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銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

         §1

 深夜。チャイムを使わず、ドアが三回ノックされました。
 もしかしてトシかもしれない。私は読みかけのファッション雑誌を裏返しに置いて、鏡を覗いて髪を手ぐしで整え、玄関に行きました。
「誰?」
「あ、俺、北村だよ、終電に乗り遅れちゃってさ、歩いてきた。
 泊めてもらえると助かるんだけど。
 もっともいい男が来てたら遠慮しとくよ。」
 私は嬉しさを隠せないまま、返します。
「幸か不幸か、いい男は不在ですよ。」
 ドアを開けると赤い顔をした北村俊也がアルコールの匂いと共に「恩にきるよ」と言いながら入ってきました。
「どうして終電に乗り遅れるまで、飲んでるのよ。
 明日も仕事あるんでしょ。」
「うん、なぜか十二時頃、急に時計が速く進むからさ、おかしいんだよ。」
「そんな、おかしなこと、ありえません。」
 トシはあぶなっかしい足どりでソフアまでゆくと、ドンと腰をおろしました。
 トシはネクタイを取りながら、
「久美、水くれる?」
 私は水をくんだコップを渡しながら、つい所帯じみた発言。
「あんまり飲みすぎると体に毒よ。」
「うん、そんな風に言ってくれるのは久美だけだよ。」
 トシがボーとしつつも私を見つめる視線に私はどぎまぎ。
「こ、こんな深夜に突然来られると、私もちょっと迷惑だから、言ってるのよ。」
「うん、感謝してますって。」
 水を一気に飲み干したトシは、スーツの内ポケットから小さなプラスチックの円筒形のケースを取り出します。
 そして、指で自分の瞼を開きながら、眠そうな声で、過去にも何度か聞かされた話をします。
「このレンズを外すのを忘れるとね、瞼とレンズと目ん玉が接着剤つけたみたいにくっついてさ、大騒ぎして救急車を呼んだことがあったんだぜ。
 恥ずかしかったなあ、あの時は。」
 トシは慣れた手つきで、開いた瞼からコンタクトレンズを外すと、円筒形のケースに収めます。
 トシはそんなにひどい近眼ではなかったけど、乱視が混ざっているのと、眼鏡だと疲れやすいという理由で、コンタクトにしてたのです。
 私が毛布を一枚渡してあげると、トシはそれを抱くように胸にかけ、「おやすみ」と言ってソフアに横倒しになると、寝息を立てました。
 私はトシの寝顔を眺めながら、うんと小さな声で「トシ、好きよ」と囁きました。

         §2

 トシとは大学のアーチェリー部で一緒になってから、たまに食事したり、映画を観たり、
ドライブに出かけたりしましたが、それはグループの時も、二人きりの時もあり、つまりは絶対に二人きりでなければという、異性としての意識は希薄だったのです。
 そのことはお互いに明言しあって、「いい恋人、見つけなよ」と言い合ってる仲だったのです。
 だから、二人きりで湖畔にドライブしても、トシは私から視線を外して水面から湧き立つ霧を追いかけ、私は白樺の林の中から白馬に乗った王子様が現れないかと想像していただけで、決してトシと見つめあいキスをするという風には進みませんでした。

 大学を卒業すると、私は外資系の派遣会社、彼は小型家電メーカーに就職しましたが、時々、終電を逃すと、トシのアパートはかなり郊外にあったので、都心から近い私の部屋を訪ねてくるようになったのです。
 私としては、トシの便利なホテル?になるつもりはなかったのですが、女って不思議なもので、男の寝顔を見ながら世話をしてると、なんだかこの男は私が世話してやらなきゃならない、私の男だ、みたいな気がしてくるんですよね。
 そしてぼーとした寝顔と、朝、凛々しいワイシャツの後ろ姿のギャップを見せつけられると、この男もなかなかカッコイイじゃないとドキドキして、初めてトシに恋心を感じた自分に気付いてしまったのです。
 しかし、友達関係が長かった男女は身近にいるがゆえに恋に発展するのは非常に難しいというのは、当のトシが大学時代に言っていたことでした。
 それは、大学2年頃、喫茶店でエミってコが言い出したのでした。
「男女の友情て絶対恋に発展しないって聞いたことない?」
「うん、なんか似たような話聞いたかも。」
 私がそう言うと、エミが説明してくれたんです。
「職場や学校、サークルなどで、身近にいながら一年間何も色めいた事も、ときめいた事もなく、それでいて親しく日常を共にする男女は、憎んでいる男女より恋に落ちる可能性が低いんだって。」
「ホントに?」
「世界一縁の遠い相手になってしまうんだって。
 そして2年、3年と年数がたてば、二人の恋の種は永久凍土のように凍り付いてしまい決して芽を出さないって。」
 そこで、トシがうなづいてクイズを出しました。
「これは相対性理論の科学者が作った問題なんだけど、もし無限に見通しがきく望遠鏡があって、それで宇宙の果てを覗くと何が見えると思う?」
 しばし、一同考え込むと、ユキちゃんが沈黙を破って、
「あ、わかった、行き止まりの標識!」
 どっと笑い声がおき、トシも笑いつつ「真面目な問題だよ。」
「えー、わかんないよ。」
 みんなが降参すると、トシが答えを明かした。
「それはね、望遠鏡を覗いている自分の後ろ頭なんだってさ。
 つまり、一番遠いのが自分なんだから、そばにいる友達は二番目に遠いってことかな?」
「へえー。」「ふうーん。」
 みんな、わかったようなわからないような感心の仕方でした。
 あれから5年たった今、まさに私とトシの関係は一番近いのに、恋には一番遠い関係なのかもしれないと、時々、思うこの頃なのでした。

         §3

 翌朝、トシは二日酔いの頭を叩いて「ゆうべの俺、酔っ払った勢いで久美のことを襲ったりしなかった?」なんて聞くんです。
 はっきりした意識と後で責任取ってくれるなら、そういう既成事実があってもいいかななんて、考えながら、私が「大丈夫、いいコしてねんねしてたわ」って言うと、トシは安心したようでした。
「少ないけどホテル代に受け取ってくれよ」
 トシが紙幣を差し出すと、私は笑って押し返します。
「いいわよ。男を泊めてお金を貰ったなんて、実家に知れたら、私、カンドウされちゃうわよ。」
「だって迷惑かけて、朝食まで作ってもらって……。」
 トシの目線がテーブルのトースト、ベーコンエッグ、サラダの間を泳ぐと、私はちょっと得意です。
「困った時はお互いさまよ。」
「サンキュ、じゃあ、今度、お返しに夕食をおごるよ。」
 私は思わず微笑みます。
「そうね、それぐらいは、してもらってもいいかな。」
「いつなら空いてる?」
 介抱した翌朝は、こんな感じでトシにデートの約束をとりつけるのが、私のささやかな幸福になっていました。
「来週なら水曜が空いてるけど」と言うと、トシは「オーケー」とうなづいてシステム手帳にメモします。
「いけね、今日は会議の準備があるから早く行かなきゃならないんだ!」
 トシは手帳から顔を上げると、慌ててトマトジュースを飲み干して立ち上がりました。
「久美のおかげで助かったよ。
 じゃあ来週水曜な。」
 そう言い残すと、トシは急いで玄関から出てゆきました。
 私はテラスに出て、トシがネクタイを肩の上までなびかせて走ってゆく後ろ姿を眺めました。
「ああ、トシの心の中をすっかり覗けたらな。」
 自然と大きな溜め息が洩れました。

         §4

 その日は、例の介抱のお返しで、トシにレストランで食事をおごってもらいました。
 それからバーでカクテルをご馳走になり、ほろ酔い加減で外に出ました。
 トシを意識していなかった学生時代は少しもそんなそぶりは見せませんでしたが、その晩の私はみずから罠に飛び込むウサギのように彼の腕にしがみつきました。
「ねえ、トシ、どっか行こう。」
 トシは笑って言います。
「あれ、久美、酒に弱くなったんじゃない?」
「そんなことないわ。」
「前はこれぐらいでびくともしなかったじゃない。」
「まあ、ひとをビルみたいに、失礼ね。」
「時間も遅いし、そろそろ帰ろう。」
 トシがそう言うと、私はキリッと睨みます。
「だめ、まだあ、これから遊ぶの!」
「まだって言ってもお互い明日も仕事あんだぞ。」
「構わないから、おんぶしてどっか連れてって。」
「ほんとに酒癖悪くなったな。」
 トシはしぶしぶ私をおんぶして歩き出しました。
 私はそうやって甘えながら、トシの背中に触れている胸で何かがあふれてじんじんと傷むのを感じました。
 そこには知らない間に出来たちっちゃな傷があるみたいでした。
 私は明るい口調を装って尋ねます。
「ねえ、トシ君さあ、ずっと前に、もしいい相手がいなかったら、私のことをお嫁さんに貰ってくれるって言ったことあったでしょ、覚えてる?」
 トシの答えはそっけないものです。
「うーん、言ったかもね。」
 私は、かもじゃないだろと思いながら、冷静かつ恥ずかしさをこらえながら聞きます。
「あれって、今でも有効なの?」
「急にどうしたの?」
 私は(おいおい、聞き返さないで質問に答えろよ)とイラつきながら、ぶりっ子ボイスで言います。
「ちょっと思い出したの。
 で、有効?」
「あれはさ、お互いが適齢期を寂しく終わった場合の仮定の話だろ?
 もしかして、お前にいい男でも出来たのか?」
 私はその言葉にトシが焦ってるのではと、ひと筋の希望の光を見出して、聞き返します。
「ううん、私のこと、心配してくれてるの?」
 ああ、なのにがっかりさせる冷たい答え。
「いや、心配なんかしてないさ。
 俺もいい女見つけるから、久美も早くいい男を見つけて片付けよ。
 どっちが早いか、競争だって言ったろう。」
 そう言われた私は、目の前で、鉄の扉をドスンと閉じられた気分になって、息が詰まりました。
「もう降ろしてよ。」
 突然、気まぐれに叫んでやると、トシは「ああ、疲れた、疲れた」と言って私を背中から降ろしました。
 その言い方も私の気に障りました。
「この先に変わったおでんの屋台があるんだ、行ってみよう。
 時々、映画俳優も来るみたいだよ。」
 トシが誘いましたが、私は断ります。
「もういい、私、帰る。」
 私が反対の方角に歩き出すと、トシはびっくりして追いかけてきて言いました。
「久美が帰りたくないって言い出したんじゃないか?
 屋台がいやなら、ディスコでも行ってみるか?」
「もういいの、帰るから。」
「何を怒ってるんだよ、自分から言い出しといて。
 まったくコロコロ変わるから女ってのは嫌いだよ。」
 私の胸に突き刺さる『嫌い』の文字。
「仕方ないな、じゃあ一緒に帰るよ。」
「いいの、一人で帰る。」
 私が言うと、トシは不機嫌そうに「勝手にしろ」と言って私たちはそこから、ばらばらに帰ることにしました。
 夜の通りをずんずん歩いて行くと、旅行会社のビルの前に易者が小さなテーブルを出して座っています。
 『易』と書かれた四角い小行燈の内側で炎が揺らいでいました。
 いったん通り過ぎて、私はひきつけられるように『易』の字を振り返りました。
 すると、その瞬間、薄茶色のチャイナ服を着た髪の毛の薄い中年の占い師が「聞きたいことあるなら当ててあけるよ」と私を呼び止めました。

         §5

「そうね、その相手はみちかな人あるね。
 長いこと親しくしてた、たから友たちみたいなって、恋のきかけ、見つからないあるね?」
「ええー、どうしてわかるの?」
 私はトシのことを見事に言い当てられびっくりしてしまいました。
 有名人なら事前にリサーチしておけるけど、通りすがりの私のリサーチなんて無理だから、これは本物かもしれません。
「そうなんですよ、彼は私を異性として見る感覚が鈍ってしまってるんだと思うんです。
 でも彼も心の中では私のこと意識してるような気もするんですよ。
 将来、この恋が叶う可能性はありますか?」
 占い師は真剣な表情で竹棒を波立てるようにもんでは、短い文鎮みたいなものを数本裏返すと、やがてじっと目をつぶって言いました。
「そうねー、フカノーではないが、むつかしいあるね。
 アンタが下手に出てすかっても、相手はいやかるね、相手ひくあるね。
 ても、さりけなく、アンタのせつない恋心を伝えることてきたら、相手の心もうこくね。」
「どうすれば、さりげなく私の恋心を伝えられるんでしょうか?」
「それはアンタかちぷんてかんかえることね。」
「そうですか……。」
「ま、カノーかもしれないから、かんぱってね。」
 相談は終わった雰囲気で、お金を払った私はいったん席を立とうとして、思い出したように椅子に座りなおしました。
「あの、彼の気持ちを確かめる方法はありませんか?」
 すると占い師は一瞬びっくりしたようでしたが、顔を近づけて囁きました。
「魔法の薬あるよ。」
 予期せぬ答えに私は思わず声を上げました。
「本当ですか?」
 占い師はさらに小さな声で言います。
「うん、金龍眼ね。
 相手の持ち物ひとつ身につけて、金竜眼飲む。
 すると相手の心の願望、手に取るように見えてくるね。」
「いくらするんです?」
「ちと高いあるよ。
 ひと粒、三万円あるね。」
 私の心の中で、絶対インチキだよ、間違いない。そんなのが本当ならすごい有名になってるでしょうが、嘘、ニセ物、詐欺だよという声が一斉に上がります。
 でももし本当にトシの心が見通せるなら、私は五十万でも惜しくない気がしました。
 ニセ物でもいい、それで自分がトシの心を知るために努力するのなら、それは前進でしょ。
 たぶんアルコールとトシの冷たい言葉で心がぐらぐらに揺れ動いていた私は、そばのコンビニでお金をおろして、金龍眼を一粒買ってしまいました。

(後編に続く)


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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    『地球人も宇宙人』。
    写真はッシェル・ポルナ
    レフの真似です

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