銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

久しぶりに太宰作を読み返したらあまり響かなかった。
あんな王が改心なんて変。そこで飛躍させて書きました。






 メロスは布袋に入れた羊の毛を背負ってシラクスの街にやって来た。
 久しぶりの街はいつものように人通りが多かったが、人々の顔は暗かった。
 馴染みの毛皮業者の店に入ると主人は喜んで迎えてくれた。
「やあメロス、久しぶりだな」
「やあ、いい毛がたんまり取れたよ。見てくれ」
 店の主人は質の良い毛を確かめるとメロスに代金を払った。
「メロス、妹はまだ結婚しないのか?」
「ああ、まだ家にいる。しかし噂では好きな男がいるらしい」
「ははは、兄としては心配だろ」
「まあ両親がないからな。ところで街の皆の元気がないみたいだが、どうした?」
 店の主人は声を低くした。
「ディオニス王だよ。王は先年、妻と息子を病気で亡くしたのだ。しかし疑り深い王は妻子が毒殺されたと考え、妹婿を捕らえて処刑し、続いて妹、甥を処刑し、子供の時から仕えてくれた忠臣のアレキスをも処刑した」
 メロスは憤慨した。
「どうして誰も止めない?」
「それはな、止めようとするやつが次に処刑されるやつだからさ」
「なんと勇気のないやつばかりなんだ! そんな王は俺が退けてやる」
「おいおい、熱くなるな」
「乱心した王を除くのは正義だぞ!」
「やめとけって。カーッと熱くなるのがメロスの悪い癖だ」
 しかし店の主人の言葉を聞く間もなく、メロスは通りに飛び出していた。

  ◇
 
 城の門番に呼び止められたメロスは「お前も王の乱心を見ぬふりをしてるのか」と叫びたちまち取り押さえられてしまった。
 王の前に引き出されたメロスは両脇から屈強の兵士四人に押さえられ、また王の両脇にも剣を捧げた衛兵たちが十人も並んでいた。これでは王を倒すなどできる筈もない。
「不届き者めが誰に頼まれた?」
 王は鋭い目でメロスを睨んで言うとメロスは答えた。
「誰でもない。私が乱心した王を除こうと言うのだ」
「何をたわけたことを。大方頭の弱い羊飼いであろう」
 メロスは職業を当てられびっくりしたが、言い返した。
「羊飼いは正義を重んじるのだ」
「わしはお前に死刑を与える。さあ、刑場に連れて行き処刑しろ」
 兵士たちがメロスを引き立てようとすると、メロスは突然言った。
「王よ、ひとつだけ願いがある」
「命乞いか? 聞く耳持たぬわ」
 王が立ち去りかけたのをメロスは言い放った。
「そうではない。わしには可愛い妹ジーノがあるのだ。それをしかるべきところに嫁にやりたいのだ。そのために三日間だけ猶予がほしい」
「ふん、うまいこと言って逃げようという魂胆が透けて見えてるわい」
 メロスは素早く考えた。
「では人質としてわしの親友セリヌンティウスを差し出そう。三日目の日没までに妹の結婚式を済ませたわしが帰ってきてセリヌンティウスと入れ替わり処刑される」
 王は足を止めて振り返った。
「それは面白い趣向だ。お前が逃げたら親友はお前を罵り呪う。そして哀れな親友を処刑して国中に名前を貼り出し、お前を良心の呵責に苛む」
「そうはいかない。私は逃げずに戻って来る」
 メロスは毅然として言ったが、王はにやにやと笑うばかりだ。
「わかってるとも。お前は親友が処刑された直後に顔を出して悔しがれ。ひとつの罪で二人を処刑するのはさすがに私も気がひけるから、お前は無罪放免にしてやろう」
 メロスは大声で叫んだ。
「ほざくな。私は必ず戻ってくる」

  ◇

 深夜に王城に呼び出されたセリヌンティウスは、兵士に掴まれたメロスの姿を認めると親友と硬い抱擁を交わした。
「セリヌンティウス、女房は元気か?」
「ああ、頑丈が取り柄の女だからな。メロスはまだ独身か?」
「うむ。どうも女を褒めるのが苦手だからな」
「ところでこんな時間にどうしたのだ?」
「うむ。セリヌンティウス、俺は死刑と決まったのだ」
 セリヌンティウスは「なんだと?」と言ったもののあまり驚いた様子はなかった。
「まあ、いつかそんなことをしでかすと思ってた」
「さすがはわが友だ、俺のことをよくわかってる。ただ、その死刑の前に、妹ジーノの結婚式を済ませる三日間の猶予を王に願い出た」
「ははあ。お前ときたらとことん妹思いだからな」
「心苦しいが、その猶予の三日間、お前が俺の身代わりの人質になってくれないか」
 メロスが頼むとセリヌンティウスはあっさりと頷いた。
「お安い御用だ。王様、その三日間の飯はそちら持ちですかい?」
 セリヌンティウスが振り向いて尋ねると王は少し戸惑いながら答えた。
「うむ、そうなるな。死刑囚の馳走を出してやろう」
 セリヌンティウスは微笑んだ。
「メロス、お前はいい友だ。俺に三日間も豪勢なただ飯を食わせてくれる」
「フフフ、思わぬ形でお前に最期の奢りをしてやれるな」
 メロスとセリヌンティウスはもう一度抱き合った。
「さあて、セリヌンティウス、俺は行って妹の結婚式を上げて帰って来るぞ」
「ああ、式に出れなくて残念だが、妹におめでとうと伝えてくれ」
 メロスとセリヌンティウスは力の限りの肘打ちを三発相打ちに当てて気合を入れて、メロスは城から駆け出した。

  ◇

 メロスが走りに走り夜明け前に村に着いた。メロスに叩き起こされた今年十七歳の妹ジーノは眠い目をこすりながら聞いた。
「こんなに朝早くどうしたの?」
「お前の結婚式を急いで上げるのだ」
 少しいかついメロスが言うと、対称的に美形のジーノはびっくりして口を開いた。
「わわ、私が結婚? 何を急に言い出すの?」
「父も母もない我が家は俺が家長だ。家長の決定は絶対だ」
「それはそうだけど。結婚するには相手が必要よ」
「噂に聞いたぞ、お前はティツイーノとやらに惚れてるとか」
「嘘でしょ、あんなプレイボーイの最低男と一緒になるぐらいなら羊の群れの中で毛が伸びるまで、つまり死ぬまで暮らした方がまし」
 今度はメロスが慌てた。
「俺はたしかに聞いたのに」
「それは面倒だから友達に面白そうな話をしただけ」
「ああ、あと三日しかないのだぞ」
 メロスが大声を出すとジーノは「何が」と聞き返した。
 メロスは妹に自分の死刑を打ち明ける気はなかった。そんなことをしたら妹は悲しみのあまりますます結婚なんぞしなくなるに違いない。
「とにかくお前を三日のうちに結婚させる。今すぐ相手を決めるのだ」
「そんなこと急にできる筈ないでしょ」
「いいから誰か決めろ。頼む、この通りだ」
 メロスがジーノの前に跪いて拝むと妹は言った。
「どうしたの? 子供の時からおやつだって横取りしてたお兄ちゃんが私に跪いて拝むなんて」
 ジーノの言葉をヒントにメロスは名案を思いついた。
「とにかくお前は結婚相手の男を決めろ。いいな」
 言い残すとメロスは外へ駆け出した。

  ◇

 メロスはカターニャの街に辿り着くと街を見下ろす神殿への階段を登った。そして途中の市場で買った花を神殿の床に捧げて言った。
「クピードーよ、わが願いを聞き届け給え」
 神殿はただ光が差し込むばかりで返事はない。
「クピードーよ。わが最期の願い、聞き届け給え」
 差し込む光を影が横切った。
「おお、クピードー、わが妹のために聞き届け給え」
 神殿の天の梁に腰掛ける人影があった。
「お兄さん、私を呼んだ?」
 メロスは可愛い声の主を見詰めて驚いた。言い伝えではたしか子供の筈なのに、そこにいたクピードーは大人の女の姿をしていた。さらにとんでもなく端正な容貌だ。ただ人間と違って背中には大きな羽が生えていて腰には矢の入った矢筒をつけている。傍らには鮮やかな貝の螺鈿細工を施した弓が置いてある。そう、クピードーは時代がくだってキューピッドとも呼ばれる恋の妖精である。
「クピードー、思ったより大きくて驚いた」
「心労のせいで老けてしまったの。この十年で五百歳ぐらい年を取った感じ?」
「実は俺は三日後に死刑になるのだ」
「おっ、話の展開が速いね!」
 クピードーは挨拶なしのメロスの話に少し喜んだ。
「それで死ぬ前に妹ジーノに相手を見つけて結婚させたいのだ」
「ふうん、なるほど。でもあたし、この四年仕事はしてないんだな」
「えっ、そんなこと言うな」
「もう恋の橋渡し役に疲れたんだもん。だって人間はものすごい勝手なんだから。最初は全財産捧げますから恋を叶えてくださいとか言ったくせに、二、三年するとあの矢はなかったことにしてくれと平気な顔して言ってくるんだよ。信じられる?」
 メロスは困った。いい加減な奴らのせいで願いが叶わぬかもしれないとは。
「はあ。たまに腹立つことはあるだろう」 
「ううん、たまなら我慢するけどさこの十年は半分近くがそうだったんだもん。
 幸せになれーってあたしが矢で射止めてやると、依頼人は駆け寄って命を賭けて貴方を守りますとか口走るくせに。三年もしないうちに心変わりするんだ。
 中でも最短記録は五日だよ、たったの五日。
 どうも相性よくないんであいつの矢を抜いてもらえませんかと来たもんだ。
 ついでに抜いた矢で、あっちの彼女のハートを射抜いてもらえませんか、あっちの方が実はタイプだったんですとか言い出すんだよ」
「それはそれは、なんと詫びていいやら」
「もちろんあんたが詫びる必要はないけどさ。あんまりだよね。どうしてくれるの、私のたび重なる無駄働き。この重苦しい徒労感。
 もはや一万二千年も続く恋はないのかな。悲しい世になっちまったねえ」
 クピードーはまるで居酒屋で愚痴をこぼす親父の口調だった。
「すまない。すまないが、妹ジーノの結婚だけでも特別に叶えてもらいたい」
「気分が乗らないんだもん。これじゃ矢を放っても肝心のハートまで刺さんないよね」
「仕方ない。ではクピードーが仕事をする気分になることを探して来てやる。そうしたらクピードーもジーノの結婚を叶えてくれるよな?」
「ふうーそうだなあ、気分が乗ればねえ」
「よし」
 メロスは神殿を降りて街に向かった。

  ◇

 メロスは考えた。とにかくクピードーは人間たちの恋がすぐに冷めて心変わりすることに失望しているのだ。なんとかして人間に対する信頼を回復しなければならない。
 クピードーの言葉を思い出したメロスは急に声を上げた。
「そうだ、クピードーに一万二千年の恋を誓う人間を探し出せばよいのだ。ワハハッ、簡単じゃないか。クピードーは背中の羽はちと邪魔だが文句なく絶世の美女だ、きっとその気になる男はいるに違いない」
 メロスは街におりると向こうから歩いてきた若い男を呼び止めた。
「おい、お前は独り身か?」
「そうだけど、あんたは?」
「俺はメロスだ。それでお前、絶世の美女と結婚したいだろ?」
「俺と結婚する美女なんているかね?」
「いいのがいるんだ、お前が一万二千年の恋を誓うならそいつはお前の嫁だ」
「そんな一万二千年も誓えるわけないだろ。長くてあと四十年だろ」
「ちっ、根性のないやつだ」
「余計なお世話だ」
 メロスはがっかりする間もなく横から出てきた男に声をかけた。
「やあ、独り身かい?」
「そうだけど」
「それでお前、絶世の美女と結婚したいだろ?」
「美女は三日で飽きるというからな。俺の相手は羊飼いの娘ぐらいで丁度いいよ」
 そう言われてもメロスの頭の中はクピードーの相手のことで一杯でこの男を妹の相手にとは考え付かなかった。
「美女の方がいい。そいつはお前が一万二千年の恋を誓うなら嫁にできる。どうだ?」
「遠慮しとくよ」
 メロスは食い下がった。
「すごい美人だぞ、日が暮れる前に仕事をやめて帰りたくなること間違いなしだ」
「それじゃあ困るんだ。俺は朝早くから夜遅くまで粉引き屋で働いてるんだぜ、仕事が手に付かなくなったら問題だ」
「そうか、俺もそう思うよ。引き止めて悪かった」
 メロスはがっかりして次の男を捜した。

  ◇

 その頃、セリヌンティウスの十三歳の息子がメロスの牧場に来て妹に聞いた。
「あなたの結婚式はもう済みそうですか?」
「えっ、まだ相手も決まってないですけど」
「なんだって! 早くしないと父さんがメロスの身代わりなんですよ」
 妹はセリヌンティウスの息子から事情を聞くと、王様に猶予を延ばしてと頼みに行くことにした。

  ◇

 メロスが街でクピードーの恋人を探して三十人ほど声をかけた後に「会ってみたい」という男が現れた。
「いいとも、兄弟。さあ、こっちの道だ」
 メロスは意気揚々と男とクピードーのいる神殿に向けて歩き始めた。
「なんだか話がうますぎる。メロス、何か隠してないか?」
 男が不審に思って聞くとメロスは曖昧に言った。
「う、うむ。ちょっと背中に何かが生えてるが気にするな」
「気になるぞ、それは棘だろう? ドラゴンだな?」
「馬鹿いえ。立派な羽のついた妖精だ」
 メロスが言うと男は激怒した。
「妖精だって? 人間と妖精が結婚できる筈がないだろう。メロスは馬鹿だ」

 メロスは丸一日かけて五十人の男に聞いてみたがクピードーに一万二千年の恋を誓う男は現れなかった。メロスは溜め息を吐いて帰ると隣家のひとから妹が王に猶予を延ばしてもらうため城に向かったと知らされた。
 しかし、メロスは冷酷な王がそんな寛容を示す筈がないとわかっていた。
 翌日もメロスは街を歩きまわっては独身の男にクピードーに一万二千年の恋を誓わないかと聞いて回った。しかし足を棒にして歩き回ったのにも拘らずいい返事をくれた男はいなかった。

  ◇

 とうとう三日目の朝が来た。
 メロスは隣の街に行きクピードーに一万二千年の恋を誓う男を探したが、どうしても見つけることができないうちに昼になった。
 メロスは水車小屋の男の腕を捕まえて言った。
「確かに羽のついた妖精だが絶世の美女だぞ。一万二千年の恋を誓っても損はない」
 メロスが言うと男は「もういい、離してくれ」と言った。
「よく考えてみろ」
 メロスがしつこく迫った時でした。頭の上から女の声がした。
「メロス、こんなところで何をしてるの?」
 メロスと男が顔を上げるとクピードーが羽をはばたかせて空中から近づいて来る。
「やあクピードー、お前に恋を誓う男を探してるに決まってるだろ」
 メロスは男に振り向いて言った。
「ほうら、あれがクピードー、人間離れしてるが美女だろ。さあ恋を誓え」
「ひぃ、遠慮しとくよ」
 男はメロスの手を振りほどき逃げていった。
 クピードーはパタパタと小刻みに羽ばたいて言った。
「メロスは日没までに城に戻らないといけないんでしょ?」
「あ、そうだった」
「忘れてたの?」
「居眠りのようにちょっと忘れただけだ。というかどうしてお前が知ってる?」
「噂になってる。急がないと間に合わないよ」
「そうだな」
 メロスはシラクスの城を目指して駆け出し、そのすぐ後ろをクピードーが上空からついて行った。

  ◇

 ところが1キロも走らぬうちにメロスは立ち止まった。
「メロス、どうしたの?」
「足が棒みたいなんだ。この三日ずっと歩いたり走ったりだったからな」
「でも急がないとあなたの親友が処刑される。見棄てるつもり?」
「馬鹿言え。俺がセリヌンティウスを裏切ると思うか?」
 メロスが顔を真っ赤にして怒るとクピードーは微笑んだ。
「思わないよ、急ぎましょ」
 メロスは再び走り出した。
 
 3キロ過ぎたあたりでメロスは足を押さえてしゃがみ込んだ。
「どうしたの?」
「くそー、マメが潰れた」
「困ったわね。それでも急がないと……」
「それ以上言うな。わかってるって」
 メロスは服の端を切り裂くと足をきつく縛って立ち上がり再び駆け出した。

「クピードーよ、お前は羽があっていいなあ」
「メロス、苦しいだろうけど、ないものねだりしても無理だよ」
「うん。わかってる。でもお前が少しでも俺を引っ張り上げてくれたらな」
「飛んでる時に私が持てるのは赤ん坊ぐらいの重さかな」
「だと思った。もし途中で俺が失神したら叩き起こしてくれ」
 メロスが頼むとクピードーは頷いた。
「わかった」

 途中、メロスは何度か前触れもなく突然気を失って倒れた。
 その度にクピードーは湧き水を汲んでメロスの顔にかけてやったり、それでも起きない場合は揺すったり、しまいには弓の端でメロスの背中を突いてやっと起こした。
 シクラスの城が遠くに見えた時、クピードーはメロスに小さく叫んだ。
「止まって」
「どうした?」
「山の中できらりと光るものがいくつも見えた。たぶん山賊の槍や刀。メロスを待ち伏せしているんだ」
「なんだって俺を?」
「メロスが間に合わない方が面白いと思ってるやつが手を回しているのかも」
「なんて汚い王だ」
「正面の山道を避けて脇道から行こう」
「クピードーのおかげで助かった、ありがとう」
 メロスはクピードーに礼を言った。

  ◇

 太陽が傾いていよいよ地平線にかかろうとしていた。
 城の広場に十字架がありセリヌンティウスが胴と手足を縛り付けられていた。
 その下にはいかつい衛兵が四名立っており、その手前でセリヌンティウスの妻子とメロスの妹、そして噂を聞いた野次馬たちが立って城門の方を向いていた。
 そして城のバルコニーでは王が椅子にかけて広場を見下ろしメロスが間に合わない様子を楽しもうとしていた。
「そろそろに日が沈むよ。メロスはまだ?」
 セリヌンティウスの息子が心配そうに聞くとメロスの妹ジーノは答えた。
「きっと兄は来ます」
「途中で崖から落ちて足を折ったのかも」
「足を折っても兄は必ず来ます」
「メロスが来ないと僕の父さんが」
「大丈夫よ、兄はきっと来る」
 息子を母親が抱いて宥め、後ろの十字架の夫を見上げた。
「心配するな。メロスは来るとも」
 セリヌンティウスは大声で言い放った。
「それはどうかな。もう日が沈むぞ」
 バルコニーから王が大声で言った。
 その時、城門をくぐる影があった。
 ふりしぼるような声が響いた。
「セリヌンティウス、セリヌンティウス、俺だ。メロスは帰って来たぞ」
 それを聞いた王は残念そうに呟いた。
「おのれ、しくじったな」
 セリヌンティウスは満面に笑みを浮かべ友の影を見た。
「メロース、さすがはわが友」

 メロスがよろよろと十字架に近づいた。
「お兄ちゃん」
 ジーノは嬉し涙を浮かべたが兄が死刑にされるとあっては複雑な面持ちでメロスに抱きついた。
 衛兵はセリヌンティウスの戒めを解き始めていた。メロスのすぐ後ろ上空に何か白い羽がはばたいている。
「なんだあれは?」
 衛兵たちが剣を抜いた。
 メロスが言った。
「妖精クピードーだ。怪しいものではない」
 クピードーは羽ばたいて宙に留まると弓に矢をつがえて矢に誰かの名を囁いた。
 次の瞬間、クピードーの弓から矢が勢いよく放たれた。
 王の傍らの衛兵たちが弓に矢をつがえたがどうすることもできない。
 矢は一直線にバルコニーの王の胸に突き刺さった。
「おっ」
 王はひと声叫んで倒れた。

  ◇

 十字架のまわりの野次馬とそして衛兵たちからも歓声が起きた。
 衛兵長が王の様子を確かめようと近づくと、王は目を開いて起き上がり矢の刺さった筈の胸をさすった。
 衛兵長は慌てて叫んだ。
「王はご無事だ。不届き者を倒せ!」
 クピードーは十字架の脇にいた衛兵が振り回す槍をひょいと飛びまわり何度も避けたが、やがてバルコニーの衛兵が放った矢に胴を貫かれて地上に落ちた。
 メロスは怒鳴ってクピードーを抱き起こした。クピードーは血こそ出してないが傷口が黒くなっていく。
「お前ら何てことを! クピードーは妖精だぞ」
 しかし、王が無事である以上、王に矢を射かけたクピードーは衛兵の敵だった。衛兵は傷ついたクピードーとメロスを縛ろうとした。

「待て、待てー」
 王が叫んだ。
「わしは今、矢に貫かれたがこの通り生きている。わしは不死身だ」
 衛兵たちは仕方なくオーと手を振り上げた。
「今、わしは不思議な感覚だった。生まれ変わったような気がしたのだ。思い返せばわしは疑り深くなり大事な者たちを亡き者にしてしまった。これからはまっとうに生きることにする」
 勝手な意見だが、王を裁く法律がない以上どうすることもできない。まともになってくれるならそれでよしとするしかない。
「それとだな、わしは突然、恋をした。わしはメロスの妹を妻とする。もちろん兄のメロスは無罪放免だ」
 メロスはびっくりして妹を振り向いた。
 妹は嬉しそうに頬を赤らめていた。戒めを解かれつつあるセリヌンティウスも嬉しそうにメロスに「友よ、おめでとう」と言った。
 メロスはクピードーに言った。
「お前、王に妹の名で矢を、どさくさにまぎれて妹にも王の名で矢を射たのだな?」
「メロスにしては鋭い」
 クピードーは苦しそうな顔に笑みを浮かべた。
「俺はあんな王など妹の夫に認めん」
「メロスを助けるにはこうするしかなかったんだもん」
「俺は死んでもよかったのに、クピードーの勝手だ」
「そう、恋は勝手だもん」
「どういう意味だ?」
 メロスの問いにクピードーは恥ずかしそうに告白した。
「私はメロスに恋をしたの。友を見棄てず、妹思いで、とんでもない単細胞のメロスに、一万二千年の恋を誓う」
「クピードー! なんてこと!」
 クピードーの瞳には恋する者のきらめきが宿っていた。 
「もうすぐ私は死ぬ。でも今度は人間に生まれ変わってお前に恋をする。また死んでもまた生まれ変わって、生まれ変わったお前に恋をする。それが一万二千年続く、いいね?」
 メロスは助けたい一心でクピードーの頬を何度も撫でた。
「だめだ、お前の矢は俺に刺さってないぞ。悔しかったら元気になって俺に矢を射掛けてみせろ」
「知らないの? 本当の恋にクピードーの矢なんていらないの」
 クピードーは静かになり、メロスはクピードーに唇を重ねて号泣した。  了  
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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    飛べなくても頭が悪くても
    地球人も宇宙人だ(笑)

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