見合わせてゾッとする。
「これ、ドラマだったんだね」
 奈緒美がそうあってほしいと言うが、準一も伸吾も、鈴木老人の次の言葉を待った。
『三週間後には戦死公報が届きました。自分はできるだけ家にとどまって何かあれば、家族を守ってやろうとしたのですが、原爆から妻子を守ることはできなかったのです。』
『鈴木さん、ありがとうございました。
 これで聴いている方も経緯がかなりおわかりになったと思います。
 大野準一さんにあてた「わが人生」鈴木久仁彦さん編もまとめの時がきました。』
「なんで俺の名前を知ってるんだ!」
 準一は思わず叫ぶと、ラヂオのアナウンサーが冷静な声で言う。
『この放送は、霊界通信機により、放送を必要とする方にお送りしているのです。』 

「れ、霊界」「霊界通信機?」「うそ!」
 準一、伸吾、奈緒美は声をあげた。

『はい、かの発明王エジソンが霊界通信機に熱心に取り組んでいたのはご存知ですね。そして、この一見ラジオに見える装置こそは、その遺志を継いで完成された霊界との交信機なのです。』
「あり得ない」と伸吾。
『嘘かまことかは、この霊界通信機の裏パネルを開けてみれば簡単にわかることです。外見こそ、悪意の攻撃から守るため、ラヂオに見せかけていますが、この内部に通常のラヂオの回路はありません。』

 準一は疑いながらも、ラヂオを横方向にまわして裏面を手前にした。
 裏パネルのねじを急いでドライバーで外し、おそるおそるパネルを外すと、そこには高さ8センチほどの正立方体の金属枠と、その内側に爪で固定された水晶球があった。
 水晶球の中には小さくかすかな紫の光が渦をまいているのが見える。
 そして金属枠から伸びた糸は、スピーカーとみられていた裏側は丸い和紙につながっていた。しかも電源コードは内側に入ったとたん途切れて、電源の意味をなしてなかった。

『いかがでしょう、霊界通信機だということわかっていただけたでしょうか。
 もっとも、最近のプリント基盤技術ならそのスピーカーの和紙の厚さでラジオは作れると疑うこともできますが、聴いてこられた方は納得できるはずです。
 大事なことは、我々は、魂こそが生命の実質であり、永遠であることです。
 そして我々の肉体による人生は、おおいなる秩序のために、個々の魂がささやかであれ進歩を遂げるためにあるのです。そうですよね、鈴木さん?』
『はい、ただ今の時代は、前世を戦争という形で唐突に断ち切られて転生された方が多いため、明るい未来を思い描くのが非常に不得手な方が多いのです。
 しかし、恐れることはありません。お聴きの皆さんは自分の明るい未来を信じて生きて下さい。』
『それでは四週間の間、ご静聴ありがとうございました。
 この通信機は買われた店の棚にまたそっと戻しておいてください。不審に思われることなく、放送を必要とする新たな方が買われるでしょう。』
「ちょっと、待って、なんで僕にこの放送を聞かせたんです?」
 準一は思わず聞いていた。
『それは無意識では既にご存知だと思いますが、明確化するために鈴木さんの口からお答えしていただきましょうか。』
『はい、わかりました。
 大野準一さん、あなたは私の生まれ変わりです。』
「そんな!」
 準一は言い返してみたものの、本当に否定することはできないと感じた。
『そして、奈緒美さん、あなたは芙美子さんの生まれ変わりです。』
「えっ!」
『そして伸吾さん、あなたは水谷さんの生まれ変わりです。』
「まさか!」
 鈴木老人が経験した三角関係が、そのまま現代に転生してきたというのだ。
 普通ならとうてい信じられないことだが、霊界通信機の放送には真実の説得力が備わってるのか、三人は誰も反論できなかった。

『あなたたちは自分の前世を知ったわけですが、だからといって、理性でそれに限定されたり、逆に前世の貸し借りを考える必要はありません。自分の魂の願うまま、誰にも左右されず決断して生きればいいのです。
 私にはわかります。
 あなたがたは、これから個々がどんな選択をしようと、私の時代でもそうあったように、いつまでもいつまでも仲の良い三人のままです。それこそが本当の愛だからです。
 それではさようなら。』
 ラヂオ、いや、霊界通信機は、そこでピタリと放送を止めた。
 三人は言葉も出せずに、顔を見合わせた。



 信じてもらえないかもしれないけど、俺は、偶然、手に入れたラヂオで自分の前世を知ったんだ。
 空を飛んでいた、パイロットだよ。
 すごいだろ。
 道理で鳥のように空を飛びたいわけだよ。
 
 さっき、奈緒美から『やっぱり今回は伸吾と一緒に歩いてみたい』って返事が来た。
 
 それで俺は高速道路に繰り出してみたんだ。
 だけど、俺は振られた悔しさなんて全然感じていない。
 むしろ幸福感に包まれている。
 奈緒美も、伸吾も、前世ひっくるめていい奴なんだから、仕方ないよな。

 不意に見知らぬライダーが並びかけてきた。
 黒い革のつなぎの胸が膨らんでるそいつは、俺の顔をちょっと覗きこんで不敵な笑み。
 赤い唇の残像残して、スピード上げて飛んでいきやがる。
 俺も笑いながらスロットル全開、後を追いかけた。        《 完 》

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    3 第三木曜日

 バイクはイグニッションを切っても、しばらくエンジンの冷却ファンのまわる小さな音がシュンシュンシュンと虫の音のように響いている。
 奈緒美はタンデムシートからぴょこんと跳び下りて、ヘルメットを脱いだ。
 グレーのパンツに、腰まわりのふんわりした淡いピンクのシャツ、その上に小さめの黒っぽいジャケットをはおっている。
 ヘルメットを取った準一は夜気を吸い込むと、使い古されていると感じながら言う。

「ここからの眺めはいいなぁ。」
 船の灯りと向こうのビルの明かりが連なる、その上を飛行機がストロボライトをまたたいてゆっくりと降りてゆく。
 しかし、文明のイルミネーションは星空をスモッグで覆ってしまった分を、人工光で埋め合わせているだけなのではないかと気付いてしまう。
 先週、伸吾から告白されて以来、携帯で奈緒美と話しても、以前と同じようには、はしゃげないでいた。伸吾と寝ていながら全く気配も感じさせずに付き合ってきて、一体、自分に対してどういう気持ちでいたのか。それを問い詰めたいのだが、どんな風に切り出したらいいのか、いや、そもそもまだ問いかける勇気すら湧いてこないのだ。

 奈緒美は長い睫毛の下に笑みを浮かべてたずねる。
「どうしたのよ?」
「え、何が?」
「なんか、この数日、元気ないみたいだよ。」
「そんなことないさ。ただ……、」
「ただ?」
「先週の金曜日にさ、ちょっと中央高速を走ったんだけど、その帰りに白バイに捕まっちゃったんだ。交差点の歩道橋の陰から突然、ウウーて現れてさ、
 お前、わかってるな、速度違反だ、ってサインさせられて。」
「なあんだ、それでか。」
「それでかじゃないよ、少ない給料から罰金取られたら、財布も心も薄く暗くなっちゃうぜ、まったく。」
 準一が作り笑いを見せると、奈緒美はうなづいた。
「了解、じゃ、今月は私がまめに食事に誘ってあげる。とりあえず、明日の朝食は、ジュンのお部屋で作ってあげるわ。」
「おお、嬉しいこと言ってくれるねえ。」
 奈緒美が顔を寄せてきたので、準一はいつものようにキスをした。
 しかし、この唇を伸吾にも吸わせていたのかと思うと、今までとは違うしらじらとした感覚が準一の胸に広がった。

 準一の部屋に着いた奈緒美は冷蔵庫からミネラルウォーターを出すと、ふたつのコップにあけて準一にも手渡した。
「ねえ、高校のクラスメイトがまた一人結婚するんだよ。」
「うん、適齢期だもんな。」
「これでクラスの四割はお嫁に行っちゃったことになるかな。あんまり結婚なんて意識してなかったけど、少し焦ってきちゃったな。」
 そう言って奈緒美は挑発するように準一の顔を覗き込む。
 しかし、今の準一は、奈緒美が伸吾や、もしかしたら他の男にもそんなふうに迫っているのではないかと考えてしまう。それでいて、そう思うと、なにやら嫉妬心も湧いてきて独占欲をかきたてられる気もする。
「ボーとしちゃって、そんなに罰金がショックだったの?」
「まあね。」
「スピード出して、ふらふら走ってるからよ。」
 奈緒美は笑うと、結婚する同級生の相手について批評を述べる。
「背はジュンより少し低いかもしれないな。私が紹介された時はカジュアルなファッションだったけど、会計事務所に勤めてるんだって。堅そうで結婚相手にはいいのかもね。」
 準一は曖昧にうなづいて、時計を確認すると、急いでラヂオの電源を入れた。
 ちょうど『わが人生』のアナウンサーが挨拶をしているところだ。

『前回はインド洋の戦闘で、偶然にも親友の水谷さんと再会、共に戦闘に出撃したというお話でした。
 そして、鈴木さんは危ういところを水谷さんの操るゼロ戦に助けられたのですが、水谷さんは帰還せず、戦死されたのでしたね。』
『はい、まったく悔しい限りです。
 あんないい奴が死ぬより、自分が死んだ方がよかったと思いました。』
 奈緒美が準一の耳に割り込んできた。
「何、このお爺さん?」
「うん、インタビュー番組なんだ。毎週、この時間にあるみたいで、今週は三回目なんだよ。」
「そう。」
 奈緒美も鈴木老人の話に聞き入った。
『それは言いすぎでしょう。』
『いいえ、前回も言いましたが、自分は水谷にあやまちを犯したことをあやまりたいと思いました。』
『あやまちですか?』
『ここまできたら、正直にお話しします。
 あやまちとは、水谷の細君、いえ、その時の私にはお嬢さんという方がしっくりきます、自分はいよいよ日本を離れる前に、お嬢さんに無理やりな願いをしたのです。
 自分は既に生きて帰らぬ決意でいましたが、ただひとつ心残りは、自分が唯一本気で恋をしたお嬢さんと一度だけでいいから、想いを遂げておきたいということでした。
 振られたお嬢さんと、しかも親友の細君となった人と想いを叶えるなどということが、いかにふざけたことだとはわかっていたのです。しかし、そうせずにいたら、死んだ後も自分は極楽浄土に落ち着くことなく、ずっと満たされない亡霊となって彷徨ってしまうのではないかと恐れたのです。
 また、水谷も、振られた後に私が一度もお嬢さんと結ばれなかったと告白すると、芙美子もまったく嫌いというわけじゃないのだから、お前は一度ぐらい強引に結んでおけばよかったのだ、などと余計なことを吹き込んだのです。
 そんなこともあり、万が一、ばれても水谷なら許してくれるだろうと、手前勝手なことまで考えておったのです。
 自分は、水谷の新居である借家を訪れました。

「まあ、鈴木さん、お久しぶりです。ずいぶんと立派ないでたちですのね。」
 柚子色の無地のブラウスに紺色のもんぺをつけたお嬢さんは、純白の第二種軍装という海軍士官の正装をした私をまぶしそうに、懐かしそうに迎えてくれました。
「明日にも日本を発ち、戦地に赴くものですから、その前に挨拶だけでもと寄らせてもらいました。」
「そうでしたか、どうぞ、おあがり下さい。」
 自分は重い胸のうちを抱えて居間にあがりました。
「水谷はどこに勤めたのですか?
 この前、葉書の返事が来たのに、それについて何も書いてないのです。」
「まあ、失礼しました。遊覧飛行の会社の準備をしてます。
 口止めされてるので、それ以上は聞かないで下さい。」
 お嬢さんは嬉しそうに言いました。今にして思えば、お嬢さんは夫が私と同じ軍服の仲間であることに喜んでいたのかもしれません。
しかし、私は重い胸のうちを告白しました。
「今日はお嬢さんの顔を見納めに来たのです。」
 お嬢さんは私の言葉を笑い飛ばします。
「何を言うんです。水谷と遊覧飛行の会社を起こすんじゃありませんか。どうぞ変なことは言わないでください。」
「いえ、自分はこの度、出撃したらおそらく生きて帰れないと思います。」
 私はそこで音を立てる勢いで、畳に額をすりつけました。
「お嬢さん、自分は生きて帰るつもりはないのです。
 ただ死にゆく者を不憫と思ってくれるなら、一度だけ男の哀れな願いを叶えさせてください。お願いです。」
「鈴木さん、そんなこと言わないでください。」
「お嬢さんは私が恋した唯一の女性です。
 一度だけ男の願いを叶えさせてください。」
 畳に額をすりつけると、腰につけている恩賜の短剣が目に入りました。ふと、これで死ぬこともできるのだと思いました。

 どれだけの時間が過ぎたかしれません。
 お嬢さんはすすり泣くのをこらえて、途切れた声でひとこと。
「鈴木、さん」
 自分を呼んで、奥の部屋に立ちました。
 自分は雲の上を歩くように感じてついていきました。お嬢さんは愚かな自分に観音菩薩のような慈悲をかけてくれたのでした。お嬢さんの名誉のために申し上げますが、お嬢さんは決して貞節を破るような女性ではないのです。戦争という異常な事態だからこそ私を赦してくれたのだと思います。
 もう数週間先にはこの身がないかもしれないと思えばこそ、男と女に分かれてこの世に巡り合った生命の悲しみや歓びが、唇を通し、体の熱を通し、溶け合って自分の胸の底に刻まれました。
 お嬢さんは涙を流しながら、それでも自分に「死なないで下さい」と声をかけてくれました。私もうなづきながら、涙をこぼしました。好いたお嬢さんと交わることが、こんなに切ないことだとは浅はかな私には想像もつかなかったのです……。自分は本当に卑劣で愚かでした。』
 準一は、奈緒美が鈴木老人に侮蔑の言葉でも投げかけるのかと思ったが、奈緒美はただ黙って聞いていた。気のせいか目が少し潤んでいるようにも見えた。
『それは大変なことでした。
 それで出撃されて、水谷さんが戦死されて、鈴木さんはどうされたのですか?』
『はい、自分の左腕は骨も少し砕けていましたが、なんとか一本につながったので、水谷の遺品を届けに内地に一時帰還することとしました。
 岡山の実家と、お嬢さんの実家に参りました。お嬢さんはすでに実家に戻っていたのです。
 岡山の実家では、水谷の親御さんと学生時代の思い出話や、水谷に助けられた最期の空中戦の模様など、詳しくしみじみと語りましたが、広島のお嬢さんの家では大変なことが待っておりました。
 お嬢さんのご両親とお嬢さんにひと通りの報告をすると、腕組みをした父上がむつかしい顔で言いました。
「亡き夫の形見を届けていただいた傍から言うのも、気がひけますが、実は鈴木さんにお願いがあるのです。
 身勝手な希望ですから良い返事がいただけるとは思いませんが、まずは聞いてください。」
「は、どういうことでしょう?」
 自分が問うと、いきなり、父上は頭を下げて、
「鈴木さん、もはや出戻りの古物ですが、うちの娘をもらってくれませんか?」
 いやはや、例の秘め事をお嬢さんが白状したのかと、心臓がカーッと熱くなりましたが、お嬢さんを見やると顔を伏せて貝のだんまり。
「恥知らずな厚かましいお願いとは思いますが、この娘が一度聞くだけ聞いてみてはもらえないかと申すものですから。
 いえ、貴方がこちらへ見えるという電報をいただいてからのこと、この娘が申しますには、水谷様にはぐれたうえは、もはや一生を独り身ですごす覚悟でいるが、ただ、鈴木様は水谷の大の親友である上に、もったいなくも私に想いを寄せてくださった器量の大きな奇特な方であられるので、こんなきず者の私でもお役に立てるならば、鈴木様にお仕えしてみたい。もし鈴木様が要らぬと申されれば独り身と決めているが、一度だけ、恥をしのんで聞いてみてくれないかと申すのです。」
 父上の口調にこちらを責める様子は微塵もないので、自分はいっそう恐縮しました。
「し、しかし、自分は飛行機乗りです。
 当分は内地で教官をするように言われておりますが、いつまた戦地へ出て命を落とすやもしれません。」
「それはこの時局ですから、誰に嫁いでも同じようなものです。
 それよりもやっかいなことがもうひとつありまして。
 実は、娘の腹の中に水谷中尉の忘れ形見があるのです。ならば水谷の実家で産めばよかろうと申しましたが、娘は、水谷はともかく、あの家は自分と合わないのだと嫌がるのです。」
 自分はハッと息を詰めました。
「その後、鈴木様から電報が届くと、鈴木様に聞いてみてくれと言い出しまして、私は娘に、しかし、鈴木様がいかに奇特な方でも腹の大きなお前との縁談なぞ叶わぬぞと言い聞かせたのですが、恥を忍んで聞いてみてくれの一点張りで聞く耳持たぬのです。」
 俯いたお嬢さんの耳が赤く染まるのが見えました。
 自分もようやくピンときました。
 もしそれが水谷の子なら、お嬢さんが自分に聞いてみてくれと言い出す筈はないので、自分の子だという確信があれぱこそ、恥を忍んで縁づきたいと言い出したに違いありません。
 一夜の契りで子を授かったのは安穏な平安朝の藤原高藤とばかり思っていたのが、暗雲皇国を覆うこの世のわが身にも起きたのです。
 お嬢さんは俯いたまま、手を腹の前で拝むよう……、
 水谷には悪いですが、因果をなした自分はお嬢さんとの縁談を受けました。』
『縁というのは不思議なものですね。』
『はい。それから一週間後にお嬢さんと祝言をあげ、夫婦暮らしを三日ほどして、自分は宇佐の基地に赴任いたしました。
 離れ離れでも、同じ内地にいるのは幸運でした。子供が生まれた翌週には広島に帰り、自分の血を分けた小さい娘の顔を眺めて、抱きあげた時はもう嬉しくて嬉しくて、未来に光明が射すように感じました。
 名前は真実子といたしました。』
『よかったですね。そのまま終戦になったんでしょうか。』
『いえいえ、昭和十九年、戦局は悪化の一途をたどり、臨時教官だった自分も養成したパイロットたちと共に、第二航空艦隊に編入されて、空母瑞鳳に乗り込み、サイパン沖に進出しました。
 六月十九日早朝、わが策敵機より「空母を含む敵主力部隊見ゆ」と入電、自分は零式戦闘機に爆弾を積んだ爆装戦闘機に搭乗して瑞鳳より発進、総勢六十四機で敵機動部隊を目指しました。
 海は太陽の光を受けて銀鱗のように輝き、空は青く、これが戦争でなければ、釣りでもしたいのどかさ。
 と、前方に蝿の群れのようなのが見えたかと思うと、これは敵空母から迎撃に飛び上がってきたヘルキャット戦闘機です。
 敵機は射程に達しないうちから機関砲を撃ちはじめ、その橙色の光が線香花火のように美しく見えましたよ。
 自分らは隊長機の突撃命令を待って、』
 不意に奈緒美がラヂオの電源プラグを抜いてしまった。

「もう古い戦争の話なんていいわよ。」
 奈緒美は準一の手をつかんで微笑んだ。
「うん、連続で聴いていたもんだから、つい熱中しちゃったよ。」
 準一も奈緒美の手を握り返すと、抱き寄せた。
 キスを交わしながら、胸の底からトットットッと信号を送ってくる。
 突撃命令がきたな、準一はそう考えて苦笑しながら、奈緒美を抱き上げてベッドに運んで全裸にした。
 滑るように、柔らかで、熱く火照る肌、撫で、掴み、接吻する。
 艶めいて、震え、焦らして、つかまえる。
 抗い、反らし、受け入れ、蠢いて、迸る。
 愛してる、愛してる、愛してる、準一は何度も繰り返しながら、奈緒美を伸吾にも誰にも触れさせず、永遠に独占したいと、激しく思った。
 まどろむ間もなく、今まで口にしなかった言葉を奈緒美に放つ。
「結婚しようか?」
「え?」
「俺は奈緒美と結婚したい。」
「本気なの?」
 奈緒美はそう聞いて目を輝かせた。
「冗談だと思う?」
 他のシチュエーションなら「うん、冗談の塊」と笑う奈緒美がこの時は嬉しそうに無言ではにかんだ。
「本気で奈緒美と結婚したいんだよ。」
 追い討ちをかけると、奈緒美はこくりとうなづいた。
「わかったわ、でも考えさせて。」
 準一はうなづいて、ふたたび奈緒美の体を愛撫しはじめた。  
(その4に続く)



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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    飛べなくても頭が悪くても
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