銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

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   1

 木曜の午後3時すぎ。
 大学キャンパスの正門の内側、ちょっとした広場の脇の花壇の前でめぐみ、美由紀、祥子は、彼が通りかかるのを待っていた。
 講義の終わった学生たちがグループ、あるいは単独で三々五々歩いてゆく。
「来たー」
 祥子が声を上げ指差す方向に、雑踏の中を、ひとりの白髪が少しまじりグレーの髪の中年男がなぜか白衣で自転車をこいでゆっくり走ってくるのが見えた。
 三人の女子大生は急いで手を振った。
「教授ーっ」
「天野教授ーっ」
 すると自転車の男は方向を修正し、三人の目の前にやってきて止まった。
「そんな、かまびすしい声をあげて、どうしたんです?」
 天野教授の問いかけに美由紀が言う。
「教授、あの、土曜日のお昼とか暇ですよね」
「土曜は庭の手入れをしますが」
「ちょっとなら、私たち、伺ってもいいですよね」
「あなたたち、突然、何なんですか?」
 天野教授は口髭をすっと撫でる癖をだして、三人を眺めた。
「そ、その、つまりですね、教授に、お料理を作ってあげたいななんて」
 そう言ってしまった美由紀の足を、隣のめぐみが踏んづけた。そして、小声で(できないこと言うなってば)と叱りつける。
 天野教授は言う。
「うちはお手伝いさんがいるので間に合ってます」
「そ、そうなんですか」
「それに、悪いけど土曜日はのんびりすごしたいんだ」
「そうですか」
 美由紀はがっかり肩を落とした。
 そして天野教授はペダルを踏みかけてたが、思いついたように振り向いた。
「ところで、何を作ってくれるつもりだったのかな?」
 すると美由紀は嬉しそうに言う。
「あの、ケーキです!
 正直、普通の料理はいまいちですけど、ケーキ作りには自信ありますから」
「ふうん、どんなケーキ?」
「そうですね……。
 もちもちふわふわの紅茶シフォンケーキはいかがですか。
 それで中に果物のキュービックスライスを混ぜて、うん、そう、煮リンゴの甘さとキウイの酸っぱさを同時に楽しめるぜいたくシフォンケーキ」
 美由紀のその言葉に、ごくりと唾を飲み込む音が、四人分した。
 天野教授は照れ笑いを浮かべながら、
「それではですね、さっきも言ったように、庭の手入れもあるから、来るのは午後からにしてください……」
 そう言って自宅の場所を教えると、颯爽と走り去った。
 
  2

 土曜日、めぐみ、美由紀、祥子は揃って、住宅街にある天野教授の家に向かった。
「美由紀、ケーキ、ちゃんと作れるの?」
 めぐみが心配して言うと、美由紀は材料の入った大きなバッグを抱いて、
「任せといてよ」
 と言った。
「まあね、そもそも天野教授に憧れる美由紀の言い出したことなんだから、失敗しても美由紀が失点するだけだから」
 祥子はツッコミを入れるが、美由紀は相手にもせず言う。
「それより、教授、奥さんがいないって噂、本当そうだよね?」
「うん、いたら、お手伝い雇わないよ」
「もしかしたら、奥さんいるけど、すごく料理とか下手で、雇ってるのかもよ」
 美由紀は「エー、ホントー」と声を上げて、
「そしたら、私にも勝ち目があるじゃない」
 美由紀のボケに、めぐみと祥子はたじたじと、
「キミ、そこに賭けるかね」
「普通、そういう風には考えないぞ」
 と笑った。

 やがてメモした番地に到着すると、天野教授の家は、木塀に囲まれた、かなり年数の経た木造洋風の平屋だった。開け放たれている門を入ると庭には常緑樹が二本、葉を広げて、その下に小さな花をつけた低木が並び、地面は芝生になっている。
 めぐみと祥子は「ちょっと古すぎない」とけちをつけるが、美由紀は、
「わー、ロマンチックだわあ」
 と、かなり気に入ったようだ。
 建物は窓枠やドアの枠が薄い空色系で、壁などはクリーム色系らしいのだが、かなり年数が経っているので、全体に灰色がかってくすんだ色だ。

 玄関の呼び鈴の古風な丸いボタンを鳴らすと、ドアにはめられた小さなガラスの向こうで人影が動き、女性の声がした。
「どちらさまでしょう?」
「こんにちは、今日、天野教授にお会いする約束してた大学生です」
 ドアが開いて、エプロンをした、背の低い50代の女性がにこやかに迎え入れた。
「旦那様がお待ちしてましたよ」
「おじゃまします」
 三人はそれぞれ名乗って、お手伝いさんに案内されて家の中に入った。

 玄関を入ったところは大きめのホールという感じで、壁際に腰ぐらいの高さの棚が並んでいる。奥へ進みながら、棚の中に目をやると、まず大判の書籍がかなりの量並び、続いて珍しい陶器や、古い時計、木彫りの人形や、仏教の曼荼羅図、筆記具、ガラス細工、勾玉、銅鐸、銅矛と博物的な物が飾ってある。
 つきあたりを右に曲がると、ホールからL字型につながる応接間のようになっていて、ソフアから天野教授が立ち上がったところだ。
「やあ、いらっしゃい」
「こんにちは」
「紹介しときます、不精者の僕のために、日曜日以外、家事をしてくれてる鷹原孝子さんです」
「鷹原です、よろしく」
「よろしくお願いします、今日、ケーキを作るので、鷹原さんもよかったら食べてください」
「あら、いいんですか?
 じゃあお言葉に甘えさせていただこうかしら」
「どうぞ、どうぞ、作るのはこの美由紀ですけど」
 祥子に手を上げさせられた美由紀は鷹原さんは眼中になく、
「でも、教授のお宅って素敵ですね、瀟洒な洋館の外観も趣きあるし、そこの棚にあったコレクションも素敵で。
 私、憧れてたんです、こういうおうち」
「そうですか、自分が旅行先で買ったり、知り合いに買ってもらったりして集めたものですが、コレクションなんて言うのはおこがましいガラクタばかりですよ」
「ところで、先生、奥さんはいらっしゃらないんですか?」
 めぐみが慌てて足を踏んだが遅かった。
 めぐみは頭の中で(そういうことはタイミング見て聞けと言っただろう、その前にお手伝いさんにでもこっそり聞いて情報仕入れて、なるべく人のいないところで聞けと、そうすれば詳しく聞けると教えたのに)とあきれる。
 天野教授はあっさりと、
「いますよ」
「えっ!」
 声を上げる美由紀の顔から一瞬で血の気が引いたように見えた。
 天野教授は微笑を浮かべ右手を胸に当てて、
「今も、ここにね。
 とても優しい妻でしたよ。
 毎日、掃除が終わると、そこにかけて、庭を眺めてにこにこしていました。
 結婚して八年後、妻のからだは血液の病気で亡くなったのです」
 みんな、しんみりと聞き入った。
「しかし、妻の心は今もここでつながっているように思っているんです」
 美由紀は頬を濡らした涙を拭うと、精一杯トーンを上げて言った。
「今日は、私、先生のためにうんと美味しいケーキを焼きますから」

 シフォンケーキは素晴らしい出来で焼き上がった。
 みんなで、ケーキを心ゆくまで味わった。
「こんなに美味しいのは初めてですよ」と鷹原さん。
「ほんとにしっとりふわふわ、美味しいね」
 めぐみが言うと、教授が続ける。
「私もケーキにはうるさいんですが、これは店を出せるぐらい美味ですね」
「きゃあ、教授に褒められた」
 美由紀はおおげさに喜ぶ。
「私も焼いたことあるからわかるけど、シフォンケーキはこういう果物を混ぜると、焼き加減がすごく難しくなるんですよ。
 美由紀、よくこんなに上手に焼けたね?」
 祥子が言うと、美由紀は満足そうに、
「えへへ、私と、教授のキッチンのオーブンの相性がよかったんだと思います。
 日曜日に鷹原さんがお休みなら、私が……」
 美由紀がまたもや暴走かとめぐみが心配したその時、美由紀の携帯が鳴った。
 さすがの美由紀も携帯の着信にはすぐ出た。
(はい、はい、そうです……。
 え、妹です……、そんな)
 美由紀は真っ蒼な顔をして、
「どうしよ?お兄ちゃんが交通事故で運び込まれたの!」
 パニック寸前で叫ぶと、教授が大きな声で言う。
「今すぐ行こう!」
(はい、今すぐ行きます、場所は?川崎市宮前、聖マリア医科病院、わかりました)
 鷹原を残して、教授と三人の女子大生は外に出てタクシーを止めた。
 
  3

 病院にたどり着き、名前を告げると、美由紀の兄達也はまだ集中治療室にいるという。

 そこで集中治療室にゆくと、その手前まで緑の手術着の医師が出てきて、容態を告げる。
「なんと説明したらいいか難しいのですが、お兄さんの怪我は胸を強く打ったものですが、内臓の損傷はなく、それほど深刻ではないんです」
「じゃあ、大丈夫なんですね?」
 美由紀がホッとして聞くのを、医師は手でさえぎる。
「それがですね、体の損傷は胸部の打撲、肋骨の骨折程度で、たいしたことがないにも拘らず、意識レベルは昏睡で、大変危険な状態なんです。
 頭部のMRIもMRAも詳細に確認したんですが、頭部にダメージは見つからないのです。
 こういうケースは非常に稀なので、今は厳重に容態を監視しています」
 要は訳がわからないので様子を見ているということらしい。
「じゃあ、どうなるんですか?」
「今の時点では、快方に向かうか、そうでないかも半々としか言えないんです」
 医師が言うと、美由紀は「イヤア」と床に膝をついて医師の足をつかんで喚いた。
「助けてください、お願いします、助けてください」
 そう言って泣き出した。
 そこで天野教授が医師に尋ねた。
「それでどんな事故だったんでしょうか?」
「交通事故です、お兄さんは助手席だそうで。
 運転してた友人は胸と膝に大きな怪我をしましたが、こちらは安定してます」
「ではその人もこの病院にいるんですか?」
「はい、集中治療室の中ですが、今は麻酔で眠っています」
「もう少し詳しい事故の内容が知りたいのですが?」
「私たちには詳しい情報はありませんので、消防に聞いてください」
「もう一度、確認しますが、ダメージはないのに意識は昏睡ですね」
「はい、論理的にはありえませんが」
「ありがとう」
 天野教授は美由紀を引っ張り立ち上がらせると、めぐみと祥子に言った。
「では、めぐみさんと祥子さんは、まず消防に連絡して、どこの警察署が事故を担当したか聞き出して下さい。
 それがわかったら、警察署に行って事故の詳しい状況を聞いてきてください。
 その際、自分が妹の美由紀だと言った方が話が通りやすい、美由紀さんの学生証を持って行きなさい、わかりましたね。
 私はここで待って運転してた人に話を聞けないか確かめます」
「わかりました」
 めぐみと祥子は、美由紀から学生証を借りて、電話をしに駆け出した。

 すっかり夜になったが、運転していた兄の友人が麻酔から醒める気配はなかった。また美由紀の兄の意識もまったく変化ない。
 天野教授と美由紀は駆けつけた美由紀の両親とともに廊下の長椅子にかけていた。
「先生、すみません、娘ばかりか息子の心配までしていただいて」
 両親はただ虚しく過ぎる時間に耐えながら、時々、そんな言葉を繰り返していた。
「いや、そんなこと考えなくていいですよ。
 それより、美由紀さんのお兄さんが早く回復するように祈りましょう」
 天野教授はそう言ったが、しばらくして美由紀に「ちょっと」と言って廊下を歩き出した。

 美由紀は後を追いかけて小さい声で尋ねる。
「どうしたんですか?」
「ええ、お兄さんの居場所について考えてみました」 
 そう言われて美由紀は首を傾げた。
「居場所って集中治療室以外なんですか?」
「わかりません。しかし、体にダメージがないのに、意識が昏睡という場合、素直に考えたら、それはお兄さんの意識に、どういうことが起こっていると想像できるかな?」
「はあ、体はダメージない、意識は昏睡」
 美由紀は考え込んだ。
 天野教授は携帯を取り出して眺めた。病院なのだから、本来、電源を落とすべきだが、今はめぐみたちからの連絡を待つため、電源を落とすわけにはいかない。
 と、突然、美由紀が「教授」と声を上げた。
「もしかして兄は幽体離脱ですか?」
「うむ、幽体離脱した可能性がある」
 美由紀は体が震えるのを感じた。

 その時、教授の携帯にめぐみから電話が入った。
(どうかな?)
(ええ、わかりました、事故は速度の出すぎていた乗用車がブレーキをかけ、スピードが落ちたところで道路わきの立ち木に激突です)
(それで事故の起きた住所を正確にメールしてくれるかい?)
(わかりました)
(ああ、あと今現在車がどこにあるか警察で聞いてみてくれないかな?)
(わかりました)
 携帯を切った天野教授は美由紀に言う。
「さあ、お兄さんの'中身'を探しにゆくよ。
 まず、ご両親にうまく口実を話して抜け出すんだ」

  4

 事故現場は二車線の街道がゆるく右にカーブしていて、左手は山になっている。そしてガードレールがない。
 天野教授と美由紀はコンビニで調達した電灯で道の左側を照らして、立ち木の幹が生々しく抉られているところを見つけた。
 どうやら、ここに追突したようだ。

 そこへタクシーが一台止まった。
「お待たせしました」
 降りて来たのは美由紀もひよりのお別れ会で会った天野教授の研究助手柴崎智美である。
「急に呼びたててすまないね」
「ここですか?」
「うん、この木にぶつかって車が大破したらしい。
 だから木自体には触れてないだろう」
「難しそうですが、やってみます」
 智美はそう言うと立ち木の手前で白い手袋を外した。
 智美は集中すると、その場の空間にある記憶を読もうとする。
「どこが痛む?
 名前は言える?
 今、出してあげるからがんばって。
 チクショー、まだローンがあるのにオシャカかよ。
 ちょっとスピード落としてればよかった」
 天野教授は智美に指示を出す。
「智美君、彼は助手席だから、もう少し左だ」
 智美は黙って一歩左に寄った。
「あれ、どうしたんだ?
 事故が起きたのか?
 ちょ、ちょっと、何だよ!
 そこに見えるのは僕の背中?
 どういうこと?
 あ、まだ引っ張り出さないで本当の僕は車の屋根に引っかかってるんだよ!
 それは僕の体だけだって、僕が今、戻るから動かすなよ!
 聞こえないの!
 聞こえないのか!
 まずい、まずいよ!
 勝手に連れてゆくなよ!
 本当の僕はここだよ!
 おーい、止まれ!
 本当の僕も連れて行けよ!
 おーい、止まれってんだ、このお!
 おーい、止まれ、止まれーっ!
 戻って来い、戻って来いよー!
 行っちまったよ……。
 そこのお巡りさん、僕はここだ、ここだって!
 僕はここだ、ここだって!
 ふざけるなよ、僕を助けて!
 僕はここだ、僕を助けて!
 僕はここだ、僕を助けて!
 僕はここだって、行かないで!
 レッカー車か、どこへ行くつもりだよ!
 教授、ここでエスティンギッシュ」
 天野教授はうなづいた。
「うん、じゃ、そこまで。
 美由紀さん、めぐみさんに電話して、レッカー会社の追跡はどうなってるか、聞いてみてくれるかい?」
 言われて美由紀は携帯を開く。
(もしもし、あ、めぐ、私、)
(美由紀、ちょうどよかった、今、電話しようと思ったの)
(うん)
(車はもうレッカー会社にはなくて、自動車処理工場にまわされたみたいなの)
(そうなの、で、場所は)
 美由紀は携帯を閉じると、天野教授に言う。
「車は川崎の自動車処理工場だそうです」
「詳しい住所は?」
「聞きました」
「よし、急ごう」


 教授と女子大生と智美はそれぞれ手に電灯を持って、自動車処理工場の敷地に入った。
 広場に、たくさんの車が5台ぐらいずつ無造作に積み上げられて、それが列をなしている。
「車の種類は?」
「青いカローラです」
「一番最近だからおそらく端っこの方だろう」
「教授、兄はもうぺしゃんこにされたんじゃ?」
 美由紀は高さ30センチぐらいになってる車たちを見て尋ねた。
「大丈夫、こっちのお兄さんは物質じゃないから、車が潰されてもお兄さんが潰される心配はいらないんだよ」
 天野教授の言葉に美由紀は「わかりました」とうなづいた。
 端から調べると、まもなくニ台積み上げられた上の車が、青いカローラだった。
 ボンネットの真ん中が大きくへこんでいる。
「智美さん、お願いします」
 智美は白い手袋を外すと肩の高さにある助手席のドアの中に手を入れた。
 そして集中すると、天野教授が尋ねる。
「智美君、どうだい、そこにいそうか?」
「いいえ、ここには幽体特有の濃密な記憶束はありません」
 やがて智美は引き出した記憶を語りだす。
「おい、こんなところに置きっぱなしにしないでくれ!
 どういうつもりだ!
 僕は助手席の屋根にまだどこかが引っかかってるんだ!
 おい、行かないでくれ!
 どうしたらいいんだよ、誰も気付かない!
 このままじゃあっちの体だって困るし、こっちの俺だって困る。
 なんか手はないのかよ!
 参ったな、どうしようもないのか!」
「お兄ちゃん!」
 思わず美由紀が言うと、智美も言葉を止めた。
 しかし、沈黙が広がるばかりだ。
「美由紀さん、ためしにもう一度呼びかけてみて」
「はい、お兄ちゃん、いるなら返事して」
 そこで天野教授が注意を付け加える。
「あなたの体は川崎市宮前の聖マリア医科病院だって教えてあげるんだ、自分の体がそこにあると意識すれば飛んでゆけるはずなんだ」
「お兄ちゃん、いたら聞いて、お兄ちゃんの体は今、川崎市宮前の聖マリア医科病院の集中治療室よ。わかった?」
 美由紀が言ったが返事というか、反応はない。
「もういないのかもしれないね」
「お兄ちゃんはどうなるんです」
「おそらく、今はパニック状態で考えることができないんだろう。体が元気なうちに帰ればいいんだから、それほど焦らなくてもとは思うが……。
 もう少しまわりを探してみようか」
 天野教授が言うと、みんなはそこから移動しだした。
 めぐみと祥子は美由紀の腕をつかんで励ました。
「大丈夫よ、きっと教授が見つけてくれるわ」
「そうよ、智美さんのすごい能力知ってるでしょ」
 そう言ったとたんに前方を歩いていた智美が突然、派手に転んだ。

「痛ーっ、教授、今、私、幽体特有の記憶束に足がひっかかりました!」
「え、そこにいるのか?」
「そうみたいです。
 この辺に!」
 智美は地面の上、十五センチぐらいをさするようにする。
「しかし、反応が弱いです」
「やだ、まさか死にそうなの」と美由紀は心配する。
「いえ、幽体に死はないの、たぶん寝てるんだわ。
 寝てる幽体なんて、こんなの初めて」
 天野教授が言う。
「美由紀さん、呼びかけて」
「お兄ちゃん、こんな地面で寝てないで、起きて、早く起きてよ。
 起きろーっ!起きろーっ!起きろーっ!」
 とたんに智美が顔をそむけた。
「あ、起きた、美由紀さんの記憶が溢れてきた。
 ごめんなさい、実体の記憶は強すぎる」
 智美は慌てて手袋をはめた。

 美由紀は大声で言ってやる。
「お兄ちゃんの体は今、川崎市宮前の聖マリア医科病院の集中治療室よ。
 意識を自分の体に集中すると飛んで行けるのよ、わかった?」

 次の瞬間、空に向かって「ワッ」と小さな男性の声が響いた。

「はっきりしないが、戻ったような気がするね。
 病院へ戻ってみようか」
 天野教授が言うとみんなが歩き出した。
 しかし、誰もが首を傾げていた、ただ一人兄の回復を確信した美由紀以外は。 《了》


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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    飛べなくても頭が悪くても
    地球人も宇宙人だ(笑)

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