銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

 衛府の中将が参内するや、帝は来たる満月の夜には内裏の衛士の三分の一をかぐやの家に差し向けることを命じた。
 同時に近隣の諸国に力自慢の者や武術の達人を臨時に招集する宣旨を下す。
 都の大エも召し出され、来たる満月までに、姫の屋敷のまわりに巡らされている垣を、内裏のそれより高くて堅固な土塀に築き変えるように命じた。
 こうして万全の準備が進められた。

 当日になると朝のうちから、兵士たちが、かぐやの家に続々と集結した。
 騎馬に乗ってやって来た衛府の中将は、馬から降りると真っ先にかぐやの父に挨拶する。
「帝より姫の警護に千人の兵を賜りました。」
「まことに畏れ多いことです。」
「いかなる迎えが来ようとも、姫の部屋には近づけませんゆえ、安心召されい。」
「はい、ありがたいことです。」
 父はひしめく兵たちを見て安堵した。

 昼になると、ある兵たちは屋根に昇り、ある兵たちは改築された土塀に上がり、ある兵たちは庭に並び、残りの兵は土塀を囲むように並び、屋敷はすっかり守り固められた。
 夕方には勅使が到着した。
 勅使が懐から大きな紙を取り出して見せると、衛府の中将以下が畏まって膝まづいた。
「姫君を守り通した暁には、もれなく恩賞を遣わす」
 宣旨が読み上げられると、衛府の中将が答礼する。
「ありがたき仰せ、承りました。」
 衛府の中将は立ち上がると、振り向いて部下たちに言う。
「皆の者、姫を守りとおさば、主上より、恩賞を頂けるそうじゃ。
 心してあたれ、決してぬかるな。」
 すると「おお」と、どよめきのような歓声が上がった。
 兵士たちの士気はいやがうえにも高まったのである。
 父母はこれならかぐやを取られることはあるまいと安心した。

 やがて宵闇が垂れ込めて東の空に月が昇った。
 塀の内外には煌々と篝火が焚かれて、ニ千のいかつい眼が、欠けるところのない美しい満月を睨みつけた。
「見逃すな。
 空をよぎるものはたとえ蚊一匹といえども矢を射かけるのじゃ。
 決して屋敷に近づけるな。」
 衛府の中将が怒鳴ると、兵士達は矢を弦にかけ、大刀を抜き、空を見張った。
 父は蔀戸を堅くおろしたかぐやの室の外縁に腰をおろし、使い方も知らない刀を腰に差していた。
 そして、時々、室内に詰めている朝廷から差し向けられた女官や、妻、かぐや本人に向かい「大丈夫か、安心せよ」と声をかけていた。


 やがて夜も更けた子の刻(ねのこく)であった。
 交替のため屋根に昇ってきた兵士が叫んだ。
「なんだ、あの光は!」
 南天の満月ばかりを睨んでいた兵士達は、叫び声に北の空を振り返ってあっと驚いた。
 そこには、満月とは、別の小さな菱形の光るものがいつの間にか浮かんでいたのだ。
 それは大きさこそ満月にははるかに及ばぬものの、明るさは見劣らない。
 しかも、なにやら菱形の上部の左右に、銀色の目がきらりきらりと光るのである。
 兵士たちは今しがた洩れかけていた眠気を一気に払った。
「それっ、射落とせー!」
 号令一下、夥しい数の矢がヒュンヒュンと音を立てて放たれるが、菱形の光には一本も届かないようだ。
 しかし、菱形の光の方もそれ以上屋敷に近づくと、矢に当たるのが恐いのか、近づきもせずに宙空に留まっている。
 それから延々と兵士と菱形の光との睨み合いが続いた。
 ところが、寅の刻(とらのこく)を過ぎた頃だろうが、忽然と菱形の光は消えてしまった。
「やったぞ、怪しの光は恐れをなして逃げ去ったぞ。」
 兵士達は恩賞が近づいたと大歓声を上げる。
「皆の者、引き続き気を緩めるでないぞ。」
 衛府の中将は兵士たちに注意する。
 それから中将はかぐやの室の縁に陣取る父に怪しの月が消えたことを告げに近寄った。 夜風に白い髪をなでられ、うつらうつらしてる父の肩を中将が揺り起こそうとする、まさにその時、かぐやの室の中から「あれー」と女官の悲鳴が上がった。
「何事ぞ?」
 中将は蔀戸の外から怒鳴る。
「姫様が、姫様が消えました。」
「ほんの僅か、目を離した隙に消えてしまわれた!」
「黒い鬼のような影が見えました!」
 女官達の叫び声に、中将は無礼を承知で室内に踏み込んだ。
 女官の右往左往する閨にかぐやの姿はなく、傍らにいた母は姫の表衣を掴んだまま失神している。
「姫君が盗まれた、屋敷の内外を急いで探せ」
 中将は大声で外に叱咤した。
 兵士たちは一斉に動き出す。
 兵士は、かぐやの室の床下にも這い入り調べたが、そこにはとても人力では動かせない大きく平たい石があるのみだ。
 かぐやの父は妻をゆすぶる。
「どうした、お前がついていながら、かぐやを盗られてしもうたか?」
 母はかぐやの姿がないのに気付くとばたばたと這いまわった。
「かぐやは、かぐやはいずこ?」
 父は肩を落として答えた。
「どうやら月の迎えに盗まれたようじゃ……、」
「ああ、ずっとかぐやの手を握っていたのに、急に目を塞がれ腹を突かれてしもうて。」
 母はそう言うとかぐやの表衣に顔を埋めて号泣した。


 その頃、広忠は林の中に降ろした大凧を持ち上げた。それは二枚の菱形の大凧がニ尺ほどの骨組みを挟んで向き合う形で、広忠は大凧から三枚の手鏡を外すと、大凧をぱらぱらに壊して土に埋めた。
「まこと、かぐやの鏡はよき鏡よの、
 おかげで、裏の凧に仕掛けしたかぐやの鏡が照り返す月の光で、表の凧は月に負けぬほど輝き、表の凧の脇につけた小さな鏡はくるくるまわって、まるで、闇にふたつの目がある光る魔物が浮かぶようだったぞ。」
 広忠が鏡を返しながら、嬉しそうに言ったが、かぐやは答えない。 
「さあ、かぐや、急こう。」
 広忠はかぐやの手を引くが、かぐやは涙で濡らした頬を、篝火に浮き上がる家に向けて動かない。
「かぐや、こんなところでのんびりしてると探索の追っ手が来るぞ。」
 広忠が急かすと、かぐやは頬の涙を拭って頷きぽつりと眩いた。
「いずれは別れるのが、この世の定めですものね。」
「ああ、では行くぞ。」
 広忠はかぐやを軽々と背負うと、都を挟んで反対の山麓地にある新しい住まいに向けて獣道を駆け出した。



 f_02.gif プログ村

【故事メモ 子の刻(ねのこく)、寅の刻(とらのこく) 】
 時刻に十ニ支(獣)をあてたのは中国の後漢代からで、子の刻(ねのこく)は一日の最初のニ時間であり、午後十一時より午前一時になる。寅の刻(とらのこく)はそれよりふたつ後の支だから、午前三時より午前五時となる。

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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    飛べなくても頭が悪くても
    地球人も宇宙人だ(笑)

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