銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

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ヴァッキーノさんより「薔薇の蕾」を調査せよとのことで書いてみました。



 僕は調査のために探偵事務所のセルシオで長野県に入っていた。
 ある外資系金融機関の調査員がこの辺りで失踪したというのだ。名前はクラリス・アニス・上村といい、父親が日本人、母親が英国人の混血女性。彼女からの「薔薇の蕾」という言葉を最後に突然に携帯の電波が途絶えた。そこで、近年たびたび英国から薔薇の株を購入しており、かつ失踪地点に住まいが近いある人物を調査するように僕は探偵事務所のボス東堂から命じられたのだ。
 僕は当該人物の住所に近づくと、ぐるりと周って二階建ての洋風の家の外観とそれを取り巻く大きな薔薇の密生した庭と、家に通じる道が他にないか確かめてから門の前に車を止めた。

 僕は門にあるインターホンを押してみる。
「はあい」
 無警戒な女性の声の応答に僕は挨拶した。
「こんにちは。お忙しいところおそれいります、東京の調査会社の横田と言いますが、ちょっと質問させていただきたいことがありまして」
「でしたら主人が庭にいます。門の鍵は開いてますから入って下さい。但し立って歩いて下さいよ、屈んでると猪と間違えて撃たれますわよ、うふふ」
 なんとも物騒な挨拶ではないか。まさかクラリスは偶然靴が脱げてしゃがみ込んだところを猪と間違えて撃ち殺されてたりとか。
 僕は縁起でもない想像を振り払い、背伸びするようにして門の中に踏み入った。

 しばらく行くと薔薇の木立ちが回廊のようになっていて、その門から白髪で日焼けした50歳ほどの男が現れた。
「はじめまして、お邪魔してます」
「まったく邪魔だ」
「東京の調査会社から来た横田と言いますが、三ヶ月前、ご主人さんのところにこんな女性が訪ねてきませんでしたかね?」
 僕は胸ポケットから写真を取り出して主人に見せた。鼻はかなり高く、眼は青くて母親の影響が強く出るが、髪は黒くて赤い唇はむしろ京人形のようにおとなしい印象だ。
「どうだかな」
「記憶ありませんか?」
「さあな」
 僕は思い切って聞いてみた。
「最近三ヶ月に、猟銃で猪を撃ったことはありますか?」
「この前、撃ったのは四ケ月ぐらい前たったかなあ、近寄って死体を見たら不法侵入した近所の犬だったけどな、ドゥフフフフ」
 主人はバイクの排気のように息を吐いて笑った。
「間違ってこの女性を撃って隠したことなんかないですね?」
「ああ、さすがにそれはねえな」
 そこで主人は僕に顔を近づけて声を潜めた。
「実はうちの家内がえらい焼餅焼きでね。一年ほど前に庭の薔薇に釣られて入って来た女性の観光客がいたんだが、そいつを撃って危うく大怪我させそうなことがあったんだ。
 だから三ヶ月前、あんたの捜してるその女が門に来た時は大急ぎで追い返してやった。ドゥフフフフ」
 この家の人間が犯人か否かに拘らず、もはや聞くべきことはなさそうだった。仮に犯人の可能性が残るならこっそり侵入して調べるしかない。

 僕は礼を述べて車に戻り、携帯電話でボスに調査対象の様子を報告した。
『そうか、で、ヨコの感触はどうだ?』
『シロですね。夫にしろ妻にしろ、本当にクラリスをどうにかしたならその話題は避けるのがまっとうな神経です。ま、異常者の可能性は僅かながら残りますが』
『うむ。俺もそう思う。ただクラリスの携帯の電波がその辺り10キロ圏内で切れたのは間違いないんだ。もう少し近所を地当たりしてくれ』
『了解です』

 ◇

 僕は近くの家を訪ね回った。といっても一軒一軒が離れてることが多いので軒数はたいしたことはない。今日はあと一軒訪ねてホテルに泊まり、もう数日かければとりあえず対象エリアの家は全て回れそうだ。

 そう考えて僕は古そうな民家の玄関に立った。山県という古い表札があった。
「こんにちは」
 大きな声をかけると、奥から60代ぐらいの女性が現れた。紬の和服を着こなして楚々たる足取りで現れた彼女は古風に手をついて僕に挨拶を寄越した。
「ようこそいらっしゃいました」
 僕は少し気後れを感じながら写真を差し出した。
「私は東京から来た横田と言いますが、三ヶ月前、こんな女性が訪ねてきませんでしたかね?」
 女性は写真を手にするとよく眺めてから返した。
「存知あげません。この異国風のお顔立ちならこの年寄りでも忘れないと思いますが」
「そうですか」
「まもなく主も帰りますのでどうぞお上がりになって、主に知ってるか尋ねてみたらよいでしょう」
「そう言っていただけると助かります」

 僕は客間に通され、しばらくして女性は湯飲み茶碗を盆に乗せて現れた。
「結構な掛け軸ですね」
 僕は褒め方もわからぬまま、床の間に飾ってあった書を褒めた。
「ほほほ、横田さんはお優しいのね。決まった彼女はいらっしゃるんですか?」 
 女性は微笑して言った。僕は頭を掻いた。
「一人、というかもはや無いに等しいですね。僕の仕事が不規則で出張も多いので喧嘩ばかりして振られたも同然です」
「あら、あきらめてるんですか?」
「ええ、仕方ないです。あんなに理解がないとこっちも冷めてしまいます」
 僕が苦笑すると、女性は蓋をした湯飲み茶碗を茶托に乗せて僕に差し出した。
「こちらは冷めないうちにどうぞ」
「ありがとうございます」
 僕は蓋を取り、湯飲み茶碗を口に近づけた。
 和風の湯飲みからは意外なほど芳醇な薔薇の匂いが立ち上がって、僕は驚いて湯飲みの中を見た。湯の中には蕾らしきものがみっつ浮いている。
「こ、これは」
「ダマスクローズの蕾ですの。お湯を注ぐと生き返ったように強い薔薇の香りを立てて私のお気に入りです。召し上がってくださいな」
 僕は女性の勧めに頷いて芳醇なローズティーを飲んだ。
「この薔薇の蕾はもしかしてあの庭……」
 最初に訪れた家の薔薇なのかと聞こうとしたが僕の意識はたちまち薄れていった。
 慌てて寄って来る女性の顔に微笑が浮かんでいるのが見えた。

 ◇

 再び意識が戻った時、僕を覗き込んでいたのは若い女性の青い瞳だった。
「気がつきましたね」
「き、君はクラリス?」
「ええ」
 実物のクラリスは肌が透けるように白くて、写真よりも数段綺麗に見え僕は青い瞳に吸い込まれそうな気分でどきどきしながら尋ねた。
「ここは?」
「山県家の土蔵の地下室」
 僕は床板に敷かれた布団から上半身を起こした。蛍光灯が灯っているが黒い壁のどの面にも窓はない。
「僕はあなたを探すように命令されて来たんですよ。こんな形だけど会えてよかった。
 ところでクラリスさんは何を探ってここへ来たんです?」
「うちの会社は今世界中の金を買い占めているんです」
「買い占め?」
「ええ、もはや合衆国であれユーロであれ過去の地位に戻るのは難しいでしょ。つまり通貨はまだ暴落します。すると金の価格は間違いなく上がる筈なのです」

 僕はクラリスのきれいな日本語に脱線して聞いた。
「日本語が上手ですね」
「あちらの家でも父は私にはずっと日本語で話してましたから」
「失礼しました、その青い瞳で日本語が上手だと不思議に感じて。
 それでどうして金を買い占めてる会社のあなたがこの家へ来たのですか?」
「この家は山県昌景一族の末裔なのです。山県昌景はご存知でしょ?」
 僕はその名前は大河ドラマで聞いた記憶があった。
「ああ、名前ぐらいは。たしか武田信玄股肱の勇将ですね」
「ええ、信玄の信頼が最も厚い武将でした。
 信玄亡き後、息子勝頼は無謀にも家康信長軍との直接対決を図り、長篠の戦で山県昌景は壮烈な戦死を遂げます。信玄はかなりの軍使金を蓄えていましたが全てをひとまとめにはせず信頼のおける数名の武将にも分かち持たせていたらしいのです」
「それがこの家に残っていると?」
「ええ、長篠の戦の後、軍資金を使う暇もなく武田軍は崩壊しましたからね。それで私はこの家を調べていてあのおば様に見事に捕まってしまったんです」

 それについては同様の僕も返事のしようがなかった。
「ここのおば様とご亭主はたぶん私たちに危害を加えるつもりはないと思います」
 クラリスはあの女性をおば様と呼んで心を許しているようだった。
「そんなのわかりませんよ」
「だってわざわざ私のためにトイレやシャワーも引いてくれて、三度の食事もきちんと用意してくれて。財宝の秘密を守るために地下に閉じ込められてるけど危険は感じません」
「今そうでも将来の保障はないでしょう。脱出する方法を考えよう」
 僕はそれから部屋の中を調べたが、トイレとシャワーの部屋は小さな換気口があるのみで、脱出口は今は閉じられている一階への昇り階段の扉しかない。僕はあきらめて用意されていた膳の食事を取りシャワーを浴びた。
 それから僕らは部屋の両端に敷いたそれぞれ布団に入り、クラリスに請われるままいろんな話をしながらいつしか僕は眠り込んだ。

 ◇

 一ヶ月ほどして僕とクラリスは紬の着物のおば様に導かれて蔵の地下室から出て、最初に通された客間に入った。
 おば様に「貴方はこちらへ」と言われてクラリスはおば様と座を外し、代わりに羽織姿の亭主が初めて僕の前に座った。
 髭をたくわえた亭主はその場で両手を畳に突いた。
「いろいろ無礼の段、平に容赦されたい」
 僕は急な扱いの変化に戸惑った。
「しかし、容赦と言われても僕とクラリスの受けた監禁の仕打ちは犯罪ですよ」
 僕はそう言ってみたものの亭主が怖かった。
 年齢は妻と同じぐらいだろうが怒らせたらいつの間にか太刀を握って飛び掛ってきそうな、そんな武士道の鍛錬で蓄えられた気迫が満ちているのだ。
「いや、お怒りはもっとも。しかし、当家も守らねばならぬものを嗅ぎ回られても迷惑いたします。苦肉の策とご容赦願いたい」

 そこへ亭主の妻と、艶やかな振袖の着物を着たクラリスがお茶を運んできた。
 クラリスはそのまま亭主、妻の末席に座ってかしこまった。
 僕は差し出されたこの前と同じダマスクローズの蕾のローズティーを飲んだ。しかし、今度は薬は混入されてなかったようだ。
「では、横田さん、本題に移りましょう」
「はい?」
「うちの山県杏樹を妻にもらってください」
 亭主が言うとクラリスが俯いた頬を真っ赤にしていた。僕は呆気に取られた。

「どういうことですか?」
「このクラリス・アニス・上村の父上が娘が女だてらに金の買い占めなどという下世話な仕事についているのを心配されて、遠い親戚筋の私に相談してきたのです。
 実際、本人も最近仕事に疑問を持っていて将来の相手を探したい気持ちもあったようで。
 一方、私の家では二年前、跡継ぎのせがれ夫婦を交通事故で呆気なく亡くしまして、かといって近親も高齢ばかり多く、後を託せる人物がおらん。そこでクラリスを我が家の養女に迎えたのです」
「ちょ、ちょっと待ってください。じゃ失踪というのは」
「まあ、形ばかり」
 僕が見詰めるとクラリスは青い瞳を上げて「ごめんなさい」と謝った。
「くわえて実は私は三ヶ月前に医師より悪性なんちゃらで余命半年の糞爺じゃと宣言されましてな、今日は久しぶりに酒を飲んだから血色はよいですが」
「えっ」
 僕の驚く声を亭主はハハハッと笑い飛ばした。
「そんな経緯もあり急いでクラリスを杏樹という養女として迎え婿を探していたのですが、これがなかなか見つからない。
 そこで探偵調査会社の東堂社長に、できれば山県昌景の遠縁筋の家はないかと調べてもらったところ、なんと偶然にも調査員の横田さんの血筋がぴったり。昔、山県昌景の娘が嫁に入ったという文句ない家系なのです」
「なんですって?」
「もっともそれは私のみの希望。何より杏樹の気持ちが一番です。そこであなたの履歴を教え、杏樹はあなたの様子を最初から窺い、妻と確かめた後に一緒に地下室に入らせたのです」
 僕は絶句した。
「この一ヶ月、あなたは私に殺される運命まで覚悟して杏樹と語り合った筈です。よもや今さら杏樹が気に入らぬとは申されないと思いますが」

 冷静に分析するならば僕は亭主の策略に乗せられたのだ。犯罪状況下で被害者が加害者に恋してしまうストックホルム症候群というのがある。亭主はそれの被害者同士版の策略に、僕とクラリスを追い込んだのだ。
 もっとも策略がなくても僕らが結ばれるのにやはり三日とかからなかったかもしれない。
 今度は僕が真っ赤になった。


 ◇

 こんなわけで、今、僕は山県家を継いで妻の杏樹と一緒にダマスクローズを栽培している。蔵にある鎧を納めていたという古い木箱には昔の玉の形の金塊が入ってるが別に売ろうとは思わない。
 とにかく薔薇の蕾のローズティーは本当に芳醇な香りなのでまだなら是非一度試してほしい。   了




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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    『地球人も宇宙人』。
    写真はッシェル・ポルナ
    レフの真似です

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