銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

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 一日の講義の終わっためぐみ、美由紀、祥子はいつものように特殊行動心理学天野教授の部屋に向かった。もちろん勉強のためではない。いわばその日一日の勉学のほんの僅かの疲れを癒し、とりとめもない話題のおしゃべりを楽しむための小さな喫茶店。それが彼女たちにとっての教授室の役割だ。
 当の天野教授はたとえ締め切りの迫った論文を抱えていても嫌な顔も見せず、集まってくる教え子たちをとっておきのコーヒーや紅茶で暖かく迎えてくれるのだ。甘党の教授が彼女たちの持参するスイーツに期待している側面ももちろんあるのではあるが……。

 ◇

 その日も三人娘と教授は応接セットのソフアにかけてドイツ風シュトーレンケーキとディンブラの紅茶をいただいて至福の時を過ごしていた。

「教授、私、時々ザッピングしないと落ち着かなくて、いいですか」
 そう言って教授に答える暇も与えずに祥子がソフアの向かいにある大型液晶テレビのリモコンスイッチを入れた。 テレビ画面にテレビショッピングがふたつ続いた後に、ニュースの映像が入った。

 どこかのお城の石垣が映った。
 祥子はそこでチャンネルを止めた。
 手前に八分咲きぐらいの大きな一本桜があるが、カメラはそれに視線を止めることもなく手前のガードレールに寄って下を俯瞰した。テロップに転落事故で男性死亡と出る。
『昨夜7時頃、柏葉市内に住む北橋拓矢さんの運転する乗用車がガードレールを突き切り転落し、北橋さんが死亡しました』
 30メートルはある潅木の茂る土手の地面を削って転がったのだろう。その一番底で車がひっくり返って車体の裏側を向けている。テロップに死亡北橋拓矢さん(26)と出る。
『現場は柏葉城の桜門手前の見通しのよい道路で二ヶ月前も婦人警察官の運転するパトカーが接触事故を起こしていました。警察では北橋さんが運転を誤って転落したものと見て捜査をしています』

 すると美由紀が「教授」と言って立ち上がった。
「私が調べて来ます!」
「へっ」「えっ」「何を」
 突然の調査宣言に他の三人が首を傾げると、美由紀は手で空気をぶって言った。
「教授、照れなくても私も同じ気持ちですってば。以心伝心、私と教授の間にはピッと一瞬で通じるものがあるんです」
 美由紀得意のおこがましい決め付けではあるが、しかし以前ほどアタックすることはなくなった。なぜならアタックする度に天野教授は亡き奥様の話で防御に入り、美由紀の勝ち目がないのがわかってきたからだ。
「美由紀、どういうこと?」
 めぐみが訊いた。
「教授はこの事件には興味深い謎があるって思ったのよ。教授、そうですよね?」
 天野教授は「えっ」と唸りかけて「まあ、そうかもしれませんね」と微笑んだ。実際はそうでなくても、教え子が手を上げたら認めてあげる度量の広いところがあるのだ。
 そこで美由紀は照れ笑いを浮かべた。
「えへへ、つきましては教授、調査費をカンパいただけると嬉しいんですが」
「あ、ええ、面白いネタを探してきてください」
 天野教授は背広の内ポケットから財布を取り出すと、樋口一葉の肖像付き紙幣を美由紀に渡した。すると美由紀は左手で紙幣を受け取るやサッと右手で敬礼した。
「はっ、明日は柏葉市の事故現場に調査に赴きます。めぐみ、祥子は代返等の後方支援を要請します。
 万が一、成果が上がらなかった場合は、残念土産としてご当地の柏餅を仕入れて、泣く泣く帰って来る所存であります」
 なあーんだ、狙いは調査より柏餅かい。美由紀を除く三人は納得して頷いたのだった。

 ◇

 翌日の午後、美由紀から天野教授の研究室に電話が入った。
『あ、教授ですか。がっかりです』
 美由紀の声のテンションは低かった。
『どうしました?』
『この柏葉市は昭和になってから命名されたらしくて、あの城も20数年前に町おこしで建てられたんです、石垣も中はコンクリートですって』
『そうでしたか』
『そんなわけで、ご当地に美味しい柏餅があるわけでもないんです、はあ』
 美由紀の深い溜め息に天野教授は苦笑した。
『まあ、そんなにしょげなくても』
『ただですね』
 美由紀の声にいつもの張りが戻った。
『例の事故現場で二ヶ月前に事故を起こしたという婦人警察官に話を聞きました』
『ミニパトに乗ってる婦警をよく捕まえましたね』
『それが彼女内勤になってたので』
『ほう』
『あなたの事故はどうして起きたのかと聞くと答えは単なる注意力散漫ですと。しかし、唇が突き出し、表情に拒否反応がありました』
『なるほど』
『そこで、今回の死亡事故の原因をどう思うかと訊ねたところ絶句、激しい視線の揺れ、伏し目。そして現在捜査中ですからと力ない答え。しかし、顔面は蒼白。
 これは絶対怪しいと思って、もうちょっと調べたら思いがけないことに突き当たりました』
『なんです?』
『今回の死亡者北橋拓矢と婦人警察官諸郷佳恵子は中学の同級生なんですよ』
『ふうむ。それは興味深い一致ですね』
『はい、教授、私、どうしましょうか?』
 そう聞かれた天野教授は謎解きの興味を抑えられなくなっていた。
『調査を続行して下さい。正式に調査費を出します。こっちも明日、智美君を連れてそちらに向かいます』
『わかりました、面白くなってきましたね』

 ◇

 天野教授は智美と事故現場に着いた。事故で突き破られたガードレールはまだ工事が間に合わないためか黄色と黒の工事中の看板が工事用ロープで四枚つなげられていた。交通量はさほどない。
「じゃあ、このあたりから始めてもらおうか」
 天野教授が言うと、智美は白い手袋を外して残ってるガードレールに触れた。
 天野教授の理論によると人間の意識はあらゆる物質や空間に記憶されている。めぐみの姉の智美はその記憶を読み取る特殊能力を持つ、天野教授の調査の切り札なのだ。
 智美は事故の被害者の記憶に触れてそのまま口にする。
「ま、まさか、桜の呪い、う、わあああ、エスティングィッシュト」
 勢いよく突っ切ったせいか、残存している記憶も一瞬だったようだ。
「ふむ、桜が?」
「桜というのは人の名前です。たぶん中学生ぐらいじゃないかと思います」
 天野教授は道の反対側の石垣の手前にある一本桜を指差した。
「あの桜も探ってもらえるかい」
 智美はうなづいて反対側のガードレールを乗り越えて桜の幹に手を伸ばした。
「きれいな桜ねえ。きれいだわあ」
 智美は何度も何度もそう呟いた。
「たくさんのひとがこの桜を愛でてます。悪意や恨みの記憶はないようです」
「そう、それはよかった」
 天野教授が安堵するのを、智美が遮った。
「あ、ちょっと、桜なんてこの世になければいいのに。中学生ぐらいの女の子が恨むように投げかけた記憶です。
 でもここで死んだというわけではなさそうです」
「ふうむ、とすればこでいわゆる幽霊を見たわけではないかもしれないね」
「ええ、そういう重い波動は感じません」
 その時、天野教授の携帯電話が鳴った。天野教授は険しい表情で美由紀からの報告を受けて電話を切った。
「残念ながら桜さんは3年前に自殺していたよ」
「そうでしたか」

 ◇

 天野教授、智美、そして美由紀は帰宅する婦人警察官諸郷佳恵子を呼び止めて喫茶店に入った。
「単刀直入に聞きます。あなたたちは桜さんをいじめていたんではないですか?」
 天野教授の問いかけに諸郷佳恵子は「そんな」と口ごもり俯いた。
「私たちは別にあなたを罰しようというわけではないんです。ただあなたには真実を告げる義務はあるように思うのです。いかがです?」
 うなだれていた諸郷佳恵子は意を決したように顔を上げた。
「自分を弁護するわけではないんですが、決してあからさまな暴力を桜ちゃんに加えたことは一度もないんです。ただ」
「ただ?」
「なんというか彼女は容姿とか、その名前負けしているので、からかわれることはあったんです」
「ふむ。軽い気持ちでからかっても相手は想像以上に傷つくことがありますよ」
「ええ、今は冷静にそう思います。だけど当時はみんな中学生です。深く結果を考えることができなかったんです」
「それでいいというわけでもないでしょうが、ま、話を進めてください」
「私たちの世代の時はちょうどあのお城は距離的に手軽な遠足場所だったんです。それで男子の誰かが『桜が死んだらあの門の桜の下に埋めてやる』って言って、そしたら私の近くにいた北橋君が『桜はいい肥料になりそうだ』と悪乗りして」
 美由紀が「ひどい」と吐き捨てた。
「ほんとにひどい、恥ずかしい話です、でも聞いていた殆どみんなが笑いました。私もです。ああ、あの時、桜ちゃんはどんなに傷ついたか」
「言葉だけで十分な致命傷を与えることがありますから」
 美由紀が怒って言った。
「はい、思い返すと怖ろしさに今も震えるんです。すみません、こんなこと言っても取り返しもつかないけど。ごめんなさい。桜ちゃん、許してください」
 諸郷佳恵子は頭を垂れて、涙をこぼした。
 言葉による暴力から8年も経って桜がどのような経緯で自殺に至ったかは知る由もなかった。天野教授は思い直して言った。
「あなたの思いが桜ちゃんに届くといいですがね。ところでどうして今頃になってあなたは桜ちゃんに怯えたんです」
「ええ、去年の暮れ頃、卒業から十周年ということで同級会をやったんです。こういう点も恥ずかしさで一杯なんですが、私を含め誰も桜ちゃんのその後どうしたなんて興味もなかったんです。だけど女子の誰かが桜は2年前に自殺したんだってと呟いて、一気にみんなの酔いが醒めたんです。それで二ヶ月前に桜門に差し掛かった時、私はひどい暴言に笑い桜ちゃんをみんなで傷つけたことを思い出し、すまなさで頭が一杯になって気が付くとガードレールに接触していました。
 おそらく北橋君もあの桜を見て、罪の意識で一杯になったんだと思います」
 天野教授、智美、美由紀は大きく頷いた。
「なるほど。そういう理由だったんですね」
 諸郷佳恵子は縋るような視線を寄越した。
「私みたいな者が警察官をやってていいんでしょうか?」
 すると天野教授は頷いて言った。
「あなたが桜さんのことを思い出し、誠実に警察官の仕事をするなら、それが一番の罪滅ぼしになるかもしれませんね」
 諸郷佳恵子は「ありがとうございます」と言って肩を震わせたのだった。   了

 



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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    『地球人も宇宙人』。
    写真はッシェル・ポルナ
    レフの真似です

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