銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

 勇騎の家から少し離れたところに大きな柿の木のある家があった。

 秋の深まりと共に柿は見事に実って、毎日その前を通りかかる勇騎は誰も見てない下校時などに路上にせり出た枝からこっそりと柿をもぎ取ってご馳走になっていた。それが思ったより甘くて下校時の空腹にはよい栄養補給になっていた。勇騎にとってこの家の柿は小学校高学年から6年もの季節行事化しているのだ。

 しかしこの季節、次第に柿は数が減り、路上に出ている柿はなくなった。
 そうすると食欲の習慣とは怖ろしいもので、勇騎は塀にところどころ穿ってある窓から屋敷の窓の雨戸が全て閉じているのを見てとると、ひょいとコンクリートの塀によじ登り、敷地の内側の枝から柿をもぎ取って当然の獲物のように食したのである。

 ◇

 寒さが厳しくなるのに合わせるように敷地内の柿も減り、いよいよあと最後の一個となっていた。季節も進んだせいでいつもの下校時刻もすっかり暗くなっている。勇騎は幹によじ登り枝にしがみついて柿を取った。そして降りようとしたところで庭の地面に洗濯物が落ちているのに気づいた。どうもベージュの肌着のようだったので勇騎は日頃の罪滅ぼしとばかり、いったん塀の外に降りて最後の柿を食べた。

 それから玄関のチャイムを鳴らしたのである。
「こんちは」
 まもなく「はい」と老いた女の声が返った。
 勇騎は「庭に洗濯物が落ちているみたいですよ」と告げた。
「それはご親切にどうも」 
 まもなくかちゃりとドアが開き、中から女子中学生が飛び出て来て勇騎に「よかったらお茶でもっておばあちゃんが」と声をかけ、自分はというとそのまま勢いよく庭に走りまもなく洗濯物を抱えて来た。
「どうぞ、おばあちゃんちだから美味しいスイーツはないけど」
 おさげに黒目の艶やかな女子中学生に誘われるまま図太い神経の勇騎は家に上がりこんだ。ある意味、盗人猛々しいとは勇騎のことだろう。

 勇騎は茶の間のこたつに通された。 
「わざわざどうも」
 紬に同系色のちゃんちゃんこを羽織った老婆は品のよい微笑を浮かべて頭を垂れた。
「偶然、塀の窓から見えたもので」
 勇騎ははにかむように言い、横の女子中学生がからかった。
「絹代ばあちゃんのだったからね。もしかして私のブラとかパンティーだったらこっそり拾ってたりして」
 勇騎はさすがに中学生の冗談にムッとなり、老婆が「美緒ちゃん、親切なひとにそんな失礼な事を言うんじゃありません」と窘めた。
 勇騎が差し出された煎餅を食べていると、老婆は孫に確かめた。
「ところで美緒ちゃん、庭の柿はまだあった?」
 すると女子中学生は首を傾げた。
「いっけない、慌ててたから見てなかった、今見て来ようか?」 
「いいわよ、明日で」
 そして老婆はなにやらしみじみとして語った。 
「朝見たら一個だったけど。
 あの最後の柿が生命のとどめを刺すのかもしれないわ」
 女子中学生が慌てて手を横に振って打ち消した。
「何を言ってるのよ、おばあちゃんたら。大丈夫よ」
 そのやりとりを聞いてしまった勇騎は急に焦った。
 なにやら話はO・ヘンリーの『最後の一葉』のようではないか。ここでまさか、その柿ならさっき自分が食べてしまったとは死んでも口にできない。これはどこかで買ってきて夜のうちに接着剤か何かで修復するしかないぞ。勇騎はそう決心すると言い出した。
「あの、僕は塾もあるのでこの辺で失礼します」

 近くの果物屋を覗いてみると柿は簡単に見つかった。しかし、勇騎はすぐ気づいた。本当の柿ではいずれ熟れて落ちるだろう。それではあの老婆が気落ちしてそのまま病が重くなり亡くなりかねない。むしろここはオモチャの柿の方がいいのだ。
 勇騎はスーパーに急いでみたが柿のサンプルなど飾ってもなく、あったとしても譲ってくれないだろうことは明らかだった。考えたあげく勇騎はスポーツ用品店で子供野球用のゴムボールを買って、プラモデル屋で橙色のラッカーを買い、百均の店でパンク修理セットと針金と釘を購入した。
 いよいよ暗くなってきたので勇騎はコンビニの前に座り込んで、ゴムボールに釘で穴を開けて空気を少し抜き始めた。なにしろまん丸の柿などあり得ないのだから。頃合を見てパンク修理セットで穴を塞いで橙色のラッカーで全体を塗りつぶす。さすがに近くで見ては本物の柿には見えないが高い木の枝に付けるのだからなんとかごまかせるだろう。
 勇騎は自転車を走らせた。

 そして自転車を離れた空き地に止めると、絹代の家の塀に飛びつき柿の太目の枝に渡った。すると不意に勇騎を邪魔しようとするものが現れた。『最後の一葉』で老画家を嵐が襲ったように『最後の一柿』でも突然の激しい下痢が勇騎を襲ってきたのだ。
 もうちょっとだ。絹代さんのために柿をつけてから。勇騎は歯を食いしばり最後の柿があったあたりに着色したゴムボール、つまり不滅の柿を吊り下げた。
 やった、これで絹代さんは大丈夫だ。
 勇騎が喜んだのも束の間、下痢が音を立ててパンツの中に溢れていた。

 ◇

 一週間ほどして授業が早く終わった勇騎は絹代さんの家を訪問してみた。
「あら、よく来てくれたわね」
 例によってドアを開けたのは中学生の美緒で勇騎を茶の間に案内した。
「お邪魔します」
 勇騎には絹代の顔色がこの前より良いように思えた。悲惨な目に遭いつつも柿をくくりつけた甲斐があった。勇騎はひとり満足しながら煎餅を齧りお茶を啜った。
「ところで勇騎さん、庭の柿はまだありましたか?」
 勇騎は大きく頷いて笑った。
「ええ、しっかり」
 すると美緒が言った。
「変なんだよね、やっぱりカラスって頭いいからわかるのね」
「カラスがどうかしたの?」
 勇騎が訊ねると絹代さんが答えてくれた。
「カラスに柿を食べられるのが癪にさわるからって、美緒ちゃんたら最後の柿に毒を入れたのよ」
「カラスに柿を食べられるのが癪にさわるって言い出したのはおばあちゃんじゃない。それに大げさなの。私が柿の木に梯子かけて最後の柿に下剤を溶かした液を注射してやっただけなのにさ、カラスの生命にとどめを刺すって言ってるんだもん」
 勇騎はゾッと体温が十度ぐらい下がった気がした。
「だってカラスったら憎らしいんだもの、ホホホ」
 勇騎はもう立ち直れない気分だった。自分は絹代さんのために善行を果たしたのではなく、下剤仕込みの柿を盗んで食べただけの単なる愚か者だったのだ。

 後はどう切り出して立ったのかはわからなかったが、勇騎が玄関を出ようとしたところで美緒が耳元に囁いた。
「えへへ、三日前ぐらいに気づいたよ。勇騎さんてホントばかだね。だけどおばあちゃんのためにありがとう」
 美緒は背伸びして勇騎にキスをしてくれた。  了



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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    飛べなくても頭が悪くても
    地球人も宇宙人だ(笑)

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