銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

 その夜も九尾恒樹(くおつねき)はいつものように拍手の中でセミナーを終えた。白髪の混じり始めた髪をオールバックにして、白いスーツの下に紫のシャツを着た九尾は見るからに只者ではないが、語り口は柔らかでメリハリもあり、面白い逸話を挟むのがうまく、要は口先が巧みなのだ。

 セミナーは渋谷のビルの会議室で毎日昼か夜に1時間半ほど行なわれている。内容はいわゆる自己啓発もので、入門コース、中級コース、特別コース、そして箱根での合宿コースがある。
 普段は常識や恥ずかしさから実行できないことを、みんな一緒だという特殊な状況下で実行させ、新たな気づきを体験させ、自己の人生を振り返らせ、次の目標を立てさせる。
 すると受講生たちは面白いように感激して、高率で上のコースを受講する。当然のように上に行くほど受講料は高額になり特別コースは50万と入門コースの10倍もする。
 そして最も上のコースを卒業した者たちはボランティアスタッフとして新たな受講生の獲得に走り、セミナーの手伝いをしてくれる。しかも、ネズミ講的商売のような決定的に悪の部分がない。受講生はそれなりに精神的な覚醒を得られるからだ。
 おかげで九尾は堂々とぽろ儲けできるのだ。

「先生、ありがとうございました。感激しました」
 近寄って来た受講生と握手を交わすのも利益に較べたら些細なサービスだ。
「やあ、自覚を持って頑張りなさい」
 一人の若いサラリーマン風の男性が質問をぶつけきた。
「自分は変わってきたと思うんですけど、相手はちっとも変わらないんです」
 たしか彼は上司と仲直りして認められたいとコミットしていたな。
 九尾は思い出して頷いた。
「ふむ。相手を負かそうという気持ちがあってはいけませんよ。相手も喜ぶウィンウィンの方法をじっくり探してみて下さい。大丈夫、君のように熱心な人はきっと幸せな解決を見つけ出します。頑張りなさい」
 答えと励ましを返してやると、若い男は目を輝かせて「ありがとうございます」と礼を述べて出て行った。
 やがて受講生たちは全員帰ったようだった。

 九尾が会議室から出て鍵をかけたところで給湯室でお茶の始末をしてた女性ボランティアスタッフが駆け寄ってきた。
「先生、鍵は私が事務室に返してきます」
「ああ、末松君か、いつも済まないね」
「いえ、お疲れ様でした」
「じゃあ、お疲れさん」

 九尾は一人でエレベーターに乗り込み、玄関を出ようとした。
 そこで中年の男性が声をかけてきた。
「お久しぶりです、先生!」
 吊るしの紺色のスーツを着た男は嬉しそうな笑みを浮かべて頭を下げた。
「私は去年受講させてもらった太木です」
「ああ、あの時の」
 普通の受講生なら忘れてしまうこともあるが、九尾はすぐにその男を思い出した。
 いつも眠そうにしていて実際セミナーが始まるやすぐに居眠りをしてしまい呆れられていた人物だ。隣の人と手をつないでの瞑想ができないため、二日目からは隅の机に移動させたのだがいびきがうるさく、最終日は返金して帰したという問題男だ。
 その問題男が切り出した。
「実は私、先生のセミナーでピンと来ましてね」
 九尾はそれだけで驚いた。
 いつも寝ていたのだからピンと来るような場面はなかった筈だが。
「それで工場を辞めて退職金で独立したんです。そしたらまもなく工場が潰れて、ハハハッ、先生のおかげで助かりました」
「ほお、それはよかったですね」
 言いながら九尾は訝っていた。
 寝てただけのこの男が私のセミナーに感じ入るとは思えない。
 九尾は何気なく訊ねてみた。
「今はどんな商売をされてるんです?」
 男はニヤニヤして答えた。
「野暮だな、先生のセミナーが勧めてくれたのに」
「いや、そんな覚えはないけどな」
「先生って案外鈍いんだなあ」
 男は軽蔑するような視線を投げかけてきて、九尾は少々ムッとした。

 男は得意そうに続けた。
「セミナーの項目にハイヤーセルフとかあったでしょ。それでピンと来て、個人タクシーを始めたんですよ」

 九尾は男の説明にすっかり固まってしまい、心の中で呟いた。
 ああ、君はハイヤーをタクシーと読み替え、セルフを個人と誤訳したのか。
 とにかく君は私の思いもよらない方法で最もセミナーを有効に利用した一人であることだけは間違いないよ。
 九尾は送っていこうかという男に手を振り苦笑しながら別れたのだった。   了




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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    飛べなくても頭が悪くても
    地球人も宇宙人だ(笑)

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