銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

 橋西春彦は金融大手日光ソデアル証券総務部の二十代半ばの社員である。

 その春彦がサンフランシスコ支店に出張を命じられた。
 バブル時に勢いで出店してしまった会社のお荷物のサンフランシスコ支店とはいえ、周囲は、特に女性社員はうらやましがることしきりである。
 しかし、出張といっても、その実体は、ワンマンで派手なパフォーマンスが大好きな五屋社長について行って、クラーク上院議員に、土産としてガラスケースに入った京人形を渡すだけの仕事である。
 そんなもの運送屋に頼んで、現地のスタッフにさせればよさそうなものだが、現地支店に打診したところ、プレゼンター、およびその補助は労働契約項目にないと総スカンをくらい、結局、本社在籍者で一番仕事を抜けても支障のない春彦が抜擢されたのだ。
 いや、こういう場合、抜擢とは決して言わないだろうが……。

 サンフランシスコに着いて、リムジンに乗り込んだ五屋社長は、カエルのように広い唇を舌なめずりしながらシステム手帳に目を通し、運転手に言った。
「よし、レッツゴーだ」
 京人形のガラスケースを抱えた春彦が慌てて言う。
「あの、秘書の山本さんを待たないんですか?」
 秘書課から同行してきた山本がまだ乗り込んでない。
 すると五屋社長はこともなげに、
「あいつか、やつは、税関でまごまごしたから、クビにした」
「え、そんな」
 春彦は驚いた。
 つい、さっきまで飛行機のシートで彼と談笑して「本当に、お前は俺の最高の右腕だよなあ」と激賞していたばかりである。
 大体、社長の性格は噂も耳にしていたし、想像はついていたが、ここまでひどいとは。
 春彦は開いた口を、ゆっくりと閉じた。

「お前さ、日本の相場を逐一チェックしておけよ。
 うちは情報が命なんだから、俺が日本の相場状況を知らないで済まされないだろう?」
「は……」
 春彦は唖然とした。
 アメリカと日本の時差はほぼ半日、日本の株式市場が忙しく動いている時、こちらは真夜中なのだ。
 それを逐一チェックなどしてたら、寝る間がなくなる。
 このワンマン社長はそんなこともわからないのである。
 しかし、春彦は、ここでムキになって反論するほどバカではない。
「わかりました、チェックします」
 早速、本社ディーリング部にメールを入れ、山本秘書が解任されたこと、社長が判断すべき相場の緊急事態にはすぐ携帯電話を鳴らすようにということ、特に問題なければ相場の節目毎に携帯にメールを送るようにということを頼んだ。

「ところでお前さ、金ある?」
「なんの金ですか?」
「滞在費だよ、トラベラーズチェックは出金係の山本のサイン済みで使えないからくれてやった。
 俺、プラチナカードと日本札しかないんだよな」
「はあ、じゃあどこかで両替しましょうか?」
「お前、証券会社のCEOがいきあたりばったりで両替したらおかしいだろ。
 レートを見て有利な時を見極めて両替しなきゃ笑われるぞ」
 誰がそんなのいちいち笑うんだよと思ったが、それを言い返しては放火魔に灯油を与えるようなものだ。
「じゃあ、どうします?」
「こっちの支店で都合つけてくれよ」
「わかりました、本社に電話して話を通します、携帯を貸してもらえますか」
 春彦は社長の携帯から総務部秘書課長に電話した。

(お疲れ様です、橋西です)

(やあ、橋西君、山本君のことはディーリング部から聞いた。
 もちろん想定内だけどね)

 突然の解雇が想定内ってどういう会社だよ、と思いながら春彦は言う。

(それでですね、トラベラーズチェックを山本さんにあげて、手持ちがないので、サンフランシスコ支店から滞在費もらえるようにかけあってほしいんです)

(わかった、なんとかできるだろう。
 すまんが社長の世話を頼むよ)

 春彦は、本社からの連絡を受けた支店からドル建ての滞在費を受け取り、ホテルへのチェックインも無事済ませた。
 それから五屋社長にお供して、日本レストランに入った。
 メニューを見ながら五屋社長は言う。
「俺はこっちにするしかないな、殿様コース」
 そして春彦に言う。
「お前はこっち食べてみろよ、忍者コース。
 何が出てくるんだろうな」
 五屋社長は楽しそうだが、春彦は忍者という名前だけでうんざりした。

 やがて運ばれてきた殿様コースは、丸く盛りあがった豆腐に金箔をちらし、昆布で作ったちょんまげを乗せ、隣に太刀に見立てた天ぷらが立っている。稚拙なビジュアルだけの料理だ。
「見ろよ、豆腐の下からステーキが出てきた!」
 五屋社長はご満悦である。
 忍者コースはというと、人参、大根を手裏剣の形にカットしている。
 竹の皮に見立てた包みを開くと、中から紅鮭、ぶり、鯛の切り身がみっつ並んでいる。
 サンフランシスコまで来て趣味の悪い日本料理を食べさせられた春彦は、ホテルの部屋に帰ってからカップラーメンを食べて、口直しした。
 

 翌日の昼はいよいよ、日本の経済誌の記者、カメラマンと合流し、クラーク上院議員に会うために出かけた。

 場所はコンベンションセンターを見下ろすガラス張りのVIPルームだ。
 本当は、五屋社長としては、映画俳優であり、州知事でもある有名人に会って自説をぶって経済誌に大きな記事を出したかったらしいが、相手にされず、アポイントが取れなかったのである。

「はじめまして、ミスター・クラーク。私は日本で最も有名な証券会社のCEOです」
「ようこそ、ミスター・ゴヤ」 
 カメラマンに握手の写真を撮らせて、春彦がガラスケースに入った京人形を上院議員に手渡す。
 おそらく、ここが今回の会談の頂点だった。

 和やかな雰囲気で二人が席に着くと、まず、五屋社長が得意そうに英語で言う。
「わが社は日本で最もたくさんのアメリカ市場参加者がいる証券会社だ」
 クラーク上院議員は嬉しそうにうなづいて、
「それは素晴らしい、実は、私の友人たちも日本への投資に興味津々だ」
「日本のどんな分野に投資するつもりだ?」
「いろいろあるが、一番の関心は金融、不動産だ」
「ほおー、例えばどんな会社の株を買うつもりか?」
「あなたの会社なんかにみんなの興味が集まっているよ、
 あなたの顧客は利子の殆どつかない国債をありがたがって買うんだから、我々の債権を証券化してちょっと利子をつけたらどんなに飛びつくか。
 それを思うと私の友人たちは夜眠れなくて、昼寝ばかりしているよ、ハハハ」
 上院議員のジョークに釣られてカメラマンが笑ってしまった。
「それで、ミスター・ゴヤ、いくらぐらい出せば、君の会社は私の友人の買収に応じてくれる?」
 五屋社長の眉と頬が痙攣しているのが見えた。
 いきなり初対面で買収しようと言われたら、どこの社長でも穏やかではいられまい。
 まして、自分のお山は世界一のお山と勘違いしている大将五屋社長が相手である。
 むっとした五屋社長は春彦に日本語で、つまらないテレビコマーシャルとして有名な台詞『日光せずして結構言うな』を英訳してやれと命ずると席を立ってしまった。
 春彦は愛社精神を発揮して英訳して、上院議員と握手して別れた。
 
 ホテルに帰った春彦は、五屋社長のスイートルームに呼ばれた。
「俺は本社の用事で、今からすぐ帰らなきゃならないんだ。
 そこでお前に頼みがあるんだが」
「なんでしょうか?」
「実は娘の真嵯魅に土産を約束してたんだが、それを買ってやってほしい」
 五屋社長はテーブルの上に百ドル札のひと束を置いた。
「難しいですね、僕が選んで気に入るかどうか」
「大丈夫だ、毛皮のコートなら、狸でも狐でも喜ぶから。
 俺はいつもそうしてる」
 春彦は噴き出しそうなのをこらえて、
「では毛皮のコートならなんでもいいんですね、わかりました」
「うん、あと、お前も土産買うだろ。
 これはそっちの足しにしてくれ」
 五屋社長はそう言うとさらに百ドル札の束を置いた。
 たぶんこれを断ると怒り出すと感じた春彦は素直に受け取った。
「ありがとうございます」
「お前の名刺くれる、忘れるといけないからな」
 もちろん出発前には橋西と自己紹介していたのだが、終始お前としか呼ばないのだからたいしたものである。
 春彦は名刺を渡して、社長の部屋を後にした。


 仕事のなくなった翌日、春彦はチェックアウトを済ますとチャイナタウンに出た。
 見慣れたハンバーガー大手のMのマークがついている「麦当労」に入って、日本のそれよりふたまわりも大きいハンバーガーと、4倍ぐらいの量のポテトチップスを食べると、通りを歩きながら、土産について考えた。
 会社には定番のギラデリチョコを買って済ませよう。
 両親や、妹の千夏には何か食器でも買うか。
 社長の娘真嵯魅は毛皮だ。
 彼女の由加里には社長からもらった金で何かふんぱつしよう。

「ちょっとアンタ」
 おかしな発音の日本語で呼び止められて、ふと足が止まった。
 見ると、店の出入り口の隣に木製の椅子を出して、黄土色のチャイナ服の男が座って手招きしていた。
「アンタ、土産、買いたいたろ?」
「どうかな」
 春彦は警戒して言った。
「毛皮のコート探してるなら、滅多に手に入らないチン品あるね」
 春彦は少し気になって答えてしまう。
「ふーん、見るだけならいいか」
 そう言ってみたものの、入り口にはいきなりクマの手の剥製があり、店内に入ると棚に漢方に使う植物の枝やら、水牛の角やら、亀の甲羅がずらりと並ぶ、ちょっと怪しい店である。

 チャイナ服の男は店の奥にいったん引っ込み、毛皮のコートを持って出てきた。
「これ、全世界にイッコしかない、グレムリンの毛皮のコートある」
 それは全体が白っぽい短い毛で、ところどころに薄茶色の部分があり、その模様がいいアクセントになっている。
 裏地はシルクで縫製も悪くなさそうである。
 グレムリンというのがどういう動物かわからないが、どうせ狸でも狐でもいいと言ってた社長の娘への土産である。
「いくら?」
「1万ドルね」
「じゃ貰おう。
 他になんかいい土産ある?」
「そう、プラントもののバッグなんかとうね」
「ああ、見せて」

 チャイナ服の男は今度は大きな黒いバッグを持ってきた。
「これは高級品ね、造りもしかりしているし、プラント保証書もあるね」
 春彦はバッグを手に取った。長さは50センチくらいあり、大きめだ。
「これはいくら?」
「1万ドルね」
「こっちも1万ドルか、高いな、ふたつも買うんだから値引きしなよ」
「ためため、うちは値引きしないね」
「そんなんじゃ買わないよ」
「わかった、値引きの代わり、アンタの運命見てやるあるよ」
「そんなのいらないよ」
「けちけちしない、とうせ2万ドルもらったんたから、ぽんと買うよろしい」
「なんで知ってるんだ?」
「たまって座ればぴたりと当たる!
 私、この宣伝文句、三千年使ってる占い師か本業あるよ」
 春彦はなぜか男の言葉に呑み込まれるかのようにコートとバッグの代金を払った。

 占い師は竹ひごを取り出し、波打つように操り、文鎮を並べて言った。
「アンタ、毛皮渡す、その娘、文句言って、バッグがほしい言うね」
 春彦はめまいを覚えた。
「勘弁してくれよ」
「しかし、アンタ、バッグは1万と引き換えに言うと、その娘、喜んで手を打つね」
「じゃあちょっと儲かるんだ」
「たけと、アンタの会社、もうタメね。
 アメリカの会社に乗っ取られるある」
「困ったな」
「タイジョウプ、アンタ、その前にクビね」
「それは、大丈夫と言わないんだよ、日本語勉強しなよ」
 春彦はがっかりして、コートとバッグを抱えて、残りの土産を買い空港に向かった。

 帰りの空港で社長の娘真嵯魅から携帯にメールが入った。

(ちわ~、まさみんだよ、パパからハッシーがお土産持ってくるって聞いたよ)

 おいおい、いきなりハッシー呼ばわりのタメぐちメールかよ。

(そいでね、成田は何時かな?
 まさみん、明日ひまなので、迎えに行っちゃうのだー(^o^)/)

 春彦は溜め息を吐いて返事をする。

(はじめまして、橋西です。
 成田は明日の朝9時30分の予定です)

(それでは明日、まさみんがお迎えに上がりますわ(*.*)ゞ)


 空港に着いた春彦はアイシャドウをばっちり入れた背の高い美人に声をかけられた。
「橋西さんですね」
「ええ、あなたは?」
「やだあ、昨日メールいたしました、真嵯魅ですわ」
 春彦はエッと驚いた。
 あのカエルの唇の社長からこんな美人が生まれるとは想像できなかった。
「VIPルーム取ってありますから」
 そう言うと真嵯魅は空港の特別室に春彦を引っ張った。
 
 ソフアに腰をおろした春彦は、覚悟を決めてグレムリンのコートを取り出した。
「社長からお嬢様は毛皮がお好きと伺ったものですから」
 真嵯魅は毛皮を受け取ると微笑んだ。
「素敵な柄じゃない、こういうのもいいわ」
 春彦は内心ヤッタと思った。
 あれはやはりインチキ占い師だったな。
「で、ハッシー、これはなんの毛なの?」
「ああ、お嬢さん、グレムリンて知ってます?」
 それを聞いて、真嵯魅の表情が険しくなった。
「知ってるわよ、映画でしょ、DVDで見たわ。
 水をかけると繁殖して暴れて大騒ぎを起こすの、冗談じゃないわ」
「ちょ、ちよっと待って下さいよ、それは映画の話ですよね。
 まさか、実際にそんなことになるはずないでしょ」
「……だと思うけど、なんか気分よくないわ」
 春彦はやっぱり占い師の言葉は当たっていたと考え直した。
「あ、そっちの包みは何よ?」
「これは僕の彼女にあげるものです」
「だから何なの?」
「彼女に約束したバッグなんです」
「私、バッグがいい」
「だめですよ、そんな、子供みたいなこと言わないで下さいよ」
「いやあ、まさみん、バッグにするう」
 春彦は抵抗をあきらめ、占い師の言葉を思い出した。
 春彦が思い切って1万と引き換えという条件を出すと、真嵯魅はあっさりと受け入れた。


 春彦は由加里の部屋を訪れてグレムリンのコートを渡した。
「そのコート、水につけると駄目かもしれない、グレムリンの毛皮なんだよ」
 春彦が言うと、由加里は聞き返す。
「何、グレムリンて?」
「うん、水をかけると繁殖して暴れて大騒ぎを起こすらしい。
 なんか昔、そんな映画があったんだってさ」
「ふうん、でもいい柄じゃない。
 グレムリンなんて嘘に決まってるわ」
「でも気をつけて」
「わかってるって、ありがとう、ハル君」
 由加里は春彦にキスした。


 そして、事件は一週間後に起きた。

 夜、春彦が携帯に出ると、
「ギャヤアーッ、助けてーッ」
 スピーカーが壊れるかと思うほどの悲鳴が聞こえた。
 ま、まさか、コートを濡らしたら、グレムリンが本当に出たのか!
「おい、由加里、大丈夫かあ?」
 春彦が叫ぶと、
「ギャアー、違う、真嵯魅よーッ、助けてー」
「えっ、どうしたんです」
「バッ、バッグー、バッグにワッ、ギャー、来ないでー、ワックスかけたら、ワニが、ワニが出てきたのーッ、ギャアーー、助けてー」
「そこの住所は!?」
 春彦は急いで警察と消防に連絡を取った。
 そして溜め息を吐いた。
 なるほど、これでクビになるわけだ。


 あれから1年が過ぎた。

 春彦はサンフランシスコのチャイナタウンを訪れていた。
 しかし、店は以前のままにあったが、あの占い師の姿はなかった。
 代わりに中年の女性がなまりのある英語で答える。
「あの人は数年に一ヶ月ぐらい現れるだけだよ」
 春彦はがっかりした。
「そうですか。
 あの人のアドバイスのおかげで、僕はクピになっても大丈夫だったんです」
「そうかい」
「あの人の言う『大丈夫』がもし本当だとしたらって考えて、彼の言う1万の単位は円じゃなくて、株なんじゃないかって気付いたんです。
 買収が本当に実現したら日光ソデアル証券の株は一気に跳ね上がり、1万株はひと財産になりますから。
 ただ、まさか真嵯魅さんがそんな条件飲むとは思わなかったけど、試しに言ってみたら、予言通りあっさり受けてくれた。
 彼女も父のワンマン経営にはあきあきしてたようで。
 おかげで、僕はその時の利益を元手に、世界各地で土産物屋を展開しているんです」
「よかったね、あの人の言葉を信じることができる人は幸運に巡りあえるのさ」
 中年女性にそう言われて春彦はうなづいた。
「ところで、珍しい腕時計あるよ、インディージョーンズがしてた腕時計だよ、1万5千ドルで売ったげる」
 春彦はにやにやして言った。
「ふーん、見るだけなら」             《了》


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※この作品はフィクションです。実在の人物・団体・事件などには、いっさい関係ありません。



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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    飛べなくても頭が悪くても
    地球人も宇宙人だ(笑)

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