銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

六 難題


 寝床の傍らに、何者かがぬっと立つ気配を感じて空海は瞼を開いた。
「坊様よ、起きてくれ。」
 低い声に空海は暗がりの中、薄い掛けものを取り、灯明をともした。
 すると、切れ長の目に隠せない殺気を帯びた山賊風情が一人、それでも抜刀はせずに立っている。
「取り次ぎも介さず、勝手に寝所に忍び込むとは非礼なことだの。」
 空海が恐れず言うと、山賊風情の男、広忠はかすかに頭を下げた。
「許せ、その手が苦手でな。」
 空海は黙って広忠を見つめた。
「確かに、そのように見受ける。
 して何用かな?」
「この世にありそうで絶対にない珍品を五つばかり教えてほしいのだ。」
 すると空海は口の端に笑みを浮かべた。
「見かけによらぬ、おとなしい用だの。
 如何なる仔細があって、そんなものを知りたがる?」
 空海が尋ねると、広忠は照れながらも理由を説明して聞かせた。
「俺には、表沙汰にできぬ、それは可愛い妻があるんじゃ。
 その妻がのう、都の殿上人どもに求婚されて弱り果てておる。
 そこで断る口実に難題を出したいと申すのじゃ。
 坊様は唐土にも渡った当代一の知恵者と聞く。
 どうか五つほど珍品を教えてほしい。」
 広忠は砂金の入った袋を置いて頼んだ。
 空海は墨をすり、紙に五品をすらすらと書きつけた。
 そして広忠に向き直ると紙を差し出して言った。
「ここに五つ、品を書き付けた。
 はるか吐蕃という土地の伝説の中にも、主人公の娘が難題の品を出しておるが、それを真似て書いてみた。特徴も詳しく記しておいたから役に立とう。」
「ありがたい。」
 広忠が礼を述べ、置いたままにされてる砂金を再び押し出すが、空海は戻した。
「代金は要らぬ、お前と妻の餞別にくれてやる。」
「俺と妻の、餞別とはどういう意味じゃ?」
 広忠が聞き返すと、空海は礫のように言葉を投げつけた。
「お主、その妻とは生き別れることになろう。」
「な、なんだとう、」
 広忠は逆上して声を上げた。
「なんて出鱈目を言いやがる、承知しねえぞ、」
 そして太刀を、鞘から抜いて空海の肩先に突き出して睨みつける。
 しかし、空海の穏やかな目は広忠の怒気を吸い取るようだった。
「密教の法力で、お主の未来が見通せたのだから本当だ。
 妻の願いは、お主が、悪から清くまっさらに足を洗うことじゃろう、違うか?」
 空海はかぐやのことを鋭く看破され、広忠はうろたえた。
「そ、それがどうした、お、俺が悪から足を洗えないと言うのか?」 
 広忠は空海の襟をぐいと掴んで凄んだが、法力の宿った空海の目はひるみもしない。
「すべては宿命ゆえあきらめよ、せいぜい悪事を謹んで淡々と生きよ。」
 広忠は、なぜか胸の奥深いところを刺されたように感じ、しばし木彫の像のように動けなかった。


 広忠は走りづめでかぐやのもとへ戻り、空海の書いてくれた紙を見せた。
「どうじゃ、かぐや。」
「ええ、さすがは空海様、いい知恵を授けていただきました。
 広忠様もご苦労様でしたね。」
 かぐやに礼を言われると広忠は唇をゆるめた。
「空海様は、他に何か言われてましたか?」
 すると広忠はあの言葉を思い出して、慌てて首を左右に振る。
「い、いや、なんも言うとらんぞ。」
 かぐやは紙に見入って五つの品を誰に出そうかと考えて述べる
「大伴皇子さまには、仏の御石の鉢をお願いしましょう。
 これはお釈迦様が四天王の奉じた鉢を重ねてつくった鉢だそうです。
 葛原皇子さまには、蓬莱(ほうらい)の玉の枝をお願いしましょう。
 これは蓬莱山に生える輝く枝で、不死の薬の材料だそうです。
 右大臣藤原園人さまには、火鼠の皮衣を、お願いしましょう。
 これは唐土の伝説の火鼠からつくった衣です。
 大納言春日御行さまには、龍の頸の玉を、お願いしましょう。
 これは龍の頸の中にあり、口を開くと牙のところへ現れる五色の玉です。
 中納言菅原麻呂さまには、燕の子安貝を、お願いしましょう。
 燕が誰も見ていない時にだけ産むという子安貝です。
 どうです、広忠様?」
 かぐやが微笑むと広忠は大きくうなづいた。
「おお、どうせ、いずれもこの世にないものじゃろう。誰も手に入れることはない。
 かぐやはわしだけの妻じゃ、そうだな?」
「ええ。」
「いつまでもわしの妻だな?」
「ええ。」
「それを聞いて安心したわ。」
 広忠が強く抱きしめたので、かぐやは笑いながら言う。
「そんなに力を入れては息ができませぬ。」
「ああ、すまんすまん、お前があまりに可愛いでの。」
 広忠は安心して言った。


 f_02.gif プログ村

【故事メモ 蓬莱(ほうらい) 】
 中国の東南海中にある幻の蓬莱山のこと。不死の薬があるという。

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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    飛べなくても頭が悪くても
    地球人も宇宙人だ(笑)

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