銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

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 沙名美が新横浜駅に渡る横断歩道の手前に辿り着いた時だった。
「あの、すみません、CMモデルをしていただけませんか?」
 後ろから声をかけられた。
 沙名美は容姿はまあまあかもと自惚れている。
 渋谷とかでモデルにならないかと声をかけられたことはあるのだが、よくよく話を聞くと結局、モデル事務所で登録料を取る商売だというのが殆どだった。おそらく今回もその類だろうと思って沙名美は振り向いた。

 そこに立っていたのはありがちなちゃらちゃらしたイケメンではなく、スーツの似合うちょっと渋めの30代、スタイルもよかった。
「そう言って、かなりの登録料取るんでしょ?」
 沙名美はからかうように言ったが、スカウトマンは首を横にした。
「ギャラはすぐにお支払いします」
「いくらですか?」
「5並びです」
 この業界のギャラは税金の1割を乗せた並び数字が常識なのだ。
「たった5万?」
「まさか、55万5千ですよ」
 思わず沙名美の目が潤んだ。
「変なモデルじゃないでしょうね、ムチやローソクなんて嫌ですよ」
「まさか、いたって清潔なモデルですよ。
 これは口外しないでほしいのですが、有名メーカーの新型カメラ発売のためのコマーシャル撮りなんです」
「ほんとに?」
「申し遅れました。僕はヴィーナスというCMキャスティングプロダクションの境井と言います」
 スカウトマンは名刺を差し出した。無駄な行のない、英字で住所の入ったカッコイイ名刺である。
「あなたを拝見してピンとひらめいて、追いかけてきたんです。どうでしょうか?」
「や、やりますっ、やらせてください!」
 沙名美は思わず大きな声で叫んでいた。

 ◇

 どうしよう。
 明日は有給休暇を取っての撮影だ。
 ヤバすぎる!
 同僚にはまだ秘密にしてあるが、ゴールデンタイムにCMが流れたらもう隠しようがない。
 そしてマスコミでCMの気になるあのコは誰なんて騒がれるのだ。
 もちろんモデル業が忙しくなるだろうから、勤めている会社に出す辞表はすでに書いてある。
 それをきっかけに売れっ子モデルとして芸能界デビューして……、いろんな番組に出るようになって……、ゆくゆくはCM女王だって夢じゃないかもしれないわ。
 沙名美は鏡を見詰めてにた~と笑みを浮かべた。

 ◇

 沙名美はヴィーナスの境井の運転する車で、有名なカメラメーカーの研究所に入った。テレビのニュースでニューヨークが映ると高いビルの壁の大型ビジョンにこのメーカーのCMが流れていたりする。
 とうとう沙名美は芸能界の階段に足をかけたのだ。
「さあ、着きましたよ」
「すごい緊張してるんですけどお」
「大丈夫ですよ、監督の指示に素直に従うだけでいいですから、リラックスしていきましょう」
「ビキニで撮影とかあるんですか?」
「いや、それはないと思いますが」
「心の準備は出来てますから、監督に伝えておいてくださいね」
「ハハッ、あなたは楽しいひとですねえ」

 いよいよ照明のセットされ、スタッフの立ち並ぶ部屋に沙名美が入った。
 シルクのバスローブ姿で、監督から指示を受ける。
「じゃあ、サナミちゃん、微笑みながら美味しそうに飲んでください」
 アシスタントディレクターからコップのバニラドリンクを受け取り「用意、スタート」の合図で、笑顔で飲む。
 しかし、味があまり美味しくないので笑顔が引き攣る。

「監督、なんだか美味しくなくて笑顔が辛いんですけど」
 沙名美が言うと監督がうなづいた。
「仕方ないな、別のにしよう。おい、何がある?」
 するとアシスタントディレクターが答える。
「バナナかイチゴがありますけど」
「じゃあバナナをお願いします」
 
 バナナドリンクに変えて、なんとかそのシーンは終了した。
「じゃあサナミちゃん、そこのベッドで仰向けになって微笑んでいてくれる」
「えっ、ベッドシーンですか?」
「いや、じっとして微笑みを浮かべてくれればいいから」

 バスローブ姿の沙名美がベッドに仰向けになると、しばらくしてすっと白衣の医者が近づいて来た。
「じゃあ、ここで鼻から胃カメラを入れますからね、楽にしてていいですよ」
「えっ、何っ! もしかして、新型カメラって?」
「ええ、極細高性能の胃カメラですよ」
「それじゃあゴールデンタイムのCMじゃないの」
「うーん、ゴールデンタイムはちょっと無理かもな」
「話が違うっ!」
 叫んだところで、それは沙名美の勝手な妄想だ。芸能界への階段は霧でできていて、沙名美はそこから足を踏み外したのだ。

 結局、沙名美は微笑を浮かべたまま鼻の穴から内視鏡カメラのチューブを入れられるという、医療関係にのみ配られるCMの撮影を頑張り抜いた。

 ◇

「境井ちゃん、あの娘は意外とガッツあったねえ」
 監督は沙名美の立ち去った部屋で満足そうに言った。
「ええ、新横浜のラーメン博物館で立て続けに4軒、はしごで食べて平気な顔してましたからね。そこでピンと来たんです」
 監督が吹き出した。
「それってただの大食いじゃないの?」
「まあ、そうとも言いますけど」
 境井も笑った。

 帰りのタクシーの中で、沙名美は内視鏡を入れられた鼻がむずむずして、くしゃみをした。   了




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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    『地球人も宇宙人』。
    写真はッシェル・ポルナ
    レフの真似です

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