銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

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 その年十月、高雄山寺にあった空海は嵯峨天皇より急なお召しを受けた。

 四年前、遣唐使の任を果たし唐から帰国したこの僧は、知識、法力とも並ぶものなく、そのうえ詩書にも明るく筆も立つため、書を好む帝に重用され、まもなく官寺の別当に任ぜられてめきめきと頭角を現した。
 帝は大事な仏教修法が必要な時は、まず空海に命じるようになっていた。今回もそのような用であろうかと空海は考えながら、唐で口伝された密教の占法で用件を探ったが、鎮護国家の徴も、病気祓伏の徴も出ない。
「このたびは気楽な用じゃ」
 空海は従者に言ってのんびりとした心地で宮中に参内した。

 しかし、紫辰殿に上がった空海は、昼の御座所の前ではなく、奥の御寝所の傍らに通された。
 はて、帝は風邪でも召されたかと空海は首を傾げながらそこに座った。
「おお、別当、よく来たな。」
 齢三十を過ぎたばかりの帝は嬉しそうに言い、身を起こすと御簾を巻き上げさせた。
 ひとまわり年長の空海は畏って言上する。
「これはこれは。
 予め占を立てた時は病の気配は見えませなんだゆえ、驚きました……」
「別当、さすがであるの。
 まわりがうるさいゆえこうして隠れておるが、格別病などではないのだ。」
 そこで帝は扇子を開きながら尋ねた。
「時に、別当もあの迦具夜姫のこと、どこぞより聞き及んでおろう?」
「はい、天子の隻眼と坊主の地獄耳は本朝の誇るぺきものにございます。」
 空海が言うと帝は笑みを洩らした。
「うむ。どうも、あの姫が月に帰ってしもうて以来、朕は食が細り気味で、何もする気が起きぬでな。
 いかなる縁あってか皇子に生まれつき、今日まで恋の実らぬことなく、産ませた子も手足の指の数より多いこの身だか、迦具夜姫のおかげてようやく恋に悲しむことを覚え、美しい面影に涙する毎日なのだ……」
「お察しいたします。」
「そこでこう思い立ったのだ、
 かの姫のこと、どうせ忘れようとして忘れられぬことならば、誰ぞにいい加減な噂を広めらられる前に、先手を取って、書き残しておきたいものだとな。
 それも形式張った記録ではなく、いかなる噂にも乗じられる隙のない、美しい話として残したいのだ。」
「なるほど。」
「姫に心寄せた者も多いが、それらの者だち皆の慰みにもなるような物語を残して、後世まで伝えたい。」
「なかなかの思いつきでございます。」
「そこで、唐土の高僧に舌を巻かせたそちの文才を頼みたいと思うがどうだ?」
「手前の拙文でよろしければ、」
 空海が承知すると帝は頷いてさらに付け加えた。
「ただし、くれぐれも朕の名は出してくれるな。
 美しい話にうつつの名は興が醒める。
 既に公の記録からも迦具夜のことは削らせてある。
 書き手が別当であることも悟られぬようにせよ。
 そうじゃ、女房どもの好む仮名書きにするがよい。
 出来上がったものも、内裏へ奉るには及ばない。
 どこぞ朕の耳の届きそうなところへ流してくれればそれでよいのだ。」
「承知いたしました。」
 空海は平伏して御寝所から下がった。

 橘の植え込み脇の渡り廊下を歩きなから、空海はさてどのように話を組立てようかと思案した。
 袖の内の数珠をつまぐり半眼にした空海の瞼にあの強盗の容貌が浮かんだ。
 できることならおぬしの話を取り入れてやりたいが、そうなると全てを明かさねばならない。
 ここはやはりおぬしの事はおくびにも匂わせず、吐蕃(とばん)の『斑竹姑娘』や我が国の竹取伝説、天女伝説、富士伝説をからめて夢物語のごとく書くしかあるまいな。
 低く垂れこめる雲を見上げた空海は、そう決めながらも、かえって心中に、あの強盗と、かぐや姫の恋物語の仔細を想い巡らさずにはおられなかったのだ。


 
 f_02.gif プログ村

【故事メモ 吐蕃(とばん)の『斑竹姑娘』 】
 吐蕃は7~9世紀のチベット王朝、『斑竹姑娘』は五人の貴人の難題求婚の話であり、内容が竹取物語のその部分と酷似している。 

  一 強盗 前編へ 

  姫盗り物語 目次へ 

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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    『地球人も宇宙人』。
    写真はッシェル・ポルナ
    レフの真似です

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