銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

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 あれは高度経済成長が始まった昭和の事。私は赤坂のとあるホテルのボーイだった。
 そこへ有名な外国女優がお忍びで来たことがあった。運良く私が担当になった。

 ◇

 女優は首が少し高く、その上とても小顔で美の終着点みたいな容貌だった。
「あなたは何時に仕事が終わるの?」
 女優は大きな瞳で僕を見てゆっくりとした英語で聞いた。僕が戸惑って彼女の向かいのマネージャーを見るとマネージャーは壊れた扇風機みたいに頭を水平スイングした。
「すみません、答えられません」と僕は英語で答えた。このホテルではその当時から接客するスタッフは英会話を叩き込まれていたのだ。
 女優はちらっとマネージャーを睨んで言った。
「いいの、私が聞いてるんだから」
 マネージャーは手を叩くようにして直前ですれ違わせてソフアに横向きにもたれかかった。どうにでもしろと読めた。
「あなたは何時に仕事が終わるの?」
「今晩の9時ですけど」
「いいわ、明日の5時に迎えに来てちょうだい。行ってみたいところがあるの」
「あ、僕の仕事はボーイです。運転手ではないのです」
「ええ、仕事は明日一日休みを取ればいいでしょ。できなきゃ、そこのスコットがあなたを一日貸切りにするから大丈夫だわ」
 彼女の北欧の霧で青みがかったようなブラウンの瞳で見詰められたら、どんな男だって「逆らう」という言葉を急いで辞書から破り捨てる筈だ。それに彼女を乗せて運転できるなんて光栄を逃す男もいない。付け加えると女優は既婚だ。もちろんボーイ相手に浮気する筈もない。単純な好奇心で観光にぶらりと訪れたんだろう。
「わかりました、明日の5時ですね。車はご希望がありますか?」
 僕は彼女の希望する車をどうやって調達したらいいか心配しながら言った。
「いいえ、あなたの小さな車でいいわ、持っていればね」
「わかりました。車はスバルの360です、フォルクスワーゲンのビートルみたいな車です」
 おそらくリムジンに乗りなれてる筈の女優は猫のように小さく舌を出して微笑んだ。
「ビートルは知ってるわ。日本のカブトムシ、素敵ね」
「では、明日夕方の5時に迎えに来ます」
 僕が確認すると、女優は驚いて言った。
「まさか、5時は朝に決まってるでしょ」
「オーマイガッ、リーリィ?」
 僕は思い切り叫んだ。早朝は全く苦手なのだ。
 
 フロントの宿直に事情を話したら、モーニングコールを引き受けてくれた。もちろん、事情がなかったらガスボンベで殴られてたと思う。
 とにかく僕は朝の4時に着信音がひとつ鳴るやすぐ受話器を持ち上げて、興奮して全然眠れないんだと打ち明けた。宿直は頑張れよと応援してくれた。

 ◇

 5時きっかりにドアをノックすると、毛皮のコートを着て、首に巻いたスカーフに半分顔を埋めた女優が現れた。
「おはよう。よく眠れた?」
 そう聞かれて、僕は答えた。
「ええ、陸に上げられて一晩経ったマグロみたいによく寝ました」
 女優はびっくりした。
「そう、私が行きたかったのはそこよ。あなたはとっても勘がいいわ」
 女優は微笑みながらサングラスをかけた。女優はフランスパンを抱え持って車に乗り込んだ。

 はたして魚市場に観光客が入れるものか心配だったが、僕はスバル360に女優を乗せて築地市場に着いた。
 すると女優はまるで昔からの関係者みたいにすたすたと中に歩み入ると、僕を振り返った。
「すごいわ、あんなに大きなマグロがたくさん寝てる。まるで昨夜のあなたみたいにね」
 僕は嘘をついた罪悪感を感じながら急いで彼女のそばに立った。
 そこにいた強面の男が手を振りながら近寄ってきたのだ。
「だめだ、だめだ、見せ物じゃないんだ」
「申し訳ありません。でも彼女ははるばる外国から来たので少しだけ見せて下さい」
「だめだめ、例外はねえんだよ」
「そこをなんとか、彼女に良い印象を持ってもらえば、日本にとってもよいことです」
「だめだっつうの」
 だんだんゴムの長いエプロンをした男たちや、ひさしのついた帽子を被った男たちが集まり、僕は人数で圧倒されてきた。もっとも女優はそんな男たちの不機嫌な顔ひとつひとつが興味深いらしく一歩も動かず眺めている。
「とっとと帰れよ」
 一人の男が女優の肩を押そうとした。
 僕はその手を払い落とし思わず叫んだ。
「無礼だ。このひとはアン王女だぞ」
 男たちが一瞬で固まった。
 もちろんそれは役名だけれど、その方がわかりやすい筈だ。
 僕が「それを取って見せて下さい」と頼むと、女優はサングラスを外して美しい瞳でにこやかに微笑んだ。
 男たちの口が死んだ魚みたいにぽかんと開いた。
「あれだ、ほら」
「俺、観たぞ、ローマの休日」
「そうだ、ローマの休日だあ」
「すげえよ、アン王女様が築地に来たのか」
「じゃ今日は、東京の休日かい」
 それまでの険悪な雰囲気が一変した。当時はまだ映画の黄金時代。普段は日活アクションやヤクザ映画に通う男たちも、大ヒット作「ローマの休日」は常識のように観ていた。

「私、マグロのサンドイッチが食べたいわ」
 女優はそう言って猫のように微笑んだ。
「マグロを少し試食できますか」
 僕が通訳すると、男たちはいっせいに動き出した。僕が車にフランスパンを取りに行って戻ってくると、すでに大きなまな板にマグロ一匹分ありそうな刺身が山盛りになっていた。
 僕はフランスパンを柳葉包丁でカットしてもらい、それにトロを乗せて醤油をたらしその上にまた薄切りパンを乗せて女優に渡した。
 女優は両手で持ってパクつくと、咀嚼してる間中うなづいた。
「トレビャン」
 女優が微笑むと、一斉に拍手が起きた。
 拍手の中で「そら見ろ」と誰かが叫んだ。

 ◇
 
 トロのサンドイッチを食べ終えた僕と女優はゆったりと市場の中を歩いた。
 途中、あんこうがあったので、僕は女優に説明した。
「日本ではこれが真実の口と呼ばれています。偽りの心がある者は手が抜けなくなります。もちろん僕は正直者だから問題ないです」
 そして僕はあんこうの口を開けて手を入れて、手が抜けなくなりオーオゥッチと痛がるふりをした。
 女優は手を叩いてキュッキュッキュッと笑って喜んだ。
 続いて女優は自分でもあんこうの口に手を入れた。そして声を上げてグレゴリー・ペックより上手に痛がる演技をしてから手を抜くと、毛皮のコートの袖中に手を隠して僕に見せた。
 その時の悪戯っぽい目がとっても可愛らしくて危うく僕は失神しそうだった。
 ギャラリーからも大拍手が湧いた。

 ◇

 僕らは雷門、浅草寺と銀座をめぐって、レストランで食事して、皇居のほとりを歩いてホテルに戻った。もちろん僕にとって生涯最高のデートの思い出だ。翌日、女優はチェックアウトして帰った。
 
 1961年、映画「ティファニーで朝食を」が公開された。
 残念ながらその後「築地市場でも朝食を」という映画はなかった。   了



 フィクションもここまで来ると爽快です(^_^;

こちらが有名な「ローマの休日」 



'真実の口'のシーンの時、グレゴリー・ペックが手が挟まったふりをすると知らされずにオードリーは
撮影に臨み、この後は彼女のアドリブだそうです、すごい自然ですよね(驚)

 オードリー・ヘップバーンは天性の女優ですね。
 2004年の日本の調査でも好感度1位というのだからすごすぎる。
 改めて振り返るとあまり観てない。観てないくせに書くなと叱られそうです。
 
 天真爛漫そうな彼女も実は戦争でナチスに辛い思いをさせられています。
 同い年のアンネ・フランクには共感が強かったようですが、あまりにも悲しい
 辛い思い出のためにアンネ役の打診に固辞してます。

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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    『地球人も宇宙人』。
    写真はッシェル・ポルナ
    レフの真似です

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