銀河径一郎 小説、物語の部屋

銀河径一郎による不思議な物語、怖い話、面白い小説、ファンタジーなど。

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 梅雨の頃の土曜日、僕がベッドで惰眠をむさぼっていると妻が僕を揺り起こした。
「あなた、起きて」
「うううん、何だよ、土曜の午前はずっと寝てていい約束だろ」
「あなたにお客さんよ、若い女の子」
「なんだ、それ」
「あんた、まさか浮気したんじゃないでしょうね」
「じょっ、じょっ」
 僕は息が止まりそうだ。
「じょじょじょ、冗談でしょ、僕は世界一の」
「ふふ、皆まで言わずともよい。世界一の愛妻家でしょ、わかてるってば。
 とにかくあの変な女をとっとと叩き返して」 
 妻はそう言って僕が起き上がるのを嬉しそうに眺めた。僕はパジャマを着替えながら妻に聞こえないように呟いた。
 まったくわかってないな、愛妻家じゃなくて、世界一の恐妻家だぞ。
 
 玄関に出ると、パーツの全てが日本人形みたいに小さい顔立ちの女の子が頭を下げた。顔立ちに合わせたのか着物を着ている。
「なんですか?」
「初めまして、私は昨年の夏、貴方に瀕死の父を助けていただいた瀬美と申します」
「瀕死の父? なんか覚えがないんですが」
「いいえ、間違いありません。
 父は公園で寿命最期の半日を過ごしていて突風に煽られて道路に飛ばされたんです。しかし、もう元に戻る体力がなく観念したところを、たまたま自動人力車で通りかかった貴方にお助けいただき、公園の方に戻していただき、最後を安らかに終えられたんです。
 父は、ついてはきっとあの恩人を探し出し恩返しをするようにと自動人力車のナンバーを書きとめて遺書にしたためたのでございます」
「それってもしかして……まさか」
 僕の記憶は昨年の夏に飛んだ。

 会社の車で外回りをしていた僕はとある公園にさしかかった。
 陽射しが強く、数人の小学生が水飲みの蛇口を押さえて、噴き出した霧で小さな虹を描いて遊んでいた。
 僕は少しスピードを落として、ガキんちょどものさわやかな芸術作品を横目でちらりと見やり、また前を向いた。
 その時、数メートル前に黒っぽいゴミをみつけて、犬の糞だな、やだなと思い急ブレーキをかけた。
 なんとか間に合ったと思うけど、たぶんタイヤの手前ぎりぎりだろう。
 そう考えて僕は車を降りてタイヤの前を確認した。
 すると、そこに一匹のアブラゼミが羽を震わせて、それでも飛べずにいた。もう死期が近づいて飛ぶ体力がなくなっているのだろう。
 お前は運がいいぞ。
 僕はセミをそっと捕まえると、公園の雑草の中に置いてやった。

「あのセミか。
 でもなんで君はそんな格好なの? まるで人間だ」
「うふふ、追求なさらないでください。
 それより父の遺命によるご恩返し、受けてくださいますよね」
 そこで僕はそっと囁いた。
「うちね、奥さんがうるさいから、君は可愛いからなおさら無理かも」
 その時、噂の主が僕の背後に腕組みをして現れて、僕は凍りついた。
 妻は上から目線で聞く。
「あなた、その女、なんだって?」
 僕は語るも不思議なその事情を説明してやった。

「じゃあどういう恩返しができるの?」
 妻の問いかけに、お瀬美ちゃんは答えた。
「はい、お饅頭作りなら自信があります」
「シケてるわね。まあ、いいわ。
 あんたもこっちが恩返しを受けないと亡き親に顔が立たないんでしょ。
 早速、お饅頭作ってみせて」
 恩返しが甘いもの作りだったのが、妻の承認にプラスに作用したのだろう。
 お瀬美ちゃんはさっそく台所で持参したもち米を焚き、小豆を煮出した。
 砂糖を足した小豆がとろけて、甘い匂いが部屋に漂い出した。
「あの、空いてる部屋はありますか?
 お饅頭を丸めるところは見られたくないのです」
「おお、キターっ、恩返しにありがちな禁忌だ、盛り上がってきたね」
 僕は楽しくなってきた。
 妻は涎をすすりながら言う。
「玄関入ってすぐの部屋が空いてるわ」
「ちょっとお借りします」

 瀬美ちゃんは部屋にこもって三十分ほどで出てきた。手に抱えた大皿には饅頭がピラミッド形に積みあがっていた。
「じゃさっそくいただくわね」
 妻はひとつ口に運んでもぐもぐして呑み込むと叫んだ。
「美味しいっ! こんな美味しいお饅頭は初めて食べた、感動した!」
 そして次から次へとお饅頭を口に詰め込んだ。
 結局、僕がみっつ食べる間に妻は三十個ぐらいを食べ尽くした。
「あー、食った食った。
 おい、恩返し娘、これから毎日、いっぱいお饅頭を作ってくれる。私は前々から美味しいものをプロデュースしたいと思ってたんだ。お前にタダでお饅頭を作らせ、ネットで売ってぼろ儲けしたい。どうせ暇で来たんでしょ?」
「まあ、暇といえば暇ですが」
「よし、決まりね!」

 こうしてお瀬美作妻命名の饅頭「蝉の巣ころり」はネットでまたたく間にヒットし、農天市場調べの今週の人気お菓子第1位に躍り出た。

 作れば作るだけ売れる状況にもともと天狗系の妻の鼻に付け鼻が足されたようになったのは無理からぬところだった。
「もしかして私ってビルゲイツを抜けるかもね」
 妻の言葉に、会社をやめさせられて発送係にされていた僕は止めにかかる。
「物理的に無理だよ。今でもお瀬美ちゃんも僕も限界だ」
「そんなことないわよ、工夫すればいいのよ。そう機械化だわ。
 お瀬美ちゃんがどうやってお饅頭を丸めているかこっそり覗き見すればいい。
 そしてノウハウを機械化。
 ホーホホホホッ、これでビルゲイツに勝てるわ」
「いけないよ、覗いちゃダメって言われてるのに。
 覗いたら、出て行ってしまうんだ、それが恩返しの憲法だから」
「だから気づかれないようこっそり見ればいいのよ」
 妻は僕の止めるのも聞かず、鉛筆のように細い超小型CCDカメラという文明の利器を入手して、お瀬美ちゃんが饅頭を丸めてる部屋に通じる換気口にそっと差し込んだ。
 パソコンの画面をつけた僕はびっくりした。
 お瀬美ちゃんがあんこを団扇で扇ぐ中、宙に浮かぶ数十匹のセミたちがあんこにおしっこをかけているのだ。
「ヒッヒィーーー」
 毎日つまみ食いしていた妻は画面を指差して泡を吹いて倒れた。

 お瀬美ちゃんを覗いたことは思いがけない幸運をもたらした。
 妻はそのまま入院して離婚届を送ってきたのだ。
 こんなわけで、僕はお瀬美ちゃんと一緒になってお饅頭で成功している。子供たちにも恵まれた。見た目も人間と変わりないのだが、ひとつ違うところがある。妻と子供たちは一年に一回脱皮してつるつるの肌になるのだ。   めでたしめでたし。
 



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gingak
  • Author: gingak
  • 銀河 径一郎
    (ケイイチロー・ギンガ)
    好きな言葉は『信じる』。
    飛べなくても頭が悪くても
    地球人も宇宙人だ(笑)

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