銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

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 ある日の夕方。帝都医大付属病院救急センターの搬入口に救急車ではなく、外車が止まった。
 後部座席から車椅子に移った渋沢与太郎は悪寒がするのかダウンジャケットを着込み、ニットの帽子を深くかぷり大きなマスクをしていた。そして車椅子を息子に押させて、救急外来の中に入り込んだ。
「すみません、父を助けて下さい、すぐ個室に入院させて治療してください」
 息子が訴えると、すぐにスタッフドクターの竹居が車椅子に屈み込んで聞いた。
「どんな症状です?」
「吐き気がして」
「吐き気?」
「いや、吐き気だけじゃなくてもどしたんだ。心臓もドキドキして。それから耳鳴りと眩暈もして立ってられないんだ」
「どんなものを食べました?」
「ううむ、なんだったかな?」
 すると息子が手帳を開いて言う。
「焼き松茸、高足蟹の天婦羅、枝豆の豆腐、本鮪大トロ造り、海老と鱧の膾、道明寺の桜蒸し、鯛の奉書焼き、お酒の熱燗です」
 救急医歴十数年の竹居もさすがに皮肉を言った。
「羨ましいですね、私なんか毎食カップラーメン、コッペパン、栄養ドリンクですよ」
「じゃあベッドに移りますよ」
 男女3名の看護師たちが声をかけて渋沢の体を持ち上げベッドに移す。そして流れ作業のようにジャンパーと帽子を取りマスクを取り手足を露出し、脈拍計、血圧計、心電計をつなぎ、血液のサンプルが抜き取られ、竹居は血圧を確かめると舌と眼球を調べた。
「他に食事された方で具合の悪くなった方はいましたか?」
「いえ、私も一緒でしたが他は大丈夫でした」

 そこへチーフドクターが覗きに来た。
「そっちはどうだ」
「ヴオミットとパルピテーション、ティナイタス、ディジニス。ブリードの明確な兆候はありません」
「そうか」
 チーフはそれだけ言った。たいしたことないから任せるという意味だ。
「念のためCTを撮ろうと思いますが」
「そうしてくれ」

 竹居は渋沢与太郎に告げた。
「では念のためCTを撮りますね」
「CTは苦手なんだ。それより私は早く入院して落ち着きたい。金ならいくらでも出す。一番いい個室を用意してくれ」
「そういうことは検査結果を見てから決めますから」
「私はここの理事長とは懇意にしてるんだぞ」
 そこで息子は渋沢と理事長が大学の学友であり、今もたまに会食すると明かした。
「じゃあ事務長に話してきてください、そうすれば便宜を図れると思います。渋沢さんの体は検査が先です」
 竹居は渋沢をベッドに乗せたままエレベーターでCT室に運び込んだ。

 ◇

 渋沢は立ったままの姿勢で冷たい台に動かないように足と腰と肘をベルトで固定されて、看護師たちは引き上げた。
 CTの管理室で眼鏡をかけた専属技師と竹居がガラス越しに渋沢を見つめた。技師がマイクで語りかける。
「じゃあ脇に紙コップがありますから、全部飲んでください」
「俺は放射線アレルギーなんだ、レントゲン一枚撮っただけで蕁麻疹が出るんだ」
 あまり聞かない放射線アレルギーという言葉に竹居は噴き出しそうなのを堪えて言った。
「なるべく早く終わるよう努力しますので、ご協力下さい」
 渋沢は紙コップのまずいバリウムを目をつぶって飲み干した。
「じゃあベッドが倒れて、まず左に回転しますから逆らわないでください」
 そう言う技師の眼鏡に赤い光の点が反射した。医師の手前のデスクにあるX線照射ランプが映ったのに違いない。
 渋沢は首をひねって16時24分を示している壁の丸い時計を見つめた。
 
 バリウムがすみやかに流れるようにするため、縛り付けられた渋沢与太郎はベッドごと、実験室のモルモットのように好き放題にねじられ回転させられてCTを撮影されてゆく。しかもそれはレントゲン写真一枚の短時間ではなかった。
 もう終わりかと思うとまた元の向きに寝返りを打つように回転させられ、それが終わったかと思うと今度は頭が上がり足元が下がる。
 渋沢は叫んだ。
「もういい加減にしてくれ」
 竹居は宥める。
「もうちょっとの辛抱ですよ」

 渋沢が何度喚いてもCT撮影のベッドの動きが停まる気配はなかった。
 もう十分近く、いや十五分は経っているのではないだろうか。
 ふたたび渋沢が時計を見ると16時37分だ。
 たまに会社に来る人間ドックの車で撮るレントゲンは一枚か二枚だろう。今、連続で撮影されてる量はレントゲン写真何十枚、いや何百枚分にのぼるように思える。
 胃のレントゲンはたしか4ミリシーベルト。その何百倍の被曝量なんて考えられない。たしか250ミリシーベルトで白血球が減少し、500ミリシーベルトならリンパ球が減り、1000ミリシーベルトなら明らかな放射線障害が出る筈だ。
 放射線が破壊するのは細胞の遺伝子の染色体だから、最初は何事もなくぴんぴんしているのだ。ところがあらゆる細胞が日常的に繰り返している再生という働きが停止するため、徐々にあらゆる臓器が破壊されてゆくのだ。目には見えない悪魔の魔法の力だ。そう思い浮かべた途端、渋沢の意識は泡立って悪寒が全身を襲った。
「いいかげんにしろ。早く出してくれ」
 渋沢が怒鳴り、竹居が宥める。
「あとちょっとですから」
「勘弁してくれ、頼む、放射線アレルギーだって言ってるだろうが」
 渋沢与太郎は肘から上をできる限り振り上げて窓の向こうに怒鳴った。
 技師が冷静に言う。
「もうちょっとですから、今度は左に向きますよ」
「出せ、命令だ、わしは入院するために来たんだ、検査のためじゃない」
 竹居は苦笑を噛み殺して言った。
「もうちょっとですから」
 渋沢は額に玉のような汗をかいて青くなり叫んだ。
「すぐ出してくれ、放射線はたくさんだ」
 その甲斐あってか、技師はのんびりと宣言した。
「はあい、あと5秒で終わりますよ」
 渋沢は首をひねって16時43分となった時計の秒針が動く様子を睨んだ。
 秒針が4つ進んだ時、突然、大きな上下の揺れに建物が襲われた。
 明るかった天井の蛍光灯が消えた。
「お、おい」
 渋沢は恐怖に叫んだ。
 すると竹居が落ち着き払った声で言う。
「すぐ非常用電源が入りますから」
 蛍光灯はたしかにすぐに明るく点灯した。さすが都心の拠点病院である。どこかのずさんな設計の原発とは違うようだ。

 そこへ看護師が廊下から覗き込んできて技師と竹居に呼びかけた。
「大丈夫ですか?」
「うん、こっちは大丈夫だ」
「手伝ってもらえますか、リハビリ室のドアが開かなくて」
「うん」
 どうやらどこかのドアが開かなくなったのだろう。
 しかし、渋沢にしたらこっちを先に出してほしい。ここにいるだけで目に見えない放射線を浴びているような気がする。
「おおい、こっちを先にしろ」
 渋沢は怒鳴ったが、技師と竹居医師は廊下に出て行ってしまった。

 ◇

 それから、5分しても10分しても技師も竹居も帰って来ない。
「おおい、どうした、早く出せ」
 まさかX線を放射しっ放しってことはないろうな。渋沢は技師が立ち去る直前、眼鏡に赤い反射はなかったような気がした。しかし、目に見えない恐怖が渋沢の心を苛む。
 壁の時計を見遣るとすでに17時を過ぎようとしている。もう40分近く閉じ込められているのだ。そしてもしX線が照射し放しだったらかなりの被曝になる。2000ミリシーベルトなら出血がただちに現れ、5パーセントの人間が死亡する。
 渋沢の顔が蒼白になった。
 ふざけるな。
 CT撮影で死亡なんて笑い話にもならない。
「助けてくれー、死ぬー」
 逃げ出そうにもベルトはしっかりと渋沢の足腰肘を締め付けて身動きができない。
 渋沢はがくがくと膝を震わせ、呼吸を引き攣らせて「助けてくれ」「もう死ぬー」と繰り返し叫び続けた。

 技師と竹居医師が戻ってきたのは結局17時13分だ。
「死ぬ、死ぬ、早く出せ」
 恐怖で全身汗まみれになった渋沢が叫ぶと、技師はマイクを通して言い訳をした。
「すみませんでした。リハビリ室で倒れた器具で怪我した患者さんが何人もいて手伝ってきました」
「そんなのいいから早く出せ」
「あ、いかん」
 技師の言葉に渋沢は慄いた。
「ま、まさか放射線が出し放しだったのか」
「メインは切ったんですけどね、小型モニターが付き放しでした。今、切りましたから」
 バリウムの流れる様子を監視するために小型モニターにずっとレントゲン映像が流れる仕組みになっているのだ。
「な、なんだと」
 渋沢の顔から血の気が引いた。
 もうだめだ。2000ミリシーベルトだ。
 技師と竹居医師はドアを開けて看護師と中に入ってきた。そして足腰肘の固定ベルトを外す。
「わしはもう死ぬんだろ? 2000ミリシーベルトは浴びた」
「いやいや、たいした被曝量じゃないですよ。最大でもおそらく80ミリシーベルト。原発の作業員と同じ程度で健康に害はないですから」
 技師から聞いた渋沢与太郎は血が怒りと共に逆流するのを感じた。そして口から泡を吹いて叫んだ。
「ふ、ふざけるな、なんで社長のわしが下請けの作業員どもと同じ線量の被曝をせにゃならんのだ」
 竹居医師はぽかんと口を開いて、渋沢の言葉のニュアンスを噛み砕いて合点すると指を差して言った。
「も、もしかしてあなたは世間を騒がせてる東凶電力の社長さん?」
「あれは天災だ、我社も被害者だ」
「そうですかね。震源地はともかく、現場の揺れは想定内だったし、津波対策してなかったのが最大の原因でしょう」
 そこへ息子が駆けつけてきた。
「社長、個室が取れました」
「うむ、藤先君、ありがとう」
「そちらも息子さんじゃないんですね。ざっと拝見したところ病気の影は見えませんが、この一大事に企業のトップがこんなところで仮病をしてていいんですか」
 渋沢は声を荒げた。
「し、失敬な、私は本当に嘔吐して眩暈がするんだ」
「それにしてもあなたの会社は傲慢ですね。毎日謝罪広告流してもいいぐらいの迷惑を世間にかけてるのに、別な団体に魔法がどうのってCMを流させるだけなんだから」
 医師がそう述べると渋沢は睨み返した。
「ここで警告しておくぞ。患者のプライバシーを絶対に守るのが君らの義務だ。守らなければ失業するぞ、そしてどこにも再就職できないようにしてやる」

 現在、東凶電力の渋沢社長の所在は不明であるそうな。 
【“アレルギー”の続きを読む】
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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    『地球人も宇宙人』。
    写真はッシェル・ポルナ
    レフの真似です

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