銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

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 この時、広忠は、この国一番の怪力と嘴いてきた己れを打ち負かしかねない強敵を相手にしていたのだ。
 そいつはふとした瞬間に、広忠の喉の奥から洩れ出て来る怪物で、溜め息を洩らしたが最後、心の正面に可憐な水仙の花のように立ち現れて像を結び、柔らかな微笑みを投げかけ広忠の力を全て奪ってしまう。
 広忠は見えない鋼の糸で魂をかんじがらめに絡め取られたようになり、うっとりとそいつに見惚れる。長く黒い髪、白く透ける肌、艶やかな瞳、愛くるしい唇、そして暖かいいたわり。
 あの姫には、今までカづくでものにしてきた女達にはなかった、広忠を引きつける何かがあった。さらに不思議なのは、美しい容貌を細かいところまでくっきりと思い出せるのだが、そういう外見とはまったく別の何かが強烈に広忠を惹きつけるのだ。

「まったくわからん。」
 広忠はあの姫が巻いてくれた絹布を撫でながら何度も溜め息を吐いた。
「まったくわからん。」
 思い返してみると、あの家で姫に出食わした時から広忠はおかしかったのだ。
 騒がれなかったからよかったものの、姫を見た瞬間、広忠はすっかり見惚れてしまってしばらく声も出せなかった。さらに忍び込んだ家で騒ぎそうな女を殴りもせず、手篭めにもせず、果てはその脇で前後不覚に眠り込んでしまうという間抜けたことなど、以前の黒面広忠には全く考えられなかった。
「まったくわからん。」
 広忠は、また姫の面影に向かってふうーと溜め息を洩らした。
 ふとあの姫を手篭めにすることを考えてみた広忠は慌ててその思い付きを払いのけた。
 今の広忠は己れの肉欲を満たすだけで、この不思議な感情が満ち足りるとは思えなかった。もしそんなことになれば、あの姫は涙を流して広忠を罵るだろう。
 あの姫の涙、それは今や広忠がこの世でもっとも見たくないものとなっていた。
 広忠は不意に悟った。
 かつては、女どもを怖がらせたり泣かせたりして面白がっていたが、実は広忠の心はそこにあるのではなかったのだ。自分を恐怖の相手ではなく、一人の男として正面から見据えてくれる女を探し求めていたのだ。だが、大きすぎる体といかつい顔がいつもそのかすかな期待を打ち砕いてきた。
 そこであの姫に出会ったのだ……広忠を怖れることを知らぬ姫。
 もしかしたら、あの姫こそが広忠の求めていた女なのかもしれぬ。
 そこで広忠は口に出してみた。
「わしは、あのおなごに惚れた」
 そう言って広忠は一人で照れた。
 今、広忠の心は、男と女が真に心と心を通い合わせた時だけに掬える胸の奥底にある何かを、あの姫の輝く微笑とともに掴むことを熱烈に求めている。
 凶悪で知られた強盗黒面広忠も三十路を半ば過ぎて、ようやくまともな恋を知ったのである。

 広忠は、姫に美しい布でも贈って好いたことを告げようかと考え付いたが、姫の答えを考えると、わだわだと胸を震わせた。
 こちらが姫を好くのはよいとしても、あちらの美しい姫が凶悪な強盗のこちらを好く筈はありえないのだ。
 密告こそしなかったが、なにやら気の強そうな姫なのである。
 広忠を怖れはしない。だからといってそれは好いてるということではないのは広忠にもわかっていた。
 きっと、広忠が口説いたら、あの姫は自分の嫌う気持ちを、はっきりと正直に言って寄こすに違いない。
 今の広忠には、それががたまらなく恐ろしいのだ。
 分厚い胸板の毛を掻き毟った広忠は、乳母が火にかけていた猪の丸焼きを持ち上げると渓谷の奥深く投げ飛ばした。
「うおおーっ」
 広忠は熊も怯えるような怒鳴り声を上げた。

 こんなわけで広忠に言い寄る勇気はないものの、姫の麗しい姿をひと目だけでも見たい気持ちは次第に昂まり、狩りや強盗仕事の合間にちょくちょく出掛けては生け垣越しに姫の部屋を覗いてみるのだが、なかなか姫の愛くるしい姿を拝むことはできない。
 姫を見れない代わりに、広忠と同じ目的の男たちが垣に張りついているのに出食わすことはあった。
 しかも、その男どもの数は次第に増えてゆくようなのだ。
 そんな折、広忠はこいつら叩き斬ってやろうかと荒ぶる気持ちを起こすのだが、一方で、いやいや、そんなことをして、もし姫に知れてしまったら、ますます嫌われてしまうぞと気付いて思いとどまり、そっと身を隠すのが常であった。



 f_02.gif プログ村


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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    『地球人も宇宙人』。
    写真はッシェル・ポルナ
    レフの真似です

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