銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

つるさんのプログの X'mas 短編競作企画 に参加した作品です。


「アフター X'mas 」

 午後6時少し前、桃香は渋谷のハチ公のそばに立っていた。
 部屋から出がけにFMラジオでかかった山下達郎の「クリスマスイブ」のメロディーがまだ頭の中でリフレインしている。
 この曲は桃香が小学校の頃、新幹線のCMに使われていた。ホームに新幹線が着き、乗客が全員降りてしまう。泣きべそ一歩前の女性の前に、柱の影からようやく彼氏が登場、女性は彼氏の胸をぶって、彼氏はぎゅうっとハグするというシーンだ。桃香は自分も大人になったらあんな風に彼と逢うんだよね、素敵だなとか思ったものだ。
 それにしても、今どき、こんなところで待ち合わせだなんて、相手の男のセンスは知れてる。
 そしてなにより今日は12月26日、おそらく相手もクリスマス前に振られた情けない男に違いない。
 そう相手"も"だ。
 思い出すと悔しくなる。

 大人になった桃香は看護師という不規則な勤務の職業についていた。だから新幹線のCMのようにイブに会うなんてシーンはまずなかった。
 しかも今年はイブは当直、クリスマスも夜勤という最悪の事態だ。
 できれば断りたかったけれど、看護師長が手を合わせて言ったのだ。
「お願い、あなたしか頼りになるひとがいないのよ。
 私一人でできればいいんだけどそれも無理だし、頼りにならない子たちに無理強いして辞められでもしたら、かえって私もあなたも後が大変になるし。看護師不足で病棟を閉めるなんてなったら世間に申し訳が立たないわ」
 頼りにならない子たちは20代前半で、桃香は今年30代の仲間入りをしたところだ。
「私だって、せめてイブがだめなら、クリスマスだけでも早く上がれませんか」
 桃香にしたら譲りに譲った最後の妥協のつもりで言ってみる。
 しかし……。
「あなたの気持ちもわかるのよ。だけど人手が絶対的に足りないの。本当に申し訳ないけど、一生のお願い」
 看護師長は涙さえ浮かべて頼むのだ。そう言う看護師長もずっと連続勤務なのだ。勤務予定表によれば看護師長はクリスマスが終わってから休みが1日取れるが、それが終わると年末年始の連続勤務に突入する。
 そんな看護師長に、そこまで頼まれたら、実は一緒に過ごす相手もいないのに粘る理由も薄れてくる。

 仕方なくイブの当直という悪夢を経て、クリスマスの夜勤時間に半ば自棄になった桃香は『大人の待合室』というかなり怪しげな携帯サイトにアクセスして、恋人を探した。

『ゆうで~す。イブもクリスマスも頑張って仕事をした自分(29歳だけど歳より若いって言われま~す)そんな自分を褒めて優しく包んでくれる男性を探しています』
 それが桃香が吹き込んだ条件だ。恋人になってとか贅沢は表に出さなかった。自分の心の隙間を埋めて体を温めてくれればよいと思ったのだ。しかし、返事は案外少なかった。そこですぐ電話番号を教えるのも怖かったので、数人の候補と何度かメールをやりとりして堅ブツそうな男を捜すうちに残ったのは前島という男だったのだ。せめてイブの夜に探すべきだったと後悔したが、イブの夜はモチベーションが殆ど海の底まで水没してたから仕方ない。
 
 ◇

 待ち合わせは6時10分。目印を聞くと男は赤いバッジをしてるという。こっちはバッグに毛糸のマフラーのミニチュアをつけてると答えた。

 やがて6時5分になると、紺色の背広に薄茶のハーフコート、スポーツ刈りという信じられないファッションの30代半ばの男が近づいてきた。手にはラッピングされたワインのボトルとどこかのショップのこぶりな黒い紙袋を持っている。
 男は桃香に声をかけてきた。
「あの、ゆうさんですか?」
 殆ど、生理的にシャットアウトした。
「違います」
 そう言って桃香は目をそらした。

 しかし、その男はそれからも5メートルほど離れた位置に立って「ゆう」を待っているようだ。
 そこへ別のちょっとイカシた感じの男が寄ってきた。髪はミディアムレイヤーで歳は同じぐらいだろう。胸にコンサートか何かの赤と青のバッジをしていた。

「やあ、待った?」
 男は気さくな感じで話しかけてきた。
「もしかして前島さん」
「うん」
「よかった」
「俺の本名は前島大輔、よろしく。
 キミのホントの名前は違うでしょ、なんて言うの?」
「え、わかる?」
「なんとなく雰囲気が違うよ、落ち着いた感じ?」
「私は桃香っていうの、よろしく」
「オッケー、じゃあ、この先にちょっとキレイな店あるから、行こう」
 前島大輔は桃香の手をさりげなく握って引っ張った。

 ◇

 前島健史は前島を騙る男とゆうと名乗った桃香が連れ立って歩くとゆっくりと後ろから尾行した。
 二人はスクランブル交差点を渡ると、ゆるやかな坂道を5分ほど登って白い外観の小ぎれいなケーキバーに入った。
 二人が奥の席に着いたのを見詰めた前島は、さらに坂道を進み、小路に入って路上駐車している車があれば中をチェックした。
 何本目の小路に入ると灰色のワゴン車があった。サイドと後方の窓は黒いフィルムが貼られて中は覗けない。さすがにフロントの窓は黒いフィルムではないがそのままでは暗くて見通せなかった。
 前島は近くに停めてあった自転車の発電機を倒して肩に担ぐと、ワゴン車のフロントに立った。そしてペダルを手でまわして、ワゴンの奥を睨んだ。
 後方の席は倒されていて、前島には馴染みのある物がちらりと見えた。
「ふざけやがって」
 前島は吐き棄てるように言った。

 ◇

 ケーキバーで桃香は前島大輔と楽しく語り合っていた。
「すごいですね、テレビ制作会社にお勤めだなんて」
「いや、下請けだからたいしたことないよ」
「でも芸能人とかも会うんですよね?」
「もちろんだけど。ドラマ撮ってるから今度ロケの時、連れてってあげようか?」
「えっ、ほんとに?」
「うん、スタジオだといろいろうるさいけどロケだとオープンだから簡単に話もできると思うよ」
「ほんとに? だけど私、仕事で行けないかも」
「うん、今度、予定がわかったら教えるから都合よければ参加すればいいし、だめならまた次回に教えるから」
「じゃあお願いします!」
「うん、わかった」
 ケーキとワインでご機嫌になった桃香を前島大輔が誘った。
「これから怖い心霊スポットでも行ってみる?」
「え、やだ、こんな寒いのに怖いところなんて」
「わかった。じゃあ、うんとあったかい部屋に行こう」
 前島大輔は桃香の手をぎゅっと握り、桃香は頷いた。
 二人は手をつないだまま、ケーキバーを後にした。

 ◇

「この車なんだ」
 ニセ前島は桃香の背に手をまわしてワゴンのサイドドアを引き開いた。
 しかし、そこに椅子はなく、薄っぺらなマットが敷かれてあるだけだ。
 一瞬、声を失った桃香を、ニセ前島が突き飛ばして中に押し入れる。
「キャー」
 悲鳴を上げたがすぐに桃香の口はタオルで縛られた。
「静かにしろよ」
 ニセ前島は、手を足をばたつかせて抵抗する桃香を押さえつけて、取っ手からロープでぶらさげた手錠に左手首をかけ、反対サイドの取っ手からぶら下がる手錠に右手首をかけて拘束する。
「もう逃げられないぜ」
 ニセ前島が卑劣な目で桃香を見下して言った。 
  
 その時、フロントグラスに大きな衝撃音が響いた。
 前島健史がワインボトルで思い切りフロントグラスを叩いたのだ。フロントグラスは小さなひび割れが無数に走って視界を失い、このままでは運転は無理だ。そのひび割れたフロントグラスを薄っすら赤いワインがピンクに染めている。
「野郎っ」
 ニセ前島は逆上してサイドドアから飛び出した。
「やっぱり一番怪しいこの車だったか」
 前島が叫んだ。
 ニセ前島は勢いをつけて右手のストレートで殴りかかった。
 だが、怒りに支配されたために力みすぎたパンチは伸びるスピードも遅く、格闘慣れしてない素人の間合いの悲しさで前島の頬に拳が届いた時には腕がほぼ伸びきっていた。
 前島は殆ど痛くもなかった自分の頬を撫でると言う。
「そんなパンチじゃサンタの爺も倒れないぜ」
 前島はゆっくりとジャブを返すと見せて途中で一気に逆の右手で加速したストレートを繰り出した。
 ニセ前島の鼻柱が折れる手ごたえがあった。
 さらに放たれていた回し蹴りがニセ前島の鳩尾に食い込む。
「てめえのしたことの痛みを思い知れっ」
 前島はさらにニセ前島の股間の急所を蹴り上げた。
「痛ええ、痛えええええ」
 ニセ前島は股間を押さえて地面を転げまわった。

 ◇

 前島はダッシュボードを開いて鍵を見つけ出して、桃香の手錠を外してやる。
「怪我はないですか?」
「あ、ありがとうございます。私、その、すみません」
 桃香はそう言って背広にハーフコート、スポーツ刈りの前島をじっと見詰めた。
「わかってもらえればいいんです」
 前島はニセ前島を近くの標識のポールを抱かせる形で手錠をかけると、携帯で110番して、所轄の出動を依頼した。
 そして桃香に向き合った前島は自己紹介して襟の赤いバッジを指した。
「自分は前島健史。このバッジは警視庁捜査一課の徴です」
 それはS1Sという文字を象ったデザインで、精鋭の刑事を集める捜査一課に選ばれたという誇りを表しているバッジだった。
「前島さんは刑事さんでしたか。道理で私に不規則な仕事の辛さはわかると仰ってましたね」
「看護師さんも仕事は大変ですよね。そういや、所轄時代はよく看護師さんと合コンがあったのに自分は一度も出ませんでした」
 前島が言うと、桃香は笑った。警察官と看護師の合コンはけっこう多いのだ。
「あ、私もです。お巡りさんとの合コンには行かなかったな。でも、こうして前島さんと知り合えたのは神様の導きですかね」
「そうかもしれません」
 前島は笑みを浮かべ、桃香も頷いた。
 前島は標識に繋がれたニセ前島に顎を向けた。
「そいつはおそらく警察で追ってる連続暴行魔ですよ。ちょっとこれから警察で事情を聴かれると思いますが、その後、付き合ってもらえますか?」
「ええ、私でよければ」
 小雨が振り出して、二人はフロントグラスの割れた運転席と助手席に入った。
「よかった。こんなタイミングで出すのも変だけど、これプレゼントです」
 そう言って前島は黒い袋を差し出した。
「ありがとう」
 開くと、ケースから銀のネックレスが出てきた。
「わー、すごい素敵」
 桃香はそれを胸元にあてがい聞く。
「こんないいもの、頂いていいんですか?」
「似合いますよ」
「私からはこれです」
 桃香はバッグからリボンのかかった包みを取り出した。前島は包みを開けるとマフラーを早速首に巻いて笑った。
「ありがとう」 
 二人はそこでしばらく語り合った。

 ◇

 午後11時、所轄の渋谷署で事情聴取されて、桃香が廊下に出ると前島が待っていた。
「お疲れ様でした」
「いいえ、ありがとうございました。もう前島さんも帰れるんですか?」
「ええ、明日は休みですよ」

 二人は静まり返った階段を歩いて降りた。
「そういえば『スピード』ていう映画でサンドラ・ブロックが、異常な状況下で結ばれた恋は長続きしないって言ってましたね。あれ、どう思いますか? 私たちもある意味、異常な状況下で結ばれた恋でしょ?」
 桃香が言うと前島は困ったようだった。
「とりあえずいいじゃないですか」
「そういう言い方で片付けるんですか?」
 桃香が言うと、前島は口の前に人差し指を立てた。
 階段の下は署のエントランスで、静まり返ってはいたが10人ほどの制服の警察官が仕事をしていたのだ。それが、二人が降りてゆくに連れ、くすくすと忍び笑いを広げている。 
 前島は照れを隠すようにカウンターの側板を蹴った。
「笑ってるんじゃねえよ」
 そして前島はわざと聞こえるように大きな声で言った。
「この先にいいホテルがあるんですよ。20年間一度も殺人事件が起きてないんです」
 桃香は微笑んで前島の手を握った。
「それはすごく安心ですね」
 
 署の玄関を出ると空から落ちる雨は雪に変わっていた。   了




山下達郎 クリスマス・イブ
曲の歌詞は切ない系なので、絵とあまり合ってませんが、
この神戸のクリスマスはイルミネーションがきれいですね!
残念ながらご近所の○○○さんは映ってないそうです(笑)
  歌詞はこちら 
追記 今日のニュースによると、この時期、24年間連続オリコントップ100入りらしい
そんなロングセラーだとは知りませんでした、すごいな!



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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    飛べなくても頭が悪くても
    地球人も宇宙人だ(笑)

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