銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

四 強盗の妻問い

 ある晩の真夜中を過ぎた頃、寝つけない広忠が山の頂きに出てぼんやり虫の歌を聞いていると東の山並みにようやく月が昇り出た。
 溜め息を洩らし、姫のことを想いながら月を眺めていると、昔、笑い飛ばした話にあったように、本当に半月が姫の横顔に見えてきた。
 広忠はむしょうに姫に逢いたくなった。
 己れのような野暮ったい悪人が恋を打ち明けたら気丈な姫は笑うかもしれない。さらにすがりついて口説こうとしたら、お前のような凶悪な化け物など嫌いに決まってますと断られるに違いない。
 その時は、太刀で自分の背を突いて胸を破り、そのまま姫の胸から背まで突き通して、二人串差しにして無理死にしよう。
 そんな凄まじいことも考えながら、広忠は盗み貯めてある美しい布地から五本ほどを背負うと姫の家に急いだ。

 広忠が姫の家の垣に近づくと、まだ帰らぬ男が一人立っていた。
 広忠が近づいて、でかい手でその男の口を塞いで睨みつけた。
 月明かりの下で突然髭ぼうぼうの大男に睨みつけられたらたまったものではない。
 広忠がその男の手を口に運んでやると、その男は自分で口を押さえたまま、走って逃げ出した。
 垣から姫の部屋を覗くと、運よく蔀戸が開け放たれ、姫が空を眺めている。
 その黒髪の細やかな線を束ねて月光を宿す輝き、空を見上げる瞳の潤んだ艶やかさ、頬からうなじへかけた柔肌の仄かな目眩ゆさ……広忠は久しぶりに目にする姫の、追憶を裏切らない美しさに感激した。
 しかし、声をかける決心まではつかぬまま、もう少し近くで姫の姿を見ようと、広忠は音も立てずに垣を飛び越えると庭の植え込みのもとに潜んだ。
 不意に姫は目を閉じ、青竹色の衵(あこめ)の袖から半分ばかり覗く白魚のような手を揃え合わせて何事か神仏に祈り始めた。
 微笑んでいる顔もよいが、真剣に祈る姿もまた凛々しい美しさがあった。広忠は仏像なんぞじっくり見たこともないが、女菩薩という仏像はきっと姫の祈る姿に似ているのだろうと思った。

 姫は合掌したまま、目を開いて呟く。
「まことに、あの盗賊は今頃どこにおるのでしょう。また悪事などはたらいておらねばよいが、」
 広忠は姫の言葉に我が耳を疑った。
 この山奥はそうそう盗賊が来る土地でない。とすると姫の言う盗賊とはこの広忠のことに違いない。
 ということはだ、姫はこの広忠の身を案じてくれているのだ。これは見込みがあるかもしれんぞ。
 込み上げる喜びに広忠は胸を熱くした。
 もちろん身を案じたからといって好いてるという話にはならないのだが、久しぶりに姫に会えただけで舞い上がり、自分を案じているというので、さらに舞い上がった広忠にはそんな理屈はどうでもよくなっていた。
 すぐ返事をしようかとも思ったが、それではきまりが悪いので、広忠は垣の外に一旦そっと跳ね出た。
 そうして、姫が和歌をひとつロずさんだ直後に、その前に大きな音を立て飛び降りてみせた。
 姫はびっくりして身を引きかけたが、すかさず広忠が言う。
「俺だ、この間の約束通り土産を持って来てやった」
 そう言うと、姫は安堵して徴笑みを浮かべた。
「ちょうどそなたが悪事をはたらいてないかと案じていたのですよ」
 姫にそう明かされ見詰められた広忠は嬉しさに赤くなりながら縁のすぐ際に近寄って言う。
「そのように案じられては、こっちの仕事にけちが付くじゃねえか。」
「まあ、悪事がなんで仕事でしょうか、のちのち罰を受けるのは、よいですか、そなた御自身なのですよ。」
 そう言われると広忠はむっとなったが、それは腹に納めて背中の荷物を開いてやる。
「少ないがちょいとした代物を持って来たぞ。」
 広忠が布地を出すと、梔子色(くちなし)、東雲色(しののめいろ)、撫子色(なでしこいろ)、秘色(ひそく)、勿忘草色(わすれなぐさいろ)が川のように広がった。
 月明かりの下でもその布の色鮮やかなことはひと目でわかる。
 広忠はさぞかし喜ぶだろうと考えながら姫の様子を伺った。
 案の定、姫は「なんと素晴らしい……」と呟いたのだが、次に出たのは広忠に対する非難の言葉だ。
「そなたは他人様からこのような高価なものを盗んで平気なのですか?」
 姫に睨まれると、広忠はうかつに地面に跳ね出た鯉のようにあたふたと口を動かした。


 f_02.gif プログ村

【故事メモ 梔子色(くちなし)
クチナシの実で染めた赤味を帯びた濃い黄色。口無しにかけて言わぬ色とも呼ぶ。
【東雲色(しののめいろ)
夜明けに東の空が色づく淡い赤色。
【撫子色(なでしこいろ)
ナデシコの花のような薄いピンク系の赤紫
【秘色(ひそく)
明るい灰色がかった青。唐の時代、庶民に青磁の使用を禁じた故事より。
【勿忘草色(わすれなぐさいろ)
勿忘草(ワスレナグサ)の花のような深みのある空色

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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    飛べなくても頭が悪くても
    地球人も宇宙人だ(笑)

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