銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

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十ニ 忍び寄る影

「さあ、かぐや、着いたぞ。」
 広忠がそう言って、かぐやを家の門で背中からおろした。
 都の街中ではないが、かといって不便な山奥でもない、里を少し入ったあたりに建つその家は、かぐやの前の家よりも立派な造りだ。
「ここは誰の家です?」
「わしらの家じゃ。」
「広忠殿に家を買う代金がありましたか?」
 かぐやがきつい目で問うと、広忠は慌てた。
「あ、そうではないぞ、盗んだのではないぞ、なんとかいう大臣の別荘じゃ、わしが、毎月、猪を届けてやるから、小さい家を借してくれと持ちかけたら、そういえば大原の先の別荘が使わずにあるから自由に使えと貸してくれたのだ。」
 かぐやは呆れた。
「それは、広忠殿の猪が目当てなのではなく、広忠様が恐ろしくて貸したので、まともな貸し借りではありませぬ。」
 かぐやに叱られると、大男の広忠がうろたえる。
「そ、そうか。ではどうすればよい?」
「いつぞや広忠様の家は山の洞窟だと聞いてましたが、」
「ああ、あそこは大雨で崩れて、入り口が塞がって住めなくなったんじゃ。
 俺はかぐやがどこに住みたいと言えば、どこへでも行くぞ。」
 広忠はそう言われても、かぐやに住まいのあてがあるはずもない。
「仕方がないですね、しばらくこの家に住まわせていただきましょう。」
 かぐやがそう言うと、広忠は喜んだ。
「そうか、それがよい。ここなら水を汲みに行かずとも屋敷の中に小さい川が流れておるし、庭にもかぐやの好きそうないろんな花の木があるんじゃ。」
 広忠は広忠なりに、かぐやのことを気遣ってくれているのだ。
 そう思うとかぐやは微笑んだ。
 
 当初は慣れない炊事に戸惑うかぐやだったが、ひと月もせぬうちに飯炊きも包丁使いも上達し、鮮やかな衵の上に襷をかけた奇妙な姿もさまになってきた。
 広忠の方は猪を追ったり、雉子を射落としたり、川魚を獲ったり、畑を耕したりして、二人が食べてゆくのに充分な食糧は楽々と得ることが出来た。獲物が余れば都に向かう行商人に売り、銭に替えることも覚えた。
 しかし、獲物を大量に獲って商う才覚まではないので、いったん家を出た後に何か食いたい、酒を飲みたいとなると、広忠はかぐやの目が届かぬのをいいことに、旅人を脅して金を巻き上げる悪癖を続けていた。
 その日も広忠は山を越えた街道で追い剥ぎを働いたが、かぐやに悪事を悟られるような土産は買わずに、何げない顔を作って帰って来た。

「あら。お帰りなさい。
 今日は行商の方からお酒を買って、少し用意しましたよ。」
 そう言って笑顔で出迎えたかぐやを見た広忠は、ロを開いてびっくりした。
 姫はいつもの艶やかな絹の衣ではなく、庶民の着る鼠色の小袖の帷子(かたびら)を着ているのだ。
「かぐや、その汚い衣はどうした?」
「広忠様のおさがりを手直ししたのです。
 なかなか動きやすいですよ。」
「なぜ綺麗な装束を脱いだんだ?」
「わたしたちはもう世間並みの夫婦なのですからね、つましく暮らさねばならないのですよ。」
 広忠は納得ゆかない。
「しかし、ない物ならともかく。似合っているものをわざわざ脱ぐこともあるまい。」
「いいえ、絹などすぐに傷んで惨めになるだけです。
 だいたい裾を引きずる衣では一歩も外へ出られません。
 これからはかぐやも少しは畑仕事も覚えて広忠様の役に立ちたいのです。」
 広忠は頭を横に振った。かぐやがどんな道理を立てようとも、ずっと絹装束を着ていてほしかった。
「いいや、かぐやが畑仕事なんぞすることはない。
 かぐやには麗しい絹が似合うんだ。
 新しい衣ぐらいはなんとかするから、行く末など心配せずに絹を着ろ。」
 広忠がいらだって命令すると、かぐやば鋭い調子で釘を刺した。
「世間並みの実入りでどうして絹が着られます?
 広忠様はまさか盗みで行く末を賄うおつもりなのではないでしょうね?」
「そ、そういう訳ではないが。」
 かぐやは広忠が猪を一頭ぶらさげただけなのを見て言う。
「今日は獲物が少ないですね、広忠様ともあろう方が一日じゅう歩いてこれだけという筈がありません。
 どこで何をなさってたのです?」
「うん、ほ、ほれ、干し肉がだいぶあったろ、だから今日はのんびり昼寝をしたんだよ。」
 かぐやは動揺した広忠に近寄り、懐に手を差し入れようとする。
 広忠は素早くその手を払ったが、その拍子に背負っていた矢立てから矢がぱらぱらとこぼれ落ち、その矢を拾おうとかかんだ。すると今度は旅人から巻き上げた財布が懐から、こぼれ落ちてしまった。





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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    『地球人も宇宙人』。
    写真はッシェル・ポルナ
    レフの真似です

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