銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

九 勅使 

 翌くる文月の七日のことであった。
 昼すぎ、家の門が叩かれたかと思うと、まもなく、門番の下男が「ヒー」と声にならない声を上げて走る音がした。
 それからややあって父と母が慌てふためいてかぐやの部屋に駆け込んで来た。
「かぐや、た、大変な、こ、ことになったよ。」
「どうしたんですか、お二人ともそんなに慌てて。」
 かぐやは父母の目があまりに大きく見開いているのでおかしくて笑った。
「慌てるも何もないよ。」
 父が言いかけるのに間を与えず、母がものすごい早口でまくしたてた。
「いいかい、よくお聞き、
 今、天子様のお使いが来られて、天子様がかぐやに会いたいと仰せなんだよ、
 どういう意味かわかるだろう?」
「えっ」
 かぐやには、どういう意味か飲み込めなかった。
「会いたいとはどういうことです?」
 かぐやが聞くと、今度は父が早口で言う。
「天子様が会いたいというのは、畏れ多くも、この国第一の大王がかぐやを妻として御召しになりたいということだ。」
「なんとも、ありがだいことですよ。」
「このかぐやに帝の妃になれと言うのですか?」
「そうだよ、こんなにおめでたいことはないよ。」
「今、この室に勅使を呼ぶから『謹んでお受けいたます』とお答えするんだよ、いいね?」
 父母はすっかり恐縮して受諾しようと考えている。
 この前の葛原皇子には蓬莱の玉の枝を天子様に献上しようと言ってやりこめたが、その天子様の方が自分を召し出すというのだから、これはもしかしたら天から罰が巡ってきたのかもしれない。
 しかし、広忠の妻であるかぐやからすれば、警護厳重な内裏に囲われる妃になるなど、何にもまして避けたい事だ。
「お断り申しあげます。」
 かぐやが言い放つと、父母は目玉を落としそうな勢いで驚いた。
「何を言われます?」
「天下第一の帝の妃を断るなど考えられないことだ。」
「どうしてそのように聞き分けがないのです?」
「勅使を断ったら、父や母は大王に背いているとして捕らえられるかもしれないよ。」
 父母は口々にかぐやを説得しようとするが、かぐやは泣き声になって言う。
「大王に背こうとかぐやは内裏には参りません。」
「どうしてなのだ、訳をちゃんと言ってごらん。」
 さらに尋ねられたかぐやは大きな声を上げて泣ぎ崩れてしまった。さすがに姫に大声で泣かれれば父母がどう取り繕おうとも、勅使も事情を掴めた。結局、返事を得られないまま勅使は引き返して行った。


 その晩、かぐやから帝の求婚について知らされた広忠は即座に言った。
「そうなると、ここは俺と駆け落ちするか。」
 かぐやは俯いて言う。
「それはできれば避けたいことです。」
「しかし、このままでは、いずれ無理矢理にでも内裏に違れてゆかれてしまうぞ。」
「そんなひどいこと、かぐやは広忠様の妻ですよ。」
「ならば、俺と駆け落ちするしかあるまい。」
「でも、かぐやは恩厚い父上母上の家を出るわけにはゆきません。」
「他に方策はないだろう。
 帝の妃になっても家は出ねばならないのだ、それより俺と駆け落ちする方がよいではないか。」
「ですが。
 突然、かぐやが姿を消せば、父上母上は裏切られたと感じておおいに悲しみます。
 せめて同じう悲しませるにしても、父上母上がこれならば仕方ないと、かぐやをあきらめてくれるような手立てはないものでしょうか。」
 かぐやは悩みに沈み込んだ。
「やれやれ、難しい問題だの。」
 広忠も考え込み頭を掻いた。


 次の晩、空海の寝所に、再び広忠が忍び込んだ。
「坊様よ、起きてくれ。」
 広忠の声に、空海はすぐに思い出した。
「おお、いつぞやの悪党じゃな。」
 空海は身を起こし、灯明をともした。
「していかがした?」
「この前の難題はうまくいったぞ、礼を言ってやる。」
 空海は口の聞き方を知らぬ広忠に笑みを見せた。
「まだ、別れてなかったか?」
 広忠はじっと睨みつけた。
「俺はな、貴様の思うとおりにはならん。」
「ふむ、たしかに未来は変わるかもしれんの。
 それで、こたびの用はなんじゃ?」
 空海が尋ねると、広忠は理由を聞かせる。
「俺の妻にの、帝が勅使とやらを寄こしたのだ。妻にしたいということらしい。
 しかし、かぐやは俺の妻じゃ。渡すわけにはいかん。
 断る口実を教えてくれ。」
 空海は、嵯峨帝は賢いが女好きの度がすぎるのが玉に傷だなと心の中で思った。
 皇后、女御、更衣があまたさぶらう中、さらに宮中の侍女にも手をつけてゆかれる。
 そして、どこかから噂を聞きつけ、かぐやとやらも召し出そうということらしい。
 空海は広忠に問いかける。
「どのような妻なのだ?」
「どのようか、ううむ、この世のものとも思えぬほど暖かく柔らかい女じゃ。」 
「そして、悪党のお前を夫に迎えた。変わっておるの。」
 広忠はむっとなって睨んだ。
「なんじゃ、その言い方は。」
「まあ、まことだからよいではないか。
 うむ、こう考えたらどうじゃ。」
 空海が切り出すと、今度は広忠は思わずかしこまって耳を傾けた。
「よいか、姫は阿弥陀如来の化身だと答えるのじゃ。
 それゆえ、時が満ちれば、あちらの世界に帰らねばならぬ。
 その時が満ちたゆえ、おいとまするという話にしてはいかがじゃ。」
「おう、それはよい話を授かった。」
 広忠は喜んで帰ろうとして歩き出し、ふと、また空海に向き直った。
「しかし、待てよ。
 都の者どもときたら、中身のない仏像ですらありがたがるのだぞ。
 かぐやが阿弥陀如来の化身では、それこそ、逃げられぬようにお堂に閉じ込められて拝まれるだけではないか。
 それでは困る。もっと他の策はないのか?」
 広忠がせがむと、空海は叱った。
「こら、他人に一から十まで頼るものではないわ。
 そうでなくても、坊主には毒の、のろけ話を聞かされて迷惑したわ。
 後は自分で考えよ。」
 空海は明かりを吹き消すと、とっと寝床に入ってしまった。
 広忠は小さく息を吐くと空海の寝所から引き上げた。


 f_02.gif プログ村


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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    飛べなくても頭が悪くても
    地球人も宇宙人だ(笑)

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