銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

七 火鼠の皮衣

 蔀戸(しとみど)の庇の先では雨が縁を打つ音がしている。
 母が、ふと縫い物の手を休めて溜め息を吐いた。
 かぐやは傾げた頬から仰ぐようにして、めっきり皺の目立ってきた母の顔を見返す。
「母上、どうなされました?」
「かぐやが貴なる方々に難題を出して、はや一年あまり。」
 またお小言の始まりかと、かぐやは覚悟を決める。
「あっはい、そうなりますね。」
「貴なる方々も最初は『その品、きっと取って来よう』と意気込んでおられましたが、
あれからさっぱり見えません。」
 そこまで言うと、母は急にかぐやにいざり寄った。
「かぐや、そろそろ意地を張るのは止めたらどうです?」
 かぐやは心の中であやまりつつも、きっぱりと言う。
「意地ではありません。」
 母は呆れ顔で聞く。
「かぐやが都で、なんと噂されているか知ってますか?」
「知っています。
 貴びとを困らせて喜んでいる底意地のわるい田舎娘でございましょう、
 誰ぞの文に書いてありました。」
「まあ、よくそんなことを自分の口から。
 おかげでめっきり縁談の数も減ってきて、心配なことです。
 とにかく、貴びとたちに謝りの文でも差し上げて御機嫌を繋ぎとめるようになさいましよ。」
「母上、かぐやは殿方を迎えたくはありませぬ。」
「またそのような強情張りを。
 親の身にもなってくだされ。
 父上も最近では滅法老け込んできたし、ここらで親を喜ばせてくだされ。」

 その時、急に門が叩かれ、外が騒がしくなった。
 まもなく門番が母屋に駆け込んで言う。
「右大臣の藤原園人さまがおいでです」
 向こうの室の父が大きな声を上げる。
「おお、もしや難題の品を手に入れられたか?」 
「そのようでございます」
「至急、お通ししてくれ」
 父は母とかぐやのいる前に来て言う。
「右大臣藤原園人さまが例の品を手に入れたようじゃ、早うお会いする支度をせよ」
 母はもうおろおろとして右に左に歩く。
「まあ、かぐや、どうしましょう。
 私の化粧はどうしましょう、いえ、あなたはご自分の化粧をなさいな、そんな眠そうな顔では失礼ですよ」
「母上、何かの間違いですから、慌てないで結構です」
 かぐやは落ち着き払って化粧を確かめた。

 右大臣藤原園人が座ると、扇で顔を隠したかぐや姫と父母は平伏した。
「姫、父殿、母殿、待たせ申したな」
 父が平伏したまま言う。
「これはこれは、右大臣様、よくぞお越しくださいました」
「うむ、どうやら他の四人はまだ来られぬようじゃな」
「はい、ありがたい縁を戴いた心地です」
 父の言葉に右大臣はたるんだ顎を撫でた。

 右大臣の付き人が山吹色と珊瑚色の見事な珊瑚の置物を差し出した。
「まずは父殿へ、これは南の海の珊瑚じゃ」
「これは結構な物をありがとうございます」
 右大臣の付き人が台に載せた銀の簪と櫛を差し出した。
「母殿へは銀の簪(かんざし)と櫛(くし)じゃ」
「まあ、私にまでなんと礼を申してよいやら」
 続いて付き人は、蜜柑色、山吹色、浅緑、水色、菫色、白緑、柿色などの反物を八本乗せて差し出す。
「さて、姫には衣じゃ」
「ありがとうございます」
「ふむ、姫ならどんな衣を着ても似合うじゃろうて。
 わしが一番とは嬉しい限りじゃ。
 もっとも他の四人の困りようは風の便りに入って来ておったが」
「ほお、さようでございますか」
「うむ、大伴皇子殿は、印度というはるか遠い国まで使者を十名も送り、仏の御石の鉢を探しておられるようだ。
 葛原皇子さまは船を二艘出して、自ら乗り込み蓬莱を目指されたようだがの。
 大納言は龍がどこにおるのか調べているがまだ居所すらわからぬようじゃ。
 中納言は八方にさまざま手を尽くして、黄金の子安貝を産む燕の噂を集めておるようじゃがまだよい知らせはなさそうだ。
 わしは運がよかったかもしれぬ、ほほほっ」
 右大臣は貴びとしかしない甲高く細い笑いを上げた。
 
「それでは火鼠の皮衣を手に入れたのですか?」
 かぐやが聞くと、右大臣は扇子をヒタと音を立てて閉じた。
「もちろんじゃ、姫、」
 付き人の手で大きな台が箱ばれてきた。
「それ、とくと見るがよい」
 右大臣が言うと、上にかけられていた白い布がめくり取られ、その下に茶色の蓑(みの)のような布が姿を現した。

「どこで手に入れられたのでしょうか?」
 かぐやが問うと、父は鋭くたしなめた。
「これ、姫、失礼じゃぞ」
 それを右大臣は笑って止める。
「よいのじゃ、父殿。
 これは唐土の都にて手をつくして探させたのじゃ。
 大きな声では言えぬが、賄賂を贈り、禁城の倉庫の目録まで調べさせたのじゃ。
 その結果、禁城の倉庫にはなかったが、隋の時代の王宮商人の末裔がどうやら火鼠の皮衣を持っているらしいと探り出したのじゃ。そこで売りしぶる商人から大金をはたいて買い求めたのが、この火鼠の皮衣じゃ。ほほほっ」
「これが、まことの火鼠の皮衣ならば、火をつけてもよいはず。
 確かめてよろしいですか?」
「うむ、試されるがよい」
 右大臣は余裕綽々である。

 かぐやは門番の下男に命じる。
「その火鼠の皮衣を土間に置き、火をつけてください」
 下男は言われたように、火鼠の皮衣を土間に置き、細い松明の火を押し付けた。
 すると、どうしたことか、その皮衣はどんなに松明の火を押し付けても、少しも火を寄せ付けない。
「おお、この衣は燃えませんぞ!」
 下男はびっくりして言った。
「ほお、これが火鼠の皮衣か」
 かぐやの父も感心する。
「どうじゃ、姫、得心されたであろうて、ほほほっ」
 右大臣は高い声で笑った。
 しかし、それを、かぐやはがっかりした声で返した。
「右大臣さまともあろう方がまがい物を掴まされるとは。
 私もようやく決心しかけましたのに、なんとも残念なことでございます。」
「な、何を言うか?これぞ火鼠の皮衣に間違いない」
 右大臣がいきりたつと、かぐやが言い放つ。
「はて、火がつかないならば、誰が火鼠などと呼びましょうか?」
「う、う、そう言われると……、しかし、これは大金を積んでの」
「はい、まことに残念ですが、右大臣様に大金を積ませて騙したのでしょう。
 火鼠とは、常に炎に包まれていた鼠にございます。当然、一度火をつければ、いつまでも尽きることなく、燃え続けるのが、まことの火鼠の皮衣。
 もう右大臣様の胸に飛び込むつもりでいましたのに、なんとも残念でなりませぬ。
 どうか一刻も早く、まことの火鼠の皮衣を手に入れてきてくださいまし」
 かぐやはそう言うと、振り向きもせず自分の室に引き上げてしまった。
 右大臣は大きな溜め息を吐くと、帰って行った。


 f_02.gif プログ村


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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    飛べなくても頭が悪くても
    地球人も宇宙人だ(笑)

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