銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

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「銀盤上の初恋はサイダー味だったのさ」 後編

 ◇

 2月の終わり。
 僕がいつものように少し早く家を出て公園に行くと、いつものように紺の制服を着た莉利が雪だるまの前でうずくまっていた。
「おはよう」
 僕が声をかけたのに、彼女は黙って首を横に振った。
「莉利、どうした?」
 僕は初めて彼女の名前を呼び捨てにしてた。
 莉利は僕を見上げると、抱きついてきた。
 僕はどぎまぎしながら、そっと、それからしっかり莉利を抱きしめた。
「どうしたの?」
「竹志」
 莉利も初めて僕の名前を呼び捨てにした。
「私が逃げたいって言ったら、私を連れて逃げてくれるよね?」
 莉利の目から今にも涙が溢れそうだった。
「もちろんだよ。僕と莉利の仲だもの」
 僕が言うと、莉利は頷いて、ほっと笑顔を浮かべた。
「ありがと」
 そして莉利は僕の唇に自分の唇をさっと重ねてさっと離した。
 それから莉利は駆け出した。
 その日、莉利は学校に来なかった。でも大丈夫だ。僕は確信していた。
 
 ◇

 3月に、僕ら中学2年はスケート授業があった。学校から歩いて20分ほどのところにあるスケートリンクに向けて歩いてゆく。
 みんながコートやオーバーを着て寒くない格好をしている。そして女子には転んでも大丈夫なように、ジャージの上に撥水性の雨合羽のズボンを穿いてる子も沢山いた。ただ莉利はいつものように前の学校の紺のブレザーとスカートだ。ただいつもと違うのは髪の後ろををゴムで止めているところだ。僕は莉利と並んで歩いた。一応、もうキスはしたんだから、本当は手をつなぎたいところだったけど、黒岩に嘘をついた手前それはできないでいた。
 スケート授業といいつつも堅苦しいことはない。最初に教師に気をつけて滑りましょうと言われて、後は団体でスケート靴を借りて好き勝手に滑るだけなのだ。
 僕はスケート靴を履くとヨチヨチと歩いてリンクに向かおうとした。

「竹志君、滑るの得意?」
 莉利に聞かれて僕は頭を横に振るしかなかった。
「全然。内緒だけど、僕の両親はペンギンだったんだ」
「そっか。じゃ、私が手を引っ張ってあげるよ」
「そういえばもっと寒いところで育ったんだね。スケート得意なんだな。
 ただ申し出は嬉しいけど、引っ張ってもらっても滑れる感じがしないんだ」
「じゃあ、私の滑りを見ててね」
 莉利はそう言うと、リンクに飛び出したかと思うとすいすいと滑って行った。
「へえ、ほんとにうまいなあ」
 僕はどんどん小さくなってゆく莉利の後ろ姿を見送ると、リンクの外壁に手をついておそるおそる氷の上に立って、一歩一歩進んだ。
 この一歩は小さな一歩だが、ペンギンにとっては偉大な一歩だ。
 僕がそう考えながら、滑るというよりはヨチヨチ歩いていると、後ろから莉利の声がした。
「竹志、がんばって」

 シャーというエッジが氷の表面を擦ってゆく音とともに、莉利は足をゆっくりクロスさせてバックになって僕に手を振るとすいすい滑ってゆく。
 僕の前でペンギン仲間と成り果てていた黒岩とその子分川谷が唸った。
「稲葉ってすげえな」「スケートうまいんだな」
 黒岩は思い出したように僕に言った。
「おい、木原、稲葉は難病じゃなかったのかよ?」
「そ、その、薬を飲んでれば女は平気なんだよ」
「そういうことか」
「ああ、だけど男はキスなんかしてみろ、72時間の命だ」
 黒岩は頷いた。
「木原は可哀想だな。俺は稲葉でなくてもいいけど、お前は稲葉しかいないだろ?」
 僕はドキっとした。確かにそうかもしれない。
 僕は莉利じゃなきゃだめかもしれない。
 急に叫びたいと思った。
 その時、前にいた黒岩と川谷が僕の後方を見て大声を上げた。
「稲葉」「うあー」
 僕が振り向くと、莉利は肩幅に開いた足を180度に近く逆向きに開いたまま滑走し、そのまま後ろに上半身を大きくのけぞらしていたのだ。
 莉利の微笑む顔は僕のすぐ脇を通り抜けざまウィンクした。
 なんてサプライズな滑り方だろうと感激した僕は、その技をイナバウアーと勝手に名づけることにした。

 リンクの向こう側まで達した莉利はカーブをまわると、右足を後ろに高くゆっくりと振り上げた。
 えっ。
 僕は絶句した。
 スカートより足が高く上げられたってことは後ろからはパンツまる見えじゃないか。
 そ、それ、それは二人きりなら嬉しいけれど、僕以外の野郎どもに不要な餌をばら撒くだけだ。そんなサービスする必要あるのか。
 そもそも僕は野郎どもと一緒になって莉利のパンツを覗いていいのか、悪いのか?
 僕は突如突きつけられた難問に脂汗を浮かべて苦しんだ。

 その時、僕のそばの外壁に手をついていた派手なスタジャンの女が声を上げた。
「誰よ、あのコ。上半身は水平、両足は180度、中学生とは思えない、美しい正確なアラベスクスパイラル!」
 もしかしたら女はここに付属するクラブのコーチかもしれないと僕は気づいた。
 莉利は足を跳ね上げたまま、僕らの前を滑走して行った。
 僕は目を手で隠して、指の隙間から莉利のスカートを覗いた。
「なんだ白い短パンかよ」
 黒岩のがっかりした声と同時に僕はほっとした。
 さっきのコーチが拍手を始めた。
 僕や黒岩のペンギン組も拍手をすると、あちこちで皆が足を止めて莉利のスケーティングに注目して、拍手を送った。

 莉利はバックスケーティングで向こう側に達するとリンクの内側に入った。
 今やスケートリンクは莉利のショー状態だ。
 莉利はつま先立ちになってこちら側に踏み出す。
 女コーチが声を上げる。
「トウステップからロングアクシス。セミサークル」
 莉利はゆるやかな弧を描いてゆくが、さっとエッジを乗せ替える。
「うまい、サーペンタイン、がんばって」
 今度はさっきの逆の弧を描いてゆく。
「スリー、いいわよ、その調子」
 次第に莉利はこちらに近づいてきた。

 そこで莉利は小さくジャンプして右足を腰の高さに保ったままスピンに入る。
「フライングキャメルスピン、このコは基本が出来てるわあ!」
 コーチが言うと、くるくると規則正しい回転を重ねた莉利はいったん足を下げたかと思うと、背中にまわした両手でスケート靴のエッジの支柱を掴んだ。
「まさか、ビールマンスピンを?」 
 莉利は両手でエッジの支柱を掴んだまま、足を背中にゆっくり跳ね上げ、その場で回転する。まるで腕と足で出来た鳥かごの中に莉利の頭があるように軸がぶれない。
「最高! こんな完璧なビールマンスピンをうちのリンクで見たのは初めてよ!
 信じられないわ!」
 女コーチは興奮していた。
 いや、誰もがその美しいスピンに感動していた。

 くるくると回転した鳥かごはゆっくりとなって花びらが開くようにばらけ、足をおろした莉利はこちらを向いて静止した。
 莉利は紺のスカートの裾を持って、片足を後ろに下げ、お姫様のお辞儀をした。
 リンクのあちこちから歓声と拍手が沸き起こった。

 莉利は笑顔で滑りだして僕に向かって投げキスをした。
「木原、お前、稲葉とキスしちゃえよ。死んでもいいじゃん」
 黒岩は羨ましそうに言った。
「ああ、いいね」
 僕はまだ感動に震えながら真剣にそう思った。

 ◇

 3月に入っても僕の幸せな日々は続いていた。
 毎日、公園で雪だるまをメンテナンスする。だんだん雪が少なくなってきたので、僕は木立の陰に雪をストックしておいた。
 そして学校で莉利と目を合わせ、雪だるまについて囁き合う。
 僕は莉利との平和で期待に満ちた日々はずっと続くと信じていた。たとえ雪だるまが溶けて消えたとしてもだ。

 だが、終業式の日、莉利は来なかった。
 担任は説明した。
「みんなにお知らせがあります。稲葉さんは家庭の事情により昨日、転校しました。みんなにありがとうと伝言してこの街を去りました」
 
 昼前に終業式の行事は済んで、僕はまっすぐ公園に向かった。
 もしかしたら、もう一度そこで莉利に会えるかもという儚い願いを握り締めて。
 だが、そこにも莉利はいなかった。
 何気なくコートのポケットに突っ込んだ手に莉利にもらったキャンディーが触れた。
 僕はそれを口に放り込んで舐めた。
 何も言わずに消えるなんて、一体どんな理由だよ。
 サイダーの味がした。
 僕はひとまわり小さくなった雪だるまをずっと眺めていた。   了





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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    『地球人も宇宙人』。
    写真はッシェル・ポルナ
    レフの真似です

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