銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

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 一 強盗

 大同五年(810年)、唐の長安に倣らって整然と整理された平安京の町並みが賑わいだしたところに、平城太上天皇の変(薬子の変)が起きた。
 桓武天皇の息子である天皇兄弟が平安京と平城京に二人いるという異常事態に一時騒然となったのだが、これは弟嵯峨天皇の迅速な采配で収束し、嵯峨天皇の命令により空海が鎮護国家の修法を行うと、町は落ち着きを取り戻し、平安の都はいよいよ平和な繁栄を見せたのであった。
 
 黒面広忠と呼ばれる凶悪強盗が出没したのは、それから数年後のことである。

 この黒面広忠、六尺に届こうかという上背があるうえ、荒くれ男の図太い腕をもへし折る怪力、大きな牛を一撃のもとに殴り劇す拳、馬を追いかければ馬の方が根負けする強靭な脚力をすべて合わせ持つ怪物であった。
 そのうえ、強盗の手口も残忍を極めた。
 堂々と家に乗り込むと、立ち向かう家人の命を蚊のごとくに潰し、腰を抜かした女を慰みの道具のように弄び、鉄の堅牢な錠前を素手で抉じ開け、気紛れに金品を選んで持ち去るのだ。
 家筋などはおよそわからぬが、最初押し入った時に、誰何されて「ひろただ」と答えた名と、後に月の逆光に紛れた彼の容貌を見止げた生き残りが恐怖を込めて黒い面構えと伝えたことから姓がつけられ、黒面広忠と呼ばれたのである。
 朝廷も威信にかけて黒面広忠追捕の命を発し、懸命の市中見回りと近郊捜索を重ねたが、広忠は嘲笑うように捕り方を振り切り、どうしても補まらなかった。


 その晩、広忠は、朝廷でも有力派閥に属する大臣の屋敷に侵入した。
 いや侵入などという、こそこそしたものではない。
 広忠は憶病な貝のごとく閉じらている正門を平手で鼓のごとく叩いた。
 突然響いた、聞いたこともない音に門番は驚いた。
「何者じゃ?」
 すると広忠はにやりと口に笑みを浮かべて、
「黒面追捕の探索である、この門を開けよ」
 と偽りを叫んだ。
 門番は少しだけ門を開いて聞く。
「黒面が出たのか?」
「そうとも、俺が黒面じゃ」
 様子を伺おうとした門番に声を上げさせる暇も与えず、黒面広忠は門番の喉をひと突きにすると、悠然と敷地に入った。
 
 黒面広忠は太刀を片手にぶらさげ、堂々と寝殿造りの正殿の内に上がり込んだ。
「お楽しみじゃのう」
 そう声をかけられた、酒を飲んでいた大臣と客人は、誰だろうかと酔いにかすむ目をしばたたかせた。
 ようやく抜き身の太刀に気がついた時には命運は極まっていた。
 一瞬、ヒェッと声にならぬ声が上がったかと思うと客人の狩衣から血が染み出した。
 客人が前のめりに倒れると同時に、広忠の眼尻に寄った黒光りが大臣に定まる。
「ひ、黒面広忠じゃあ、出やれ」
 床を這うように逃げてゆく大臣の声は情けなくかすれていたが、脇の板戸が開いて三人の武者が飛び出してきた。
 しかし、広忠は血の滴る刀を片手にぶらりと持つだけで構えもしない。
 武者の一人が「ヤー」と叫んで斬りかかる。
 と、黒面広忠の刀がビュンと風切り音を立て、瞬間、かん高い音が響き、鋼がぶつかる火花が光るや、武者の太刀はあさっての方角に吹っ飛ぶ。
 次の瞬間、武者は床に広がり出した血の海に蛸のように手足を広げた。
 広忠が血走った目で睨みつけると、残る二人はほとんど戦意を失っている。
 中でも一人は股間から脹脛にかけて漏らし小便で袴を染めている。
「それ、二人でかかれ」
 大臣が言うと、もう一人の武者が半ば白棄になって突っかかった。
 しかし、広忠はこれをサッとかわして相手の脇腹を突き返した。
 そして、刃のこぼれてきた己の刀を捨て、武者の無傷の太刀を奪い取る。
 そして振り向くや、逃げ出しにかかっている漏らし武者をダッと追って戸口の手前で斬り殺した。
 またたく間に、用心棒の武者を始末した広忠は大臣に向き直った。
 大臣はなぜかまだ酒の瓶子をしっかり手に握ったまま腰を抜かして、顔を真っ青にしている。
 黒面広忠は大臣の手から酒の瓶子を取り上げると野太い声で命令した。
「やい、主、飯を用意しろ。」
「わ、わかった、誰ぞ、飯じや。
 早う、飯じゃ。」
 ちょうど物音に様子を伺いに来た家司は、切追した主の声と姿に出くわし「たっ、ただいま」と叫び、どたどたと走り去った。

 広忠は瓶子にそのまま口をつけ酒を飲み干すと、対屋(たいのや)に目をやり大臣に尋ねる。
「姫はあっちか?」
 大臣は恐怖の底から声を奮い立たせて懇願した。
「そればかりは許してくりょ。金は幾らでもやるに。」
「ほほお、よい心掛けじゃな。」
 広忠は笑った。


 f_02.gif プログ村

【故事メモ 対屋(たいのや)
寝殿造りにおいて正殿に対して、東西に建てられた脇殿である。主に妻や成人した娘が住んだ。

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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    『地球人も宇宙人』。
    写真はッシェル・ポルナ
    レフの真似です

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